白き英雄譚   作:ラトソル

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女の嗅覚は侮れない

『時間の逆行』は神々の力を持ってしても不可能と言える事象である。

 

 オラリオに存在する全ての神に時間を遡ることが出来るのかと問えばまず間違いなく否と返ってくるだろう。

 それは全知であるが故の断言。正確には出来るかもしれないが、ノーリスクでそのようなことが出来るはずもなく、肉体がそのままに時間を遡るなんてことは有り得ない。

 

 故にこれは気紛れ。ベル・クラネルが死の直前に強く願い、竈の女神が祈ったことで全てを観測するカオスに届いたSOS。

 

 神々は娯楽に飢えている。是はカオスとて例外ではなかった。善意も悪意もそこには存在せず、面白そうだからとカオスは少し息を吐いた。

 

 ベル・クラネルの願いは届き、時間は逆行した。この事実を知るのはゼウスやヘラを含める一部の大神のみであり、神が只人に下界の命運を託すという原罪となっている。

 前述したようにリスク無くこのような事象を起こすことは出来ず、カオスはいくつかの制約をベルへと設ける。

 

 本来の時間軸において生存していた者に対し、未来の知識を公開することの禁止。これはカオスが設定したものではなく自動的に付与されていたデバフであり、これに抵触した際は精霊の治癒力が一切効果を発揮しない致命傷を受ける。また、アミッド・テアサナーレと元の時間軸において死亡もしくは送還された者を除く者たちはトリガーとなった発言を聞くことは出来ない。

 

 ベルの行動の制限は主にこれだけ。つまり未来の知識を利用して秘密裏に行動することは禁じられておらずその結果がどうなろうとカオスは俯瞰を決める。

 

 そして重要となるのは『試練』の存在。

 

 カオスが提示し、世界が共鳴したことにより用意された試練は五つ。一つ目は暗黒期において出現した黒いミノタウロスであり、二つ目はその一年後に執り行われた。

 

「ゼウス、答えろ」

 

 そして三つ目は滞りなく近づいてきている。道を開き、世界は繋がる。それは本来なら辿ることのなかった道にすら。

 

「あの子から聞いたぞ。お前から良く読み聞かされたという英雄譚の話を。私はそのような存在を知らん」

 

 それらの試練に共通するのは立ち塞がる相手がベルと同等かそれ以上の実力を持つということ。そしてそれは数を重ねるほどに増していく。

 これらと接触、戦闘になればジュピターが封印している記憶の蓋が開かれていく。

 

 それは元の時間軸、そして第二の試練の記憶。

 

 残る試練は三つ。堕ちた正義の胎動は近い。

 

「────【光の英雄譚】とは、なんだ?」

 

 歯車は着実に廻っていく。

 

 それは良くか悪くか。全ての道は収束される。

 されど、終着点に辿り着くまでのルートが等しい世界は存在せず。

 

 イレギュラーたる存在を、ダンジョンは容認しない。

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 朝が来て、太陽が昇り、そして日が落ちる。夜を迎え、そして朝に。

 

 オラリオにおいてもこの法則は変わらない。夜になればポツポツと灯りが消えていき、いずれはほぼ全ての灯りがなくなり暗闇が街を支配する。

 しかし、真の暗闇が訪れることは無い。オラリオの全ての街灯が消えることは無い。

 

 特に、一部の区画においては夜にこそ輝きを放つ異質な空間が存在する。

 酒場でもなく、ギルドでもない。しかしそこにはまるで昼かのようにキラキラとした彩りがそこかしこから浮き出ており、喧騒は耐えることは無い。

 

 慣れないものからすればイヤに鼻につく甘い香り。独特の雰囲気に至る所で客引きを行う際どい服装の多種多様な女性達。やはり多いのはアマゾネスだろうか。ついでヒューマン、少ないがエルフも探せばいるだろう。

 

 客となるは種族は関係なく、男。同じ場所で何度も見るような男性や、酒に酔った冒険者が肩を組みながら今日の夜を吟味する。

 一人、またひとりと手を引かれ誘われる鼻の下を伸ばした男達。襖から見える男たちに笑顔で手を振る見目麗しくそれでいて艶かしい彼女たちはこの異質ともいえる不思議な空間に住まう花魁。

 

