白き英雄譚   作:ラトソル

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あと二話くらいかな?
最近評価してくれる人達が増えててメチャ嬉しい。
よう実7巻えぐい。


ちょ、待てよ!Byダンジョン

 金の双眼を黒く濁し、出現した『怪物』へと一直線に走る。

 ひどく荒れている暴風を起こしながら、その目にはもはや一体の『竜』のみが映っていた。

 

 少女の行く道を阻むかのように何体ものモンスターがその眼光を少女に向けている。

 

 視界にモンスターが映った少女は、歯を強く噛み締め、瞳を大きく見開き刃に手をかける。

 

「邪魔っ、邪魔っ、邪魔ぁ! 消えて!!」

 

 鍛え上げてきた技術をかろうじて残しながらも、衝動の赴くままに剣を振り回す。その荒々しい剣に当たったモンスターは例外なく一撃で灰へと還っていた。

 

「フーッ、フーッ!!」

 

 モンスター以外の情報は余計なものだと切り捨て、ただ殺すためだけに動くその姿は、まさに狂戦士(バーサーカー)

 荒ぶる感情が制御出来ず、本能のままに動き、斬り、殺す。

 

 そばで傍観しているエレボスの姿さえ目には入らない。

 内に秘めた怒りを爆発させ、自らのスキルが反応し、荒ぶる風が黒く染まりつつある。

 

 神獣の触手は、己に迫る風を察知し、禍々しい炎を大砲のように標的目掛けて射出する。一撃一撃がLv3の身では到底耐えることの出来ない威力を秘めた炎が、十数個まとめて広範囲に落ちる。

 

 ────憎い。

 

 流星群にも似たそれらを、アイズは神がかった反射で回避。既に漆黒に染まる風を纏い幾重にも剣を振り回し切り刻んでいく。

 

 小柄なアイズを捉えることは『大最悪』のその巨体では難しく、一方的に切り刻まれていた。

 

 ────憎い、憎い。

 

 巨体から生えている触手のようなもので絡み取ろうとするも、スキルを全開にしたアイズはそれら全てを切り裂く。

 

 一見アイズが優勢に見えるものの、神獣の触手は斬られた部分は既に完治しており、切り落とされた触手も治りかけている。

 

 自己再生。

 

 神の力に反応したダンジョンが神を殺すためだけに生み出したモンスターは、特別製であった。階層主を上回る能力を持つ怪物を、Lv3の少女が一人で勝てるわけもない。

 

 ────憎い、憎い、憎い!!! 

 

 そんなこと知ったことかとアイズの勢いはなおも加速する。荒ぶる暴風は竜巻となり、規模、威力共に拡大する。

 

『魔法』と『スキル』の同時全力解放。

 それはLv3のアイズにとっては。いやたとえ第一級の実力を得たとしても耐えることの無い毒となり矮小なるその身を蝕んでいく。

 

 攻撃を受けているモンスターは無傷で、全て回避しているアイズは中身から削れていく。

 そんな状況でも、アイズの憎悪は膨らむばかりだ。

 

 ────どうして貴方みたいな存在がいるの……? 

 

 記憶の奥にいつまでもこべり着いている、アイズ・ヴァレンシュタインの起源。

 母を、父を。みんなを自分から奪い去って行った、『黒き終焉』。

 

 ────たくさんのものを壊して、たくさんの人を傷つけて、たくさんの悲しみを生み出して。

 

 ゼウスとヘラが徒党を組んで挑み、返り討ちにあった、『三大冒険者依頼』最後の砦。『破壊の象徴』。

 

 下界最大の出力を誇るとされている、アイズのスキル【復讐姫(アヴェンジャー)】。その発現の要因となる姿が、神獣の触手と重なる。

 

 ────貴方たちがいるから、だれかの泣く声はとまらない。私たちの涙は、とまらない。

 

 心までもが漆黒に染まり、黒き暴風は留まることを知らない。

 

 怒り、怒り、怒り、怒り。

 

 ただひとつの感情のみがその身を支配する。

 

 ────消えてしまえばいい。死んでしまえばいい。

 

 制御の効かない暴風が自身の頬に一筋の傷をつける。痛覚すら無視した少女は自身の身体のことなど関係ないと加速し続ける。

 

 ────だから──殺さなきゃ。

 

 ────お前達、みんなみんな、全て!! 

