白き英雄譚   作:ラトソル

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英雄の姿

 ロキ・ファミリアの遠征が始まった。

 

「……どいて」

 

 先行部隊、後方部隊と別れて時間差でダンジョンへと向かう。先行部隊としてアイズ、リヴェリアやフィン達を含めた主力の過半数がこれらに含まれていた。

 

「……どいてっ!!」

 

「断る」

 

 上層にて観測された異常事態。いつかの失態を思い出させる、ミノタウロスの出現と小人族の少女からのSOS。

 それが誰についてなのか即座に思い当たり、(まさか)とアイズは魔法さえも纏い全速力でミノタウロスと少年が居るであろうフロアへと向かった、道中。

 

お前ら(ロキ・ファミリア)はここで大人しくしとけ」

 

「どいてっ! ミノタウロスに襲われてるかもしれない人がいるの!!」

 

「ガキが漢見せようとしてんだ。すっこんでろ、女」

 

 突如飛来した槍。待ち受けたるは黒衣を身につけボサボサの黒髪と獣人の耳、そして銀の槍を携える少し背の低い青年、アレン・フローメル。

 

 フレイヤ・ファミリアのLv6であり副団長でもある彼は少年が闘っているであろうフロアへの一本道を塞ぐ。

 

「貴方は……何を知ってるの」

 

 アレンから呟かれた言葉。そこから読み解かれるのは現状の把握をアレンが正確に出来ているという事実。

 つまり、駆け出しであるベル・クラネルが強化種であろうミノタウロスと戦闘していることをアイズよりも理解出来ている。

 

 アイズの質問に対する返答は槍の切っ先を向けることで行われる。

 一週間という短い期間のみであるがベルに稽古をつけていたアイズはベルに強化種のミノタウロスの相手は難しいと判断している。

 故に、アイズの勝利条件はアレンを打倒する事ではなく抜き去ること。

 

 しかしそれは難しい。

 アレンは『都市最速』の異名を持つ程に敏捷がずば抜けている。

 それはLv6へと到達したアイズでさえも追随を許すことは無い。

 

 ならば倒して押し通る……それはより困難だった。

 

 アレンの背後から静かにアイズを射抜く鋭い眼光。

 金の髪はスラリと伸び、眼鏡は知的な印象を植え付ける。

 

 フレイヤ・ファミリア所属、Lv6。

白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】、ヘディン・セルランド。

 

 数日前の襲撃により、アイズはアレン単体でも勝ち目がないことを理解していた。

 その上での、同じくLv6がもう一人。相手の守りは磐石と言える。

 

 学が乏しいアイズとはいえ、この遭遇を偶然という言葉で済ませることは無かった。

 

「通して」

 

「何回目だ、このやり取りは。いい加減にしろ、これ以上俺をイラつかせるなよ」

 

「……そう。なら、斬るよ」

 

「斬る……? アイツの腰巾着が────自惚れんなよ、守られるだけの姫風情が」

 

「────ッ!!」

 

 心の底からの苛立ち。憤怒と呼んでもいい形相の変化にアイズは戦闘態勢を取り指に力が篭もる。

 

 この程度の距離、アレンにとっては必殺の間合い。同じレベル帯のアイズと言えど、アレンには確実に葬り去るだけの自信と実力が持ち合わされていた。

 

「よせ、アレン」

 

「あ?」

 

 そこに待ったをかけるのは、後方に佇むヘディン。

 

「戦闘は許可されているが死合いとなれば看過は出来ん。何を熱くなっている。少しは冷静になれ愚猫」

 

「勝手に着いてきただけのテメェが何ほざいてやがる。文句があるならさっさと消えろ」

 

「今の貴様を抑えるために私がわざわざ出向いてやったのだ。何が悲しくて貴様のような蛮族と二人きりでダンジョンに潜るものか。言われずとも、用が済めばさっさと地上に戻りオッタルの負け姿を目に焼きつける」

 

「……チッ」

 

 舌打ちをこぼし、槍を納めたアレンから闘気は薄れ、アイズも警戒しつつも剣を下ろす。

 

「やっと追い付いた〜!!」

「アイズ、独りで走り出すんじゃないわ……なっ、フレイヤ・ファミリアッ!!」

「あ? なんでこんなとこにいやがるんだぁ、クソ猫ォ!!」

 

