『人造迷宮の扉をひとつ発見した。君のおかげだ、感謝する』
「いえ。すみません、曖昧な伝え方であなたを誘導することしか出来なかった」
『それは仕方が無いだろう。にわかには信じがたいが、君の行動には制限がありそれに伴う罰則も私では計り知れないものなのだろう』
「僕自身、何処までがルールに抵触するのか定かでは無いので」
人避けと認識阻害、音の遮断の魔導具をふんだんに使った特別性の隠れ屋。第二級までなら特別なスキルでもない限りこの家の存在に気づくこともないし入ろうとも思わない。
この家は、フェルズさんとの定期報告の場として使っている。
ウラノス様が居座る「祈祷の間」に赴くこともあるが、この隠れ屋の方が頻度は多い。
「アリーゼさん達は?」
『ああ。アリーゼ・ローヴェルとゴジョウノ・輝夜が赤髪の怪人と接触したらしい。実力は当時の【剣姫】を圧倒。戦闘をしたゴジョウノ・輝夜が言うには、Lv6の中位ほどで未だ発展途上。腕を切断したが恐らく再生されており、逃走を許してしまったと』
僕とフェルズさんの2人だけの空間であり覗き見の心配も無いためか、フェルズさんはフードを外し肉のなくなった骨だけの顔を見せている。骨だ。
『アリーゼ・ローヴェル曰く。「あの人、赤髪で翡翠の瞳って私とキャラが被ってると思うの!! これは早急な対応が必要だわ!! 私のキャラが薄まってしまう!!」、だ』
「あの人らしいですね……」
『彼女達は一度、都市外のホームへと帰還するそうだ。「アルに私の美しく壮大な武勇を伝えて頂戴っ!!」と伝言を受けているが……聞くか?』
「あ、結構です」
『このやり取りも慣れたものだな。さて、異端児についてだが順調に同胞を見つけ出し保護に成功している。君と彼女達が使徒として抑止力となってくれているおかげで異端児を狙った闇派閥の動きは抑圧出来ている』
変声機により中性的な声で語るフェルズさんは何処か浮き足立っているかのように声の調子が上がっているように感じられた。
『君たちには本当に感謝しているよ。Lv8という規格外な存在である君をはじめとして、Lv7のゴジョウノ・輝夜、Lv6のアリーゼ・ローヴェル。そして残りのアストレア・ファミリアの団員も最低値がLv4……ガネーシャ・ファミリアの一部しか協力者がいなかった当時では考えられない戦力の飛躍だ』
「僕がしたくてしていることですし。それに、フェルズさんが居なければアリーゼさん達を救うことはできなかった。こちらこそ、感謝してもしきれません」
『五年前か。懐かしいな。祈祷の間に突然現れた君に何も言わずにダンジョンへと引きずられたことは今ではいい思い出……いや、あれは数百年と生きてきた生涯で一番の刺激的な体験と言える。二度と経験したくは無いな』
背もたれに身を委ねると木製の椅子特有に音が鳴り、小さいながらにも密閉された空間によく響く。
『リド達も君に会いたがっていたよ、【白き英雄】』
「あの……むず痒いので、その呼び名やめてもらってもいいですか」
『ハハハっ。いや、失礼。これを言った時の君の反応が面白くてね』
ケラケラと、本当に面白そうに笑うフェルズさんを前に僕はムスッとした表情で非難する。英雄と言う立場を継承したことは事実でありそれに伴う責任も生じてはいるけれどやはりその肩書きは改めて口にされればいたたまれない。
話題を変えるという名目で、僕は話を振る。
「闇派閥はどうなっていますか」
『闇派閥の動きはここ最近活発化し始めている。【
「エニュオと言う単語は聞いたことがあります。けど、正体までは」
『そうか。私の方でも探ってみよう。ロキ・ファミリアはこの件に深く関わってしまっているようだ。先日、【剣姫】に依頼を出したがその際にも怪人と接触したらしい。その中にはオリヴァス・アクトも居た』
まあ、死んだそうだが。と口にして黙るフェルズさんを見て僕は思考に耽ける。
怪人を直接見た事は無いが、フェルズさん達の情報から察するに、元の世界で討伐したニーズホッグやこの前59階層に向かった際に見た成長途中の個体のようなものの人間版、と言ったところか。
『今回の戦闘に参加したのはロキ・ファミリアの【剣姫】、【凶狼】、【千の妖精】。【万能者】をはじめとしたヘルメス・ファミリアに、ディオニュソス・ファミリアの【白巫女】。ヘルメス・ファミリアに重傷者は出たもののいずれも【聖女】により完全復帰している』
本当にアミッドさんには頭が上がらない。あの人の治癒魔法は下界の理を逸脱していると言っていい。Lv4となっているアミッドさんの全治癒魔法の効力は蘇生に一歩踏み出している。欠損も元通りだし、死んでから数分ほどならば叩き起こせる。
