「……まったく、私が珍しく感傷に浸っていたというのに」
「そう言うなアルフィア。狙ったのは否定しないが」
灰色の髪の女性と黒髪の神が喋り合う。その横には、戦慄を覚えている
輝夜とライラは都市の巡回中に偶然エレボスとヴィトーと接触した。ヴィトーを相手に二人はあと一歩という所まで来たのだが。
突然現れた規格外が呟いたたった一言により、二人は地に伏している。
「にしても、アルフィア強すぎぃー。これでは『蹂躙』ではなく『瞬殺』だな」
「『蹂躙』が見たければ、相応の輩を用意しろ──いや」
「どうしたアルフィア?」
アルフィアの視線が倒れ伏す二人から外れる。その様子にエレボスは疑問を抱いたが、その答えはすぐにやって来た。
「命拾いしたな、正義の眷属ども──『英雄』が来たぞ」
空から『白』が落ちてくる。輝夜とライラを背に庇う形で着地したベルはアルフィアに注意を向けつつ二人の状況を見る。
「大丈夫ですか、輝夜さん、ライラさん」
「ぁ……アル、か」
「なんとか、な……」
二人とも流血しており、ぎりぎり意識を保てている状態だった。立ち上がれは出来るが、楽に動けは出来ないだろう。
「いやはや。【静寂】の魔法の直撃をくらってまだ原型を残しているとはお見事です」
気色悪い笑みを浮かべながらそう語りかけるヴィトーは一歩前に出る。ベルはヴィトーの顔に見覚えがあったが、それよりも今はアルフィアに集中している。
先程からピクリとも動かないアルフィアは瞼を開けてベルの顔のみを凝視していた。それ以外視界に入らない程の集中。そこには敵意とはまた違った感情が感じられた。
(なんだろう……懐かしい、というか、暖かい?)
アルフィアのまったく変化しない表情だが、ベルには少し柔らかい印象を覚えた。ベル自身、アルフィアに会うのはこれが二度目。それなのに、どこかで会った……いや、自分と近しい存在であるように感じられた。
二人の視線が交差している間にもヴィトーは何やら語り続けていた。
今までピクリとも動かなかったアルフィアの片眉がピクリと動いた。
「……おっと、やば」
その気配を察知したエレボスは自らの眷属の行動を止めるでもなく、これから起こるであろう現象から逃げるように数歩下がった。そんな主神の様子など知らないヴィトーの語りはまだ続いていた。
「──それに今話題の英雄殿にお会い出来るとは! あなたには一度──」
「
誰の頭にも残らないような演説をしていた変態は叫び声すらあげる間もなく音の塊に吹き飛ばされ壁にめり込んだ。死んではいないはずだが、意識はない。
「……えげつねぇー。優しくしてやれよアルフィア」
「黙れエレボス。私の感傷の邪魔をしたんだ。これ以上雑音を生み出すのならお前にも容赦はせんぞ」
「怖すぎぃ」
ヴィトーの有様に引き攣った顔でエレボスは両手を上にあげる。ベルも思わずヴィトーの方を向き顔を引き攣らせた。
「──さて」
「っ!!」
小さいながらも、ひどく響くその声にその場にいるものの意識が集中する。膨れ上がっていく魔力の波長は目で見えてしまうほどに濃く、膨大だ。魔力の圧によりアルフィアの周りの小石が浮き、アルフィア自身も浮くのではないかと思われるほどだった。
「こうして相見えたのも何かの縁だ。いつかの再戦と行こう」
「おい……ふざっけんな。なんなんだよ、この魔力!?」
「先程までは、遊びだったというわけ……か」
自分達との戦闘の時とは比べ物にならないほどの圧力に輝夜とライラが瞠目する。ベルは既に臨戦態勢に入っていた。
「【
「くっ!?」
(距離が近い上に詠唱が早すぎてこっちの詠唱ができない!!)
音の塊がベルの元へと迫るが寸前で回避する。ベルの魔法【
「【ファイアボルト】!!」
「【
加えて、ベルの魔法行使よりアルフィアの詠唱が早いため、アルフィア側の魔法無効は健在。狭い場所でベルの持ち味である敏捷を十分に活かすことができないため、この場所はベルにとって不利だ。
「【
アルフィアは容赦のない魔法の連発を行う。詠唱の間に合わないベルは避けるしかない。それに、先程からベルとアルフィアの距離は縮まってはいない。
(この人……上手い!!)