「チッ、揃いも揃って騒がしい奴らが……」

 

 アイズから遅れてやって来たのはティオナ、ティオネ、ベート。そして。

 

「さて。これはどういうことかな、ヘディン?」

 

 小人族の英雄たる金の槍を携えるロキ・ファミリア団長フィン・ディムナがいつもの顔を崩さないながらにも道を塞ぐように佇むヘディンを見て糾弾するように問いかける。

 

 ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア。

 両者の睨み合いという構図がヘディンとフィンを境目に起こる。

 下から見上げてくるフィンの姿を一瞥するとロキ・ファミリアの面々へと一度視線を向ける。

 

「リヴェリア様はいらっしゃらないのか……まぁいい」

 

 トレードマークになりつつある眼鏡を指で押し上げ、フィンの眼光に押し負けずに見下ろすヘディンは落ち着いた様子で口を開く。

 

「条件付きでこの先に通してやる」

 

「「あぁ”!?」」

 

「騒ぐな、アマゾネスに狼人」

 

「どの立場でモノ言ってやがるんだテメェ……」

 

「このような狭い空間、ましてや上層で我々が戦闘を行うのははっきり言って正気とは思えん。双方に取って悪くは無い、むしろ最善と言える選択肢だが」

 

 噛み付く姿勢のベートとティオネ。今にも飛び出してしまいそうなアイズを手で制し、フィンは顎に手を添えて前に出る。

 

「君達の目的や、行動の意思について深く聞きたいところではあるけれど……緊急時だ。今は目を瞑ろう」

 

「賢明な判断だ」

 

「それで、要求とは?」

 

「こちらが貴様らに求めることはただ一つ────何もしないこと」

 

「……なに?」

 

「助言も、助力も。お前たちに許されることは目に映る光景を記憶することだけだ。決して手を出すな、憐れむな、貴様らの正義感など今この時に置いてはゴミ以下の価値しかないことを知れ」

 

「それは出来ない相談だ。僕達は推定強化種であろうミノタウロスが駆け出しの少年を襲っていると情報を受けた。助けを求める声も聞いた。見殺しにするなんて言う選択肢は僕たちには存在しない」

 

「貴様の立場など知ったことか、小人族。お前達はただ観客に徹していろ、道化の眷属」

 

「平行線だ。やはり君たちの目的を先に聞くべきか。いや、これは誰の判断で行われているんだい?」

 

「その質問こそ無駄なものだとなぜ分からん。人工の勇者風情が何を先走っている」

 

「ならこう聞こうか。君が今僕達を足止めし、そして駆け出しの少年を見殺しにしろと要求しているのは君の独断か? それともこれは神フレイヤの神意と判断してもいいのかな?」

 

「この場所に来たのは私の独断でありこの要求も私が必要だと判断したからこそのものだ。さっさと決めろ。終わってしまう」

 

「分からないな。君の目的はなんだ。ただの一介の駆け出しの死線を僕達に観測させるなんて君らしくないな」

 

「何を私という存在を知った気でいる。そもそもその認識こそが貴様らの無知を晒していると気づかないのか馬鹿め。アレは未だ未成熟、だが確実に我らの領域に這い上がってくる英雄候補。この程度の試練、乗り越えられなくて何が【英雄の生き写し】だ」

 

「──まさか」

 

 ロキ・ファミリアで唯一、アイズだけがミノタウロスに襲われているであろう少年のことを知っている様子であったこと。

 そして決定打となったヘディンから出てきた【英雄の生き写し】という言葉。

 

(以前、取り逃したミノタウロスの内の一頭に襲われていたという少年かっ!)

