────冒険者は嫌いだ。
自分の利益しか考えてない。サポーターを人と思わない欲望に忠実な冒険者が吐き気を催すほどに嫌いだ。
危なくなったら足手まといであるサポーターの
それでも彼らはわたしなんかよりも強いから。気持ち悪い笑顔を振りまいて機嫌を損ねないように振舞って、生きるためにもがいて。
────
両親は気づいたら死んでいて。特にその事に感情が揺さぶられたりしなかった。酒に魅入られて、勝手に没落していた、血の繋がっているだけの他人。
そんな両親や、ソーマ・ファミリアの団員達。リリの嫌いな、欲にまみれた冒険者。そんな彼らと同じ、薄汚いリリが嫌いだ。
『────お疲れ様です、サポーターさん』
リリは、他人を信用しない。
結局誰もが汚い心を内に秘めている。打算なしに優しさなんて向ける人はいないんだ。
『今日もダンジョンに行かれるんですね』
リリみたいな小人に優しい声をかける人なんていない。結局みんな離れていく。先の利益を見ている。「弱者を気にかける自分」に酔っているだ……だけ、なんだ。
『──余り物ですが、良かったら食べてください』
嫌いだ。
気分が落ちている時に必ずと言っていいほどに声を掛けてくる酒場の店員が嫌いだ。
余り物なんて言いながら、作りたてだと分かる温かな食事を渡してくる黒い髪のヒューマンが嫌いだ。
あのヒューマンの、リリを見つめる透き通った優しい瞳が大嫌いだ。
────彼を嫌う、自分が大嫌いだった。
「おはよう、リリ」
数多の冒険者がバベルへと向かう。その足音がまばらに響き、早朝であることからも余計に耳に残るその音は雑音に変わって耳を汚す。
噴水の前に立ち、閉じていた目を開く。そこに移るのは最近贔屓にしている駆け出しのヒューマン。あの店員に似た瞳を向けてくる穢れを知らない純白の少年。
──その瞳を向けないで。
取り繕う。今まで何年も続けたことだ、不自然な笑みは浮かべない。いつも通りの笑顔を浮かべてカモである冒険者の機嫌を持ち上げよう。
「おはようございますっ、ベル様!」
今日もリリは笑顔を浮べる。
魔法石やドロップアイテムを入れるために背負っている大きなバックパックの中には、やはり温かな食事の入ったカゴがひとつ、潰れないように収められていた。
◈◈◈◈
深層に一週間ほど滞在していたこともあり、深層滞在後は必ずメンテナンスを受けるようにとヘファイストス様から強く言われていたこともあり、バベルにあるヘファイストス・ファミリアの武器屋の最奥にある主神室へと隠れて向かい、深層域のドロップアイテムと共に武器を渡した。
研磨程度とはいえ少し時間がかかるということで受け取りは後日となり、ヘファイストス武具店で働いているヘスティア様の姿を一目見てからバベルを出る。
「やっ」
前回とは違い、変装の魔導具は機能していることによりフードは被らず、正面から堂々と出て大通りに踏み出す。
時刻は日を跨ぐ頃合だろうか。街灯以外に灯りは付近に見えず、少し進めば酒場に冒険者が集い酒を交わして居るだろう。魔導具により黒髪となっている自分の姿は今では暗闇に溶け込み目立ちにくくなっていた。
ゆっくりと歩き出した僕に向けて、朗らかで軽快な声を掛けてくる。案の定そこに居たのはヘルメス様だった。
会釈をするも、周りに眷属を連れていない様子に珍しいなと感じた。
「ヘルメス様おひとりですか?」
「いや〜。アスフィが本格的に死にそうな眼を俺に向けてきてね。流石の俺でもあのアスフィに着いてこいなんて言えないさ! というか俺が送還される」
「ああ……」
目の下の隈が黒なんて言う次元じゃないアスフィさんの顔が目に浮かぶ。というかこの前見た。
「ちゃんと休ませてあげてくださいね……」
「半分は俺の我儘が理由なんだけどね。もう半分はキミ案件さ。アル君の動きに耐えられる変装の魔導具の研究と、深夜テンションで出来てしまった
アスフィさんが死にかけている原因の半分が僕にあることを知り申し訳なさに苦笑いがこぼれる。今も腰に着けているポーチにはかなり助けられていることもあってやはり安眠グッズを送ろうと心に決めた。
このポーチは数年前、徹夜が続きテンションが爆発したアスフィさんがその場にあった素材を適当に弄っていたら完成した魔導具、らしい。
この魔導具完成後、死んだように眠りについたアスフィさんは起床後に目の前に置かれているポーチを見て、その性能に発狂したとか。
亜空間収納ポーチ。サイズや見た目は一般的なポーチと変わらず、しかし容量が桁違い。数年愛用している僕自身、その最大容量は不明。口が狭いにもかかわらず押し当てると勝手に入り、亜空間の中に入っているモノ同士は接触することなく、何故か劣化することもない。空間に浮遊していることからポーチ自体の重み以外は感じず、欲しいものを想像しながら手を入れればそれが出てくるという理屈不明の大発明。