アルフィアの魔法はただベルにぶつけている訳では無い。ベルの逃げ場を無くしつつこちらへと迫る道筋を確実に潰してくる。
単純な技量の差。それが同じLv7でありながらもベルが攻めあぐねている要因だ。
ヘラファミリアとして何年もの間冒険者を続け、そして数え切れない死線をくぐり抜けている歴戦の戦士。片や急速な成長スピード故に経験が浅い英雄。
この狭い空間においては、アルフィアに少しばかりの軍配が上がる。
「なんっつー、戦いだよ、こりゃ」
「……次元が、違う」
ライラと輝夜は目の前で繰り広げられる破壊と駆け引きに戦慄する。もはや目で追うことすら不可能なベルの動きを正確に読んで対処するアルフィア。両者の実力は異次元のものだ。
輝夜はギリギリと自分の力不足に強く歯ぎしりする。そこで目の前の災害から注意を逸らしてしまった。
「──借りるぞ、小娘」
「なっ──」
目の前まで接近してきたアルフィアに気づいた時には既に輝夜の刀はアルフィアの手に収まっていた。
「っ!! 返せ、くそババア!」
「借りるだけだと言っているだろう。それに私はまだ24だ」
輝夜の言葉を軽く躱したアルフィアは右手に刀を持ちベルに向けて疾走する。魔法主体だと思っていたベルは突然の特攻に虚をつかれた。
瞬きのうちにアルフィアは幾筋もの剣線を描く。ベルは二刀流で対処する。
「この……剣戟は、ザルドさんの!?」
「ほう……たった一合でわかるのか。良い観察眼だ」
一撃の重さはザルドには劣るものの、その剣は以前受けたザルドの剣そのものだ。モノマネのレベルでは無い。
「【
「くっ!」
ほぼゼロ距離での魔法行使。アルフィアの刀にナイフを打ち付けて上空へと飛び上がることでギリギリ回避する。そして牽制として右手をアルフィアに向ける。
「【ファイア──】」
「【
「がっ!?」
魔法を行使しようとしたベルの周囲が
(スペルキー!? 残ってたアルフィアさんの魔力残滓が爆ぜた!)
「【
「【
間髪入れずに放たれた魔法だが、今は十分な距離があるため、ベルの魔法が間に合い、アルフィアの魔法が霧散していく。その様子にエレボスは「ほう……」と意味深な笑みを浮かべていた。
この高速戦闘を行っていたにもかかわらず、両者共に息が切れた様子はない。しかし、ベルの頬を冷や汗が伝う。
(……ザルドさんより、強い)
以前一騎打ちした同じくLv7のザルドも強敵ではあったが、今相手をしている
相手の出方を窺っていたが、突如アルフィアが放っていた莫大な魔力が消えていく。
「──よくぞそこまで強くなった」
「?」
今までの圧はなりを潜めて一転して穏やかな雰囲気を出したアルフィアにベルは戸惑った。攻めようとも思えず、注意はそのままに構えたナイフを下ろす。エレボスは静かに見守っている。
数秒ほど無言の時が過ぎた頃に、アルフィアがベルの方へと向いた。
「小僧」
「は、はい!」
「お前にひとつ聞きたいことがある」
「……なんですか?」
美しいオッドアイの瞳を瞼で閉ざしアルフィアはベルへと問いを投げかける。何を聞かれるか身構えるベルにアルフィアは口を開いた。
「お前から見て、私はどのような存在に見える?」
「……え?」
「早くしろ」
「は、はい!?」
アルフィアからの問いにベルは困惑する。そもそも会うのが二回目なのでもはや初対面。第一印象を聞かれているようなものだ。リューや輝夜がこの質問をされれば「悪」やら「ババア」などと答えれるのだろうが、ベルはどうしてもアルフィアとザルドが敵に思えない。いや、敵であることは事実なのだが、「悪」ではないと感じてしまう。
女王から許された僅かな時間で思考する。そこで先程感じた感覚を思い出した。「懐かしい」「近しい存在」。ならば親戚だろうか。不思議と姉という感じではない。
あの立ち位置の人のことをなんというのだっただろうか。確か……
「あ! 伯母ぐぶぉはぁぁぁぁぁ!?」
『伯母さん』という最適解にたどり着いたベルは答えの途中で腹に絶大な衝撃を受けて吹き飛ばされた。目の前には瞬間移動したのではないかという程の速さで迫ってきていたアルフィアがベルの腹に拳を突き刺していた。
「……魔法、よりも……はや、い」
アルフィアの
「……男としての作法を教える必要があるか」
「アル!!!」
気絶したベルをアルフィアがお姫様抱っこの要領で抱き上げる。突然の決着に二人は唖然としていたが、我に返った輝夜が叫んだ。その声でライラも正気に戻る。