 

 その時、脳裏に浮かんだのは、少女の思う英雄の姿である父。

 

『──アイズ』

 

 待ってて、お父さん。

 

『アイズ。私はお前だけの英雄にはなれない』

 

 わたしが、絶対取り戻すから。

 

『いつか、お前だけの英雄に────』

 

 ────違う。

 

 ────そんなのは、嘘だ。

 

 ────だって、だって。

 

 ────わたしには、英雄なんて来てくれない。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

 風の勢いが増す。憎悪が膨らみ、それに呼応するかのように暴れ狂う。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】ッ!!」

 

 心の奥に燻り続ける黒い炎が燃え盛る。やがて、その炎は外へと飛び出し、己の肉体を引き換えに目の前の『怪物』を焼き尽くす。

『奪われた者の力』をふるい、咆哮を響かせる。

 

 そして、最後の詠唱が轟く。

 

「【暴れ吼え(ニゼ)────】!!」

 

 

「────大丈夫だよ」

 

 

「────」

 

 赤く、黒く染まっていた視界の中に、純白が映る。

 怒りと憎しみに染まった心が透き通っていく。

 

 思考が停止してから数秒経ち、ようやく自分が抱きしめられていることに気がついた。

 伝わってくる命の鼓動が、アイズの黒い炎の勢いを収めていく。

 

 ゆっくりと顔をあげる。そこには自分に微笑みかけてくれている者がいた。

 優しい笑みを浮かべ、頭が撫でられる。心の炎が小さくなるのを感じた。

 

「落ち着いて、アイズ」

 

「……ぁ」

 

 ようやく自身の喉が空気を震わせ、音を出したが、それは言葉にはならない。未だ吹き荒れる黒き暴風は今まで続けていた拡大を止めた。

 

 視線が震える。口も上手く動かない。それでも、抱きしめられた体は暖かかった。

 

「……モン、スターが」

 

「僕も戦う。一人じゃないよ」

 

 ようやく発することが出来た言葉は、絹のように柔らかい声で返答された。

 

「だれも、わたしのとこ、には。きてくれない、から」

 

「────僕がいるよ」

 

 父は(わたし)を置いて母と共に消えていった。わたしを助けてくれる人なんて、いない。そう、思っていたのに。

 

 目の前の白い存在が、父の姿と重なる。

 

『いつか、お前だけの英雄に会えるといいな』

 

 脳裏に浮かんだその言葉。思わず、呟いてしまった。

 

「……わたしの、私だけの、『英雄』に、なってくれるの……?」

 

 金と赤の瞳が交差する。金の双眼にはもはや濁りはなく、幼い少女の様相となっている。

 

 不安な気持ちを隠さない少女に、少年は悩む素振りすら見せずに答える。

 

「────君が望むなら、僕はなるよ」

 

「──ぁ」

 

 荒ぶる暴風の勢いが収まっていく。漆黒の色は灰色に近づきつつあった。

 

 泣きそうな声を洩らし、輝きを戻しつつある金の瞳はふるふると揺らしていた。

 

 そんな様子を見て、少年は──ベルは、アイズと目線を離さずに言葉を紡ぐ。

 

「僕は、君の英雄になるよ」

 

「もう、君を悲しませたりなんかしないから」

 

「────あ、る」

 

 二人の誓いを他所に、神獣の触手は先程まで自身を切り刻んでいた脅威になりうる存在を逃さない。数十の火球が迫るも、それらは全てベルが回避する。

 

 モンスターにしか目がいかなかったアイズの瞳には、もうベルの姿しか映らない。

 いないと思っていた、自分の、アイズ・ヴァレンシュタインの英雄の姿しか。

 