 ここは遊郭、または歓楽街。男たちの欲望を満たす全てが詰まった夜の楽園。

 

 主にイシュタル・ファミリアが経営するここには多種多様な女性が点在し、男達を日々悦ばせている。

 あえて防音を緩めているのか、一歩道から外れて耳を澄ませば聞こえてくる女性の艶のある小さな叫び。それすらBGMとして男達の興奮は促進されていく。

 

 男達の目的はただ一つ。性の解放。お金を支払う対価として欲望を発散する権利を与えられる。男神も見かけられることからもこの場所の賑わいがみてとれるだろう。

 

 女性はただ待つのみ。部屋の一角にて自分の時間を買ってくれる殿方を待ち、それに見合う最高のもてなしをするために自身の身体の全てを使う。

 

 ここで働く女性の事情は様々。そういう行為が好きなアマゾネスや、お金に困っていて働かざるを得ない方も。それでもここに在籍する以上客の要望には応えなければならない。それが歓楽街であり、彼女達が過ごす職場。

 

「──お待ちしておりました、旦那様」

 

 中には親から勘当され、盗賊に身柄を引き取られ、そして歓楽街へと売り飛ばされた悲劇の女性もいるだろう。それでも彼女達に要求されることは変わらない。

 

「本日、旦那様の夜伽をさせて頂きます」

 

 それはこの部屋に置いても変わらない。隠されるように建物のさらに奥の部屋にいるのは美しい金の毛並みと尻尾を携える所作の美しい狐人の少女。

 極東の着物を少しはだけて着こなし男性の期待をそそらせる。

 

「春姫と……もうし、ま────」

 

 正座をし、膝の前に手を付き少し頭を下げる。そして頭を上げながら自身の名前を告げる少女────春姫は、今宵の相手である男性の姿を捉えると驚愕に目を開き言葉が薄れていった。

 

「──()()()()()()

 

 黒い髪、黒い瞳。極東ではありふれた特徴を持つ目の前の男性を春姫は知らない。過去のどんな記憶を遡ってもこの男性の容姿には辿り着けない。

 

 けれど、何故だろうか。彼の姿を捉えた瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がった。「やっと出逢えた」……そんな不思議な気持ちが駆け巡る。

 

「貴女の三ヶ月間を買わせていただきました」

 

 なんだ、この男の微笑みは。心臓がキュッと締め付けられるような、しかし全く不快に感じない気持ちのいい感触。

 貴方の髪は黒ではないだろうと、何故だか言いたくなる衝動に駆られる。

 貴方の瞳は黒ではないだろうと、自身の身にも流れる鮮血に似た瞳が幻視される。

 

「ああ……まだ自己紹介をしていませんでしたね」

 

 頬に伝う感触を確かめるために視線を逸らすことなく手を自身の頬へと触れさせると指先に伝わったのは熱い水の温度。それが瞳から零れ落ちたものだと理解するのにそう時間は掛からず、何故涙を流しているのか春姫には理解が出来なかった。

 

「アル……と、呼んでください」

 

 ────春姫さん。

 

 彼から名前を呼ばれただけで、もう耐えることは出来なかった。

 

 春姫は無意識的に飛び出し、目の前に佇む男の懐へと両腕を大きく広げながら突撃するかのように抱き着いた。

 

「え────」

 

「死な、ないで……ッ」

 

「春姫さん……?」

 

「お願い、しますっ……逃げて……ッ」

 

 分からない。なぜこんな感情になっているのか。春姫は脳裏を駆け巡る見たことの無い悲惨な光景に困惑を隠せない。

 それは、赤。炎が、血が、オラリオを満たす。

 そして目の前で小人族であろう少女の頭が吹き飛ぶ光景。痛み出した腹部を抑えるようにしてさらに彼に回した両腕の力が篭もる。

 

「ベル……さ、ま……」

 

「────」

 

 途端、ふっと意識が切れるように崩れ落ちた春姫の体をアル……ベルが支える。春姫の両目からは涙が零れ落ちており、痕にならないように水精霊の水を浮かび上がらせて優しく拭う。

 

「……」

 

 とても娼館の一室とは思えない光景。そこだけごっそりと空間が抜け落ちているのではと錯覚する静寂がながれる。

 

「なんで……」

 

