この物語の主人公は、あくまでも白き英雄である『ベル・クラネル』です。二人のベル・クラネルのダブル主人公と考えてもらってもいいですが、重きを置くのは白き英雄の方です。
豊穣の女主人
オラリオには数多くの飲食店が存在している。オシャレな雰囲気のカフェ、エルフ御用達のお店、美味い酒が飲める居酒屋。様々な店が賑わいを見せる中、一際騒がしく、有名な店があった。
昼は落ち着いた雰囲気のカフェ、夜は冒険者達が席を埋め飲んで食って騒ぐ酒場。
ここは豊穣の女主人。店員のほとんどが女性で構成されていて、その誰もが美しいと評判の店。店主が作る料理は絶品で、高い料金以上の価値がこの店にはある。
そんな豊穣の女主人には、いくつかの噂が存在している。
曰く、料理を残せば店主からの鉄拳が落とされる。
曰く、ウェイターに手を出せば問答無用で袋叩きにされる。
曰く、店主は【猛者】ですら頭の上がらない存在。
──曰く、豊穣の女主人には、一人だけ男性の店員が居る。
──曰く、その男は────
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「ギニャァァァー!!忙しいニャァァ!!!」
「騒いでないで手動かしなさいよ、馬鹿猫!!」
「ニャァァ!?ミャーはバカじゃないニャ!!」
山のように積まれた皿。それらを洗い続けているヒューマンと猫人。栗色の髪の少女であるルノアと、アホのアーニャは皿を洗っては置き、洗っては置きの繰り返しに発狂しそうになっていた。半分ほどになったと思えば、追加の洗い物が増えてやる気を削いでいく。
他に手伝ってくれる人は居ないのかと周りを見れど食材の下調理や料理を運んだりと皆忙しい。二人を助ける余裕のある人など居なかった。
「ニャンでこんなに皿が多いのニャァ!!」
「そんなの知るわけないでしょ!!ほら!!あんたがそんなこと言うからまた皿が増えたじゃない!!これ全部あんたがやんなさいよ!!」
「ニャァ!?全部ミャーに押し付ける気ニャ!?そうはさせないニャ!!」
「なに?やろうっての?上等じゃない!!」
「──くっちゃべってないで働きな!!この馬鹿娘共!!」
「「ぎゃぶっ!?」」
特大の拳が二人の脳天に直撃し、洗い物に被害が無い程度の衝撃を与えた。頭から鳴ってはいけない音が鳴り響き、二人の頭から煙が上がる。たんこぶが早々に出来上がり、涙を出しながら頭を抑えた。
「うぅ〜……ルノアのせいでミア母ちゃんに殴られた二ァア」
「はぁ!?あんたのせいでしょ!!」
「また殴られたいのかい?」
「「すいませんでした(ニャ)」」
ギロりと睨みつけるミアの眼光に逆らえず、ノータイムで頭を下げ大人しくなる。両腕を前で交差させ、二人を見下ろす姿はまさに鬼だ。
「ほら、さっさと仕事に戻りな!そんなんじゃいつまで経っても終わらないよ!!」
右手を振り二人に仕事に戻るように促す。ミアが後ろを向いた瞬間に二人は睨み合うも即座に振り向いたミアにすぐに頭を下げた。
「──ミアお母さん、スープの仕込み終わりました!」
皆が忙しなく動く中、一人の従業員がミアの元へと近づいた。中性的な見た目で、黒髪黒目。筋肉の付き方から男と分かるものの、女装させれば絶世の美少女になること間違いなしの男だ。
「お、もう終わったのかい。相変わらず早いねぇ。じゃあ野菜を切っといてくれるかい」
「分かりました!」
元気よく返事をした少年とも青年とも言える、どちらかと言えば少年であろう男は、キッチンへと向かい包丁を手にする。
「ほらっ!アンタらもアルを見習いな!!」
「いや、あれは別次元ニャ……」
「包丁を持った瞬間に玉ねぎがみじん切りになるってどういうことよ……」
アルと呼ばれた少年が包丁を持てば、一瞬にして切られた野菜の山が出来上がる。
「終わりました!」
「「はやっ!?」」
アルが包丁を持ってから数秒しか経っていないにも関わらず、用意された野菜が全て適切な大きさにカットされていた。
「じゃあ、もう今日は上がってもいいよ!!」
「「え!?」」
「うわっ」
ミアの言葉を聞いたアーニャとルノアがアルに詰め寄る。
「ニャンでアルだけこんなに早いのニャ!!ずるいニャ!!」
「そうよ!私の仕事手伝いなさいよ!!!」
服を掴みながらギャーギャーと騒ぐ二人に「えっと……」と困った様子のアルの元に、颯爽と救いの手がやってくる。
「ぐニャ!?」
「痛っ!!」