本当におかしいと思うが、それを言ったら「そっくりそのままお返しします」と言われたため黙ってはいるが。
『Lv6へと至った【剣姫】と赤髪の怪人……レヴィスが戦闘をしたが、【剣姫】に軍配が上がっていた。しかし怪人の成長速度を加味するとあそこで仕留めきれなかったのは痛手ではあるが』
「死者が出てなければ取り返せます。必要なら僕が出ますが」
『エニュオは
「エニュオを神だと仮定するなら、僕達の思考は読まれやすい。フィンさんなら何とかなりそうではあるけど」
『【勇者】か。しかし現段階で私が……ギルドがロキ・ファミリアに助力を要請するのはあまり好ましくはない。当分はヘルメス・ファミリアに探らせる』
「それが一番だと思うんですけど……アスフィさんにはしっかり休んで貰ってくださいよ。この前会った時目の周り真っ黒でしたから」
『時々彼女のことは魔導具を通じて目にすることがあるが、その度に疲労が蓄積されているように思えるな。これが神の言う「社畜」と言うやつか』
この間貰った髪色と瞳の色を変化させる認識阻害の魔導具はかなり強固に作られており今はまだ壊れる気配は無い。
ただ、全力で走り回ったら多分壊れてしまうだろうし、その時のアスフィさんの絶望と空元気の顔を見たくないから極力走らないようにしている。
『なんにせよ、今のところ警戒するべきはレヴィスという怪人と、闇派閥を裏で操るエニュオなる存在だ。まだ君に動いてもらう程では無いと想定はしているが、もしもの時は頼む』
「はい、分かりました」
『今度、レイに顔を見せてやってくれ』と言い、フェルズさんは透明化のマントのようなものを頭から被り姿を消して隠れ家を出ていった。
今日は酒場で仕事があるために軽く支度をして家を出る。
「──という訳で、リリちゃんは無事だよ〜」
昼の営業であるため酒場としてではなくカフェのような形での営業である豊穣の女主人は夜に比べれば客入りは少ないけれどミアお母さんの作る料理はどれも絶品であるから評判はよく常連の方たちが静かに料理に舌鼓を打っている。
僕が出勤して少しした時に声高らかに入店してきたアーディさんは僕の姿を見つけると天使の微笑みを浮かべながら報告に来てくれた。
「良かった。ありがとうございます、アーディさん」
「うんうん! ベル君がほとんどモンスターを倒してたから私要らないんじゃ? とか思ったりもしたけど終わり良ければなんとやらだよね!」
「あれ、あの子と知り合いだったんですか?」
「いや? あの日が初対面だね〜。でもいっぱいお話したから友達!!」
(人付き合いが強すぎる……)
改めて、この人の人を引き寄せる天性の才覚に舌を巻く。
「そうだ。ベル君の名前って、ベル・クラネルなんだって〜」
不思議だな〜、なんていう彼女は既に気づいているのだろう。それでもこの場で口にするだけで詮索してこないのはアーディさんの優しさ故であり、そのことについて僕が口を出すのはこの人に失礼であった。
「凄いねあの子。オークの群れを一瞬で倒してたよ? 駆け出しとは思えない」
「まぁ、英才教育の賜物ですかね……あの二人に教鞭の才能があるかは置いておいて」
四年ほど前に一度だけ見に行ったことがあるが、あれは酷かったなぁ。
ザルドさんは脳筋という言葉が似合いすぎた。恩恵も無いただの子供に大剣を振らせようとして、刺さった状態からピクリとも大剣を動かせないあの子を置いて自分が見本として素振りをすれば強風が巻き起こり小さな僕は吹き飛んでいっていた。
アルフィアさんはあまり教えてはなかった気がする。けど、お祖父ちゃんとザルドさんを魔法を使わずに指を弾いた音だけで擬似的な【サタナス・ヴェーリオン】を引き起こすという意味不明な技で一日に三回は地面に突き刺していたっけ。それを見た小さな僕は震えながら「おじいちゃーん!! おじさーん!!」って叫んでた。
「二人?」
「いや、なんでもないです」
二人の存在は禁忌。オラリオにいる誰もが堕ちた巨悪だと信じ、死亡したものと思っている。もし生存を知ればパニックになることは間違いないし、非難も殺到するだろうから現時点では絶対にその存在は露見したらダメだ。
僕の返事をそれとなく流したアーディさんは思い出したように「そういえば」と口にする。
「リリちゃんがキラーアントに囲まれてたから助けようと思ったらリリちゃんを中心に辺り一面一瞬で凍りついたんだけど、あれってアルの仕業だったりする?」
