白き英雄譚   作:ラトソル

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シスコn

『都市最強』の冒険者は誰か、という問いはありふれたものだ。

 

 そんな質問をされた時、大多数の市民や冒険者、神々は、決まって「猛者(おうじゃ)」と口にするだろう。

 

 また、『都市最速』の冒険者は誰か、という問いがあるとしよう。

 

 そうなれば、ほとんどの回答は『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』となるだろう。はたまた、『凶狼(ヴァナルガンド)』という輩も出てくるかもしれないが、Lv差を考慮して、前者に軍配が上がる。

 

 これらは、定期的に行われる『冒険者ランキング』で不動。常に彼らの名前が一位の座に刻まれていた。

 

 しかし。しかしだ。

 

 例えば、これらの質問を、大手ファミリアの幹部、大神に投げかけたとしよう。彼等は、迷うことなく『彼』の名前を口にする。それは皆、同じ人物を思い浮かべていた。

 

 それは、猛者でも、女神の戦車でもない。

 

 さらに言えば、一位の座に君臨する彼等当人に問いただしたとすれば、片方は目を閉じ、一方は舌打ちを零しながら、自らとは別の名を口にする。

 

『都市最強』、『都市最速』────『都市最高』の冒険者とは────

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 時は、食人花が出現する頃から少し遡る。

 

『あ、アレンさん』

 

『あ? ……てめぇか』

 

『お久しぶりです』

 

『気安く話しかけるんじゃねぇよ。不快だ』

 

『す、すみません……』

 

『……』

 

『えと……』

 

『余計な真似はするんじゃねぇぞ。あの方の邪魔をするな』

 

『分かってますけど……『本命』以外は僕が対処します』

 

『チッ、勝手にしろ……要件は済んだのか? さっさと消えろ。視界に入るんじゃねぇよ』

 

『え、えぇ……あ、そうだ』

 

『なんだ、まだなんかあんのか。消えろっつったろ』

 

『いや、伝えといた方がいいかな、と思いまして。アーニャさんは元気ですよっ』

 

『……あ? あの愚図の様子なんか伝えてどういうつもりだ?』

 

『え? だって

 

 

 

 

 

アレンさん、アーニャさんのこと心配してるでしょ? 

 

 

 

死ね

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

「あの」

 

「黙れ」

 

「えと」

 

「死ね」

 

「まだ何も言ってないんですけどっ!?」

 

「動くな、見るな、息をするな、死ね、死ね、そして死ね」

 

「殺意がっ、渋滞してるっ……!!」

 

 刃の如く鋭い眼光がベルの眼を射抜く。困ったように眉尻を下げるベルからは乾いた笑みしか出てこず、目の前にいる黒猫から受ける殺気の奔流に晒されながらも周囲の安全を確認していた。

 

「──【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】!?」

 

「フレイヤ・ファミリア!? なんでここにいんのよ!」

 

 黒猫……アレンは、ティオネ達の驚愕を集めつつも、それに対しての反応を一切見せず。銀槍を握る力をさらに強め、ベルの手を振り払おうとするも。

 

(────動かねぇ……!!)

 

 大して力を入れているようにも見えない飄々としたベルの表情──認識阻害のフードではっきりと見ることは出来ていないが──を見て舌打ちを零す。

 

(住民は近くには居ない。でも、戦闘音を立てれば不安を煽る。なら、無手で無力化するしかない……話し合いは)

 

「アレンさ」

 

「あ"ぁ"っ!?」

 

「ひえっ……な、なんでもないです」

 

(無理だな、うん)

 

 掴み取っていた槍を手放すと、アレンは一息もせずに後方へと下がり距離をとる。戦闘態勢は崩すことなく、腰を低く下げ、槍の切っ先はベルを穿つ。

 

 突然の来訪者。それも、フレイヤ・ファミリアの副団長という超大物が現れ、アイズ達に緊張が走る。

 その中でも2回りもレベルの差があるレフィーヤにとって、本気のアレンの殺気とも言える圧力は、己に向けられていなくとも呼吸を乱すことは容易なものだった。

 

 瞼は閉じることを忘れ、喉には空気が入ることなく。無意識のうちに呼吸を止めてしまっていたレフィーヤが喉を鳴らし、目の乾きから反射的に瞬きをした。

 それは、コンマ数秒にも満たないわずかな時間。視界が閉じられたことにも気づかないほどの、一瞬の瞬き。目を閉じ、開く。その動作を終えたレフィーヤの視界には、先程まで居た二人の姿が消えていた。

 

「──え?」

 

