”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#12 ターニングポイント

 ツムギとヴァルゼライドが剣を交えてから、早くも半年の月日が流れていた。

 

 気付けば新西暦は1026年から1027年へと時を刻み、相も変わらず軍の上層部では政治的な駆け引きと暗殺・粛清の嵐が吹き荒れる日々。その間にとうとう淡家の者が処刑され、いよいよ貴族たちも他人事と笑ってられない状況へと推移した。

 とはいえ、一兵卒でしかないツムギの日常は大きく変わらない。調査して、逮捕して、時には殺して。あまりの変わり映えの無さに、実は永遠にこの権力闘争は終わらないのではと密かに訝しんでいた程だ。

 

 それでも物事には始まりがあれば終わりもある。少しずつ風向きが変わりだし、ヴァルゼライド率いる改革派の方が主導権を握りだす。星辰奏者(エスペラント)技術の発見および占有はかつて弱小だった改革派を対等以上に押し上げるのに十分すぎる威力を伴っていたのだ。

 

「案外、この内部抗争の終わりはもう間近なのかもしれませんね」

 

 などと半ば確信したように語るのは、深謀双児(ジェミニ)副隊長のシン・ランスロー中佐であった。

 大した切っ掛けではない。政府中央棟(セントラル)の廊下を歩いている際にツムギとランスローは偶然出会い、同じ所属なのもあって挨拶がてら世間話に興じていた。

 ツムギからランスローへの印象は、せいぜいが『眼鏡をかけた()()()()な策謀家らしい雰囲気の人』くらいのものだ。星辰奏者(エスペラント)ではないので喧嘩を売ったことも無い。そもそもツムギは友人、知り合いを積極的に作ろうとしないタイプなので、こうして声を掛けられるのが珍しいくらいだ。

 

「終わりも近いとは、何を根拠に仰るのですか?」

「技術格差による焦りと消耗、この二点です。血統派は今も血眼になって星辰奏者(エスペラント)技術を手中にすべく逆解析(リバースエンジニアリング)を行っていますし、あわよくば取って代わる兵器の開発も進めていることでしょう。まあ、後者はあまり現実味はありませんが……」

 

 星辰奏者に取って代わる通常運用可能な兵器など、夢想にも程がある話ではありますがね。

 冗談っぽく口にしながらランスローは淡々と己の立場から見た考察を出していく。

 

「どうあれ、相手も人間である以上焦りから稚拙な動きをすることもあるでしょう。もしくは逆に成果を出させることで、油断を誘ってもいい。どちらに転んでも血統派を一網打尽にするチャンスとなる」

「なるほど……このまま何事もなく進むだけで、改革派(こちら)にチャンスが転がり込んでくると」

「理解が早くて助かりますよ。そう、時間はこちらの味方なのです。確かにこの権力闘争は終わりが見えないように思えますが、その実不明確ながらタイムリミットは確かに存在する」

 

 言われてみれば確かに、とツムギは得心する。

 そもそも、これまで地位と血筋に胡坐をかいてきたような腐った人間が、あのヴァルゼライドを相手取って勝てる訳がない。実際に剣と言葉を交えたからこそ確信を持って言えるし、当事者たちも淡家が粛清された事ここに至っては認めざるを得ないだろう。

 で、ヴァルゼライド側の動きに怯えてしまえばそれだけボロを出しやすくなり、さらに自分たちの首が絞まっていく。彼らにしてみればとんだ悪循環だ。

 

「まあ、これが終われば私たち深謀双児(ジェミニ)もようやく本分を果たせるのですから、もうひと踏ん張りですね。いつまでも内部の諜報など続けても気が滅入りますから」

「内部監査は天秤の領分ですからね。今が少々異常なのはその通りでしょう」

「幸い星辰奏者関連の情報だけは、我々が努力するまでもなく漏洩してないようで助かりますが──」

 