 春姫を支える腕に力が篭もる。揺れる瞳を向けながら、ベルは乱れる思考を定めることが叶わない。

 甘い匂いがやけに鼻腔をくすぐる。それでも歓楽街はいつもと変わらぬ賑わいを見せていた。

 

 気を失った春姫の顔色は優れない。まるで悪夢を見ているかのように眉間に皺がより、呼吸も浅く早い。

 春姫を更に抱き寄せ、頬に手を添える。ベルの手がほんのりと発光を見せると光は春姫を照らし徐々に呼吸は安定し表情も緩んでいく。

 

『ベル様ッ────!!』

『ベル……クラネル────生き、て……』

『ベルっ、逃げなさい!!!』

 

『──ごめんね、ベル君。どうかボクを……許さないでくれ』

 

「あ、がっ……!!」

 

 頬に添えた手から伝わってくるかのような感情の激流。それに付随して開き始めた記憶の蓋。未だ耐えられる器では無く、頭が割れるほどの激しい頭痛となってベルを襲う。

 歯をかみ締め、しかし春姫を離すことは決してしない。襲いかかる頭痛と再生され続ける知らないはずの記憶。脳がそれらを受け止めきれず、しかし溢れる流動を止めることは自力では不可能であった。

 

『────まだ早いと、言っておるだろうに』

 

 電気が弾けるような小さなラップ音が聞こえると、ベルの意識が急速に薄れ始める。体の感覚は無くなり、視界が朧気になりながらも春姫の身体をゆっくりと床へと寝させるとそのまま自身も春姫の真横へと体を崩れ落ちるように横になる。

 

女子(おなご)の体に触れおって……けしかりゃんっ!!』

 

(殴、るよ……ジュピター……)

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 身体の震えが止まらない。

 

「ア〜ルさんっ?」

 

「ひえっ。は、はいっ!?」

 

「昨夜は何処に行かれてたんですか〜?」

 

 ヘルメス様からの情報を頼りに歓楽街へと赴いた僕は10億ヴァリスで春姫さんを三ヶ月という期限付きで身請けをすることが可能となった。身請けと言っても春姫さんの住居が変わる訳ではなく、僕以外の客が付かないという、言うなれば僕専属の娼婦になってくれたわけだ。

 

 ちなみに、この交渉はアイシャさんに行った訳だが、相場が分からなかったために最初から10億ヴァリスを取り出した時のアイシャさんのバカを見る目はさすがに堪えた。

 この世界のアイシャさんにとっては僕は初対面であり、春姫さんを期限付きという条件を最初から提示しながら一括で大金を支払った僕のことを訝しんではいたものの害は少ないと判断してくれたのかイシュタル様へ事情を話してくれることとなり実質的に許可が降りた。

 

 その後、春姫さんの元へと向かったものの春姫さんの姿を見た瞬間からの記憶が一切なく、気付けば僕と少し着物がはだけた春姫さんが隣合って眠っていたことから内心かなり焦ったもののそういったことの痕跡は見当たらなかったので安心した。

 

 太陽が登り始めた頃に目覚めたこともあり酒場の仕込みもあるために眠り続ける春姫に布団を被せて静かに窓から豊穣の女主人へと向かった。

 

 時間がなかったこともあり部屋に着いてから身体は水精霊の水で汚れを落とし、制服に着替えてから出勤し、待ち構えていたシルさんに捕まり今に至る。

 

 なんだろう。いつもと変わらない様子のシルさんのはずなのに。僕の手を握って笑顔を向けてきてくれるシルさんの姿は微笑ましく安心できるもののはずなのに。

 掴まれた手は行動を制限するものであり、細められた瞼から見える瞳は嘘を許さないという絶対的な強制力を感じる。

 

「昨日、ですか? 昨日はダンジョンから出たあと真っ直ぐ家に帰りましたけど」

 

 この5年余り、シルさんから培ったポーカーフェイスを惜しみなく披露する。僕が今口にした言葉は嘘ではあるもののスキルによって神の権能の一部を無効化するためにこの言葉は神にとっては『嘘では無い=真実』という方程式が成立する。よし、勝ったな。

 

「ふふふっ」

 

「シル、さん?」

 

「可笑しいですねぇ。アルさんの言葉は嘘じゃないって思っちゃいました」

 

「いや、可笑しくないんじゃあ……」

 