 思わず零してしまった疑問の音。居ない。何処にも。ほんの数瞬前まで目の前にいたはずなのに。思わず、辺りを見渡す。そこには、食人花との戦闘で破壊された家屋やタイルが映るばかり。

 次に、レフィーヤは近くにいたティオナ達の方へと視線を向ける。彼女たちならばわかるのではないかと。そんなレフィーヤの推測は正しく、しかし間違ってもいた。

 

 彼女達の方へと向けた瞳に映るのは、忙しなく動く眼球、そして時に首が後ろへと向けられ、すぐさま前へ、後ろへ、上へと向けられていく。

 そんなティオナ達が浮かべる表情は、驚愕、興奮、羨望。三者三様に見せられる感情は、現状把握がままならないレフィーヤにとっては更なる疑問へと変わる。

 

 ピクっ、とエルフの象徴とも言える長い耳に僅かな音が入り込んできた。

 金属音のような甲高い音ではなく。決して大きな音ではない、例えるなら、そう。風。空気を切り裂くような音。そして時折聞こえてくる地面を蹴りつける音。

 

「嘘でしょ……!?」

 

 Lv5に至っている三名は、目の前の事象を捉えることが出来ていた。と言っても、全てを精確に捉えている訳では無い。ただ見えているだけだ。

 アレンが追い、槍を振りかざし、ベルが逸らし、周囲への被害を抑える。

 異常なまでのスピード。『都市最速』を誇るアレンの全速力に離れた位置からでも風を感じる。そして、かろうじて捉えられるアレンの速度と同等のスピードで駆け抜けるベルの存在に驚愕し。

 

「素手でアレを対処できるの!?」

 

「ハハッ!! すっご〜いっ!! 全然見えないや!」

 

「笑ってる場合じゃないでしょ!」

 

 ベルは素手でアレンの攻撃を全て捌く。攻撃による音は空気を貫く音のみ。衝撃は外へと逃がし、追撃はせず。早すぎる対応、全ての攻撃がいなされる事実、そして全くこちらに追撃をする気配がないことにアレンの口元が歪に歪み、ぎりぎりと音を立てて歯を強く噛み締める。

 

「アイズ?」

 

「むー……」

 

((うわ、混ざりたそ〜……))

 

 ようやく戦闘に気づいたレフィーヤは二人が巻き起こす暴風に髪をなびかせながら辛うじて二人の残滓を見る。それでも2人がどのような攻防を繰り広げているのは分からない。

 アイズは腰に携えた剣に手を添え、うずうずとしながら食い入るように2人の戦闘を観測する。

 

「……クソがっ」

 

 縦横無尽に駆け回り、長槍を振り回していたアレンは瞬間移動と見間違う速度で地面へと到達し、動きをとめた。対するベルはゆっくりと空から舞い降り、音を立てずに重力を感じさせない着地を見せた。両者共に汗ひとつかかず、傷も見当たらない。ベルのフードが乱れてすらいない事実に、アレンの機嫌が下がる一方だ。

 

「舐めてんのかテメェ。反撃ぐらいしたらどうだ」

 

 チラリ、とアレンは横目にアイズ達を見る。

 

「失せろ、雑魚共。てめぇらに用は無い」

 

「あ"ぁ"っ!? なんつったこの糞猫! 挽肉にすんぞゴラァ!!?」

 

((ひえっ……))

 

 ティオネが髪を逆立て怒りを露わにする。とても女がしていいような顔ではなく、般若が浮かび上がるほどの怒りの相貌を見て、ベルとレフィーヤの心の声が一致した。

 

「ちょっ、ティオネ落ち着きなって〜」

 

「テメェも引っ込んでろ、絶壁」

 

「あ〜〜〜っ!!! 言っちゃいけないこと言ったァァァ!!」

 

「気にしてるのにぃー!!」と胸に手を添え、涙目で抗議するも、そんな声も何処吹く風と言うようにアレンは大した反応を見せず。

 気づけば辺りからモンスターの咆哮も、戦闘音も、住民の悲鳴も聞こえることはなく、閉鎖された広場にはティオネとティオナの声が響くばかり。

 その雑音が心底不愉快だと言うように舌打ちを零し、再度ベルへと向き直る。

 

「気に入らねぇな、テメェのその態度……大人しく俺達を見下しとけばいいのによ」

 

 苛立ち、不愉快、憤怒。目を細め、犬歯をむき出しにするアレンは槍の切っ先をギラつかせる。

 雲に覆われていたので太陽は、ようやくその姿を見せ始め、銀の槍を鈍く輝かせる。

 

()()()()()()()()()()()()()……お前の目的はどうでもいい。俺はただ、あの方の寵愛を受けてるにもかかわらず、あの方に忠誠を尽くさない最速(お前)を越えることだけにしか興味はねぇ」

