”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#14 天王星

 ──ゼファー・コールレインは敗北した。

 

 底意地の悪い運命とやらにこれまで辛くも勝利し続けてきた彼だったが、ついに現れた難題を超えることが叶わなかった。失意と絶望と悔恨と、そしてほんの少しだけ勝者(ツムギ)への賞賛を抱いたまま上を見る。

 目線の先には、剣の切っ先を向けたツムギの姿があった。この燃え盛る街の中で、もはやゼファーにとっての死神は彼女以外にあり得ない。

 それでも、ボロボロの暗殺者は残された少女(ミリィ)を置いてここで死ぬ訳にいかなかった。何としても、たとえ土下座してでも這いつくばってでも、ツムギの下から逃げなければならない。折れそうな心を決意で誤魔化しながら剣士の様子を窺えば──

 

「……あなたの言う通りでしたね」

 

 剣を納めながら、勝者には似つかわしくない言葉を呟いていた。

 思わぬ展開に否応なくゼファーの心に希望が入る。『もしかしたら』、すぐに都合の良い方へ考えてしまう己を恥じながら「何の話だよ」とぶっきらぼうに返した。

 

「最初から傷だらけのゼファーさんに勝ってもそれが当然、むしろ負ける方が恥ずべきことです。このうえ決着がついてなお命まで奪うというのは、少々身勝手がすぎる」

「見逃して、くれるのか?」

「私の我が儘に付き合わせたことへの誠意です。本当なら軍規違反を盾にもできますが、私は別に裁剣天秤(ライブラ)の人たちをほとんど知りませんし」

 

 知らない人へ義理立てをするつもりがツムギには無いし、知ってる相手に便宜を図りたい気持ちはある。この状況ならどうせ脱走兵の一人や二人見逃したところでバレやしない。情や親交というのは善悪の秤を容易く超えてしまうものだった。

 

「あなたとは次こそ公平を期して戦いたいものですね、()裁剣天秤副隊長さん?」

「すまない、恩に着る」

 

 ツムギから喧嘩を吹っかけられ、そしてツムギに見逃してもらうのだからマッチポンプも良いとこだが、ともあれゼファーは礼を述べてナイフを回収した。寝かせていた少女も抱え直し怪我がないか確かめる。幸い戦闘の余波や街の火災に巻き込まれてはいないようで安堵した。

 ならばと一刻も早くこの場を去ろうとするゼファーへ、ツムギはいつになく真剣な調子で問いを投げた。

 

「一つだけ聞かせてください、私はあなたにとって"最強の難題"となれましたか?」

 

 真摯に問う彼女へゼファーは、

 

「今まででも断トツで絶望させられた。強かったよ、色んな意味でな」

「そうですか……そうですか!」

 

 まるでこの場に相応しくない、花が綻ぶような笑顔だった。

 あまりに印象の違う彼女にほんの一瞬目を奪われたゼファーだったが、すぐに本懐を思い出して駆け出した。こんな地獄の只中から少しでも早く脱出するために。どこへ行けば出口となるかも分からないまま、運命から背を向け走り出す。

 そして、残された一人の剣士はゼファーを見送った後に再び剣を抜く。油断も隙も無い佇まいで空を睥睨し、今度は不敵に笑った。

 

「さて、と……次の相手は()()()ですか?」

「──死ぬがいい、下郎」

 

 誰かに聞いた、次の瞬間。

 殺意が応えとなり、氷の華が咲き乱れた。

 

 ◇

 

 ()()にはどうしても借りを返さなくてはならない憎悪の対象が、二人いた。

 一人は改革派の英雄、ヴァルゼライド。貴き血の有り方を欠片も理解する気がなく、下賤な出自でありながら貴種へ弓引き蹴落とした大罪人だ。必ずや正しき道理を理解させ、己の罪を懺悔させながら殺す必要がある。

 そしてもう一人は従者(ムラサメ)の身でありながら主を売り渡した裏切り者の女だ。所詮剣を振るしか存在価値のない人間でありながら、傲慢にも己の野望を取って出奔した挙句にヴァルゼライド側についた不届き者である。この世に生まれてきたこと自体が罪であったと自覚させ、それから殺さねば腹の虫が収まらないのだ。

