白き英雄譚   作:ラトソル

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英雄の船

 レヴィスが出現して以来、片時も収まることのなかったフィンの親指の痛みが止まった。

 

「────どこだ、ここは」

 

 声は、空から聞こえてきた。本人としては誰に聞かせるまでもないただの呟き。

 それが、燃え盛り炎の音が支配しているこの階層でなぜだか鮮明に耳に届く。

 

 フィンが、アイズが、レフィーヤが……そして、レヴィスも一様に上を見上げ、()()()()男の姿を目撃する。

 

 淡い光に身を包み、神秘的オーラを放つ男は辺りを見渡し「えっ、燃えすぎじゃない?」とこの光景が初見であるように言い放つとおもむろに下……アイズ達を見下ろし、目を見開き口を開く。

 

「────アリアドネ女王?」

 

 ダンジョンが揺れる。

 レヴィスでさえも驚愕に目を開き、遅れて嬉しそうに悦びを顕にし口角を上限まで上げる。

 

「ディムと……フィーナさん? え、なんで?」

 

 アイズとレフィーヤの瞳から涙が溢れ出す。

 

「ディム……?」

 

 自身へ向けられた呼び名に違和感を感じるフィンはダンジョン全体が揺れ始めたことで畳み掛けに起き出した事象の数々を整理する。

 

「ガルムスさん、ユーリさん。ラザルさんと、それにアールヴさん、エルミナさん……オルナ、さん」

 

 一人一人をじっと観察し、口に出すのは見当違いな名前。

 唯一リヴェリアのみアールヴという名を出し正解と言えばそれで終わるが思い浮かべているのは別の人物で。

 

 困惑した様子で狼狽える男は「まさか」と髪をクシャりとかきあげる。

 

「ロキ……ファミリア……?」

 

 男は神秘的な光を纏いながらゆっくりと降下する。

 滲み出る覇気は正しく神々が放つ神力のそれ。

 

「アルっ────」

「アルさん!」

 

「アイズさん……いや、アイズと、レフィーヤさん……ダンジョン。まさか、59階層──」

 

 レフィーヤの肩が震える。フィンは言い表しようのない違和感を抱きながらも男の背後に見える壁が僅かに亀裂が走るのを目撃した。

 

(どうして今記憶が戻った? 約束の時はまだの筈、水精霊(オリオン)に何か問題が……いや、異常はない。となると、考えられるのは────)

 

「──フィネガス、か」

 

 なら、真名を名乗るのは不味いかな、と独り言る男の身体を深紫の業火が包み込む。

 

「何をごちゃごちゃと……理屈は分からんが、立ち上がったのならさっさと──」

 

「その前に、ひとつ聞きたい」

 

 万物を焼き尽くす地獄の業火。

 ダンジョンの外壁に地面など至る所が溶岩となっている光景からその威力は人の身には余りある威力を内包しており無防備に焔を受けたとなるとそこに残るのは何も無い。

 その定説を覆すがごとく、あしらう様に右手を軽く扇ぎ炎をかき消して無傷の男の姿が現れる。

 

「「「なっ」」」

 

 目を見開く三人を置き、レヴィスは高揚を抑えることが出来ない。

 

(なんだこの震えは……初めての感覚だ)

 

 地面に着地した男は武器も構える様子を見せず厳しい視線をレヴィスへと向ける。

 

「アリーゼさんと輝夜さん……それ以外にも、リューさん以外のアストレア・ファミリアの魂を貴方から感じる……貴方は、誰ですか」

 

「レヴィス。ただそう呼ばれただけの存在だ」

 

 壁の崩壊と共に放たれた一筋のレーザー。

 向けられた先にいた男は「オリオン」と呟くと水の障壁が十数枚と展開され少しずつレーザーの座標を外へとズラす。

 

『ォォオオオオオオオ!!!』

 

(漆黒種……気付かれたか。気配を隠すのが遅れた。じゃあ、もうこのままで良いか)

 

「フィンさん」

 

「……何かな?」

 

「もう少し離れていてください。バロールの射程圏内です」

 

「いや、バロールならば僕たちでも何とか対処可能だ。あれは僕たちが受け持とう」

 

