白き英雄譚   作:ラトソル

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英雄回帰

 オラリオ郊外の名前の無い村の一角にある畑に二人の男が頭から突き刺さっていた。

 

「ちょっ!? なんでイライラしてるのよ! 生理!?」

 

「アリーゼっ、刺激すんなよ! アタシ達が標的にされるだろうが!」

 

「そうだぞ団長。騒ぐならもう少し向こうで騒いでくれ。私たちは見学だ」

 

「それどういう意味!? 私を犠牲にして助かろうとしてるでしょ輝夜!」

 

「【五月蝿い(ゴスペル)】」

 

「「「あっぶな!?」」」

 

 頭が地面に刺さり直立不動で動くことの無い案山子となった二人を横目に、音の塊が乱射される。

 

「何を避けている。それでは耐久値が上がらないだろう馬鹿共が」

 

「貴女の魔法はどれだけランクアップしても痛いの!! この距離で直撃でもしたらか弱い私のつやつやなお肌が爆散しちゃうじゃない!」

 

「こんの、ババアがっ。何をイライラしているのか知らんが魔法を打つのならザルドか団長だけにしろ!」

 

「さっきから私の扱い酷くない!?」

 

「腑抜けたことを抜かすなよ小娘共。Lv7になったことがそんなに嬉しいのか、極東の娘。Lv7程度、私達のファミリアには腐るほどいたぞ」

 

「お前達のような化け物共と比べ────」

 

「「「輝夜ぁー!!」」」

 

 両手の親指と中指を弾き無詠唱での【サタナス・ヴェーリオン】による奇襲が直撃し輝夜を中心に爆発が起きる。

 

「くっ、輝夜が死んじゃった……でも私達は立ち止まらない! 前に進むのよ皆!! 輝夜もお星様になって私達を見守ってくれてるから!」

 

「ころ……すな、馬鹿が」

 

「はっ!! 輝夜の声が聞こえる。きっと空から願ってくれてるのよ!」

 

「そうだな。輝夜も願ってくれてると思うぜ。『アリーゼ、アルフィアの魔法を正面から受けてくれ』ってな」

 

「間接的に『死ね』って言ってない!?」

 

「喚くな、小娘」

 

「「「っ!?」」」

 

 女王からの一言で場の空気はアルフィアが支配する。

 

「お前達は更なる高みへ昇る義務がある。何を遊び呆けている」

 

「義務って……」

 

「お前達はあの日誓ったはずだ。あの子を救う使徒になることを」

 

 腹立たしい、とアルフィアの髪が重力に逆らいゆらゆらと揺れ始める。

 

「あの子が直面している『試練』は我々を救うためのものだ」

 

「「「なっ」」」

 

「試練って……」

 

「本来死ぬはずだった存在を死の運命から救済するためのベルに課せられた五つの難行。その三つ目に当たる試練にあの子は挑んでいる」

 

「何、それ……そんなの、聞いてない」

 

「この事実はそこにいるクソジジイを含めた一部の大神にのみ共有されている。そしてこれは試練を与えられているベル本人は知ることなく、突発的に訪れる災害のようにあの子を襲う。七年前の漆黒の猛牛もそのひとつだ」

 

「アレと同等の試練を、五回も……」

 

「七年前のものは一回目の試練にあたる。そして試練の難易度は回数を重ねる毎に向上していく」

 

「「「っ」」」

 

「三回目……ベルは今、どんな化け物と闘っているの」

 

「お前達」

 

「「「は?」」」

 

「3度目の試練に召喚されたのは別世界のお前達。決して生まれるはずのない可能性がベルを襲うためだけに生み出され、この世界にも存在している『レヴィス』という魔石を埋め込まれた怪人の『もしも』の形になり破壊の限りを尽くしている」

 

「何、それ」

 

「つまり、なんだ。別のとはいえ、アタシ達がアル……ベルを殺そうとしてるってのか」

 

 唇を噛み締めながらわなわなと身体を震わせるライラは「そうだ」とアルフィアからの返答を受けて悪態を零す。

 