「この戦いが終わったら、一緒にじゃが丸くん食べようか」

 

「食べる!!!」

 

 予想以上の食いつきに少し驚いたベルだが、年相応の反応をしたアイズが可愛らしく、更に頭を撫でた。

 撫でられたアイズは、目の輝きを取り戻し、漆黒の風はいつもの風貌に戻っていた。

 

「そのためにも、まずはあのモンスターを倒さないとね」

 

 そう言って、ベルはアイズに手を差し伸べる。その姿は、母と共に出ていった父の姿が思い浮かんだ。

 

『──行くぞ、アリア』

 

「行こう、アイズ」

 

 あの時は置いていかれた。でも、今は自分を連れていってくれる『英雄』がいる。

 

「────うん!!」

 

 差し伸ばされた手を強く握り返し、ベルの横に並び立つ。目の前でこちらを睨む神獣の触手に、怒りが湧いてくる。

 それでも、握る手から伝わってくる温もりが。横にいる『英雄』の存在が、燃え盛る炎を浄化してくれた。

 

 そして、アイズは魔法を起動する。

 

「──【白き風よ(テンペスト)】」

 

 今まで見せていた漆黒の暴風の名残りを見せない、純白の風。力強くも、その風は荒ぶることはなく、味方を包み込む優しい風。

 

 その風から感じるのは、母の温もり。

 

「行こう、アル」

 

 アイズの表情には曇りひとつ見当たらない。清々しい表情を向けられたベルは、自身の憧憬の姿を思い起こし、頼もしさを感じた。

 

「よし、行こう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────

 

 熟練の戦士であるドワーフの足音が重く響く。

 それに続くようにリューが軽やかに疾走する。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 ガレスが斧を振り下ろす。Lv5の中でも力が飛び抜けている一撃は、深層のモンスターを一撃で屠る威力を内包していた。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 それに答えるのは一声(ワンワード)

 ただの呟きでドワーフの戦士は吹き飛ばされた。

 

「ぐうううううう!?」

 

「はああああああああ!!」

 

 ガレスと入れ替わるように突撃してきたリューが大聖樹の枝から作られた木剣を振りかぶる。対するアルフィアは、そちらに目線を向けすらせず、呟くのみ。

 

炸響(ルギオ)

 

「ぐっっ!?」

 

 空中に漂う魔力の残滓が爆ぜる。予想外のダメージにたまらず後ろへと退避した。

 

 この一瞬の攻防を理解できるものは少ない。

 

「えっ!? 何何!? 気づいたらリオンとガレスのおじ様が吹き飛ばされてるんだけど!!?」

 

「音の魔法だ!! 九魔姫(ナインヘル)の砲撃並の威力で超短文詠唱、オマケに不可視ときた!」

 

「えっ、なにそれ怖っ!? わたしがそんな魔法受けたら全身バキバキのベキベキだわっ!!」

 

「……耐える、か。それにしても騒がしいな。達者なのは口だけか? その程度の実力で慢心するとは。都市の2大派閥だと? よくその程度の偉業しか超えていない身で吠えることができるな、若輩共」

 

「なっ……私はお前より年上だ!!」

 

「ならばより手が負えんだろうが。世間知らずの年増、癇癪持ちのババアが……」

 

「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

「お前が挑発されてどうする、リヴェリア! まったく、こやつが感情をむき出しにする相手がアイナ以外にいるとは……」

 

「リ、リヴェリア様がご乱心に!」

 

「い、一体どうすれば……!」

 

「面白えくらいおろおろしてんじゃねぇ、エルフ二人! そんな暇はねぇぞ!!」

 

 怒りに満ちたリヴェリアが高速詠唱を開始する。それに合わせ前衛組がアルフィアを錯乱し、時間を稼ぐ。その攻撃を、アルフィアは全てを紙一重で避けた。

 

(後衛の動きじゃない!!)

