”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#10 才能の価値

 型破りという言葉があるが、そもそも型を知らないまま無軌道に行動するのは型破りではなく暴走にすぎない。

 

 型を守りて基礎を学び、長じた後は型を破り、果てに型を離れて己が独自の技と為す──これがいわゆる守破離の概念である。見様見真似の技術程度では守の概念に欠片も届かず、基礎すら覚束ないまま破離まで行ってしまえば結果は悲惨なものだろう。

 そう、普通はこうなるのだ。磨き抜かれた技術、身体に染み付かせた業の冴えとは一朝一夕で身に着くものでは断じてない。人並み以上の努力を重ねるからこそ敬意を払われ、己が誇りとなっていく。

 

「──なのにどうして、私は()()なのでしょうね」

 

 迫る二刀を剣と鞘との二刀流で弾きながらツムギはごちた。力強い左右の動きは断刃(ムラサメ)のものではなく、眼前の英雄が振るう剣を学習し組み込んだもの。今日初めて見た太刀筋だというのに術理はおおよそ読み解けている。後は鏡のように呼吸を合わせて相殺しつつ、自身の剣を織り交ぜ相手の隙をこじ開ければ良い。

 ヴァルゼライドの繰り出す神速の抜刀術を半身で避けた。視線と足さばきから剣の軌道は分かっているため難しい事ではない。続く二撃目は鞘を滑らせることで力を逃がしながらガード、続けて大きく身を屈めながら体を捻り遠心力のまま鞘を振り抜く。素早く反応したヴァルゼライドは刀身を盾に腹への直撃は避けたものの、決して小さくない衝撃を受けたことだろう。

 

 状況はツムギに有利だった。しかし英雄は一切気負うことなく即座に体勢を立て直すと、むしろツムギの変化を敏感に察知した。

 

「剣に迷いが見えるぞ、ムラサメ中尉。俺が相手では不服だったか?」

「いいえ、まさか」

 

 鋭い視線へ真っ向から反論するものの、一抹の後ろめたさがあるのは本当だった。

 ああまったく、本当はこんな事あり得ない。相手の培った研鑽をその場で学び、さらに自身の学んだ技術と矛盾を起こさず上乗せさせる? 何それは、子供でも分かる無茶苦茶な理屈だ。なのに何故かツムギにはそれが出来てしまう、思い当たる理由など特にない。

 鳥が空を飛ぶように、魚が水中を泳ぐように、人が二本の足で歩くように。出来る者には理由なく出来てしまうから、異常な早熟性には背景なんて一つも無い。

 

 最強を目指す少女剣士は天才に相応しい才能を宿して産まれ、しかもそれは夢を叶えるのにピッタリの才覚だという。良い事だ、ツムギにとっても文句はない。

 だけど他人の血と汗の滲んだ努力の結晶を簡単に分析・模倣できる事がどうしても地に足付かない感覚を齎してくる。努力も無しに強くなることを成長と呼んで良いのか、それを自分の力として誇って良いのか、分からなくなってしまう。

 

「大佐殿、一つ聞かせてくださいな。素晴らしい技術というのは、途方もない努力をした人にこそ与えられるべきだと思いますか?」

「──摂理に則るならばそうだろう。善には報いを、悪には罰を。努力をしたなら相応しい対価があって然るべきであり、逆もまた当然だ」

「えぇ、まったく、私も同感です。頑張ったから強いという理論は誰もが美しいと感じるし、一方で怠惰な人間がいきなり強くなることを喜ぶ人はそう居ない」

 

 目の前のヴァルゼライドが良い例だ。彼は恐ろしいまでの努力家で、剣から伝わる修練の量にツムギは眩暈を起こしそう。一兵卒から改革派の重鎮まで昇りつめた現状といい、()()()()()()()()とはどうしたって人々の胸を打つ。

 その一方で、苦労もせずに得た力を誇る者に人々は冷たい。だってズルいじゃないか、大した苦労もせずに頑張った人と同じだけの成果を手に入れるなんて。妬ましいし悔しい、だから人々の冷笑を買う。

  

 ではそれと真逆に、努力せず天から与えられてしまった力は悪なのか?

 ──おそらく違う。古今天才は数多登場しているが、それ自体が悪と聞いた事は一度も無い。

 

 ならば頑張って苦しんで努力すれば尊いのか?

