”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#1 ツムギ・ムラサメという女

 男というのは、誰もが生涯に一度は"最強"の二文字に憧れを持つという。

 誰よりも強く、誰よりも雄々しく、誰にも負けない絶対無敵の存在。なるほど確かに魅力的だ、憧憬を抱く気持ちはよく分かる。本当にそんな存在に至ることができればきっと気持ちいいことだろう。

 

 しかし、敢えてこの論説に否を唱えてみるとするならば──別に"最強"に憧れるのは男ばかりじゃないことだ。

 自分がどこまで戦えるのか、世界でもどれだけの階級(ランク)に立っているのか、あるいはもっと単純に自分よりも強い存在が居るのか否か。女の身ながら興味を持つことは何らおかしなことじゃない。

 

 だからこれが私の、ツムギ・ムラサメの原点ともいうべき衝動だった。

 私の生まれ、ムラサメは主君に剣を預けるいわば懐剣の家系だ。だから私も本当ならば誰かしらを主君と定め、その人を守るために命を懸けるのが習わしである。断刃(ムラサメ)とはそのために磨かれた技なのだから、そう生きるのが当然という風潮だった。

 しかしながら剣を握る度に考えるのは、まだ顔も知らぬ未来の主人などではなく、"最強"とは何だろうという稚拙で子供らしい好奇心の方だった。大人になるにつれて笑いながら捨てていくような夢想を捨て去ることができず、いつまでも心の骨子として残り続け──気が付けば生きる目的にまでなっていて。本当ならば主君に捧げるために磨いた刃の冴えを己のために使ってみたくなったのだ。

 

 純粋に自分の強さを証明したい、その為だけに。

 

 断っておけば別にムラサメ一族の生き方を否定はしない。一振りの剣として誰かのために生きることも悪くはないと思ってる。しかし私の中ではそれが『一番やりたいこと』ではなかったから、ハッキリとノーを突き付けた。

 

「私は私の道を歩みます、誰を主君と仰ぐつもりもございませんのでどうか放っておいてくださいませ」

 

 などと言ってしまったものだから、まあ一波乱起きてしまったわけで。

 しかし今はそんな話など脇に置いておこう。個人的な事情を語ったところで面白くも何ともない。

 とにかく、仕えるべき貴種(アマツ)など知ったことかと出奔し、門を叩いたのは軍部の方。何せ生まれからして軍事帝国アドラーなのだし、合理的に剣が振るえるという意味でも軍属となる選択肢以外に道はなかった。

 血筋の影響なのか、幸い若輩ながら剣の腕に覚えはあったし、積んできた修練だって並ではないとの自負がある。なのでそう苦労することもなく入隊は叶い、後は激戦区にでも飛ばされて実戦の中で剣の腕を磨けばいいと考えていたのだが……そうも言ってられない事態が起きてしまう、というより入隊直前に起きていた。

 

 それこそが帝国の生み出した新時代の人間兵器、星辰奏者(エスペラント)の誕生である。

 第二太陽(アマテラス)より降り注ぐ星辰体(アストラル)に感応することで、人間は途方もない身体能力と後付けの星辰光(超能力)を手に入れた。星辰奏者の適正がある者は一握りとはいえ、数の少なさを補ってなお余りある最新兵器として君臨したのは間違いない。

 で、何の因果か私は星辰奏者の適性があった。入隊した直後に適正検査を受けて見事に合格、その後は晴れて超人となりめでたしめでたし──いや待ってくれ、なんだそれは?

