白き英雄譚   作:ラトソル

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最新の英雄

 ダンジョン探索でエイナさんからの言いつけを破って5階層に潜った昨日、僕は運命に出会った。

 

 中層に居るはずのミノタウロス。ポテンシャルはLv2のその怪物は5階層で遭遇した僕を追いかけてくる。ザルドおじさんより劣るけど大木のように太く発達している腕。ザルドおじさんよりは弱いけど今の僕に十分恐怖を感じさせる迫力。

 

 あれ?ザルドおじさんはモンスターだったの?

 

 いや、そんなことは置いといて。僕はおじさんに鍛えられた逃げ足で逃げる。それでも僕は駆け出し。恩恵を授かってから数日だ。距離を離すことなんてできなかった。ましてや反撃なんて意味が無いことはすぐに理解した。今の僕じゃ逆立ちしても倒せない。

 

 だから僕は逃げて、逃げて、逃げて。

 後ろに迫る猛牛の雄叫びに震えながら逃げた。でも、まだ5階層の構造なんて理解していない。僕は運悪く行き止まりにたどり着いてしまった。

 

「ぐべっ」

 

 壁に激突して尻もちを着く。ずっと走って追いかけてきていたミノタウロスは余裕の表情で歩いて迫ってくる。

 

「あわわわわわわっ!?」

 

 惨めに後ずさりながら少しでも距離を取ろうとするが既に行き止まり。もうこれ以上進むことなんてできない。一歩、一歩と近づいてくるミノタウロスを見ながら、走馬灯のように頭に昔の光景が蘇る。

 

『いいかベル。男なら目の前の壁を乗り越えなくてはならない時が必ず来る』

 

『おじさん……』

 

『でもな……時には逆らってはいけない存在もいるんだぞ』

 

『【黙れ(ゴスペル)】』

 

『おじさ〜んっ!!?』

 

 お義母さんの一言で屈強なおじさんが弾け飛んだ。今思い返しても恐怖で体が震える。お義母さん以上に怖い存在なんて居ないと確信した瞬間だった。

 

 ふと、前を見る。ミノタウロスは確かに怖い。僕じゃ歯が立たない。でも、お義母さんと比べたらどうだ?僕を追いかけ回している時のおじさんに比べたらどうだ?

 

「おじさんと、お義母さんの方が断然怖い……!!」

 

 ギルド支給のナイフを構える。足はまだ震えているけど、それでももうただやられるのを待つなんてことはしない。僕が戦闘の意思を見せたからか、ミノタウロスは少し止まったが、気にも留めずにこちらへと来る。一度ナイフを強く握りしめ、隙を作るために飛びかかろうとした時。

 

「……ヴモッ?」

 

 ミノタウロスの体に一閃が煌めいた。

 

「ヴモッ、ヴモオオオオオ!!?」

 

 瞬きのうちに幾千もの光が走り、ミノタウロスが粉微塵になる。斬られたミノタウロスの体から血が吹き出しこちらへと飛び散り僕の体を赤く染めた。灰となったミノタウロスを呆然と眺めていると、その奥から金色が見えた。

 

 僕でも知っている。都市中が知っているだろうその女性。長い金髪の美しいその人を見た瞬間、僕の心は奪われていた。

 

「大丈夫ですか────え?」

 

 こちらを目を見開きながら見つめてくる女性の態度の変化など気づくまでもなく、僕は赤く染まった顔をさらに染めて、ただがむしゃらにその場から逃げ出した。

 

 その日僕は……アイズ・ヴァレンシュタインさんに恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……で、合ってるよね?」

 

 ステイタス更新を行った後に不機嫌になった神様がどこかへ行ってしまったので、僕は朝シルさんと約束をした豊穣の女主人にやってきた。

 入口から見える中の様子はやはり冒険者が多いのか酒を飲んで騒いでいる。そして従業員らしき人はウェイトレス姿の綺麗な女性ばかり。少し入るのに気後れしてしまったが入口から顔を覗いた女性と目が合った。

 

「あ!ベルさん!来てくれたんですね!!」

 

「は、はい。約束しましたから」

 

 誰が見ても見惚れそうな程に魅力的な笑顔でこちらへと駆け寄ってくるのはシルさんだった。自然な流れで僕の手を取り軽く赤面する僕に気付かないうちに「こちらへどうぞ!」とカウンター席の奥へと案内された。

 

