白き英雄譚   作:ラトソル

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UA10万達成、ありがとうございますm(*_ _)m
あ、タイトル変えました


チートやん、そんなん

 赤く燃える18階層。

 

 未だ咆哮を轟かせている『大最悪』とは真逆。静寂が空間を支配していた。

 

 その場にいるのは、倒れ伏す冒険者達に対して一人佇んでいる灰髪の女性。

 

 その場には圧倒的なまでの破壊の跡が残っていた。

 

「くっ……ぅぅ……」

 

「…………おい、生きてるか、おまえら……」

 

「…………生きてる、けど……どうして、生きてるの、わたしたち……?」

 

 アルフィアの原罪たる福音の音色により穴という穴から血が吹き出している。

 自らに課した封印を解き放った一撃は、本来ならばこの場にいるもの全てを一掃するはずだった。

 

「……【重傑】」

 

 リューの視線の先には、もはや原型を留めていない盾を構えピクリとも動かないドワーフの姿。

 リヴェリアの魔法が間に合わないことを瞬時に判断したガレスはその身を挺してリュー達を守ることを選んだ。

 

 ガレスの英断により、呼吸を続けることが出来ているものの、ダメージは大きい。

 出血に加え、常軌を逸した音の塊により平衡感覚が未だ不安定だ。

 

「まだ原型を保っているか、小娘どもにクソジジイとクソババア。私の魔法の腕も衰えたか……いや、盾一つで耐えきったあのドワーフを評価すべきか」

 

「ガレ、ス……!!」

 

 アリーゼ達と同様に意識を保てているリヴェリアは自分達を守り倒れたガレスの姿に怒りが湧く。

 

 キッ、と向けられたリヴェリアからの視線を無視して『大最悪』の方へと視線を向けるアルフィアは息一つ乱していない。

 

「神が召喚した『大最悪』。他の冒険者相手ならば十分すぎる戦力だが、あの子がいる以上長くは持たんか。それに、あの小娘……あそこまで拮抗するか」

 

 視線の先では、幾弾もの火球が飛び散り、白き風が舞い、光が『大最悪』の周りを駆けていた。

 その光景に喜びを隠せないように笑みを浮かべるも、目の前の光景の落胆に表情を消した。

 

「さっさと立て。いつまで寝ているつもりだ」

 

「ぐっ……!!」

 

「く……そが!!」

 

 悪態をつきながらもなんとか立ち上がる。膝は震えており、焦点が定まらない。先の魔法によるダメージが予想以上に大きく、みなの動揺が伝わる。

 

「その惰弱……真実、お前たちには失望する」

 

「失望……だと!!」

 

 リヴェリアの叫びを受け、「そうだ」と軽くいなしながら、依然として失望の色を隠さない。

 

「私たちが去ってから何年経っていると思っている? なぜその程度のLvで満足している? 都市最高があの猪だと? 笑うことも出来ん。私たちのファミリアにはLv7以上が何人もいたぞ」

 

 かつての最強。

 ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアはまさにレベルが違った。

 前人未到の領域、Lv9のヘラ・ファミリア団長、ゼウス・ファミリア団長Lv8【英傑(マキシム)】を筆頭に、今のオラリオの最高位を超えるLv7以上の強者が何人も所属していた、神時代史上最強の集団。

 

 英雄として歴史に名を刻んでもおかしくない者たちが数多くいた。

 

 それ故に。

 

「我々の失望とは、『無力』。あまりにも単純で、この上なくありふれた虚無感だ──オラリオ、いや世界に対して……何より、自分たちに対して」

 

「どういう……ことだよ……」

 

「我々の無力など語るまでもない。陸の王者(ベヒーモス)を討ち、海の覇王(リヴァイアサン)を滅した私たちは、敗れた。『黒竜』に」

 

「……! 三大冒険者依頼……!」

 

 下界の悲願。古代に生まれた三体の巨獣。その討伐。

 ゼウスとヘラは、ベヒーモスとリヴァイアサンの討伐に成功した。あとは『隻眼の黒竜』ジズのみ。下界の民も、神々さえ、三大冒険者依頼の達成を確信していた。それでも。

 