「なんだ、そりゃぁ……ッ」

 

「ベルを助けると誓った我々が、逆にベルを苦しめているだと……自分自身に反吐が出る」

 

「なんで……どうして、ベルなの……? 私達の死の運命なら、私達がその試練を受けるべきなのにッ!!」

 

「あの子が【英雄】だからだ」

 

 口から漏れ出る吐息は声にならず、聞きたくないと耳を塞ぎたくなる衝動を受けるも震える体はその行動さえも許さない。

 

「あの子は【英雄】になった、なってしまった。それは下界の民だけでなく天上で観測する神々すらも認める唯一無二の英雄となってしまった。英雄とは全てを救う存在であると同時に、全てを救わなければならない存在でもある。人間が、神々が、世界がベル・クラネルという存在に【英雄】としての活躍を強要する」

 

 故にこそ、全ての悲劇は彼に集まり、死に物狂いでそれらを跳ね除けた先にある喜劇だけも見て周りの人間は感謝も薄れていきつかの間の平和をただ過ごすばかり。

 

「我々の弱さが全てあの子に降り注ぐ。あの子一人に世界の救済を委ねてしまっている現状。なぜ私達は停滞を許されることがあると?」

 

 アルフィアは語る。自らの弱さゆえの重責を妹の子に背負わせてしまっているという愚行を。

 ベル・クラネルにより救われたアストレア・ファミリアも例外ではなく、本来ならその一生全てを捧げて余りある程の恩義。

 

「此度の試練にはどうやっても間に合わないことは明白。そして試練の性質上第四第五の試練はあの子だけで突破できるものでは無いものになるだろう」

 

 容易にクリア出来るものが『試練』と呼ばれるはずもない。

 ましてやその言葉を伝えてきたのは神。

 人間が使用する『試練』という言葉よりも深く重い意味を持つことは明らかだろう。

 

「私とザルドはLv8に至りこそはしたが、ベルが受ける試練の前では手助けしかできん。しかし高レベル冒険者が増えることであの子の気苦労を分散できることもまた事実。あの子は近しい人間の死を許容しない。記憶を取り戻せば尚のことだろう」

 

 どこから取りだしたか、辞書のように分厚い一冊の本をアリーゼに投げ渡す。

 

「うわっ……何、これ──【光の英雄譚】?」

 

「なんだそりゃあ……いや、見覚えがあんぞ」

 

「以前寄った街の本屋に置いていたな。そこまでの分厚さではなかったが、確か、今のオラリオの原型になったイルコスの建設に携わった英雄の話ではなかったか」

 

「ほう、この英雄譚の複製が一般に流通していたのか。これは三大詩人の内の一人が遺した原本だ。全員目を通しておけ」

 

「どういうこと?」

 

 パラパラと原本であろう英雄譚をめくっていくと所々に描かれたモノクロの絵と読みやすく書かれていた共通語。

 

「読めば分かる。その本にはあの子の旅路、運命が全て書かれている」

 

 古代にて一人の詩人が書き残したその英雄譚は年代を感じさせるほどに色褪せてはいるもののボロボロという訳ではなく、なにかの加護がかかっているのかという程に保存状態が良好だった。

 

 流し読みをしていたアリーゼはとあるページで手が止まり「嘘……」と小さく掻き消えるほどの呟きをこぼす。

 

「なんで、こんな……あんまりよ」

 

「アリーゼ?」

 

「たった一人の子供に……こんな……こんな仕打ち……ッ」

 

「だからこそ、我々は強くならなければならない」

 

 本を閉じ、ボロボロと流れる涙を拭うアリーゼは涙を止めようと努めるも真実の一端を知ってしまったが故にその流動を止めることは出来ず、しかし目をそらす事はしなかった。

 

「私は……どうすればいいの」

 

「一先ず、お前をLv7にすることは早急に行うべき最低条件だ。そこから半年でLv7でのステイタスを上限まで引き上げる」

 

「分かったわ。今すぐやりましょう」

 

「もとよりそのつもりだ」

 

