白き英雄譚   作:ラトソル

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これでアストレア・レコード編は終わりです。幕間を一話挟んで原作へと突入します。


繋がれていく意志

 地上。

 闇派閥対オラリオの決戦は、終わりを迎えようとしていた。

 真っ向勝負でザルドを打ち倒し、Lv7へと器を昇華させたオッタル。名実ともに都市最強となった彼の勝利は、他の冒険者達を奮い立たせ、闇派閥は戦意を失って行った。

 

 ヴァレッタはフィンにより重症を負い撤退。残るはLv1がほとんどの残党のみ。オラリオ側の勝利が確定した。

 

 そして、ここは中央広場。どの区域よりも壮絶な破壊の跡を残しているここに、二人の漢がいる。

 

 その中で立っている者────オッタルは、座り込み武器を手放している男を見下ろしていた。

 

「ザルド」

 

「なんだ、オッタル」

 

「……なぜ、手を抜いた」

 

 困惑、怒り、悲しみ。複雑な表情を浮かべるオッタルに、ザルドは笑って答える。

 

「俺がいつ手を抜いたと?」

 

「最後の一撃……本来なら俺が負けていた」

 

 その時の状況を思い出すように、自身の手を強く握りしめる。ザルドも心当たりがあるのか、肩の力を抜き首を軽く横に振る。

 

「手を抜いたつもりなどなかったんだがな……気が緩んだのかもしれん」

 

「なんだと?」

 

「いや、少し違うか……なんにせよ、お前の勝ちだ。その結果は揺るがん」

 

 膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がったザルドはオッタルに背を向けて歩き出す。しかし、それにオッタルは待ったをかけた。

 

「ひとつ聞かせろ、ザルド。お前の身体を蝕んでいるはずの毒。なぜ進行を止めている」

 

「これから死ぬ相手の身体を聞いてもさして意味の無いことだろう」

 

 歩みを止めず、ゆっくりとバベルへと歩いていく。視線の先には相変わらずの笑みを浮かべたエレボスと正義を司る女神であるアストレアが待っていた。

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 バベル最上階。天に最も近い場所であるこの場所が、邪神の処刑場となった。

 

「ここがバベルの天辺か。初めて来たが、なかなかの景色だ。ここなら俺も文句はない────お前はどうだ? ザルド」

 

 自分が処刑されるための場所だと言うのに、エレボスは調子を崩さない。オラリオ全域を見渡せる場所には、三柱の神と、一人の男がいた。その男──ザルドは、エレボスの横に並び立ち空を見上げている。

 

「────悪くない。むしろ、むさ苦しい男に見送られるより、麗しい女神に処刑され、看取られる方が断然良い」

 

「ハハ、確かにそうだ」

 

 天を見上げたまま軽く笑い、横に立つザルドへと顔を向ける。

 

「【猛者】に勝ちを譲ったのか〜、ザルド」

 

「譲ったわけではない。あいつは俺を乗り越えたんだ。あいつなら俺たちを越えられる」

 

「得るものは得たか、ザルド」

 

「ああ。もうこの都市は心配要らんだろう。あいつ達は、俺たちが持っていなかったものを持っていたのだから」

 

 清々しい表情を浮かべながら天を仰ぐザルドにエレボスは自然と頬が緩む。それはこの成長を喜ぶ親のような表情だった。

 

「それにしても……本当に良かったのかー、ザルド。もっと話しておかなくて」

 

「くどいぞ、エレボス。あいつはアルフィアにやった。ダンジョンで炎に焼かれ骨となる前にあいつと存分に話をしただろう。話したい気持ちはあれど、あの女王の心残りを晴らすことができたのならば、後悔はない」

 

「……そうか」

 

「アルフィアの最期は見届けたのか、エレボス」

 

「いや、さすがに俺があの女王の時間を邪魔するのは野暮ってもんだ。アルフィアも、あの英雄も、何をしているのかは分からない」

 

「『英雄』……か」

 

 天を見上げるザルドは、空とは違うどこかを見つめるようだった。その表情は、悲しみ、喜び、複雑な感情が見えた。

 