アスフィさん自身、何故こんなものが作れたのか分からず、作成方法や素材が不明であり、もう一度おなじ物を作ることが実質不可能であることから『失敗作』だと言っている。
「試行錯誤しているようだが、オリジナルには掠りもしていないようだ。製造方法の一端すら想像ができないはるか高みの大発明。寝不足が頂点に達していたのか、それを作り上げた過去の自分自身を大声で褒め続けていたのを見た時はアミッドちゃんを呼ぶべきか真剣に迷ったぜ」
街灯は点々と灯る。その光は決して強いものではなく、相手の顔が見える程度に抑えられているもので、空を見上げれば星々の輝きが濃淡まではっきりとみえた。
途端、ヘルメス様は口を閉じると柔らかい風が吹いてきた方向へと顔を向ける。ハット帽を抑えながら僕のちょうど左後ろへと向けられた視線の先に何があるのかを知っていた僕は、自ずとヘルメス様が接触してきた要件に察しがついてはやる気持ちを抑える。
「──見つけたんですか」
「ああ。君から受けた数少ない依頼だ。抜かりはないぜ」
酒場の溢れるメインストリートとも違う。
点在する生活の灯火とも違う光。
────歓楽街。
「極東の貴族の少女……
「……ありがとうございます」
「身請けでもするのかい?」
「いえ……どれだけの金額を積んでも、イシュタル様はあの人を手放さない。だから僕は、権利を買う」
僕が知っているのは、彼女が歓楽街に売られるという事実だけ。正確な日時を知らないし、何処で盗賊に襲われたのかなんて分からない。事前に防ぐことが一番だったけれど、それは不可能だということは分かっていたから尚のこと悔しい。
脳裏に過ぎる、金色の少女。イシュタル様が喉から手が出るほどに欲しがる能力を持つ破滅の運命を背負いし狐人。
努力家で、健気で清く美しい女の子。
「10億もあれば、三ヶ月は買えますか?」
「じゅっ……」
相場が分からない。お金は使わないから溜まる一方なので出し惜しみはしない。僕が提示した金額にヘルメス様はドン引きしていた。え、足りない?
「倍くらいは要りますか?」
「いや、いやいやいや。ちょうどいいと思うぜっ」
「穢れを知らないなあ、この子は」なんて、よく分からないことをヘルメス様が言っている。
けれど、これで春姫さんを救う道筋が生まれた。さすがにお金はポーチに収納しておらず、隠し金庫に保管してあるため明日にでも歓楽街へと赴こう。
──僕が救ってもいいのか?
「────ほあぁああああああああッ!!!??」
生じる疑念が明確になる前に、バベルの方から甲高い奇声が二人しかいない静かな広場に響き渡る。突然の異音に僕とヘルメス様が同時に音源へと振り向くと、淡い街灯の光に照らされて闇の中に際立つ純白の髪と紅の瞳が目立つ少年がただ前を見て何かから逃げるように走っていた。
少年の頬は僅かに赤く染っており、ダンジョン帰りながらに傷は見当たらない。僕達と比較的近い位置を走り抜けていく彼の瞳に僕らは映っていない様子で廃墟となっている教会がある方角へと叫びながら姿を消していく。
「──ぷッ、ククク……」
……ああ、そうだった。僕の横で込み上げてくる笑いを抑えようと俯き肩を揺らすヘルメス様を見ながら思い出す。このタイミングだったな、と。
異端児達の元へ立ち寄るためにリヴェリアさんとアイズと途中で別れていたから接触していることをすっかりと忘れていた。
なるほど。第三者から見るとかつての僕の行動はこう映るのか。
……恥ずかしいっ。
苦笑いを浮かべ、頭に手を載せる僕の横でとうとうヘルメス様が吹き出し、控えめな声ながらに本当に可笑しいのだと笑っている。
「アハハっ! これは傑作だ、いいものが見れた! かつてのキミもこうだったのかい、アル君っ?」
「忘れてください……」
「いやいや、いい土産話ができたぜ。明日にでもアスフィに聞かせてあげたい」
「ほんとやめてっ」
「恥ずかしがることなんてないぜ! 冒険者としての姿だけじゃない。日常の生活も、色恋に一喜一憂する姿も含めて今の君を形作っているのさ。過去の自分を否定するのは今の自分を否定するのも同義……分かるかい?」
「言いくるめようとしてますけど……本音は?」
「キミを弄るネタが出来てテンションアゲアゲ!」
「今日1番の笑顔で言わないでくださいよ……」
神は娯楽を求めている。その言葉の意味を体現するかのようにヘルメス様は面白おかしく笑っていた。本当に今回のことを言いふらしそうだ、この神は。
「……アルフィアさんに伝え」
「ごめんなさい」
人類の速度を超え、音を超え、光をも超越した速さで僕の視界から姿を消した。帽子がその速度に着いてこれずに空中に静止し、思い出したかのようにヒラヒラと落下を始めその軌跡を辿っていくと足元で美しい土下座の形を保つヘルメス様が神の威厳の全てを捨ててそこにいた。