 そこでランスローは少し声を潜めた。辺りに誰も居ないことを確認してからそっと続ける。

 

「ツムギさんは疑問に思ったことはありませんか? 星辰奏者(エスペラント)技術だけ、やけに防諜が完璧すぎると」

「それは……そうですね。最重要機密ということを差し引いてもでき過ぎてはいる、普通は成果を手に入れたスパイを追いかける絵図が一回二回はありそうですが」

「この時勢ですから、今が好機とアドラーに入り込む間諜など履いて捨てるほどいるでしょう。しかし誰一人として成果を挙げたことがない。もちろんそれ自体は喜ばしいことですが……はてさて、ヴァルゼライド大佐はいったいどのようにして、これだけの防諜体制を整えているのやら」

 

 普段の柔和さなど何処へやら、にやりと悪そうな笑みを浮かべるランスローの姿は実に堂に入っている。もしやこちらが彼の本性なのではないかとツムギは感じてしまったほどだ。

 ともあれ、彼の発言も確かに興味深い。深謀双児(ジェミニ)の手も借りずにいったいどのようにして星辰奏者技術を守っているのか。ツムギには想像もつかない次元の話だった。

 

「東部戦線の英雄にして改革派の指導者たるヴァルゼライド大佐も、やはり例に漏れず秘密の一つや二つはあるらしい。私は興味がありますが、ツムギさんは?」

「私は別に。強い人と戦って実力を磨ければそれで良いので。権謀術数その他諸々はできる人に任せておきますとも」

「これは残念。てっきりあなたはそのような好奇心を内に秘めていると思っていましたが……」

「そう見えますか?」

「案外、一人でいる人ほど周囲には敏感なものですから」

 

 納得できるような、できないような、そんな理屈だった。

 胡乱な瞳をランスローへぶつけたくなるが、それよりも今の話を聞いて訊ねてみたいことができた。

 

「逆にランスロー中佐にお聞きしたいのですが、ヴァルゼライド大佐より強い人って存在すると思いますか?」

「あの人より強い存在ですか? 私は戦場で彼の活躍を見たことがありませんが……未だかつて単独で彼ほどの戦果を挙げた人間を私は聞いたことが無い、それこそ星辰奏者を含めてもです。これで答えになるでしょうか?」

「ええ、十分です。答えてくださりありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。すみません、用事がありますので私はこれで」

 

 スタスタと去っていく背中をツムギは見送った。温和そうで何かしら裏のありそうな人間だったが、さりとてツムギがどうこう気にする案件ではない。別に彼が腹に黒いものを抱えていようが斬れば終わりなのだから。

 

「しかし、まあ……ロデオン隊長といい、ランスロー中佐といい、意外とヴァルゼライド大佐を信用しきってない人は多いようで。英雄の生み出す光と影といったところでしょうかね」

 

 むしろ凄い人だからこそ、その助けになりたかったり種を暴いてみたかったり。そういう興味をも引き寄せてしまうのだろうか。実際、強さ故にツムギの興味は確実に引いているのだから。

 難儀なものだ。きっと周囲など我関せずのまま突撃していくのがヴァルゼライドの生き方だろうに、彼の良心とあり方故に他者を惹きつけてやまないとは。

 だがそれでこそ、参じて挑む甲斐がある。ヴァルゼライド程の男を打倒できれば間違いなく"最強"への一歩に大きく繋がるのだ。正直に言えば彼には英雄らしく強く孤独で、かつ多少後ろ暗い秘密があってくれた方が戦う大義名分ができて都合が良いくらいである。

 

 清廉潔白があれほど似合う男に、そのような不祥事が出てくるとも考えがたいのだが。

 

「さてと……たまには奏鋼調律師(ハーモナイザー)の勉強でもしておきますか」

 

 そして、先の会話を頭から追い出して思考を切り替えたツムギとは別に。

 