 ──これも違う。努力は苦しいが、苦しく無ければ努力でないなど詭弁もいい所。

 

 そもそも、出来るからと他人の成果を掠め取ることが最強に繋がるのか……?

 ──分からない。だけど嫌だなと、ツムギは思う。酷い矛盾だ。

 

 泥臭い努力の成果が土壇場で実って勝利を手にする、そちらの方がツムギの好みだ。

 でも現実は正反対。理由のない才能が発揮されることで呆気なく相手を超えてしまう。 

 

「私はどうにも欲張りで贅沢な人間のようでして。勝利に憚る必要のない凡人(ひと)がどこか羨ましく感じてしまう」

「そうか。俺からすれば、貴官のような才媛がこんな塵屑を羨む道理など欠片も無いと思うがな。しかしそれを説いたところで納得はしないだろう」

「塵屑? あなたが? 大佐が塵屑ならばこの世界に石ころ以上の人間がどれだけいることやら」

 

 本心から言葉を発しつつ剣を構える。今度はシンプルな両手持ち、二刀流とはしなかった。

 対するヴァルゼライドは変わらない。あくまで一転特化と言わんばかりで、それこそ彼の必殺故に変わらない。

 対峙はほんの一瞬、示したように同時に床を蹴った。彼我の距離は一瞬で縮まり強烈なインパクトが発生する。先手を取ったのはヴァルゼライド、後の先を狙いに出たのはツムギだった。戦い始めのように剣一つで防御に徹しつつ、隙を見つけては差し込み反撃を繰り返す。

 

「どうした中尉、慣れない技は性に合わなかったか?」

「少しだけ自分が恥ずかしくなったもので。これだけ練り上げられた大佐の剣を、まるで道具のようにただ利用するのもどうなのかと」

「ほう」

 

 興味深そうな声をヴァルゼライドが出す。剣と剣を打ち付け合い、甲高い鋼の音が幾度となく響きながらも不思議と両者は会話を続けていた。

 

「大きく出たな、などとは言わん。貴官がよく鍛錬を積み、そして俺の技を吸い込める下地と天賦があるのも理解している。まったく大したものだよ。告白すれば憧憬すら感じるほどだ」

「お褒めに預かり光栄ですが、そう素晴らしいものでもないですよ。心の中にいつも少し、葛藤のようなものが生まれてしまう」

「汗水流して得られた成果でなければ嫌か? ああ、そこについては同感だ。武力であれ権力であれ、相応の対価も払わずに我が物顔で振るう輩は俺も好かんさ」

 

 二刀が交差するように抜刀された。受け止めたツムギは大きく体勢を崩し、好機とばかりにヴァルゼライドが追撃する。しかし彼女はここまで織り込み済みだったのだろう、よろけた姿勢から倒れ込むように身体を落として紙一重で追撃を回避した。

 跳ね上げられた足がヴァルゼライドの腕を蹴る。わずかな硬直、その隙に真っ直ぐ鋭い突きがヴァルゼライドの喉元へと襲い掛かるがこれを彼は辛うじて拳で弾いた。

 

 再び振り出し──ヴァルゼライドがやや対応に難儀した突き技を、完全に殺すつもりで放っていた。この戦いは殺意を緩めた方が負ける。どちらも理解しているから手を緩めない。

 

「しかし貴官は違うだろう。強い意志の下に磨き抜いた土台あればこそ、天稟を適切に運用しているだけにすぎない。これを指して屑と呼ぶなら、それはその輩の心根が腐っているだけの話だ」

「自己矛盾はよく理解してますとも。強くなりたい、そのための手段は惜しみたくない、なのに強さの根源たる才能がどうにも()()な気がして乗り切れない……我が事ながら意味不明、おかしくて笑ってしまいそう」

 

 この感覚に敢えて名前を付けるのならば、きっと"潔癖症"なのだろう。

 誰もが認める勝ち方でないと、まず自分を納得させられない。単に勝つだけならば構わないのだ、磨いた技術をぶつけ合うのは望むところ。けれど互角以上の相手と対峙して、その強さを"吸収"し始めると途端に後ろめたさが出る。『おまえが勝てたのは単に都合の良い才能があったからだ、運が良かっただけにすぎない』、と。

 

「ムラサメでは天才少女と呼ばれてチヤホヤされてきましたけどね、結局それも人より早熟というだけの話でして。一皮剥けばこんなもの、まったく自分が嫌になる」

「しかし、今は違うだろう」

 