「神々をも認めさせる実力を有し、自負に溢れた強者どもが、いともたやすく薙ぎ払われ、かつて味わったことの無い『蹂躙』に遭った。粉々にされ、八つ裂きにされ、焼却され、餌にされ……襤褸屑と化した私の視界には、血の海しか残っていなかった」

 

 語るアルフィアの拳に力が入る。爪が手の平の皮膚にくい込み、今にも血が出てきそうだ。

 その英雄譚などでは決してない悲惨な物語は、聞くものの呼吸を奪い、凄惨な情景を脳裏に浮かべさせるには十分だった。

 

「そして、生き残った者達は……『最強の英雄』と讃えられた眷属たちは、()()()()()

 

「私はあの時、確信した。『嗚呼、このやり方では駄目だったのだ』と」

 

 先程までの表情を消し、粛々と語る。

 

「真の絶望に抗えない冒険者ども。世界の悲願には届くことのない、英雄を騙る無力の輩。神に縋るこの時代では、あの『黒き終末』には決して敵わないと!」

 

 今まで一度も見たことの無い程のアルフィアの圧。強まった語気は、アルフィアの失望を物語っていた。

 

 アリーゼやネーゼは、自身達の中では最強に位置しているアルフィアがここまで言う存在である黒竜に恐怖した。

 

 いつもの静寂な雰囲気に戻る。

 

「────世界は『英雄』を欲している」

 

「英雄……」

 

 正義の眷属たちの頭には、突如現れ全てを救う白き光が思い浮かんだ。

 

「そう、『英雄』だ。あの『黒き終末』に対抗するには、真なる英雄が必要不可欠。ならば、そんな『英雄』は、どのように生まれ、どのように成り立つ?」

 

 アルフィアの問いに対する答えは、今なお肩を荒く上下させている者達には持っておらず。

 

「そこで私は考えた。『真の英雄』とは──果たして本当に、今の時代から誕生しうるのか? と」

 

「なにっ……?」

 

「『黒竜』に敗北した私達が示した。このやり方では駄目だったのだと。こんなやり方では話にならないと」

 

 今も18階層を響かせている『大最悪』の咆哮も、この場では不要なものだと、皆の耳には届かない。ただひたすらに、アルフィアの一語一句に耳を傾けていた。

 

「神時代の『英雄』では、あの化物には勝てない。ならば、今も語り継がれている者達──『英雄の時代』を取り戻すしかあるまい」

 

「なっ……アルフィア貴様、まさか!?」

 

「そうだ。時代を逆行させる。かつての『英雄神話』を再現するためにな」

 

「「「!!!」」」

 

 アルフィア達の真の目的。その内容は、この場にいるもの全てを驚愕させるものだ。皆の目が大きく開かれ、頭が理解したくないものを嫌でも理解させる。

 

「かつて、神の恩恵すらなく、怪物に地上を蹂躙されていた古の時代。その絶望的な状況で、その時代の人類は咆哮を上げた。強大な力を前に、逃げず、抗った。あの時代が生んだのだ。『最強の伝説』を」

 

「古代の光景を甦らせるために、迷宮からモンスターを解き放ち、今の平和を破壊する……!?」

 

「そうだ。私達が消え、腐り出したこの下界に混沌をもたらし、『英雄』を生み出す礎とする。今のままでは勝てん。人類は打ち勝てない。あの『黒き終末』によって、下界は飲み込まれる──滅亡だ」

 

「有象無象など必要ない。それらを全て……たとえ『億』だとしても、それを生贄とし、黒竜に届く究極の『一』を作り上げる。この世を救う『最後の英雄』を」

 

 アルフィアの演説は止まらず、粛々と己の目的を語る。情報の多さに聞くもの達は声を発することが出来ず、部屋の隅に置かれた人形のように静かに固まっている。

 

「『古代』が終結し、神々が降臨し、人類に『恩恵』を授けるようになって一千年。それほどまでの時をかけ、世界は古の怪物と戦う準備を進めてきた──その結果が、これだ」

 

「私達はむざむざと敗北し、ゼウスとヘラ、いや神時代が築き上げた千年は無駄になった。あの『黒竜』には、何も通用しなかった!」

 

「「「……!?」」」

 

「あれほどの風格を誇っていた最強の豪傑(おとこ)が! あそこまで傲慢な最恐の暴君(おんな)が! 血を吐いて、腕を失い、悲鳴をあげ、最後はみっともなく敗走した! 無様とはこのことだ!」