 

「──()()()?」

 

 歯を剥き出しにして怒りを露わにするティオネの横から、スっと前へとアイズが出る。剣呑な空気に圧されているレフィーヤが「アイズさん?」と掠れる声で呼び掛ける。

 

 会話に首を突っ込んできたアイズを何の感情も篭っていない目付きで一睨みする。対するアイズは、そんなもの気にも留めないように、心底不思議そうに首を傾げながら言葉を紡ぐ。

 

「あなたが、アルを、越える……?」

 

 想像する。脳裏に焼き付いて離れない、アイズ・ヴァレンシュタイン(わたし)だけの英雄の姿。何よりも速く、誰よりも強く、何者よりも気高く、いかなるものも救う、世界で一番優しい、そんな英雄の姿。

 

【都市最強】の称号を手にしているオッタルでさえ、勝っているとは到底思えない、自分たちの遥か先を走り続けている大英雄。

 憎き竜種との闘い。そして圧倒的なまでの暴力を見せた漆黒のミノタウロス。それらを打倒して見せた白い光は何者にも負けない。

 

 想像する。アル(ベル)とアレンが戦う姿。

 どれだけ低くアルを見積もり、限りなく高くアレンの実力を想定しても……結果は変わらず。

 

 思わず笑いが込み上げてくる。フッ、とアイズを見慣れないものからすれば女神のごとき微笑み──彼女と近しい存在からすれば、珍しくバカにしたような苦笑。

 

私の英雄(アル)は、世界で一番優しくて、強くて、かっこいい……()()()()()じゃ、勝負にもなりませんよ?」

 

 それは、アレンだけに留まることではなく、彼よりもLvの低い自分も当てはまることだと、そういった意味を込めて言い放った言葉。

 今の自分でさえ、彼の隣に立つには程遠く、アレンへと向けた言葉は自身へと返り、更なる研鑽へと意識が向けられた。

 

 言いたいことが言えたアイズはどこか達成感のある顔つきになっている一方。

 怒り狂っていたティオネ達は味方からしてもえげつない煽り文句に冷水をかけられたように一周まわって冷静になり、驚いたように目を丸くしてアイズへと視線を向け。レフィーヤは凍りついた空気を察し、今にも泣き出しそうに杖を胸元へと抱え込み瞳を揺らす。

 

 ベルは、引きつった笑みしか出てこず。(リヴェリアさあぁぁぁんっっ!!)と内心でどこにいるかも分からない保護者へと全力で助けを求める。

 

 そして、アレンは。

 

 ベルへと向けられていた槍を静かに下げ、全身を脱力させる。視線だけ向けていたが、今では顔ごとアイズへと向けられ、その表情には一切の感情が見られない。

 

 恐ろしいまでの静寂。その原因であるアイズは全くもって心当たりなどあるはずもなく、さらに首を傾げてアレンを見た。

 出始めていた太陽は、瞬く間に雲へと飲み込まれ、下界を陰で覆い尽くす。季節にしてはどこか肌寒く、喉を震わせた。

 

「そうか────死ね」

 

 脱力状態からの一瞬の加速。縮地とでも呼ぶべきそれには予備動作は一切見られず、誰もがアレンが居た場所へと視線が釘付けにされたまま。

 音を置き去りにした超速の一歩。立っていた地面はえぐれ始め、アイズの眼前には槍が光っていた。

 

 Lv差がひとつとはいえ、アレンは敏捷に特化している。その差はLv6とLv5と同義ではない。動体視力なら、かろうじて追いつける。現に、アイズは目の前の槍を知覚している。避けなければ、と。脳が警戒を十二分に鳴らしていた。それでも、肝心の体は、ピクリとも動かない。力を入れようとすれば殺られる。回避は追いつかず、迎撃は不可。確実に急所を捉えた一撃で、アイズの冒険者として……いや、生命としての生涯を終えることとなる。

 

 

「それはダメだ」

 

 

 鈍い、骨が軋むような音が鳴り響き、アイズの眼前へ暴風が撒き散らされる。長髪は靡き額を顕にし、危険信号が送られている瞳は閉じることはなく。

 血走った眼を限界まで開いていたアレンは、腹部から広がる激痛を感じ、身体の先端から力が抜けていくのを感じながら、ねじ込められた拳を握り、その身体の主であるベルへと眼光を鋭く光らせ、掴んでいた槍を手放し、意識を飛ばした。

 

 全身から力が抜け、人形のように地面へと倒れていくアレンを腕を回して支える。手放された槍がレンガと接触し、甲高い音が木霊する。

 

 どうやって抱えようかと、試しに膝裏と背中に両腕を回して抱えようとして。

 