「ああ。水の大精霊ですね」
「へー、そーなんだ〜……え? 大精霊?」
「僕、水と雷の大精霊と共存してるんですよ。言ってませんでしたっけ?」
「いや、雷は知ってたけど水もなの!? アルってヒューマンだよね!? ハイエルフよりも精霊に好かれてるんじゃない!?」
アーディさんに見えるように雷と水の大精霊を掌の上に浮かばせる。『ひょー!! 激カワな女子じゃー!!』とジュピターが僕にだけ伝わる念話で叫びアーディさんへと飛んで行ったところをすかさず僕が指で弾いた。
「あれ!? 片方吹き飛んじゃったよ!!」
「気にしないでください。そういうものなので」
「どういうこと!? ていうか水の大精霊が追い討ちかけに行ってるけど!」
水精霊が吹き飛んだジュピターへと向かい光の玉同士でやり取りが分かりずらいが感覚的にはジュピターを殴り続けている。
『ちょっ、やめっ、ぺぎょ!?』とジュピターがお祖父ちゃんの声で懇願しているが水精霊はその声を無視して折檻を続ける。
「エルフがこの光景見たら卒倒しそうだなぁ……」
豊穣の女主人で働く従業員の中にはエルフも当然居て、初めの方は僕が身に宿す大精霊の存在に驚きと敬服の念を向けられていたけれどジュピターの性格を見てからは敬う気持ちなんて吹き飛び今では普通に接してくれている。
リューは割と初めから変わらぬ接し方だったが。
少し話していると、「ねぇねぇ」とアーディさんが僕の服を摘んで声をかけてきた。
「今度の休日私とデートしようよ〜」
「いいですよ。いつですか?」
「昔はこういう誘いを受ける度に慌ててたのに。でも、やった〜! 明後日一日貰うよ〜」
そう考えると、ニイナ達と一年以上会っていないなと思い出し、今度予定が合えば顔を覗きに行こうかなと決めた。
アーディさんは本当に楽しそうに笑ってくれて。ほんと、天使の輪っかが頭の上に浮かんでいるように見えるくらいこの人の微笑みは天使だ。
あのグロスさんからの評価が高かったのはさすがの一言だろう。困惑もしてたけど。
「────あ」
殴り続けられて真っ赤になっているのかジュピターの光に薄く赤色が混ざって戻ってきたのはいつも通りのことなので特に反応することなくジュピターと水精霊を身体に戻す。
そして喉の乾きを感じて水を飲むと入口に小さな気配と視線を感じたのでそちらを向くと小さな来客が待っていた。
「ん〜……あっ。私そろそろ帰るねぇー! デートの約束忘れないでよ〜!!」
僕と同じように入口を見て来客が誰なのか察知したアーディさんは気を利かせてくれて足早に店を去っていく。店を出る際に「大丈夫だよ!」と店前に佇む小人族……リリに声を掛けてから走り去っていった。
「あ……あのっ……」
俯き、けれどこちらに一歩向かおうとする彼女よりも先に僕がリリの元へと向かう。そして視線を合わせるように屈み、言葉に迷うリリの発言を待つ。
「その……ッ!!」
厨房の隙間からシルさんが、次いでルノアさんが顔を出し、最後にアーニャさんが騒ぎながら出てきたところをリューとクロエさんが後頭部を叩き断末魔なく沈ませた。
意を決したように、俯かせた顔を上げて僕の瞳を見ると驚いたように目を丸くさせて、そして何も無かったように表情を戻した。
「お弁当っ、毎日ありがとうございました!! それと、いつもお礼を言えなくてごめんなさいっ」
「うん」
「いつも美味しくて、温かくて! リリの一日の楽しみだったんです!」
リリが懐から出そうとしているのは、今まで僕が勝手に用意して渡していた弁当に対する費用。総額には届かない一部でしかないけど、それでもリリが今持っている貯金の殆どだろうと分かってしまった。
だから僕はリリの腕を止めて、リリから見えないようにポーチへと手を入れて今日のお弁当を取り出す。
「僕もお弁当作るのが楽しかったんです、サポーターさん」
「え」
「だから。これからも、僕のお弁当を貰ってくれませんか?」
「なん、で……」
「貴方は街行く冒険者達のなかで一番、前を向いていなかったから。楽しく無さそうだったから。だから、笑っていて欲しかったから」
彼女の小さな手を取る。そして力が入っていないその手にお弁当を両手で持たせて片手を頭の上に乗せた。
「女の子には、笑っていて欲しい……ただの僕の願望です」
「っ……女、タラシ……」
「え””」
「リリはっ、貴方の名前も知らないのにっ。リリを口説いているのですか!」
「あ、僕達まだ自己紹介もしてなかったんですね」
「合コンみたいなこと言わないでください!!」