服を掴んでいた手を手刀で叩き落として腕で距離を取り近づかないように牽制する。
「あなた達はアルに近づきすぎだ。離れなさい」
ウェイトレス姿の美しいエルフ、リューがアルのそばに立ち二人を睨む。二人も負けじと威嚇し、巻き込まれたアルは渇いた笑いを出す。
その混乱に乗じて、アーニャと同じ猫人のクロエがゆっくりとアルに近づく。その目はアルの尻にしか向いていなかった。ぐへへと気持ちの悪い笑みを浮かべながらアルの尻目掛けて手を伸ばすも、リューが一瞬にして手首を取り上げ思い切り握りしめる。
「ギャー!?イタイイタイ!!」
涙目で叫ぶクロエを握りしめるリューは無表情でクロエの耳元まで顔を近づけると瞳に光が宿らない圧力をもって囁く。
「──死にたいのですか?」
「ア、スイマセン」
もはやカオスとなった現場に一人立つアルは呆然と佇んでいるとミアの様子が変わってきたことを察して「では、お先に失礼します」と言い一目散に逃げていった。
「──さっさと働きな!!馬鹿娘共!!!」
「「「「ひぎゅ!?」」」」
酒場を揺らす程の声音の後に聞こえた断末魔を聞き届け、自室がある離れへと向かった。
ここは豊穣の女主人。店主であるミア・グランド、訳アリの女性達。そしてアルが働き、暮らしている場所。
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「アル!ミャーを見捨てるなんて酷いニャ!!」
翌日の朝、仕込みをしている所をアーニャが突撃した。その攻撃を難なく躱すとアーニャはその勢いのまま床へ衝突し、昨日の断末魔に似た叫びをあげる。
大丈夫かとアルは倒れているアーニャに近づこうとすると、アーニャは飛び上がり両手を上げて威嚇する。
「今の攻撃は効いたニャ……でも、次はそうはいかないニャ!!」
「いや、何もしてないんですけど……」
伸びた爪を立てながら「フシャーっ!」と猫らしい音を出すアーニャは全く怖くなかった。
「ギニャァ!!」とアルに飛びかかるがその瞬間に首に手刀を入れられ叩き落とされた。今度は断末魔すら上げられずに地面に倒れ伏している。
「アルに近づきすぎだと言ったでしょう」
手刀をした本人、リューはピクリとも動かなくなったアーニャを見下ろしながらそう言うとアルに一礼して持ち場へと戻った。
とりあえず、屍となったアーニャをどこかに運ぼうと体を持ち上げると入口の方から何やら声が聞こえてくる。
「全身血だらけの冒険者が笑顔で走ってたらしいぞ」
「え?何それめっちゃ怖い」
(そんな冒険者いるんだな〜)と思いながらアーニャを椅子へと運んで行った。
「お、アルじゃないか。ちょうど良かった」
「ミアお母さん?どうしました?」
屍を椅子に下ろした時に、2階から降りてきたミアと遭遇する。何かあるようなミアの言い方に疑問を抱いた。
「ちょうど野菜が切れててね。ちょいと買い出しに出てくれないかい」
「分かりました」
「ありがとね」と、野菜を買うためのお金とカゴを渡し、ミアは厨房の方へと消えていった。アルもすぐに店を出て、「行ってきます」と言い、いつもの八百屋へと歩いていく。
八百屋の途中にいくつかの出店を見つけ、匂いに釣られそうになりながらも目的の場所まで歩いていると、見慣れた屋台が目に入った。
「──じゃが丸くん〜。ホックホクのじゃが丸くんはいかが〜!!」
黒髪ロングでツインテールの少女が屋台の前に立って集客を図っていた。一部、少女とは思えない部分を持っているが、それ以外は幼い女の子にしか見えない。しかし、その少女は神だった。
自然とアルの頬が緩む。進行方向を変えて、その少女が居るじゃが丸くんの屋台まで向かう。色々なところに向きながら声を上げている少女は数秒してから近づいてくるアルに気づくと、途端に笑顔になりアルへと近づいていく。お互いの距離が無くなっていき、拳ひとつ分ほどまでに少女は走り込んできた。
その少女──ヘスティアは、晴れやかな笑顔を見せながら、慈愛のこもった声で話す。
「おはよう、アルくん」
「──おはようございます、神様」
ヘスティアからの挨拶に、アルも微笑み応える。屈託の無い笑顔を見せるヘスティアはアルの右手に手提げがあることを確認する。
「また買い出しかい?大変だね〜。ボクはここのところ休み無しでクタクタだよ〜」
「大丈夫ですか?体には気を付けて下さいよ、神様」
「くっ!!純粋な心配が身体に染み渡る!!キミに会えただけでボクは何時間でも働けるぜ!!」
