白き英雄譚   作:ラトソル

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漆黒

 都合三度の決戦。いいや、四度の、と言うべきか。

 

 眩しい。あまりにも眩しい白き好敵手。古の時代から色褪せることなく、輝きを放ち続ける存在を忘れることは決してない。

 

 制約など知ったことか。意思などで我が身を縛られるとは思うな。

 母たるダンジョンの命令も殺意も、こちらに干渉しようとしてくる全てを拒絶する。

 

 前回、あるいは前々回は無粋にも我らの死闘に水を差してきた産みの親を憎む。本来侵略者と神々に向けられるべきそれを母に向けた異端児たる自身を異物だと理解しながら、膜を強引にこじ開けて世界へと産声を上げる。

 

 最初に目に入ってきたのは同胞、あるいは漆黒の破壊者。

 私はそれからの眼光を受け、なんの躊躇いもなくふみつぶす。

 中身の無い、ただの骨の身体。粉々に踏みつぶし、赤く輝く瞳が一瞬にして黒く染まり機能を停止する。

 

 仲間の死を受けて、同じく破壊者達がこちらに向かってくる。武器を持たない私は膂力のみで腕を振り、暴風と直撃による骨の破片を攻撃手段として同時に殲滅していく。

 

「ッ────お前、は……」

 

 遠く、けれど互いに互いを認識するのは幾度となく脳内を駆け巡っていた白き好敵手。

 赤い血で染まる装備、純白の髪は赤よりも輝き、雷霆を纏ってこちらを見やる。

 

「────互いに不完全な身。助力しよう、好敵手よ。いつか来たる決着のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 

 フィン・ディムナは思考を止めなかった。

 

 59階層に現れた怪人と思わしき女。レヴィスと名乗った女は未だかつて無い程の力を振り撒き、ロキ・ファミリアを一撃で蹂躙した。

 

 見たことがなかった。見ることが叶わなかった。それほどまでの圧倒的な力は、かつての【英傑】と【女帝】(ゼウスとヘラ)と比べて尚余りある程の破壊を見せられた。

 

 一度は気絶し、その後再起したフィンはそれから始まった怪獣同士の戦争を見逃すマネはしなかった。

 見て、見て、見続けた。それがステージに上がることの出来ない観客でしかない自身に唯一許され、そして任じられた使命なのだと。

 

 何が起きているのか、何をしているのか、誰が戦っているのか。バロールの強化種の乱入に対しても分析を止めることなく、ただ俯瞰を続けたフィンは……遂に思考を放棄した。

 

 それは何故か。

 英雄の圧倒的なまでの輝きに目を焼かれたからか。

 墜ちた正義の使徒の発する地獄の業火に心を溶かされたからなのか。

 

 否である。

 

「遅い」

 

 それらは全て、目の前を走る一人の小人族の少女によるものだった。

 

 気絶している団員を運ぶために馬を使い、自身は生身で走る。しかしその速度は異常と言っていい。Lv6であるフィンと同等のそれはまだ軽いランニング程度であろうことはその少女の所作から判断出来た。

 

 背後を走るフィン達を見ることなく、言葉だけの叱責を飛ばしながら飛来してくるワイバーンを片手間に切り落とす。美しく洗練された槍裁き、靡く旗がその武技をさらに彩る。まるで舞踏会。オーケストラの演奏が聞こえてくるかのような軽い足取りと流れるような槍術は同じ槍使いのフィンをして舌鼓を打つ他ない。

 

「オラリオ2大派閥と聞いて期待してみれば……蓋を開ければこの程度ですか」

 

「っ」

 

「走る程度なら出来るでしょう? 脚を動かしなさい。このまま51階層まで駆け上がります」

 

 何も言えない。少女の口から出てくる皮肉としか解釈できない言葉を歯を噛み締めて飲み込む。全ては事実でしかないのだから。

 それはフィンだけでなく、意識があるアイズ、レフィーヤ、リヴェリアも同じであった。

 

「特に……ハイエルフ」

 

「なに……?」

 

「あの御方に臀を振って発情しまくって誘いやがる害虫。エルフとは純潔を重んじる高潔な種族と貴女の口から聞いた時は目を疑いましたよ。恥ずかしくないのですか?」

 

