白き英雄譚   作:ラトソル

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次回で決着。長すぎたので分割しました


それは遥か遠くの楽園

 光の船の顕現に、突如現れた小人族の女とその愛馬。

 

 バロールへと単身向かっていったその小人族の事など頭にはなく、情報過多な現状においてレヴィスは自身と火花を散らすベルにのみ視線を向ける。

 

 ひりつく肌。

 ビリビリと感じる突き刺さるような圧力……故に、殺意。

 先程まで欠片とて向けられていなかった濃密な殺意をナイフに乗せて自身へと向けられたことに、レヴィスは歓喜に打ち震え歪に口元を歪める。

 

「────ははははっ!!」

 

 喉元へと迫った短刀を紙一重で避けるも薄皮一枚届きプクっと紅い血液が湧き出るが傷口は即座に塞がる。

 患部へと指で撫で、赤い液体を確認した後に死の香りを濃密に感じ取ったレヴィスは炎を身体能力の向上のみに注ぎ外部への放出を制限することで効力を増幅。

 

 ナイフを剣で防ぎ、カウンターとして足払いを行うも軽く跳躍することで回避され、それも分かっていたかのように踵を腹部へと向けて振り払う。

 空いた腕を忍び込ませ蹴りを防ぎ、展開された風の大精霊(アリア)の風をクッションにし後方へと勢いを逃がすことでダメージをゼロに。

 間髪入れずに迫るレヴィスは剣の形状を細く研ぎ澄まし刀のように形成。

 

「【シカイ】」

 

 懐まで迫り、領域の展開範囲まで強制的に近寄ってからの魔法発動。

 自動迎撃に加え、自発的抜刀により神速の剣閃を無数に描く。

 

(全て────防ぐかッ!!)

 

 絶殺の乱刀はベルの衣服に届くことはなく。

 目視不可の斬撃全てをナイフ一本で防ぎ切る。

 いつの間にか携えた短刀により空となった左手の人差し指をクイッと上へと折り曲げると魔法陣の展開なしにレヴィスの足元から半径2M程の氷柱が射出されレヴィスを乗せて空へと上がっていく。

 上からは同程度の氷柱が落ちてきており、レヴィスを押し潰さんと迫る氷柱を内に秘めた炎の顕現により溶かし難を逃れるが蒸発した水が凝縮され無数の水滴を形成し急速に凍りつくことで氷の矢が乱射。

 

「ええい、鬱陶しい……!!」

 

 長剣へと形を戻し、大振りに一回転振り回すと炎のサークルが周囲に放出され矢が吹き飛び消滅。

 水蒸気により一時的に視界を遮られ、死の予感により左腕を犠牲にしてナイフによる追撃を避ける。

 

「【神雷(ケラウノス)】」

 

 耳を劈く轟音。

 右手に握られたヘスティア・ナイフに神の雷が降り注ぎ、白き風と混ざり合いプラズマの放出と収束が同時に行われる。

 

 左腕の再生が遅れていることに気付き空中という身体の制御が困難な場所においてもレヴィスは驚異的な体幹により十全な体勢での迎撃を試みる。

 

神雷の息吹(トレノ・アニマ)

 

「【全開炎力(アルヴァーナ)】!!!」

 

 互いの属性放出により武器の接触は起こらずに拮抗。

 しかし片腕なのに加え高さの有利を取られていることもありレヴィスは地面へと吹き飛ばされる。

 

 地面を抉りながら進んでいき立ち上がる土埃。

 再生した左腕を地面へと差し込みブレーキ。

 反動により皮膚が捲れ出血するも驚異的再生力により突き刺した左腕を抜けばそこに傷跡は見られない。

 

「今、確信した」

 

 風を身にまとい、凛とした紅い瞳で見据えている強敵(ベル)を前に嗤いが込上げる。

 自身の顔を鷲掴みにし、止めることの出来ないニヤケ顔と笑い声を存分に相手に見せつける。

 

「──私は! 貴様を殺すために生まれたのだ!!!」

 

 問答無用の左腕切断。

 それは魔石を狙った殺意の籠った一撃だとレヴィスは理解した。

 

 全身の震えは高揚から。昂ぶる闘気は目の前に佇む男に集中し、口角を戻すことは叶わない。

 