「あはは……僕は、アルと言います」
「リリは、リリルカ・アーデです。アル、様……七年前の英雄様と同じ名前ですか」
「ええ、まあ。覚えやすいでしょ?」
「白き英雄とは正反対の黒さですけど……ふふっ」
やっぱりリリには笑っていて欲しい。泣いてる姿なんて見たくない。こうやって、なんてことない話をずっとしていたい。
「リリのことは、リリと呼んでください、アル様っ」
7年振りに見たリリの笑顔。仮面を脱いだ彼女の表情の全てが懐かしく愛おしい。ファミリアからは脱退出来ていないようだけれど、それでも彼女の笑顔を見れただけで今までのことが報われるように感じた。
けど、彼女を救ったのは僕ではない。彼女は僕のことを知らない。その事実が、今になってとても辛く重く感じてしまった。
「……うん。分かったよ、リリ」
けど、これだけは許して欲しい。
彼女の呼び名をリリとし、くだけた態度で話すことだけは許して欲しいと願った。
「いつでも食べに来てね、リリ」
「はい! その時はお話してくださいね、アル様!」
きっと彼女は救われた。それは僕では無いけれど、彼女にとってはそれが最善だったんだ。
久しく感じたこの感情。
(みんな──会いたいよ)
七年……正確には六年。この世界で過ごしてきて、もう僕はこの世界の住民となっていると分かっていた。
けど、どうしても願ってしまう。僅かな可能性に縋ってしまう。
この世界で出会った人達全てが大切だ。けれど、それは元の世界のみんなも一緒で。
「神様────」
僕の呟きは誰に拾われるでもなく空へと吸い込まれる。
太陽の陽射しが、やけに眩しく感じられた。
「アイズさんがっ……アイズさんがぁぁぁああ!!」
「レフィ酔いすぎだよ……他のお客さんみんなこっち見てる」
「あんのっ、泥棒兎!! 別ファミリアなのにアイズさんと一緒に……ふ、ふぇぇええっ」
「うんうん。よしよし」
夜の時間帯となり、荒くれ者の冒険者達が酒場に集い賑わいを見せる中でレフィの泣き叫ぶ声は高く響き渡っていた。喧騒が止むことはないがチラチラと視線を向けられるのは居た堪れないので遠慮願いたい。
今日もいつもと変わらないほどの忙しさだが、レフィが来る時はミアお母さんは僕に休憩を与えてくれる。何かを察しているのだろうか。
「私だってアイズさんに稽古をつけて欲しいんです! それをあの泥棒兎はっ、『ふははは。アイズさんは僕を選んだんですよ! 貴方ではなく、ぼ・く・を!!』なんて言いたげな目を向けてくるんです!! きぃぃぃいいい!!」
「誇張表現極まってるね」
「昨日なんて、膝枕を……ァ、ァァァァァァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
「怖……」
エールを一気にあおり、カウンターへ叩きつけるように置くレフィの話を聞くに、どうやらアイズはこの時代のベル・クラネルを弟子に取ったようだ。早朝に小さな剣戟が聞こえてくるから何事かと思っていたけどもうそんな時期だったとは。
と言うか、レフィがベル・クラネルのことで愚痴を零す度に間接的に僕にもダメージが向かってくるからそろそろ遠慮願いたい。言葉の暴力は耐久値関係ないから効くんだよ? つまりゴスペルは最強。
「アイズさんアイズさんアイズさんアイズさんアイズさん」
なんだろう。前はそうでも無かったけど、こうやってレフィと近しい間柄になり彼女の本質を目の当たりにすればするほどレフィの危うさと言うか怖さを感じてしまうのは。
ここまで来れば尊敬を通り越して崇拝の域に到達している気が。
「アイズはレフィのことを蔑ろにしている訳じゃないよ。ただ不器用なだけ」
「ほんとですか〜……」
「膝枕も、多分力加減が上手く出来なくて気絶させちゃったとかだよ」
「そんなことあります……?」
あるんだな、これが。
酔いが回っているのか顔を真っ赤にさせているレフィの頭を撫でる。
「えへへ……」
(可愛い)
ゴンッ、とカウンターが揺れるほど強く置かれたジョッキに肩を揺らし驚いて目を丸くしながらそちらを向けば鋭く目を尖らせたリューが静かにこちらを見つめていた。
何か不味いと感じ、レフィの頭から手を離そうとするもそれより早くレフィが僕の手を取り撫でることを強要。
そしてリューが握るジョッキの取っ手部分が砕け散った。
「何やらかしてんだいこの馬鹿娘がっ!!」
カウンター席であり厨房から一番近い位置に座っているためにミアお母さんが飛び出しリューの頭に拳骨を落とす。頭蓋骨割れてない?