「てめぇ、アルをどうする気だよ!!」
「アル? ……ああ、この子の偽名か。貴様らの英雄を借りていくぞ。なに、悪いようにはせん」
「この……ババアが! アルを返せ!!」
「よせ、正義の眷属。私と貴様らの力量の違いを理解出来ていないのか? これ以上私を失望させてくれるなよ」
「「!!!」」
「ああ、そうだ。これは返すぞ、小娘」
刀を輝夜の真横に投げつけ地面へと突き刺す。その軌道は見ることができないほどの速さで投げつけたことで柄の部分まで突き刺さった。それだけで互いの力量差を見せつけられた輝夜は睨みつけはすれども体は動かない。
輝夜からの視線など気にも留めないアルフィアはベルを抱えて歩き出した。
「行くぞ、エレボス。黙って着いてこい」
「おいおい、黙ってはひど「黙れと言っている」すんません」
「お前の声は何故かこの子と似ているんだ。その声で変なことを口にしてみろ。送還させるぞ」
「あ、はい」
女王に逆らうことが出来ずに口を閉じた邪神はアルフィアと共に暗闇へと消えていく。その姿を輝夜とライラは黙って見ていることしかできなかった。
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夢を見た。
遥か遠く、ここではないどこかの、静かで穏やかな黄昏の夢を。
オラリオから遠く離れた村で、四人で暮らしている夢。
一人はおじいちゃんだけど、あとの二人は顔がぼやけてて分からない。それでも、優しくて、暖かい人だ。それだけは分かった。
おじさんはよく料理を作ってくれた。おじさんの作る料理は本当に美味しくて、いくらでも食べれてしまう。だからご飯の時間は楽しみだ。
それに、おじさんは強い。猪とかをよく捕まえてきてくれる。この前狩りに連れていってもらった時は、獣を指でつついたら爆散していた。その時に「撫でただけだぞ、貧弱なヤツめ」と言っていたけど、あれは撫でただけじゃ絶対に起こらないことは分かる。
そして──灰色の長髪で漆黒のドレスを身につける女性とは、よく散歩に出掛けていた。彼女の顔も相変わらずぼやけていて見えないが、笑っているように思えた。彼女は静かな人だ。それに静かであることを好んでいた。ぼくとおじいちゃんが英雄譚の話で盛り上がっていたら「【
ぼくもたまに騒がしいと言われてしまうけど、散歩の時はぼくの話を笑って聞いてくれる。この時間がぼくは大好きだった。ある日はおじさんが猪を爆散させた話。ある日はおじいちゃんからハーレムの話を聞いた話。散歩から帰ったらおじいちゃんが吹き飛ばされることが何度かあったけど、ぼくは彼女との散歩が一番好きだった。
ある日の夕暮れの帰り道。
相変わらず瞼は閉じたままで彼女と二人歩いていた。本人は灰色の髪を薄汚いと嫌っているが、ぼくは好きだ。
ぼくは彼女の横顔を見ながら口を開いた。
「ねえ、おばさん」
ドゴッッ!! 、と。頭から鳴ってはいけない音が鳴った。
「殴るぞ?」
「もうなぐっています!」
ぼくは頭を抑えながらそう叫んだ。彼女の拳は神速の一撃。気づいた頃には『殴られた』という結果が生まれていた。ぼくは敬意を込めてこの一撃を
目の前に星がチラつくほどの衝撃を何とかこらえた。そんな中、彼女はぼくを見下ろしていた。
「私を呼ぶ時はなんと言えと教えた? ん?」
「……■■■■■お義母さん」
よろしい、と言った彼女──■■■■■はぼくの手を握り直してくれる。
「それで、何を言いかけていた?」
「……なぐらない?」
「話を聞く前から分かるものか。だが不快だったら殴る」
「こわい!」
「ならば叩く」
「それもきっといたい!」
■■■■■はまじでやる。■■■■■をイラつかせないのは既に我が家のルールとなっていた。
「私は雑音が嫌いだ。必要なことだけを粛々と報告しろ」
「イエス・マム!! サーセンッシタァ!!!」
「……なんだそれは? 誰から教わった?」
「お、おじいちゃんが、こう言えって……」
「あの糞爺め。ベルの教育に悪影響しか及ぼさない癌。やはり魔法で三つ山の向こうまで吹き飛ばすか」
「やめて! おじいちゃんが死んじゃうからヤメテ!!」
おじいちゃん、ごめんね。ぼくは無力だったよ。
「手を出さないから、話してみろ」
「ぼくの、ほんとうのお母さんって、どんな人だったの?」
「……ああ、そうだな」