 周りを見渡せば女の人が2割程で残りは男性冒険者……それも屈強で貫禄のある人達が酒を飲み交わしている。ドワーフも、ヒューマンも、獣人も、様々な種族の人達が席を共にして騒いでいた。

 

 周りに圧倒されていると「ご注文はお決まりですか?」とシルさんが顔を近づけて聞いてきたので僕は顔の近くに焦ってメニューを見てパスタを注文した。

 

 ここの従業員の人みんな可愛いな……と思っていると、一人だけ服装の違う黒髪の人が料理を運んでいた。僕より身長が高くて男性のような筋肉の付き方に見えた。でも顔は中性的なのでどちらかは分からなかったが、何故かその人に視線が引き込まれた。

 

「何見てるんですか?」

 

「うわわわっ!?」

 

 注文を聞いて奥へと消えたはずのシルさんが真横まで来ていたので思わず椅子から落ちそうになったのをなんとか堪える。僕の視線を辿ったシルさんが「ああ!」と呟く。

 

「アルさんのこと見てたんですか。このお店で唯一の男性従業員なので気になりました?」

 

「ひ、一人だけなんですか男の人!?」

 

 おじいちゃん。ハーレムはダンジョンじゃなくて酒場にあったよ。

 

 そんなことを考えていると僕のカウンターに何かがドシンと置かれて、いい香りが鼻に入って来る。

 

「あんたがシルの言ってた子かい?」

 

 特盛を超えているパスタを置いたのはそのパスタすら霞むほどの巨体を持つ女性だった。この店の店主のミアさんと言うらしい。ミアさんはこちらをじっと見つめて顎を指で撫でながら何かを考えていた。

 

「やっぱあの子にそっくりだねあんた」

 

「あの子?」

 

「英雄様だよ」

 

 どこかからクシャミが聞こえてきたが、そんなことより僕はミアさんが言っていたことに気になっていた。

 

「英雄って……もしかして、『白き英雄』のことですか!?」

 

「なんだ、知ってるのかい」

 

「はい!お義母さんから聞いたことがあって。最新の英雄譚の主人公ですよね!」

 

 身を乗り出して詰め寄る僕に若干引いた様子だった。

 

「そ、そうさ。今のオラリオにあの子の顔を見たことあるやつはかなり少ないと思うけどね。神様達は知ってるだろうさ」

 

「僕、オラリオに来たばかりの時色々な神様に追いかけられて……すごく、怖かったです」

 

「苦労してるんだねあんた」

 

 つい最近の出来事を思い出す。偶に今でも奇異な視線を向けられることはあるがあの時ほどではない。しみじみとしているとミアさんの言葉に引っかかる。

 

「もしかして、ミアさんは『白き英雄』を見たことあるんですか!?」

 

『似てる』と言っていた。それはまさに英雄を見たことがあると言っているようだった。思わず声が大きくなってしまった。ミアさんはどこか困ったような表情を浮かべている。

 

「見たは見てるんだけどね。後から知ったっていうのが正しいけど」

 

「??」

 

「そんなことより。ほら、せっかくの料理が冷めるよ!さっさと食べな!」

 

「は、はい!いただきます!」

 

 目の前に置かれたパスタを一口食べる。魚介の風味が口いっぱいに広がり、この量でも食べ切れるほどに美味しかった。美味しい、が。

 

「口に合わなかったかい?」

 

「い、いえ!とっても美味しいです!」

 

「そいつは良かったよ。じゃんじゃん食べな」

 

 手をヒラヒラと振りながら厨房に戻るミアさんを見ながら思った。

 

(美味しいけど、ザルドおじさんの作る料理の方が美味しいな)

 

 そんな失礼な言葉は口が裂けても言わないものの、やはり物足りなさを感じてしまう。おじさんの作る料理はどれもが一級品で、そんな料理を毎日食べていたから舌が肥えてしまったのだろうか。

 

 パスタを食べ進めていると、ミアさんが大皿を僕の目の前に置いた。

 

「……なんですかこれ?」

 

「魚の煮付けさ。今日のオススメだよ!」

 

「頼んでませんよ!?」

 

「金は取らないよ!良いもん見れたお礼さ!!」

 

 何に対してのお礼なのかは分からないが、この魚がとんでもない大きさをしていた。正直一人で食べ切れる量では無いため嫌な予感がしてくる。

 

「どうですか?この酒場は」

 

 ウェイトレス姿のままシルさんがコップを持って隣の席に座る。僕は目の前に置かれた二つの大皿を見ながら「圧倒されてます」と答える。それがおかしかったのかシルさんは少し笑っていた。

 

「ここは色々な方が来て下さるんですよ」

 

「そうですね……ん?」

 

 ふと、周りを見ると、満席のテーブル席のど真ん中に何席かの空席を見つける。あそこだけ綺麗に空くものなのか?