 ナイフの切っ先を突き付けてくる男は先程まで残っていた甘さや暖かみを無くした絶対零度の瞳を向けてくる。

 鮮血のように紅き瞳は吸血鬼のようでいて、夜闇に潜み獲物を狙う狩人たる獣のソレに近い印象。

 

(今の不完全な僕に出せる力は限られてる。精霊の力の同時使用は二体まで。けど出力が大幅に下がるわけじゃない。今の僕に出来る最大限の力を出さなければレヴィスを殺せない)

 

「──やるよ、オリオン」

 

 白き風を纏いしベルはナイフを掲げる腕はそのままに瞳を閉じると爆発的な魔力の膨張に伴う風が吹き荒れる。

 片目を閉じ腕を顔の前に出して風を凌ぐレヴィスは僅かに開かれた片目からベルの変化を映す。

 

 ベルの身体から滲み出てくる青いオーラ。

 それらはゆっくりとベルの身体に薄い膜を貼るように顕現していき、風に浸透していくように透き通るような青い風となって嵐のように螺旋状に立ち上る。

 

 対面するだけで分かるベルの異変。

 それは成長ではなく進化と言えるほどに存在の格が1段階底上げされたかのような錯覚を覚えさせられる。

 

 台風の目に佇むベル。

 一瞬にしてなりを潜めた風は弱弱しくも内包する力は桁違いに跳ね上がっている蒼き風を鎧のように纏うベルはゆっくりと瞳を開く。

 

 そこにあるのは、先程までのベル・クラネルの特徴とも言える鮮血の紅い瞳ではなく……青みがかった紫。

 風により巻き上げられていた砂埃が落ちてきてレヴィスの髪を汚すもそれに気を向けられないほどの変化にレヴィスは瞠目する。

 

 神性は跳ね上がり、神々しさすら放っており目の前の存在を只人と認識することは既に不可能。

 

 憎き神々の気配を色濃く感じ取ったダンジョンは更なる眷属の召喚を試みるも損傷が激しいために漆黒のモンスターを産み落とすことは現状不可能であり今破壊者を産み落とす条件も揃っていないことから修復を最優先とする。

 

 大精霊との共生。ベルの肉体には常に精霊の血が半分流れている。

 それはエルフやアイズ・ヴァレンシュタインに並ぶ魔力との親和性を保持し、精霊の祝福という比喩表現に劣ることの無い大気中に散乱する魔素を吸収し続け、発展アビリティとして発現している精癒の出力を高めている。

 

 しかしそれは、神の恩恵に依存したものではなく、あくまでも精霊との共生による恩恵でありアビリティとしてステイタスに反映されていたのはただの表記に過ぎなかった。

 

 その事実に気づいたのは古代にてステイタスを消失した状態で精神力(マインド)の回復速度がエルフであるアールヴという少女より速かったという事実。

 

「まさか────」

 

 同じ精霊と共生する存在であるクロッゾ、アルゴノウトとの邂逅。それらがベルの可能性を拡げていく。

 才能は無く、成長促進のスキルも神の恩恵さえない状態で、精霊と共生しているというアドバンテージを最大限に引き出す術を模索し続けた只人の到達点。

 

「同化したのか……精霊と!?」

 

 怒りに震えるダンジョンはしかし眷属を産み落とすことは出来ないためにただただ揺れが生じるという結果だけが残る。

 再生速度を上げたところで受けた傷跡は数時間で完治するものでは無いためにダンジョンに残されたのはたった一つの選択肢だけではあるもののそれは制約あってこその発動条件であるために今か今かと待ち続ける。

 

 レヴィスの前に立つのは人間という枠に留めることの出来ない存在。

 デミ・スピリットとも違う。大精霊という稀有な存在と巡り会えたことがある者だけが感じることが出来る格。

 

 ──水王同化(モード・オリオン)

 

 制限された現状でベルが出せる最高の状態。

 

 不完全故に瞳は朱と混ざり紫に。

 かつて漆黒の蠍を封印するに至った英雄の姿をレヴィスは目撃する。

 

「──もう、終わらせよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 単眼の王、バロールは59階層に現れた二つの異分子を排除するためにダンジョンが産み落とした存在。

 自己再生の速度、装填速度、出力の全てが従来のバロールとは比べ物にならず、そのポテンシャルはLv8を超える。

 

 それらは全て神の気配を色濃く発揮しているベル・クラネルと異界の異物たるレヴィスに向けられる殺意となって驚異となるはずだった。

 

