ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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酒場で怒るのは間違っているだろうか?

 フェルを乗せダンジョンに向かって駆けていくベル。フェルの背に乗ったアーディがゴーゴー、と元気に応援する。

 体高2メートルの巨大な狼を背負った兎のような少年が疾駆する姿に、疎らな人影はギョッと全員二度見、三度見する。

 

「ところで今更だけど、なんでフェルちゃんを乗せてるの?」

「修行になりますから! まあ、最近は軽くて鍛えがいないですけど、何かを担いで走る感を鈍らせなくてすみます」

「う〜ん………そっか、良く解んないや」

 

 と、大通りを通り『豊穣の女主人』の前を通ろうとして、ベルが足を止める。

 

「どうしたの、ベル君」

「わふう?」

「今、なにか………ん〜?」

 

 キョロキョロ周囲を見回し首を傾げるベル。バベルの上を見て、また周りを見る。

 

「誰かに見られていたような」

「それはそうだよ。さっきから目立ってるもん」

「そうですね。きっと、オラリオ都市伝説に刻まれます」

「あ、シルさん」

 

 と、そんなベル達に話しかけてきたのは『豊穣の女主人』の店員の一人、シル・フローヴァだ。リューの親友の一人らしい。

 

「おはようシル。今日もかわいいね」

「はい、おはようアーディ。リューみたいに私に抱きつかないの?」

「う〜ん。シルはなんか、踏み込みづらいというか………なにか私に隠し事してるでしょ?」

「それはアーディも同じでしょ?」

「う〜ん。私のはガネーシャ様達から口止めされてるからなあ」

 

 つまり隠し事はあるらしい。隠していることを隠さないあたり、ちゃんと仲がいいようだ。

 

「そういえば、お二人共今夜のご飯はどうするの?」

「私はまたベルと食べようと思ってるよ」

「神様がバイトの打ち上げなので、僕もアーディさんとお食事を。良ければまたここで食べさせてもらってもいいですか?」

「酒場なんですから、食べに来るのを断る理由なんてありませんよ。それに、今日は団体様が入るんですけど知り合いがいれば私もリューも少しだけ休めますし、ね?」

 

 パチリとウインクしていたずらっぽく微笑むシル。とても可愛いが、ネア姉さんと似た気配を感じる。つまり己の可愛い見せ方を熟知している。

 悪意は感じないけど、うまいように乗せられそうだな、と苦笑した。

 

 

 

 

「あ、見て見てベル君。ベル君!」

「アルミラージですよ!」

 

 中層にて石斧を持って群れで行動し、知恵を持って翻弄してくるアルミラージ。ウサギ型のモンスターで毛並みは白く目は赤い。

 

「ガウ!」

 

 ウサギといえば狼の餌。本来群れで行動し狩りをする狼とはいえ群れを失った期間の長いフェルは爪で裂き牙で貫く。尾で弾いた個体をベルが受け止め残りのアルミラージに投げつける。

 

「ベル君! 右方向、砲撃くるよ!」

 

 と、3匹黒い犬の姿をしたモンスターが口の中に炎をためているのが見えた。ベルは即座に緑の魔力の塊を生み出し()()()()()()()()()

 パァン! と大型犬程のモンスター、ヘルハウンドが壁まで吹き飛び、動揺した2体に地面を砕くほどの踏み込みで一瞬で接近したベルが一匹目の顎を蹴りつけ首を飛ばし、体を回転させながら二匹目の背骨の蹴り潰す。

 吹き飛びされた一匹が再び炎を吐こうとしたがベルに上顎を捕まれ地面に叩きつけられ、罅が周囲に伝播する。暫くはモンスターは生まれない。

 

「う〜ん。ダンジョン進出半月で中層でも難なく動ける駆け出しって………まあベル君だもんね」

 

 ドロップアイテムや魔石を回収しながらあはは、と笑うアーディ。神々なら細けえこたぁ気にすんなと言うのだろう。

 