「どうした? ザルド。何か思うところでもあるのか?」

 

「いや、なんだ……まさかあいつの子が英雄と呼ばれるまでに至るとはな、と思っただけだ」

 

「そういえば、父親はお前のファミリアだったか。どんなやつだったんだ?」

 

ゼウス・ファミリア(うち)じゃ一番弱かった男だ。猪や勇者のガキにも、あいつだけはやられるほどに、な。団長(マキシム)達が『黒竜』に敗れた後、あのヘラの眷属を孕ませたと知った時……何やらかしてんだアイツ、と本当に震え上がった」

 

「ははっ。お前が震え上がるほどか」

 

「だって、ヘラだぞ、ヘラ? ファミリアが全滅状態なのに、俺一人でずっと怯えていた……」

 

 当時のことを思い浮かべ、明らかにブルリと身体を震わせたザルドは苦笑いを浮かべていた。エレボスはそれを可笑しそうに眺め軽い笑みを作る。

 

「それで──ヘルメス。我が友よ。お前は立会人……俺達の処刑を見届けに来たということか?」

 

 二人の会話を静かに聞いていた二柱の神。

 正義の剣を手にする女神アストレア、羽の着いたハット帽を被った金髪の男神ヘルメスが佇んでいた。

 

「ああ、エレボス。別にいいだろう、俺一人くらいなら。お前の要望通り、人払いも済ませた」

 

「ここには私達四人だけ……全ての者が地上から、この『バベル』を見上げている」

 

 月の明かりに照らされ、アストレアの持つ剣が光り輝く。

 

「正義の剣……裁きの刃か。まさに君が持つにふさわしい銀の輝きだ」

 

 振り向き、身を捧げるように脱力するザルドとは対照的に、エレボスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「本当に、四人だけだと思うのか、アストレア?」

 

「え?」

 

「ここにいるのは俺達だけだと、そう思うのかと聞いているんだ」

 

「なあ、ザルド?」と笑いながら隣にいる男へと告げると、「嘘だろ……」と笑いながらも驚愕を隠せないザルド。

 

「女王は女王のままだったという事だ」

 

 コツリ、コツリと階段を上がり、静寂が覆ったこの場に女王としての圧を放ち灰色の髪をなびかせるアルフィア。

 

「まだ宴は始まってないな?」

 

 目を見開き声を出せないでいる二柱の神を置き、「く……くはははっ!」と顔を手を置き笑いを堪えきれない様子を見せるザルドとこの結果を予想していたかのように動揺を見せないエレボス。

 

「酷いな、アルフィア。俺達の処刑を宴と言うとか……ウン億歳の泣きわめく姿が見たいのか?」

 

「泣くのなら勝手に泣け。だが雑音をたてるな」

 

「無理ゲーすぎぃ〜」

 

 未だ空いた口が塞がらないヘルメスを横目に、正気に戻ったアストレアがその場に立ったまま強ばった顔をほぐしながら口を開く。

 

「……何をしに来たの、アルフィア」

 

「伝言を預かった。それだけだ」

 

「伝言……? 誰から……」

 

「『英雄』」

 

「「ッ!!」」

 

 ヘルメスとアストレアに再び驚愕が襲うも、エレボスは「ほう……」と笑みを浮かべる。同じく笑っているザルドへとアルフィアが顔を向けた。

 

「あの子から、私とザルドに向けての伝言だ」

 

「……なんて言っていた」

 

「──『生きろ』」

 

「っ」

 

「『生きて、育てろ』……以上だ」

 

「────クク、ハハハハハハッ!!」

 

 顔に手を当て、肩を震わせながら大いに笑う。数秒か、数分か。その笑いを誰も止めることなく呆然と眺め、笑いが止まると共に深呼吸をしたザルドは清々しい顔つきを見せる。

 

「あの子の────『英雄』の望みならば、応えなければなるまい」

 

 ようやく状況を飲み込んだヘルメスがハット帽に手を当てて深く被る。「なるほど、やはり……」と一人納得したように呟く。先程までの呆然とした顔を消し、道化の仮面を被った表情を見せた。