 

 話には聞いていた。しかし2大派閥の一角であり団長という立場は遠征間近であることも重なり多忙で時間が取れず件の少年に会うことは叶わなかった。

 しかし【英雄の生き写し】という情報だけが耳に入り、結果として会ったこともない少年の容姿を初めて会った時のアルと同じであると仮定していた。

 

 脳内で再生される英雄とミノタウロスの決戦。七年前は地上で指揮を取っていたために見ること叶わなかった、想像することしか出来ない神話の一戦。

 

 ────見たい。

 

 その英雄とそっくりな駆け出しが、ミノタウロスと死闘を繰り広げている。なんという偶然、あるいは必然か。

 フィン・ディムナとしては有るまじき思考。しかしこの好奇心を抑えるすべを今のフィンは持ち合わせていない。

 

「……分かった。条件を呑もう」

 

「「フィン(団長)っ!?」」

 

「遅い。だが賢明な判断だ。着いてこい、既に最終局面だろう」

 

 少年と猛牛が闘うフロアまでは少し遠い。故に先行するヘディンとアレンは全速力に近い速度で走る。

 後続のロキ・ファミリアを全く考慮していないスピードに五人は各々の思いを押し込み、ただ置いて行かれないように脚に力を込めていた。

 

 第一級冒険者の脚力により、目的のフロア迄に要した時間は数分。

 

 既にヘディンとアレンが佇み前を向いている様を眼にし、我先にと飛び出したアイズは2人の横へと並び立ち止まると目の前の光景に目を見開く。

 

 それは、ただでさえLv2にカテゴライズされているミノタウロスのさらに強化種となっている猛牛に蹂躙され、血反吐を撒き散らしながら嘆き泣き叫ぶ、惨めにも目を背けたくなる駆け出しの少年の姿────

 

 

「あははははっ!! 凄い! 大剣って振れるんだ!!」

 

 

 ──などではなく、ハイになって大剣を振り回し、ミノタウロスの胸元を大きく斬り裂いた弟子の姿がそこに映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 ────なんだ、これは。

 

 この日の約束を結んだ日から。

 いや、七年前に手合わせという名目で行い挑み敗北した日から鍛錬を欠かさなかった。

 

 深層へと単独で赴き、階層主を半殺しにするという偉業に近しいことまで行った。

 ステイタスの全てを限界値まで伸ばし、今日という日に臨んだ。

 

 それがオッタルという男であり、頂きに手を伸ばさんとする英雄候補の姿であった。

 

 オッタルはアルがLv8に至ったという話を聞いていた。

 そしてその後は豊穣の女主人でウェイターとして日々働いていることも知っていた。

 

 故にステイタスの伸びは少なく、ステイタスを限界値まで引き上げた自身とアルの差はLvひとつ分よりも小さなものであり、スキルに魔法を使用した自分ならば拮抗、ないしは上回るのでは無いかと……そんな甘い考えがオッタルの中に残っていた。

 

 全てを注いだ今の己の一撃は恐らく単眼の孤王でさえまともに受ければ屠れる威力を内包していると正しく認識していた。それは間違いではなく、無抵抗ならば魔石を跡形も残らずに吹き飛ばすことが出来るであろうオッタルにとっての至高の一撃。

 

 ────なんなんだ、コイツは。

 

 オッタルは力の解放を今か今かと待ち望む己の肉体にセーブをかけて目の前に佇む男を見る。

 構えというものはなく、手を下げてじっとこちらを見つめる男の姿は只人そのものだと……そう感じてしまうことが違和感であると気づくのにそう時間はかからなかった。

 

 アルはただ一言。それがアルの持つスキルの起動鍵であることなど今のオッタルにはどうでもよかった。

 

 一言呟く。ただそれだけで、今二人の間にある物理的な距離そのものが遠く離れたように錯覚してしまった。

 

 ────おれは、

 

 溢れ出す力の奔流が目に見える風の流れとなってオッタルの周りを包み込む。それに対し、アルは至って静か。魔力の漏れも、空気が軋む感覚も感じなかった。

 

 ────俺は、何を甘く考えていたんだ!! 

 

 オッタルは再認識する。目の前に立つ存在がどれほどの高みに到達しているのかを。

 たとえスキルを使っていなくても今のオッタルを無傷で制圧することは容易である実力の差が二人の間にあることを正しく理解した。

 

 そしてそれは、スキルを使用したアルとの差がさらに膨れ上がったことを意味することも、オッタルは理解していた。

 

「まさか……」

 

 戦場の端で二人を見つめるフレイヤは今のアルの姿を見てソレを感じ取り全知であるが故にアルの状態を正確に理解するもそれが有り得ないことであり未知と言わざるを得ない現象であることから笑みが浮かび上がる。

 

 アルが発動したスキルの内容は複数存在する。

 その中のひとつが────

 