 トントン拍子で進んでいく話し合いに他のアストレア・ファミリアはついて行くことが出来ず、「お前達はその本を読んでおけ。一時間でな」という無理難題を女王より賜り各々がその内容に薄々感づきながら覚悟を決めた様子でページを捲る。

 

「アルフィア。ありがとう」

 

「無駄口を叩くな。さっさと始める」

 

「私、Lv7になったらあなたに言いたいことがあるの」

 

 神々の原罪に気づいてしまったアストレアは既に原本を読んでいて。

 神々の介入は良い結果を残さず逆にベルを不幸にしてしまうと分かっているからこそ彼女は己の眷属に願うしかない。

 

 アリーゼは涙を拭う。

 目元に涙の跡が残り赤く腫れ上がるが彼女はニカッと笑い不安も悲壮も乗せて壁を超えるための冒険者としての自分へと切り替える。

 

 瞼を閉じて対面するアルフィアはアリーゼの声が不快であるように眉をひそめ開始を早めようとするもアリーゼは知ったことかとビシッと指をアルフィア目掛けて伸ばす。

 

「──ベルを私にくださいっ、てね!」

 

「【ジェノス・アンジェラス(殺すぞ、クソガキ)】」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

(硬い……炎系の魔法は効きにくいし、斬撃も刃が皮膚に通りにくい。薄皮を出血する程度で留められる)

 

(炎は展開の速度と数は厄介だが威力はそうでも無いな。厄介なのは雷の方か。威力はそうでも無いが身体が痺れる)

 

 互いに牽制し合いながらの状況整理。

 どちらが優勢という訳でもなく、両者が共に相手を脅威と感じ攻めあぐねる時間が続く。

 

(炎の射程と範囲が異常。しかも自分に対してはダメージがないから巻き込んでの爆破もリスク無しで行えるのか)

 

(何より、奴の速度。確実に当たると思った斬撃も平気で避けてくる。見てからでも間に合っているな……)

 

 ベルは二本の武器を逆刃に持ち替え、レヴィスは腰を低く落とし抜刀の構え。

 

(輝夜さんの魔法も使える……理屈は分からない。考えたくないけど、他の人達の魔法も使えるかもしれないなら遠距離にも対応してくるのか)

 

(捉えられないなら、強引に捕まえるまでだ)

 

「──【シカイ】」

 

 居合の構えを続けるレヴィスを中心に半径5M程の円形結界が展開される。

 無色透明、しかしベルは直感でレヴィスの領域を感じ取る。

 

 数ヶ月前、当時Lv6だった輝夜がアルフィアとの戦闘の際に使用し、偉業の達成に至った決め手となる必殺の領域。

 領域に踏み込んだ存在を全自動(フルオート)で斬り落とす絶死絶殺感知不可能の絶技。

 

 レヴィスはその場を動かない。目を瞑り息を整える様からカウンター狙いは明らか。

 領域までの距離はざっと3M。そこへと踏み込めば確実に認識不可な一太刀がベルを襲うだろう。

 

「【母の静寂(アタラクシア)】」

 

 しかし、魔法である以上はベルには通用しない。

 

 展開した領域が突如無効化され機能しなくなったことを悟りレヴィスは目を見開く。

 

(なんだこれは。魔法の無効化だと?)

 

 相手の新たな手札にレヴィスは忌々しげに舌打ちを鳴らす。

 

「面倒な──」

 

 予備動作無しの剣の横凪により発生する炎の斬撃をベルは空中で回転して回避。

 

(魔力消費を避けたのか、使うまでもなかったのか……私のからだに纏う【アガリス・アルヴェシンス】は消されなかったのを見るに種類によっては効力がないと見るべきか。付与魔法の属性の放出を無効化出来るか見たかったが、まあいい)

 

 付与魔法である炎の属性放出を抑え、刀身に纏わせ研ぎ澄まし、空中で身を整えるベルへと向かい跳躍1回で迫る。

 鳴月とヘスティア・ナイフの二刀でレヴィスの一刀を真正面から打ち合い、両者が接触した瞬間、辺り一面が衝撃波により吹き飛ばされてから遅れて音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「────かはっ」