 

「シルさん。あそこの席はなんなんですか?」

 

「ああ。あちらの席は団体予約の方々のお席ですね」

 

「ご予約のお客様、ご来店ニャ!」

 

 猫人の従業員の声とともに、一斉に何人もの冒険者らしき人達が入ってくる。自然と僕の視線は入口の方へ向く。他の冒険者の人達も入口の方を見るとヒソヒソと喋っていた。

 

「おい、あのエンブレム」

「ロキ・ファミリア!?巨人殺しかよ……」

 

「ロキ・ファミリアの主神のロキ様がこのお店を気に入ってくださってるんですよ……ベルさん?」

 

 美しく気高い妖精、屈強なドワーフの戦士、勇ましい小人族。様々な人達に目が行く中で、シルさんの声も、周りの声も、全て今の僕には届いていなかった。美しい金髪を揺らしながら入ってきた女性────アイズ・ヴァレンシュタインさんが、そこには居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンジョン遠征ご苦労さん!!今日は宴やぁッ!飲めぇ!!!」

 

「「「「乾杯ッ!!!」」」」

 

 豊穣の女主人の真ん中の席にて。主神ロキの声とともにロキ・ファミリア団員が手に持った杯を打ち合わせて宴会が始まった。周りからは様々な視線が向けられているが、そこは流石と言うべきか。オラリオ2大派閥とまで言われるロキ・ファミリアはそんな視線を気にせずに宴を楽しんでいた。その中にはもちろんアイズも居る。彼女が持っているのは酒ではなく果実水だが。

 

 他の団員達は酒を手に取り今回の遠征について語り合ったり、酒の飲み比べなどをして楽しんでいる。そうでなくても世間話などで盛り上がっている中、アイズはキョロキョロと何かを探すように周りを見ていた。その様子に気づいた少年……に見えるアラフォー、フィンはアイズに近づき小声で話す。

 

「アイズ、彼は仕事中だ。それに今はファミリアの宴会中。分かっていると思うけど、見つけた瞬間に飛びかかる、なんてことはしないでくれよ」

 

「……わかってる」

 

(絶対わかってなかったね)

 

 不満げに果実水を口につけるアイズを見ながらフィンは苦笑する。リヴェリアもその様子を見ていたのか頭に手をやりため息をついていた。

 

「ア〜イズッ!!」

 

 そんな中、笑顔でアイズに飛びかかったアマゾネスの少女、アイズと同じLv5のティオナがアイズに抱きつく。

 

「ティオナ……」

 

「何やってるの〜、アイズ?こっちでレフィーヤ達と話そうよ!!」

 

 返事を聞く前にアイズを引っ張るティオナはいつもと同じ調子だった。その先ではエルフであるレフィーヤとティオナの姉のティオネが待っていた。レフィーヤはガチガチになりながら酒を両手で持っていた。

 

「レフィーヤがね〜、恋バナしてくれてたの〜」

 

「ティ、ティオナさん!?それ秘密にしてくださいって言ったばかりじゃないですかッ!?」

 

「あれ?そうだっけ?ごめんごめん!」

 

 顔を赤くしながらレフィーヤはティオナに詰め寄るも、ティオナは陽気に謝ってきたので怒るに怒れなかった。憧れの存在であるアイズに聞かれてしまったレフィーヤは手に持つエールを一気に飲み干して気を紛らわせようとする。

 

「エッへへ〜。アイズしゃ〜ん」

 

 かなり度数が高いが飲みやすい酒だったからか、レフィーヤは一気に酔いが回り、アイズにベタベタとくっついた。さすがのアイズもレフィーヤを引き剥がそうとするも、剥がしたそばからしがみついて来るため埒が明かない。そんな様子を面白おかしく笑いながら見ていたティオナは思い出したようにレフィーヤに話しかける。

 

「レフィーヤレフィーヤっ。さっきの話の続きしてよ!」

 

「しゃっきの?……どこまで話しましたっけ?」

 

「ん〜と。やっぱアイズ来たから最初から話してよ!」

 

「いいでしゅよ〜」

 

「大丈夫なのこの子……」

 