 

「まさかとは思っていたが……『白き英雄』とは、やっぱり彼のことか」

 

「その通りだ、ヘルメス。どういう因果か、時代を逆行した英雄。すなわち下界の未知だ。これ程心躍るものは無い」

 

 一度もベルに会っていないヘルメスだが、全知なる存在だからこそ、予想は出来ていた。有り得ないと思いながらも、しかしそれは神々が追い求めている『未知』。自然と口角が上がる。

 

「ゼウス……あなたの孫は至っているぞ──『英雄』に」

 

 ハット帽を頭から外し、胸に当てて天を見上げる。空いた片手を広げてまるで舞台の上で演じているような佇まいで笑みを浮かべていた。

 

 未知を目の前にし笑っているヘルメスとは異なり、アストレアは難しい顔をしていた。数歩、アルフィアたちの元へと進める。

 

「それで……あなた達はどうするの?」

 

「私達が死を偽装することに反対か?」

 

 意識せずとも圧を振りまくアルフィアを前にして、動揺を見せないアストレアは「いいえ」と顔を横に振る。

 

「あの子の願いは私達が叶える義務がある……だって私たちはあの子に救われたのだから。あの子がいなければ都市の被害はこの程度では済まなかったし、私も送還されていたかもしれない」

 

「だから」と、2本の指を立てて見せる。

 

「私が聞きたいことはふたつ。1つは、どうやって死を偽装し、あなた達を都市外に逃がすのか」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「ゴハアッッ!?」

 

 顔すら向けずに横にいるザルドと地面に向けて魔法を放つ。ノーモーションで放たれた魔法は、脱力しきったザルドを軽く吹き飛ばし、鮮血を散らした。地面には焼け焦げた痕とザルドの血が飛び散っている。

 三柱の神はその突然の奇行に顔を引き攣らせ、ドン引きの表情を浮かべ。ザルドは突然の攻撃を何とか堪え、アルフィアを軽く睨む。

 

「おま……バカか……!!」

 

「なに、焼け焦げた跡があれば私達がここで燃え尽きたとでも勘違いするだろう」

 

「俺に魔法を当てる意味はないだろ……!!」

 

「血がある方が現実味が湧くだろう」

 

「クッ……このっ……!!」

 

「「「うわぁ……」」」

 

 息を荒くし、諸悪の根源を睨みつけるも意に返さず。アルフィアの独裁者ぶりを見た三神は引くに引いた。

 

「ならば先に言えばいいだろ!!」

 

「なぜそんなことに時間を使わなければならんのだ。真実、時間の無駄だ」

 

 歯を噛み締め威圧するも、女王には意味が無いと分かったザルドは「はぁ〜」と深く息を吐き、冷静さを取り戻す。いつもの事だと割り切れば容易い事だった。

 

「これでいいだろう?」

 

「え、ええ……」

 

 顔を引き攣らせながらも一応目的は達成されたことからアストレアは頷く。(これで合ってるのかしら……?)と思いながらも思考を放棄した。

 

「そ、それで、移動はどうするの……?」

 

「そこにいるヘルメスを使えばいいだろう」

 

 視線を向けられたヘルメスは、ハット帽を被り直し、口角を上げながら見つめ返す。

 

「『英雄』の頼みとあれば、俺も承諾するさ──君たちのことは、このヘルメスが責任をもって都市外へ送ろう」

 

 軽く頭を下げ、右手を胸に当て左手を広げたヘルメスに周りは反応せず、「さて」とアストレアはすぐに次の話題へと切り替えた。

 

「2つ目は、今回の騒動の終着……彼がいてくれたとはいえ、今回の出来事は血を流しすぎた。そのケリをどうつけるのか、よ」

 

 アルフィア、ザルド両名が闇派閥に加わったことにより、都市の被害は拡大した。都市の冒険者の力の底上げを目的としていたとはいえ、それは大多数にとっては大きな傷を残した。Lvが上がれど、大切なものを失った者もいる。感謝するものなどいないだろう。

