”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#13 蛇遣い座の戦い

 炎と死の渦巻く街で、剣士と暗殺者は対峙する。

 ツムギ・ムラサメとゼファー・コールレイン。共に知らぬ仲ではないはずなのに、ゼファーが差し向けたナイフが不可思議な緊張感を生み出していた。

 まるで敵と出会ったかのような態度を前に、ツムギは普段と変わらぬ調子で声を掛ける。

 

「ゼファーさん、酷い怪我じゃないですか。大丈夫ですか?」

「言ったはずだ、どいてくれと」

「そう言われましても……」

 

 服は破れ、その下の肉体も無数の傷跡が目立つ始末。抱えている子供──少女が無傷であるのが不思議なくらいだ。普通ならこの大火災から少女を庇い怪我を負ったと考えるところだが。

 たぶんそうじゃないというのは、不自然な態度からも明らかだった。

 

「ねぇ、もしかしてその娘、暗殺対象じゃないですか?」

「……! 待ってくれ、これには理由が──」

「あなたらしくもない、カマを掛けられて引っ掛かるなんて」

 

 露骨に「しまった」という表情のゼファーの様子でツムギは確信した。彼は抱えた少女と引き換えに間違いなく部隊を裏切っている、やけにボロボロ理由にも、味方であるはずのツムギにナイフを向けたのにもそれで説明がついてしまう。

 どんな葛藤があったのかは分からない。どのような地獄を乗り越えたかなど知り様がない。ただ一つ確実なことがあるならば、この場でツムギと出会ったことが彼にとって最大の不運だったということだ。

 

 舞い上がる炎が大きくなった。瓦礫が崩れ、どこかから悲鳴が聞こえる。

 その只中で両者は、互いだけを視界に映す。

 

「その娘に情が移ってしまいましたか? 私は裁剣天秤(ライブラ)じゃないですが、少なくとも重大な軍法違反なのは確かでしょう」

「ああそうだよ、悪いか? 俺はこの子だけは守ってみせると誓ったんだ。誰であろうと──同僚だろうが相棒だろうが関係ない、この子を殺すというならその前に俺が殺してやる。ツムギ、あんたでもだ」

「驚いた、裁きの女神(アストレア)まで打倒したのですか。いいですね、それでこそあなたに挑む価値がある」

 

 ツムギが剣を抜いた。磨かれたアダマンタイトの刃に炎の影が踊る。ゼファーの舌打ちが妙に響いた。

 彼我の距離は広いが、しかし星辰奏者(エスペラント)にとっては一足飛びの距離でしかない。どちらかが踏み込めばそれで戦闘が始まってしまうが、その前にゼファーは「待ってくれよ」と手を挙げた。

 

「ツムギ、あんたは確か公平な戦いに拘っていただろ? 良いのかよ、こんなボロボロの暗殺者が相手で。今の俺に勝ったところであんたの求める勝利とはほど遠いんじゃないのか?」

「否定はしません。ここであなたに勝てたところで私は寿げない、"最強"を名乗るにはとても不足するでしょう。ですがゼファーさん、私とは別に約束があるじゃないですか。男女の約束です、忘れたとは言わせませんよ?」

「……忘れてねぇよ、つかそういう言い方は卑怯だろ」

 

 エリート部隊たる裁剣天秤を蹴散らし。

 かつての相棒であり憧れた最強たるチトセをも打倒し。

 さあ次だとばかりに現れた更なる難題(ツムギ・ムラサメ)。ゼファーの運命はいつもそうだ、一つ難題を乗り越えるとすぐにより恐ろしい難題が顎を開けて待っている。

 だから、それを打ち明けたときにツムギは宣言したのだ。『ならば自分が最強最高の難題として立ちはだかる、そこで負ければもう次の難題に怯えなくていい』、と。かつて彼女が師と仰ぐ者の心を折った恨みも込めて、完膚なきまでに叩きのめすと語っていた。

 

「嫌だねぇ、因果ってのは」

 

 いつかこの約束を果たす日が来るとは覚悟していた。けれど何故、どうしてよりにもよって今この時なのだと、ゼファーは大和(カミ)を呪わずにはいられない。

 

「しかし一つ付け加えるなら、私にだって矜持はある」

 

 そこでツムギは言葉を切った。左手をゼファーに向けて大きく開き、五本の指が立てられる。

 