「ぐっ……しかしっ、ミア母さん!!」
「でももへったくれも無いよ! さっさと戻りな! ジョッキも新しいのに変えるんだよ!!」
たくっ、と言いながら魚の煮付けを僕達の前に置くミアお母さんは腰に手を置き息を吐く。
「あんたもアンタだよ、アル。イチャイチャするんだったら人様に見られないところでやりな」
「イチャイチャなんて「してるよ!!」……はい」
頭に乗せていた手を頬へと持っていき頬ずりをするレフィを見て(あ、イチャイチャだこれ)と思い至る。
「……まあ、アイズにも考えがあると思うから、待ってあげて欲しいな」
「あぅ……フィルヴィスさん……あ、エルフの方に並行詠唱の稽古をしていただいてるんです。けど、それだけだと少し不安もあって」
ロキ・ファミリアの遠征は近い。あと数日。その期間で並行詠唱を習得するのは難しく、仮にできたとしても付け焼き刃にしかならずに深層域で安心出来る技量になるとは思えない。
それに、彼等彼女らが向かうのは59階層。僕が倒すべきではないと判断した穢れた精霊が住まう魔境。
いや、違うか。穢れた精霊といえども、精霊を手にかけることの忌避感がそうさせただけだ。
「近接戦闘なら、僕が教えられるけど」
「────え?」
僕の提案を聞いて顔を上げたレフィは僕の顔を驚いたようにポカンと見つめる。そんなに驚くことかな。
「並行詠唱は余り使わないから教えることは難しいけど。近接戦闘も覚えておいて損は無いと思う」
「いい、んですか……?」
「あと数日だから付け焼き刃にしかならないかもしれないけど、覚えるにこしたことは無いと思うし。遠征が終わってからも時間が合えば教えるよ」
「〜っ!! はいっ、お願いします!!」
両手を握り胸の前に突き出した彼女は満面の笑みで喜びを伝えてくれる。
それを見て、やっぱりこの人は純粋なんだと思うのと同時に危ういと感じた。
だって僕がそうだったから。
大切な人を失ってしまうようなことがあれば壊れてしまう。僕は運が良かった。フェルズさんが居てくれたから。
けど、この人は違う。だから僕は願う。僕は全てを救えないから。
彼女の目の前にいる存在を守れるだけの力を彼女に身につけて欲しい。英雄の作法とはまた別の願い。
そんな僕の身勝手な願望を、彼女に押付けたい。
「──待っていた」
これは僕の責務。
英雄という称号を与えられ、先駆者達に託され受け継いだことから生じる義務。
「今日、この日、この瞬間。俺の持ち得る全てを用意した」
ザルドさんはこの人に託した。贄となり、器の昇華という形で冒険者として生きてきた人生を託したんだ。
この人に停滞は許されない。僕が許さない。七年経ってもランクアップが見られないのならきっかけを強制的に作るまで。
「アル……お前に、俺の全てをぶつける」
彼から要求されたのは至高の一撃。
互いの最高火力を持ってして高みを見たいという願望。それを僕は承諾してこの人の想像の全てを真っ向から叩き潰す。
獣化、スキル、魔法。全てを用いてゼウスとヘラに手を伸ばす彼の力の全てを僕は否定する。
この人に今必要なのは格上の打倒ではなく、価値観の破壊。
Lv8とLv7という一つの差だと甘く見ているこの人の全てを破壊して新たな個を創造しなければ決して器の昇華なんて遥か先の話だから。
「【ヒルディス・ヴィーニ】」
オッタルさんの魔法が完成する。階層主クラスにしかしようが認められない程の威力を秘めた魔法により強化された大剣が力の放出を今か今かと待ち侘びている。
僕は武器を構えない。必要が無いから。
僕の一撃を静かに待つオッタルさんに応えるように、僕は口を動かした。
「──【
奇しくも同じ時間。
【未完の英雄】と、【都市最強】が産声をあげた。