 酔って語尾が伸びて流暢に喋れないレフィーヤだが、恋バナとなった途端にトロンと蕩けている目を戻し流暢に語り出した。

 

「わたしが、まだ学区時代の話なんですけど。細い路地裏を近道で通ってた時に男の冒険者達に襲われたんですよ。その時の私はまだ恩恵もなかったので抵抗なんてできなくて。怖くて叫び声もあげられなかったんですけど、私を襲ってた冒険者が一斉に倒れたんです」

 

 当時の光景を思い出し顔を染めながら胸に手を当てて語る。その顔は恋する乙女のそれだった。

 

「何が何だかわからなくて。でも、そこに一人の男の人が立ってて。その人が私を襲った人達を倒してくれた人なんです。彼は怯えてた私に近づいてこう言ったんです」

 

『もう大丈夫ですよ』

 

「その顔と声が忘れられないんです……」

 

「へぇ〜。その人ってなんて名前なの?」

 

「聞いた感じだとLv3はありそうだから聞いたことあるかもね」

 

「いえ、大丈夫ですって伝えた後に私の顔を見てすごくびっくりしてて、その後一瞬で消えたんです」

 

「特徴とかは?」

 

「えーと、黒髪黒目で。後、紙袋を持ってたので買い出しに行ってたんだと思います」

 

「どっかの店の従業員ってこと?」

 

「意外とこの店だったりしてね〜」

 

「その人も憧れなんですけど……でも、アイズさんも……エヘヘェ」

 

「あ、戻った」

 

 会話に参加していなかったアイズはレフィーヤの言う存在に心当たりがあった。

 

(多分アル……だと思うけど)

 

 今のアルの特徴と一致していて、消えるほどの速さとなればもうアルしか心当たりはいなかった。またもやしがみついてきたレフィーヤにそのことを伝えるか悩んだものの、伝えるのはやめておこうと決める。

 

(アルのこと教えたら、レフィーヤに取られる)

 

 子供のような嫉妬心を抱きながらもアイズはムッとした表情になった。何故かモヤモヤする心に疑問を抱きながらも用意されている料理を少しずつつまんでいると、少し離れた位置にいた狼人が声をあげた。

 

「よっしゃあ!!アイズ!そろそろあの話しようぜ!!」

 

「あの話……?」

 

「アレだって!5階層にいたトマト野郎!!」

 

「……ッ」

 

 チクリ、と胸が傷んだ。5階層で私たちが逃がしてしまったミノタウロスに追いかけられていた男の子。あの時のアルと瓜二つの子。

 

「如何にも駆け出しってガキがミノタウロスの返り血で真っ赤になりやがってよぉ!」

 

「それって、私たちから逃げ出したミノタウロス?」

 

「そうそう!あのガキ、腰抜かしてビクビク震えてやがってよ!アイズに助けて貰ったあと、叫びながら逃げちまってよぉ!情けねぇったらねぇぜ!うちのお姫様逃げられてやんの!!」

 

 違う。あの子は立ち向かおうとしてた。絶対に勝てない相手にも武器を構えてた。なんでみんな笑ってるの?何がそんなに面白いの?

 

 ロキは腹を抱えて爆笑し、ティオナも、ティオネも我慢できない様子で笑っている。アイズは笑っていないどころか無表情になっていく。その様子を見かねたリヴェリアが威厳を持ってベートに詰め寄る。

 

「ああいうのがいるから俺達の品位が下がるんだよ。勘弁して欲しいぜ」

 

「いい加減その五月蝿い口を閉じろベート。そもそも十七階層でミノタウロスを逃がしてしまったのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 ハイエルフ、そして副団長たるリヴェリアの言葉に先程笑っていた団員の肩がびくりとはねる。ついさっきまで笑っていた者全員が笑いを消して縮こまっていた。しかし、ベートは止まらない。

 

「おーおー、流石はエルフ様。誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇやつを庇って何になるってんだ?ゴミをゴミと言って何が悪いんだよ」

 

「いい加減やめぇ。酒が不味なるわ」

 

「やめねぇよ。アイズはどう思うよ。自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇやつが俺らと同じ冒険者を名乗ってるのは?」

 

「……あの状況じゃ、仕方がないと思います」

 

 やめて欲しい。これ以上あの子を汚さないで欲しい。真っ白で、アルにそっくりな彼を踏みにじるのはやめて欲しい。

 

「じゃあ質問を変える。あのガキと俺、ツガイにするならどっちだよ?」

 

