ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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謝罪に行くのは間違っているだろうか?

「あ、ちょうど良かった。ロキ様〜!」

「ん? おお、アーディたん! それにアミッドもおるやん!」

 

 【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『黄昏の館』。壊れた壁の修理を監督していた女神はアーディ達に気づき笑顔で駆け寄ってきた。

 

「そっちの二人は………げ、ヘスティア!」

「や、やあ………ロキ」

「あん?」

 

 ヘスティアの姿を見てデュワ! という声が何故か聞こえそうな臨戦態勢に入ったロキだったが、ヘスティアの様子がおかしい。

 

「どないした? 落ち込んどる自分、正直不気味やで」

「いや、その………」

「んで、そっちの子は? なかなか可愛い顔しとるやん!」

 

 と、ベルに目をつけるロキ。そのベルも、なんだか申し訳無さそうな顔をしている。

 

「あ、あの……! ごめんなさい!」

「…………ん?」

「門番を殴り飛ばしたの、僕なんです!」

「……………」

 

 その門番がお気に入りだったり、ベルの態度が不遜ならキレていたろう。だが幸いなことに門番は新入りで、ベルの態度も本当に申し訳なく思っていそうでというか本当に門番殴り飛ばしたの? 嘘じゃないとはわかるけどあの子Lv.3やで、などと冷静になるロキ。

 

「ボクの眷属になる前とはいえ、ベル君はもうボクの眷属なんだ。ボクからも謝罪するよ」

「私からもどうか………怪我をしたその団員の方も治療いたしますので」

「あ〜、それがまあ壁にはめり込んどったけど不思議なことに傷一つないんや。治療は必要ないで……んで、少年………えっと」

「あ、ベルです。ベル・クラネル」

「ベルっちは何でうちの子殴ったん?」

 

 それも壁にめり込むほどに。

 それだけの力を込めて、新入りとはいえ眷属を殴ったのだ。納得の行く理由でなければ謝罪は受け入れられない。

 

「その、実は所属するファミリアを探していたんです………」

「それでウチに一度来たと?」

「その時に、帰れ帰れって言われて槍も向けられて………あっちこっちで暴言は言われたんですけど、武器まで向けられて我慢できず………」

 

 嘘は、ない。つまり、まあ……発端はこちら。はぁ、とため息を吐き頭をガシガシかく。ベルは叱られると思ったのかビクリと身を震わせる。

 

「そういう事情があったんなら、まあええわ。たく、自分殴り飛ばすような奴の実力見極めず追い返そうとしたとか………気にせんでええよ。今回はこっちが悪い………ちょいと待ってろ」

 

 と、ロキは門をくぐり館の中に消えた。しばらくして、一人の男を引き連れて戻ってきた。

 

「ベルっち、殴り飛ばしたんこいつでええ?」

「っ! てめぇは!」

 

 ロキが連れてきた獣人の男性はベルを見た瞬間、すぐに怒りをあらわにする。殴りかからなかったのは殴り飛ばされた記憶があるからだろう。

 

「ロキ様! こいつです、こいつが俺達【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売ったやろうですよ!」

「ああはいはい。せやけど自分、この子追い返そうとしたそうやん? ウチになんの相談もなく」

「へ? あ、いや……そ、それは………」

「フィン達が遠征でいない今、入団希望者は全員ウチに通せ言うたよな? 門番任せる時言うたぞ。それを槍向けて追い返そうとしたそうやな」

「っ! こ、このガキを信じるんですか!?」

「うん、ウチ神やし」

 

 神に嘘は通じない。神を騙せるのは神のみ。それはつまりベルが言ったことが真実であると分かっていると言うこと。男は必死に言い訳を考える。

 

「こ、こんな弱そうな奴が入れば【ロキ・ファミリア】の名に泥が……!」

「自分殴り飛ばされてるやん」

「い、いきなり人を殴るような凶悪な奴を入れたら、不和を生むと思って………」

「先に槍向けたの自分やろ? 殴られる前から解ったん?」

 