 ──もう一人、シン・ランスローは密かに笑みを浮かべていた。

 普段の彼を知る者からすれば信じられないような表情で、悪巧みでもするかのごとく目を細めている。

 

「ツムギ・ムラサメ中尉、深謀双児(ジェミニ)としては破格の戦闘力を持つ彼女を味方に付ければ、私も動きやすくなると考えたのですが。今後もアプローチを仕掛けてみるのが吉でしょうかね」

 

 様々な打算の入り混じった呟きは誰に聞かれることもなく消えていく。

 先の話題に出た"履いて捨てるほどの間諜"がまさか彼女の眼前に居たなどとは、きっと夢にも思っていないことだろう。

 

 ◇

 

 その後、ランスローの見解通り状況に動きがあった。

 約一ヶ月後、血統派の重鎮達が新兵器のお披露目に集まるとの情報を掴んだのだ。どうやら目に見えた成果を引っ提げ軍部での再起を図るらしいが、粛清対象が一所に揃う機会を改革派が──より正確にはヴァルゼライドと裁剣天秤(ライブラ)が見逃すはずもない。

 決行は当日の夜。重鎮および新兵器の開発に携わった研究者たちを諸共葬り去る。当然ながらツムギら深謀双児(ジェミニ)の一部も裏方として参加することになった。関われる箇所は情報統制、粛清時の手引き、実際の暗殺まで多岐に渡るのだから。

 

 とはいえ、その影響もあって政府中央棟(セントラル)内部の空気は張り詰めたものとなっていた。

 たとえば今ツムギが道案内したアンタルヤの商人などは、会合のためにやって来たにも関わらず放り出されてしまったようで。

 

「ああ、この辺りは見覚えがあります。申し訳ない、変なところに迷い込んだ挙句わざわざ道案内をしてもらって」

「お構いなく。下手に商国の人がうろついていれば、最悪スパイと間違われることもありますから。こちらとしても、余計な仕事が増えるのは避けたいですし」

 

 商人は運悪く政府中央棟(セントラル)の内部で迷い込んだようだが、もしツムギと出会わず迷ったままなら最悪今後の粛清計画の機密保持も兼ねて消されていたことだろう。規律に厳しいタイプの人間と遭遇しなかったのも運が良い。

 

「いやぁ、今はごたごたしているようで大変だ。いつもなら監視(あんない)役が居るはずなのにそれすら無いとは。ともかく、僕は人畜無害な人間なので捕まるなんて大事にならなくて良かったよ、ありがとう」

 

 結局青年は礼を述べて去っていったが、通常ならそこまで目くじらを立てられない来客にまで気を配る必要があるほどピリピリした空気が流れているのは確かだった。

 嫌だなぁとツムギは思いながら元来た道へと戻っていく。本当はこれから剣でも振ろうと考えていたのにとんだ道草である。

 そのまま何事もなく訓練場へと到着──する前に、見知った人物が前方からやって来ることに気が付いた。覇気が無く、死んだような瞳の青年をツムギは知っている。ただ、以前はもう少しマシだったと記憶しているが。

 

「おや、ゼファーさんじゃないですか。大丈夫ですか、元気無さそうですけど?」

「……ツムギか、久しぶりだな」

 

 比較的明るい調子のツムギと裏腹に、ゼファー自身はどこまでも沈んだ様子である。

 幾度となく繰り返される暗殺が彼の心を擦り減らしていたことは、たまに会うだけでも十分理解していた。しかし所属も違えば真摯に助言できるほど親しい間柄でもなく、故に何も言い出せないまま時が流れていたのだが。

 

 どうやらもう手遅れな段階にまで来ていたと、遅まきながらツムギは確信した。

 

「大変ですね、裁剣天秤(ライブラ)副隊長殿も。実力があるからこそ引っ張りだこで」

「実力、か……そんなもん、無かった方が良かった。少なくとも俺の実力とやらは、俺には分不相応なもんだったと思い知ったさ」

「……そうですか。では私はこれで、お仕事頑張ってくださいな」

 