「五分です、五分で決着が付かなければあなたを見逃しましょう。もちろんその娘も」

「何のつもりだ?」

「ハンデですよ。実際あなたはボロボロで、この戦いは公平からかけ離れすぎている。それに、捨て鉢になるより生き残れる目があった方がより全力で挑んでくれるでしょう?」

「なんだそりゃ、なら存分に逃げ回らせてもらうぜ?」

「私に背を向けて生きていられると思うなら、お好きにどうぞ」

 

 大した自信だった。しかしツムギの発言がハッタリではないことを、かつて星も交えて模擬戦闘をしたゼファーはよく知っている。あの剣と星辰光(アステリズム)を前に背を向ければ即座に死ぬ。

 ならどうする? 決まっている、いつものように障害を排除するしかない。ゼファーが培ってきた殺戮技法(キリングレシピ)を駆使することで、目の前に立ちはだかる強敵を消すより道は無かった。

 

「もう一度だけ聞かせてくれ、退く気はないか?」

「ありません。別に規律違反の隊員を処罰という体裁を取っても構いませんが」

「……そうかよ」

 

 覚悟を決めた人狼の瞳に冷たい光が宿る。大事に抱えていた少女を丁寧に地面へ下ろすと、ナイフを構えて底冷えする声で宣言する。

 

「ああ良いさ、分かったよ。()()()()()()()、俺とこの子が生きていくのを見逃す気は無いってんなら、ここで惨めに死んでくれ」

「やる気になってくれたようで嬉しいですね。ご安心を、勝っても負けてもその娘には手をだしませんから」

「ハッ、これから死んでく奴に、んな気遣いされても嬉しくないんだよ──ッ!」

 

 もはや躊躇はなく、情けを懸ける必要すらない。

 爆発する敵意と殺意と歓喜に身を任せ、二人の星辰奏者が地を蹴った。

 

 ◇

 

 かつてそれなりに全力で模擬戦闘を行った経験から、互いの星辰光(アステリズム)はおおよそ把握し合っていた。

 ゼファーの振動操作の星はとにかく手数の多さが売りだ。様々な状況に対応できる汎用性があるため、相手や戦況に合わせて適切に運用できれば非常に柔軟かつ厄介な星となる。

 一方でツムギの星は人狼の真逆、汎用性など望めない典型的な一点特化だ。剣に優れた彼女らしい、とにかく斬ることに特化した星の切れ味をゼファーはよく知っている。

 

 故に臆病な暗殺者が取るべき手段など最初から決まっていた。

 

「誰がおまえに真正面から付き合うかよ!」

「でしょうね」

 

 ゼファーは地を蹴り後退しながら距離を取る。ダサいとか格好悪いだとか、そんな理屈は一切無視だ。とにかく生き残るために最善の手段を全力で選んでいく。

 威勢に反した逃げの姿勢にも驚かず、ツムギは淡々と追いすがる。基準値(アベレージ)はツムギの方が上、故にすぐに追いつかれると見せかけて、急にツムギの足が遅くなる。

 

「相変わらず足癖の悪い!」

 

 苛立ち交じりにツムギが叫んだ。不意打ちで足元が爆発したことで足を取られ、減速せざるを得なかったのからだ。さらに歩を進めれば二回、三回と地面が爆発し足止めをかけてくる。ゼファーの操る振動操作と照らし合わせれば原因は明らかだ。

 そう、ゼファーは振動操作の星を地面に"付属"させることにより、振動による不可視の爆弾を作り出したのだ。操縦性、維持性、付属性、どれも平均かそれ以下の能力なため、せいぜい十数秒が持続限度の『可愛らしい』トラップにすぎない。それでも、彼にとっては自身が持つ貴重な手札の一つだった。

 

「ま、こんな小手先の技がいつまでもおまえに通じるとは思ってないさ」

 

 逃げながらゼファーは小さく呟く。その言葉通り、既にツムギはゼファーが踏んだ地面をしっかり避けながら追いすがっている。結果的に成功した足止めはごくわずか、さらに苦し紛れに投げつけた高速振動する瓦礫は簡単に弾かれた。

 ゼファーは追い詰められている、既に逆転の手が無い──敵手がそう考えてくれていれば、暗殺者にとっては最良だ。いや、ツムギは決して油断も侮りもしないだろうが、この温い攻撃と情けない逃げの姿勢に対して慣れを見せてしまったら、どうなるか。

 

 一瞬、ツムギの意識がゼファーだけに集中した。

 おおよそパターンを理解したのか、足元の警戒を解き一直線に距離を詰める。勝負を決めに来た、誘いに乗ってくれた。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」