 

 レヴィスからの回避不可能の広範囲に渡る業火の放出に晒されたロキ・ファミリアと椿は命に届きはしないものの意識を刈り取る程のダメージは受けていて。

 

「なん……状況、は」

 

 いち早く目覚めたロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナは即座に状況把握のために火傷の影響からかヒリヒリと痛みが続く腕や頬に顔を歪めながらも身を起こし周りを見渡す。

 

「フィンっ」

 

「アイズ……」

 

 フィンの声を聞き振り返ったアイズがフィンの元へと駆け寄る。

 

「何が……いや、今の状況を教えてくれ」

 

「え、と……アルの精霊のおかげでみんな生きてる。起きたのはフィンだけで、アルは戦闘──」

 

 がギンッ、と大気を揺らす激しい衝突音が耳へと届き遅れて熱波が髪を揺らす。

 何度も、何度も。余波だけで第二級以下なら死にかねない災害が階層を揺らす。

 

 Lv6のフィンの目を持ってして、起きているであろう戦闘の軌跡を捕えることは出来ず衝撃波と陥没する大地によりその規模を知ることが出来た。

 

「戦況は?」

 

 そう尋ねると、アイズの顔が沈む。

 

「……分からない。私じゃ、目で追うことも難しいから」

 

 少しの沈黙。その後に、アイズは重く閉ざした口を開き見解を伝える。

 

「けど、多分……アルが押されてる」

 

「っ」

 

 都市最強のオッタルをして勝つことが不可能な真なる最強である英雄。

 ()工では無い純然たる英雄の姿を思い浮かべ、現状が最悪に近い場所まで来ているとフィンは把握する。

 

(僕達に出来ることは──何も無い。アルに加勢することはアルの足枷になるに過ぎず、守るべき対象を増やすだけ。そしてこの階層から上層へと上がることも過半数が動ける状態じゃ無い現状では不可能。仮に全員が動けるようになったとしても正体不明の敵が人質となっている僕たちを逃がすはずもない)

 

 小刻みに震える自身の親指を顔の前に持ち上げる。

 激痛を通り越してもはや感覚がなくなりつつある親指はまるで根元からねじ取れたようにその存在が不確か。

 

 穢れた精霊との戦いで手元に主武器は無く、あるのは予備として用意していた数段劣る槍。

 たとえ主武器があったとしても力のほとんどを出し切った状態で遠く離れた58階層へと繋がる連絡路まで逃げ遂せるのは遠距離攻撃を持った相手がいる以上不可能。

 

(これが、都市2大派閥の団長か)

 

 己の力の無さを痛感し、自嘲気味に吐き捨て前を向く。

 

「……敵は、なんだ」

 

 アルという英雄を相手取り優勢を維持する怪物が一体ナニモノなのか。

 敵の姿を認識する前に意識を失ったために相手の正体を知る術はこの中で唯一気絶していなかったであろうアイズからの情報のみ。

 

「レヴィス……って、名乗ってた」

 

「──有り得ない」

 

 アイズが口にしたのはフィンも以前目撃した赤髪の怪人。

 18階層にて当時Lv5のアイズを圧倒していたが、それでもその後にやってきた正体不明の存在に逃走を余儀なくされていた。

 

 次に出没したというのはアイズが謎の人物から冒険者依頼を受けた時。

 そこにフィンは居なかったが、Lv6へと至ったアイズはレヴィスを上回っていたと言う。

 それが、1ヶ月に満たないほど前の出来事。

 

(怪人はモンスター同様、魔石を摂取することで神の恩恵のように身体能力を向上させる術を持っている。だとしても、この急成長は有り得ない……断言出来る)

 

 以前アイズと戦闘したレヴィスを推定Lv6中位程とする。

 仮に今59階層を破壊する勢いでアルを相手取っている女がレヴィスとするのなら、今の奴は最低でもLv9以上の怪物。

 このような急激かつ異常な成長は有り得るはずもなく、有り得てしまうのなら下界の理を逸脱しているという他ない。

 