 

 再び見せた感情は、今までとは比べ物にならないほどに、強く伝わる。

 

「私はつくづく失望したよ! 私達自身に! この神時代そのものに!」

 

 静寂をこよなく愛するアルフィアとは思えないほどの叫び。それはアルフィアの魔法よりもよっぽど強く胸に刺さるものだ。

 

「……だが、『希望』はある。それこそが『英雄神話』──」

 

 今は見ることができるはずもない過去に意識を向けるように脱力し、顔を下へと向ける。

 

「『古代』の人類は、その身一つで大穴より溢れた化け物どもと渡り合った。神の恩恵などなく、だ。『始まりの英雄』からその意志を繋ぎ、新たな勇者が生まれ──そして最後には『一人の英雄』があの『黒竜』から片眼を奪い、オラリオの地から追い払った。今の我々では届かなかった偉業を、かつての英雄達は成し遂げた……それが全てだ」

 

「そのために……真の英雄を生み出すために、『英雄の時代』を取り戻す、てことか……!?」

 

「な、なんだよ、それ……それじゃあ、お前達がオラリオを滅ぼそうとしているのは……!」

 

「この下界を救うためだ」

 

「……!!」

 

「結局、てめぇらも世界の平和を望んでるってことかよ……! それなら仲良しこよしに手を取り合えねえのか!」

 

「無理だな。お前たちはアレを見ていない。あの『終末』の竜を。圧倒的な絶望に対し、あまりにも無知だ。我々の意見は決して交わらない。そして、私とザルドはもう、唯一の答えを出している」

 

 確固たる意思で自らの答えを覆す気などアルフィアにはさらさらない。それを感じ取ったライラは、歯を強く噛み締める。その中で、リューはひとつの疑問が生じていた。

 

「アルは……アルは、あなた達が求めている『英雄』では無いのですか……?」

 

「確かに、あの子は私たち、いや世界が欲する『英雄』だ。あの子は既に『英雄』として完成していると言ってもいい」

 

「なら……!!」

 

「だが、駄目だ。私達のするべきことは変わらない」

 

「なっ……!? 何故だ!! アルを『英雄』と認めているのであれば、あなた達の目的は達成している筈!!」

 

「あの子は本来この場にいるはずの無い、『()()()()()』と呼ぶべき存在だ。正しく、異分子(イレギュラー)。いつ消えてもおかしくないような存在だ。そんな存在に頼るような賭けに出るほどアレ(黒竜)は甘くない」

 

 今のアルフィアの話を理解できるものはこの場にはいない。

 なぜなら、この場にいるものは知らないのだから。黒竜という絶望を。

 ベル・クラネルの出自を、詳細を。

 

「それに──あの子の存在こそが、私達の目的の達成を物語っている」

 

「……??」

 

「ならば、尚更退けないということだ」

 

「「「!?」」」

 

 アルフィアの意識が切り替わる。長髪が魔力による風圧により散々となびき、オッドアイの双眼を僅かに開いた。

 

「自らの無力を恥じることも無く、強大な存在に縋るだけの弱者など存在する価値もない。これ以上失望させてくれるなよ?」

 

「くっ……!」

 

「それでも……私を否定し、次代の英雄となる覚悟を、信念を持つのなら────私を倒してみせろ、冒険者!!」

 

「アルフィア……」

 

 かつての英雄からの言葉には、応えることなどできなかった。内心、正義の眷属達は、縋っていたのだろう。『アル』という存在に。彼は今この場にはいない。一人の少女を救うべく、『大最悪』へと向かったのだから。

 

 これは、岐路だ。

 

 彼女達英雄候補が、英雄としての道を進むのか、それともただの観衆となるのか。

 英雄としての姿は既に示された。三人のLv7によって。

 

 ベルは示した。『英雄』の姿を。

 

 アルフィアとザルドは示した。『英雄の作法』を。

 

 ならば。ここで示さなければならない。

 可能性を。

 黒竜に敗れた者に、示さなければならない。

 

「……アルフィア。あなたの答えでは、正義は巡らない」

 

 正義の使徒。エレボスが見初めた雛鳥であるリューが一歩前に出る。

 

「貴方を認めれば、死んだ者たちの全てが無駄になる──正しきも、過ちも、全てを背負って、私達は『未来』を掴みに行く!」

 