「それより、役に立ってるようで何よりだよ」

「ワフゥ」

 

 フェル専用に誂えられたバックパック。フェルの体幹を邪魔しないよう計算されて、左右についている。ベルがバックパックを背負わずに済むので多少狭い通路だろうと気にせず動き回れる。

 

「とは言え、一人じゃ確かにろくに魔石とかも回収できそうにありませんね。エイナさんが止めるのも解ります」

「普通は死んじゃうからなんだけどね」

 

 モンスターの数が多く、さらに離れた場所からも戦闘音を聞きつけやって来る。ベル一人では魔石を回収している途中にでも別のモンスターがやってきて、ヘルハウンドだったならせっかくの戦利品が焼かれていたかもしれない。

 

「にしてもあのヘルハウンド、あんなに吹っ飛んでたのにすぐ起き上がってたね」

「まあ、あれは回復魔法ですから」

「ん?」

「僕もアルクさんやスズ姉みたいな攻撃魔法を使ってみたかったですけど、そこは今後ステイタスに刻まれてくれたらなあって感じですかね」

「えっと………ヘルハウンドをふっ飛ばしたあの技は、ベル君の治癒魔法の応用?」

「はい! ウサトさんが教えてくれました!」

 

 確かそのウサトという人物も治癒魔法の使い手だと聞いた。なるほど、治癒魔法で相手をふっ飛ばすと使い手は二人いるのか。えっと………どういうこと?

 うん、これもベルだからということにしておこう。

 

 

 

 

 

「お、今回はそこそこ上がってるね!」

「本当ですか!?」

「うん! まあ、ダンジョンに潜らなくても鍛錬で挙げられなくもないらしいしね。毎朝の自主練も実を結んでると思うよ………」

 

 ヘスティアの言葉にベルは嬉しそうに微笑む。自分がしていることが無駄じゃないと言われれば、そりゃ誰だって嬉しいだろう。

 

「まあやっぱり中層に潜ったっていうのが大きいとは思うけどね」

「鍛錬ならともかく、お金も稼がなきゃいけないとなるとエイナさんの言うとおり、一人は少し厳しいかもですね。後ろから急にモンスターが生まれたりもして、頑丈なバックパックじゃないと破られちゃいます」

「つまり君自身は、稼ぎを気にしなければ大丈夫と………」

「後、やっぱりナイフが……ギルドの支給品じゃ中層のモンスターは斬りにくいですね」

「やっぱり全部殴り殺すのかい?」

「う〜ん。下の方では打撃に強いモンスターも居るみたいだし、やっぱりナイフは必要ですかね」

「ベル君の力に耐えれるナイフから探さないとだろうけどね」

 

 中層、下層での戦闘ともなればナイフにかかる負荷も段違いだろう。ハード・アーマードやキラーアント相手に支給品のナイフを使ったら普通にかけたし。もう少し硬ければナイフが砕けていた。

 

「う〜ん。ボクも君にプレゼント貰ったしなあ、心当たりを訪ねてみよっか?」

「いいんですか!?」

「ボクらはたった二人の主神と眷属(かぞく)じゃないか、支え合って当然さ!」

「ありがとうございます! 神様! 大好き!」

「いえーい! ボクもボクが大好きー! もちろん、ベル君も大好きだぜ!」

 

 パーンとハイタッチするベルとヘスティア。ヘスティアはバイトの打上へ、ベルはアーディとの食事に向かった。

 

 

 

「いらっしゃいませベルさん、アーディ」

 

 シルは朝の宣言通り、ミアに許可をもらい席に座る。団体が来るからか、給仕の店員はそれなりに居たからだ。

 

「それにしてもLv.5のアーディとLv.1のベルさんって、改めて聞くと変なチームですね」

 

 酒や料理を注文し、中層にいったことはぼかしつつダンジョンでの話をシルに聞かせる。

 