「ちゃんと休んでくださいね……」
うぉぉぉ!!とエネルギーに満ち溢れたヘスティアにアルは苦笑いする。さっきまでの疲労を感じさせないヘスティアの元気さは、アルにも元気を分け与える程のものだった。
「よく売れてるんですか?」
「ああ!!もう20個も売れたぜ!!これもボクの接客の賜物だな!」
ビシッと親指を立てて見せ、ドヤ顔を存分に発揮するヘスティアにアルは手を叩いて賞賛する。「流石です、神様!」というと「ふふん!」とヘスティアは豊満な胸を張り、これでもかと言うほどの笑顔になる。
「今日も買っていくのかい?サービスするぜ!」
「いえ、今日は酒場での仕事があるので。また後日お伺いします。神様のじゃが丸くんは人気ですから」
「そうなのかい?」
「はい。この前持っていった時に気に入ったみたいで。神様にもよろしくと言ってましたよ」
「それは良かったよ!!ボクも彼等には会ってみたいんだけど、
本当に残念だよ、とヘスティアのツインテールが垂れ下がる。心底残念であることが見て取れるほどに、この女神は純粋であった。
(本当に、この
善神であることを疑う余地がないほどに、ヘスティアの善性が伝わってくる。もっとこの神と話したい。しかし、こちらは仕事で来ているのだ。長居はできなかった。
そろそろ行きます、と言い八百屋へと向かおうとすると、動き出す前にヘスティアから声をかけられた。
「いつでもウチに来て……帰ってきていいんだよ、アル君」
「神様……いずれ」
「っ!ああ!!いつでも歓迎だぜ!!」
眩しいほどの笑顔でこちらを見送るヘスティアに、アルも手を振りながら笑顔を見せる。こちらの姿が見えなくなるまで、ヘスティアは手を振り続けた。
八百屋での買い物も済ませ、豊穣の女主人へと帰る道中。周りを見渡せば、防具に身を包んだ冒険者も、店を開いている人達も。誰もが明るく生活していた。数年前とは全く違う。都市は賑わいを見せていた。
何人もの冒険者が迷宮探索へ向かうためにバベルへと歩いている。アルとは逆方向に歩いているのはほとんどが冒険者だった。猫人も、ドワーフも、エルフも。様々な種族の冒険者とすれ違う中。
白い兎とすれ違う。
思わず立ち止まって後ろを見るも、既に人混みの中に入ってしまったため姿は見えなかった。しかし、アルは一点をじっと見つめ、口を開きながら数秒停止すると、口角を上げた後に豊穣の女主人に向かった。
自分が働いている酒場に着くと、鈍銀色の長髪を揺らす少女が店の入口に立っていた。その少女はこちらに気づくと笑顔で手を振りアルを出迎えた。
「お疲れ様です、アルさん!」
その少女、シルはいつもよりも上機嫌な様子を見せながら挨拶をした。その機嫌の変化にはさすがのアルも気づく。
「なんだか嬉しそうですねシルさん。何かあったんですか?」
「うふふっ。常連さんになってくださりそうな冒険者様を見つけまして」
艶めかしく笑うシルに少しドキッとしたが、「ギニャァ!?」という叫び声が聞こえた途端に二人の意識はそちらへと向いた。
「賄いが!ミャーの賄いが消えたニャ!?」
「どうせ食べたこと忘れたんでしょ、この馬鹿猫」
「そこまで馬鹿じゃないニャ!!」
「馬鹿でしょ」
「馬鹿ですね」
「アーニャはアホニャ」
「グニャァァァ!!!」
中から聞こえる叫びを聞いて、アルはシルの方を向く。視線を感じたシルはアルの方を向くと、舌を少し出して片目を瞑った。
(絶対この人の仕業だ……)
「アル、買い出しありがとね」
買ってきた野菜をミアへと渡す。すると後ろから泣きじゃくりながらアーニャがミアへと飛びついた。
「ミア母ちゃん!!ミャーのメシが消えたニャー!?」
「無くしたアンタが悪い」
「そんニャー!?ふこーへーニャ!!」
「不公平なんて言葉知ってたんだ」
「意外ですね」
泣きながら赤子のようにミアに抱きつくアーニャは拳骨を一発叩き込まれて握る手の力を失った。ミアは休憩を済ませている従業員達を見渡す。
「今日は団体客の予約が入ってんだ!忙しくなるよ!!」
「団体客ですか?」
そのことを忘れていたリューが聞き返すと、アルの隣にいるシルが指を顎に当てて考える素振りを見せる。
「えーっと。確か、ロキ・ファミリアの皆さんが来るはずだったと思う」
「あー、そういえば遠征今日までだって言うの聞いたわ」
「って訳だから。あんたら、気合い入れなよ!!」
「「「はい!!(ニャ)」」」