白き英雄譚   作:ラトソル

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更新する度にお気に入り登録が減るのはどういうことなのかしら……
感想ありがとうございます(_ _)とても励みになっています。
誤字報告、マジで助かります。


怪物祭4

『正直、現在のオラリオの総力はお前に劣るだろう』 

 

『それは派閥争いなどという巫山戯たものに現を抜かしていた奴らの業。端的に言えば、自業自得だ』

 

『女神至上主義者達も。名誉に縋る小人族も。究極的な話、お前がいる時点で価値は無いと言える』

 

『お前なら、私達が成し得なかったことを────』

 

『──嗚呼。だが』

 

『それでも』

 

『奴らは、確固たる『英雄候補』共なんだ』

 

『……済まない、■■。お前にこんなことを頼む私達を許してくれ』

 

『本来ならそれは私たちの役目のはずなんだ。しかし、この境遇では表立って動くことは叶わない。私たちでは、正義の眷属共を育てることしか叶わん』

 

『──だから、■■』

 

『後進共を、頼む』

 

『奴らの成長を』

 

『壁を乗り越える機会を』

 

『どうか、見守って欲しい』

 

『そして』

 

 

『■■■■■を──────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段作業をするならば、皮膚が焼けてしまうほどに熱い鍛冶場。

 しかし今は火花が散る音もせず、熱気が充満することもない。

 その場に存在するのは一定の間隔で鳴り続ける擦り合わせるような音。

 それは砥石と漆黒のナイフから奏でられているものだ。

 

 一定の角度を保ちながら数回削れば、少し角度を変えてまたナイフを研いでいく。鍛治神の名にふさわしい洗練された仕事ぶりは、ただナイフを研いでいる姿でさえ美しく見応えのあるものだ。

 

 微調整を行い、最後にナイフについている余分な汚れを拭き取ると、光に照らすように掲げて自身の出来栄えを吟味する。

 納得がいったのか、「よしっ」と零し、横に置いてある鞘へナイフを納めた。

 

 作業に入ってどれだけの時間が経過したのだろうか。一時間か二時間か。ひょっとすれば、数分しか経っていないかもしれない。

 僅かな喉の乾きを感じ、潤いを求めて立ち上がり、コップと水を取り出すと直ぐに注いで一気に呷る。一滴も余すことなく喉に流し込むと深く息を吐いた。

 

 疲れが溜まっているのか、一度だけ伸びをすると背中からボキボキと骨の音がする。2つの仕事を連続して行えばそれも当然か。

 

 現在鍛冶場には自分一人。やかましい存在は既に居らず、まだ怪物祭の途中なのであれば眷属の子と一緒に歩き回っていることだろう。

 眷属(子供)と共に怪物祭を満喫しているヘスティアと、仕事に没頭している(ヘファイストス)。比べてみると些か悲しくなってくることもないが、まあ気にしないでおこう。

 

 それより、と。

 机の上に置いていたナイフをもう一度手に取り、刀身を少し出す。光をも飲み込む漆黒の刀身にはヒエログリフが刻まれている。

 

(意図した訳じゃないんだけどね)

 

 柄の部分には、ヘファイストス・ブランドの証。ヘファイストス・ファミリア製であることを示すものだ。そして、一目見るだけで伝わってくる技術の高さ。神聖文字を利用した武器を作ることなど、下界の子供にできるはずもなく。

 故にそれをつくったのは鍛治神だということは自明。そして手に持つそのナイフ。断言出来る。これは自分が鍛ったものだ。

 

 しかし、鍛った覚えはない。

 

 いや、それは正確ではないだろう。自分は鍛った。その神聖文字が刻まれた漆黒のナイフを。ただし、それは既にヘスティアに渡したもので。

 

「全く一緒になっちゃうなんてね……」

 

 思わず零した声は誰にも拾われることなく消えていく。

 全く同じものを作るなんて、そんなことは有り得ない。そう、有り得ないことだ。

 

 故に。

 ヘファイストスの顔は、困惑でもなく、疑念でもない。

 そう、『未知』を目の当たりにした喜び。ただ嬉しそうに口角が上がっているのを、本神も気づかないままに彼女はナイフを鞘へ戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闘技場では、モンスターの調教(テイム)の実演が行われている。既に何匹ものモンスターが出てきては調教され、そして檻へと戻っていく。