 しかし、今現在。

 バロールの意識は、もはや二人に向けられることは無かった。

 

 チャージの完了を告げる極光が放たれる。それは真っ直ぐではなく、下から上へと首を振り上げ直線上の全てを滅する死のレーザー。遅れて破裂音と爆発が巻き起こり、地面は大きく抉れ土煙を巻き起こし、高火力により発生する熱量により火が燃え広がっていく。

 

 放出と着弾のタイムロスは限りなくゼロ。階層をいくつも貫くほどの威力と回避不可の光線はまさに必殺といえる埒外の一撃。

 

 しかしバロールは即座に次弾装填へと取り次ぐ。まるで未だ脅威は去っていないのだと言うように急ぎ、過剰ともいえる連射へと切り替える。

 

 そして──その判断が正しいことを証明するかの如く、巻き上がった土煙から小さな存在が風を切るように飛び出してくる。

 

 先の一撃を受けてなお無傷という異常を観測しても、それに対して手が止まるバロールでは無い。すぐさま攻撃方法の変更、一撃ではなく連射による広範囲殲滅へと切り替え、溜まった光線を百の弾丸へと変えて小さき存在の周囲一帯へと向けて放つ。

 

「──眩しい」

 

 金の槍を携える小人は音速を軽く超える愛馬の上で焦げ茶の瞳を煩わしそうに細めにしながら、手網を手に取りただひたすらに前へと突き進む。

 

 既に足場は脆くボロボロ。歩くことも難しい劣悪な場に置いても、愛馬の速度は留まることを知らない。右へ、左へ……そんなことはしない。ただ前へ。討伐対象の懐までの最速最短経路をひたすらに突き進む。傍から見れば無謀、無知。勇気と蛮勇を履き違えた愚か者の行為だと誰もが揃えて口にするであろう愚行とも取れるその選択に、主人は笑って肯定する。

 

 横薙ぎの一閃。無造作に行われたそれは、いとも容易く必殺の光線を跳ね除けた。

 

「ディムの槍を間違えて持ってきたけど……まあ許してくれるでしょう」

 

 斬るのではなく、弾く。それにより引き起こされる連鎖爆発。遥上空、前方で巻き上がる大爆発に鼓膜がビリビリと震えるがそんなものはどうでもいいとさらに速度を上げていく。

 

 轟々と燃えたぎる大地。どこを見渡しても炎で埋め尽くされるような灼熱の階層となってしまった59階層。

 踏み込む地面は熱せられジュッという音が鳴るほどに熱く、しかして聖女を運ぶ愛馬は一歩一歩が異次元の跳躍を見せる。

 

「もっと魅せて愛馬(ボゥアル)。この程度じゃないのは知ってるわ。遠慮なんて要らないのよ」

 

 背にまたがる主人からの言葉。既にこれ以上なしと言っていい速さ。漆黒のバロールをして、その速度は驚異と捉える。故の乱射。直線ではなく逃げ道を無くしていく、一撃でも当てられれば勝利なのだと冷静に、そして怒りを震わせバロールはもう一度エネルギーを溜める。

 

「────行きなさい」

 

 バロールが照準を定める。次は一撃でも当てると、広範囲に散弾銃のようにレーザーを放とうと、射撃範囲を設定し……次の瞬間、その範囲から対象が飛び出していた。

 

 巨大な単眼をこれでもかと見張るバロール。言葉を話せるのなら「は?」と間の抜けた声が出そうな程には間抜けな面を見せる階層主の驚愕を置き去りにし、馬は駆ける。

 

 等間隔に地面が爆ぜる……それが全て馬が残した蹄跡なのだと理解出来るものは今どこにも居ない。

 遅れて巻き上がる土煙。それが馬の駆ける足跡となり、一直線の軌跡を描く。

 

 最短ルート。一直線にバロールの元へと向かう愛馬に跨る聖女は頬笑みを浮かべながら手綱を握り、右手には金の槍を携え敵を見つめる。

 

『ヴ……ヴォォオオオオオオオ!!!』

 

 パチパチと燃えたぎる大地から伝わってくる熱気はバロールをして皮膚が焼けるようなほどに燃え上がりを見せる。実際に足元は燃え続け、炎が身体を炙り続けるが自己再生により全ては無に帰っていた。しかし、熱量だけは確かにバロールへと伝わっていたのだ。

 

