隆々とした筋肉。頭から生えた鋭い角は、そのモンスターの象徴とも言える。
ミノタウロス。推定Lv2にカテゴライズされているその怪物は多くの英雄譚においても出現する。『アルゴノゥト』では姫を攫い、主人公であるアルゴノゥトと死闘を繰り広げている。
ダンジョンにおいて、中層域に出没するミノタウロス。Lv1の冒険者では勝つことは不可能に近く、同じLv2で会っても、一対一は避けるべき相手。
それが……15体。
中層を中心に活動している冒険者であれば、パーティを組んでいたとしても逃げることに専念するであろうこの事態。
これほどの数が一斉に相対するのは稀と言える。しかし、ここはダンジョン。未知の巣窟だ。この程度、異常などと呼べるわけもない。遭遇した冒険者は、『運がなかった』。そう言うしかない。
そんな怪物の集団の前に立つのは……一人の女。
手には木刀。思わず笑ってしまうほどの軽装備の女だが、怯えた様子は見られない。
あまりの恐怖に気が狂ったのか────いや違う。女は至って冷静だった。
ただ、冷静に。己の道を阻む
『ヴォ────』
女の姿は消え、ミノタウロスは叫び声をあげるまもなく首を飛ばされる。同胞の命が散ったことを認識する前に胸を貫かれ、上半身と下半身が割れる。ようやく最初の同胞が消えたことに気づき動こうとしたミノタウロスは、拳に力を入れる前に目を潰される。
「ヴ、ヴォォォオオオオオオ!?」
視界を奪われたミノタウロスは本能に従い、ひたすらに暴れ、周囲の全てを壊す。地面にクレーターを作り、壁を破壊し、叫んで、叫んで、叫んで────
周りから同胞の気配が消えた。
その事実に気づき、ピタリと動きを止める。何も感じない。自分がどこにいるのかも分からない。もしや、奴は自分を見逃したのでは? そう、思ってしまった。
──コツン
軽快な音が響いた。
──コツン、コツン
それは次第に大きくなっていく。それに比例して自分の体が意図せず震える。それはモンスターの生存本能か。しかし、母たるダンジョンがそれを許さない。
奴が近づいてきている。震える身体に鞭を打ち、ダンジョンに侵入してきた敵を排除する。雄叫びを上げ、本能の赴くままに破壊をしようと。
声が出なかった。
体も動かない。
それは恐怖によるものか。いや、違う。ただ、機能を失っただけ。
既に自身の頭は体から離れていた。
視界は黒一色に染っている。
最期の光景は何も浮かばず。
ミノタウロスの大群は、静かに灰に姿を変えた。
ミノタウロスの大群に遭遇する
暗黒期の最も過酷とも言える「死の七日間」を最前線に立ち、Lv7の巨悪達とも戦い、数多くの修羅場を乗り越えてきた。
そんな彼女にとって、
エルフの女性──リューは、18階層から地上へと帰還している最中だった。
冒険者から退いてから長い彼女であったが、鍛錬は怠っていない。早朝に目を覚まし、中庭で鍛錬をすることが日課な彼女だが、一人でしている訳では無い。
同僚であるルノアやクロエなどからは「二度とするか」と言われ本気でしょんぼりとした。彼女らは同じLv4であるものの、その中でもリューは頭一つ抜けている。加減を知らない彼女にボコボコにされたルノア達が文句を言うのは当然だった。なら、どうすればいいのか。
全力でやっても問題がない相手ならいい。だが、彼女の全力を相手取れる存在など、Lv5以上でないと務まらない。生憎と、リューの交友関係の中で第一級以上となると、シャクティかミアくらいのものに絞られる訳だが、二人にこんなことを頼めるはずもない。
そこで白羽の矢が立ったのが、同じく同僚のアルだ。
悩んでいたリューの様子を見たアルは、自らリューの相手を志願した。
Lv4であるリューの猛攻を難なく捌く彼との稽古はリューの中では特別な時間だった。何より、二人きりで過ごすことが出来る。
アストレア・ファミリアが壊滅し、そしてアルに救われたあの日から。
リューは自身が彼に向ける感情に気づき始めていた。