 初めの方に出てきたガネーシャ・ファミリアの調教者は数分かけて調教を行っている。それは調教に関するスキル、そしてそのモンスターよりも高い実力を持つ必要がある高等技術だ。むしろそれだけの時間で成功させていることは素晴らしいことだろう。

 

 そして、モンスターのグレードが一気に上がる。

 

 それは、巨大な両翼を持っていた。

 それは、鋭い爪を見せつけていた。

 それは、全身を隆々とした硬い皮膚で覆われていた。

 

 それは、竜だった。

 モンスターとして、いや生物としての生態系の頂点。かの最後の三大冒険者依頼である黒龍と種族を同じくする希少種。

 その翼は、暴風を生み出し全てをふきとばす。

 その鉤爪は、あらゆるものを切り裂く。

 気性は荒い。人間に懐くなんて話、聞いたこともない。

 

 そんな怪物が舞台に解き放たれる。息は荒々しく、興奮状態であることが見て取れた。

 そして、相対するは小柄な少女。ガネーシャ・ファミリア特有の仮面は被らず、幼く可憐な双眸を惜しみなく発揮する彼女は、目の前にいる怪物に恐怖などというマイナス思考を一切見せず、ただ笑顔だった。

 

 観客の誰もが固唾を飲んでこの行き先を見守る。間も無く、司会の男が開始の宣言をすると、その少女は武器を出すわけでも、戦闘状態に構える訳でもなく。

 

「おいで〜っ」

 

『キャウゥゥ』

 

 ただ、両手を横に広げる。対する竜は、その煽りにも見える行為に激昂することはなく、鋭い瞳はどこへ消えたのか、子供のような目で少女の元へ駆け寄った。尻尾は犬のようにブンブンと振られ、匂いを残すように頬を擦り寄せる。

 

 もはや、輪郭も変わっているのではないかという程に、その竜からは威圧感も消し飛び、むしろ可愛げすら感じる。「ははっ、くすぐったいよっ」と笑いながら首へと腕を回した少女は一度手を離す。

 

「お願いね」

 

 その一言で全てを理解した竜は主の言われるがままに腰を低くすると少女は背中へと飛び乗る。しっかりと背中に座り込むと翼の付け根を軽く触れたことを合図に竜は翼を大きくはためかせ空へと飛び立った。

 

『おおおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!!』

 

 あまりに一瞬のことすぎて呆気に取られていた観客達は、思い出したかのように一斉に歓声を上げる。そんな観客たちに魅せるように観客席ギリギリを二周三周と繰り返し飛んでいく。

 

「アーディ〜っ!」

 

「可愛いよ〜っっ!!」

 

 その少女、アーディの名前を呼ぶ声は絶えることなく。その声援に笑顔で手を振り返す彼女の姿はまさに天使。何人もの人、そして神のハートが射抜かれた。

 意図せず神の心を射抜いたアーディ本人は楽しそうに竜の滑空を行っている。が、その心境は複雑なものだった。

 

(どうしよ、あとどれだけもたせられるかな)

 

 この竜はいわば大トリ。最後に持ってくるはずだったモンスター。それがこんなにも早く出たのは、会場にいる観客は知らぬままに起こっているモンスターの脱走が起因していた。

 事実を伝えれば、観客はパニックになる。故にアーディは、この大トリである竜とのパフォーマンスを騒動が終着するまで続ける必要があった。

 

「ま、なんとかなるかっ!」と心の中で無邪気に思ったアーディは、その場の成り行きに身を委ねることにした。

 

 そして、その闘技場傍の一角。

 

 柱の先端に彼女は立っていた。

 金の長髪は風で靡いている。装備は腰に携えている剣のみ。髪と同じ金の双眼は都市を俯瞰し、状況を分析。その剣姫と呼ばれる少女、アイズは脱走したと言われているモンスターの現在地を把握していた。

 ギルド職員によれば、脱走したのは全部で9体。脅威は様々で、中には並の冒険者では歯が立たないものまで含まれている。故に、早急な対応が彼女には求められた。

 

 普段は天然な一面を隠さない彼女。しかし、こと戦闘面においては驚異的なバトルIQを発揮する。

 目に映るモンスターを点と点で繋いでいく。

 

「──見つけた」

 