「あれは漆黒種の中でも特別製です。ポテンシャルはLv8を大きく越えている。貴方たちでは絶対に対処できません」

 

「そんなバロールとレヴィスを同時に相手取る気かっ!?」

 

「バロールが出てきたのは僕の責任でもあります。アイズは風の展開、レフィーヤさんは防御魔法の詠唱をお願いします」

 

「分かった」

「は、はいっ」

 

「フィンさん」

 

「っ……すまない」

 

 気絶して眠る仲間を抱えながら跳躍しバロールの対角方面へと離れていく三名をレヴィスは追撃することなく男と向き合う。

 

「何者だ、貴様」

 

 気配が違った。

 根幹は同じであり似通っていてもしかし決定的に異なる冷静さをその男は持っていた。

 まるで生まれ変わったかのように。一瞬で数十年と時をすごしてきたかのように、その男の気配が変わっていた。

 

 漆黒のナイフ、そして白い短刀を抜き取り(初めての短刀だ)と感慨深く眺め、男は両腕をだらりと垂らす。

 

「アル。かつてそう呼ばれた存在です」

 

「生意気な……」

 

 バロールが第2射を蓄積する中で、両者の武器が激しく衝突した。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 風向きが変わった。

 そう感じてしまう戦況の変化は第三勢力としてバロールが産み落とされただけではなく。

 

(なんだ、こいつは)

 

 紙一重でナイフを避けながら、レヴィスは思案する。

 

(力も、速さも大した変化は見られない。なのに、この技のキレはなんだ?)

 

 氷の展開無しに空を蹴る御業。

 レヴィスの変幻自在の剣の一振をナイフで抵抗を感じないままに軌道修正を施され一撃をそのまま跳ね返される。

 

 何合と斬り合い、それら全てに手応えが全く感じられないことから苛立ちが募り強引に引き離そうと焔の解放を行う。

 

「僕に炎は黒竜のブレス以外効かない」

 

「チッ」

 

 まるでベルを避けるように炎が移動していき、身体を包み込むようにぐるりと回転した後に消滅する。

 左手をナイフで切りつけるが、両者が即座にその場を退避。

 反応が遅れたレヴィスの左足を高密度の極光が焼き尽くす。

 

『ゴォオオオオオ……』

 

 既に次弾の装填に取り掛かるのは単眼の孤王バロール。

 遠く離れた位置にいてもその姿を捕えることが出来る巨躯と広すぎる射程範囲と発射速度。

 一直線にしか放てないという欠点を補い余りある光速のレーザーは最優先事項としてベル、次いでレヴィスにもその照準が定められていた。

 

 ダンジョンにとっての異物は、レヴィスとて例外では無かった。

 

 脚を撃ち抜かれるも大した反応を見せず即座に左手とともに再生させるレヴィスはバロールの光線を鬱陶しく目配せをするが遠すぎる距離でベルを相手取りながらの対処は不可能だと置く。

 

 相も変わらず淡い光を放つベルは空中で当然のように立ち止まり右手を握っては開くを数度繰り返すと首を傾げる。

 

「動きとイメージにラグがある……ああ、ステイタスがあるのか」

 

 ん〜、と悩む素振りを見せ、右手に持つヘスティア・ナイフを回転させながら上へと放り、落下してきたところを逆手で掴むように取る。

 

「よし……恩恵封印(ステイタス・ロック)

 

「は?」

 

 背中に僅かな熱を感じ、程なくして消えていく。

 ぴょんぴょんと脱力しながら飛び跳ね、身体の動きを確認し「よし」と放心しているレヴィスの姿を納め着地と同時に深く沈み込む。

 

「【神雷(ケラウノス)】」

 

 雷鳴が轟く。

 そう知覚した時には、既にレヴィスは空中に高速で飛んでいた。

 

(なんだっ、この速さは……!)

 

 落雷とまごう轟音。

 それが連続して耳に届き、気付けば背後にベルが回る。

 反射的に剣を頭上に掲げるも、その上から両手を握り素手で振り落とし剣が軋む音と共にレヴィスは地面へと墜落する。

 

「づぁっ!」

 

 雷による痺れと衝撃。それらがレヴィスの体の自由を奪っていく。

 

(雷の威力が上がっている!)