アルに触れられて顔を赤く染めながら慌てて反撃し、体の硬さに思わず手を抱えたことは数えられない。
今でも彼に触れる度に鼓動は加速する。それでも、突然の奇行にはしることは少なくなった。
彼と共に過ごす日々が積み重なるごとに、リューの想いは増幅していく。しかし彼女はアルに気持ちを伝えることは無かった。それは、自分にはそんな資格が無いと。私がアルと結ばれていいはずなんて無いんだと。そう考えてしまっているから。
しかし────
(何を考えているんだ、私は)
一度目を閉じる。ここはダンジョン。上層、中層など、Lv4の上位であるリューにとってすれば容易に突破出来る階層だ。それでも、ダンジョンというのは未知の巣窟である。緩んだ気迫で臨めば、ちょっとしたイレギュラーでも致命傷になり得る。
目を開いた。その瞳は鋭く輝いている。正しく冒険者という風格となった。
「だ〜れだっ!」
周りに注意を向け始めたリューだったが、ダンジョンの中では聞くこともないであろう軽快な声色がエルフの耳を刺激した後、視界が塞がれる。
突然のことに反応が遅れたリューはしかし恐ろしい程の瞬発力で腰に掛けた木刀に手をかけようとして────脱力するように手を離した。
そもそもの話。エルフというのは他者からの接触を嫌う習性が強く根付いている。その大小はそれぞれだが、リューはその傾向が極端に大きい。他人から触れられようものなら……いや、触れられる寸前には、既に相手を手首を捻っているだろう。
そんな彼女が、他者に接触を許しているのは、今まででたったの4人。先程聞こえた、太陽の光のように明るい声。もう既に、彼女の中では答えが出ていた。
気づかないうちに表情筋が緩み、口角が上がった。
「……お久しぶりです、アーディ」
目を覆っている手を優しく解き、後ろを振り向けば、やはりと言うべきか、件の彼女がそこに立っていた。「えへっ」といつものこちらまで笑顔になってしまう表情ではにかんだアーディは両手を広げる。
「うんっ、そうだよ〜!都市の憲兵でシャクティお姉ちゃんの妹で、リオン達と同じLv4のアーディ・ヴァルマだよ〜!じゃじゃ〜ん!!」
己の情報を細かく、そして詰まることも無くスラスラと語ったアーディは「とうっ!」とリューとの距離を一飛びで詰める。
「リオ〜ンっ、久しぶり〜!!」
「ア、アーディ……それはいいのですが、そんなに抱きつかないでください……」
「ん?クンクン……わァ~、リオンいい匂い!!」
「私の首元の匂いを嗅がないでくださいっ」
先程のミノタウロスがこの状況を見たらどう思うだろうか。自分達を蹂躙していたエルフを手玉に取る少女に恐怖するだろう。
アーディはリューから離れるつもりが無いのか、腕に力を込めている。既にリューも引き剥がすのは諦めているようだ。それでも、嫌な顔はしておらず、むしろ笑みが浮かんでいる。
「あ、聞いたよ〜!アルとアイズちゃんの────」
「違いますよ」
「食い気味で即答!?」
例の噂はもちろんアーディにも届いている。と言うか、オラリオ全土に広がっているだろう。
リューの先程までの笑顔は鳴りを潜め、真顔でアーディの顔へ近づく。思わずアーディは抱きしめていた腕を離して後ずさんだ。
「最後まで言わせてよっ!ていうか顔怖いよリオン!?」
「違いますよ」
「それしか言えないの!?あれ、壊れちゃった!?」
「違いますよ」
「リオンっ!?戻ってきて!!!??」
目のハイライトが全く仕事をしていないリューの肩を必死に前後左右に揺らす。Lv4の力で行われたそれで、リューの首はもう凄いことになっていた。
「まあ、アルからしたらアイズちゃんって娘とか妹とか、そういう立ち位置だろうけどね」
「その通りです」
「戻った!!!」
ここは本当にダンジョンなのか、と。この2人のやり取りを見た冒険者はそう語るだろう。薄暗いダンジョンで、この二人だけスポットライトに照らされているようだ。
(本当にアルのこと好きだねぇ、リオン。ま、私もだけどっ!)