「────ふっ」

 

 満足気な笑みは、すぐにその姿を消す。

 

「『過去』ではなく『未来』……証明された歴史に縋るのではなく、まだ見ぬ可能性を信ずる……ならばお前たちからすれば、私は過去に囚われた亡霊……あるいは昔日の遺物そのものか」

 

「────いいだろう。来い、小娘ども。私は全力をもって、貴様たちを灰に変えよう」

 

「貴方を倒す、アルフィア!!」

 

 リューの言葉と共に、アリーゼ達は震える脚に鞭を打ち、目の前の壁を見据える。絶望の表情を浮かべている者はいない。瞳に映すのは討ち果たす対象のみ。リヴェリアも、同胞の言葉により立ち上がる。

 

「……小娘が、啖呵をきったんじゃ。儂も、立たねばの……!!」

 

「ガレス!」

 

「ガレスのおじ様!!」

 

 斧を支えに立ち上がるドワーフは、戦意を滾らせている。気絶していた身体を叩き起し、先頭まで歩いていく。

 

「……少しはましな顔になったな」

 

 自分に向けられた視線を受け止め、全員の顔を見る。力から逃げる弱者などここにはおらず、正しく『英雄候補』達。

 

(あの子の戦闘は……すぐに終わってしまうか。急がねば)

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「はああああああっ!!!」

 

 ひとつの局面が、佳境へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────

 

「ザルドとアルフィアの『弱点』?」

 

「ああ」

 

 決戦前夜。アストレア・ファミリア総勢とほか数名を集めたフィンが、情報を共有する。

 その言葉にライラが笑って反応する。

 

「弱点っていってもよー、モンスターの『魔石』みたいに突けば一発で倒せる、なんて代物がある訳じゃねえんだろう? まともに戦えねえ時点で、対策なんてできっこねえと思うけどなぁー」

 

「確かに魔石と比べるまでもない。だが、これを踏まえて戦闘を展開すれば、勝機が手繰り寄せられる」

 

 あの二人の戦闘を間近で見て、さらには実際に戦った輝夜とライラは信じられないという顔をしていた。

 あの圧倒的な強さのどこに付け入る隙があるのか、と。

 

 その疑問を、リヴェリアが解消する。

 

「最強の資質を持っていながら、奴が真の最強に至れなかった理由。それは────『不治の病』だ」

 

 ────────────────────────────

 

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「リオン、合わせて!!」

 

「分かりました!!」

 

 音の砲弾が何発も連続して放たれる。先程までの静寂は姿を消し、破壊と轟音がこの場を支配する。リューとアリーゼが先陣をきり、攪乱。魔法士が砲撃を浴びせるも、纏い直した『魔法無効化』により無力化される。

 

(あたしらが勝つためには、『長期戦』。これしかねぇ!!)

 

 アルフィアが患っている『不治の病』。最大にして唯一の弱点は、戦闘が長引けば長引くほど、彼女の身体を蝕むはずだ。この作戦は、既に共有されている。

 

「ステイタスに補正……稀有なスキルを持っているようだな、小娘」

 

「ふふんっ!! いいでしょう! あげないわよ!」

 

「スキルは譲渡できるものではありませんよ、アリーゼ」

 

「相変わらずやかましい小娘どもだ」

 

「くっ!!」

 

 付与魔法を纏い、紅く燃える炎を纏ったアリーゼと、疾走することで常時発動するスキルによりアビリティに補正がかかったリュー相手に、アルフィアは手刀で相手取る。

 高速で振り下ろされる手は、下手な剣よりもよっぽど切れ味がいい。

 

「そんなに近づいていいのか? 私の手ひとつで、貴様たちの首は飛ぶぞ?」

 

「うおおおおおおお!!」

 

 二人に注意が向いている中で、死角からガレスが特攻する。それに合わせてアリーゼとリューが同時にアルフィアへと斬り掛かる。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 アリーゼとリューの攻撃を手で掴み、後ろから迫るガレスに音の塊をぶつける。ガレスが吹き飛んでいく中で、アルフィアは掴んだ武器を振り回し、投げ飛ばす。空中にいる二人に魔法を浴びせようとすると、横から軽い衝撃が届いた。

 

「おらぁ!!」

 

