”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#18 決別

 借り受けた訓練用ダミーをいそいそと組み立てているのは、いつもの訓練場へやって来たツムギだった。

 星辰奏者(エスペラント)の試運転のため用意されたダミーは鋼鉄製の頑丈なものが用意されている。新兵は誰もが一度はこのダミーへと剣や星を撃ち込み、無残な残骸となったそれに驚嘆するものだ。 

 

「さてと……試してみますか」

 

 ダミーを二つセットし終えたツムギは右腕へと目を落とした。この半年ほどですっかり見慣れてしまった鋼の義手がそこにはあった。

 ジン・ヘイゼルが施した義手接続施術は完璧だった。リハビリはまったく必要とせず、その日の内に剣を振ることができて驚いてしまった。鋼の重さや微妙な差異にさえ慣れてしまえば、むしろ頑丈な腕に置き換わったと喜べてしまう完成度である。

 

 そう、()()()()()()文句なしの出来栄えだ。だがツムギがずっと気にしていたのは、この義手の材質および星辰体(アストラル)との感応量であった。軽く調べただけでも感応量はアダマンタイトの数倍以上。迂闊に使えば大変なことになるのは分かり切っていたから、今日まで何もせずに過ごしてきた。

 

「使えば最後、過剰なまでの星辰体と感応することができてしまう。爆発的な出力上昇の代わり、そもそも身体(うつわ)が耐えられない」

 

 すなわち、この義手を媒介に星を発動すれば死ぬ。衒いも無くそれが結論だった。

 ジンが言っていた『貴様には過ぎた力』というのは全くもって事実である。いわば滝の水をコップで受け止めるようなものであり、そのコップの末路など論じるまでもない。いくらツムギが才能溢れる剣士でも物理的に破裂してはどうしようもないのだ。

 ならば単なる義手として使うだけに留め、これまで通り剣と星を振るえば良いのか──いいや、否だろうと剣士は叫ぶ。それでは足りないことをツムギは身をもって学んでいるから。

 

 だって、剣と星だけではウラヌスに届かなかった。自慢の技量は怪物を断ち斬るに至れなかった。

 ではもっと努力すれば勝てるのか? ……認めたくは無いが、きっと違う。あの魔星(かいぶつ)たちは努力や才能で勝てる域をもはや超えていた。同じく人外の領域に手を掛けなければ決して勝てない手合いだろう。尋常である限りツムギの刃は決して喉元まで届かない。

 

 ならば手を伸ばすしかない、人外の領域へ。

 強くなりたい、"最強"になりたい。そのための片道切符は文字通り手元に用意されている。ここで怖気づくならツムギの限界はそれまでで、掲げた夢と正義は無為となって散るのみだ。

 

「やるしかないなら、やるだけよ……創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」

 

 覚悟を決めて義手に意識を移し、詠唱(ランゲージ)を口ずさんだその瞬間。

 ツムギの視界は白に染まり、爆発するような力の奔流に飲み込まれた。

 

 ◇

 

「ここしばらく、訓練用ダミーがいくつも粉微塵になってるらしいが、ツムギは何か知ってるか?」

「いえまったく、心当たりがないですね」

「そうか……なんてな、俺は誤魔化されないぞ。備品整理担当が嘆いてたから程ほどにしといてやれ」

「はぁ……承知しました、可能であれば気を付けます」

 

 上司と部下とは思えない軽い調子で雑談を交わした後、アルバートはツムギを呼び出した本題を切り出した。

 

「魔星についての報告は聞いてる。遅くなったが健闘だったな、よくやってくれた。俺も鼻が高いぜ」

「……本当に遅くてビックリですが」

「うっせぇ、ゴタゴタしてたりタイミングが合わなかったりが多かったんだっての」

 

 あまりにも偶然が重なりすぎて話す機会を作れなかったのは事実だ。

 しかし同じ部隊の人間がこうまで顔を合わせないなどまずあり得ない。故にアルバートは()()()()()()があったのではないかと睨んでいるし、おそらく間違ってないだろう。

 

「んで、単刀直入に聞こう。ヴァルゼライド総統閣下の大馬鹿は、いったい何を隠してる?」

「……これで二人目、いえ、本人も含めれば三人目ですかね? 同じ質問ばかりでそろそろ私も飽きてきましたよ」

「だったらさっさと話すことだな。どんな些細な情報でもいい、知ってることを語ってもらおう」

 