(あ、殺されるやつだ)

 

 ならば、アレンの腕をベルの首へ置いて背負う形で

 

(あ、殺されるやつだ)

 

 あーでもない、こーでもない、と。どのような運び方をすればアレンから殺気を向けられることは無いかと、呆然とこちらを見つめる4つの視線を意識の隅へと置き去り思案する。

 そして、最終的に肩へと担ぐ形なら、刺されるだけで済むだろうと結論づけたベルは、右肩にアレンを担ぎあげ、左手で銀槍を持つ。

 

「怪我はないですか?」

 

 アイズ含め、4人の意識は担がれたアレンへと向けられている中、ベルからの質問に意識が浮上し、問題ないことを伝えると「よかった」と小さな声でぽつりと洩らす。

 

「アル」

 

「ん?」

 

「……ありがとう」

 

 少し驚いたように目を開き、すぐに笑みを浮かべ、ベルはアイズの頭へと手を置き、髪を撫でる。優しい手つきで髪が乱れないように撫でているのはベルの性格故だろう。それが伝わっているアイズは頬を紅色に染めて気持ちよさそうにはにかんだ。

 

「……あ、レフィーヤさん」

 

「は、はいっ?」

 

「ご来店、お待ちしていますね」

 

「! ──はいっ」

 

 これまた嬉しそうにはにかむエルフの少女の姿を目にし、はっとして何かを言おうとしたティオナに気づかないままベルは家屋の屋根上へと跳躍し、辺りを見渡すとすぐに目にも止まらぬ速度で消えた。

 

「あ──ーっ!! 英雄君と話したかったのにぃぃっ!」

 

「まだ言ってたの、あんた」

 

「ティオネも見たじゃん! 絶対そうだって!」

 

「そりゃぁ……まあ」

 

 不貞腐れる妹を眺め、ティオネは一人嘆息する。

 そして少し経ち、主神の呼び声が近づいてくるのを感じている中、アイズは一人、空を見上げ拳を握りしめていた。

 

 

 ダイダロス通りの一角では、市民が歓声を上げて、一人の幼き冒険者へと賛美の声を上げていた。

 そして倒れた主神を抱き抱え、白兎は歓声を受けながら人混みを押し通りダイダロス通りを出ようとしていた。

 

 その姿を建物の上から俯瞰する者が二人……いや、一人と一柱の神。

 筋骨隆々とした獣人の男は、いつも発せられている猛者の風格を封じ込め、敬愛する女神の一歩後ろへ佇む。そして女神……フレイヤは、鈍色の瞳を妖しげに光らせながら、艶めかしい妖美な表情で眼下に映る少年に釘付けだった。

 

「本当に綺麗……もっと輝かせて頂戴ね。フフ……」

 

 フードを被ったものの、なんの効力もないフードでは彼女の美貌は隠しきれず、靡く隙間から見えた肌の一部でさえ万人を虜にしてしまう。

 楽しそうに、無邪気な子供が浮かべるような無垢の微笑みは、それだけで神をも魅了してしまう威力を内包する。そんな彼女に魅了されるように、太陽でさえも雲から姿を現し、彼女を照らす位置役を担っていた。

 

「……」

 

「────あら、バレてしまったのね」

 

 獣人の優れた五感、その中の聴覚が来訪者を察知し、オッタルは驚く様子もなく静かにそちらへと向き直る。フレイヤ自身、ベルが現れるのは予見していたものの、肩に担がれている自身の眷属の姿には僅かに驚きの色を見せるも、すぐに納得した様子を見せていつもの……いや、愛しい人にだけ向ける微笑を向ける。

 

「アレンがちょっかいを出しちゃったのかしら? ゴメンなさいね」

 

「いえ……どちらかと言えば、僕も悪いので」

 

「あらそう? まあいいのだけど」

 

 認識阻害のフードでベルの姿は見ることは叶わないものの、恍とした表情を浮かべるフレイヤを他所に、ベルはアレンと槍をそばに控えているオッタルに引き渡す。

 

「すまないな、アル」

 

「構いませんよ」

 

 受け取ったアレンを左腕で抱え込むオッタルを見て(雑ゥ……)と少しの罪悪感をアレンへと向けた。

 なんとも言えない顔を浮かべていると、頭上にいるオッタルの視線が自身に向けられていることに気づき、ベルはオッタルを見上げる。じっ、とこちらを見つめる彼の顔は筋骨隆々とした身体も相まって、とても威圧的な印象を受けるも、こういう時の彼は何か言いたいことがあるのだからと知っているベルは静かに口が開かれるのを待った。

 

「──あの時から、俺は成長した」

 