 描かれたのは一筋の線。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 風がアイズを中心に渦巻く。精霊由来の(アリア)の風。緻密な魔法操作により空気抵抗を極限まで軽減、そして風による推進力を用いてアイズは文字通り風となった。

 

「一つ」

 

 逃げ惑う市民に襲いかかるオークの首をはねる。

 

「二つ、三つ」

 

 近くにいたモンスターの胴体を両断。そのまま流れるように建物を飛び越え、その奥にいるモンスターの胸から腰へと切り落とす。

 

「四つ!」

 

 相手に知覚される前に首を切り飛ばして再び加速。美しく無駄のない剣の舞いのような動きはまさに剣の姫。

 誰が見ても百点の働きと言えるその動き。しかし、彼女の表情は優れない。

 

(──遅い)

 

 野放しにされているモンスターの首をまた一つ切り落とす。それでも、彼女の理想はもっと速い。

 

(アルなら、もう終わってる)

 

 また一体討伐する。住民達の感謝の言葉も、羨望の眼差しも、しかしアイズの瞳には映らない。彼女が見ているのは倒すべき(モンスター)、そして前を走る憧憬の姿。

 

 アイズが敵を認知した頃には、彼は既に次のモンスターを倒し終えている。想像の中でしかないその光景は、誇張でもなんでもない。むしろ低く見積っているとさえ言える。

 

(ああ。遠いなぁ)

 

 アイズが死に物狂いで歩んだ一歩を、彼はとっくの昔に踏破している。あと何歩進めば彼の隣に立てるんだろう。そう思い見つめた先にいる彼は、決して止まることは無い。何歩も何歩も、彼は際限なく歩き続ける。

 

(私の、英雄──)

 

 彼は、独りだ。仲間がいないとか、孤独だとか、そういうことでは無い。彼は、強い。圧倒的なまでに。だから、この都市には、彼を守る人はいない。彼にとって、市民も冒険者も等しく守るべき対象だ。それはアイズも例外じゃない。

 自分だけの英雄になってくれると口にした彼の隣に並ぶために。英雄(アル)を、独りにしないために。

 

 独りの辛さは、知っているから。

 

「私は────っ!?」

 

 残るは、二匹程度か。そう思った時、突如として飛び乗った建物が揺れた。いや、これは地面が揺れている。

 自然現象か。いや、違う。蓄積されたステイタスと、培ってきた戦いの勘が語りかけてくる。

 

 これは、嫌な気配だ。

 

 そして、アイズの後方から離れた位置から、盛大な土煙とともに、見たこともないモンスターが出没した。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「何あれ……また新種!?」

 

「あんなモンスター、ガネーシャ・ファミリアはどこから……!?」

 

 アイズから遠く離れた市街地。

 脱走したモンスターとは全く別種の、それも見たことの無い新種のモンスターが地中より出現した。

 

 その場に居合わせたロキ・ファミリアのヒリュテ姉妹とレフィーヤは市民がそのモンスターの近くにいることを見るとすぐさまその場へ駆けつける。

 

 怪物祭を純粋に楽しんでいた彼女達は、当然ながら武器を持っていない。前衛であるヒリュテ姉妹は、壁を踏み台にして市民に襲いかかるモンスターへ接敵すると、同時にモンスターの頭を地面へと叩きつける。

 アイズと同じLv5の殴打は凄まじく、勢いよく地面へ叩きつけられたモンスターはそのまま整備された地面を陥没させる。

 

 並のモンスターならば……いや、たとえ深層のモンスターと言えど、彼女達の一撃をまともに喰らえば一撃で沈む。

 

「っ〜!?」

「かったぁ〜!?」

 

 しかし、そのモンスターは堪えた様子を見せることはなく、殴りつけた本人たちの拳は赤く腫れている。

 Lv5の、第一級冒険者の拳を跳ね返す頑丈さ。間違いなく深層のモンスターにカテゴリーされるであろうその存在には打撃は有効ではないと瞬時に判断。しかし二人には主武器が備わっていない。しかし打撃だけでは千日手。故に。

 

「頼んだわよ、レフィーヤっ!」

 

「【解き放つ一条の光 聖木の弓幹 汝 弓の名手なり】」

 

 効果がないと分かれば、時間を稼ぐ。

 できる限り自分達に相手の意識を向けさせ、離れた位置から必殺を狙うレフィーヤの詠唱を促した。

 