 

「【水王(オリオン)】」

 

 燃える59階層に似つかわしくない冷気が充満する。

 大気に含まれる水分が凍結し霧となって視界を遮る。

 

「どんどん行くよ」

 

 ベルの等身程ある氷柱が地面へと射出されるのと同時にバロールの光線がベル目掛けて射出される。

 精製した氷柱の半分をレーザーへと対抗させ、僅かに生まれた時間で空を蹴りギリギリで光線の射線から逃れる。

 

(あの時のバロールより強い。次弾装填速度と規模が桁違いだ。完全に記憶が定着している訳じゃないから手数が限られてるしレヴィスを相手取りながらの対処は難しい)

 

「【禍つ彼岸の花】」

 

 大量の氷柱が地面へと衝突し砂埃と氷の結晶が巻き起こる。

 完全にレヴィスの姿を隠しながら、煌めきが生じる。

 

「【ゴコウ】!」

 

 一点では避けられる距離なことを踏まえての5つの斬撃による範囲攻撃。

 等間隔に散りばめられたそれらは確実にベルの逃げ場を失わせ、同時刻にバロールからの遠距離射撃が行われる。

 

(──記憶に蓋がされていたとしても、僕なら無意識的にでも作ってるはずだ……それほどまでに、魂の共鳴は深い)

 

 天に手を掲げ、何かを掴むように掌を握るとまるで最初からそこにあったかのようにベルの手元に大剣が出現。

 安堵から来る微笑みと変わらぬ姿の大剣に口角が上がる瞬間をレヴィスは目撃する。

 

「雷霆の剣よ!!!」

 

 大剣というカテゴリーの中でも巨大な剣に刻まれた雷の模様を伝うようにベルの魔力が浸透。

 静電気のように弱い電気を帯電させ、斬撃と光線をなぞるように半円状に大剣を振り回す。

 大剣にチャージした魔力の全てが雷へと瞬時に変換され、轟雷が轟く視界を白く染めあげる爆発的な雷の解放によって両者の攻撃をかき消した。

 

(相殺出来た。けど、次からは更に威力を上げてくるはず。バロールの光線の対処が面倒だな。約束された記憶の統合じゃなくて記憶を一時的に上書きしてるだけに過ぎないからこの状態はかなり不安定)

 

 極大の氷柱を生成し、バロールへと射出。

 ダメージを与えるだけの威力はなく、良くて牽制程度のそれはバロールの怒りに触れ、威力を押えた光線が乱射される。

 

「優先順位を違えるなよっ、バロール!」

 

 レヴィスの怒号は単眼の孤王には届かず、身を翻し、そして剣で切り裂き光線から身を守る。

 

「【聖火(ウェスタ)】!」

 

 雷霆の剣は既に消失し、ヘスティア・ナイフに纏われていく聖なる炎が擬似的な大剣を作り上げる。

 

「チィっ!」

 

 煮え滾るような地獄の業火と全てを包み込む聖火が衝突。

 熱風に身を焦がす感覚を覚えながら、レヴィスは手応えの無さを感じ取る。

 

「こっち」

 

 背中の骨が軋む音と感触。肺の中にある空気を全て強引に吐き出され、ベルの蹴りが直撃したことでチカチカと視界が白く瞬き宙に身体を投げ出される。

 

「プロミネンス────」

 

 本来ならばクロッゾの魔剣を経由することで発動する聖火の顕現。

 威力こそ落ちるものの、ベルは無手により擬似的な再現を行う。

 

 レヴィスの前方へと回り込み、腹部へと両手を添える。

 メラメラと掌から湧き出てくるオレンジ色の火の粉は高密度に圧縮を繰り返す。

 

「────ウェスタ」

 

 思い出したかのように膨張を始める聖火。

 それは一瞬でレヴィスの身体を吹き飛ばし、全身を焦がし再生を妨害する。

 ベルの体すら包み込む程の広範囲に渡る炎の顕現は、しかしベルに対しては癒しの効果のみを与える聖火となっていた。

 