 あの時、が指しているのは、七年前の事だろうと思い当たる。ベルがオッタルと手合わせをしたのは、七年前の一度きり。それからは交流が深い訳でもない両者は剣を重ねることは無かった。

 

「手合わせ、願いたい」

 

 静かに口にされた言葉は、重く、深く、決意の交じったもの。

 

「すぐにではなくていい。俺も研鑽を積む。一撃だけでいい。俺の全力が、頂点(お前)に届くものなのか知りたい」

 

「分かりました」

 

 表情変わらず、しかし闘志が滲み出すようにも見えるオッタルを前に、嬉しそうにベルは口角を上げる。

 

「時期は────」

 

「……分かった」

 

 義母の願い。それは何ものにも変え難いベルの使命。逆行したこの身が、英雄に至った自身が行うべき、義務とも呼ぶべきもの。

 決して、ベルは戦闘狂ではないし、好んで戦おうとも思わない。自分が最強なんてことも思っておらず、慢心など万に一つない。ただ、現オラリオに自身を打倒できる存在が居ないことだけは分かっていた。それは慢心でもなく、純然たる事実。

 あくまで、オッタルはチャレンジャーで、ベルは迎え撃つ側。その認識は、ベルの中でもオッタルの中でも揺るぎはしない。

 だからこそ、オッタルのように滾らせ、ベルを越えようとする者の存在は、自分の存在意義のようにも感じてしまう。

 

「ふふ、嫉妬してしまいそうだわ」

 

 そう言いながら歩を進めるフレイヤは、そんな様子を見せることなく、変わらぬ微笑みを見せ続ける。主神の歩みを邪魔せぬように、一歩下がり頭を下げるオッタルを他所に、フレイヤはベルの眼前まで近づくとフードの中へと手を潜らせて頬へと添える。

 

「本当に──貴方が欲しいわ」

 

 紫色に不気味に光るフレイヤの双眼がベルを射抜く。瞬間、ベルの背中が燃えるような熱を帯び、付与魔法を掛けられたかのように全身に力が駆け巡る。

 

(弾かれた……魂が見えないことといい、本当に面白い────欲しいわ)

 

「フレイヤ様。今の僕はミア母さんの酒場で働く従業員ですので」

 

「あら、振られてしまったわ」

 

「失礼します」

 

 音もなく、屋根を傷つけることも無く、風を切る音のみが耳に入り、目の前にいたベルは瞬きせずとも姿を消した。オッタルはベルが消えた先を見るも、一般人並の力しか許されない神々にはベルの行方を追うことができるはずもなく、しかし機嫌が良さそうに甘美な笑みを浮かべるフレイヤはホームへと戻る旨をオッタルへと伝える。

 

「今はあの子だけど……貴方のことを諦めたわけじゃないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、目下に濃い隈が出来上がったアスフィに「これでどうだァ!」と自信満々に突きつけられたイヤリング型の魔導具を受け取り、今度安眠グッズを渡すことを決めたベルは早速その魔導具を耳へと着け、髪を黒く、容姿も少しばかり大人な雰囲気へと変えると酒場へと戻った。

 

『やっと帰ってきたニャ──!! アルのために洗い物大量に残したニャッ!! 早く手伝えニャ!!』

『あんたがいない間すっっっごい忙しかったんだからねっ!!』

『今までの倍は働くニャ! それか尻さわらせろニャ!!』

 

『くっちゃべってないで手を動かしなっっ!!!』

 

『『『ひぃぃぃっっ!!?』』』

 

 仕事を終え、ベルの部屋がある離へと向かう。最上階の一番端。朝日の入りが良く、目覚めのいい最高の場所だ。

 ベッドへと身体を沈ませ、天井を見上げる。特に理由はないが、眠気が湧いてこない。かと言ってやることも無く、手持ち無沙汰となって、遂には天井の染みの数を数え出したところで、コンコンと軽めのノックが聞こえてくる。

 

「失礼します」

 

「リューさん?」

 

 どうぞ、と言うとすぐに扉が開く。魔石灯が灯るだけの部屋は最低限の明かりのみで、廊下からの光が差し込むと、そこから現れたのは緑髪の美しいエルフ。よく見れば、彼女の胸元には枕が抱えられており、ますます不思議に思い首を傾げる中、リューは耳を赤く染めつつ、枕で口元を隠す。

 

「こ、今夜、は。ご一緒しても、よろしいでしょうか」

 

「……え」

 

「ふ、深い意味などはないのですが」

 