 

 そう、今の()()ならばそれができる。

 人から超常の兵器へと変貌した彼女はもはや無力な令嬢ではなく、天津より選ばれし至高の存在である。故にすべての間違いを糾弾し、その罪を認めさせることができるだけの力を持っていた。

 

 ──果たして、因縁は確かに成就した。

 

 同類の口車に乗って制御下を離れた彼女はヴァルゼライドを呼び寄せるべく暴れていたが、その最中にもう一人の因縁を見つけてしまったのだ。であれば後は決まっている、最悪の怨敵を誅罰する前にまずはそちらの清算を行わねば。

 かくして彼女──ウラヌスは喜々として己が授かりし星を開放し、ツムギ・ムラサメへと向けて発射したのだった。

 

 ◇

 

「これは凄い……規模が段違いだ」

 

 退避した崩れかけの屋根の上にて、思わずといった様子でツムギが呟いた。彼女が見下ろす先は一面蒼く凍てついており、先ほどまで炎が舞っていた一角とはとても思えない有様となっている。距離を取ってもなお届く冷気は肌を刺すほどに冷たい。

 だが恐るべきはこれだけの広範囲凍結を、たった一発の砲弾らしき一撃が為したという点だ。拡散性、維持性、干渉性、どれをとっても一流以上の能力なのは間違いない。このような芸当が可能な星辰奏者をツムギは知らなかった。

 

 迸る殺意を感じて一目散に退避して正解だった、これはもはや怪物と評して間違いない相手だ。

 

「となれば、この大惨事の原因はあなたかな」

「ほう、生き残っていたか。いいぞ、挨拶代わりの一撃程度で死なれては嬲り甲斐がない」

 

 そしてその怪物が、ツムギの前へ当然のように姿を現した。

 咲き誇る樹氷の地を闊歩するのは人型をした異形の存在。姿形から女だとは分かるものの、各部の鉄と目元を覆う仮面のせいで詳細は分からない。鉄姫と呼ぶに相応しい装いだ。

 操る力は明らかに星辰奏者と同一のもの、しかし力の規模が決定的に違いすぎる。ではアドラーの新兵器? だが友軍を攻撃している時点で暴走状態だ。ならば他国の最新兵器かと言えば、完璧な防諜態勢を潜り抜けた上で上位互換を作り出せるのだろうか?

 

 答えてくれるとはとても思えないが、聞かない訳にもいかなかった。

 

「あなたの目的は? この未曾有の大惨事を起こしたのはあなた? 星辰奏者(エスペラント)以上のその力はいったいどこで手に入れた?」

「……」

 

 矢継ぎ早に投げられた質問に対して鉄姫は無言だ。

 だが向けてくる感情はあまりに雄弁で隠しきれていない。苛立ち、軽蔑、殺意、そんな雰囲気が距離を挟んでなおありありと伝わってくる。

 

「答える気は無いと」

「……断刃(ムラサメ)如きがこの私に問いを投げようなどと、その時点で大罪なのだと弁えなさい。ましてやツムギ、貴様のような裏切り者は尚更に」

「私のことを知っている? いえ、そもそもあなた──」

 

 不思議なことに、まったく見知らぬこの存在にツムギはどことなく覚えがあった。

 傲慢な物言いをする高貴な生まれの女性、それはどうしてもかつて仕えるはずだった主を想起させ……不意に閃くものがあった。

 

「もしや、カナエ・淡・アマツ? だとすれば驚いた、処刑されたとは聞いていたけれどまさか星辰奏者(エスペラント)になっていたとは」

「下郎が、その名を軽々しく口にする資格は貴様に無い。そして訂正するなら、私はもはやアマツでも無ければ、貴様ら如き下等な星辰奏者(エスペラント)ですらないのだ」

 

 暗に正しいと肯定しながら鉄姫は両手を広げた。己の力で染め上げた氷の庭園をあたかも誇るかのような、大上段からの振る舞い。今の私にはこれだけの力があるのだと、見せつけるかのように。