「リオンがダンジョンにいるなんて珍しいね!また18階層に?」
「はい……アーディも18階層まで行くのであれば、みんなの所へ行って欲しい。きっと喜ぶ」
「私も行くつもりだったよ!今日リオンも行くって知ってたら一緒に行きたかったんだけどな〜」
「それは……ええ。次は、是非」
「約束だよっ!リオン!」
満面の笑みを浮かべたアーディの周りだけ花畑ができているのではと錯覚するほどの威力だった。
「アルはどうしてるの?お店?」
「そうだと思いますよ」
「へ〜っ、働き者だねぇアル」
他愛も無い話は静かで閉鎖的なダンジョンによく響く。それでも、近くに気配を感じないため気にせずに話を続ける。
「アーディは何故ダンジョンに来たのですか?」
「え!?」
アーディが所属しているのはガネーシャ・ファミリア。捜索系ファミリアとは少し違い、都市の憲兵を担っている。故に、彼等の活動場所は基本的に地上だ。もちろんダンジョンに潜ることはあるだろうが、単独で潜ることはないだろう。
だから、リューの疑問は最もなもので。それを聞いたアーディは分かりやすいほどに目が泳いでいた。
(ど、どうしよう……!?)
困ったように変な笑顔を浮かべて視線を散らしていた。この場の打開策を練っていると、「ああ」というリューの声が聞こえ、肩がビクリと震える。
「そういえば、そろそろ
「────ハッ!!そ、そう!!」
思わぬ助け舟により九死に一生を得た。声を張り上げてリューの言葉に同意する。
「そうそう、そうなんだよ!!いい子居ないかなー、ってちょっとした視察?みたいな感じなんだよ!うん、そう!それしかない!!」
腕を使いジェスチャーで表しながら早口で囃し立てられ、「は、はあ……」と思わず困惑してしまったが、そんなことはアーディは気づいていない。「あ!急がなきゃ!」とハッとしたアーディはリューの手を握りしめて上下に振り回すと手を離して下の階層へ続く方向へと走っていく。
「またね〜っリオン!今度お店行くから〜!!」
「は、はい。気を付けてくださいね」
入り組んだダンジョンの中で、Lv4の脚力を発揮したアーディの姿はすぐに見えなくなった。しばらくの間アーディが向かった方へ顔を向けていたが、店の時間があるからとすぐに上へと目指して歩いていく。
「……相変わらず、嵐のような人だ」
そう口にしたリューの顔は、やはり笑顔が浮かんでいた。
「よっと」
10m程はあるだろう崖を容易く飛び降り、最小限の衝撃を伴って着地する。長年培ってきた身のこなしは凄まじく、足への負担はゼロに等しい。何事も無かったかのように両手を後ろで組んで歩き出す。
(危なかった〜。ポロッと出ちゃうところだった)
先程のリューとのやり取りを振り返り、息を吐き胸を下ろす。
18階層にて墓参りを終えたアーディはそのまま下へと潜って行った。現在は下層と中層の境ほどだろう。
「え〜っと……今の住処は、と」
頬を指でなぞりながら「むむむっ」と謎の声を出して記憶を漁る。万が一のことを考えると、彼等の居住場所を紙に書き残すことなど出来ないため、その場所は暗記するしか無かった。
「確かここら辺に〜」と、右手を額に当てて見渡す。数秒ほど経ってから、ピコーん、という効果音でも聞こえてくるようにハッとした彼女は導かれるように歩き出す。
辿り着いた場所は一面壁だ。ダンジョンマップにもここは行き止まりだと書かれている。しかし、アーディは壁の方へと歩いていくと、少しだけ段差ができた壁まで近づくと。
「よっ」
アーディよりも大きいであろう岩を持ち上げる。軽い声とは裏腹に、怪力を披露したアーディの姿を見ているものは誰も居ない。仮に見ていたとすれば顎が地面に着くほどのギャップだろう。
持ち上げた岩を横に置くと、元あった場所に目を向ければそこには存在しないはずの空洞があった。
すなわち、『未開拓領域』である。
そんな場所を見つければ、本来であれば慎重に進むか、引き返してギルドに報告するかのどちらかではあるが、彼女はそのどちらでもなく、軽い足取りで奥へと進んでいく。
一本道になっている洞窟はかなりの長さをほこっていた。道中には特にモンスターなどには遭遇しなかったものの、奥へ奥へと近づくにつれて感じるのは多くの気配。