 それにうちにはベートも居るし今更やわ〜、と笑うロキ。しかし微かに滲む怒り。勝手な行動をする眷属に向けられたものだ。

 男は必死に言い訳を探し、アーディを見る。

 

「ガ、象群の怪物(ガシャースラ)!」

「……………」

「貴方は!」

「っ!」

「……あ?」

「「?」」

 

 男の叫んだ単語にアーディは困ったように微笑みアミッドとロキは明らかに怒り、ベルとヘスティアは首を傾げる。

 男はロキ達の怒りに気付かず捲し立てる。

 

「『怪物趣味』の女とつるんでるような奴ですよ!? 追い払って正解だった!」

 

 怪物趣味。モンスターに欲情する人間を指す、蔑称。数多の怪物を率いる調教師(テイマー)であるアーディは、笑顔でモンスターと接し、それを気味悪がる者も多い。自分がモンスターと同列に扱われているような気になるのだろう。

 

「てめえもてめえだ! モンスター相手に腰振りたいなら、ダンジョンにでも籠もりやがれ!」

「おい、お前いい加減に………」

「──黙れ」

 

 ロキが顔を顰め叫ぼうとするが、その前に声が響く。決して大きな声ではなかった。しかし唾を吐くほど叫ぶ男の耳にもよく通る、低い声。

 

「彼女の行動に不純な動機は一切ない。自分の失態を隠すために誰かを責めるような貴方が、馬鹿にしていい相手じゃない」

「べ、ベル君? あの、良いんだよ………なれてるから。ほら、そんな怖い顔しないで?」

 

 と、笑うアーディ。それを見て男はまだ何かを言おうとし、ベルがギロリと睨みひっ、と後ずさる。

 

「彼女は笑顔の素敵な人だ。幸せそうに笑う人だ。見てるだけで幸せになれる、そんな笑顔を見せてくれる人だ。自分の事ばかりのあなたが、その笑顔を汚すな…………取り消せ、今の侮辱」

「ベル君………」

「ベルさん……」

 

 怒りを顕に拳を握りしめるベル。まだ出会ったばかりの自分のために、本気で怒ってくれているのだと、アーディは胸が軽くなる。アミッドもやはり優しい人だと、微笑む。

 

「う、うるせえ! 取り消さなかったらなんだってんだ! 調子に乗るな、俺は【ロキ・ファミリア】の………!」

「おいお前! いい加減に……!」

 

 背中に持っていた槍を構える男にロキが叱責しようとしたが、その前にベルが槍を掴み男ごと振り回す。

 

「うおわあああ!?」

 

 槍を手放し吹っ飛んだ男は背中から着地し、ベルを睨むがベルが槍を紙の棒でも丸めるかのように丸めていくのを見て顔を青くする。

 

「あれ柄も金属製なんやけど」

「僕は知らないけど、冒険者ってこうなの?」

「いやあ、ガレスやオッタルぐらいしか出来んやろうなあ。あの子改宗(コンバージョン)? Lv.幾つや?」

「…………1」

「はっはっは! つくんならもっとマシな………え、マジ?」

 

 丸まった槍を放り捨てベルは男の下に歩いていく。その細腕のどこにそんな力があるのか、胸ぐらをつかみ持ち上げる。身長差から腕を伸ばす形になるが足の浮いた男は苦しそうにジタバタ暴れる。

 

「僕が弱そうなのは良いんだ。自覚してる。でもあの人は関係ないだろう……あの人は良い人だ。謝れ!」

「ひ、ひぃ!」

 

 獣人の力で抵抗してもまるで引き剥がせない。顔を青くしてガタガタ震える獣人だが、知人を侮辱されたベルの怒りはその程度で収まらない。と………

 

「………もう良いよ、ベル君。離してあげて」

 

 アーディがベルの服を掴みやめさせる。

 