 

 二人の生存はもはや確定したと言ってもいい。しかし、今回の落とし前はどのようにつけるのか。正義の女神として、死を偽装することだけでは許されることでは無いのだ。

 

「おいおい、俺の事を忘れてはいないか、アストレア?」

 

「……エレボス」

 

「俺は邪神であり、絶対悪だ。俺の送還をもって、今回の事件は幕を閉じる。当たり前だろう? それに、かの『英雄』が生存をご所望なのはこの2人だ。俺は入っていない」

 

 邪神エレボスとしての表情を見せながら淡々と告げる。アストレア自身分かっていたことだが、エレボスの送還無くして今回の騒動の幕引きは無い。自身の送還が確定しているのにエレボスは怯えなどは見せない。初めから確定していたことだとわかっているのだから。

 

「なにより、神の送還は見栄えがいい。都市の中心でもあるここなら、都市中の冒険者、神々が俺の送還を認識する。それはアルフィアとザルドの死の認識と同義だ」

 

 神の送還はその神を中心に天へと光の柱が立つ。それは眩い光を放ち、誰もが認識するものとなる。それが死の7日間終了、オラリオの勝利の合図となるのだ。

 

 アストレアの顔が一瞬曇る。しかしすぐに表情を切り替え、一息つく。

 

「──分かったわ。エレボス、あなたの最期は正義の女神であるこのアストレアが看取ります」

 

「……ありがとう、アストレア」

 

 右手に握る銀の剣が光り輝く。エレボスとアストレアが塔の中心へと並び立ち、他のものを目線で遠ざけた。エレボスは端で自身を見つめる共犯者達へと目を向けた。

 

「そういえば、お前たちの身体はどうなったんだ?」

 

「……俺の身体は毒の進行が止まった。時間が経てばまた進行するかもしれんが、まあまた血を分けてもらうとするさ。生きる義務が出来たのだからな」

 

「私の身体は随分と調子がいい。ヘラにステイタスを更新させてスキルに変化がないか確かめる」

 

「……そうか」

 

 二人に活力が出ていたことを確認し、邪神とはかけ離れた笑みを浮かべた。

 

「うっかり死ぬとかやめてくれよ?」

 

「当たり前だろ。俺たちは生きなければならないんだ。滑って死んだとか、笑い話にもならん」

 

「そりゃそうだ」

 

 視線をヘルメスへと向ける。ヘルメスは決して悲しみの表情を見せない。いつもの表情を作りながら視線を合わせる。

 

「ヘルメス、我が友よ。二人は任せた」

 

「ああ、エレボス。その依頼、しかと引き受けた」

 

 視線をアストレアへと戻す。もう未練は無い、そんな清々しい表情を見せた。

 

「──さぁ、一思いに俺を貫け、アストレア」

 

「……いいのね?」

 

「もちろんだ。最後に下界の未知を見ることも出来た。もう未練はない。この下界はもう大丈夫だ」

 

「……そう」

 

 風が二人の間を通り抜ける。二人の髪を、服を揺らし、天より照らす月の明かりがスポットライトのように二人を照らしあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、バベルの屋上から天に光の柱が立ち上がったことを都市中の冒険者と神々が目撃した。それは邪神エレボスの送還、及び大罪人の二人の死を意味し、都市の勝利を実感させるものとなり、多くの人間が歓喜に震えた。その日は、暗黒期始まってから珍しい雲ひとつない空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──終わりだ」

 

 義母の口から語られた英雄譚。それを聞いた少年は、目を輝かせて話に没頭していた。絵なんてものはなく、話を頭の中で思い描き、想像をふくらませた少年の脳内には、美化に美化を重ねた英雄譚が誕生していた。

 

「それで、その英雄はどうなったの!!」

 

 身を乗り出して大きな声で母へと尋ねた少年の額に衝撃が走る。義母が指と指を重ね、弾いたことにより少年は布団へと吹き飛び真っ赤に染まった額を両手で抑えながら声を殺して悶えていた。目尻には涙が浮かび上がっていたが、義母はそんな様子を無視し、当時の光景を思い出すように少し上を見る。