「ふふシル。ベルはLv.1じゃなくて、ベルという存在で見たほうが良いよ。常識が通じないから」

「ええ………僕なんてまだまだ師匠の非常識さには及ばないと思うんだけどな」

「いやいや、ベルより非常識な存在のほうが私は信じられないなあ」

 

 アーディの言葉に納得いかないとむくれるベル。まあそんな様相も可愛らしいと二人の女性にニコニコ眺められていたが。

 

「団体のお客様、入りましたニャー!」

 

 と、元気な猫人(キャットピープル)、アーニャの声が聞こえ十数名の団体がぽっかり空いていた席に座る。

 

「あ、【ロキ・ファミリア】。あそこね、私の友達のティオナって娘がいるの。ほら、あのアマゾネス。英雄譚が好きだし、ベル君とも気が合うかもね」

 

 とはいえ今は身内の宴会。邪魔するのは悪い。ベルも彼等の団員を殴り飛ばした過去がある。主神のロキには許されたとはいえ仲間である彼等の中には良く思っていない人も居るだろう。後日きちんと謝りにいくつもりだが、それはそれとして良い気分の宴会を邪魔してはなるまい。

 関わったら闘いを挑まれるかもしれないとロキが言っていたアイズの姿もあるし、ベルは関わるつもりはなかった。その話が、聞こえるまでは……

 

「そうだアイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 酒に酔い顔を赤くした獣人の青年が不意に叫ぶ。それに対してアイズは首を傾げる。

 

「あれだって、帰る途中で逃したミノタウロス。最後の一匹、お前が9階層で始末しただろ!? そんでほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 トマト?

 ダンジョンで何でトマト? と首を傾げるベル。

 

「ミノタウロスって17階層で返り討ちにしたら逃げたやつ?」

「それそれ! 奇跡みてえにどんどん上層に上っていきやがってよ、俺達が泡食って追いかけていったやつ! そこでいたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえガキが!」

 

 何故9階層に駆け出しが? そんなことしてはいけないと叱られたばかりのベルはそう思った。

 

「ミノタウロス前にしてなっさけねえ声で叫んでよお!」

「ふむぅ? それでその冒険者どうしたじゃ?」

「冒険者ですらねえよ、サポーターだ。アイズが間一髪でミノを細切れにしてやったんだけどよぉ。そいつ……あのくっせー牛の血全身に浴びて、真っ赤なトマトになっちまんたんだよ! くくくっ、ひーっ腹痛えぇ……!」

「うわぁ……」

 

 バンバン机を叩いて腹を攀じる青年に、ベルはすっと目を細める。雰囲気の変化に料理を運んでいたルノアが気付く。

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ!」

「……そんなこと、ないです」

 

 絞り出すような、ともすれば泣き出しそうにすら聞こえるアイズと異なり【ロキ・ファミリア】の殆どが失笑し周りの客達も釣られて出る笑みを噛み殺す。

 

「それにだぜ? そのトマト野郎叫びながらどっかに行っちまってっ……ぶくくっ! うちのお姫様助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

「………くっ」

「アハハハハハハッ! そりゃ傑作やあー! サポーター怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない………」

 

 どっと笑い声に包まれる【ロキ・ファミリア】。吹き出す客達。その喧騒は……

 

「ちょっ、あんた待っ──っ!」

 

 ドガアアアアアン!

 

 何かが砕け散る音で静寂へと変わる。

 

「……………あ」

 

 砕け散ったテーブル。十字に開いた一本足と接触していた床も砕けている。拳を振り抜いた形で固まる白髪の少年に、誰もが視線を向けアイズが目を見開く。

 

「なな、何やってるのさ冒険者君!?」

「す、すいませんルノアさん! ミア母さんも、その…つい!」

 

 顔を真っ青にしてベルをがくがく揺らすルノア。ベルは慌ててルノアとミアに謝罪し、ミアは顔を顰め腕を組むも、意外なことに手を出してこなかった。その視線が【ロキ・ファミリア】に向く。