「ありがとう。君の気持ちは嬉しい………すっごく、嬉しいよ。でもモンスターは、やっぱり皆怖いんだ。仲良くしてる人を、そう思う人もいる………だから良いの」

「………………」

 

 ベルが手を離し男を地面に落とすと男は情けない悲鳴を上げながら走ろうとしてすっ転びその場でガクガク震える。

 

「すいませんでした、ロキ様」

「いやいや、うちはスッキリしたで。これ記念にもろうて良い?」

 

 と、謝罪するベルにロキは笑う。

 

「自分、フィン達帰ったら覚悟しとけよ? アーディたんも、それには文句言わせんで?」

「はい………あ、でも……」

 

 ロキの言葉に納得したアーディは、そのまま男の前で膝を曲げる。男はビクリと震える。

 

「ごめんね、怖かったよね。気にしてない………ううん、これはベル君に失礼だ」

 

 そう首を振り、改めて男と向き直る。

 

「何度言われても、すごーく傷つく。でも、もう口に出さないなら許してあげる」

「く、口に出さないだけで………?」

「思われるのは、仕方ないからね」

 

 そう微笑むアーディの背中から光が指したような光景を、男は幻視した。ベルは男がまたなにか言わないか街頭を何時でもひっこ抜けるよう待機して様子を見守る。

 

「…………女神様だ」

「え?」

「すいませんでした! 女神様!」

「待って……待って!? 私は女神じゃないよ!?」

 

 

 

 

 結局女神呼びはやめたけど、どうやらあの男はアーディのファンになったようだ。

 ロキは面白かったから殴った件も槍壊した件もチャラ。むしろ迷惑かけたぶん、何時か借りは返すといっていた。

 

「いい女神様でしたね」

「う〜ん。まあ天界にいた頃に比べたらね。いやあ、壁の修理代払えとか言われなくて良かった」

「でもベル君が人を殴ったなんて、信じれなかったけど怒る時は怒るんだね」

「まあ、僕も人間ですから………それに、やっぱりアーディさんが悪く言われるのは…………」

「ああもう! かわいいなあ、ベル君!」

 

 と、感極まった様子でベルを抱き締めるアーディ。豊満な胸に顔を埋めることになったベルが瞬時に耳まで赤くなる。

 

「アーディさん!? 何を!? ベルさんも引き剥がそうと思えば出来るでしょう!?」

 

 アミッドがお気に入りの小動物を横から掻っ攫われたような感覚を味わい思わず叫び引き剥がしそうとする。そうはさせまいと更に抱きしめるアーディ。

 ヘスティアはボクの初めての眷属、女の子にモテるんだな〜と優しい笑みで見守る。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「ダンジョン、来た〜!」

「…………?」

「ほら、ベル君とフェルも!」

「き、来た〜?」

「ワゥ!」

 

 ダンジョンにやってきたベルとアーディ、そしてフェル。体高2メートルという巨体の狼に冒険者達はギョッとするがアーディと首輪につけられた発信機(プレート)を見て納得したように去っていく。

 

「ベル君がすっごく強いのは昨日のを見て解ったけど、ダンジョンで油断は禁物。いいね?」

「はい!」

「それと、その服にあってるね」

 

 ベルが現在着ているのは白衣。触ってみた感じ、なかなか頑丈だ。

 

「僕が所属していた救命団の服です。他にも黒服と灰服があって、黒服は前線で怪我人の回収、灰服は後衛で治療。白服は前線で治療」

「じゃあアミッドはし……」

「及び治療の邪魔する奴等をぶちのめします!」

「じゃあアミッドは灰服だね」

 

 と、笑顔でベルの話を聞いてくれるアーディ。

 

「僕の目標は一人でも多く救う救命。ダンジョン探索も視野に入れれば、今より強くなることは必須。そのためにもステイタス上げ! ダンジョンに潜って特訓です!」

「おー! その意気だよ!」

「あ、ゴブリン!」

 

 ドガアアアン!

 

「でも、もっと下の階層に降りようか!」


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