 

(洗練された動き! 前衛もできるのか!?)

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

「【魂の平静】」

 

 リヴェリア含めた魔法の複数同時展開も、アルフィアの前では意味をなさない。極寒の吹雪は、存在しなかったかのように消えていく。

 

「砲弾も弾幕も無効化か……!」

 

「どれだけ私に魔法を無効化させるつもりだ? とても知識の種族とは思えんぞ」

 

「くそっ、黙れ!」

 

「この程度の言葉で心を乱すか。Lvが低ければ、精神も未熟なのか?」

 

「すごいわっあの人! 的確に心を抉ってる!!」

 

 言葉のサンドバッグとなったリヴェリアは怒りを隠せておらず、アルフィアは粛々と言葉を紡いでいった。

 

「「「!!?」」」

 

 突如18階層を嵐が襲う。

 勢いの強い風に、腕で目を風から守り、長い髪は風下へと張っていた。

 

「なんだ!? あのモンスターは嵐も作れんのかよ!?」

 

「……違う」

 

 その暴風は『大最悪』がいる方向からのもので、ライラは思わず悪態をついたが、それは即座にアリーゼに否定される。

 アリーゼの推測は、リヴェリアとガレスは確信を持って肯定した。

 

「────アイズ!!」

 

「まさか、魔法とスキルが共鳴しているのか!?」

 

 今なお暴れ狂う一人の少女から発せられる漆黒の暴風は、Lv3という器には到底収まるものでは無い威力を内包している。

 アイズのスキルを知る数少ない者であるエルフとドワーフが、今の状況がどれだけまずいものなのかを悟った。

 

 一刻も早く止めなくては、アイズの身が崩壊する。

 そのためにも、目の前の脅威を倒すべく、詠唱を開始しようとして。

 

 暴風の勢いが、収まっていく。

 

「……なんだ?」

 

 まさか、完全に崩壊してしまったのか、はたまたモンスターにやられてしまったのか、と最悪の可能性が頭をよぎる。

 

 何年も世話をした娘のような存在の安否が心配になり、体ごとそちらの方向へと向けていた。

 

「【福音】」

 

「がっっ!!」

 

 そんな隙を見逃すはずもなく、ガレスがギリギリでリヴェリアを庇ったものの、衝撃で吹き飛ばされる。

 

「私を前にして余所見をするとは……大した自信だな」

 

「リヴェリア様!!」

 

 アルフィアの魔法は、余波だけでもその威力は凄まじく、膝に手を着きながらゆっくりと立ち上がる。

 

「あの娘が心配か?」

 

「っっ!! そうだと言ったら、なんだ!!」

 

「……はぁ」

 

 アイズを心配するリヴェリアにアルフィアはため息を吐く。

 その様子を見てリヴェリアは更に憤慨した。

 そんな様子など気にもとめないアルフィアは呆れた目でリヴェリアを見た。

 

「何もわかっていないのだな、お前は」

 

「どういうことだ!!」

 

「あの娘のところに、誰が行ったのか忘れたのか?」

 

 やがて、暴風が完全に鳴りを潜めた。アイズの生存を確認する術を持たないリヴェリアがアルフィアの言葉の意味を理解する前に、純白の風が階層を支配した。

 

「これは……?」

 

 この階層の中、風を起こせるものなど、アイズしか思い当たらない。しかし、このような風は見たことがない。頬を優しく撫でる白き風は、間違いなくアイズのものであろうが、白い風など見たことがない。

 

「悲しみに満ちた少女を救う……これぞまさに英雄の姿、か」

 

 見えないが何が起こったのか見当がつくアルフィアはその表情を柔らかくし、気づかれないほどの笑みを浮かべた。

 

「ならば……私も示そう。英雄の作法を」

 

【静寂の園】を解除する。今まで魔力を抑えていた蓋が外れたことで莫大な魔力の奔流となり戦慄させた。

 

「なん……だ、この魔力」

 