 

「さあな。その英雄が今どこで何をしているのか、それは誰にも分からない」

 

「……だれにも?」

 

 未だ痛む額を抑えながら義母へと近づく。相変わらず瞼は閉じたまま、「ああ」と相槌を打つ。

 

「……これが、私の知る限り最新であり、最高の英雄の話だ」

 

「『白き英雄』かあ……」

 

 その物語の主人公の異名。母の口からこの物語の登場人物の名前は一切出てこないで、異名や特徴のみを伝えられたことから頭に残った単語を呟く。

 

「その英雄譚の題名はあるの?」

 

「いや、特にないな」

 

「じゃあ、僕が決めてもいい?」

 

「ああ、好きにするといい」

 

「やった!」と決して大きくない声で喜びを示し、どんな題名がいいか考えるように頭を傾ける。数十秒ほど経過した後に顔を上げた少年は母に向けて言った。

 

「……【白き英雄譚】、はどうかな?」

 

 主人公の異名をそのまま持ってきた題名となってしまったことに安直だと感じてしまわなくもなかったが、これが一番しっくりくるとその少年は感じた。

 

 少年発案の題名を聞いた女性は、その言葉を脳内で一度復唱する。

 

「……では、この物語はその題名にしよう」

 

「ほんと!!」

 

 嬉しさからかまたもや大声で喜んだ少年に対して再び女性は指と指を重ね合わせて額へと近づけようとする。しかし、その前に「あのね!」という少年の言葉によりその行動は停止させられた。

 

「ぼく、この英雄譚の主人公みたいな英雄になる!」

 

 それは、狭い家の中を響き渡せるには十分な声量での宣言だった。ベッドの上に立ち上がり、笑顔でそう告げた少年に、女性は一瞬呆気に取られたような表情を浮かべた後、軽い笑みを作り上げた。「……そうか」と小さな声で呟いた女性の様子が気になった少年は顔を覗き込もうとしたところで後ろから肩を大きな手で掴まれたことによりびくりと体を震わせた。

 

「────英雄になると、言ったな……?」

 

 野太い、聞き慣れた声が後ろから聞こえた。いつもの穏やかで美味しい料理を作ってくれるおじさんの声。しかし今鼓膜を震わせたのは今までに聞いた事のないような声だった。

 自然とブルブルと震えるまま、後ろへと振り向く。そこには真っ白い歯を見せて不気味な笑みを浮かべる男がたっていた。

 

 ぎちり、と肩を握る握力が増した。そんなこと気にする余裕は少年にはなかった。

 

「────よく言った」

 

「え────」

 

 

 

 

 

 

 

「足掻いて見せろッ!!!」

 

「ひいいいいっ!!?」

 

 森の中を駆け抜ける少年の後ろから、素手で木々をなぎ払いながら僕のことを追ってくる屈強な男が一人。男が手を振るえば木々が吹き飛び、体に当たれば木々が吹き飛ぶ。一歩踏み出す事に地面は揺れ、動物は皆一目散に逃げていった。

 

(なんでっ、なんでっ、なんでっ!!!)

 

 涙を流しながら、必死の形相で走り続ける。鼻水を手で拭うことさえ惜しいほどに、命の危機を感じながら少年は逃げ回っていた。

 

(あんなに優しかったおじさんが!! いつも美味しい料理を作ってくれるおじさんが!!)

 

「英雄になる」と告げた直後、少年は男に外へと連れ出され、特訓という名の地獄が始まった。逃げて、逃げて、逃げ続ける。後ろから迫る驚異から身を守るために。

 

 木に隠れてもすぐに見つかる。もう何度もした鬼ごっこという名のいじめ。だから少年は死にものぐるいで逃げ続ける。

 

(怖い、怖い!!)