「……シールドバッシュ? この程度で虚をついたつもりなのか? 奇策にもならん」

 

「へっ、そんくらいわかってんよ」

 

「『五光』!!」

 

 瞬速の居合がアルフィアに向かって光る。音を出さない歩法とともに、確実に届く間合いで輝夜が首目掛けて振り払う。

 必殺の一撃を、寸前で首を逸らして回避する。

 

「相変わらず気配を消すのが上手いな、小娘」

 

「ちっ……大人しく首をはねられろ、糞婆」

 

「その程度で傷がつくとでも? それに以前も言ったが、私は二十四だ。訂正しろ──【福音(ゴスペル)】」

 

「ぐっ!」

 

 ライラを蹴り飛ばし、魔法を輝夜に直撃させる。今までならば一発で倒れていたが、やはりダメージが少ない。すぐに立ち上がった。

 

(これは……防御魔法か。あのハイエルフめ……)

 

 魔法による砲弾はアルフィアには意味をなさない。せいぜいが目くらまし程度。故にリヴェリアは常に防御魔法を味方全員に纏わせ、アルフィアからのダメージを最小限に抑えていた。

 

 自分で魔法を軽減されていることに苛立ちを覚え、リヴェリアに照準を定めるも、アリーゼとリューが特攻してくる。

 

「ちっ、面倒な」

 

 高速戦闘につぐ高速戦闘。リューとアリーゼには疲労が溜まってくるが、それを無視して身体を動かす。今もアルフィアの中身は不治の病により蝕まれているはず。そう信じて二人は動き回り、時にガレスを混じえて剣を振るう。

 

(……おかしい)

 

 初めに違和感を覚えたのは、リューだった。

 

(戦闘が始まってから、かなり経つ。それでも、一向に衰えを見せない。私達の首が今もあるのは、力をセーブしているから……)

 

 情報通りならば、アルフィアの動きは少しは鈍くなっていてもおかしくない。ただ単に力を抑えているだけというのならば分からなくもないが、違和感が残る。

 

 実際、アルフィアは力をセーブしている。手を抜いている訳では無いが、常時発動している『魔法無効化』により精神力は常に使用されている。後に控えているベルのためにも、魔力はできるだけ温存しておきたい。

 

 それでも、違和感は拭えない。それはアリーゼも同様のようで、時々疑問の表情を浮かべては、リューの方を向きアイコンタクトで聞いてくる。

 

『ギァオオオオオオオオオオ!!!』

 

 その中で響くのは、『大最悪』の咆哮。それは威嚇のものではなく、悲鳴に近いものだった。

 

 それを察知したリヴェリアは、アイズの無事を確信し、もう少しであのモンスターが倒れることを確信した。それはアルフィアも同じで。

 

(あちらの決着は近い……ならば)

 

「──【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪】」

 

 詠唱を開始した。

 

「短文詠唱じゃない! 三つ目の魔法!?」

 

「しかも、あれって」

 

「超長文詠唱!?」

 

 今まで見せていなかった、第三魔法。

 それは魔法士が聞けばすぐに理解出来た、アルフィアの最大の切り札、超長文詠唱の魔法。

 

「っっ──止めろぉ! 呪文を完成させるなぁ!!」

 

「【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

 

 輝夜もアルフィアへと匹敵し、四人の前衛により詠唱中のアルフィアを仕留めに行く。一節一節と語る毎にアルフィアの放つ魔力は膨張していき、今から放たれるであろう魔法がどれほどの脅威なのかを物語っていた。

 

(斬撃が空をきる! どころか、反撃まで!)

 

(『並行詠唱』……! 止められない!!)

 

 詠唱を綴る口は止まらず、回避と反撃をなんでもないようにこなす。それはひとつの極地。

 魔法を使うものの中で、並行詠唱が可能なものの中でも天に立つ程の技量。

 

 リヴェリアは、呪文、放たれる魔力から、アルフィアが最後の魔法を放つことを確信した。

 

「海の覇王に止めを刺したアレか!? 貴様、階層ごと吹き飛ばす気か!?」

 

「【神々の喇叭、精霊の竪琴。光の旋律、すなわち罪過の烙印。箱庭に愛されし我が運命よ──砕け散れ。私は貴様を憎んでいる】!」

 