「断じてそれは私では無い!!!」

 

 冷静沈着なリヴェリアをここまで取り乱させる少女の言葉遣い。

 アイズが、そしてレフィーヤがオロオロと対応に困ったようにしている時。

 

「「「「っ!?」」」」

 

 轟音が、激震が。

 恐らく59階層から……それほどの下の階層から発生した。

 

「……来ましたか」

 

「何が、だい?」

 

 ビリビリと、猛牛の咆哮を間近で受けたように体の痺れを感じるほどの轟音。特に、アイズとリヴェリアの双眸がこれでもかと開かれているのと対比して、小人族の少女は予定調和であったかのように冷静に受け止める。

 

 理解しているであろう少女にフィンがこの異常を尋ねる。

 

「約束の履行。『試練』などという横入りのなり、純粋なる決着を求めた両者の願いの成就。ダンジョンの意思を無視した『彼』の独断……言うなれば、古代の再現」

 

「何を言って……」

 

「産声を上げたばかり。第一の試練の時よりも大きく劣るといえど1年と経たずに全盛期を超えるでしょう」

 

「分かる言葉で言って欲しい。あれはなんだ、何が起こっている」

 

「貴方たちがすべき事は状況の理解ではなく進行。知りたければ強くなれ。終末の訪れまで、1年と無いのだから」

 

 もうお喋りは終わりだと、これ以上語ることは無いのだと無言で訴えかけてくる少女は愛馬と並走しながらさらに速度をあげる。

 それでもこの中で最も身体能力の低いであろうレフィーヤの現状出せる最大速度に抑えている点には何も言わず。

 

「────なるほど。船に乗っていない……いえ、存在が希薄だったのが気がかりだったけれど。貴方はそこに居るのね」

 

「……?」

 

 鳴り響く地響きは収まることを知らず。

 

「……モンスターが、産まれてこない……?」

 

「恐らく、ダンジョンはリソースの全てを59階層に費やしているのだろう。現に、傷ついた外壁が修復する素振りを見せていない」

 

 首を傾げるレフィーヤにリヴェリアが簡潔に解答を行う。

 

 アイズは一言も口を開くこと無くただただ走り続ける。

 

「────あ!! 団長……え!?」

 

「ふむ……なるほど、そうなりますか」

 

「ちょっ……!?」

 

「もう少し、丁寧に下ろしてやってくれてもいいんじゃないかい?」

 

 ロキ・ファミリアのベースキャンプ。

 深層唯一と言ってもいい貴重なセーフティゾーンに到達。

 

 ベースキャンプの管理、保持を託されたアナキティがフィン達の帰還を察知し走って出迎えるが、その惨状を目にしてギョッと目を見張る。

 少女はアナキティの顔をじっくりと見ながら、愛馬に乗せたラウルとベート、ガレスを放り投げて地面へと寝かせ付けた。

 

「ラウル!? だ、団長っ、一体何が……この人は誰ですか……っ」

 

「ラウル達は無事だ。意識が戻るまでまだ時間は掛かるだろうが……その件についてはまた後で話そう」

 

 バイザーで目元を隠す小人族の少女は手に持つ槍を何処へやらと消していて、無手のままに愛馬を撫でる。ブルル、と息を吐く騎馬は徐々に発光していき、透き通っていくと次第に姿を消していく。

 

「お疲れ様」

 

 口元を柔らかく緩ませた少女は一言愛馬に告げ、光の粒子となって消えていく姿を見送る。

「ラウル達をテントへ運べ」、というフィンの指示を受けたアナキティは増援を呼ぶため声を上げる。閉鎖的空間に響くその声に紛れ、フィンの足音がフィアナへと近づいた。

 

「っ……君も、か」

 

 フィアナの身体から光の粒子が浮き出てくる。

 

「────ロキ・ファミリア」

 

「「「っ」」」

 

「彼から貴方たちのことは聞いていましたが……やはり拍子抜けもいい所です。これなら、フレイヤ・ファミリアとやらの方が幾分かマシでしょうね」

 

「君は何者だ。それまでの力を都市外で得ることなんて出来ないはず」

 