(大したダメージは負わせられないけど、時間稼ぎにはなる。今のうちにバロールを)

 

 全身の身の毛がよだつ悪寒。

 紫の焔が階層の天井まで昇り、地面は溶けて行き女の体は沈んでいく。

 

「──はっ。度し難いやつだな。口数の多さは人を……いや、私を殺すことへの抵抗感を感じさせないためのものだったか!」

 

 魔石を噛み砕き、咀嚼を続けるレヴィスから溢れる殺意は膨れ上がるばかり。

 それに比例するかのように、レヴィスの実力が向上していく。

 

(穢れた精霊由来の魔石……! 残っていたのか!)

 

「余程私の素体となった存在が大切に見えるな! そんなに大事か、既に死した蛆虫が!」

 

 アリーゼの外殻とアストレア・ファミリアの魂が混合している別物。

 頭では別人だと分かっていても手にかけることへの抵抗が身体から離れない。

 

「それ程の力が有りながらっ! その領域に至っていながらっ、尚! 人を殺すことを躊躇するとは! はははっ! なんとも生きづらい道を歩むものだな!!」

 

 バロールのレーザーがレヴィスへと向けて射出される。

 先程よりも威力の上がっていたそれはしかしレヴィスは目を向けることなく剣を振り抜くことで相殺。炎に焼かれ出来上がっている溶岩が衝撃で弾け炎の雨が降る。

 

「そんなに嫌か、殺しは! そんなに怖いか、血肉を切り裂くのは!」

 

 ホルスターにナイフを納め、脱力。

 バロールが再度チャージを始め、照準を自身へと向けてきていることを理解しながら、ベルは燃える天井へと視線を向けた。

 

「やめろと泣き叫ぶ声が! 助けてくれと懇願する悲鳴が! この程度受け入れられず、貴様は私を倒そうというのか!」

 

 頭が冷えていくのを感じる。

 

「話し合いでもするのか? 身を引けと説得するのか? 否、我らの決着は生きるか死ぬかのみ!」

『貴方の手を、穢したくないのです』

 

 ふと、思い出す。

 この世で最も信頼し、尊敬する少女の言葉を。

 

 彼女は、ベルの白い手が好きだと言った。

 穢れを知らない、純粋無垢なそのあり方が眩しいのだと。

 

(違う)

 

 ベルは彼女から受けた言葉を否定する。この手は既に汚れているのだと。

 

『ゴォオオオオオオ!!!』

 

 右手を掲げ、水壁を十数枚展開。

 一度目は防ぐことが出来た枚数は、威力が格段に上がったレーザーの勢いを下げることしか出来ず、拮抗することなく破られベルの身体を極光が包み込む。

 

(神を殺した。あの人が望んだとはいえ、選択したのは僕だった)

 

「ゴボッ……」

 

 身体の原型は留めているが、無防備に直撃したことから内臓がいくつも破裂し口や目から血が逆流していく。

 

(私怨で人を殺した。あれほど嫌な感覚は生涯感じないだろうな)

 

 精霊達が治癒力を全開まで上げてベルの身体の治療を始める。

 精霊の力が強まったことでベルの身から放たれる神威が強まり、怒り狂うバロールは今まで以上の密度で魔力を溜める。

 

「すぅー……ゥブッ」

 

 心を落ち着かせるための深呼吸は気管が焼かれていたことで激痛と吐血という現象を引き起こし、ベルの足元を赤く染め上げる。

 唇を濡らす鮮血が熱く、舐めると鉄分特有の味が舌を駆け回る。

 

「っ……ふぅ……」

 

 死を見たくなかった。

 関係の無い人も、嫌いな奴も、大切な人達なんかは特に。

 死を否定するために走り続けた。その過程で何人もの死を覆し、救ってきた。

『英雄王』という称号を与えられるまでに、少年は救済を求め走り続けていた。

 

 届かない命があった。零した命が多くあった。

 人を殺したことも、あった。

 

 覚悟が出来ていなかった。

 ベルは、死を救済という事なんて絶対に出来なかったし、肯定もしない。

 否定して、否定して、他の道を模索する。そんなことはただの詭弁だとわかっていても、ベルは難航を続けていた。

 