 そんな時、ふとして感じた熱は……悪寒。

 寒い。背中から全身へと貫く絶対零度の冷気。巨大な氷柱が背筋に突き刺さったかのような、直接骨を冷やされているかのような、痛みを伴うほどの寒気がバロールを襲う。

 

 それは実際に温度が下がった訳では無いだろう。物理的に冷やされている訳でもない。しかし確かに感じる寒気は、間違いなくあの小さな怪物から向けられた殺気によるものなのだとバロールは推測した。

 

 叫ぶ。それは闘争によるものなのか、威嚇なのか、鼓舞なのか。はたまた、恐怖を振り払うように幼子が泣き喚くそれに近いものなのか。

 バロールの雄叫びがビリビリと大気を震わせる。同時に展開されるレーザーは全くの同時に広範囲殲滅砲となり前方の全てを滅する光線が放たれる。

 

 それら一撃一撃に込められた熱量は散弾用に下げられた威力とはかけ離れた、一発一発が最大出力のソレ。一瞬で着弾したそれらは大規模の爆発を起こし、容易に階層を破壊する。

 

 生じる地震。地層は破壊され、60階層へと瓦礫が落ちていく。乱雑に、それでいて正確に、円形にくり抜かれた59階層の地面は被弾者の命がないことを物語るものとしては十分な効力があることは見て明らかなものだった。

 

「────芸が無い」

 

 悪寒は消えない。

 爆音が木霊する中、小さな存在から放たれた呟くような声がこれでもかと耳を貫く。瞬間、バロールは一歩下がった。

 

「やはり獣。知能のない畜生は芸が無い癖に威力だけはあるのが目障りね。けど残念」

 

 フッ、と当然のように湧いてでる存在。

 それは確かに殺したはずの小さな小さな鼓動。

 

「────その程度で私を倒せると本気で思っていたの?」

 

 気付けば目の前に……そう、文字通り眼の前に現れた聖女がバロールへと語る。

 バロールの体感時間が急速に遅くなっていく。まるで時が止まったような感覚、しかし思考に反して身体は動かない。

 

 そこで────ああ、と。

 

 バロールは理解する。敵を排除するために母から産み落とされたバロールは、ここに来てようやく理解した。

 

 ゆっくりと近づいてくる小さな聖女。眩い光、輝く槍、白き毛並み。相手の姿をじっくりと観察したバロールは目を閉じることなく最期の時まで見続ける。

 

 ────つぎは、ころす。

 

「────それは遥か遠くの楽園(ティル・ナ・ノーグ)

 

 音はなかった。

 抵抗も無かった。

 なんてことないように、当たり前に、その結果を残した。

 

 サラサラと消えていくバロールの下半身。倒れることなく立った状態を保つのは弾け飛んだ上半身につられることがなかったから。

 

 無音というのは正しくないのかもしれない。少なくとも、その距離で見ていたものには音として認識することが出来なかっただけなのだから。

 

 結果として……バロールは消滅し、背後には巨大で、底が見えない蹄跡が残っていた。ただそれだけの話だろう。

 

「さて……残りの仕事に取り掛かりましょうか」

 

 バロールと聖女との戦いは、一方的に、圧倒的に、呆気なく終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈◈

 

 フィンはただただ瞠目した。

 

 オラリオ2大派閥、その一角。その団長。

 数える程しかいないLv6筆頭、付いた二つ名は【勇者(ブレイバー)】。

 

 数多の死線を乗り越えて来た。

 五度の偉業を達したからこそのLv6。それ故の矜恃、自信。

 

「なん……ですか、これは」

 

 爆音に次ぐ爆音。

 金属同士のぶつかり合う音、炎が爆発し、雷鳴が轟き、氷柱が破壊される。そして光線が破壊し尽くす、そんな戦場。

 

 隣から響いた震えた声のレフィーヤの意見に、フィンは内心で頷き肯定する。

 

 ──次元が違う。

 

 たとえ万全の状態だったとしても、あの中に単身放り込まれれば数秒持たずに大地のシミへと成り果てる自信があった。Lv6……しかし、その本質は小人族という臆病者。今まで表に出さず、そして感じることさえなかった小人族としての特性が今、フィンの脳を支配する。

 

 親指の痛みという事象に変わったそれは、今では鳴りを潜めているがその事実がフィンには信じられなかった。

 いつ、余波だけでも死にかねない超上の闘いが繰り広げられているから。

 