 脳がオーバーヒートし思考を停止しろと生存本能が訴えてくるが理性でそれをねじ伏せる。

 脂汗が頬を伝い、顔を歪ませながら下界の子供たちの中でも五本の指に入るフィンの思考力を駆使して現状打破を目論むも全てが灰燼へと消え去る。

 

「でも」

 

 デスぺレートをぎゅっと握りしめ、風を広く展開し壁の破片などから仲間を守るアイズへと視線を向ける。

 

「あの人は……私の知ってるレヴィスとは別人」

 

 魔法なんて使っていなかったし、何より気配が全く別物だった、と。

 そう語るアイズに、フィンの意識は仮称レヴィスが纏っている炎へ向けられた。

 

「炎の付与魔法……あんなに禍々しいしく強大なものは見た事がない」

 

「あれは、存在しちゃいけない。ここに居てはだめな怪物。けど、私……あの魔法を、見た事ある」

 

「なに……?」

 

「私の知ってるものとは全然違う……けど、一緒。私の目の前で詠唱してたから魔法名も聞いたし、最初は思い出せなかったけど」

 

「その、魔法は?」

 

「────【アガリス・アルヴェシンス】」

 

 その魔法名に。

 有り得てはいけない一致に、フィンは瞠目する。

 まさか、と震える声が自然と漏れ出ていき、思考の停止が余儀なくされた。

 

 その魔法をフィンは知っていた。

 七年前の大抗争で共に最前線を駆け巡り、そして六年前にフィンが立てた作戦故に死亡してしまった赤き正義の使徒。

 

「──そんなことっ、あってはならないッ!!!」

 

 フィンの叫びに、アイズがびくりと肩を揺らす。

 ここまで取り乱した団長の姿を見た事がなかったアイズは目を見開きフィンの姿を目に収める。

 

 拳を音が出るほどにぎちりと握り、肩を震わせ歯を噛み締めるフィンは普段の姿とは相容れない姿。

 

 俯き前髪によって隠された瞳は時折来る熱風と衝撃波により靡き、隠された表情が垣間見える。

 そこに見える悲壮や憤怒が入り交じったなんとも言えない顔色に、アイズは喉から出ようとしていた励ましを抑え、視線を外した。

 

「っ……フゥ────」

 

 激しい感情の起伏を一呼吸で抑え今その感情は不要なのだと斬り捨てる。

 

(そんなはずない、有り得ない。なんて感情論は捨てろ。今目に映ってるものが全てだ。敵はアリーゼの魔法が使える。僕達の知るレヴィスとは別のレヴィスと呼ばれる個体。それ以外は考えるな)

 

「済まない、取り乱した」

 

「いや……うん」

 

 数十を超える炎の弾幕が射出されれば更なる出力を誇る紫色の焔がそれらを焼き付くし、雷に水、時には氷槍が目に見える範囲に展開され、避けるなり砕くなり、時に力技で炎で一掃するという目を疑う異次元の闘い。

 仮にロキとフレイヤの派閥が互いの総戦力をぶつけあったとしてもここまでの規模にはならないと断言出来る戦場にはたった二人しか立っていないのだと誰が信じようか。

 

「……僕達に出来ることは何も──無い。何もしないことが最善手だ。間違えても加勢しようなんて思わないでくれよアイズ」

 

「わかってる……」

 

 何がロキ・ファミリア団長だ、何がLv6だ、都市の最高戦力だ。

 周りにちやほやと持ち上げられ、自分は優れているのだと勘違いをして胡座を描いて自身の研鑽を怠った結果がこの有様だ。

 ゼウスとヘラを見てきたのではなかったのか、と。

 7年前に改めて亡霊達に突きつけられたのではなかったのかと、満足に動かすことの出来ない身体に嫌気がさす。

 

((何も出来ない))

 

 どれだけレベルを上げ、地位を上げたとしても、そんなものは戦場では役に立たず。

 フィン・ディムナの真なる武器である優れた知能と機転は正しく次元が違う二人の衝突の前では意味を成さない。

 