 

 真っ青にして涙を流し逃げ続ける少年を追う男の表情は不気味な笑顔で出来ていた。それが一層のこと少年に恐怖を与え続ける。あの日から何日経っただろうか。男による特訓は未だに続いていた。

 

「もっとだ、もっと足掻けッ!!! あいつのような英雄になると言うのなら!! これくらい乗り越えて見せろ!!!!」

 

「うう〜ッ!? ひぃぃッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ん」

 

 目が覚める。初めに目に映ったのは白い天井。そして自分がベッドに寝かされていることを認識した。

 

「確か、黒いミノタウロスと戦って、それで……」

 

 徐々に覚醒していく脳を用いて現状を把握しようと頭を回転させる。とりあえず体を起こそうと上半身を起こす。

 

 ──ジャリ。

 

 しかしその行動は全身を覆う何かによって阻まれた。

 

(────ナニコレ)

 

 視線を下げれば金属らしい重厚感のある──実際重い──鎖で体とベッドを固定されていた。

 軽く力を込めてみるも、ガチりと固定されていて破壊することが叶わない。もう脱出することを諦めて天井を見上げた。

 記憶が蘇ってくる。この白い天井を何度か見たことがあった。途端、全身がブルリと震える。

 

 悪寒が全身を駆け巡ったその時、右側からガチャりと扉の開く音が聞こえた。そのままコツリと足音と気配がこちらに迫ってくる。

 

「──お目覚めのようですね」

 

 ベルは視線を向けられない。いつもと変わらない声音のはずなのに、雰囲気というか圧というのか。冷や汗が止まらない。

 天井に向けたままだった視界に、銀の長髪が映り込む。美しい髪が見え、顔に影が出来上がると、ベルはゆっくりとその人物の方へと顔を向けた。

 

「三日ほど寝ておられましたよ、ベルさん」

 

「……アミッドさん。この鎖は……」

 

超硬金属(アダマンタイト)でできた特別製の鎖です」

 

「いや、あの……それはわかるんですけど、どうして僕の体に……?」

 

「治療後にあなたが無茶をしないためです。安静にしてください」

 

「でも、僕の体もう治って」

 

「安静にしてください」

 

「あ、はい」

 

 笑顔が怖い。いつも無表情である彼女の微笑みは聖女のごとき破壊力を持っているが、今の笑顔は恐怖の破壊力を存分に秘めた笑みだった。抵抗を諦め、ベルは力を抜く。

 

「精神枯渇に加え、出血が酷かったのですが、それだけでした。新しいスキルでも覚えたのですか?」

 

「いや、まあ……」

 

 あの漆黒のミノタウロスとの死闘。その中で契約……いや、同化した雷の大精霊、ジュピター。あの時からジュピターの声は聞こえないものの、確かに自身の内側に感じる精霊の気配。精霊の血が流れていることで、自身の体に作られる傷はたちまち修復されていく。故に傷は完治しているのだが、このことをアミッドに伝えてもいいのだろうか? 

 

 ベルはアミッドのことを信頼している。なにより、この世界で唯一自分と同じ境遇である彼女に、隠し事はしたくなかった。

 

「……いえ、ステイタスの詮索は褒められた行為ではないですね、忘れて──」

 

「精霊の血です」

 

 ピシリ、とアミッドの体が硬直する。数秒固まった後に、コホンと咳払いをし、姿勢を正した。

 

「……すみません、もう一度言って頂けますか? 少し聞き間違いをしたようなので」

 

「えっと。僕の体には、雷の大精霊が宿っています。その影響もあって、僕の身体には精霊の血が流れているんです」

 

「……はい?」

 

(怖っ)

 

 何故か笑顔になり詰め寄ってきた彼女は笑っているのに笑っていない。目のハイライトを失っている様子だった。聖女とは思えないほどの圧から逃げようとするも体はベッドに固定されているため動けない。身をよじる度にジャリジャリと鎖が擦れ合う音が響くだけで聖女による圧迫面接が無音で続いた。

 

 アミッドとベルの顔は近く、拳一つ分も空いていないほどだった。いつもならば赤面するが、そんな気持ちにもならないほどにベルは怯えている。

 ガタガタと震える時間が数秒経ち、「はぁ……」とため息をついたアミッドが顔を離したことで事態は収束した。

 