 

「私は天より選ばれた崇高なる存在故に、もはやアマツの名すら私に相応しいものではない。そして星辰奏者だと、この私がか? 笑わせてくれるなよ、私の花園を見てその程度の感想ならば頭の出来が知れるというもの」

「へぇ……」

 

 元主が熱を籠めて語れば語るほど、反比例してツムギの心は冷めていく。圧倒的な力を持っているのにつまらないなと感じてしまう。

 つまるところこの鉄姫は、よくある星辰奏者(エスペラント)なり立てにすぎない訳で。そんなの、帝国内で幾度となく星辰奏者と剣を交わす中で飽きるほど見た光景だ。

 かつてその愚かさで処断され、そして今また喜び勇んで自らの愚昧さを晒すような相手に払う敬意をツムギは持ち合わせていなかった。

 

「なるほど、いきなり降って湧いた力で調子に乗ってるだけの新兵ってこと。なんだ、選ばれたとか言ってる割に随分と俗物だ、ありふれてるよ」

「……貴様ッ!」

 

 明らかな嘲笑の意図に鉄姫の顔が憤怒に歪んだ。やはり箱入りのお嬢様育ち、少し煽られれば簡単に怒りを露わにしてしまう。駆け引きが重要な戦闘において致命的な欠点だ。

 一方で鉄姫の語る通り、彼女の力そのものは星辰奏者の枠を超えている。人格面はともかくパワーに置いて欠片も侮っていい相手でないのは明らかだ。凍結というシンプル故に応用性の高い星であることもそれに拍車をかけている。

 

「どうにせよ、あなたのような存在をここで野放しにはできない。我が剣の錆になってくださいな」

「超越種たる私に向けてよく吼えた。貴様は嬲り殺しだ、四肢を凍らせ、魂までも辱め、己が存在すら後悔させた上で地獄へ送ってやろう」

「言葉で人は殺せないけど?」

「ほざけ!」

 

 いよいよ臨界点を突破した怒りが命じるまま、ついに鉄姫が手を挙げた。

 爆発する力の奔流に比例して冷え込んでいく周囲の気温。氷の異能が牙を剥く。

 

大和(カミ)に選ばれしこの天王星(ウラヌス)が、相応しい裁きを与えてやろう」

 

 かくしてここに第二幕が開かれる。"最強"を目指す者として相手に取って不足なし、軍属としても必ずここで打倒しようと決意した。

 双頭剣(オルトロス)天王星(ウラヌス)、共に因縁を抱く者の戦いを止められる存在は此処にいない。

 

 ◇

 

 寄って斬るしかできない剣士と、遠距離攻撃も可能な凍結使いの戦いは、早くも一方的な様相を呈し始めていた。

 

「くく、あはははッ! 無様ね、あれだけの大口を叩きながら逃げ回ることしかできないか!」

「……うるさいな」

 

 品の無い煽りにツムギは言葉少なにごちた。瓦礫と化した街中を上に下にと移動してウラヌスの攻撃を避け続けることに集中する。氷杭は飛来した傍から周囲の壁や足場を凍結させ、無尽蔵に生える樹氷は空気すら凍てつかせるから、一つの油断が命取りだ。

 ツムギはあくまで剣士であり、遠距離型のウラヌスとはそもそも相性が悪い。さらに迂闊にウラヌスの領域へ飛び込めば最後、身体を氷漬けにされる危険性すらあった。極低温により動きが鈍るだけでも最悪の結果が待っているのは明らかだ。

 

 故にウラヌスはこの時点で己の勝利を疑ってはいなかった。

 

「諦めなさい、愚かな劣等よ。貴様の剣は私に届かない、無為に足掻くことなく諦めるというなら死ぬ前に少しは慈悲を加えてあげてもいいわ」

 

 現状、ツムギに打つ手無し。着々と氷の花園を広げていくウラヌスによっていずれ剣士は捕らえられ、彼女の成すままに暴虐を受け死ぬだろう。それがこの戦いの最後として決定づけられた結末だ。