大きさに違いはあるものの、中にはアーディを超える強さの気配も感じられる。それでもアーディは動揺も見せずに、むしろ鼻唄を歌いながら歩いていく。
「ふんふんっ、ふ〜んっ」
数分かけて辿り着いた場所は、広場だ。かなりの広さで、天井も高い。
そして感じるのは、複数の視線。
長く逞しい尻尾を持つ者、美しい翼を靡かせる者、体を硬い鱗で覆い、爪は鋭くとがっている者。外見の特徴を上げればキリがないほどの様々な居住者。しかし、彼らを見ればあるひとつの共通点が浮かび上がる。
彼らは、モンスターだ。
感情など存在せず、ただ蹂躙する。古代に空いた穴から湧き上がり、地上の人間を殺し尽くしてきた、『人類の敵』。
モンスターの視線は時に鋭く、時に侮るように見える。
そんなモンスターの彼等から感じる気配は──決して敵意などではなく。
むしろ、友好的な雰囲気を感じた。
モンスターが跋扈する広場に入ったアーディは、いつも人と接する時と同じ、人付き合いのいい笑顔を彼らに向ける。
「みんな〜!来たよっ!!」
『じゃ!また来るね〜!!』
嵐のように上陸し、去っていったアーディの後ろ姿を眺める彼等は少し疲れているようだった。
誰も喋らず、動かず。アーディが去っていった方を見つめ続けると、空を飛ぶ
「……もういいでしょう」
「ぶはっ!!!見つかるところだったわ!!!」
様々な種類のモンスターが集う中で、特に大きな巨体を見せる木竜の陰から、ローブを身に纏う者が現れる。息を止めていたのか、体が大量の酸素を欲するように、深呼吸を繰り返す。
手を地面に着き四つん這いの姿勢で悶える彼女に木竜やウォーシャドウが気遣うような仕草を向けるが、「復活ッ!!」と叫び立ち上がる。
「あまり叫ぶな団長。バカがバレる」
「んもう!バカなんて失礼よ輝夜!私は完璧美少女で強強な美少女なんだから!!」
(((二回も美少女って言った……)))
「アーディったら、毎回突然来るから心臓に悪いわ!息止めるのしんどいんだから!」
「ケハイヲケスダケダ。ナゼイキヲトメルヒツヨウガアル?」
手を団扇代わりに顔の横まで持ってきて扇ぐ。テンションが常に高い彼女の傍に座っていた
「だってアーディよ?このローブに認識阻害が付いてるけど、なんか普通にバレそうじゃない?だってアーディよ?」
「……ソウイワレテハ、ヒテイモデキン」
「私は普通に呼吸するがな」
「輝夜の隠密はおかしいのよ!!チートってやつよ!!」
「……まあ、一瞬こちらに目を向けられた時はヒヤッとしたが」
「ホラァ!!」
認識阻害のローブに加え、気配を完全に消していたつもりではあるものの、何故か偶に視線を感じる。アーディ自体も「なんかいるな」と漠然とした感覚を覚えていた。天然は怖い。
「次からはフェルズに教えて貰うかー。アリーゼっち達がバレる訳にはいかねぇし」
「名案よリド!!いや、待って。それだと
「「「確かに……」」」
居ないところで骨呼ばわりされた元賢者(笑)は怒ってもいいだろう。完全にとばっちりである。
多種多様な種族のモンスターが集っているだけでも珍しいにもかかわらず、意思疎通が出来るなど常識を覆す異常だろう。しかし、二人の女性は戸惑う様子を見せることは無い。普通に接している。
リド達がアーディの対策を練っている時、突然何かを思い出したかのように「ハッ!」と分かりやすく声を上げると、燃えるような紅い長髪を伸ばした女性──アリーゼは、懐から小さな袋を取り出すと、見た目からは想像できないほど奥へと手を突っ込む。
「どこだったかしら〜」と伸びた声を呟き、目当てのものを見つけると颯爽と取り出す。
リドをはじめとした、嗅覚に敏感な者達が一斉に反応を示した。
「おっ!じゃが丸くん!!」
「そう!!ヘスティア様お手製のじゃが丸くんよ!!」
「いっぱいあるわよ!!」という言葉と同時に彼等はアリーゼの元へと集まっていく。
器用に手を使い頬張る姿は人間と大差がない。
「こちらにもある」と輝夜がじゃが丸くんを取り出せば、彼女の近くにいた異端児達は嬉しそうに貰っている。
彼女達の間には壁を感じない。