「聞け、クソババアとクソジジイ。そして小娘共。お前たちの間違いを正してやる。わたしの魔法無効化は外だけのものでは無い。私自身にも作用する」

 

「なに!?」

 

「まあ、わたしの場合は完全には無効化することは出来ないが、著しく威力が落ちる」

 

「そういうことかよ!! お前の魔法無効化は常に纏ってたってことか!! つまり……ふざけんじゃねぇぞ! まさか今までのヤツは全部弱まってる段階だとか言わねぇだろうな!?」

 

「勘がいいな小人族。そのまさかだ。行くぞ──」

 

「くっ、【集え、大地の息吹】」

 

「遅い」

 

 リヴェリアの詠唱を止めることなく、両腕を広げ自身の魔力を全身から放出した。

 

「【我が名は】」

 

「【福音】────【サタナス・ヴェーリオン】」

 

(間に合わな────)

 

 アルフィアを中心に解き放たれた音の砲撃が全てを破壊する。彼女の足元以外の地面が消え、ロキ・ファミリアとアストレア・ファミリアを逃がすことなく巻き込んだ。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────

 

『グアアアアアアアアアア!!!』

 

「ふっ!!」

 

 竜の雄叫びに怯むことなく、ベルとアイズは攻撃を加え続ける。脚を斬り、伸びる数本の触手を同時に斬り飛ばす。それでも、驚異的な自己再生を持つ怪物にはそれほどのダメージは効かない。

 

 二人のうち、ベルの方が脅威であることを悟った神獣の触手は口を大きく開き、特大の炎の塊を放出する。

 離れたアイズの身をも焦がすその熱量が含まれているそれは、ベルの方向へ放たれた。

 

 その炎に対して、ベルがとった行動は回避ではなく、迎撃。

 

 右手に握るヘスティア・ナイフを上から下に振り下ろした。

 

 一閃。

 

 それだけで火球はふたつに割れ、ベルを避けるように進んでいく。

 仕留めていないことを確認したモンスターは先程よりも小規模な火球を二十個生成し、全てをベル目掛けて撃ち放った。

 

 そこでベルは、【ファイアボルト】、と。

 紡がれた言葉に呼応するように50を超える炎雷がベルを中心に展開される。そのうち二十の炎雷は寸分違わず禍々しい炎を撃ち落とし、残る全てが夜空に輝く流星のように神獣の触手目掛けて落ちていく。

 

 触手に着弾すれば、接触したところから焼け切れ、体に当たれば燃やし尽くす。

 魔法により抉れた部位は即座に再生されてしまうが、ベルの作戦は順調に進んでいた。

 

 驚異的なスピードで自己再生を行うモンスターを倒すには、どうすればいいのか。

 

 ひとつは、回復が追いつかないほどのダメージを与えること。すなわち、一撃であの巨体を葬ることが出来れば済む。

 正直に言えば、可能だ。ベルのスキルによりチャージした【ファイアボルト】なら、葬ることは出来る。

 しかしそれはあまり望ましくはない。

 

 神獣の触手を倒した後、待っているのはアルフィアだ。いや、エレボスならまだ切り札をとっている可能性が無くはない。

【英雄願望】は、チャージすればするほど威力が上がるものの、消費魔力が大きい。この後に備え、それは避けたい。

 

 また、威力が大きすぎることも悪い点だ。

 あの巨体を葬るとなれば、相応の威力の魔法になる。そうなれば、この階層の大部分が崩壊するだろう。

 もしそんな状況になれば、出てくるのはジャガーノート。

 

 どこから生まれるか分からないダンジョンの免疫機能という不安要素は極力除外したい。

 

 あとは、アイズに倒して欲しいという個人的な思いもあるのだが。

 

 そうなってくると、考えうる手はひとつ。

 どのモンスターも共通して存在する弱点である、魔石。

 モンスターの核である魔石を砕けば、どのモンスターも灰に還る。

 もちろん、あのモンスターにも魔石は存在するだろう。

 