 さっさと会話を切り上げてその場を去る。ゼファーもそれを望んでいるようだったし、本音を語るなら失望したしショックだった。

 磨かれた技術は衰えていないだろう。けれど心の方がどうしようもなく折れてしまっている。あんな状態の彼に圧倒的な勝利を見せつけたとして、果たして"勝利"と言えるのか。完膚なきまでに叩きのめしたところでどちらにとっても『それが当然』としかならないだろう。

 

「こんなことなら、下手にお利口にせずもう一度喧嘩を売りに行けば良かった」

 

 チャンスを逃してしまったことが惜しくてならない。最近はだいぶマトモに軍人をやっていたことが仇になるとは思わなかった。

 しかし逃してしまったものは仕方ない。今の彼を叱咤してまで戦おうとツムギは思わないし、必要性も感じられない。もし再起を果たしてくれたなら別だが、それより先に死ぬか退役するかしそうな雰囲気すらあった。そんな相手に鞭打つ趣味はない。

 

 ──結局、ツムギとゼファーはそれ以降出会うこともなく。

 大規模な粛清計画は確実に進められ、気が付けばツムギも彼のことが頭から抜け落ちていた。

 アルバートやランスローの下で働きながら気が付けば一ヶ月が経過し、実行日が訪れる。

 ヴァルゼライド主導の粛清劇は一つの瑕疵もなく進められ──それ故にアドラー首都は未曾有の災害に見舞われる事となったのだ。

 

 ◇

 

 街が、燃えている。

 新西暦1027年、時刻は21:30のこと。軍事帝国アドラー首都の一角にて。

 崩れた瓦礫の合間を炎が走り、辺り一面から焼け焦げた鼻に突く臭いが漂って来る。ほんの数時間前まで平穏な街並みを維持していたはずの区画は、ほんの一つの掛け違いにより地獄の底へと叩き落された。

 

「まったく、酷いことをする」

 

 そんな地獄の中を悠然と闊歩するのは一人の少女剣士。

 サイドにまとめた黒髪を靡かせる彼女は周囲へ仕切りに視線をやるが、そこに生存者の姿はない。暴力的な破壊に巻き込まれた結果として誰一人生き延びることはできなかったようだ。

 酷い有り様だった。ツムギとしても、この惨状には眉をひそめる他ない。いったい何があればこれだけの虐殺、破壊行為が起きるのか。少なくとも粛清計画は要人だけを標的にしたもので、爆弾などで丸ごと吹き飛ばす手筈でもなかったはず。現にツムギは先ほどまで逃亡者や邪魔者が出ないよう周辺監視の任に着いていた。唐突に街の一角が吹き飛んだ挙句、部隊と連絡が付かなくなってしまい、今は拡大する炎を避けながら生存者を探している真っ最中だ。

 

 そもそもこの規模の破壊となれば、星辰奏者(エスペラント)が複数人以上全力で暴れなければまずあり得ないのだが──

 

「あれは……」

 

 そのとき、正面からやってくる人影を見た。何かから逃げているかのように一心不乱に走っている。

 まだ距離はあるが、背格好は男だ。腕に抱えているのは子供だろうか? この地獄の中を逃げ延びた生存者かとツムギは駆け寄ろうとして、けれどナイフを差し向けられてその足を止めた。

 敵か? いや、()は敵ではなく味方だ。それも知っている相手。

 まさかこんな所で出会うとは思わなかったし、思いのほか生気を取り戻している様子に驚いた。

 

「おや、奇遇ですねゼファーさん。また会えて嬉しいですよ」

「ツムギ……頼む、そこをどいてくれ」

 

 剣士と暗殺者は、地獄の底で再び対峙したのだった。




ゼファーさんへ立ち塞がる次の次の次の難題。
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