 一音一音に魔力を乗せる。両手を前に突き出し照準を合わせるように対象へ手をかざす。

 それは、レフィーヤが有する魔法の中で最速の短文詠唱。派手な威力は要らない。追尾機能も兼ね備えた一撃で確実に葬る。

 

「【狙撃せよ妖精の射手 穿て 必中の矢】!」

 

 蛇型のモンスターの意識は未だティオナとティオネに向けられている。

 

(私だって、アイズさんの力に──)

 

 まもなく放たれる魔法に基づき、魔力が溢れ出す。

 瞬間。今までこちらに欠片ほどの注意も向けなかったモンスターの顔が勢いよくこちらへ向けられる。

 

「!!?」

 

 突如向けられた明確な殺意。思わずたじろいでしまった妖精の立つレンガ仕立ての地面にびきりとヒビがはしる。

 そして、知覚する暇もないほどに一瞬で何かが地面から飛び出し、レフィーヤの脇腹に突き刺さる。

 

 意識外から突如として襲いかかった凄まじい痛みに意図せず溢れ出す涙と口から零れるドス黒い液体。「ゴポッ」という音が静かに響き、そのままの勢いで壁へと叩きつけられた。

 

(────痛い)

 

 耳が機能を低下させているのか、音が聞こえづらい。何かを叫びながらこちらへ近づこうとしているティオネとティオナは開花したモンスターのツタのようなものに阻まれる。

 

(────また、か)

 

 花弁を開いたモンスターはレフィーヤの姿を捉えて離さない。ゆっくり、確実に縮まっていく距離。もう目の前まで来たその怪物は、粘膜を垂らしながら大きく口を開く。

 

(あの時と一緒だ。いつまで経っても、私は────)

 

 間も無く距離がゼロになるというところで、モンスターの首が刎ね飛ばされる。ふわりと香る心地よい香り、そして徐々に回復しつつある視界に映る美しき金の髪。

 

(憧憬の彼女にも、あの人にも)

 

(私は、守られるだけなんだ)

 

 止まっていた涙は、溢れるように流れていった。

 

 

《────目を開けて》

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。

 

 今までダンジョンに潜り、積み上げてきたステイタスを総動員して、兎はただ無我夢中で逃げていた。

 

 持ち得る武器はギルドから支給されたナイフただ一つ。それで今までダンジョンの上層を攻略していたベルだが、今回の相手は少し話が違った。

 

 シルバーバック。血走った目でこちらを睨みつけ、その他には一切の意識を向けずにこちらに迫ってきている怪物の名だ。

 調教される予定だったのだろう。その怪物の顔には拘束具のようなものがつけられ、両手首には乱雑にちぎったと思われる鎖付きの手錠がつけられている。

 

『グォォォオオオオオォッッ!!!』

 

「っ!!」

 

 耳を突き刺す雄叫びと共に、破壊音が狭い通路に鳴り響く。シルバーバックの巨体にはこのダイダロス通りは狭かったのだろう。大きく腕を振り、住宅街は瓦礫と化す。

 

 鳴り響く轟音は徐々に、徐々に、確実に遠くなっていた。それは偏にベルがスピード特化のステイタスだったこと。そして、筋肉との逃走劇(トラウマ)による逃げの上手さ。

 現在、ベルがいるのはダイダロス通り。その入り組んだ複雑な地形から、『地上の迷宮』とも言われている。迷宮都市という名前は、ダンジョンのみならず、このダイダロス通りを含めての名称であるとされているほどだ。

 

 もはや、今どこを走っているのかなんてベルは理解出来ていない。右へ、左へ。数多の選択肢を使って怪物から少しでも距離をとる。

 

「しっかり掴まっていてください、神様! 僕がなんとかしますっ」

 

「すまないベル君! こんな非常時で変なことを言うよっ。ボクは少し、いやかなりこの状況を喜んでしまっているっ!」

 

「本当に何言ってるんですかっ、神様!?」

 

 胸の辺りから聞こえてくる少女の声。シルバーバックが追っているのはベルでは無い。その視線は常に、ベルの主神であるヘスティアへと向けられていた。

 

 何故、という考えが頭に残っているが、今はそんなことを考えている余裕はない。ヘスティアを抱えながらシルバーバックから逃げられているのは、やはりステイタスによって力が上がっているから。

 速度は落とさない。ただひたすらに走り続ける。背後に迫る獰猛な気配は消える様子はない。幸い、モンスターの脱走は周囲に知れ渡っているようで、住民達は建物に隠れており、二次災害の心配は少ない。

 

(っ……雷!?)