モンスターは『人類の敵』。それが人間の共通認識だ。いや、この世界の理とも言えるもの。それも、この空間においては通用しない。大多数にとっては考えつくはずもない新たな法則が成り立っている。
じゃが丸くんを3個程口に入れ、口の周りについた衣を舌で舐めるとリドは満足気に息を吐く。
「いや〜。やっぱじゃが丸くんってのはうめぇなぁ。人間の考えた飯ってのはすげぇな」
「作ったのは
「ヘスティア様には会ってお礼しないとな〜」
「そうデすね。ワタシも一度お会いしてみたイです」
手の代わりに両翼を器用に使い、じゃが丸くんを包み込んで上品に食べる。傍から見れば育ちの良いお姫様にも見えなくはないだろう。
「大丈夫よ!!きっとすぐに会えるわ!!」
「ッ……ハイ!!」
彼等異端児は現在ダンジョンから出ることはできない。それ故に地上の文化や常識に疎いところもあるが、それでも知っていることは幾つかある。
それは、神々のダンジョンへの侵入禁止。
母たるダンジョンから生み出された彼等は神々とダンジョンとの因果関係を大なり小なり感じているだろう。この二つのピースをはめ合うことの危険性を。
異端児達はダンジョンから出ることが出来ず、神たるヘスティアはダンジョンへ入ることは出来ない。それはアリーゼとて承知のこと。それでも彼女は『出来る』と言った。
その言葉が意味することをレイを含めた全員が理解した。レイは美しい双眸を輝かせ、リドは嬉しそうに喉を鳴らし、基本無表情のグロスでさえも柔らかい雰囲気を出していた。
「そういや、アルっちはどこ行ったんだ?」
「神ウラノスからの依頼で都市外に出ている。一週間程で戻ってくるだろう」
「大変だな〜アルっちも。一週間だってよ?」
「な、なゼそこでワタシを見るのデすか」
「そりゃあ、だって……なあ?」
揶揄うように笑うリドにレイは若干頬を赤く染めて翼で口元を隠す。他の異端児達は一様にニヤニヤとした目でレイを見ていた。
「レイってアルが居なかったらいっつも上見上げてるもんね〜」
「きゅるっ!」
「なんか物思いに耽ってる感じだよな〜。俺っちたちの声一回じゃ届かねぇしよぉ」
「わ、わわわわたシはそんなビバババババババッ!?」
「ナニヲイッテイルンダオマエハ」
「壊れたな」
「叩いたら治るかしら?」
「物騒な考えはやめろ団長。Lv6の殴打などシャレにならん」
「んもう!!ちゃんと手加減するわよ!!」
「だからするなと言っているだろう……」
「アビバばばばあぁぁぁぁあるしゃンンンンンン」
「……いつまで続くんだ?あれ」
「……テオクレダ」
夕刻を迫りつつある頃。
リヴィラの街で夜を過ごす者や遠征を行う冒険者を除けば、冒険者がバベルの麓からちらほらと姿を現す時間帯だ。
仲間と共に談笑しながら出てくる者、思った成果を出せず苛立ちを露わにする者、傷を負い一部を赤く染める者。
様々な冒険者がいる中で、少年はそこにいた。
処女雪を思わせる純白の髪。赤く染まった瞳。そして、明らかに駆け出しだろうと言える軽装備。しかし、傷跡などは見当たらない。
(今日は上手く動けてた気がする)
その少年……ベル・クラネルは、今日の自分の立ち回りを振り返っていた。
ここ最近、毎日のようにステイタスの更新を行っているベルは自身の成長を実感していた。
昨日躱しきれなかった攻撃を、今日は躱すことが出来た。
数回斬らなければ倒せなかったモンスターが、一太刀で魔石へと変えることができた。
あの日。豊穣の女主人での一件を受けて、ベルは変わった。
冒険者としての自覚。自身の憧憬に追いつこうという意志。
軽い気持ちで冒険者になった自分に別れを告げ、冒険者としてのベル・クラネルが誕生した。
そしてその後に行ったステイタス更新。
今までとは比べ物にならないほどのステイタスの向上は、ヘスティア曰く成長期との事で、ベルは「そういうものもあるんだな〜」くらいに思っていた。ヘスティアは複雑な表情を浮かべていたが。
そんな急成長とも言えるそれに、しかしベルは慢心しなかった。普通の冒険者なら、これほどの成長を遂げれば「俺最強じゃん!!」と調子に乗ってしまうところではあるが、そんなものは幼少期に