「【刻まれし救い(呪い)の烙印。決して拭えぬ我が身の大罪】」

 

 第4の魔法スロットの、一時的解放である。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 少年──ベル・クラネルにとって、大剣と言うのは世界に固定された動かぬ飾りであった。

 

 脳筋(ザルド)は例外として。今まで鍛錬と称した素振りにおいて、ベルが地面に突き刺さった大剣を動かすことが出来たのは一度たりとも存在しなかった。

 

 おじさんは片手でひょいと担ぎ、振り下ろした時には災害級の暴風によりベルの体は彼方へと吹き飛んでしまう。

 ベルは、大剣とはおじさんの為だけに存在する一種の天与物では無いかと本気で思い込んでいた。

 

 数ある英雄譚の中で、大剣を扱う人物が出てくる度に尊敬の念を向けていたほど、ベルにとって大剣という武器は人間が扱えるように作られていないと思い込んでいたのだ。

 

 そして、冒険者となって数日で遭遇したトラウマと、またもや上層で出会う。

 更には、その怪物は大剣を所持していた。そしてそれを振るうことが出来るのだ。ベルはミノタウロスが本物の怪物なのだと、大剣を所持しているという一点で理解した。

 

 リリだけでもと、時間を稼ぎリリを逃がし自身はミノタウロスの足止め。Lv1のベルとは比べ物にならない力の持ち主たるミノタウロスの一撃一撃が必殺でありベルはただ逃げ惑い、恐怖にその顔を青く染めた。

 

 覚えたての魔法を放ち、縦横無尽に駆け出し注意を錯乱させる。それはもはや勝つためではなく生きるため、逃げるための技術。

 ベル自身、この状況からは逃げの一手だと決めて相手の隙を伺っていた。

 

 痺れを切らしたミノタウロスは力の限り大剣を地面に叩きつける。その威力は決して上層で起こっていいはずのない爆発をみせ、爆風と石片が辺り一面に弾け飛ぶ。

 それらに晒され、ベルは動きを僅かに止めるとその隙を逃すことなく紅き猛牛はベル目掛けて奇襲とばかりに上段からの振り下ろしという手段を持って確実に敵を仕留めに出る。

 

 ────だめだ。

 

 避けることは不可。受け止めることも体勢が万全であったとしても押しつぶされる猛牛の膂力を知っているからこそベルは己の死を無意識に悟った。

 

 Lv1の限界値を優に超したステイタス故か、はたまた死に直面した人間の生存本能故か。目まぐるしく動き回っていた光景が今だけは恐ろしいまでに遅く感じた。体は動かず、思考は定まらない。

 ただ体を膠着させて死を待つだけの奴隷となった幼き冒険者は……トラウマを超えた悪夢を思い出すことでこの窮地を脱する。

 

『さぁ、アイツを目指すというのならこの一撃防いでみろ!! 出来る出来ないではないっ、やれ!!』

 

『ひぃぃいいい!? ……あ、あれ? ────おっ、おじさァァァんっ!?』

 

『うわぁ、アルフィアのやつ。ザルドの振り下ろしを受け流してそのまま返しおった……なんじゃあいつ、天才か』

 

『お、お義母さん……あ、ありが──振り上げてるその腕はなんですかっ!?』

 

『私の動きを見ただろう。なら真似ろ。安心しろ、ザルドと同じ動きで剣を振るってやる。お前は私と同じ動きをするだけで良いんだ。ほら、簡単だろう?』

 

「────それが出来るのはっ、お義母さんだけっ、だよっ!!」

 

『ヴモォオオオオオ!?』

 

 これは、冒険者になってからの経験に基づく行動ではなかった。

 冒険者になって1ヶ月と少し。毎日のようにダンジョンへと潜り、時には地上にて放たれたシルバーバックとの死闘を含め濃密な死と隣り合わせの生活を過ごしてきた。

 

 しかし、それを遥かに上回る、田舎にて家族四人で過ごした時に経験してきた「死」の数々。

 時に大剣の風圧に吹き飛ばされ、時に木々を薙ぎ倒し笑いながら追いかけてくる脳筋から逃げ続け、時に目の前にいたおじさんと祖父が義母の一言で家の壁ごと吹き飛ばされるのを目撃し。

 