 

 身体能力が上がり、さらに超常の星辰光(きりふだ)を手に入れる。それは別に構わない、むしろ浪漫があって好きだとも。しかしこの技術は帝国だけが保有している最高機密であり、しのぎを削る他国には当然星辰奏者など居やしない。であれば畢竟(ひっきょう)、戦場で起きることは強者が弱者を蹂躙する構図以外にあり得なかった。

 これではダメ、()()()()。確かに最強の二文字に人並み以上の夢はある。だが決して弱い者いじめがしたい訳ではなく、技巧も読み合いも何も無しに"勝利"を手にしたところで何の証明になるだろうか。たとえばそれで"戦場にて最強"などと謳われたって頷くわけにはいかないのだ。

 

 だからこの時点で私の夢は詰んでいた。まさか星辰奏者の技術を他国に流すわけにもいくまい、いくら何でも私利私欲で国まで裏切るつもりはない。他所の国へ逃げ出したところでそう遠くない内に詰むのがオチだ。

 なので結局、実家を飛び出してまで軍に入隊した意義が無くなってしまい空しくなってしまったのだが……ここで逆に考えた。星辰奏者となったことで一般人と対等な条件になれないなら、逆に星辰奏者と戦うことで最強を追い求めればいいのではないかと。

 

 つまりだ。帝国(アドラー)には星辰奏者(エスペラント)がそれなりに居て、彼らもまたいわゆる"練習試合"に飢えている。一般兵といくら模擬戦したところで蹂躙にしかならないので当たり前だ。

 そこで私が練習試合の相手として名乗り出ればお互いにWin-WInの結果となる。互いに実力を磨けて万歳、もしこちらが負けることがあれば対策を練って再び挑めばいい。そうすれば最強の名に一歩近づくことができるのだから。殺し合いにならないのだけが残念だか、そこは割り切るしかないだろう。

 

 "最強"の称号を追い求めるなど子供らしい夢想かもしれない。だとしても、挑む前から諦めるなど馬鹿らしいし悲しいものだ。

 故に私は諦めない。いいじゃないか、少しくらいは愚かな夢に邁進してみても。歴代最上位の実力と謳われた()()()でさえ星辰奏者の登場で日陰に追いやられたのなら、せめて同じ技でその無念を晴らしてみたい野心もある。

 

「"最強"になることで、少しくらいは自分を好きになれたらいいな」

 

 故に私は剣を執る。"勝利"などあくまでも通過点にすぎない。真の目標はその先にこそあるのだから。

 

 ◇

 

「さてどうでしょう、此度の転属辞令を受けていただくことは可能でしょうか、朧隊長殿?」

「──なるほど、貴官がこの場へやって来た理由は理解した」

 

 嫋やかな花のような少女に問われ、朧と呼ばれた女──チトセ・朧・アマツは深くため息をついた。どうしたものかと頭を抱え、次いで片手に持った彼女の経歴書にもう一度目を通す。

 ツムギ・ムラサメ、コードネームは『双頭剣(オルトロス)』。約二年前に軍に入隊して星辰奏者となって以降、様々な黄道十二星座部隊(ゾディアック)を渡り歩いていると資料には記されている。第一近衛部隊近衛白羊(アリエス)、第三諜報部隊深謀双児(ジェミニ)、第九北部制圧部隊魔弓人馬(サジタリウス)……新兵がこの短期間で三つもの、それも各々色の違う部隊を転々としているなど通常ならばあり得ない。

 

 ただし同じく日系の血が流れる一族(アマツ)として、チトセもツムギについてはそれなりに聞き及んでいた。それこそツムギが軍にやって来る前から、『ムラサメに生まれた今世紀二人目の天才』の噂はよく耳にしていたから、その経歴にも他の人間ほど疑問を抱いた訳ではない。

 弱冠十代にしてムラサメに伝わる膨大な剣技(れきし)を修め将来を嘱望されていたその少女は、何を血迷ったのか実家を出奔してまで軍の門扉を叩いた。その際に反対する人間を()()()()()()()()飛び出したのだから筋金入りの頑固者で、疑いようもなく剣の達人だった。

 

 そんなツムギは最初こそムラサメの血統を買われて近衛白羊(アリエス)へと配属されたのだが、ここでまず問題を起こす。

 