「私の中の理屈ではあなたの言葉が嘘ではないと告げている。けど、女の勘がそれを否定するんです☆」

 

 きゃぴん☆、という音が鳴ったかのように錯覚するように舌を出して片目を閉じるシルさんは僕の首元にするりと顔を近づけて浅く息を吸う。

 

「──女の匂い」

 

 なんなんだろうかこの()は。身体能力で言えば従業員の中で最弱のはずなのにミアさんの次に恐ろしく感じてしまう。

 

 こんなにも魅力的な彼女に近づかれ耳元で囁かれているはずなのに僕の顔は紅く染まることはなくむしろ青く白く生気が失われていく。

 

「もしかして……誰かとシちゃいました??」

 

 おかしい。一般人以下の力しかないはずのシルさんが僕の腕を握りつぶせるはずなんてないのに。シルさんに掴まれた腕は今にもポッキリ折れそうで、いつ耐久のステイタスが向上したことを伝える声が届いてくるかわかったものでは無い。

 

「シ……て、ません」

 

「なんですか今の間っ!! ちょっと迷いましたよね今!!」

 

「いや、本当にそういうことはしてませんから……してないよね?」

 

「断言!!! してください!!!」

 

 腕を離しポコポコと僕の胸へと両手で叩き続けるシルさんの攻撃は全く痛くは無いものの握りつぶされかけた腕は手形がくっきりと残り一歩間違えれば事件になりかねないため精霊の治癒力を部分的に向上させて痕を治す。

 

「ナーニしてるのにゃおミャーらぶえっっっ!?」

 

 僕の身の潔白を信用し始めてくれたシルさんにホッと一息つくのもつかの間。背後から迫り来る死の気配にシルさんの体を抱えて負担にならない最速の動きでしゃがみこむと近くを通ったアーニャさんの悲鳴と数瞬後に響く壁が軋む破裂音に冷や汗をかく。

 

「アルさん……大胆!!」

 

 きゃあっ、とわざとらしく叫び顔を隠すシルさんには全く意識を割けることはなく、尋常ではない速度で振り抜かれた拳から発生した風がかまいたちとなり僕の髪の毛を数本斬り飛ばした。

 

「甘い香り……私たちエルフとは相容れない匂いです」

 

「シルさん。今までありがとうございました」

 

「アルさ〜ん? まだ死んでないですよー。まだ」

 

「み、ミャーを心配してくれる奴はいないのかにゃ……」

 

 どうしよう、帰りたい。腹痛って言えば今日休みにしてくれるかな? そうだ、ダンジョンに行こう。あ〜、レイさん達に会いたいなー。

 

「歓楽街」

 

「【駆けろ(ライトニング)】」

 

 魔法発動の初速よりも速く、リューの手刀が僕の肩へと放たれる。何故だか僕の耐久を軽々と貫通してくる威力に彼女が本当にLv4なのか疑いたくなるほどだ。魔法よりも早い攻撃なんて、福音拳骨(ゴスペル・パンチ)しか見たことない。そうか、リューはあの人に並ぶ逸材だったのかなんて意味のわからない思考に陥るほどに僕は今窮地に陥っている。

 

「誰だ。貴方を唆したのは。貴方が自分の意志であのような場所に赴くとは考えられない────そうですよね?」

 

「え、と。あー、んー……」

 

「アルさんって普通の嘘は一流になったのに他の人を巻き込む類いの嘘は壊滅的ですよねぇー──は? 自分の意志で行ったんですか?」

 

(敵が増えたっ……)

 

 春姫さんの情報はヘルメス様から伝えられたものであるためにその事実を自分勝手に歪曲させて真実と嘘を織り交ぜた言葉にて二人の気を逸らそうと考えては見たもののやはり口が上手いこと回らない。

 眼のハイライトが完全に消えてしまったリューとシルさんを相手に勝てる気が全くしないため僕は無言という最終手段をとる。

 

「───私の目を見なさい」

 

「「「え、なに!? 爆発した!?」」」

 

 目を逸らし口を閉ざす僕に逃げ道を与えないようにリューが僕の両頬をLv4のステイタスをフル動員させて高速かつ力のアビリティの限りを注いで顔を手で挟んできたため勢い余って甲高い破裂音に似た音が響き渡り感覚の鋭い獣人をはじめとした従業員達が一斉にこちらを向くと即座に顔を逸らし無関係であることを指し示してきた。