 魔法で焼き、ナイフで削り、縦横無尽に動き回り、魔石の位置を探す。

 

『大最悪』の体がボロボロとなり、再生に力を注ぐために一時的に攻撃の手が止まる。ベルもまた、攻撃が止まったのを確認して近くの岩の上に着地する。

 

(ある程度の場所は削ったけど、魔石が見えない。あと残ってるのは、胸の辺りか)

 

『大最悪』から注意を外し、ゆっくりと瞼を閉じる。そして己の内を覗き見るように意識する。

 

(────うん、()()()

 

 瞼を閉じた状態にも関わらず、目に映るのは自らのステイタス。

 あの戦いの後、違和感を覚えたベルはアストレアへ相談を持ちかけた。そのまま背中を見せることで、新たな文字が浮かび上がっていることが判明した。

 

 スキルには書いていなかったが、「意識すればステイタスを確認できるのでは?」というアストレアの言葉を実行すると、できた。

 

 その時のアストレアの顔は、未知を見ることが出来た愉悦と色々異常なベルへの苦笑いとか混ざったなんとも言えない表情だった。

 

 現在のベルのステイタスは、以前確認した時よりもトータル100オーバーの伸びを見せている。今のベルは、全ての項目において世界最強と言えるだろう。

 

 自分のステイタスを確認し終えて瞼を開くと、アイズが白い風を纏いながらこちらへと飛んできていた。

 

「アル。魔石、見当たらないよ」

 

「いや、だいたいの位置は分かったよ」

 

「ほんと?」

 

 おー、と感心したような声をあげる少女に、照れくさい気持ちがありながらも、少女の体を見て驚く。

 

(無傷……しかもあのモンスター相手に何度も傷をつけてる……ほんとにLv3?)

 

 わずか一年未満でLv7に至ったやつの言うことではないが、アイズのモンスターに対する戦闘能力と魔法は異常だと再確認する。

 

「どこ?」

 

「胸の辺りかな。ちょっと深いけど」

 

「どうやるの?」

 

「僕が道を作るから、最後はアイズが」

 

「ん。わかった」

 

 肉体の再生を完了した『大最悪』が竜の証でもある二対の翼を大きく動かす。階層主を超える巨体を浮かび上がらせる程の風を起こしながら空中へと舞った。

 

『ギャオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

 来れるものなら来てみろと挑発するかのように発する咆哮は、大気を揺らし燃えている木にまとわりついている炎を揺らす。

 

「どうする?」

 

「任せて」

 

「分かった」

 

 随分とあっさり承諾したアイズに驚きと疑問を向けるも、当のアイズはその視線を受けて首を傾げていた。

 

「アルは、わたしの英雄だから。信じるよ?」

 

 当然のことだと言うように言われ、全幅の信頼を向けられていることを嬉しく思い、嬉しさから力がこもる。

 

 自らの憧憬だった人から、幼少の時代であるものの、「英雄」だと言われることが何よりも嬉しい。

 

 リン、リンという音が鳴り始めると同時に、ベルの脚に白い光の粒が収束する。

 初めて聞く鈴の音に、「きれい」と思わずアイズが呟く。

 

(五秒)

 

「ふっ!」

 

 音を置き去りにする神速の跳躍。飛び去った場所には足跡が深く刻まれていた。

 

『大最悪』がベルの姿を見失ったと知覚する前には、既に右翼が切断されていた。

 片翼を失ったことによりバランスを崩した竜はその身を空から地へと落としていく。

 地を揺るがすほどの重量を誇る巨体が重力に従うままに墜落した。

 

 壮大な土煙を起こしながらも立ち上がった『大最悪』の視界は煙により塞がれていたが、次の瞬間には激痛と共に黒く染まった。

 着地と同時にモンスターの両目をナイフで切りつけ、視界を奪う。

 

「【白き風よ(テンペスト)】!! 【テンペスト】!!!」

 