『いいかベル。自分の力に酔った人間程醜いものはない。上がいるにも関わらず、下だけを見て満足しているゴミクズ共にはなってくれるなよ』
『……?』
『特に勇者面をしたチビと女神至上主義の猪。私達が消えたからと慢心するゴミ共が……【
『ごぶァッ!?』
『おじさん!!?』
『……思い出せば腹が立つ。この苛立ち、どうしてくれようか……』
『やめて!?踵でおじさんの顔を踏みつけるのやめて!?』
何か思い出した気がするが、気のせいだろうと首を振る。
(そうだ。お義母さんが、血を吐きながら痙攣してるおじさんの顔を踏みつけるなんてことするはずない。ない……うん、考えないでおこう)
浮かんだ考えをゴミ箱へと投げ捨てた。
ベルは幼少期から
例えば戦闘技術。とりあえず持ってみろと言われた大剣はピクリとも動かず。
それじゃあ木の棒でも良いと妥協案を出され、いざ始まったのは実戦形式。同じ木の棒を持っているはずだが、おじさんが振ればたちまち棒は根元から折れ、腕の振りによる風圧でベルは吹き飛ばされる。その衝撃で気絶し一日を終える。
目が覚めれば横にはお義母さんが座っており、なんだか風通しがいいなと思っていれば、屋根は存在せず、壁も壊れている。その奥では何故かおじさんとおじいちゃんが頭から地面に刺さっていた。
何故そんなことになっているのか、誰がそんなことをしたのか。そんな思考は、隣にいる理不尽の存在で終止符を打たれる。
──お義母さんには逆らってはいけない、と。
それがベル・クラネルのルーティンのようなものだった。おじさんには教える才能が皆無だったのだ。義母からは恐怖とトラウマを植え付けられた。
そんな義母の教えを忘れられる訳もなく、ベルは慢心だけはしないと本能が告げた。それでも、
(そういえば)
ふと、今朝の映像が脳裏に浮かぶ。
ダンジョンに向かう前には担当アドバイザーであるエイナの元へ向かうことが彼女との約束であるため、今日もベルはエイナの元へ向かった。
いつも通り挨拶をし、今日潜る予定の階層を告げて別れを告げようと言うところで彼女はベルを引き留めた。
その時の表情は、どこか憐れむような、言うべきかどうか迷っているような様子で。言い淀んだ彼女はゆっくりと口を開き。
『えっと……うん、頑張って』
『……?はい』
現在オラリオにはとある噂が流れている。それは都市の中心とも言えるギルドにいるエイナの耳に入っていないわけが無い。
ベルは、ヘスティア以外に交流している人が極端に少ない。故に噂が入ってこない。
『ヴァレンシュタイン氏、彼氏居るんだって〜』なんてこと言えるはずもなく。
だから、エイナの葛藤はベルには届かなかった。
今になってエイナの様子に違和感を覚えたベルは(なんだったんだろう)と考えていると、バベル前の広場に置かれていた複数のカーゴに目がいく。
特徴的な覆面と呼ぶべきかメガネと呼ぶべきか。同じファミリアなのであろう人達がカーゴを移動させていた。
布に覆われたカーゴの中には何がいるのか見えないようになっていたが、段差で揺れたことによりひらりと舞った布の間から中が見えた。その内容に、思わず唖然としてしまう。
(モンスター!?)
まだ見たことは無いものの、明らかに人では無い体格に特徴。今潜っている階層よりも下のモンスターなのだろう。
驚愕で固まってしまったが、周りの通行人はなんら驚いた様子を見せず、「そういえばそろそろか〜」と気の抜けた声で話していた。
何かの行事でもあるのだろうか、とその会話から考えるベルはようやく膠着から解放される。
(今度エイナさんに聞こうかな)
「な、なんだあれ!?」
動き始めた足は、またもや止まることとなった。前を見れば、目を見開いてとある方向へと指を指しながら叫ぶ男がいた。
その声を皮切りに、次々とその男と同じ方向を見た人達が騒ぎ、呆然としている。
駆け足で人が集まっている場所まで向かい、皆と同じように注目している方向へと目を向け──息を呑んだ。
「……何、あれ」
オラリオから遠く離れた場所にて。
しかし、オラリオにいるもの達は全員目撃できるほどの規模の。
極大の炎の柱が、空に向かって伸びていた。