「貴官の問いに答える前に、まずはこちらから幾らか質問させてほしいが構わないか?」

「ええ、もちろん」

「では聞くが──星辰奏者(エスペラント)同士の模擬戦闘回数が貴官だけ群を抜いて多い。これはどういうことだ?」

 

 手元の資料にはハッキリ言って異常な回数の模擬戦闘記録が残っている。普通の星辰奏者の軽く数倍はあるだろうその回数にはチトセも頭が痛くなるというか、常人はそこまで繰り返さない。向上心の塊と評するにも限度がある、これではむしろ緊急時に最高のパフォーマンスが発揮できない恐れすらあった。さらには付き合わせる他の部隊員を潰す結果にすらなりかねない。

 そんな理屈はツムギも分かっているだろうに、彼女は平然とした顔で「強くなるためです」と返答した。

 

「星辰奏者がその技術を磨くためには同じく星辰奏者と戦うより他に無い、まさかそちらとて一般兵を相手に無双する趣味はございませんでしょう?」

「確かにその通りだ、そこは認めよう。しかし物事には限度があり、正しいからと他の意見にまで馬耳東風で突き進むのは愚か者のすることだ。君はこれまで叱責されたか回数は覚えているかね?」

「五十八回、いえ、これを含めれば五十九回でしょうか」

「……呆れたものだ、そんなことを複数の部隊で繰り返せば立場を失くすのは当たり前だろうに」

 

 資料に目を通す限り、ツムギは疑いようもなく優秀だ。

 身体能力並びに剣術の腕はこの若さにして文句なしに一級品、激戦区(とうぶ)に放り込んでも平気な顔で生き残り殊勲を挙げることだろう。性格も根本的には真面目なようで、職務自体は至って真摯かつしっかり取り組んでいるのが窺える。護衛、諜報、兵士と役割の違う部隊でそれぞれ成果を挙げていることからも器用な天才肌なのは間違いない。指揮官ならば誰もが欲しがる逸材だ。

 なのに、たった一つ『模擬戦闘に取り憑かれている』という欠点がすべてを台無しにしてしまっていた。有事に備え自らの技術を高めようとする意志は確かに正しい、だが上官の命令すら無視するのは組織に属する者として致命的だ。本当なら軍そのものから放逐されているはずなのだが……こうしてチトセの前に立っていることが、捨てるには惜しい才覚の高さを物語っているのか。

 

「重ねて問おう。貴官は何故それほどまでに自身を高めることに注力する? 単に腕が立つだけでは回らないのが世の常だ。わざわざ実力以外の評判を捨ててまで貫く意義があるとは感じないが」

「……これは少々恥ずかしい話なので、どうか笑わずに聞いてほしいのですが」

「ほう、言ってみろ」

 

 鷹揚に頷いたチトセへ、ツムギは一瞬だけ瑠璃色の目を伏せてからはにかんだ。

 

「"最強"という言葉と称号に、興味がありまして」

 

 その可憐な少女から出てきたとは思えない剣呑かつ夢見がちな言葉に、チトセは珍しく虚を突かれた。まさかそのような単語が出てくるとは予想だにしていない。

 なるほど、最強とは。それはそれは、事情を知ってみれば確かに地力を高めようと奔走するのは理解できる──それでもなお現実の壁はあまりに分厚いと言わざるをえないが。

 

 とある男の影を脳裏に描きながらもひとまずチトセは頷いた。

 

「得心したよ、貴官が自らを高めようとする不断の意思の出所も納得というものだ。しかし敢えて言わせてもらうなら、夢と現実には折り合いを付けるべきだろう。自らの理想ばかりにかまけた挙句、社会性を捨てさってしまっては元も子もない」

「委細承知してますとも。その上で私はこの道を貫きたい。現実味の無い夢物語で、だから目指すことを端から諦めてしまえと? それは少々無体が過ぎるというものです」

 