 魔法の重ねがけ。多大な魔力と引替えにその効力を増幅させたアイズが『大最悪』に向けて特攻する。白き風に包まれた体は舞い上がる土煙を吹き飛ばし、アイズの視界を遮るものは何もいない。

 

 視界を奪われたモンスターは己の危機を察知し、体の再生に意識を向けず、腕や複数の触手、数十にわたる火球を展開し、至る所へ攻撃を浴びせる。

 

「【ファイアボルト】」

 

 アイズに迫る火球に全て魔法で相殺し、迫る触手を全て一閃で切り刻む。

 そして更に展開した炎雷をモンスターの胸元目掛けて一斉に砲撃する。

 

 焼け焦げた胸元は再生が追いつかず、かなりの体積を焼き尽くされている。

 

「アイズ!!」

 

「はああああああああああああっ!!!」

 

 愛刀である「デスペレート」に風を纏わせ、ベルが作った道をくぐり抜け、焼け焦げた胸元へと一直線に特攻する。

 いずれ、『リル・ラファーガ』と名付けるそれは、階層主をも一撃で葬り去る威力を内包したもの。

 ベルによって抵抗する手段を全て失った『大最悪』が、新たな火球を生み出す時間など与えないほどの速さでの疾走は、やがてモンスターの胸元へと到達し、そのまま内部へ、そして紫色に輝く魔石へと到達する。

 

 勢いはとどまらず、魔石にヒビが入ると、バキッ、という音と共に巨大な魔石は崩壊し、モンスターの体を貫くまでアイズの突撃は止まらなかった。

 

 魔石を砕かれ機能を失ったモンスターは徐々に体を地面へと倒していく。

 全身全霊の一撃を放ち宙を舞っているアイズはデスぺレートを鞘へと戻すと、その小柄な体を二本の腕で抱えられた。

 

 ゆっくりと体の端から灰になっていくモンスターを横目に、ベルは膝をクッションにして着地し、抱えていたアイズの頭をポンと撫でた。

 

「お疲れ様、アイズ」

 

「うんっ」

 

 頭を撫でられて気持ちよさそうに頬を緩める少女と少年は、その身に傷一つ許さずに『大最悪』を討伐し、ひとつの局面が終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンは憎んでいる。

 

 自身を封じ込めた神々を。

 

 憎き神を殺すために生み出した『大最悪(モンスター)』は、神の身に触れることなく憎き神の眷属の手により散った。

 

『大最悪』によりもはや深層域と同じ状況となった18階層。

 

 自らが生み出した『大最悪』の動向を、母たるダンジョンは意識を向けていた。

 

 現在、ダンジョンが最も意識を向けているのは18階層と言ってもいいだろう。

 

 自身の生み出したモンスターの敗北とともに、ダンジョンは気づいた。

 

 憎き神が二柱もダンジョンに入り込んでいることを。

 

 そして、神に準ずる大精霊の気配が()()

 

 さらには、イレギュラー(ベル・クラネル)

 

『神獣の触手』では足りなかった。

 

 憎き神を葬るため、さらに強大なモンスターを生み出そうと。

 

 

 ────ドケ。

 

 

 ダンジョンが生み出そうとしたモンスターを、強引に退ける。

 

 

 ────ヤクソクヲ、ハタス。

 

 

 ダンジョンの介入を許さない「それ」は、その身を形作り始め、生まれ落ちようとしていた。

 

 母たるダンジョンの静止も、意識も全てを拒むそれに、ダンジョンはせめてもの抵抗として、生まれ落ちようとしているモンスターの『感情』を、『知能』を奪い、『凶暴性』を植え付けた。

 

 そして────

 

 

 ピキリ、と。

 

 

 18階層の天井。

 

 今は美しい輝きを失い炎の赤を映し出している水晶(クリスタル)の横の壁が、ゆっくりと崩れていく。

 

 生まれ落ちたそれは、ゆっくりと。ひっそりと。

 

 静かに、『破壊』が生まれ落ちた。

 

 




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