「彼は何者なんだ……」

 

 思わずこぼれた言葉。違う、そうじゃないと正しい言葉を選択できなかったことに気がつくも、しかし言い得て妙だと訂正することは無かった。

 

 姿は全くと言っていいほどにアルそのものだった。何も変わらない、変わっているとすれば初めて会った時の白髪に戻っているくらいのものだろう。

 

 決定的に異なっていたのは、その存在。在り方と言っていいかもしれない。

 

 一目見て分かる、格の違い。神の前に跪くのが当たり前なのだと言うほどの存在としての差。今までのアルには感じてくることは無かったその違和感。彼は今までの彼とは違う、けれど彼は間違いなくアルだ。そんな矛盾した思考に陥った。

 

 心臓を突き刺された直後の復活、そしてもはや差など分からないほどに上の存在だったが、しかしアルの実力の飛躍が見て取れる。

 

「本当に────嫌になるね」

 

 穢れた精霊の分身との戦いはフィン達にとっては死闘と言っていいものだった。全滅の危険にも晒された。しかし勝ち取った勝利、そんな冒険譚に刻まれてもおかしくないと自負する偉業を、今ではもはや前座でしか無かったのだと感じ始める。

 

「────お母さん?」

 

 レフィーヤの防御魔法、アイズの風で戦闘の余波から身を護っている現状。

 背後には未だ目覚めることの無い仲間達、しかし誰もが命に別状は無いという奇跡と言えるもの。

 

 そうは言いつつも、二本足で立つ己も満身創痍には違いない。

 

 それもそう。精霊の分身に加え、レヴィスからの一撃を水の大精霊の加護を受けたとはいえ直撃しているのだから、その身には想像以上にダメージの蓄積が残っていた。

 

「アイズさん……?」

 

「っ……ううん、なんでもない」

 

 呆然と、信じられないと口を開き前を見つめるアイズの様子を心配したレフィーヤからの呼び掛け。それにはっとした様子で落ち着きを取り戻したアイズはそれでも疑問が脳を埋め尽くす。

 

「階層がっ……!!」

 

 止まらない戦闘音。アルとは別の戦場、バロールを相手取る未知の存在。

 その姿を捉えることは出来ず、騎乗している姿だけ朧気に見ることが出来たがそれまで。今も階層の上空に残り続けている船のような曖昧な光の集合体の正体不明であり、まさに未知の領域となりつつあるここ59階層は崩落の危機に瀕している。

 

 その原因はバロールのレーザーにある。フィン自身、相手取ったことのある個体とは比べ物にならない連射性と威力。それらが一つの存在を潰す為だけに放たれ、どれもが地面へと着弾しているからこそ既に地盤はヒビ割れている。

 

「……私達は、今すぐこの階層から出るべきでしょうか」

 

「ダメだ。動けない人員が多すぎる。仮に58階層へ辿り着いてもワイバーンの群れに襲われて終わりだ。ここなら戦場からも離れている。アル達の邪魔になることもないだろう────僕たちには、観ることしか許されていない」

 

「っ……」

 

 勇気ある者、すなわち勇者。その意味を、その在り方を履き違えるフィンでは無い。蛮勇になってはいけない。主観で見るのではなく、俯瞰して見なければならないのだ。

 

 アルにとっての最高は「誰一人失わないこと」。ならば、自分たちにできることといえば簡潔に言えば死なないこと。

 

 レフィーヤも、そしてアイズもそれを理解している。しているが故に、歯痒い。

 

(((何も出来ない)))

 

 それがどれほどの苦痛だろうか。力の無さをどれほど恨めばいいのだろうか。

 

 暗黒期を共に走り抜けた。

 師事を仰いだ。

 隣に立つと誓った。

 

 それでも尚、足手まとい。

 

「ならば、この眼に刻まなければならない」

 

 観ることしか許されないのであれば、それは観ることを要求されていること。

 英雄の在り方を、魂に刻み糧とする為に。先達から学んだように、後継に学ばせているように。

 

 これは一種の教材だ。冒険者の到達点。その本気を直で見ることが出来るのだから。

 

「……状況、は……どうなってい、る」

 

「リヴェリア様っ!」

 

 妖精の王が目を覚ます。杖を支えにフラフラと揺れながらも立ち上がった女王はゆっくりと歩を進めて3人の元へ。

 