 ああ言えばこう言う……もう何度目か数えるのも馬鹿らしいため息がチトセの口からまた漏れ出た。

 確かに夢を夢と断じて諦めるより、理解した上で挑もうとする人間の方が好ましい。そのために自分の取れる手段を模索し努力を重ね、あくまでも模擬戦闘として職務の範囲内で実行している点は良識的と評してもいい。それでも結局、ツムギが命令違反の常習犯かつ強さに取り憑かれているのも事実であり。

 

「これが最後の質問だ。仮に貴官が、貴官とその上官のロデオン殿の要望通りに裁剣天秤(ライブラ)にやって来たとして、私の指示に従うか?」

「それはもちろん。上官には従うのが部下の務めでしょう」

 

 いけしゃあしゃあと宣った。

 

「ならば私が死ねと言えば従うか? 従者(ムラサメ)として主君(アマツ)に仕えろと命じれば黙って剣に徹するか?」

「申し訳ございません、それは不可能でございます。死んでしまえば後には何も残らない、何を成すことも無く死んでしまうのは頂けません。剣を預けるのもやれるだけを遂げてから、です」

「相分かった。では結論から述べてやるが、貴官は裁剣天秤(ライブラ)に相応しくない。すまないがお引き取り願おう」

 

 結論、それがすべてだった。

 ツムギは間違いなく優秀だ。チトセの相棒に爪の垢を煎じて飲ませたい程度には克己心も真面目さも兼ね備えた逸材である。どう足掻いても血統派のような腐った人間にはならないだろう。

 しかしどれだけ些細な事だろうと、それこそツムギの方が正しいことをしてるとしても──強大な自我に任せて我が道を進んでしまう人間を部下にすることはあり得ない。まして特務部隊にそのような人材は必要ないのだ。

 

 何より……大真面目に"最強"の二文字を追い求める者の末路など、夢破れた敗残者か、愛も情も知らぬ修羅か、負けられないという意志力だけですべてをひっくり返してしまう"英雄(バケモノ)"だけである。特に英雄だけはいただけない、今このときも改革派筆頭として活動している()()()を彷彿とさせるからどうしたって恐ろしい。

 

「だが」とチトセは言葉を続けた。

 

「貴官が望むならば、我らの刃を研ぎ澄ますのに付き合ってもらう用意はある。蔓延る悪を断罪するべく、糧は一つでも多い方がいいからな」

「へぇ、それはまた」

 

 大上段からの体のいい利用宣言。しかしそれを聞いた瞬間、朗らかに微笑んでいたツムギはより獰猛な笑みを顔に広げた。

 少女の体躯の一体どこから放たれるのかと言わんばかりの歓喜と熱意、そして闘争心と殺気の波動。もしこの場に戦闘慣れしていない第三者が居たなら、たとえ星辰奏者だとしても心意気が折れただろう。それだけの圧倒的な威圧感に女傑の肌も粟立った。

 なるほど、これは確かに"最強"の二文字を追いかけるだけの事はある、チトセは内心でツムギへの評価を改めた。修めた心技体の合一は年齢の多寡、夢の無謀さなどくだらぬと言わんばかりの圧を持つ。ムラサメに現れた突然変異の天才、その名に相応しい少女だった。

 

「日取りが分かり次第改めて連絡しよう。貴官との対決、楽しみにしているよ」

「こちらこそ、どうぞよしなに。よろしくお願いいたします」

 

 優雅にお辞儀した時には威圧感は霞のように消え失せ、サイドにまとめた黒髪が愛らしく揺れた。それでもなお隠し切れない喜悦を放ち、剣をぶつけるその時が待ち遠しことを全体でアピールしているのだが。どこまでも戦いと強さにしか興味の無い、悪夢のような女だった。

 

 時は新西暦1026年。軍事帝国アドラーにて。

 後のアスクレピオスの大虐殺と呼ばれる大事件が発生する、およそ一年前のことである。




シンプルにバトルを書いてみたくて投稿しました。
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