 そんな、日常的に『死』を味わい、死の淵をさまよう二人を見てきたベルの死に際の経験は熟練の冒険者のそれを凌駕する。

 故に、反射的に繰り出された力の受け流しはいつかのアルフィアのそれと遜色ない技術と完成度をこの一瞬に限り再現して見せた。

 

 確実に相手を葬り去る為に全力を注いだ必殺の一撃がそのまま反射されたかのように錯覚する衝撃をミノタウロスは受け、思わず大剣を手放しダンジョンの壁へと勢い衰えず衝突する。

 

 もう二度と再現すること叶わないかもしれない武の極地とも言える技法を奇跡的に繰り出したベルは己が無意識的に生み出した結果に呆けることなく数M先に音を立てて落ちていた大剣を即座に回収。

 化け物にしか扱うことが出来ないであろう神が創りし天授与物(暫定)をこれ以上ミノタウロスに使わせないよう、引き摺ってでも遠くへと持って行こうとして。

 

「────え?」

 

 決してベルには動かすことが叶わないと思い込んでいた大剣が、地面から離れた。

 即ち、ベルは大剣を持ち上げたのである。

 

「……え?」

 

 体重も何もかも使い動かそうと思った結果が勢い良く大剣が宙を舞うという現象であり、慌ててベルは柄を握る両手に力を込めて転倒を阻止し改めて体の前に大剣を構える。

 

「…………え?」

 

 持ててしまった。構えることが出来た。猛牛が壁から這い上がってくるのを横目に、ベルは大剣を高々と振り上げ……軽く振り下ろす。

 

 ブンっ、と空気の避ける音と巨大な物体が大きく動いた音が鳴る。軽く振り、地面の手前で静止させたことからミノタウロスが作り出していた地面の石片が剣の切っ先から発生した風で軽く飛んで行った。

 

 哮る猛牛は弾き飛ばされた痛みに怒りを点し、白き兎を最優先で殺すべき対象であると定めて地面を抉りながら勢いよく飛び出す。

 ブルゥ、と白く熱い息をさながら燃料により発生する煙のように口から放出する猛牛はたとえ無手であったとしても脅威。

 

 むしろ激しい怒りにより闘争本能に火がついたミノタウロスのポテンシャルはオッタルが修行を張り切りすぎたことでLv3に片足突っ込んでいる壊れっぷり。

 

 そんな怪物が自分目掛けて突進してくる光景と爆発音のような足音を確かに受け入れながら、ベルはぐるりとミノタウロスの方向を向き。

 

「──────ハハッ」

 

 嗤った。

 

 この時のベルは今までの固定観念がぶち壊されたことにより思考回路が爆発し、一種のゾーン状態と言ってもいい極限のポテンシャルを魅せる。

 今のベルの脳内を埋め尽くすのは、冒険者になりたての頃に襲われたミノタウロスの恐怖などではなく。

 

(大剣って、持てるんだ──!!!)

 

 とても死闘を繰り広げようとしている駆け出しとは思えない思考である。

 

「──あはははっ!!」

 

 ヘスティア・ナイフをホルスターへと収納し、両手で大剣を掴み体の後ろへと振り絞るように構えるとベルはミノタウロスの正面へと駆け出す。この時のベルは笑顔で溢れていた。

 

 獲物が自ら近づいてきたことにミノタウロスは歓喜する。

 突進という手段を用いた猛牛はさらに脚に力を込めてひたすらに前へと進み続ける。故に今のミノタウロスは前に対する事象には無類の強さを誇るものの、横方向からの攻撃に弱く対応が難しくなっていた。

 

 ベルは両者の距離が大剣が届こうとしているまで近づいた時、地面が陥没するほどに強く踏み込み、右方向へと飛び出す。

 興奮状態のミノタウロスは普段であれば対応出来たはずのフェイントにまんまと引っかかり、続け様に繰り出された大剣の振り上げを胸元に受ける。

 

『ゴフゥッ!?』

 

「振れる……!! 大剣って振れるんだ!!! あっははは!!」

 

 一撃をまともに受け、大きな隙を見せるミノタウロスは続く十字に振られる二閃の軌跡をさらにその身に刻まれる。

 