 剣を打ち合わせながら、熱にそぐわぬ静謐な口調で帝国初の超人は指摘した。

 

星辰奏者(エスペラント)および、必殺となる星辰光(アステリズム)に同じものは一つとして無い。たとえ貴官がどれだけ学びに優れていようとこれを再現など不可能だ。なのにまだ不足を感じると?」

「その通りです、私には相手の星などまったく再現できません。出来ることなどただ斬るのみ……でも、恵まれたものを授かったとは思ってます」

 

 だから星辰奏者(エスペラント)は好きじゃないと、矛盾することを少女剣士は語る。

 今も互いに星の力は封印している。故にこそツムギの嫌いな『相手の努力をわが物顔で吸収する』能力は遺憾なく発揮されているのに、それが最大効果を発揮しない星辰光(アステリズム)すら嫌って憚らない。

 

「結局授かる星辰光も本人の性格や適性、あるいは血筋すら影響してくる始末……日系(アマツ)に近いムラサメだから良いものを授かったと指摘されれば何も否定はできず、そしたらほら、また才能云々の話に逆戻り」

「なるほど……貴官の言いたいことは理解した。要するに天から授かったものに勝ち負けを左右されるのが気に喰わないと、そういうことか」

「ええ、その通りです。傲慢で世間知らずと笑ってくださいな、天賦に愛された女は途方もなく贅沢な悩みを抱えている」

 

 ならば最初から嫌いな才能(チカラ)など使わなければ良いと、ツムギの脳裏で良心は囁く。

 だけど手段を選り好みする程度の覚悟で最強など目指せるはずもないと本能は語り。

 他人の頑張りを軽々乗り越えたくないけど、夢を諦めたくもないと理性が叫ぶから苦しくなる。

 どう転んでも雁字搦めだ。諦める潔さも、貫き通す雄々しさも共に不足している。中途半端な状態なのに、それでも剣士としての実力に困らないのが逆に持って生まれた性能を示しているから皮肉なものだ。

 

「大佐殿のように凄まじい場数と鍛錬を重ねた人には一人の剣士として当然勝ちたい、この気持ちに嘘はありません。でも勝ててしまったとき……私はきっと心から喜べない」

「……迷い揺れるのは若者の特権だ。些か気に入らない節こそあるが、全てを否定はしないとも。俺には縁の無い悩みだが理解はしよう」

 

 ツムギの告解に対してヴァルゼライドはあくまで動じることも、侮られたと怒ることもなく言葉を紡いだ。まるで天頂の神が裁きを下すかのごとく、彼の言葉には淀みも迷いも感じ取れない。

 

「その上で、貴官に対して掛ける言葉はただ一つ。"勝利"の後を考えるのはまだ早い──"勝つ"のは俺だ」

「やれるものなら、ですけどね。私だって負けません」

 

 この場でこうして剣を握っている以上、最終的にできることは戦って勝つことのみ。悩み惑い葛藤するのは勝負に勝った後で十分だ。どれだけ後で自己嫌悪に襲われようとまずは勝利を拾わなければ始まらない。

 不敵に笑いながら、ツムギは再び鞘へと手を伸ばした。それはヴァルゼライドから学び取った二刀流の構えだ。あたかも鞘を剣へと見立てた独特の構えで英雄の剣技を迎え撃つ。根底にあるのはやはり勝利への渇望、だからこそ手段を惜しむことを我慢できなかった。

 

 そして再び変則二刀流と七刀流がぶつかり合い──劣勢となったのはツムギだった。

 先ほどとヴァルゼライドの操る剣は何も変わっていない。変幻自在な抜刀術と戦場で培った勘を頼りに攻め込むスタイル。にも関わらず、この戦法への合わせ方を編み出したツムギが押されている理由はただ一つ、ヴァルゼライドが戦いの中で急成長を始めているからだった。

 

「これで才能が無いとは、大佐殿も大概自己評価の低いことで!」

「一つの事しかできない破綻者ゆえに、これだけは負ける訳にはいかんのだ」

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされた剣が異様に重い。それは星辰光の力でも何でもなく、単にヴァルゼライドの肉体の出力が上昇しただけという冗談じみた理屈だ。たったそれだけで剣がより早く、より鋭く、より研ぎ澄まされた牙へ刻一刻と変化し続けている。あまりの振り切り具合にツムギの吸収力すら今だけは後塵を拝す有り様だ。

