ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか? 作:救命団副団長
アイズが『アリア』の名に動揺する中、アイズの風に反応したのは彼女だけではなかった。
『アアアアァァァァ────!!』
宝玉の中の胎児が不気味な叫び声上げる。
ギョロリと双眸がアイズを見据え、己を包むガラスのような半透明な膜をすり抜けアイズに襲いかかりベルが受け止める。
「「──!?」」
ゾブリ、と溶けるように輪郭が曖昧になりベルの腕と融合していく。嫌悪感からほぼ反射的に治癒魔法を使うとその身はあっさり剥がれる。すぐさま放り投げるベル。胎児は芋虫に激突した。そのまま溶けてくれるかと思いきや、今度は芋虫と融合する。
「っ!!」
その芋虫を破裂させようと石を拾うベル。投げつけようとして、慌てて振り返り後ろから迫ったオリヴァスに対処した。
「ええい! 何もかも台無しだ! せめて『剣姫』…いやさアリア、貴様だけでもおお!!」
「………私は、アリアじゃない」
アイズへと向かうオリヴァス。対処するために風を纏うアイズ。強さで言えばレヴィスが上だが、その膂力は決して油断していい相手ではない。
「『彼女』が貴様を求めているのだ! 大人しく躯を寄越せ!」
「アイズさ──っ!?」
援護に向かおうとして、芋虫の接近に気付く。その身の輪郭を泡立つように変化させながら手当たりしだいに暴れていた。
「モンスターを、食べてる? 強化種………!」
他のモンスターの魔石を喰らい、冒険者達のランクアップが如く力を増していく特殊な存在。エイナから教えられた知識を思い出し思わず叫ぶ
芋虫はその身を膨張させながら、やがて一つの形を取る。
「オオオオオオオオォォォォォッ!!」
人間の女性を彷彿させるシルエット。扇のような4枚の腕部。盛り上がったその体高は5メドル程。後頭部に髪のように生えた管のような器官からドロリと腐食液を溢しアイズに迫る。
「!?」
その身がガクリと停止する。
「殺して、駄目なら………!」
芋虫の原型を保った下半身。その一部を掴みその巨体の動きを止める。指を食い込ませた場所から腐食液がこぼれ手を溶かすが溶けきる前に治し、ビキリと地面に亀裂が走るほどの踏み込み。
「飛んでけえええ!」
「アアアアアア!?」
超大型級の巨体が宙を舞う。リヴィラの街を、防壁を飛び越え森の中央に落ち、その衝撃か腕部から鱗粉が撒き散らされ爆発した。
「オオアアアア!?」
その爆発の中でも叫ぶ元気があるようだ。大きさだけでなく耐久にも変化があるようで、再び戻ってこようとする。女体型にベルはヘスティア・ナイフを構える。
傷をつければ腐食液を撒き散らし、殺せば破裂。広範囲を爆散させる厄介な鱗粉。有効な対処法は、魔石の破壊。
治癒魔法による探知の応用で魔石の位置は掴んでいる。
「ふぅ──」
やり方はあの時と似たようなもの。ヘスティア・ナイフに治癒の魔力を貯めていく。
「!!」
「ガア!」
「ピイイ!」
その魔力に反応し迫る残った極彩色のモンスター達。
「おおおりゃあ!」
「【アルクス・レイ】!!」
それをティオナとレフィーヤが吹き飛ばした。
「念の為聞くけど、爆発させないよね?」
「そのつもりです。時間を稼いでください!」
「おっけー! レフィーヤ、いっくよ〜!」
「私、後衛なんですけど!? でも、解りました!」
幸いにしてベルの魔力が余程魅力的なのか短文詠唱による魔力程度なら見向きもしない。ちょっとムカつく。
「わ、私だって長文詠唱ならあなたより魔力出しますし!」
一体何を張り合っているのだろうか?