 可愛らしい寝巻き姿のリューは、自身の発言を脳内で再生し、惚けているベルを視界に入れると途端に頬に熱が集まり、恥ずかしさから逃げるように枕で顔を隠す。

 沈黙。静かな空間にはどんな音も介入せず、数秒間静寂が場を支配した後、その空間を打破するのはベルが吹き出した声だった。

 

「な、何故笑うのですか!!」

 

「はははっ……すいません、可愛くて、つい」

 

「なっ……」

 

 あっけらかんと言い放った言葉が想定の範囲外からの攻撃となり、リューの思考が赤く埋め尽くされる。一時的にポンコツとなったリューに向けて、「どうぞ」とベッドの隣を差し出したベルにならい、扉を閉めてリューはベルの横へと歩みよる。

 

「し、失礼します」

 

 ちょこん、と遠慮気味に、緊張したように身体を強ばらせながらベルから拳ひとつ程の隙間を開けて座る。その様子が可愛くて、可笑しくて、ベルは声を漏らさないように笑みを浮かべた。

 

「どうしたんです?」

 

「いえ、理由というものはないのですが……ただ、貴方の隣に居たい、と────ダメ、でしょうか」

 

 不安そうに、恥ずかしそうに。上目遣いで瞳を揺らしながらそう言ったリューに、ベルは断るはずもなく。

 豊穣の女主人で今まで多くの女性と接し、耐性は付いたと思っていたものの、やはり根本的な部分では純粋な少年。思わず、ベルは頬を染めて視線を逸らしてしまう。「ん"ん"っ」と咳払いをひとつ、リューへと向き直る。

 

「いえ。僕も、リューさんと一緒に居たいです」

 

 お互いのキャパが超えてしまい、二人とも沈黙してしまうこと数分。しかし嫌な時間ではなく、何処か心地のいい空間。そこからは、徐々にお互いの会話が弾み、いつものような光景が広がっていた。

 

「今朝、ベル・クラネルさんにお会いしました」

 

 話が一旦の区切りが着いた後、リューが切り出す。僅かに目を見開くベルは、何処か納得したように頷いた。

 

 まだ、ベルはリューに身の内話をしたことは無い。それはその内容が最高機密であるし、未来が悪い方向に変わることを防ぐためでもある。これはウラノスと話し合って決めたことでもあった。

 故に、リューはベルの事情を正確には知らない。が。

 

(気づいた……かな)

 

 正直な話、リューにバレることは時間の問題だとは分かっていた。それはベル・クラネルがこの街に来ることが確定していることもあるし、何よりリューはアルの本名も、姿も正確に把握している。完全にではなくとも、限りなく近い正解はたたき出せるだろう。

 

「……七年前の貴方にそっくりでした」

 

「まだ、駆け出しですけどね」

 

「貴方と同じ、人たらしの才能に溢れていましたよ」

 

「そんなこと思ってたんですかっ!?」

 

 ふふ、と笑った彼女の笑顔は美しく、可憐で、月の光が良く似合う。いつまでも眺めていたい。そんな場違いな感想が脳裏に過った。

 いつもと変わらぬ接し方をしてくれるリューに少しの安堵と感謝を覚えつつ、少しの沈黙が流れる。それは気まずくなったという訳でもなく、自然とそうなっただけ。

 

「……()()

 

「え……」

 

 小さく呟かれたのは、自身の名前。アル、と呼ばれ続けられた自身の本名は、この時代のベル・クラネルに向けられたものではなく、自分に向けられたものであるとわかった。

 驚いたように声が漏れたベルを面白いように見るリュー。

 

「こうして、二人きりの時だけで構いません。『ベル』、と呼んでもよろしいでしょうか」

 

「それは、構いません、けど」

 

 アミッドに会う時は、その空間に二人しか居らず、彼女からはベルと呼ばれている。ヘスティアからも、偶にベル呼びをされるため、全く聞かなくなった訳では無い自身の本名。

 リューの口から呼ばれたその二文字は、何処か特別で、唯一無二の響きのように感じられた。

 

 思わず、呆気に取られたような返事を返してしまったベルに対し、リューは嬉しそうに頬をあげると、少し身体をベルへと寄せる。

 

「……ベル」

 

「っ」

 

「ベル……ベル」

 

「な、なんですか……?」

 

「ふふ……呼んだだけです」

 

 魔石灯のみの薄暗い部屋へ満月からの月明かりが差し込み、その光がリューを照らす。心底嬉しそうな、子供のような笑顔は、何ものよりも価値がある、美の女神にも、劣らない美しさがあった。

 思わずベルにも笑いが込み上げる。ニヤケてしまう顔を止めることは出来ず、口角が自然と上がった。

 

「そういえば、何故ベルは私を敬称で呼ぶのですか?」

 

「え? え〜っ、と」

 