 激しい痛みに逆流した血液が口から漏れだし、これはまずいと地面を踏みつけ陥没させ、その破片を散らばせることでベルを後方へと回避させる。

 荒ぶる呼吸。胸元に手を当てれば生暖かくネチャリと粘り気を感じる鮮血が手のひらを染めあげる。

 ただでさえ紅い体表が血と怒りによりマグマのように赤く、むしろ黒に近づくまで猛牛は目の前で大剣を担ぐ敵を睨み付けた。

 

 筋骨隆々とした獣人に育て上げられた。

 絶対に勝つことが出来ない圧倒的な差がある男に、ミノタウロスは稽古というものをつけられていた。

 それは一日中、それを数日間。同胞の魔石を大量に与えられ、母たるダンジョンが殺せと囁いてくる人間に弄ばれている事実に怒りで身体が赤く染まった。

 

 しかし、猛牛は強くなった。大剣を与えられ、もはや敵無しと言ってもいい絶大な力を手にしたのだ。

 それが、なんだ。細く、弱々しい白き存在に魔石に手が届く程の傷をつけられたという事実がミノタウロスを刺激する。

 

『ブルルゥッ!!! ブォォオオオオオ!!!!』

 

 故に叫ぶ。驕りも、強者ゆえの無自覚な余裕も全てをすてさるための魂の咆哮。

 目の前で笑う存在を好敵手と定め、全てを持ってして押し潰すためのルーティン。

 

(──英雄になりたい)

 

 仕切り直しと言わんばかりにミノタウロスが攻める。大剣を振るい、時に魔法で撹乱しながらベルは相手の攻撃を捌き続け、確実にダメージを与えていく。

 

(お義母さんが求めるような英雄に。おじさんのような力ある存在に)

 

「あのミノタウロスっ、Lv2のカテゴリーに収まる強さじゃねぇぞ!?」

 

「いやっ、それよりも驚くべきはあの少年の技術とステイタスだ」

 

「まだまだ粗いけど……大剣の扱いがちょっと上手い……?」

 

「詠唱を必要としない魔法! しかし、決定打にかけるか」

 

 全てを完璧に捌ける訳ではなく、技術が成熟していないベルは自傷覚悟でギリギリの攻防を繰り広げるために確実にダメージは蓄積されている。

 しかし決して脚は止めず、走り続ける中でやはり自分には大剣は合わないのだと理解する。

 

 ベルの脚が、止まる。

 

「大剣を振り上げた……?」

 

「カウンター狙いか……馬鹿が!」

 

 ベートの舌打ちを聞き、そこにいる面々は各々駆け出し故の考えの浅さと決めつけ負けてしまうであろう少年の姿に目を瞑る。

 

「「大丈夫」」

 

 それに待ったをかけるはアイズとフィン。

 フィンが確信を持ってそう告げたことにアイズでさえ驚きフィンを見るとフィンはまるで少年のように目を輝かせながら目の前の一戦に注意を向けている。

 

(まだまだ若く、力も僕たちに比べれば儚いものしかない少年の後ろ姿に……どうして僕は先駆者(ゼウスとヘラ)の姿を連想している)

 

 ミノタウロスが攻め込む。次こそはフェイントなどに惑わされぬよう、しかし確実に打倒するという意気込みを持ってベル目掛けて飛び込む。

 

(何度も見てきた。世界を破壊する程のおじさんの一撃を。その度にそれ以上の暴力でお義母さんに沈められてたけど)

 

 冷静に、しかし燃え上がる闘気はそのままに。

 息を吐き、そしてもう一度呼吸。右足を一歩踏み出し、そして────両断。

 

「「「は?」」」

 

 猛牛の左の角と左腕を刃が通過し一刀両断。そのまま地面まで砕き爆発的な衝撃と音を鳴らした大剣はその音に紛れて柄の先から粉々に破損する。

 

『ヴモォオオオッッ!!?』

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 容赦なく猛追。左手を前に突き出し欠損し肉の見える左半身目掛けて魔法を放ちながら右手をホルスターへとまわしヘスティア・ナイフを抜き取るとここが攻め時だとラッシュを仕掛ける。

 

(ザルドっ!? 一体なんなんだ、あの冒険者はっ!!)

