大抗争から約二年が経過した。闇派閥は未だ活動を続けているものの、以前のように表立った動きは見せず、都市へと被害は少ない。市民や冒険者たちの協力もあり、都市は今までの姿を取り戻してきた。
そしてここは、住宅地の中でも一際目立つ豪邸。そこは、アストレア・ファミリア本拠地『星屑の庭』。
その一階のリビングにて、正義の使徒達が集まっていた。久々の休息を各々が取り、菓子を食べるもの、ソファに寝転ぶものと様々だ。
「オラリオも活気が増えてきたわね〜」
「そうだなー。もうアタシら働かなくてもいいんじゃね?」
「ライラ。それはダメだ」
「相変わらずかってぇな〜、リオンは」
完全にオフモードな少女達は語尾を伸ばして寛いでいた。その様子は淑女とは言い難いものであったが、休みなど無いに等しい彼女等の休息となれば納得のいく状況だ。
「大抗争が終結してから闇派閥はあんまり出てこなくなったし」
「ほんとそれ。闇派閥の幹部なんて姿を見せないから困るわ」
「良い事では無いですか。事実都市への被害は格段に減っている」
「そうなんだけどね〜」
アリーゼも、輝夜も、そしていつも真面目なリューですら脱力して休んでいる。だからだろうか。ライラが窓の外に目を向けて一人呟いた。
「……アルの奴、どこ行ったんだろうな……あ」
ちょうど皆が静まったタイミングでの発言は、リビングにいた全員の耳に届いた。(やっべ)と内心で後悔するももう遅い。顔が強ばり、全員の動きが固まった。
大抗争終結から1ヶ月程が経ったある日。アルが忽然と姿を消した。置き手紙も何も無く、どこに消えたかすら分からない。何より、アルが居た痕跡が全て消えていた。
その当時は荒れに荒れた。リューも、輝夜も、アリーゼも。全員が飛び出して都市中を捜索するも、影も形も見当たらず。都市の巡回中にも手がかりを探したものの、何一つ見つからなかった。
「……ライラ」
「いや、なんつーか……わりぃ」
一気にお通夜の雰囲気になってしまった一同。さすがのアリーゼも声をあげることができなかった。
「……団長、何か喋れ」
「この空気で!? 無茶ぶりがすぎるわよ輝夜!! 無理無理!」
アリーゼのオーバーリアクションのおかげで、どうにかお通夜ムードは回避することができた。それでも暗いことには変わりないが。そのまま話題はアルのことについてになった。
「何日も探して欠片も情報掴めないって凄くない? もう光の速さを超えちゃって時間すら移動できるのかも」
「んなわけねぇだろ。あの英雄様がどれだけ規格外でも有り得ねぇ」
「アストレア様はなんか知ってそうだったけどな」
「私もそれは思ってたんだけど、全然答えてくれないのよね〜」
アルが姿を消してから、アリーゼ達がアルを探している時、アストレアは慌てる素振りを見せなかった。そのかわり、どこか神妙な表情を浮かべていた。どこか申し訳なさそうな。そんな表情。
「でも、【剣姫】ちゃんが荒れてないのが意外よね」
「ロキ・ファミリアの?」
「そういえば、あの子ってアルに懐いてたわよね」
アルが消えてから、リューは目に見えて動揺していた。任務の最中であっても集中できず、アルのことを探している。アルが消えた当初は、何日もホームを空けて捜索していた。
そして、輝夜は隠しているつもりだが、リューと同等かそれ以上に心を揺らしていた。皆の前では気さくに振る舞い、一人になればアルの愚痴をこぼし、そして目で探していた。
今の話題にも、二人は混ざらない。堪えるように体を強く掴んでいた。
その二人の様子を見たライラがこの話を続けるのは不味いと感じ、強引に話題を変えるべくアリーゼに声をかけた。
「そういやアリーゼ。昨日の招集でフィンはなんて言ってた?」
ライラからのバトンを受け取ったアリーゼは目線で「ナイスよ、ライラ! 後でなでなでしてあげる!!」と送り、「要らねぇよ」と目線で返す。よしっ、と立ち上がりアリーゼが意識を切り替えて皆に目線を向ける。
「【
「ダンジョンで? またかよ」
皆の意識がアリーゼへと向けられる。団長としての仮面を被るアリーゼはよく通る声で詳細を話していった。