そこからは色々なことを聞いた。ぼくのほんとうのお母さんのこと。優しい人だったこと。切れたら怖いこと。
そして──お義母さんはぼくに会う気はなかったこと。
それでも、今僕と一緒にいてくれる。それだけでも幸せだった。でも、お義母さんはもう長くない。
以前来た灰色がかった黒髪の神からの願いを断っていた。そのことについて彼女はなにか後悔しているようだった。
「『悪』を選ばなかった私達のせいで、世界は滅ぶかもしれない──『最後の英雄』は……生まれないかもしれない」
それは、今まで聞いたことの無いほどの懺悔の声。お義母さんが何故悲しんでいるのか『ぼく』には分からなかった。でも、彼女には悲しみに囚われて欲しくないから。
「──『僕』が、英雄になるよ」
■■■■■の足が止まった。
「『僕』が、最後の英雄になる」
「──ああ」
空を見上げた■■■■■は多くの感情が見え隠れしている。悲しみ、嫉妬──喜び。
「私達がしてきたことは、無駄ではなかったのだな……」
先程まで見上げていた『ぼく』の目線は既にお義母さんと同じくらいにまで伸びている。お義母さんは『僕』の目を見た。
今までバグのようにかかっていたモヤが消えていく。美しいオッドアイに笑みを浮かべた彼女は口を開いた。
「──強くなったな、ベル」
「うん──
「──ん」
目が覚める。やけに背中が熱く感じる。後頭部は柔らかい何かで包まれている。目を開けば灰色の長髪が目に入った。
「──アルフィア、お義母さん?」
「っ」
誰かの息を飲む声が聞こえる。まだぼーっとする頭を活性化させるべく目を動かす。
「教、会?」
「お目覚めだな、『英雄』」
「アル!!」
そこは以前ヘスティアと住んでいた教会とはまた違った古びた教会だった。声の方向を向けばエレボスと見知ったエルフの女性がいる。
「リューさん?」
ようやく起きた頭を回して状況把握。そして後頭部の柔らかい何かの正体にも遅れて気づいた。
「アルフィアさん?」
「……ふぅ。起きたようだな」
アルフィアに膝枕をされていた。何故そのような経緯になったのかは分からないが、すぐに起き上がる。何故自分が眠っていたかは、すぐに思い出せた。
あの時の一撃を思い出して体がブルりと震える。
「──さて、役者が揃ったんだ。始めよう」
エレボスが声を発する。神としての存在感が大いに発揮され、注意がそちらへと向けられた。
「まずは、リオン。お前からだ」
瞳をリューにのみ向けたエレボスはさらに言葉を紡いだ。
「リオン、お前の『正義』とは?」
「……その前に、ひとつ聞きたい。どうして、『悪』が、『正義』を問いつめる?」
「神聖な儀式だからだ。公平な問答でもある。何より、俺が下界の行く末を占っておきたい」
凛としたたたずまいを崩さないリューが凛とした表情を見せていた。決して絶望に染ってはいない。
「俺は悪を『気持ちのいいもの』と考えている。『悪』を追求するのは簡単だぞ? 極論、『気持ちいい』を突き詰めればいい。それは利己的で、他者にとっては不利益であり、同時に憎まれるものだ。そして行き過ぎれば、決して許されざるものとなる。人は、それを『悪』と呼ぶようになる。そして弁明のしようもなく醜悪なものが──『絶対悪』と化す」
──つまり俺だ、と。
エレボスは自論を述べる。その言葉を全て聞いたリューは恐るでもなく受け止めていた。
「さて、俺は答えた。そろそろ『
「……邪神エレボス。あなたに、私の答えを聞かせてやる」
神の圧力に一歩も引かずにリューはむしろ一歩踏み出した。その様子を見てエレボスの笑みは深まる。そして、リューはエレボスの目を見て口を開いた。
「正義は巡る!! 数多の星の輝きとなって、違う誰かに受け継がれていく! たとえ私達が力尽きたとしても、正義は決して終わらない! だから──私は今を尽くす! お前がどんな理不尽を叩きつけたとしても、最後まで絶望に抗い、この身が燃え尽きるまで戦い続ける! 一人でも多くの者を救い、正義を託す! ──『正義を途絶えさせないこと』! それが私の答えだ!」
「……ふっ、はははははははははははははは!!!」
アーディとの話し合いがあったからこそ、確固たるものとして胸に刻まれた、リュー・リオンの答え。その答えを聞いたエレボスは声をあげて笑った。
神の笑い声が教会の中を響き渡っていく。数十秒ほど笑い続けていたエレボスは最後に深呼吸をすると、両手を叩き合わせていた。