 

 耳を劈く音が鳴り響く。思わず空を見上げるも、そこには雲ひとつない青い空。決して雷が起こるような天候では無い。

 ならば、何処かで他の冒険者も戦闘を行っているのかと結論付ける。

 

(どうする、どうすればいい)

 

 このままヘスティアを抱えて逃げ続けるわけはない。いずれ体力に限界が来る。

 

 ならば、他の冒険者に助けを求めるか? 

 

(────いやだっ)

 

 このまま何もせずに神様と共に果てるか? 

 

(────嫌だ!! 僕は、もう守られるだけは嫌だっ!!)

 

 5階層でミノタウロスと遭遇するというイレギュラーが起きて。そしてアイズ・ヴァレンシュタイン(憧憬の彼女)に救ってもらった。それは、致し方ないことだった。そもそも、駆け出しに務まる相手ではなかったのだから。だから、あの時守られたのは良しとしよう。

 

 なら、このまま守られ続ける存在になるのか? 

 

 断じて否だ。

 今なお雄叫びを上げながら迫るシルバーバックは今のベルにとって強敵、格上だ。本来なら逃げることが最善手。駆け出しなら、ほとんどが逃げの一手を選ぶだろう。

 

 それでも。ここで引いてしまえば、何か決定的なものが失ってしまうような予感があった。

 

 故に、ベルが取る手はただ一つ。

 

『冒険』をすること。

 

 ベルには、力が足りない。経験が足りない。戦略が足りない。

 なら、他の人ならどうだ? 自分が過去に出会ってきた強者なら、この状況をどう打開する? 

 

(お義母さんならどうする……)

 

 義母の圧力に恐れ、背を向けて立ち去るシルバーバックに向けてゴスペルと呟き、粉微塵になる哀れなシルバーバックの姿。

 

(おじさんなら……)

 

 軽く触れた途端、モンスターは肉片となって爆散すると「撫でただけだぞ……」とつぶやく筋肉の姿。

 

「まともな! 人が! 居ないっ!」

 

「急にどうしたんだいベル君っ!?」

 

 脳裏に描かれた二つの光景は、背後の怪物が可愛く見えてくるほどに恐ろしい二人の姿。(僕、今までよく生きてこれたな)と真剣に思った。

 

(──あれ?)

 

 そして気づく違和感。喉の奥に引っかかったものが取れそうな気配。

 上空から迫ってくるシルバーバックを横に跳んで回避する。その狭間に見えたシルバーバックの顔は獰猛な獣のそれで、なんとも恐ろしいものだ。

 

 恐ろしい、はず。

 

(────アルフィアお義母さんの方が怖い)

 

 その白い毛並みが美しいドレスに見える。

 

(────ザルドおじさんの方が怖い)

 

 大木に見間違う腕や足は、華奢な女性の細腕に見えた。

 

(──あれ、可愛くね?)

 

 ベルの感性は、バグった。

 

 あの二人と見比べた時、背後の怪物はもはや子犬のように思えてくる。

 

 恐怖心は、消えた。

 

(モンスターって、あの二人のことを言うんじゃ……)

 

 目の前で、女王の口が僅かに動かされた姿と、口角を釣り上げてベルの肩を叩き、親指を立てて見せる筋肉の姿。

 

「ベル君っ!? すごい冷や汗だぜっ!? ていうか、ちょっと速度上がってないかいっ!?」

 

 世の中には逆らってはいけない存在がいることを再確認し、大量の冷や汗を流しながら脚に力を込める。

 モンスターの遠吠えが聞こえる。その音は徐々に遠ざかってはいるものの、すぐに迫ってくるだろう。

 

 一度、今の装備を確認する。

 武器となるのは、ギルド支給品の短刀、のみ。素人目で見てわかるほどに質の悪いそれが、あのモンスターに通用するとは到底思わない。

 素手で勝つなんてもっとありえない。

 どれだけ恐怖心が拭えたとしても。立ち向かう勇気が溢れたとしても。

 勝機が、見えない。

 なら、神様だけでも。

 弱い自分でも、神様だけならなんとか守ることが出来るはず。

 そうだ、それが最善手……

 