 

 リリを抱えて遅れてやってきたリヴェリアが例に漏れず瞠目して死闘を目の当たりにする。

 アレンはこの一戦を目撃し、舌打ちを零し身を翻し上の階層へと繋がる階段を目指した。

 

「何処へ行く」

 

「決まってるだろ。帰るんだよ。もうコイツらはあのガキの戦いに手出しはしない。結果は見るに明らか。俺が残る意味があんのか?」

 

「ふっ。同意だな。私もオッタルの負け姿を見に行くとしよう」

 

 左半身の機能が大幅に低下したミノタウロスはベルのラッシュに対応出来ない。大振りで振り払おうとすれども大きく上体を反らしがら空きの懐にナイフを数回差し込みまた距離をとる。

 ヒットアンドアウェイが今のミノタウロスに深く突き刺さっていた。

 

(あの日見た誰かのように)

 

 昔に一度だけベルの家を訪れた誰か。

 フードを被り特徴を捉えることが出来ない青年らしき人は義母とおじさんと特別仲が良かった。

 

(ザルドおじさんの大剣を難なく受け止めて、お義母さんの言葉を受けてもすぐに立ち上がる……僕の中の隠れた英雄)

 

 そういえば、あの人が使っていたのも同じ黒いナイフだったな、と場違いにも思い出しながら、ベルは隙をつき猛牛の左頬へと回し蹴りを喰らわせる。

 耐久ではミノタウロスが遥かにベルを上回り、痛みを感じながらも姿勢を崩さないミノタウロスは怯むことなく右腕を振り抜き防御の姿勢を取るベルの半身へと突き刺し吹き飛ばす。

 

「あぐぅッ!!」

 

 左腕が折れる音。激しい痛みは今この瞬間だけは忘れ去り、互いに睨み合う中で両者ともに次が最後の一撃となることを予感する。

 

 第一級冒険者からすれば止まって見える2人の攻防。それでも彼らは呼吸を忘れて魅入ってしまう程に、闘いに見とれてしまっていた。

 

 合図は無い。しかし踏み出したのは同時。ミノタウロスは代名詞たる突進の構えを取り、ベルはナイフをかまえ左腕は力なく下げる。

 

 猛牛は大地を踏みしめ砕き重低音を奏でながら。

 ベルは軽い足取りでタンッ、と軽やかなメロディを奏でる。

 

 真正面からの接近。

 両者が衝突するという間際、ベルがスライディングの容量で超前傾姿勢になっているミノタウロスの更に下へと潜り込みナイフを突き立てて大きく斬り裂いた。

 

 その際、わざとナイフを刺したまま残し、柱のように立つ壁を力の限り蹴り弾丸のように振り向く猛牛へと飛び出す。

 

「【ファイア────】」

 

 ステイタスの限りを尽くし右腕に全てをかける。速さを力に変え、拳が向かう先はミノタウロスの体に突き刺さる漆黒のナイフ。

 

「────【ボルト】ォォオオオオオ!!!!」

 

 炎を纏いし拳がナイフを叩き、ミノタウロスの内部へと深く突き刺さる。

 猛牛の体内に侵食した右腕から繰り出される灼熱がミノタウロスを内部から焼き付くし、ミノタウロスの身体が紅く発光し、全身から炎が漏れだし吹き荒れた。

 

 咆哮をあげる暇などなく。大きく膨張した身体がもう耐えられないとばかりに破裂し炎の柱が立ち上る。魔石すら燃やし尽くし、残ったのはドロップアイテムである角と倒れ伏した下半身のみ。その下半身ですら生命活動の停止と共に灰へと還り始めた。

 

「────勝ち、やがった」

 

「うそ────」

 

 白い駆け出しを貶したベートはものの1ヶ月でミノタウロスを打倒して見せた少年に武者震いが止まらず、ティオネはただただこの光景が信じられないと開いた口が塞がらない。

 

始まりの英雄(アルゴノゥト)だ……」

 

 物語で何度も読み、夢見た道化の英雄の姿を少年と重ね合わせる。

 

「ベル様……ベルさまぁああ!!」

 

「り、リ……?」

 

 小さき同胞が少年へと涙を流しながら駆け寄る姿を見てフィンは思う。

 

(……彼の血縁か、はたまた単なる他人の空似か。しかし……あぁ、くそっ。眩しい。あの日見たアルそっくりだ……)

 

「……珍しいな。お前のそんな表情」

 