 

「なーんだ、いつものか」

「よく分かんないけど、あたし知ーらない」

「どうせリオンがよく分からないことで突っかかってるだけにゃ」

 

「何故貴方は歓楽街に行って、よもや朝帰りなどしたのですか」

 

「「「その話詳しく!!!」」」

 

 ちょっとそこ。「アルの性事情きたぁ!」とかよく分からないテンションにならないでください。誤解ですから。いや、ほとんど正しいんですけど。

 珍しい話題に興味を示した人達がワラワラと集まってきているがシルさんが後ろに振り向いた瞬間そちらにいた全員の表情が凍りつき冷汗をかきながら業務へと戻って行った。

 

「いや、朝帰りって……確かに帰ってきたのは朝だけど」

 

「私もアルさんのことは信じたいんです! なので、アルさんの身の潔白を証明するためにアルさんの下着を渡して貰えますか? あっ、もちろん今履いているので大丈夫ですよ! 大丈夫! 悪用なんてしませんから! 部屋で楽しむゲフンゲフン。昨夜に何があったのか調べるだけですから!」

 

「隠せてないですよ?」

 

「シル。貴女には後で個人的に話があります」

 

「そんな!! リューだって欲しいでしょ!! いや、調査するべきだと思うでしょ!!」

 

「わ、私はアルの下着など欲しく……欲し、く……ああありません!!」

 

「理性が勝った!」

「本能を御したにゃ!」

「あの二人アルのことになったらなんであんなにポンコツなの?」

「あれはポンコツの枠組みに入れていいものなの??」

 

 誰も目もくれない気絶一歩手前となっているアーニャさんの元へと向かい治療をしつつ手を差し伸ばして身体を起こす。

 雷精霊の力で外へと雷の文字を飛ばすと監視を続けるアレンさんからとびきりの殺意が僕単体に向けられて来た。おかしいな。妹さんの無事を伝えただけなのに。

 

「か、川の向こうでミャーが手を振ってたにゃ……」

 

 それはただ自分が手を振ってるだけでは? と思いながらも割とダメージを負い歩けないアーニャさんを近くの椅子へと腰掛けさせる。

 

「あんた達!! 朝っぱらから煩いんだよ!! さっさと仕込み始めなっ!!」

 

 ミアお母さんの全てを覆す魔法のような圧力による言葉で逃げるように仕込みを再開。シルさんだけは拳骨も受けて涙目で抗議をしていた。

 

 僕が歓楽街に行った理由は今アミッドさん以外には話すことは出来ない。だから曖昧な言葉でしか返答できないのがもどかしい。

 やる事は多い。闇派閥のことも、アストレア・ファミリアのことも。それに、ロキ・ファミリアの遠征も近い。僕という異分子が組み込まれている以上、何が起こるか分からないために準備は万全にしなければ。

 

「───というわけで、お願いします」

 

「うんっ、任せて!!」

 

 僕だけでは全てを廻すことなんてできない。干渉してはいけないこともあるから。だから別件と被ってしまうリリのことについてはアーディさんに託すしかない。

 

「アルから頼み事なんて珍しいね! 張り切っちゃうぞー!!」

 

 ガネーシャ・ファミリアの憲兵が都市を巡回する朝一番にあったこともありあたりは静か。アーディさんの元気な声が木霊する。

 

 これから忙しくなる。準備してきたものを惜しむことなく使わないと失ってしまうかもしれないから。この時代の僕の権利だと思っていたけど、もう僕は春姫さんに接触してしまった。

 戻ることは出来ず、救わなければならない責任が発生している。

 

 酒場を長く離れなければならないかもしれない。今朝のリューの瞳の奥に込められた寂しげな姿が焼き付いて離れない。シルさんはなんとなく理解しているようだったけど。

 

「……ん? むむむ?」

 

 くんくん、と。実際にそう口にしながら匂いを嗅ぐ人はこの人以外にいないのではないだろうか。あ、この前ヘスティア様もしてたっけ。

 

 ──あ、なんか嫌な予感。

 

「甘い……ねぇ、歓楽街とか、行ってないよね??」

 

「では、僕は仕事があるので失礼しま」

 

 僕の腕を掴みあげる。早すぎる動き、僕じゃなきゃ見逃してるね!! 

 

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