「レヴィスと呼ばれる怪人とアルが戦闘。途中でバロールの強化種も産み落とされた」

 

「なんだと……ああ、クソッ、頭が回らん」

 

「目覚めた直後だ。少し落ち着けリヴェリア」

 

 額に手を当て、忌々しそうに顔を歪めるリヴェリアは状況整理に時間が掛かる己の不甲斐なさに怒りを露わにするが今は余計なものだと努めて落ち着きを取り戻す。

 

「「「「!!?」」」」

 

 瞬間、階層が揺れる……いや、破壊される。爆発により立ち上る煙、ガラガラと落ちていく瓦礫の音。薄らと見える下の階層から、地盤が崩壊したのだと理解する。

 防御魔法を押しつぶすほどの爆風。顔の前に手を挙げ暴風から身を守る、吹き飛ばされそうになる身と仲間を守り長く続いた風から逃れ続けること数十秒。

 

「なっ……」

 

 誰の口から漏れたのか。恐らく全員だろう、驚愕の声。

 

「バロールが……!?」

 

 上半身が吹き飛んだバロールの姿。恐らく魔石も破壊されているのだろう。再生の予兆が見られず、灰に戻り始めていた。その背後には巨大な蹄跡。どれほどの魔法、力があればあれほどの芸当が出来るのか。まず、オッタルでも無理であろうことは見て取れる。

 

「一体、誰が」

 

「あの程度の獣、どうということはありません」

 

「「「っ!?」」」

 

 予兆は無かった。

 気配も、何も。しかし当然のように隣に立つ存在へと、一斉に顔を向ける。

 

 ──小さな少女がそこに居た。

 目元のみを隠す仮面で瞳を隠す少女。セミロングの栗毛は波打ち、小人族であろう少女は自身よりも長い金の槍を携え視線は前に向けられ佇んでいた。

 

((((強い))))

 

 一目見て気付く。フィンが、リヴェリアが、レフィーヤが、そしてアイズが。

 その少女を見て、すぐに格上だと悟る。

 

「──責務を放棄するな」

 

「「っ」」

 

 小人族の少女からの鋭い言葉。胸に突き刺さるように勢いのある声に思わず仰け反る。

 

「お前たちは偉大なる英雄の勝利を目撃する栄誉を与えられている。なればこそ、貴方たちには彼の姿の全てを目に焼きつける義務がある……魂に刻み込みなさい」

 

「キミ、は……いや、貴女は一体……」

 

「ただの小人族です。今は、それ以上でも以下でも無い」

 

 小人族の中で英雄視されているフィン・ディムナ。勇者たるフィンが同族であろう少女を見た時にふと思い描かれたのは────女神。

 

 絶対の存在。小人族を導く象徴。小人族の女神(フィアナ)の具現化と言っても過剰では無い程の感銘を受けた。

 

 単身で己より強い小人族を見た事がなかったフィンは、当然彼女の存在を知らない。故に知りたいと、好奇心のようなものがふつふつと湧き出てくるのを抑えることが出来ず、更なる追求をしようとしたところで動きが止まる。

 

「────二度は無い」

 

 槍は依然少女が携えている。切っ先は空へ向けられ、動かした様子もない。なのにフィンは、今己の首元に槍の穂先が触れて……いや、既に突き刺さっているようにも感じ取る、殺意にも似た圧力を受けた。

 

 知らぬ間に呼吸が止まる。喉を押え咳をこぼし、荒く息を吐きながら己の失態を恥じる。

 

 それでいいのだと言うように、少女は視線を切り前を向く。

 

「貴方たちに停滞は許されていない……終焉を迎えたくないのであれば抗いなさい」

 

 レフィーヤ、そしてアイズへと視線を向ける少女は手を上げて「魔法を解除して結構です」と告げる。戸惑いながらも、精神力が枯渇寸前だったため二人は言う通りに魔法を解除する。

 遮蔽物が無くなったことで吹き込んでくる突風。思わず身を守るように手を前に突き出すが、それは即座に消えていく。

 

「結界……?」

 

 光り輝く小人族の少女。槍を地へ突き刺し、悠然と佇む様はまさに騎士。

 金色の魔力の粒子がチラチラと見え、完成された立方の結界はレフィーヤが展開していたものよりも遥かに精巧で頑強な作りだ。

 

「魔法も使えるのか──」

 

「借り物ですよ。友人からの」

 