「その質問は意味を成さない。やめておいた方がいいよベート」

 

「あ?黙れ。で、どっちだ?お前はどっちの雄に滅茶苦茶にされたいんだ?」

 

 滅茶苦茶っていう意味は分からない。でも、誰かを選ぶのなら、私は1人しか選ばない。でも、今そんなことを言うことじゃない。それよりも私の心は黒く染まりつつあった。

 

「ちっ、だんまりかよ。お前はガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされて受け入れんのか?」

 

 無理だ。私は絶対に受け入れない。だって私の英雄は彼だけだから。

 

「はっ、有り得ねぇよなぁ!雑魚がお前の横に立つなんて、他でもねぇお前が許さねぇ!!」

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 ガタッという音が響き、一人の少年が走り去っていく。反射的に顔を上げたアイズの視界には、純白の少年が映っていた。

 

「待って!!」

 

 手を伸ばしながら駆け出すアイズ。周りの冒険者は「食い逃げか?」などと話していた。急に出ていったアイズに呆気を取られた団員達だったが遂にリヴェリアの沸点に限界が近づいたのかベートに近づき拳骨を叩き込む。「痛てぇ!?」と頭を抱えるベートにティオネとティオナがリヴェリアの指示を受けて拘束しようとする。

 

「やりすぎなのよ、アンタは」

 

「痛っ、離せバカゾネス共!!」

 

「暴れないでよベート!!」

 

「うっせぇ!!」

 

 両腕を拘束されかけたベートは振り切るように腕を回す。右腕がティオナの拘束から逃れ自由になるが、その勢いのまま腕は振り切られた。

 その先にはウェイターらしき人が料理を他の卓に運んでいる最中でありベートの腕の軌跡上に居た。

 

「危ないっ!!」

 

 ティオネが叫ぶもLv5であるベートの腕は瞬きのうちに到達するのは分かっていた。避難すら間に合わず、団員達も周りの冒険者達も、全員が今から起こる悲劇に目を隠す。その中で、フィンとリヴェリア、ガレスとウェイトレス達は何も心配無い様子でみていた。

 

 ガンッ、という音が響く。岩を砕くような大きさの音が響き、喧騒が響いていた酒場が静寂となる。目を隠していた人達は、ゆっくりと目を開けていき。吹き飛ぶウェイターを脳裏に描きながら初めに見たのは────料理を机に置いている男の姿だった。

 

「こちら、本日のおすすめです」

 

「え、あ、ありがとうございます……え?」

 

 何事もなかったかのように運ばれる料理とウェイターを何度も見返し、注文をした客は酷く混乱した様子だった。それは周りも同様だ。いや、一番混乱しているのはベートだろう。

 

 Lv5のベートの一撃。本気でないにしろ、ただのウェイターが受け止められるものでは無い。いや、冒険者の中でも受け止められるのは数える程しかいないはず。それは防御した場合の話。今の一撃は確実に体を捉えていた。にもかかわらず相手は気にした様子もない。

 

(……なんだ、これ)

 

 殴った本人だからこそわかる違和感。手応えが全くなく、感じたのは壁。決して壊すことの出来ない壁だった。空いている皿を回収して両手に持って戻ろうとするウェイターを誰もが口を開けながら見るだけな中で、ベートは手を握りしめながら声をかけた。

 

「おい!てめぇ!」

 

「はい?」

 

 ベートに声をかけられた男は振り返り、拍子の抜けた声を出す。その態度がますますベートを苛立たせた。

 

「てめぇ何しやがった!!」

 

「何って……料理を運んでいるだけですけど」

 

「ッ!!ふざけんなよてめぇ!!」

 

 ベートの一撃が当たったことにさえ何も思っていない男の様子に遂にブチ切れたベートが拳を握りしめてその男に振りかぶった。相手は両手が塞がった状態。当然当たると周りは考えていた。

 

「ちょっ!!やめなさいよベート!!」

 

「いいんだ、ティオネ。好きにさせるといい」

 

「団長!?」

 

「一度痛い目にあうのもいい経験だろう」

 

 フィンの言葉の意味が理解出来ず、リヴェリアに声を掛けようとするがリヴェリアにも焦った様子は見られなかった。疑問を抱きながらもベートのサンドバッグになってしまっているであろう現場に目をやる。

 

「────え?」

 

 そこに見えたのはベートの攻撃が全て当たっている男……ではなく、最小限の動きで全てを回避している男の姿。両手に持つ皿が落ちることも無く、ベートの高速ラッシュを全て紙一重で交わしていた。