「──素晴らしい答えだ、リオン。やはりお前を見初めて正解だった」
ただ純粋に賞賛を与えるように語るエレボスにリューは警戒心を解かない。アルフィアは終始黙って聞いていた。
「本当に素晴らしい答えだ。本来ならここで褒美の一つや二つ与えてお開き、だが。まだメインディッシュが残っている」
エレボスの視線がリューからベルへと変わった。向けられるとは思っていなかったベルは何を聞かれるのかと身構えた。エレボスはベルの方へと近づきながら口を開いた。
「さあ、『最後の英雄』。お前の答えも聞きたい」
「僕の、答え?」
「ああ。簡単な質問だよ、ベル・クラネル。──正義、とは?」
それはリューに聞いた質問と全く同じものだった。『アル』ではなく『ベル・クラネル』と呼んだのは『ベル・クラネル』としての答えを聞きたいから。
答えを考えている時。外から爆撃の音と衝撃が伝わってきた。
「!? アンドロメダ!!」
闇派閥の軍勢が市民を狙い、アスフィを含む冒険者達が応戦しているが、守るものが多すぎるために劣勢だ。
「くっ!!」
すぐに応戦すべく外へと走り去って行く。その様子をエレボスは何も言わずに見届けた。
「本当はリオンにもお前の答えを聞き届けてもらいたかったが……まあいい。俺の質問に答えた褒美だ──さあ、ベル・クラネル。答えを聞こう」
既に興味はベルへと移っているエレボスはベルの姿のみを見ている。少し考えるベルは少しして口を開いた。
「……絶対的な正義って言うのは、存在しないと思うんです」
「ほう? 続けろ」
「人の中には『理想』があって、それが具現化されたものが正義だと思うんです。それがどれだけ間違っていることだとしても、本人が正義だと思うのならそれは正義になってしまう」
エレボスは興味深そうな顔で聞き、アルフィアは瞼を閉じて聞く。
「ならば、お前の正義は?」
「僕の中の正義は、一言で言うならば『偽善』です」
「偽善、だと?」
「僕の理想は全てを救うこと。それは人に限った話じゃない。以前、そのことを『偽善者』と言われたことがあります。そんなものは『偽善』だと。確かに僕の行いは『偽善』なのかもしれない。でも、それでみんなを救えるのなら……僕は『偽善者』になります」
「──Congratulation」
先程リューに見せたものよりも強い拍手をする。体全体で感情を表現するようにエレボスは賞賛を隠さずにしていた。
「──最高だ、ベル。お前は英雄の器だ。俺が保証しよう」
突然のべた褒めにベルはどう反応すればいいか分からないでいた。隣のアルフィアは相変わらず静かに座っているが、先程のベルの答えは聞いていたようだ。だが、ぴくりと片眉を動かしたアルフィアは後ろへと顔を向けた。
「ザルドめ……」
「──蛆など食う価値もないが。メインディッシュが待っていると思えば、いくらかマシになるか」
「この気配は!!」
外から一際大きい気配を感じる。窓を覗けばザルドが冒険者を一掃していた。アリーゼ達が応援に来て闇派閥を倒してはいるが、ガレス達ではザルドは倒せない。皆が倒されるのも時間の問題だ。
「──数多の英雄が、子の前に立ちはだからんことを」
すぐに外へと飛び去ったベルに向けて、届かない声で呟いた。腰を上げて窓ではなくドアの方へと歩いていく。
「大丈夫なのか、アルフィア」
「問題ない。ザルドだけにあの子との時間を堪能される訳にはいかないのでな」
そう言って、アルフィアも戦場へと歩を進めて行った。教会の中で一人になったエレボスは椅子へと腰を下ろして息を吐く。
「にしても……時を越えるとは。やはり下界は面白い──そうは思わないか、アストレア」
「……ええ、そうね」
アルフィアとすれ違い入ってきたのはアストレア。彼女はそのままエレボスの方へと歩み寄っていく。
「現在のベル・クラネルは7歳そこらだ。魂だけでなく肉体までもこの時代に来るとはな」
「そうね……私たちから見ても、有り得ないことだわ。でも、彼の存在は、この時代を大きく変える」
「本来のルートを外れた世界がどうなるかは、神である俺たちですら分からない。楽しみだな、アストレア」
「……そうね」
ベル・クラネルという存在が与える影響を考えつつ、アストレアはここに来た本来の目的を果たそうとしていた。だが、その前に、ベルがいるであろう方を見て、目を閉じた。
「……お願いね、ベル」