 発言が先程から異常だと、リヴェリアはズキズキと痛む頭も相まって思考を放棄する。

 そうしている間にも、戦況は終わりへと近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

「【神雷(ケラウノス)】」

 

 鋭い殺気。己の感覚に身を委ね、レヴィスは地面を這うように体勢を低く下げる。

 

 瞬間、頭上を通過する絶対切断の斬撃。

 不可視絶殺の斬撃を紙一重で躱す……しかしベルはもうこの技がレヴィスに通用することは無いと即座に悟る。

 好戦的な笑みを浮かべ、ペロリと唇を舐めるレヴィスに対し、ベルは表情を崩すことは無く次なる一手へと移行する。

 

 ベルの半径100M強が即座に凍結。僅かな跳躍と炎の解放で躱すレヴィスはそのままベルへと牽制の意味合いを込めた焔を解き放つ。

 

「がっ!!?」

 

 前に、その行動を強制停止。背後へと剣を盾として回し、恐らく蹴りであろう衝撃に耐えることが出来ず前へと吹き飛ばされる。

 

(氷の彫像かッ、小癪な真似を……)

 

 ベルが居た場所にはベルの身体を形作る氷の彫像が立つ。

 肺の空気が大半吐き出され、僅かに吐血するもその程度の痛みはどうということなく、内臓の傷も即座に治癒。空中で回転し体勢を立て直し、追撃に備えるために剣に炎を纏わせる。

 

「【風姫(エアリエル)】」

 

 宙に立つベル。揺らめく髪は自身の魔力の奔流によるもの。

 彼の背後に生成された無数の氷の槍。戦闘中に何度も見たソレと造形が同じであろうと、そこに込められた魔力の密度にレヴィスの警戒心が向上。

 

 吹き飛ぶレヴィスを無感情に見つめながら、右手の親指と中指を付け、力を込めて擦り、指を弾いて音を鳴らす。

 王の命令に従うように、それぞれに意思があるかに見えるほどの統率力で氷の槍が斉射される。

 

「小癪な……!」

 

 焔の解放。何度行ったか数えることも億劫になる対氷の最適解をレヴィスは叩き出す。

 紫の業火は大気を焼き尽くす勢いで燃え盛り、ベルが射出した氷の槍を全て飲み込むほどに範囲を拡大していた。

 

(──やはり溶けないか!!!)

 

 瞬時に蒸発することがもはや定説となりつつあった攻防。しかし此度は些か毛色が異なる結果となる。

 欠片たりとて溶けた様子を見せず、勢いそのままに氷の軍勢が押し寄せる。対象が一つだとは考えられないほどの物量が襲いかかってくることに対し、レヴィスは半ば予想通りの結果だとようやく地に着いた脚を屈ませ剣を刀の形へと変形させ居合の構えを取る。

 

(込められた魔力密度が桁違いなことに加え、氷に(アリア)を纏わせて熱を逃がしているな……回避は現実的では無い、物理でこじ開ける他ないか)

 

「【シカイ】」

 

 レヴィスが選択した中央突破。その場で待機してのカウンターではなく、前へと突撃することで集まる前に最小限の個数を叩く。

 足裏に炎を小爆発させて加速。魔法による自動防衛と自己防衛を掛け合せて威力を増幅させ無傷で突破。

 

 ──眼前に広がるのは、先と変わらぬ氷の軍勢。

 

「チィっ!!」

 

 思わず舌を弾く。そこに待機させられている氷の槍は先程のソレと同等の魔力、そして(小細工)が仕掛けられていた。

 

 厄介な────そう悪態をつこうとして、不意に頭上から影が迫ってくるのを感じ、ハッと上を見上げる途端、洪水がレヴィスを呑み込む。

 

 圧倒的物量に加え、トルネードのように回転を続ける渦潮に身動きが制限される。

 

(精霊と同化したことで単純な出力が飛躍している……!!)