「うわぁ……」
「キミのそういう反応は新鮮なだけにグサグサ突き刺さるんだよなあ」
これが神と下界の子供の差なのか。僕ですら認識できない速度、アルフィアさんの拳骨といい勝負をしている。やっぱり神に対抗できるのはあの人だけなのではないか? なんて馬鹿みたいな推測が生まれた。
「……この件について、俺は直接干渉することは多分無理だ。釘を刺されるだろうからね。情報屋の俺は警戒されるだろう……ベル君。彼女は君のことを知らないかもしれない。けれど、時空が違えども、彼女は君の大切な存在のひとつなんだろう?」
立ち上がり、膝に着いた砂埃を軽く払い帽子を片手で押えながら普段通りの笑顔の仮面を被り目の前の神は僕に問う。あえて僕の真名を使うことの神意を察して僕はやはり判断に迷う。
「難しく考える必要はないと思うよ。カオスの気まぐれかは分からないが、君が存続する制約は限りなく無いと見ている。ま、ペナルティのようなものはあるんだろう?」
「それは……」
「おっと。答える必要は無いぜ。アル君もそのペナルティについては理解している……いや、体験があるようだ。制約の幅が狭い分、身に受ける損失は大きいものだろうね。死にかけたんじゃないかい?」
「はは……」
やはり神と言うべきか、僕が──アミッドさんもだが──持つ行動の制限に気づいているようだ。その条件までは察してはいないだろうけど、ペナルティの重さについてはヘルメス様の予想は正しい。
事実、アミッドさんがいなければ僕は死んでいたと思う。
制約が現段階で気づいているのが一つだけ。それだけとは限らないから不用意な行動は危険を伴うが、多分そのひとつだけだろうと、なんとなく確信があった。
「異分子の介入で世界が良からぬ方向に……なんてことは無い。君というイレギュラーがこの世界に降り立った時点で、この時間軸は『そういう世界』だと定義される。君は既に、この時間軸の住民さ。アル君の好きに動いたらいいと思うよ。まあ、ちょっかいをかけてくる神はいると思うけどね」
それだけ言うと、ヘルメス様はゆっくりとした足取りでホームへと戻って行った。地面を叩く足音が徐々に暗闇へと消えていくのを見送り、僕は噴水のそばに腰掛け宙を見上げた。
星々の煌めきがバラバラな輝きを見せ、天然に出来上がる芸術作品へと昇華する。生暖かい風は今の季節を感じさせ、どこか懐かしい思いを感じさせた。
『ベル様』
ヘルメス様の言葉を聞いても、やはり迷いは生じてしまう。彼女は僕が助けてもいいのだろうかと。春姫さんを救うのはこの時代の僕の役割なのではないかと。1度溢れた疑問は留まることなく、自己嫌悪に似た衝動に駆られる。
そんな疑問が溢れるのなら……なぜ僕はヘルメス様に春姫さんの情報収集を依頼したのだろうか。
アイズのランクアップに関わった時点で……いや、七年前の段階で、最早僕が元いた世界とはかけ離れた世界になっている。
アストレア・ファミリアも、アーディさんも、アルフィアさん、ザルドさんだってそうだ。死者が生存しているというのは、僕が想像しているよりも多大な影響を与えるものなんだろう。
これ以上世界を改変するような動きをして、取り返しのつかないことになった時、僕はどうするんだろうか。もう、何に介入することも無く大人しくしているのが最善なのではないだろうかと、頭の片隅で自問自答する。
『──ベル殿』
星の輝き……一際大きな輝きを発する一等星に視線が引き込まれ、馴染みのない姿が目に浮かぶ。
『貴方が自分自身の行動を否定しようとも、私は貴方の物語を綴りましょう。大穴より湧き出る恐ろしく強大な魔物を最前線で戦い続けた貴方を。誇り高き小人族の戦士の悲運を捩じ伏せた英雄の! 最速で、最優たる貴方様の英雄譚を私が綴りましょう! ────はて、何故そこまでするのかと? 愚問ですねぇ。ベル殿は我らが王であるのと同時に……私、貴方のファンですから』
顔の見えない吟遊詩人。楽しそうに語る性別不詳のその人はやはり僕の記憶に存在しないのに、何故か見覚えがあるという不思議な感触を残して瞬きをすればもう思い出せない。
何を思い出していたのかも、星を見上げていた理由も、右目から流れる涙の理由にも気づかないし覚えていない。
「……にげ、られ……わたし、怖い……?」
どれだけ座っていたのだろうか。頬を伝っていた涙は既に乾いて居酒屋の灯りも殆ど消えている。冒険者たちが飲み食い騒ぐ声も全くしない静まり返った空間に、バベルからどんよりとした空気を漂わせながら一人の少女が覚束無い足取りでゆっくりと歩いていた。
彼女の姿を瞳に映す。それだけで今までの葛藤が吹き飛び、自然と口角が上がっていた。穏やかな気持ちにさせてくれる彼女の存在に嬉しく思いながら、ブツブツと泣きそうに声を漏らしているアイズの元へと声をかけながら駆け寄った。