ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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ダンジョンで出会うのは間違っているだろうか?

 ベルの朝は早い。まだ日が昇る前に起きて、軽く10K(キルロ)程走り、腹筋、背筋、腕立てなどの各種千回。

 今は最後の腕立て伏せ。掌が地面に付かぬよう五指の力で持ち上げ反動をつけぬようにゆっくり降ろし、ゆっくり持ち上げる。

 

「997……998……999……1000!」

 

 腕の力で跳ね上がり、足で着地。治癒魔法で疲労を癒やして汗を拭き、着替える。

 今日もダンジョンだ。ギルド支給のナイフを腰に、救命団団員白服に着換え、早速ダンジョンに向けてかけていく。

 今日は一人。何でも、【ガネーシャ・ファミリア】でモンスターの生態調査のための定期検診があるのだとか。そのためアーディとフェルは休み。他の団員を紹介しようかといったアーディだったがシャクティが余計な混乱を招くとやんわり反対。

 エイナからは深く潜りすぎないように言われた。

 なので大型種の出ない階層へ!

 モンスターの現れるインターバルが短く稼ぎやすい7〜9階層へ。違うそうじゃないという声は残念ながら聞こえてこなかった。

 

「う〜ん……この辺はやっぱり怪我する人は少ないのかな? まあ、それは嬉しいことだけど」

 

 しかし毎年ダンジョンで死者怪我人は出ると聞く。上層では稀だ。何故か? 恩恵を持っていたら、それこそ大型種の居る階層でもない限りモンスターから逃げ切れることが多いから。逆に言えば中層、下層に死者怪我人が集中していることになる。

 深層は行けるファミリが限られ、入念に準備するため死者は逆に少ない。

 

「やっぱり主な活動範囲は中層、下層にするべきかな。とはいえ僕一人でも限界はある………」

 

 どっかに重い荷物を運んだまま走れる人材はいないだろうか? 居なくても育てれば良いが、育てるための人員すらいない。

 零細ファミリアの悲しいところだ。

 祖父は【ファミリア】の女の子を全部ものにするじゃぞ〜と送り出したがそもそも女の子はいない。

 そんなことを考えながらモンスターの胸から魔石を抜き取り灰に還し、時折出てくるドロップアイテムと共にバックパックに入れていく。と………

 

「ん? 何か、来るな……」

 

 不意に感じる迫りくる気配。なかなか速い。すぐにドド、っと足音が聞こえてきた。

 

「ブオオオオオ!!」

「え、ミノタウロス!? 何でえ!?」

 

 中層に出現するはずの二足歩行の雄牛のモンスター。この階層にいるはずがないモンスターの出現に驚きながらも、ミノタウロスが振り下ろした石斧(ネイチャーウェポン)がギルド支給品のナイフを砕いた。

 

「ほああああ!?」

 

 貰い物なのに!

 ギルドから渡されたものなのに!?

 いやまあ、既に購入したレンタル品ではないのだから壊したところで責められる謂れはないが………まて、ミノタウロスに折られたのをどう説明する?

 中層に潜ったと思われて美しいハーフエルフの顔が怒りに歪みお説教タイムでは!?

 中層には行ってないけど、ミノタウロスが上層に現れるよりはベルが中層に潜ったほうがまだ現実的だ。そうだ、オークに折られたことにしてみるのは!?

 

「ブルオオオオオ!!」

「ちょっと待って! 今考えごと!」

「ブオ!?」

 

 再び振り下ろされた石斧を受け止め握力で握り砕くベル。いや、やっぱり正直に9階層でミノタウロスに合ったというべきか? 普通に異常事態(イレギュラー)だしギルドに報告したほうが……ん? ミノタウロス。

 

「あ…………え?」

「ブモ?」

 

 忘れてた、とミノタウロスに向き直るベル。そのミノタウロスの身体に、線が走る。

 胴に続き胸部、上腕、大腿部、下肢、肩口、首と連続で刻まれていく線。

 

「グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオ!!」

 

 断末魔を上げ、刻まれた線に沿いズレていく。大量の血が吹き出しベルの頭からバシャリと全身を汚していく。

 

「わぷ、ぺっぺっ!」

 