「歳は近い……いえ、同じだ。貴方はもっと、砕けた言葉を使うべきです」

 

「そう、ですかね? いや、癖みたいなもので……」

 

「それでは、私のことは呼び捨てにして構いませんので」

 

「え、リューさ」

 

「『リュー』、と」

 

「え、えぇ……」

 

 腕を組み、首を傾げる。項垂れながらも思案し、喉に引っかかる違和感を覚えながら反復して彼女の名前を頭に浮かべる。ん〜、と悩み、少し経つと、意志を固めたように、よしっ、と拳を握る。

 

「じゃあ──リュー」

 

「っ……はい、ベル」

 

「……なんか、恥ずかしいね」

 

「これから慣れていきましょう」

 

「そうだね」

 

 ふあ、と口を軽く空け、欠伸が零れる。

 

「……寝ようか」

 

「はい……」

 

 ベッドはひとつしかないものの、幸い大きさ的には二人は入ることが出来る。椅子で寝ることも考えたが、それはリューが許さなかった。もっとも、二人入れると言っても、相応に密着しなくてはいけないが。

 

 お互いに上を向き、ひとつの布団を共有する。ここで背中合わせにならないのは、日頃の慣れの成果だろうか。肩が触れ合うほどの距離。時折触れるものの、それにリアクションなどは起こさない。

 

 目を瞑る。視界は黒く、しかし何処か白が混じったような光景が広がる。どこか安心するような色は月明かりだろうか。

 物音も聞こえず、静かな時間が過ぎていく。

 

 満月が美しく輝き、雲ひとつ無くなった空の下。オラリオに灯る光はポツポツと消えていき、そのほとんどが消灯している。

 酒場で騒いでいる冒険者も、段々と眠りにつくようになり、外を出ても静かな時間帯となっていた。

 

 とある酒場の離れでは、従業員達が各々の部屋を持ち、それぞれが眠りについていた。

 

 猫人はヨダレを垂らしながらむにゃむにゃと夢を見て、黒猫はムフフとよからぬ夢の住人になり、栗毛の人間は静かに息を吐く。

 多種多様の姿を見せる彼女達の中、とある部屋には二人の男女が横並びに布団に身体を預け……お互いの手は、自然と絡み合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い雲が空を支配する。所々で雷が鳴り響き、風は荒ぶり暖簾が靡く。

 

 ────落ちていく、堕ちて行く

 

 地上は薄暗く、家に籠る人々からは不安の色が抜け落ちない。

 神々は嗤い、市民は不気味な雰囲気に違和感を覚え始めた。

 

 ────落ちていく、堕ちて行く

 

 数多の怪物が蔓延るダンジョン。棍棒を振り回すオークが、飛び回る歌鳥人が、多種多様のモンスターが、異常なまでに暴れ回る。

 

 ────落ちていく、堕ちて行く

 

 ダンジョンが悲鳴をあげる。それは、絶望、破壊、死。全てを壊し、全てを切り裂き、全てを殺す殺戮者。

 絶望の産声は悲鳴となりて、侵入者達を滅する。

 

 ────落ちて、堕ちて、落ちて、落ちて堕ちて落ちて落ちて堕ちて堕ちて落ちて堕ちて落ちて堕ちて堕ちて堕ち落ち堕ち落ち堕ち堕ち落ち落ち堕ち堕ち落ち落ち堕ち落ち落ち落ちおおおおおおおおおおおおおおおおおおおちおちおちおちおちおち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────存外、呆気ないものだな……英雄の最期は』

 

 黒より黒く、闇より暗き漆黒。

 深く、深く、深く。深層を遥かに超える程の下層。

 激しい戦闘があったのか、壁はボロボロ、地面は割れ、土煙が立ち上る。地面からは水が湧き出て湖が出来上がっていた。

 

 奥には見たこともない極大な魔法石が二つ。そしてそのモンスターのものであろう灰が山のように積み上げられていた。

 

『いや……『終末』を相手取り、これだけの試練を乗り越えたのは流石と言うべきか』

 

 ポチャリ、ポチャリと水滴の音が木霊する中、何かが聞こえる。男、女、子供、老人……そのどれにも当てはまらないような歪な声音。

 視線を向ける。声の発信源を見つめる。

 

 黒。虫のように、蠢く黒が人のような形を形成している。ぼんやりと、辛うじて人だとわかるソレは、黒すら飲み込む暗黒。

 

『英雄……全てを救う英雄、か』

 

 目を凝らす。おそろしい存在から目をそらすことなく、観察する。

 目を凝らす。暗黒のそばに、微かな光が見えた。

 