「地上にはロキ・ファミリア達、そしてダンジョンには私達が攻め込む。
作戦は一週間後。みんな、それまでに準備をしてちょうだい」
「「「了解!」」」
作戦当日。
装備を整えた少女達はバベルの前に集合していた。もう間もなくダンジョンアタックが始まる。
『……気をつけてね』
ふと、ホームを出ていく時のアストレアの表情が浮かび上がる。いつにも増して顔に覇気がなく、慈愛の笑みを見せなかった。
「気を抜くな、青二才」
「輝夜……分かっています」
そうだ、何に気を取られているのか。今から行くのはダンジョン下層。気を抜けば私達でも死ぬ。それに相手は闇派閥。ここで止めなければどれだけの被害が出るのか分からない。
「そろそろね……みんな! 行くわよ!!」
「「「はい!!」」」
アリーゼの声とともに進軍が始まる。前衛として動く私はアリーゼと輝夜に挟まれた位置にいる。一歩足を進めようとした時に、何かが私の頬に触れた気がした。
「……?」
「リオン?」
「あ、いえ」
突然止まり後ろを見た私をアリーゼが心配したような目で見る。感触が残る頬に手を添えながら私はアリーゼとともに歩き出した。
(──アル)
懐かしいアルの気配を感じた気がする。心の中で彼の名前を呟きながら、作戦へと気持ちを切り替えた。
「はぁ、はぁ、ハッ……!!」
走る、走る、走る。ただひたすらに上層に向かって走る。自分の出せる敏捷の全てをかけて、私はただ逃げる。
『逃げなさい、リオン!!』
アリーゼの言葉が頭に響いた。
ダンジョンの下層にて、ルドラ・ファミリアのジュラを追い詰めた私たちは、罠に嵌った。
火炎石による一斉爆破によりダンジョンの内壁が崩れ、雪崩のように崩れていく。事前情報などなかったものの、私たちはそれを寸前で回避し、全員が生還した。至る所で爆発が起こり、煙で四方が見えず、敵がどこにいるのかすら分からない。
けれど、私たちは追いかけて戦っていた。決着は、すぐに決まるはずだった。
──でも。
悪寒が背中に走ると同時に、ピシリ、と音が響いた。水晶壁が崩れ、それは静かに姿を現した。
落下し、地面を強く抉ってホコリを立たせる。聞き慣れない音が響き、そのモンスターの姿が土煙の中に晦ました。
そして四肢を動かすように僅かに体を動かした瞬間、土煙の奥に深紅の瞳が煌めき、姿がぶれた。
足元を爆発させて、次に聞こえてきたのは何かが潰れる音。
振り向けば、ルドラ・ファミリアの団員の一人の頭部が弾け飛んでいた。
「ひぎゃっ」
ついで、何かが破裂する音、落ちる音、噛み砕かれる音。
その脅威は、ついに私たちに向いた。
初めに、ネーゼが。マリューが、イスカが。今まで共に苦楽を乗り越えてきた仲間が、これからもそうであると信じていた仲間達が、呆気なく殺されていく。
『あなたは生きるのよ、リオン』
既にボロボロのアリーゼが、私の前に立ち上がった。
『私の小太刀だ。受け取れ、リオン!!』
血だらけの輝夜が刀を構えて怪物と向き合う。
『行け! リオン!!』
満身創痍のライラが、ボロボロの盾を持って私を守る。
私も戦う。みんなで戦えば、そうすれば、あの怪物にも──
『『『生きろ! リオン!!』』』
『ッ!!』
そこからは無我夢中で走った。後ろはもう振り向かない。ただ前を向いて走った。崩れた瓦礫を飛び越え、階段を飛び渡り、立ち塞がるモンスターは全て無視した。
息が荒れても、膝が震えても、ただ走り続けた。溢れる涙は止められない。出る度に手で拭い、上層に向けて駆け抜けた。
──バチッ
途中で何かが私の横を通り過ぎた。けれど、そんなことを考える余裕なんて私には無かった。
ダンジョンが大きく揺れた。躓きそうになるのを必死にこらえ、壁に手をつきながら走る。
目線の先には明かりが見える。もうすぐ18階層だ。どれだけ走ったのか、全く分からない。ただ、ようやく明確に上に登ったという実感が湧いてしまった。18階層に足を踏み入れた瞬間、体が崩れ落ちる。過呼吸気味になり、瞼は徐々に閉じて行く。もうまもなく、意識が落ちる。その直前。