 目の前に立つ、別の世界のアリーゼ達の屍の姿。

 詳細をベルは知らない。しかし直感的にこの世界のアリーゼ達は生存しており、目の前の存在は別物なのだと気付いていた。それでも、ベルにとって彼女達はアストレア・ファミリアという大切なものだった。

 

 ベルは救いと死を混合しない。

 邪神が掲げる『死=救い』という闇派閥の信者たちの考えはベルが忌み嫌うものだった。

 

 だからこそ。ベルは覚悟を決める。

 

 目の前の存在を救うのではなく……殺す覚悟。

 

 救う為の死ではない。ただ、殺す。

 今から行うのはただの殺人。

 手を穢し、一生拭うことの出来ない呪いを背負い続けなければならない人間の禁忌。

 

 瞬きを一度。それだけで、ベルは覚悟を決める準備は整った。

 

『オオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 神威が増していく存在を許容しないバロールは単眼を紅く染め上げ呪言のように奇声を上げ更にチャージを続ける。

 如何なる存在をも消し飛ばずに十分な威力を既に超えたオーバーチャージ。

 

「【不死鳥の羽衣、精霊の織物。薪を此処に。聖火(意志)は決して絶えず、燃ゆる焔を此処に示そう】」

 

 ベルは紡ぐ。

 ステイタスのない状態で世界へと響かせる祝言。

 

「【──武器を持て、高らかに鳴らせ。神よ、民よ、精霊よ、ご照覧あれ。これから始まるは喜劇を演じる道化。始まりの英雄、始まりの船】」

 

 光が溢れる。

 ベルの身体からプクプクと浮かび上がる光の粒が頭上へと集約していき、徐々に大きく形を作っていき、不格好ながらに見えてくるのは大きな船。

 未完成であり未熟。海を渡ることなんてできそうにもないボロボロの船は完全では無い今のベルでは完成させることは出来ず、出来るとするのなら浮かばせる程度。

 

「【託されし我が身は────英雄の船(アルゴノウト)】」

 

 カーンッ、カーンッと凱旋を告げる鐘の音が鳴り響く。船は完成せず、しかし消えることなく発光を続ける光の船には大した変化は見られず、痺れを切らしたバロールは限界まで蓄積したレーザーを放った。

 

 一直線に放たれたレーザーはその余波で大地を抉る破壊の波動。

 一瞬で肉薄し、回避不可の大きさを持つレーザーは、しかしベルの肉体に触れることは叶わなかった。

 

 明後日の方向へと弾かれた魔力の塊は、ダンジョンの内壁を簡単に貫き、まだまだと言うように掘り進めていく。

 穴の底は見えず、光が消えたことでようやく進行を止めたことがわかるがさしたる差はなく、重傷を負ったダンジョンは修復に手間取られ新たな眷属を産み落とす事が出来なくなった。

 

「──なんだ、それは」

 

 燃え盛る業火の中心点にいるレヴィスがぽつりと呟く。

 その視線は、ベルから僅かにズレた隣へと向けられた。

 

 そこにあるのは……光。

 ベルよりも数段小さく、獣のような存在を形取る光の隣に佇む小さな光の塊。

 それは徐々に、僅かにではあるが、髪を、肌を、鎧を見せ、彩りを付けていく。

 

「────ようやく、ですね」

 

 最初に見えたのは、槍。

 何物よりも美しく、鋭く、眩しい金の一槍。

 長く、芸術的な装飾の施された一本の槍は所持者の身長よりも遥かに長い。

 

「ごめん」

 

「何を謝ることがありますか。むしろ私は嬉しいのですよ。他の誰でもなく、私を真っ先に呼んでくれたことが」

 

 船の出現と共に精霊の治癒力が格段に向上しベルの内臓の傷に損失が全て完治。

 

 続けて彩られていく髪。

 癖毛のあるウェーブがかかった栗毛の長い髪は手入れが行き届き、シルクのようにサラリと靡く。

 

「そんな顔をしないでください。何時もの男を惑わす微笑みは何処へいったのですか?」

 

「僕の事そんな風に思ってたの……」

 