「──ベル君」

 

 ドクンと、神様の言葉が心臓に響く。強く脈打つ心臓付近の胸へと彼女は軽く触れてから、頬へと手を伸ばして撫でてきた。

 

「本当に、ベル君はベル君だね」

 

 言われた言葉の意味は分からなかった。神様の言葉は、瞳は僕に向けられていたけれど。しかし、半分は別の場所へ向けられたもののような気がして。

 

 柔らかい慈愛のこもった笑みはそのままに、神様は僕の目を見つめながら告げる。

 

「多分君は、ボクのことを守れれば良い、なんてことを考えてるんだろうね……でもね、ベル君。忘れたのかい? 約束してくれたじゃないか

 

 ──"ボクを一人にしない"って」

 

「っ」

 

 心臓が高鳴る。

 

「ボクの眷属は……うん。ベル君だけ、なんだ。君はボクの眷属なんだよ。だから、ボクを置いて行こうだなんて、考えないでおくれよ」

 

「神、様……教えてください、神様っ……僕は、僕が……僕でも勝てるんでしょうか……」

 

「"勝てる"」

 

「っ──!」

 

「ボクが君を"勝たせる"」

 

 気づけば、涙が流れていた。どうしてかは分からない。それでも、神様の言葉が胸に染み渡って、嬉しかった。

 そして思わず呟いてしまった言葉に、神様はハッキリと告げた。

『勝てる』、と。

『勝たせる』、と。

 その一言だけで、どれだけ勇気と自信が溢れてくるだろうか。

 

 そして神様はずっと持っていた包みを取り出す。

 綺麗に布で巻かれているソレを、神様は器用に中身を取り出して僕に差し出してきた。

 

「遅くなってしまったね。ごめんよ、ベル君」

 

 黒いホルスターに刺さっている漆黒のナイフ。今も腰に携えているギルド支給品と比べるのも烏滸がましいほどに、そのナイフは美しいもので、ただ見惚れた。

 

「この武器があって、君は勝てないなんて言わないだろう?」

 

「……はいっ、勝ちます」

 

「うん」

 

「勝ってみせますっ!!」

 

「うん! その意気だぜベル君っ! なら、一度身を隠そう」

 

 神様の提案に、思わず疑問の声を上げる。今更隠れてどうなるのか。

 今なお、背後からは鋭い雄叫びが鳴り響いている。

 

「君のステイタスを更新する。少しでも勝つ可能性をあげるんだっ! 君はあのモンスターに勝つんだろう!?」

 

「っ〜! はいっ!!」

 

 それからは、走って、駆けて、駆け抜けた。

 入り組んだ迷宮を目的も定めず、ひたすらに走り続ける。

 脚に力を注ぎ、速度をあげようと試みる。確かに速度は上がっただろう。風を切る音が耳に届くが、それと同時に決して離れることの無い怪物の雄叫びが伝わってくる。

 

「っ、ここだ! もうここしかないっ!」

 

 走り続け、辿り着いたのは行き止まり。分岐する道もなく、家屋に挟まれたそこは孤立した空間となっていた。

 引き返すことはもはや不可能。退路は既に塞がれている。なら、ここが勝負の場だ。

 

 神様を下ろして、服を上げて背中を晒す。以前、ミアハ様から頂いたポーションをレッグホルスターから取り出して一思いに呷る。今まで走り続けて消耗されていた体力が少し……いや、かなり回復しているのを感じられる。

 そして背中に生暖かい液体が落とされたのを感じた。

 

 

 ◈◈◈

 

 

(全アビリティ熟練度、上昇値トータル600オーバー!?)