特大の光がダンジョンを貫いた。
「ぴぎゃっ!?」
殺す。
「ぶっ!?」
殺す。
「やめっ──」
殺す、殺す。
「ひぃっ!?」
「待っ──」
「グベッ!?」
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。
闇派閥を、それに準ずるものを、疑わしきものを全て殺す。
もう随分と睡眠を取っていない。でも、睡魔は全く来なかった。
闇派閥の情報を得れば、そこまで行って殺す。
疑わしい現場に会えば、すぐに殺す。
何日、何週間、殺して、殺して、殺し続けた。
『正義を捨てなさい』
アストレア様からは、破門を言い渡された。
それはそうだ。こんな姿、正義の女神であるアストレア様が赦すはずもない。こんなもの、ただの復讐。
でも、止まれなかった。
アストレア様を都市外へと追い出し、私は暗殺を、奇襲を、持てる全てを用いて殺し尽くした。
そして、ようやく。
めぼしい全ての者を殺し尽くした。私の復讐は、終わった。
雨が降り注ぐ中、ローブを被り人目のつかない路地を足を引きずりながら歩く。ローブも、私の体も。殺した者の返り血と私自身の血で汚れていた。
もう、何もかもがどうでもよかった。
生きる気力も、何もかもが無くなった私の中身は空っぽだ。
倒れるのならば、人目のつかないところの方がずっといい。その方が私に似合う。壁に手を置きながらゆっくりと歩く私の視界がぼやけていく。
体が冷たい。指の先まで凍りついているようだった。
ああ、私はもう死ぬのか。
もうすぐ私はアリーゼ達の元へ行ける。でも、こんな私が彼女達と同じ場所に行けるわけが無い。それこそが、私への罪。
でも、嗚呼。
叶うのであれば、最期に、会いたかったなあ──
がくりと膝から崩れ落ちる。雨に濡れた地面に顔から落ちる、寸前。
体が誰かに受け止められた。意識を失う寸前、もう指の一本も動かせる気力は無い。感覚も全て消えてしまったはずなのに、触れられている部分が暖かい。嫌悪感も出てこない、何より、どこか懐かしさを感じた。
「────ん、リ──ん!!」
何かを叫んでいる。もうろくに機能しない五感。しかし徐々に回復していく感覚。動かせなかったはずの顔を上げて、私のことを支えている相手の顔を見上げる。
黒い髪、黒い目。見たことの無い特徴を持った相手。しかし、私には誰なのかがすぐにわかった。
髪の色が変わっても、瞳の色が変わっても、私を支える少年の温もりは変わらない。
「──リューさん!!」
「ア、ル──」
少年の声が私の中に届いた時、私の意識は途絶えた。
「ハア、ハア、ハア……」
路地裏に、一人の少年が駆け込んできた。両手を膝につき、荒く息をする少年の体には汗がべっとりと着いている。装備などは何もつけていない。見るからに一般市民であることが分かる。
事実、少年はオラリオに来て間もなかった。
(こ、怖かった……!!)
オラリオに来たばかりの少年は、所属するファミリアを探していた。ギルドで情報を貰い、めぼしいファミリアの門を叩くこと数十。
少年は、追われていた。
『英雄の生き写しだ!!!』
『あの子は俺たちのモンだ!!』
『楽しくなってきたぜ!!』
少年の顔を見るなり、神々はそれはもう凄い顔で迫ってきた。
自身の眷属に命令し、少年を捕まえさせようとすることなど何度見てきたことか。
『捕まえろっ!! ……はやっ!?』
逃げ足は義母とおじさんに鍛えられている少年はギリギリで逃げる。大半のファミリアでは門前払いは当たり前だった。しかし、神に見られるとすぐに追いかけられる。それが怖くて怖くて仕方がなかった。
今も何十人もの冒険者が少年のことを追っている。少年の心は疲弊していた。
「──あ」
ギュルギュルとお腹がなり、力が抜けて倒れる。
(そういえば、もう三日ご飯食べてないや……)
腹を抱えて横になった少年の瞳に涙が浮かび上がる。どうしてこんなことになってしまったのか。誰か助けてくれ。そう願う少年の元に──運命がやってくる。
「──だ、大丈夫かい!? そこの君!!」
Lv8に至ったベル君の幸運はBです