「ん? 僕の顔がそんなにおかしかったかい、リヴェリア?」

 

「ああ。まるでおもちゃを前にした子供のように笑顔を見せていたぞ」

 

「そうか……ああ、そうだね」

 

「べ、ベルさまぁぁあああ!?」

 

 涙で視界が定まらないリリが距離感覚を誤りベルへと頭から突撃し、戦闘が終わったことで興奮状態により脳を騙していたベルは体の痛みに倦怠感、疲労と精神力欠乏に陥りリリからの一撃がトドメとなって白目になり泡を吹きながら気絶した。

 

「マインドダウン、だな」

 

「ああ。むしろここまで闘えていたのが不思議で仕方がない。彼を突き動かす何かがあったんだろう」

 

「ベル、様……」

 

「君も休むんだ。限界が近い」

 

 リヴェリアが駆け寄り、リリの体を支えるとふっと力が抜けたように意識を失う。

 

「……頑張ったね」

 

 ずっと黙り込み、静かに見守っていたアイズが倒れたベルを抱き抱えリヴェリアの横へと立ち並ぶ。

 

「二人を治療院……アミッドの所がいいだろう。いいな、フィン」

 

「ああ、問題ない。後続には僕から伝えておこう」

 

 走り出そうとするアイズに「ああ、その前に」とフィンが制止する。

 

「彼の、名前は?」

 

「ベル……ベル・クラネル」

 

「ベル──うん。覚えたよ。君に敬意を、ベル・クラネル」

 

 この場の5人。オラリオ最大戦力である彼ら彼女らの記憶に刻まれる少年の名は決して忘れられることは無いだろう。

 

 五人は目撃した。英雄候補の産声を。

 

 そして。

 

「……なっ!! ダンジョンが……いや、大地が揺れているのか……!?」

 

 彼等は感じ取る。

 現【英雄】の、力の鼓動を。

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 ──その日、その時、その瞬間。

 

 都市の至る所で堕落し、真面目に働き、あるいは酒を飲み笑いあっている神々が、その行動の全てを中断させて一斉に同じ地点へと振り返る。

 

「嘘だろ……」

 

 メレンにて眷属達と漁をこなしていた神ニョルズは釣り上げた魚を手放し、眷属達の心配すら届かずに放心したようにオラリオを見つめる。

 

「おいおい……それは反則だぜ」

 

 相も変わらず諜報活動に勤しむヘルメスはいつも見せているヘラヘラとした巫山戯た様子を微塵も見せることなく冷や汗を流しながら不敵に笑う。

 

「そんな……まさか……」

「アストレア様?」

 

「ウラノス……これは……」

「ああ。放ったようだな……」

 

 黄昏の館。

 

「ガーッ、ガーッ……ンがっ!?」

 

 神室にて、遠征へと旅立った眷属達の監視が外れたことにより溜め込んだ酒を一気に飲み干し昼間からいびきをかいて眠っていたロキは飛び跳ねるようにして起き、窓から半身を乗り出す。

 

「なんや……何処のアホやっ! 誰が使った!?」

 

 酔いも、眠気も全てが吹き飛ぶ非常事態。そして、即座に気付く。

 

「なんで……なんで送還の光が上がらん……!?」

 

 それは神々の共通認識。

 全ての神々が同様に感じ取り、そして異変として察知した力の波動。

 

 それは──下界での禁忌。

 

「ああ、懐かしいな────オリオン」

 

 狩猟に赴く女神が、微笑みを浮かべながら矢を放った。

 

「今のは、紛れもない────神の力(アルカナム)そのもんやろっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイズ。オッタルを治療してあげて。余波に当てられただけだから死んではいないはずよ」

 

「────あ。はっ、はいっ!!」

 

 自身の眷属に命じたフレイヤは眼下に映る光景をじっくりと見つめる。

 

「今頃、ベルは試練を乗り越えているのかしら。見られなかったのが残念……だけど」

 

 背を向け、地に伏すオッタルを見ると、そのまま視線を上……空があったはずの場所へと向ける。

 

「今日ほど貴方の魂が見れなかったのが残念だと思った日は無い……私の伴侶(オーズ)

 

 オラリオの空は、今では黒く。

 空が吹き飛び、その先の宙までも、円形にくり抜かれたように浮かび上がっていた。

 

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