そうこうしてる間に魔力が貯まる。ヘスティア・ナイフから溢れる深緑の魔力の粒子。
ただ放つ、だけでは足りない。薄く、鋭く、研ぎ澄ませる。
「ああああ!」
放たれる緑の三日月。
地面を切り裂きながら女体型に迫り、その身を通過した。
「ちょお!? あ、あれ、爆発するんですよ!?」
レフィーヤが叫びながらベルを物陰に隠すために駆け出し、しかし違和感に気付いた。
女体型が腐食液を吹き出さない。外した? いや、地面に刻まれた斬撃のあとからして間違いなくあたっているはず。その証拠と言わんばかりに、女体型が死んだ。
腐食液を撒き散らすことなく、灰となって崩れ落ちた。
「何をしたんですか?」
「治癒魔法の斬撃で体を斬ってすぐ治して魔石のみを破壊しました!」
「あなた治癒魔法の定義知ってますか!?」
「? 傷を治すんですよね。だからこれも治癒魔法のはず!」
だってウサト兄さんも殴ってすぐ治してたから! そう叫ぶベルに、レフィーヤはそのウサトなる何者かのせいでこの子が治癒魔法を勘違いして育ったのかと、まだ見ぬ男に少し怒りを覚えた。
「残りの芋虫もこれで………っ!?」
と、芋虫を完全に無効化できるベルに向かってレヴィスが大剣を振るう。下からナイフを叩きつけ流すベルの腹をそのまま蹴りつけた。
「ご、あ……!」
「しぶとく、強く、
オリヴァス程アイズ……或いは『彼女』とやらの声に頓着していないのか、ベルを狙ってきたレヴィス。
その特性から冒険者にとって最も厄介なはずの芋虫の完全なる天敵であるベルを静かに見据える。
「けほ………!」
「そこに
再び大剣を振るう。余波だけで余った木材や乱立する水晶が砕け散る。その膂力はオラリオで出会った中でもトップクラス。
「だけど、それだけだ!」
もっと速く、もっと重い一撃を知っている。
だから勝てる、などと寝言は言わないがなんとか見える。見えるなら反応できる。反応できるなら対処できる。
Lv.1と無名の戦闘とは思えぬ戦い。
どちらも並の中層モンスターすら葬る程の一撃を連続して相手に叩き込む。鉄と鉄がぶつかり合う音が響き、地面が、廃材が、岩が、モンスターが巻き込まれた砕けていく。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」
「──!!」
聞こえてきた
「【アルクス・レイ】!!」
放たれるは速度重視の魔法。『魔導』のアビリティを持つ為強化された、自動追尾の回避不能の一撃。レヴィスは
「な!?」
質量を持つ魔法の光を、迫ってきたベルに叩きつけた。
「があ!?」
爆音とともに土煙が上がり地面が揺れる。クレーターの中央で倒れるベル。装備のコートの質が余程良かったのか、コートはボロボロだがその下はわずかに焦げる程度。だが、衝撃は十分内部にも届いた筈。息ができず痙攣するベルの頭部を踏みつけるレヴィス。
そのまま力を込めていき、ベルが片手を上げる。とはいえこの角度では腕にろくに力も込められまいと、レヴィスは更に足に力を込めながら大剣を振り上げ……
「っ!!」
ベルが地面を殴った。そのまま寝返りを打つかのように回転してレヴィスの足を殴りつける。
簡単な話、押さえつけるには押さえつけるものが壊れないものでないといけないのだ。オラリオならアマゾネスの姉妹、ドワーフの戦士、狼人の青年、最強の武人など、地面に押さえつけただけなら力任せに脱出する者もいる。ベルもまた、その一人ということだ。
片足の骨が砕け、傾くレヴィスにナイフを振るう。大剣とナイフがぶつかり合い火花を散らし、大剣が砕けレヴィスが吹き飛ぶ。
「レフィーヤさん………」
「な、なんですか?」
「時間は稼ぎます、とびっきりの魔法をお願いします」
ベルはそう言って、ヘスティア・ナイフを構えながら傷を癒やす。
「私なんかの魔法じゃ………」
「卑下しないでください。短文詠唱の威力は低くて当たり前、次は長文詠唱を撃てばいい」
「か、簡単に言わないでください!」
「簡単じゃないから、あなたに頼むんです」
ベルは真っ直ぐレフィーヤを見つめる。赤い瞳に見つめられ、思わず息を呑むレフィーヤ。
「あなたは自分の未熟を知っている。誰よりも、誰かの力になれないことを嫌ってる。僕と同じだ………でも、だから。僕は貴方を、この場の誰よりも信頼できる!」
「────!!」
初めてあった時は、恐ろしい人。なにせあのベートと殴り合ったのだから。次は、無礼なヒューマン。いきなり人のことかっさらうしおかげで乙女にあるまじき悲鳴を上げたし。
リヴィラで見た時は、羨ましい人。
強くて、頼りにされて、アイズさんに何故か気に入られてて。羨ましくて妬ましくて、それでも間違いなく強くてきっと、自分のように先行く人を必死に追いかける者の気持ちなんてわからないんだと、勝手に思った。
「………あなたにも、追いつきたい人がいるんですね」
「はい。僕なんかより全然強くて、その人達がここに居てくれたら、そう思っちゃいます」
もしここにいたのがベートなら、ガレスなら、そうでなくても二軍の誰かなら、きっともっとうまく立ち回ったろう。そう思わずにはいられない。でも
「でも──」
「「追いかけない理由にはならない」」
「!」
言葉が被り、驚いたように振り返るベル。その表情は年相応に子供のようで、思わず微笑み……キッと前を睨む。
「詠唱します、私を守ってください!」
「はい! ここから先、誰にも貴方に触れさせない。誰にも貴方を傷つけさせない!」
彼が憧れる兄弟子が見たら呆れるようなことを平然と口にしながら駆け出しベル。土煙の奥から武器を失い拳を握りしめたレヴィスが駆けてくる。
ぶつかり合う二人。それだけで衝撃波が発生する。
「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ】」
レフィーヤは静かに、しかしよく通る声で、力強く詠唱を開始した。
治癒斬波
治癒の魔力を三日月状に飛ばす技。斬ったそばから傷を治すために斬られた過程はあれど結果は残さない。生物以外は治せない武装破壊の治癒魔法。治癒魔法ったら治癒魔法。
透過するわけではないので硬い鎧や武器で防げる。でも別に治癒魔法だから防がなくても斬られた感覚があるだけだよ、だって治癒魔法だもん。
モンスターの魔石は治癒対象外の物質判定のため魔石のみを破壊可能。魔石に当たらなければ斬られた傷どころか全身、内臓まで即健康体に。だって(以下略
レフィーヤ「ウサトさん、最後に一つ。ベル・クラネルの常識、どこへ行きました?」