「……まあ、あなたの異常さなんて今に始まったことではありませんからね」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「褒めてませんよ」

 

 もう一度深くため息を着いてポケットから鍵のようなものを取り出すと、鎖に着いている鍵穴へと差し込み鎖を解いていった。ようやく解放され、ベッドから立ち上がり手を握ったりして身体の調子を確かめる。

 

「調子はいかがですか?」

 

「大丈夫みたいです。ありがとうございます、アミッドさん」

 

「まあ、出血ぐらいでしたからね。私がしたことは輸血くらいですよ」

 

 屈伸などで体を解しているベルを見て「そういえば」と言うアミッドの声にベルのストレッチが止まる。

 

「アストレア様から伝言を預かっています」

 

「なんですか?」

 

「『二人は無事に都市外へと出た』と」

 

「──そうですか」

 

 アストレアからの伝言を聞くと、「ありがとうございます」とアミッドではなくアストレアへと向けて呟く。

 

「……アストレア様には、私もベルさんと同じ境遇であることを伝えました。まあ、あの方には薄々感づかれているような気配もしていましたが」

 

 そうでなければ伝言ではなく手紙を持ってきているだろう、と推測するアミッドは正しいとベルは思った。

 それと同時に、気づいているのはアストレアぐらいだとも感じた。アミッドの場合は中身のみが過去へと来ているため、見た目での判断ができない。魂の色を見ることの出来る神も存在するが、アミッドはアミッドだ。そこまでの変化はないだろう。

 

 そう考察しているところで、はっと思い出したベルは扉へと向かった。

 

「もう行かれるのですか?」

 

「はい」

 

 扉を開け、片足を外へと出す。そのまま顔だけを後ろへと向け、優しい笑みを浮かべた。

 

「──約束があるので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アミッドと別れ、都市の中を歩く。辺りを見渡せば、崩壊した建物の復旧作業に取り組んでいるようだった。爆発の音も、悲鳴も聞こえない。沈みきった都市の市民たちの気分は最高潮とはいかないものの、ある程度まで気力が回復していた。

 

「──見つけたっ」

 

 この様子なら、すぐに復興するな、と思っていると、背後からとてつもないスピードで気配が接近してきた。しかし、その気配に覚えがあるベルは警戒せず、体を半回転させ飛び込んできた存在を抱き止める。胸に収まる金髪の少女は、両腕を背中に回してベルを強く抱きしめた。

 

「アル……!!」

 

「おはよう、アイズ」

 

 飛び込んできた少女──アイズはベルの顔を見つめて名前を叫ぶ。そんなアイズを片手で抱き寄せもう片方の手で頭を撫でる。気持ちよさそうに表情を綻ばせるアイズは年相応の女の子のようだった。

 

(……猫みたい)

 

 無性に顎を撫でたい気持ちを押し込め、頭に手を置いた状態で保ち顔を合わせる。頭を撫でることを止めたベルにアイズは若干不満そうな視線を送るが、それには気づかずにベルは微笑んだ。

 

「じゃあ、行こっか」

 

「……??」

 

 突然のベルの言葉に疑問が浮かんだアイズはわかりやすく首を傾げた。その様子を見てベルは苦笑しながらも伝えた。

 

「約束……忘れたの」

 

「……ハッ!!」

 

 ピコーん、という効果音が似合うほどにハッとしたアイズに(分かりやすいな)と内心呟く。

 

「じゃが丸くん。食べに行こう、アイズ」

 

「──うんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、アルが無事戻ってきて良かったぜ。うちのエルフがソワソワしててしょうがなかったんだ」

 

「ライラ!! 私はソワソワなどしていない!!」

 

「リオンったら、恥ずかしがっちゃって!! 私知ってるのよ! ふとした時に「アル……」って一人で呟いてるの!!」

 

「ア、アリーゼ!!?」

 

「だから言っていただろう。アルは必ず戻ってくると。お前は深く考えすぎなんだ、若輩エルフが」

 

「そういう輝夜も、リオンに負けないくらいソワソワしてたけどね」

 

「「「確かに」」」

 