 まるで窮地に追い込まれて"覚醒"でもしたかのような変貌ぶり。蛮勇と紙一重の勇猛さは殺意の刃を無駄なく掻い潜り、天才剣士へ一歩も劣ることなく鬩ぎ合う。不利な相手に真っ向から力技で打ち破ろうとする姿は、どこまでもどこまでも突き抜けていくヴァルゼライドその人のようであり──

 

「ふふ、アハハ……!」

 

 気が付けばツムギの口からは呆れとも自棄ともつかない笑い声が零れていた。

 

「私も散々悩んでみたり開き直ってみたり、自分なりに考えてきましたけども。あなたの方が私よりもよっぽどズルいですよ、ヴァルゼライド大佐。上には上がいると少しばかり安心しました」

「見習ってはいけない光だろう、自覚はあるさ。意思力だけで道理をひっくり返すなど、才能に胡坐をかく人間よりなお性質が悪い」

 

 敗北の危機を前に覚醒し、心の持ちよう一つで戦況をひっくり返す。只人にそんな芸当ができるはずがなく、できてしまえばあらゆる道理は引っ込み無理が罷り通る事態となる。窮地における逆転劇を人は美しいと感じるのが常だが、そればかり起きてしまえば美しさは急速に醜悪で恐ろしい様相を呈し始める。端的に言ってご都合主義で、人間味が色褪せる。

 

「自分の技術を下地に上回られたのに、さらにその上を行くことで打倒するだなんて。戦いの中で成長し一秒前の自分より強くなる、そんなことが許されるのは物語の英雄だけです」

「貴官と同じだ、俺もまた自分の事を認められない人間だとも。だとしても、足掻くことしかこの身は知らん」

 

 袈裟斬りの一刀をツムギは防ぐ。衝撃で足が半歩下がり、さらに腕が痺れた。

 反撃の刺突は重ねた二刀で簡単に防がれる。先ほどまでヴァルゼライドが苦手としていた高速の突き攻撃だが、もはや彼にとって脅威とはなり得なかった。

 剣技が通用しない、急速すぎる成長に太刀筋の冴えが覆い隠され突破できない。その事実にほんの少しの苛立ちと、それ以上に巨大な痛烈さをツムギは感じていた。戦闘中に地力を上げていくのは彼女の十八番であり嫌いな点だが、ここまで強烈な覚醒を見せつけられるといっそ清々しい。

 

「一つ先んじて礼を述べるが、ムラサメの技の冴えには感服した。俺程度では一朝一夕に覚えるなどまず不可能だが……これは大きな糧となる」

 

 語りながらヴァルゼライドの剣技が変わった。

 納刀から構え、そして抜刀まで。拙いながらも明らかに見覚えのある技術はヴァルゼライド独自のそれではなく。

 

「それは、私たち(ムラサメ)の──」

「敬意を持って学ばせてもらったとも。再現率はお察しの通りだがな、侮辱と映ってしまったならば謝ろう」

 

 ヴァルゼライドもまた、戦いの中でツムギの剣を見て学習していた。彼の再現したムラサメの剣技は甘めに評価をしても三十点といったところだが、それでも術理の一片を解し血肉と化せば英雄は着実に強くなる。

 ツムギと違い付け焼刃を使いこなせる才能は無い。だから磨き抜いた己の技術に少し混ぜるのが関の山であり、それ故に強い。

 

「このように一度決めたことを貫き通すため、あらゆる道理を薙ぎ払って邁進してしまう。そのような人間は存在するだけで迷惑となるが、自覚しても止められないのだ。故にこうして貴官と剣を交え、薙ぎ払うための備えを性懲りもなく続けている」

 

 そして、追い詰められたツムギは再びヴァルゼライドの武器を弾こうとして。

 

「あ……」

 

 気が付けば自分の剣が宙を舞っているのを目で追っていた。どうということはない、単にヴァルゼライドも同じく武装解除を狙い、彼の方がより巧みに目論見を通したというだけの話だ。

 カランと音を立ててツムギの剣が地に落ちた。負けた、その事実を認識する前にヴァルゼライドはもう剣を納めている。

 

「私の……負けですね」

「ああ、俺の勝ちだ。手合わせ感謝する、ツムギ・ムラサメ中尉」

 

 こうして、共に性質の違う剣士同士の戦いはここで幕を下ろしたのだった。




そろそろ書き溜めが消えるのでペースが遅くなるかもしれません。
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