「何故だ、アルフィア……どうして破滅に突き進む! どうして世界を壊す! それほどの力を持っていながら、一体どうして!」

 

「【代償はここに。罪の証をもって万物を滅す】」

 

「くそっ、まずい!!」

 

 詠唱中のアルフィアに向けて叫ぶリヴェリアの言葉は、アルフィアに届くはずもなく。詠唱が完成目前となり、輝夜達の表情が歪む。

 そして、詠唱は完成する。

 

「──【哭け、聖鐘楼】!」

 

 魔力の臨界。

 正義の使徒を戦慄させ、絶望させ、全滅させる滅界の咆哮が、解き放たれた。

 

「【ジェノス・アンジェラス】」

 

 海の覇王をくだした、全てを破壊する魔法が放たれる。視界が白い光に包まれ、まもなく全ての生命が無に還ろうとして────

 

 

「────待ってたぜぇ、てめぇの『必殺』!」

 

 

 だが、少女の構えた『盾』が砕け、極大の咆哮を相殺した。

 

「────私の、『魔法無効化(シレンティウム・エデン)』? どういうことだ?」

 

「なに言ってんだ、しっかり貰いに行ってやったじゃねぇか」

 

(あの時のシールドバッシュか……なるほど)

 

 自身の最大の魔法を無効化されたアルフィアは、酷く落ち着いていた。

 

「【万能者(ペルセウス)】と、あとは【単眼の巨師(キュクロプス)】にも協力させて作らせた、『魔法』の効果をブンどる特注品だ。ま、砕けちまったが」

 

 魔法を受けた盾はその姿を失い、もはや灰のように崩れて行った。

 

「ヘルメス様に原型の盾を貰ってよぉ〜。たしか、大神が持ってたっつう……ああ、『魔除けの大盾(アイギス)』だ」

 

「なるほどな……まんまとやられてしまったか。力が無いと驕った私のミスだな」

 

「……あ?」

 

 もはや動く力も無いはず。それなのに飄々とした態度を取っているアルフィアにライラは違和感を覚える。それは周りも同じことで、千載一遇のチャンスのはずが、リューとアリーゼは攻め入ることができない。

 

「私の最大の魔法が失敗に終わり、勝敗は決したと────まさかそんな勘違いをしている訳では無いな?」

 

「……どういうことだよ」

 

「なに──簡単な話だ」

 

 危険信号が鳴り響く。それでもライラは聞かずにはいられなかった。

 アルフィアは両手を広げ、汗ひとつかいていない顔を向け、()()()()()()()()()()()()を解放する。

 

「────防がれたのなら、もう一度放つまでだ」

 

「なっ……!?」

 

「どういうことだよ、おい!」

 

「何故じゃ……あの高速戦闘に加え、度重なる魔法の行使。極めつけはあの魔法の発動……血のひとつ吐いて動けなくなるはずじゃ!! 何故動ける!?」

 

 フィンからの情報である、『不治の病』。そのために取った、『長期戦』という作戦。全ては上手くいっていたはず。この状況はおかしい。デタラメなど手間はなく、本当にもう一発撃つ気だ。

 アルフィアはアリーゼ達の慌てように無表情で答える。

 

「お前達が取っていたであろう、『持久戦』は、確かに私には絶大な効果がある。以前の私ならば、今ので決着が着いたかもしれないな。だが、いささか時期が悪かったな」

 

「以前の……だと!? どういうことだアルフィア!」

 

「私の中にいる忌々しい『不治の病』は、一時的にだが進行を止めている」

 

「「なっ!?」」

 

 その報告は、死刑宣告に近いものだった。それは今まで弱点だと思い信じてきたものが覆され、今までの作戦が全て無駄だったことを知らされたようなもの。

 

「アルフィア……貴様の病は、あらゆる手を尽くしても治らなかったもののはず……!!」

 

「私自身、予想していなかったものだ。たまたま、機会があってな。言うなれば、『精霊の奇跡』と言うやつだ。それはザルドも同様」

 

「「「!!?」」」

 

「────は」

 

 唯一の弱点が、二人共に消え。満身創痍のこちらに比べ、アルフィアの体には傷など無く、魔力もまだある。

『絶望』が、彼女達を襲う。

 

「折れてくれるなよ、小娘ども」

 