 

「──などと考えてくれている内は、まだ勝機がある」

 

 戦闘において最も危険な思想は油断だ。どうせ相手は対応できない、この戦法なら絶対に勝てる、己に弱点など存在しない……得てしてそう考えている人間ほど、自分が勝利から遠ざかっていることに気付けない。

 ウラヌスなどまさにその典型だ。強大な力を授かったことで『私に敵う者などいない』と全力で油断しているし、さらには相手を過小評価している始末。思考面にこれだけ隙があれば付け入る個所などいくらでもある。

 現に彼女の攻撃は大雑把で読みやすい。元が戦闘経験の無いお嬢様というのもあるが、それにしても戦術というのを考えてなさすぎる。大方圧倒的な力があれば小細工など必要ないと考えているのだろうが……殺意や敵意の制御も甘く、いつどこへ向けて攻撃するかのタイミングが分かりやすい。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()。後は攻め込みながらどこまで理想の動きを通していけるかの勝負だ。

 

「懐に飛び込むことになる、危険度は段違い」

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、かつての大和のことわざをツムギは思い出していた。認めたくないがウラヌスの星そのものは凶悪無比である、無傷の勝利など望むべくもない。

 実際、両者の星辰光(アステリズム)を比較すれば優劣など一目瞭然だった。

 

牙欲狂奔、いざ吼え立てろ双頭剣(Snarl Sword Orthrus) ???

AVERAGE(基準値) C

AVERAGE(基準値) A

DRIVE(発動値) A

DRIVE(発動値) AA

集束性 A

集束性 A

拡散性 A

拡散性 AA

操縦性 D

操縦性 B

付属性 E

付属性 D

維持性 E

維持性 AA

干渉性 E

干渉性 B

 

 恐るべきはそのステータスの高さで、自らを超越種と称して憚らないのも頷けるほど満遍なく高い万能型。ツムギとの比較にいたってはウラヌスに勝っているステータスが一つも無いという有り様だ。

 まさしく星辰光運用兵器(エスペラント)の進化系、星辰に対して惑星とも呼ぶべき上位互換に他ならず……これに勝てる人間が居るのなら、きっとその人は人類の枠組みすら超えてしまっているだろう。

 

 だからこそ勝ちたいとツムギは願った。単なる強さの枠組みでいえばウラヌスはツムギを超えている。そんな相手に勝利してこそ"最強"を目指すに相応しいではないか。

 それに、だ。天より授けられた力を我が物顔で振るっているのがどうにも気に入らない。同族嫌悪、そう称しても構わない感情がツムギの中で渦巻いていた。

 

 降り注ぐ氷杭の雨から逃れながら崩壊した家屋の影へと隠れる。ウラヌスが操る絶対零度の寒気はもうツムギのすぐ傍にまで迫っていた。猶予はもう無い。

 

「どうした、隠れてるだけでは私を倒せないぞ。ああ、心配はいらない、貴様がどこへ逃げ隠れようと私が必ず殺してあげる」

「誰が逃げると言ったのやら。生憎、私はあなたと違って都合の悪いことから目を逸らしたりしないので」

 

 故に攻めるならばここしかないと、挑発に乗るようにして姿を現す。

 彼我の距離は直線にして五十メートルあるかどうか。星辰奏者(エスペラント)の脚力なら一瞬で詰めれるものの、こと広範囲攻撃を得意とするウラヌス相手ではその一瞬が致命傷に繋がってしまう。

 

「この刃に命を懸ける、上等です」

 

 状況は圧倒的に不利だ。勝てる要素が一つも見当たらない。

 だとしても、冷えていく身体に熱を灯すように決意を口ずさんだ。

 勝機はある。たった一度の隙を縁に刃を届かせ、圧倒的な格上を弑逆しよう。




小物の中の小物として愛されているウラヌスちゃんですが、冷静に考えなくても星辰光自体はやっぱりとんでもなく凶悪です。
というより、ツムギがあまりにも一点特化すぎて相性悪いのばかりですが…
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