 白。純白と呼ぶべき美しい光。その光には、赤い薔薇が咲き乱れ、隙間から見える白は徐々に色褪せていく。

 白から出てくる赤は、地面へと垂れると赤薔薇が咲き誇り、真っ赤な花畑が生み出された。

 

『私には、英雄は来なかった……英雄なんぞ、ただの理想に過ぎない』

 

 光が暗黒から離れ、地面へと倒れ込む。赤い薔薇は広がっていき、白い光は褪せていく。

 

 脚、だろうか。脚のようなものを、暗黒は振り上げる。

 

『──私の前から消えろ、英雄』

 

 振り落とす。ただそれだけで、ひび割れた地面は瓦解する。白へと向けて放たれた脚はそのまま白を貫通し、赤い薔薇はところかしこに散りばめられる。崩れる音が鳴り響き、地面は揺れ、白は吸い込まれるように穴へと落ちていく。

 

『さらばだ、英雄……叶うならば』

 

 落ちていく、堕ちて行く。広がるは黒、闇。光を飲み干す漆黒は、容易く白を飲み込んで。

 

『苦しみながら死んでくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『恩恵が…………途絶えた……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャアァァァァァァアアアッッッ!!!??」

 

 被せられた布団を投げ飛ばし、勢いよくはね起きる。肩は激しくゆれ、肺は空気を欲するように大きく膨らんでは萎み、全身が汗で濡れ、前髪が額に張り付いていた。

 

 未だ窓から太陽の光は入ってきていない早朝。ホームでも起きているものは自分だけなのではないだろうか。市場や店は準備に取り組んでいるかもしれないが、冒険者が起きるような時間帯ではない。

 

 深く息を吐く。まだ息を整えるのには足らず、もう一度大きく吸い、全てをはき出す。ようやく落ち着きを取り戻し、瞳は呆然と壁へと向けられていた。

 

「予知、夢……なの……?」

 

 見たことない、見たことない。あんなものは見たことない。

 あれほど正確で、映像のようで……あれほどまでに絶望的な夢は……カサンドラは見たことがない。

 

 違う、違う。あれは今まで見たどれとも異なる。

 お告げもなく、ただ事実のみを見せられ。行ったことも、聞いたこともないような深層で。

 

 恐ろしい、恐ろしい。

 暗黒が白き光を飲み込む。あの暗黒が何より恐ろしい。正確な姿形は見ること叶わず、声だって分からない。ただ、怖い。例えるなら──死、そのもの。

 

 無理だ、あれは無理だ。どうしようもできないことだ。

 今までの予知夢は、自分が動けば改変できるようなものだった。変えられるという確信があった。そういうものなのだと、思わせられるような予知夢だった。

 

 あれは違う。今回のは無理だ。分かってしまった。あれは変えられない。不可能だ。不可避だ。不変だ。あれは必ず訪れる末路。下界の最後。例えこの話を伝え、全ての人が信用してくれたとしても、帰ることの出来ない悲劇だ。

 

 嗚呼、嗚呼。

 

 膝を曲げ、身体を丸める。避けようのない事実だ。予知夢なんかじゃない。あれは未来だ。ひとつのレールをふたつにすることは出来ない。そんなことは当たり前だ。

 

 避けようのない未来。最悪の悲劇。死の存在。

 見てしまった、知ってしまった。だから何が出来るというのだ。あれは無理だ。

 

 ただ震える。怯える。恐怖する。いずれ訪れる災厄の日。約束された『その時』。

 

 目を瞑る。今更眠れるわけもないのに、現実を否定したいがために目を瞑る。

 

「ごめんなさい……」

 

 誰に言うでもなく、自然と口から漏れた言葉は、当然のように自室へと消えていった。

 

 

 

 




〜〜〜ベルアル豆知識〜〜〜
ベルの使う【安寧の庭(イレニア・エデン)】は、魔法の無効化という点と詠唱はアルフィアと同じものだが、アルフィアが鎧のように纏う持続型に対し、ベルの魔法は自分を中心に球状の結界を作り出すもので、基本的に持続性は無いため、毎回詠唱が必要。よって、アルフィアのような超短文詠唱を至近距離から放たれた場合、詠唱が間に合わないため普通に直撃する。また、結界の範囲は注ぎ込む魔力量で決まり、魔力カンストのベルならオラリオ全域を囲うことも普通に可能。バグ。
また、基本的にはどんな魔法も無効化してしまうが、アルフィアの【ジェノス・アンジェラス】など、桁外れな威力の魔法は結界の規模に関わらず相応の魔力を消費する。まあこの魔法を突破するような魔法は現オラリオには存在しないから大丈夫。
異端児編辺りで貫通してくるバケモン出す予定ですが。
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