 

 既存のステイタスを上書きした数値を見て、ヘスティアは驚愕の表情を浮かべる。駆け出しと言えど、有り得るはずのないほどにずば抜けた成長。

 

 常軌を逸している。他の冒険者が、それも伸び悩んでいる者からすれば、嫉妬を向けられること間違いなしだろう。

 これが、あの憧憬一途(レアスキル)の効果なのか。

 

 いや、だが。

 

(ベル君……というか、アル君に()()()()()()()()()()()()だけど)

 

「神様っ、来ます!」

 

「っ、ああ!」

 

 思わずズレてしまった思考を頭を振って消すと、捲りあげていた服を下ろす。それが更新完了の合図だと悟ったベルは受け取った漆黒のナイフを右手に握り締め、近づいてくる地響きに耳を澄ませる。

 

 もうすぐ、来る。そのタイミングで、ヘスティアはベルの背中に両手をそっと当てた。

 

「君ならやれる……ボクと君なら、乗り越えられる! 行くんだっベル君!!」

 

「っ!! はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が聞こえた。

 

 耳に響いている訳では無い。頭に直接語りかけてくるような、そんな優しい声が聞こえた。

 誰の声かは分からない。でも、何処か懐かしく感じた。何処かで聞いたことがあるような。

 

 閉じかけていた瞼は、ゆっくりと、薄く細く開いていく。

 意識が朦朧としながらも、脳に響くその声はスっと体に入っていく。

 

 

《────顔をあげて》

 

 

 腹部に走る激痛に意識が向かい、朧気に映る視界の中には、微かにだが判別できる金の長髪。救援に来たアイズが新種のモンスターに追い詰められている状況が映っていた。なんとか風で守ってはいるものの、余裕は見せていない。

 

(ああ、私のせいだ)

 

(私が弱いから、アイズさん(強者)が危険を引き受ける)

 

(私が、いたから)

 

 

《────諦めるんですか?》

 

 

 相も変わらず誰の声かも分からないその声は変わらずに優しく語り掛けてくるようなもの。それでも、その言葉は、今までのものとは違い心臓を掴まれたような感覚に陥った。

 

 エルフ特有の長い耳には、先程から女性の声が何度も響き、体も触れられている。それでもそちらに意識を割く余裕は、今のレフィーヤには無かった。

 

 痛みは全身を駆け巡り、常に悲鳴を上げている。

 憧憬の彼女に守られている自分に嫌気がさして自己嫌悪に陥る。

 何も出来ない自分が、悔しくて悔しくて堪らない。

 

 

《────僕の知っている貴方は》

 

 

 悔しくて、悔しくて、ただ拳を握りしめているだけの無力な自分が、嫌で嫌で堪らない。

 私なんかに、何が出来るんだ。

 守られてばかりの私に、何が出来るんだ。

 

 私なんて、私なんて……

 

 

《────()()()()()()()()は、違う》

 

 

 

 私、は────

 

 

 

 

《────貴方は、誰?》

『次は、レフィーヤが助けて』

 

 

 

 

 

 ドクンッ、と心臓が高鳴る。

 重なるはずのない二つの声が混じり合う。全く異なる二つの声。なんの共通点もないそれらは、それでも私の心臓を掴んで離さない。

 

(私は、誰……)

 

 自問する。自分は一体誰なのか。

 守られるだけの無能か────違う。

 地面に這いつくばっているだけの弱者か────違う。

 

 そうだ。私は。

 

「私、は……ッ!!」

 

 倒れた体を起こそうとするだけで激痛がはしる。そんなもの、知ったことか。

 横から焦ったような声が聞こえる。女性の声だ。なんと言っているのかは分からない。そんなこと、どうでも良かった。

 口の端から血が滲み出す。体に力を入れると傷口が軋むように痛む。その痛みを、気合いでねじ伏せる。

 膝に手をつき、ゆっくりと、しかし迅速に立ち上がる。瓦礫が散らばる不安定な地面に震える脚で立ち上がり、曖昧だった視界を広げた。

 

「──私はっ、私はレフィーヤ・ウィリディス! ウィーシェの森のエルフ!」

 

 アイズさんが、ティオネさんが、ティオナさんが、こちらに振り向く。一音一音を紡ぐごとに腹部に激痛を感じ、口から赤い液体が吐き出される。

 

 ポワッ、と視界の端に金の光の粒が浮かぶ。

 

「私は神ロキと契りを交わした、このオラリオで最も強く、誇り高い、偉大なファミリアの一員!」

 

 私の瞳は、三人を襲う新種のモンスターを捉える。

 奴らは私が詠唱を始めたら襲いかかってくるだろう。でも、恐怖はない。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】」

 

 だって、皆さんがいるから。

 

(私も、アイズさん(あなた)の隣に……!!)

 

 頭の上に、青色の光の粒が浮いていた。

 

 

 

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