「神の恩恵など授かっていませんよ」

 

「────」

 

「これ以上は、まだその時では無い、とでも言っておきましょうか」

 

 決して振り返ることなく、少女は語る。

 

「強くなれ、冒険者。焦れ、急げ。お前達に時間なんてもう残っていない」

 

 口を挟ませようとはしない覇気。

 強者の……英雄の気迫。小さな背からは考えられない威圧に自然と喉が鳴る。

 

「あの方を頼ろうとするな。それは思考の放棄であり成長の停止でしか無く、破滅への道をただ辿るだけに過ぎないのだから」

 

 ────次はマシになっていることを願うばかりです。

 

 瞬きの間に消えた少女の残光を、ただただ見るだけしか出来ない四人は立ち尽くすことしか出来ない。

 

 ロキ・ファミリアの遠征は、こうして終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ご帰還、お待ちしておりました────我らが王よ』

 

「キミは……そう、か。うん、その話し方ゾワゾワするからやめて欲しいんだけど」

 

『────ははっ。いいじゃないか! 久しぶりに家臣ムーヴやってみたいと思ったんだから』

 

「いやいや、そんな話し方向こうでもされたこと無かったよ。あと、王はオルナさんだから」

 

『細かいことは気にするなよな、ベル。団長に指導されてしまうぞ』

 

「ぐっ……というか、どういう状況なの、これは。もしかして他の人も」

 

『いいや。俺だけだよ、多分。ああ、なんで、とか聞くなよ? 俺が聞きたい。死んで目が覚めたらこうなってた。セカンドライフってやつだよ……ああ、ベルが聞きたいのはこの身体の人格か。うん、大丈夫。基本的には今を生きるこの身体が主人格だよ。こうやって身体を動かさせてもらってるのも同意の上だ』

 

「そっか……なら、良かった? のかな」

 

『まあ不満なことはあるけど。俺としては仕えるならベル、百歩譲ってオルナだけど……あの糞淫乱女神(ビッチ)の眷属になるとかどういう思考して────アッ、チョっ、ごめんごめん!? そんなに怒るなよ俺!?』

 

「あ、あはは……」

 

『はぁ、はぁ……っと。ベル、まだ完全に目覚めてないんだろ? 大丈夫なのか?』

 

「うん。多分。けど、一週間も維持できない……というか、途中離脱も出来そうにないね。早い所、記憶を封印している僕に戻してあげないと」

 

『封印……よく分からないけど、団長が何か企んでたやつか』

 

「多分、ジュピターとオリオン、もしかしたらウルズも関わってるかも。かなり厳重な封印だよこれ。その時が来るまで緩みはしても解かれることはないと思う」

 

『まあ俺にはさっぱりだけど……そろそろ戻るよ。弟達に勘づかれそうだ』

 

「うん────またね」

 

『ああ────ふぅ。知りすぎた感が凄いんだけど、アル」

 

「すみません……内緒にしていただけると助かります」

 

「アルには世話になってるしな。良いよ、デメリットの方が大きそうだし……ああ、貸し借りなんて話じゃないからな? キミとは友達だと思ってる。オッタルの負け姿も見れて満足だよ」

 

「負け姿……そうか、そこまで」

 

「あー……そうか。キミは僕の知ってるアルじゃないのか。面倒だな、どう呼ぶべきか」

 

「いや、アルでいいですよ。同一人物ですし、記憶だけの違いなので。でも、次会うときは『僕』はこの会話も覚えてないと思うので、その辺りはおまかせすることになりそうです」

 

「ふーん。ややこしい事になってるんだね。うん、良いよ。任せて────ッ、ダンジョンが揺れて……」

 

「ヘスティア様の神威……対処はこの街の冒険者に任せます。貴方は地上へ。きっと皆さん心配してるでしょうから」

 

「いや、良いよ。僕も混ざる。フレイヤ様のご命令は受けていないけれど、久しぶりの階層主戦だ。肩慣らしでもさせて欲しい」

 

「では、僕は湧き出てるモンスターの相手をしてきます」

 

「一瞬で終わりそうだな。ゆっくりしてくれよ?」

 

「あはは。そちらはお任せします……【神雷(ケラウノス)】」

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