 口に入った血を吐き出しながらミノタウロスを斬った何者かを見る。それは美しい少女だった。ベルより少し上ぐらいだろう。

 金の髪に金の瞳。

 背中が大胆に開き、下半身は丈の短いスカート。祖父いわく絶対領域のスカートとソックスの間から除く白い肌は陶器のように滑らか。

 

(………あれ、この格好…………)

 

 ベルはふと、ロキとしたとある会話を思い出す。

 

──あの、やっぱり団長さんが戻ってきたら改めて謝罪したほうが

 

──真面目やなあベルっち。主神(ウチ)が良いゆうとるからええんよ。つかLv.1のくせにLv.3殴り飛ばしたなんて、面倒事にしかならへん。特にアイズたんやな

 

 なんでも、いきなり闘いを申し込まれるかもしれない、と言っていた。やはり怒られるのだろうか?

 そのアイズたんなる人物の容姿をロキに事細かに自慢気に説明された。そう、ちょうど目の前の少女と被る。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「すいませんでしたあああ!!」

「え!?」

 

 白兎(ベル)は逃げ出した!

 救命団は何よりも足が命。そこらの騎士でも目にも留まらぬ速さで動く。では治癒魔法持ち故に限界を超える修行をさせられたベルの速度は?

 突然の謝罪に唖然とした少女が正気に戻る僅かな間で、完全に追跡不能なレベルで走り去った。

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

 ポカンと立ち尽くすアイズ。突然の事に対応できず、呆けているとくく、と笑いを堪える声が聞こえた。

 振り返ると狼人(ウェアウルフ)の青年、ベートが腹を抱えて震えていた。

 

「ま、まあ気にしなくて良いんじゃねーの? ()()()()()が突然血塗れにされりゃ、ぶふっ! 逃げたくもなるわな!」

 

 巨大なバックパックを背負っていた彼は、あの格好からしてサポーターなのだろう。周りに冒険者らしき姿が見えなかったが、まさか置いていかれたのだろうか?

 

「…………?」

 

 と、何かを踏みつける。見てみるとそれは、ミノタウロスなどがよく持つ天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧だった。一部が砕けている。周りにナイフの破片らしき金属片も混じっている。

 

「………?」

 

 ぶつけ合って、互いに砕けた? それにしては何というか、石斧の砕け方が一部分に物凄い力を加えたような………?

 

 

 

 

「ふぅ………」

 

 ギルドの共有シャワースペースで血を落とすベル。脱衣所に戻れば細身ながら引き締まった筋肉に周りの男達からの視線が集まる。こういうのは悪気はしない。

 

「男として負けてんな、お前」

「お前だって……あの年であれかあ……」

 

 そうとも、この年でこうなるほど鍛えまくった。鍛えさせられたともいうが、まあなれてくると自分の意志でやっていたし………。

 軽く水で流すだけで元の白さを取り戻した団員服を羽織り、エイナに報告するためにギルドの受付に向かう。

 

 

 

 

「私安全を意識してって言ったよね!?」

「はい、だから大型種の出る10階層までは行きませんでした」

「ベル君、そこに正座!」

 

 怒られた。何故だ。誰か理由を教えてくれ。

 ミノタウロスの件はギルドで調査するらしい。怪我人が出ていたら、ベルにも教えてくれるそうだ。

 

「ありがとうエイナさん! 大好きー!」

「えあ!?」

 

 ベルの明け透けのない好意の暴露に思わず妙な声を出すエイナ。しかし文句を言おうにもベルの姿は日の傾きかけたオラリオの町並みに消えていた。

 

 

 

 

「う〜ん。やっぱり、上層も上層じゃあベル君のステイタス、上がらないねえ」

「まあ一日で上がるものでもないでしょうし………」

「いや君の場合上がっててもおかしくない……んん! ま、仕方ないさ! アドバイザー君を怒らせるわけにもいかないし、またアーディ君と組んで10階層や、何なら中層にでもいかせてもらうといいよ!」

「はい!」

 

 ヘスティアの言葉に元気よく叫ぶベル。

 ところでLv.1で中層潜るとか正気かお前等、とつっこむ者はここにはいない。まあ現在ツッコミを入れるほど親しい仲の殆どは、ベルだし、で中層行きも納得しそうではあるが。


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