 爆音に次ぐ爆音。火炎石を数十束ねて一斉爆破したとてあれだけの威力は生み出さないだろう。

 一撃一撃がウダイオスを爆殺し得る威力。それが高速で行われ、受け止め、流し、攻撃に魔法詠唱と説明不可能の神話の戦い。

 

 例え万全の体制だとしても目で追うことさえ叶わず、知覚するものといえば音と戦場に残る激しい跡のみ。

 しかし、それでも。

 

「「変わったっ」」

 

 第一級としてのダンジョンの最前線で視線をくぐりぬけてきた冒険者の第六感が、戦況の変化を感じ取る。

 それを感じとったアイズとフィンの顔から汗が吹き出す。想定する最悪の結末を垣間見てしまったように苦渋の表情を浮かべる二人の様子から見て取れる現状どちらが有利となっているのかどうか。

 

 オラリオが丸々収まるほどの広大なスペースを有する59階層の端から流れ星のように白い何かが線を描きながら真っ直ぐと飛び、勢い衰えず壁へと衝突。

 ヒビが天上に届く勢いで伸びていき、壁の破片や土煙が大きく充満していく。

 

「だめっ……」

 

 その着弾点は奇しくもアイズ達がいるすぐ近くを通り過ぎたところであり、振り返りその人影を目撃すると目に映るのは純白の髪が鮮血により赤く染め上がる青年の姿。

 

 実に6年振りに見るアルの真の姿。

 変装に使っていた魔道具が砕け、効力を失ったことにより黒髪から白髪へ、黒目から血のように紅い瞳へと戻ったアルの姿を見たフィンは数日前に見たベル・クラネルと瓜二つな姿であることを再確認しつつ、刻まれた傷跡を見てアルが劣勢な状況を受け止める。

 

 左腕は皮一枚で繋がってはいるがいつちぎれてもおかしくはなく、脚は明後日の方向へと曲がり、出血により防具は全て赤一色。

 激しい出血と蓄積されたダメージに精霊の治癒力が追いつかず浅い息を何度も繰り返す。

 

「──初めてだ。このような血が沸騰するような闘いの高揚は」

 

 心臓が止まったと錯覚するほどに血の気が引いていく。決して動いては行けないと生存本能が訴えかけてくる。

 

「アリアを殺した時でさえ、このような感情は抱かなかった」

 

 歩みを止めては行けない、道を塞ぐなんてしてはいけない。

 膝をつき、頭を垂れろと、無意識的に折った震える膝を叩き正気に戻して2つの足を大地に根付かせる。

 

「嗚呼、楽しい。ははっ、なんだこれは。私のありもしない心臓の鼓動さえ聞こえてくるほどの興奮はなんと呼べばいい!」

 

 七年前の漆黒の猛牛を間近で見たからこそわかる、目の前のレヴィスの実力がアレを上回っている信じたくない事実。

 両者を比べられるほどに高みに到達してはいないが、それでもレヴィスが勝っていることは、あの時よりも遥かに強くなっているアルを一方的に蹂躙できる実力があることから明らかだった。

 

「こんなものでは無いだろう。もっとお前の力を見せてくれ」

 

 レヴィスが流す血は止まり、痕が残ることなく傷は癒えている。

 まるで元から傷など負っていなかったように、不調などなく死闘の真っ最中であるからこそレヴィスは戦いの愉悦に浸っている。

 

「ダンジョンという制約があったとて、貴様がこの程度で終わるわけが無いだろう。何を背負っている。お前を縛っているのはなんだ」

 

 うごけ、と地面について離れない脚に命令を下そうとしても、動けば死ぬという事実が命令を塗り替える。

 喉がひきつく。呼吸という当たり前の行動を忘れてしまったかのように口が果たすべき機能を失ってしまう。

 レヴィスの進行方向には倒れた仲間たちが一箇所に纏められていた。それらを意識すらせずに雑草を踏み散らすように足を踏み出し、止まった。

 

「──そうか」

 