 

 故にこれこそ人狼の殺戮技法(キリングレシピ)。隙に付け込み一気に殺す、必殺の牙に他ならない。

 起動詠唱(ランゲージ)を唱えながら、ついに暗殺者は自分から剣士の懐へと踏み出した。

 

「輝く御身の尊さを、己はついぞ知り得ない。尊き者の破滅を祈る傲岸不遜な畜生王。人肉を喰らえ。我欲に穢れろ。どうしようもなく切に切に、神の零落を願うのだ。絢爛たる輝きなど、一切滅びてしまえばいいと」

 

 解放するは、地獄の底から顎門を伸ばす銀狼の星。

 詠唱に比例して上昇する身体能力。発動値(ドライブ)へと移行するゼファーの肉体は先と比べ物にならない出力を宿していき、この瞬間にもツムギのそれを超えていく。ボロボロの身体に鞭打つ自傷行為も今だけは気にしない。

 

「苦しみ嘆けと顎門が吐くは万の呪詛、喰らい尽くすは億の希望。死に絶えろ、死に絶えろ、すべて残らず塵と化せ。我が身は既に邪悪な狼、牙が乾いて今も疼く。怨みの叫びよ、天に轟け。虚しく闇へ吼えるのだ」

 

 この地獄と化した戦場に相応しい呪詛(イノリ)をまき散らし、ただただ眼前に立ち塞がる障害を除くために突貫する。相手はこれまでに出会った中でも最強の剣士で、しかも手の内も知られている。ならば一か八か、最も得手とする殺し技で速攻で仕留めに行く。

 

超新星(Metalnova)──狂い哭け、罪深き銀の人狼よ(Silverio Cry)

 

 ゼファー・コールレインの星辰光(アステリズム)は振れ幅の大きい諸刃の剣だ。

 しかしそれ故、知っていてもギアの上がったゼファーの動きには惑わされる。必ず隙が生じるし、対応しようにもタイミングがズレてしまう。その間隙を縫って今、ゼファーのナイフはツムギの細い首筋を両断──

 

「できると思いましたか?」

「ッ!?」

 

 悪寒。肌を走った最悪の直感に従い寸でのところで身体を投げ出した。ツムギの後方へと身体が流れて行き、千載一遇の好機を逃してしまう。だがそれを悔しがるよりも前に、数秒前までゼファーの居た空間を薙ぎ払った()()()()()に斬られなかったことに安堵した。

 狙いがバレていた、惑わずに対応された、それも覚悟の上ではあったが──様々な思考がゼファーの頭を渦巻きながらも身体は防衛本能に従い跳ね起きる。その直後に振り下ろされるツムギの剣、ここはもう彼女の間合いだ。

 

「いい殺意でした、気持ちが良かったくらいです。でも残念、私はもうあなたの十八番を知っていますから」

「ったく、大概出鱈目だよおまえも……! 知ってるからって『はいそうですか』と対応できるか普通ッ」

 

 ツムギの対応策は相手の行動を予測し、その進行方向へ剣を置いただけ。後はゼファーの方が勝手に切っ先へと突っ込んでしまったという、言葉にすればそれだけの話だった。

 だが殺意の刃が超高速で迫る場面で自分の判断を疑うことなく、冷静に待ちの姿勢を取れることがゼファーには恐ろしい。自分のことを信じ切れない彼に対し、この女は、ムラサメの剣士は、こうも易々と。

 

「ごめんなさい、私は物覚えが良すぎる人間なので。どうか恨まないでくださいな」

 

 剣を交えながらどこまでも流麗に、嫋やかに。

 そして優雅な笑みを浮かべてツムギは、

 

「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」

 

 剣士としての本領を発揮する、彼女固有の起動詠唱(ランゲージ)を口ずさんだ。

 

「魔性の腹より生まれし獣、あなたの生きる意味は何? 暴虐、凌辱、悪徳、支配、悪しき矜持は奈辺にあるや」

 

 それは、魔性の血を分けた双頭の怪物。

 ギチギチと唸る牙を刃と成し、己の敵を打ち砕かんと軋りをあげる。

 

「笑止、己が秤しか信じぬ愚昧の輩め。断じるべきはおまえじゃない。魔性、番犬、そのような名は総じて捨てた、私を御するは私のみ。下らぬ因果に用は無い、故に頂に座す最強よ、震えて果てろ」

 