 一歩、一歩と近づくアルフィアに、無意識に後方へと気持ちが下がる。

 ライラも、輝夜も、アリーゼですらその眼に光がない。刀を握る手を離し、身体を支える膝を折り、もはや前など見る気にもなれない。

 その中でも、二人の古参は立ち上がった。

 

「立て、小娘ども。まだ終わっとらん」

 

「やつを倒す……諦めるな、お前達」

 

「ガレスの、おじ様……」

 

「リヴェリア様……」

 

「どうするってんだよ……唯一の希望の弱点も消えた。もうあいつはLv7なんてもんじゃねぇ……」

 

「……まだ、希望はある」

 

 目を向けるのは、翼を切り落とされて地面へと落下しているモンスターの姿。あの場には誰がいるのか、彼女らは知っている。

 それを理解した彼女らの目には、少しばかりの光が灯る。

 

「……あー、くそ。結局頼っちまうのかよ」

 

「だが、それしか手はない……」

 

「今から私たちがするのは、時間稼ぎ、ですか」

 

 ライラ、輝夜、リュー、アリーゼが立ち上がる。それを見たネーゼ達がゆっくりと立ち上がり、武器を持ち、構える。リヴェリアとガレスは頼もしそうに笑い、アルフィアへと視線を向ける。

 

「アルが来るまでの時間稼ぎ……付き合ってもらうぞ、アルフィア」

 

「その必要はないだろうがな」

 

 視線を向ければ『大最悪』が灰に還りつつあった。決着はついた。もうまもなくベルはこの場へとやってくる。

 フゥ、と息を吐く。

 

「ならばあの子が来る前に、貴様らを潰すまでだ」

 

「戦闘準備!!」

 

 この距離ならば、ベルは一瞬で来れてしまう。故に、全力で叩き潰そうとアルフィアが速攻を決めようとして────

 

「「!?」」

 

 初めに気づいたのはアルフィアと、ライラだった。

 

「なん、だ、これ」

 

「……ライラ? どうしたの?」

 

「──なんだ?」

 

 異常に震え出したライラと、一点を見て動かないアルフィアの様子を見てリヴェリアが疑問を抱く。「これは……」とつぶやくアルフィアは、こちらを見据える。

 

「休戦だ」

 

「なに!? どういうことだ!」

 

「黙れ。質問は後にしろ」

 

 急な休戦の宣言にリヴェリアの語気は強まる。何故急にそんなことを言うのか、苛立ちと疑問が埋め尽くす。不遜な態度のアルフィアに詰め寄ろうとしたところで。

 

 爆音が轟いた。

 

「「「!?」」」

 

 それは今まさにモンスターが倒されたであろう場所から鳴った、爆発にも似た音。土煙が舞い、地面が揺れる。

 その音の正体を知ろうとその方向に注意を向けると、続けて金属音が鳴り響いた。

 

 武器と武器がぶつかりあった時に生じる音。それでもその大きさは常軌を逸している。どれほどの力が衝突したらこのような音が響くのか。

 

「なんだ……この音は……」

 

「鼓膜が、破けそう……」

 

 その轟音に思わず耳を塞ぐ。目だけは必死に開いていると、何かが高速で飛んでくる。

 それはこちらの方向に飛んできて、自分たちの前方50メートル程の位置に墜落した。またもや土煙が酷く、地面がえぐれながらその物体は数十メートル進む。ようやく止まり、土煙が薄くなっていたところで見えてきたのは、白いもの。

 

「────アル!?」

 

 飛んできた本人は、苦しそうに咳き込み、その中には少し赤色が混ざっている。

 今まで傷を負った所を見たことがないのに、アルが吐血しているという異常事態に全員が緊張し、アルフィアの眉が皺を作る。

 

 アルフィアとベルは同じ方向を向いている。その視線の先からは、ゆっくりと何かが歩いてきた。

 

 ズシン、ズシン。と言う音が聞こえるほどの重量。鍛え上げられた鋼の肉体。丸太を超える太さの腕。第一級に迫る程の完成度だと人目見て分かる大剣。真っ黒に染め上げられた体に、頭からは二対の角が生えていた。

 

 リューはその姿に似たモンスターを知っている。いや、この場にいるもの全てが知っているであろう、その存在。

 リューは、震える声でその存在の名前を口にする。

 

「黒い……ミノタウロス……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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