 

「【禍つ彼岸の花】」

 

 妖しげに輝く刀。どくどくと脈打つ柄を掴み、自身の血液を吸わせることで性能を向上。

 

「【ゴコウ────ランブ】」

 

 神速の抜刀。一太刀に幾百という剣閃が付随し、渦潮と迫る氷の槍を問答無用で断ち切る。

 細切れにされた水はミストになり霧散。斬撃は数の多さからもはや一撃で抉り取られたクレーターのように大地を破壊する。

 

 それと同時に遠方で生じた破壊音。階層全体がゆれ、基盤が破壊される。

 

「ちっ、所詮は図体だけのモンスターか」

 

 階層を破壊させるまでに収束されたバロールのレーザー。その後に響いたレーザーを遥かに上回る轟音を響かせた謎の一撃によりバロールが沈む。しかしソレに意識を向けられるほどレヴィスに余裕は無い。

 

「フィアナ……うん。やっぱり凄い」

 

 対するベルはバロールの遺体が崩れ行く姿を見る余裕を見せる。レヴィスはその姿がブラフであり意識は完全にこちらに向けられていることを理解しているからこそ一歩も踏み出すことは出来ない。

 

「……随分、余裕だな」

 

 理解してはいるが、悪態をつくことで自らの傷を癒す時間を稼ぐ。

 

 レヴィスはベルを観察する。

 放たれる神威、青いオーラと紫の瞳。漏れ出る魔力の波が精霊のものと完全に一致している。

 穢れた精霊に侵食されたレヴィスだからこそ分かるその気配。と言っても、アレとはかけ離れた神聖な威圧ではあるが。

 

「余裕……か────」

 

 ヘスティア・ナイフの持ち方を変える。ヒットアンドアウェイの形ではなく、剣を持つように握りしめる。詠唱することなく精霊の魔法を発動させ、水をナイフへと纏わせ刀身を拡大。刀よりも少し太い程の幅で長さは直剣。波紋が見える水の状態で留められたそのオリジナルの剣を携えるベルの姿は正しく英雄のソレ。

 

「余裕なんて無いですよ……ずっと」

 

(空の優位を捨てるのか)

 

 ゆっくりと降下し始める強敵の姿に訝しげな瞳を向けるがベルは何処吹く風。

 悠然に、堂々と。玉座から立ち上がり階段を下る王のような風格。技術の記録はあれど、素体の記憶は有しておらずダンジョン内での記憶しかないレヴィスをして、王の間を幻視してしまう覇気。

 

「【神雷(ケラウノス)】」

 

 何度唱えたか。数十年と共にした最古参の精霊の力を引き出すトリガー。

 呼吸をするかのように、手を振るように自然に唱えられた祝詞。

 

 不完全とは言え、英雄の船を顕現させるための魔力の消耗は大きい。しかし複数の精霊と共存し、そして現在水の大精霊と同化している影響で大気中のマナは全てベルへと吸収されるために魔力ロスはほぼゼロ。現状、ベルの魔力が枯渇することは理論上無い。

 

「──【燃え盛れ(アルヴェリア)】」

 

 レヴィスが地面へと剣を突き刺す。詠唱と共に大地が紅く輝き、膨れ上がっていき耐えられなくなったところから炎の柱が立ち上って行く。

 ベルに対して炎は有効打になり得ないと知っているレヴィスは目眩しとして無作為に炎を展開。階層を破壊し尽くす勢いでの広範囲攻撃。それでも両者は動くことは無い。

 

「バロールの乱射によって既にこの階層の基盤は壊滅している。10分と経たず、ここは崩壊するだろう」

 

「その前に貴女を殺し、上層へ向かえばいいだけの事──僕がすることは変わらない」

 

「ハッ────慣れない面は見苦しいぞ、英雄」

 

 互いに右手で剣を持つ。だらりと下げられ、鋒は下へ。ゆっくりと歩いていき、既に互いの射程圏内。

 

「────聖水の英斬(アルゴ・ディアーナ)

 

「────【ゴコウ────ツイ】」

 

 

 ────勝者が決まるのは、目前。

 

 

 

 

 




第三の試練【堕ちた正義の使徒・レヴィス】

数ある可能性の世界の中で、ベル・クラネルが産まれることのなかった世界の中でも異質の世界からの使者。
リュー・リオンを除くジャガーノートにより死亡したアストレア・ファミリアの肉体をアリーゼの身体をベースに穢れた精霊の本体が肉塊を作り上げ魔石を埋め込んだ存在。
ベル・クラネルが居ないことでエニュオの作戦は達成され、レヴィスはアイズを殺しオラリオは崩壊する。
数多くの魔石や人間を捕食することで彼女は『至る』。
アリーゼと輝夜の魔法の行使と、素体となったアストレア・ファミリアの技術と経験が染み付いているが記憶は無いためにレヴィスと呼ばれた存在となっている。
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