 

 既にベートの酔いは醒めていた。正真正銘の本気。しかし相手には通用しない。段々と荒くなる自分の息とは逆に相手の呼吸は乱れず余裕を感じさせた。その様子にベートは歯を強く噛み締める。

 

 周りはただ唖然としていた。遠征でベートの強さを見ているもの達は尚更だろう。

 

「ッ!!ウラアアアア!!」

 

 今までよりも力の籠った攻撃。低ランクの冒険者にはこの攻防すら見えていないだろう。ただベートの攻撃が空を切る音のみが聞こえているはずだ。全力の一撃。その攻撃が男の眼前にまで近づく。Lvの高いもの達はその攻撃が当たることを確信した。あと少しで顔面に到達する。ティオネ達でさえ受ければ致命傷になりうる攻撃。しかし次に見えた光景は全く違った。

 

 右腕を振り切ったベートの拳は男に当たることなく、ベートはその勢いのまま倒れる。ドサッという音が酒場に木霊し、一瞬の静けさがやってくる。全員が倒れ伏すベートを呆然と見つめる中、その男は両手に持っていた皿を机に置き、倒れているベートを持ち上げてロキ・ファミリアの元まで歩いてきた。誰も動けない中で、フィンが立ち上がりその男の元まで歩く。

 

「────嘘」

 

 それは誰が呟いた言葉か。数秒の時間を用いてようやくベートが倒れた事実に気付いた団員は口を開くことすら出来ずに二人の動きを見ていることしか出来ない。男はベートを空いている席に下ろす。

 

「すまない。うちの団員が失礼をした」

 

「いえ。お酒を飲みすぎていたようですね」

 

「酒……ね」

 

 フィンと男はお互いが知り合いであるように話している。自分達の団長と知り合いである男にさらに困惑する団員達だったが、さらに混乱を招く事態が訪れた。

 

「アル!!」

 

「おっと」

 

 アイズが男の後ろから飛びついた。男を後ろから抱きしめたアイズの姿なんて見たことがない団員は遂に情報過多で動けなくなる。いつもならばこのような光景を見れば暴れるレフィーヤだが幸いにも今は眠っていた。

 男……アルは飛びかかってきたアイズを受け止めて頭を撫でる。ため息をつきながらリヴェリアが前へと出てきた。

 

「アイズ。こんなところで目立つ行動は止せ」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 頭を撫でられ気持ちよさそうにしていたアイズはリヴェリアからの言葉に渋々離れる。しかし体はピッタリとくっついていてリヴェリアもこれ以上は無駄と判断した。

 

「アル。何か謝罪をしたいのだが何か要求はないか?」

 

「僕じゃなくてミアお母さんが決めると思いますよ」

 

「彼女からの要求がいちばん怖いんだが……」

 

 楽しげな4人の会話とは対照的に未だに周りは静まり返っている。手に持つ酒も料理も口にせず、ただ唖然としていた。それを見兼ねたミアがバチンと手を叩き注目を集める。

 

「あんた達!今日はロキの奢りだからたらふく食べな!!」

 

「ミア母ちゃん!?そんなん言うてないで!?」

 

「こんな空気にしたあんたが悪いんだよ!黙って払いな!!」

 

「了解した」

 

「リヴェリア!?堪忍やて〜!!」

 

「アル!あんたも仕事に戻りな!」

 

「はい」

 

 ロキによる奢りと聞くと周りの冒険者は歓声をあげて料理と酒を楽しみ出した。アルも仕事に戻るべく置いたままの皿がある所へと戻ろうとしたところでアイズに服を摘まれて止まる。不安気な彼女に安心させるように笑みを見せる。

 

「また明日から……ね?」

 

「!!……うんっ」

 

 二人だけが聞こえる声量で、二人だけがわかる端的な言葉でのやり取りに満足したようにアイズの顔は明るくなる。服を離してアルが厨房へと戻っていくのを見届けてからアイズはティオナ達から質問攻めにあった。

 

 

 この日から、オラリオにはとある噂が流れるようになった。

 

 豊穣の女主人には、第一級冒険者が働いている。

 

【剣姫】には男が居る。

 

 

 主に二つ目の噂は、多くの神々を悲しませると同時に、娯楽の種として広まって行った。

 

 酒の酔いから目覚めて噂を知ったレフィーヤはアイズに必死の形相で問い詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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