 見逃されているのだろうと理解したベルはルノアの手を剥がし椅子から立ち上がる。

 

「………え?」

 

 あっさり剥がされたことをルノアは理解出来ないと言うように驚き己の手とベルを見比べ、ベルが【ロキ・ファミリア】に向かって歩き出すのに気付くのが遅れた。

 

「あ! ベルっち。どないした、何や怒って。ミア母ちゃんの店で命知らずやなあ」

「どうした? そんなこともわからないんですか?」

「……………あ〜……これ、ウチらに怒っとるん?」

 

 意外にもベルを気に入っていたのかベルを怒らせた理由が自分達にあると気付き冷や汗を流す。

 

「故意でないとは言え中層のモンスターを上層に逃がして、そのせいで人が死にかけたことを酒の肴にゲラゲラ笑う。恥を知れ!」

「その通りだな。返す言葉もない、不快な思いをさせたことを詫びよう少年」

 

 ベルの言葉に気まずそうに視線をそらす者達の中には生意気な、と睨む者も居たが緑髪のエルフの言葉にその者達も目を逸らす。ただ一人を除いて

 

「はっ! ゴミをゴミと呼んで何が悪い? 強いモンスターに遭遇するなんて可哀想に、助けてあげますとでも言えってかぁ!? 中層から昇ってきたから何だってんだ。自分(てめぇ)より弱いモンスター狩って冒険者気取る奴が、すぐに己を過大評価して死にに潜りやがる!」

「………なるほど。そういう考えですか………確かに僕の師匠も滅茶苦茶罵倒しそう、情けねえって………だけど、あの人は人が死にかけたことを嗤わない!」

「っ!?」

 

 ベルは獣人の青年の首を掴む。酔っていたとはいえ第一級冒険者が反応に遅れた。

 

「人を殺しかけておいて嗤うな犬っころ。表出ろやてめえ!」

 

 引き剥がそうとベルの腕を掴む青年。その姿がベルの腕とともにぶれ、入り口まで吹き飛ぶ青年。

 

「っ!」

「てめ──!」

「二人共座れ」

 

 ベルを心配するような顔で立ち上がったアマゾネスと怒りに顔を歪めたアマゾネスは、しかし小人族(パルゥム)の男性の言葉に固まる。

 

「で、でもフィン! 酔ってもベートはLv.5だよ!?」

「そうだね。そして、酔っていたとしても彼はベートを投げ飛ばした」

 

 アマゾネス達が手を出してこないので外に向かったベルの背を見て目を細める小人族(パルゥム)

 

「ロキ、君が言っていた追い返されてしまった治療師(ヒーラー)の名前も、ベルだった気がするけど」

「あ〜、うん………門番殴り飛ばした子や。まさかベートまで投げ飛ばすとは」

「………これは僕等が起こした不祥事を彼が看過出来ぬと手を出してきた結果。それでもベートは納得しないだろうし、彼も多分そうだろうね……危なくなったら止めるとして、暫くは静観した方が良さそうだ。【象神の詩(ヴィヤーサ)】、君もね」

 

 慌ててベルを追おうとしていたアーディもその言葉に足を止める。

 

「まあ止められるように待機はすべきだろう」

「そう、だね………」

 

 青年に続きアーディ達も外に出る。酔いが冷めきっていないベートは思考に靄がかかる中、己を投げ飛ばしたガキを……否、()を睨む。

 

「色々言いたいことはありますが、まずは」

「やってくれたなてめぇ……!」

「「ぶっ飛ばす!」」

 

 あれ、この二人案外仲良くなれるのでは? アーディはそう思った。




因みに幼いベルはウサトの事を兄さん兄さんと呼んでいて羨ましがった女子群にお姉ちゃん、お姉さん呼びを強要された。お姉ちゃんズはかなり居る。
真面目なウェルシーさんも混じってた

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