 満天下に謳い上げるは己が本質。悪は成さぬが善でもない。私は私であればこそ、やりたいようにやって死ぬ。そのために必要ならば運命にすら牙を立てよう。勝手な横やりなど許さない。

 みなぎる決意と闘志を思うままに振り撒いて、神話の怪物の名を戴いた女は自らのために星を紡いだ。

 

「ならば、さあ吼えるがいい双頭犬(オルトロス)。縛鎖を千切り喰い破れ。あなたが誇る無二の牙こそ、天をも殺す双牙なり」

 

 詠唱に比例して上昇していく出力値。発動値(ドライブ)はもはやゼファーのそれと同等で、けれど基準値(アベレージ)との落差は大きくないから淀みもない。

 鍛え上げた剣技と肉体のパフォーマンスを十全に行える、ある意味で()()()()()

 それこそがツムギ・ムラサメが掴んだ、己だけの星辰光(アステリズム)に他ならず。

 

超新星(Metalnova)──牙欲狂奔、いざ吼えたてろ双頭剣(Snarl Sword Orthrus)ッ!」

 

 ここに、双頭剣(オルトロス)の双牙は鎖より解き放たれた。

 もちろんゼファーも座して眺めていた訳ではない。もはや逃げなど通用しないと肚を括り、上昇した出力を武器に果敢に攻める算段だった。しかしただでさえ実力ある剣士が、同等の発動値(ドライブ)まで追い上げてくると決め手に欠ける。

 そして、星辰光が発動した以上はより恐ろしい暴虐の剣が牙を剥く。

 

「あなたの星と比べて、私の星は面白味も無く申し訳ないですが……相性の良さだけは自負しているつもりです」

「知ってるさ、前にイヤってほど味わったからな……!」

 

 鋭く切り込んできた剣を辛うじて防ぐが、腕部や足へ無数の斬り傷が刻まれていく。さらに一振り、二振りと繰り返すごとに、まるで見えない大多数から斬られているかの如くゼファーの身体に傷が増えていく。

 ならばと側面を取り無理やり切りかかるが、ツムギが何もない虚空へ剣を振るうと何故かゼファーの腕が斬られた。檻のように、遠当てのように、剣閃がゼファーを追いこんで離さない。

 

 明らかに不可思議な、けれど分かりやすい現象を前にすれば誰でも正体の予測はつくだろう。

 すなわち、

 

「剣閃分裂能力……ああ、厄介だよ本当に、おまえにこんなピッタリの能力与えた大和(カミ)様を恨み抜きたい気分だ」

「私だって、相性が良すぎて少し嫌になってるくらいなので」

 

 戦況は既に近接戦へともつれ込み、剣技で圧倒するツムギが大きくリードしている。

 だが実際のところ、両者の星の総合値自体に大差は無いのだ。

 

牙欲狂奔、いざ吼え立てろ双頭剣(Snarl Sword Orthrus) 狂い哭け、罪深き銀の人狼よ(Silverio Cry)

AVERAGE(基準値) C

AVERAGE(基準値) D

DRIVE(発動値) A

DRIVE(発動値) A

集束性 A

集束性 C

拡散性 A

拡散性 C

操縦性 D

操縦性 C

付属性 E

付属性 C

維持性 E

維持性 D

干渉性 E

干渉性 A

 

 発動値(ドライブ)は共に等しい。基準値(アベレージ)も考慮すればツムギの方が長期戦に有利だが、この戦いにおいては関係がないため無視しても良いだろう。

 干渉性一点特化のゼファーに対し、ツムギは集束性と拡散性に優れている。だが他もおおよそ平均は満たす前者と異なり、後者は必要な能力以外揃って底辺という有り様だ。

 よって手数を誇る振動操作の星に対し、ツムギの振るう剣閃分裂能力は文字通り斬るしかできない星である。しかも有効範囲はツムギの射程内、つまり剣の届く範囲でしか分裂させられない。派手な異能では決してなく、ただ堅実に手数を増やすこの星辰光(アステリズム)はお世辞にも強力とは言い難い、が。

 

 ことツムギ・ムラサメに持たせてしまえば最悪だ。

 元からそこらの異能など跳ね除けるような剣の使い手に、剣技をサポートする異能を与えてしまえばどうなるか。答えは簡単、手が付けられなくなってしまう。

 一撃、二撃、三撃と、途切れなく打ち付けられる剣は防ぐだけで精一杯。しかし足を止めればその瞬間に数十倍の数の斬撃が四方から襲って来る。即死するほどではないが、当たればもちろん痛いし鈍る。本命を通すための牽制としては理不尽すぎる能力だった。