「……ちっ」

 

 アストレア・ファミリアのホーム、星屑の庭。ベルが帰ってきた時にはリビングにアストレアを含む全員が居り、ベルの姿を確認するやすぐに駆け寄ってきて無事を確認してきた。

 

 そこからは喜んだり、恥ずかしがったり、暴露したりと大盤振る舞い。ベルについての話をしているが、ベルは一切口を挟めず、苦笑いで眺めているだけだった。

 何故か赤面しているリューと輝夜が暴れているのを眺めているとアストレアが横へと並び立った。

 

「身体の調子はどう?」

 

「問題ないです」

 

「そう、良かったわ」

 

 さすがは善良なる女神と言うべきか、慈愛の笑顔が凄まじい。本心から安心していることが伝わるようだった。

 

「……アストレア様、ありがとうございました」

 

「いいのよ。あれがわたしにできることだったから」

 

 深く語らなくとも、何を言っているのかは理解された。無論、ザルドとアルフィアの件だ。アミッドから伝言を受け取った通り、アストレアは二人を逃がした。大罪人を逃がすなど、正義の女神としては有るまじき行為であることを理解しているが、それを含めての返答であることはわかった。だから、ベルはこれ以上何も言わない。

 

「そうだわ!! アルも来た事だし、いつものあれをやりましょう!!」

 

 詰め寄るリューを宥めながらアリーゼは突然叫ぶ。具体的ではない言葉だが、団員たちはアリーゼが何を言いたいのかは理解出来た。

 

「え〜、あれやんのかよ……」

 

「いいじゃない!! こういうのは思い至った時にパッとやるものなのよ!! 早く早く!」

 

 強引に全員を集めるアリーゼに団員達は口では愚痴を言いつつも表情は全く嫌がる様子を見せていなかった。「ほら、アルも!!」と手招きで叫ぶアリーゼにならいベルは円を囲んでいるうちの空いている所へと向かった。

 

「使命を果たせ! 天秤を正せ! いつか星となるその日まで!」

 

 正義の剣と翼のエンブレムを掲げるアストレア・ファミリアの本拠『星屑の庭』にて、12人の冒険者が円を作る。

 

「天空を駆けるが如く、この大地に星の足跡を綴る!」

 

 団長であるアリーゼが言葉を綴る。その声を他の団員は静かに聞き、自らの使命を胸に刻む。

 

「──『正義の剣と翼に誓って』!」

 

「「「『正義の剣と翼に誓って』!」」」

 

 最後の言葉とともに、皆が声を合わせて叫ぶ。それはリビングに留まらず、外にまで響くほどの声量だった。重ねた手を離していき、各々が武器を持って扉へと向かっていく。

 

「んじゃ、パトロール行くか」

 

 両手を頭の後ろに組みながら、ライラが一番に出ていった。それに釣られるように、他の団員も続々と出ていく。もう彼女たちの表情は何一つ曇っていない。各々が自分の正義と向き合い、そして行動していた。

 

「行きましょう、アル!」

 

「────はい!」

 

 扉の近くでリューと輝夜がこちらを見つめ、アリーゼが手を差し伸べる。一度その手を見た後、アリーゼたちの顔を見て大きく返事し、ベルは彼女たちと共に都市の巡回へと向かった。

 その後ろ姿を、アストレアは優しい笑みで見送っていた。

 

 

 

 ベルのアストレア・ファミリアとしての活動は続き、『英雄』として知られているベルが外に出ると騒ぎになるため、青髪の苦労人により認識阻害のフードを受け取ったベルはその魔道具を身につけ活動を続行した。

 

 何故かアイズにだけはバレ、度々突進されてはリヴェリアが引き剥がすという場面が度々目撃されていた。

 

 そして、暗黒期最悪の『死の7日間』が終わりを告げ、1ヶ月ほどが経過したある日。

 

 

 ベル・クラネルが、突如都市から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっとよう実更新したい欲出てきたので次回の更新まで一週間過ぎるかもしれないです。
しかも、次回は短くなるかもしれないのでご了承ください
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