「ああ、男だけでなく私もでしたか。貴方の体を見るだけで下腹部がキュンキュンと疼いて「黙ろうかっ」」

 

 少女の顔には目元だけを隠す金属製のアイマスク。

 軽量でありながら深層域のモンスターの攻撃さえも防ぐ鎧に身を包み、ブルゥ、と息を吐く愛馬の腹を軽く撫でる。

 

「……貴方とまたこうして並び立てる──これ程幸福なことがありましょうか」

 

 仮面に手をかけ、決して人前で外すことの無いそれを外しポーチへと戻す。

 ゆっくりと開かれた双眼は焦げ茶の優しげな瞳でベルに対して微笑みを見せる。

 

「……ありがとう」

 

「ふふっ。その言葉で十分ですよ」

 

 聖女の如き微笑みと声は、バロールの咆哮が響くと同時に収まっていく。

 

「さて。船は完全な状態では無いことから私以外の増援は期待しない方が良いでしょう。出てこれるのは一人が限度でしょうから」

 

「うん」

 

「私はあのバロールを相手しましょう。ディムが討伐した個体よりも強そうだ……相変わらず気色の悪い眼をしている」

 

「あのバロールは次弾装填までの間隔が短く威力も高い。威力を押さえての連射もあるから注意を」

 

「ご安心を。大反抗作戦で貴方から伝えられたバロールの特徴は頭に叩き込まれています。遅れはとりません。神時代の初陣としては丁度いい相手でしょう」

 

 ベルの手を取り、片膝を地につけて軽く口付けをする様は聖女ではなく騎士が祖国の姫へ忠誠を誓う姿であり性別が逆転したような錯覚を覚える。

 

「逆じゃない?」

 

「どうされましたか、我が妻?」

 

「男だってっ」

 

 巨悪を前にしても二人の関係性が変わる事はなく、いつも通りの会話が出来ているのは互いにリラックスしている最高の状態だという示唆だった。

 同時に吹き出し、可笑しそうに笑う。息を整えた後に両者視線を交わし、少女は槍を、ベルはナイフを胸の前へと持つ。

 

「古代の再現をしよう、フィアナ」

 

「ええ。貴方に華々しい勝利を捧げます」

 

 誓いを胸に、転身した少女、フィアナは愛馬に軽く跳躍し乗り上げ片手で手網を、もう一方で槍を掲げる。

 

愛馬(ボウァル)。久方振りの戦場よ。貴方の脚を私に見せて」

 

『ブルルゥ!』

 

 馬が一歩踏み出せば既にトップスピードへ。風を切り、フィアナの姿はもはや小さな米粒程度まで遠のきバロールへ向けて駆け出して行った。

 

「お喋りは済んだのか?」

 

 天まで伸びていた炎は収まり、収束されレヴィスの身体を包み込んでいる。

 踏み出す一歩が地面を溶かし、足跡が深く残っていく。

 

「わざわざ待っててくれたんですね」

 

「御託はいい。もう私は待てんぞ」

 

「最後にひとつ、聞きたいんですが」

 

「時間稼ぎか? さっさと──」

 

「貴方にとって、『正義』は?」

 

 不愉快そうに眉を顰めるレヴィスは剣を地面へと突き刺し剣先から炎を放出し無差別に地面から焔が吹き出していく。

 炎の柱は高くそびえ立ち、バロールの姿すら見えなくなる炎のサークルが形成された。

 

「くだらんな」

 

 吐き捨てるように告げたレヴィスを見て。

 

「────良かった」

 

 ベルは口角を上げる。

 

「【風姫(エアリアル)】」

 

 白き風がベルの体にまとわりつく。

 体に付着した血や泥などの汚れが吹き飛び、純白の髪がヒラヒラと靡き顔を露わにする。

 

「貴方を殺す」

 

 決意の籠った宣言。

 もう迷いは無いのだと、揺るがぬ意志を言葉にして定着させる。

 

 ナイフの切っ先と同時に初めて向けられた殺意をその身に受け、レヴィスはそれらを跳ねのけるように笑った。

 

「──やってみるがいいっ、英雄が!!!」

 

 

 

 

 

 

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