 ゼファーの身体は加速度的に傷が増え、血と肉が凄まじい勢いで削られる。星辰奏者(エスペラント)でなければ既に死んでいるようなダメージだったが、それでもゼファーは少女のために立ち向かう。

 

「ゼファーさんは自分の才能を恨んだことはありますか? 正直に言えば私はあります」

「そりゃまた、贅沢な悩みなことで!」

 

 不意に問いを投げかけられても冷静に答える余裕などない。

 ツムギもそれを承知の上でさらに続けた。

 

「きっと今の私を理不尽と感じたことでしょう、最悪と思ったことでしょう。ええ、間違ってはいません、結局私は天賦にたまたま愛されただけ。上には上がいるにしても、理不尽なことに変わりはない」

 

 言ってることの意味が分からない。ツムギの語る内容がゼファーには意味不明で、斬撃の嵐に振り回されては咀嚼して理解し直す暇すらない。

 

「誰もが認める"勝利"って何でしょうね? いえそもそも、対等な戦いの末に勝利を掴む気概から間違っているのでしょうか? 誰かより強くなるために力を付ければ、究極的には弱者を蹂躙するだけとなってしまうから」

「クッ……ソッ!」

 

 毒づきながらもゼファーは索敵振(ソナー)を最大限に活用し、ツムギの身体が動く音から聞き分けていた。骨の動きだしから感知することで斬撃の軌道から先んじて逃れ、付随する斬撃は致命傷に至るものを気合で避ける。小細工だが、これが無ければおそらくとっくに死んでいる。

 

「勝利の意味を見つめ直したところで変わるわけでもない。だから今は、あなたへの恨みを込めてこの剣を振るいましょう。どれだけ不平等な戦いであろうとも、怒りを胸に」

 

 斬撃、刺突、回転、斬撃、側面、刺突、蹴撃、鞘打ち。

 これではあらゆる攻撃を受け止めるサンドバックだ。均衡が崩れれば即死、でなくともあと一分と経たずに防御動作に適応されて死ぬ。ツムギが提示した制限時間まであと幾らだ? もう分からない、そもそも彼女の口約束なのだ、守らなくたって文句は言えない。だがそれは、生殺与奪を既に握られているということで。

 

 駄目だ、この女には勝てない──初めてゼファーに"絶望"の色が這いよった。これまで幾度となく感じ、その都度どうにか乗り越えてきた感情だが、今ほど色濃く感じたことはない。負ければすべてが終わるのに、勝ち目が見えないもどかしさ。

 ひときわ大振りの一撃が来た。身体を動かす。かろうじてナイフで受け止めたのは奇跡だった。しかし横合いからの斬撃にかつてない恐怖を覚えて無理やり身体を地に転がす。それは分裂させず一つに集束された剣閃で、もう一人のツムギも同然の一撃だった。

 

 故に彼女は双頭剣(オルトロス)の名を戴く、双剣を持った魔性の牙に他ならず。

 

「なッ……!」

 

 倒れ込んだゼファーのナイフは気付けば彼の手元から離れていた。ツムギの星による斬撃が横合いから弾き落としたのだ。

 発動体(アダマンタイト)を失えば星辰奏者(エスペラント)発動値(ドライブ)を維持できない。そして、その状態で勝てるほどツムギは弱くなく。

 

「……今回は私の勝ちですね、ゼファーさん」

 

 逆襲劇は発動しない。

 傷だらけの人狼は、次の次の次の難題を相手に順当に敗北した。





牙欲狂奔、いざ吼えたてろ双頭剣(Snarl Sword Orthrus)
AVERAGE(基準値) C
DRIVE(発動値) A
集束性 A
拡散性 A
操縦性 D
付属性 E
維持性 E
干渉性 E


剣閃分裂能力。
一度の斬撃が複数の斬撃へと分裂するツムギ・ムラサメの星辰光。
拡散性に優れた性質は一つの斬撃を複数に拡散する形で発揮された。真逆に集束させた一太刀はツムギの剣と寸分違わぬ威力となり、双剣のごとく敵を斬る。
しかしこの星は斬ることしか出来ず、またツムギの剣のリーチを半径とした円形範囲にしか斬撃を発生させられない。よってお世辞にも強い星とは呼べないが、剣に優れたツムギが持てば変幻自在の双牙と化す。
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