 紅い髪に汚れは付いておらず、短髪と呼ぶには少し長い髪が目元にかかった状態で振り返ったレヴィスの顔から薄らと見える鋭い眼光。

 

「お前達が居るからか」

 

「「ッッッ」」

 

 ヒュッ、と喉が詰まり、筋肉が緊張し震えが止まらず冷や汗が吹き出す。

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこの状況を言うのだと体現して見せた二人は顔を真っ青に染め上げ手からずり落ちようとしている武器を何とか握ろうとするも上手く力が入らずに地面へと落ちる。

 

 下界の子供が一般人レベルにまで能力を抑えた天上の神々から滲み出る神力に本能的に平伏してしまうように、都市最大派閥の幹部と至った怪人とではそれに近しい差が生まれていた。

 

「死ね」

 

 絶対的強者からの死の宣告。死を自覚する間もなく、存在全てが灰燼へと還り第三者がその人物の死を捉えるだけの結果にしかならない。

 足音は鳴らず、超速で滑るように接近する極東の独特な歩法の極地。獲物までの距離を辿るのではなく点と点を描いた紙を折り曲げて強制的にゼロにするように瞬間移動に近いように相手は錯覚する。

 

 この動きに対応できる存在など、今この場において一人しかいなかった。

 

 

 

 レヴィスとの戦闘において、ベルは攻撃の全てを受け流すか回避することで対応していた。

 カウンターまでの一連の動作は鋭く洗練されており、敏捷も相まってレヴィスに対応は困難なものだった。

 

 故に、この極限の状態で、咄嗟にとび出たベルはなんの準備もできておらず、選択したのは完全防御(フルガード)。その選択が命運を分かつ。

 

「ごぶっ……」

 

 レヴィスが有する武器。

 それはかつてアリーゼ・ローヴェルが使用していた『クリムゾン・オーダー』の成れの果て。

 

 穢れた精霊に侵蝕され、見るにおぞましい形状となったそれにはいくつかの属性が付与されていた。

 レヴィス同様、刀身が一種の魔物化しているために破損の自動再生に加え、込められた魔力により硬度が向上する。

 

「ぁ、ぁあっ……」

 

 そして、一番厄介と言えるのは、刀身の形状の任意変化である。

 

「興醒めだな……こんな有象無象など見捨てればよかったものを」

 

 鞭のようにしなった剣により心臓を貫かれ、胸や口から大量のどす黒い血が流出されるが失血を防ぐために水精霊の水で地面へと落ちる前に包み循環させる。

 

(頭が……割れそうな程に痛いッ……)

 

 レヴィスとの交戦時から感じていた頭痛がここに来て意識を失いかけるほどに強まり、胸部を貫く剣の痛みを掻き消す。

 

『──小娘め。こう言った事態を予見しての誓約(ゲッシュ)だったのか』

 

「────なん、で」

 

 遅れて目覚めたレフィーヤは見知った外見とは離れているが直感でアルだと悟るも虚ろな目をして血を垂れ流す光景に嘘だと心が受け入れることを拒絶する。

 

 ベルの体を貫いた剣を引き抜き、八つ当たり気味にふわりと落ちてきたベルの腹部を右脚で蹴り上げる。

 硬い何かを蹴った音、破裂音、骨が何本も同時に折れる音が同時に鳴り響き目を瞑りたくなる不協和音が奏でられる。

 激しい衝撃に維持が出来なくなり、循環させていた血液が弾け飛び、アイズの顔を濡らす。

 

「ぃゃ──」

 

 1階層分とは思えない天井まで威力衰えず突き進むベルの体は数秒とかからずに天上へと衝突し衝撃から内蔵が圧迫され全身から血が吹き出し血の雨が降り始める。

 

「つまらん末路だ。度し難いものだな……英雄というものは」

 

「──いやァァァァ!!!」

 

 天上の表層が崩れ、遅れてベルが自由落下を始める。

 その目には光は灯らず、ただ重力に身を委ね死を待つだけの存在へとなっていた。

 

 

『────【臨界(トライアンフ)】』

 

 

 

 

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