 普段、エージェントとは思えないほど温和な深謀双児(ジェミニ)隊長が、珍しく本気の調子で詰めてきた。虚偽も謀りも許しはしないという強烈な圧。上官の隊長たるゆえんを肌で感じながらもツムギは一切動じない。

 

「申し訳ありませんが、総統閣下との約束がありますので語れることはございません」

「知らない、とは言わないんだな」

「既に確信を持つ相手に誤魔化しは利かないでしょうから」

「そりゃ道理か。で、何を"言うな"と命じられた?」

 

 アルバートはヴァルゼライドの旧友だ。故にこそ親友の隠し事に対して鼻が利くのだろう。

 もはや隠しても仕方ないとツムギは諦めた。チトセとは違い既に行動すら開始する腹積もりのはず。ならばと、できるだけ言葉を濁すように意識しながら口を開く。

 

「魔星の来歴について少々お話をしました。それくらいです」

「魔星の来歴……? そりゃ聖教国製と言われても素直に納得はしてないが──おいおい、まさか」

「私から話せることはここまでです。これ以上を知りたければ、その剣で私を倒してからにしてください」

 

 アルバートが立ち上がった。それとなくツムギは右半身を前に出した。

 一触即発。

 

「なら、俺も覚悟を決めるべきかもな」

「本気ですか?」

「やってみなきゃ、分からないだろ──ッ!」

 

 ガン、と鈍い音が室内に響いた。抜刀したアルバートの剣と、少しも遅れず反応したツムギの義手が受け止めた音だった。

 ガリガリと鍔迫り合いを行いながら両者は視線を合わせる。片や冷静で落ち着いた瞳、片や激情と罪悪感の入り混じった複雑な瞳だ。

 

「いつになく真剣ですね、ロデオン隊長」

「こんな隊長で悪いな、ツムギ。敵わないことは重々承知しているが、それでも目の前にアイツに繋がる手掛かりがあるなら行動しない訳にはいかねぇんだ」

「……麗しい友情だと思います。それだけ深く繋がりがあるなら、総統閣下もあなたには腹を割って話せばいいものを」

 

 本心からツムギは言った。この言葉にアルバートは苦笑を返した。

 

「昔、クリスの奴と『組織とはどのように腐るか?』って話をしたことがある。何だか分かるか?」

 

 この状況に似つかわしくない問い掛けだったが、ツムギは気にせずいつもの調子で答えた。

 

「……母数が増えることで悪人が増えるから、ですか?」

「半分正解だ。そしてもう半分は優しい善意さ、無茶でもなんでも突き進もうとする馬鹿を善意で止めれば、そいつにとっては邪魔にしかならない。だから足を引っ張る可能性が少しでもあるなら排除する。そして、その究極とはすなわち──」

 

 さらに剣が押し込まれた。もはや右手の義手だけで防ぐには困難な圧が宿っている。

 いよいよ剣を抜くしかないかと考えながらつつも、ツムギは次の言葉を待った。

 

「心変わりしない個人による単騎駆け、そうすりゃ余計な軋轢もなく目標まで一直線だ。な、馬鹿みたいだろ? アイツはそんなことを大真面目にやろうとしてるんだ」

「確かに大馬鹿ですね。でも私は嗤えません、私だって本気で"最強"を目指したいと願っているのですから」

「……そうかよ!」

 

 掛かる力が一線を越え──その瞬間にツムギはもう動いている。

 剣を左手で逆手に握ると身を翻しながら抜刀。眼にも止まらぬ速度の居合は過たずアルバートの剣を弾き落とした。彼の死線認識能力(アステリズム)を持ってしてもこの距離、この速度では成す術もない。

 勝敗は一秒と掛からず着いた。勝者は納刀してアルバートを見やると、少しだけ照れくさそうに頬をかく。

 

「本当は上官がカッコ付ける場面だとは思うのですが、空気が読めずすみません」

「……別に良いさ、ダッサイ敗け方するのなんざ覚悟の上だ。俺こそ悪いな、私心で部下に剣を向けるような男でよ」

「私はこれでも気が長い方なので。裏を汲んで慮るくらいしますよ」

「敵わねぇな、まったく」

 

 アルバートは床に落ちた剣を拾った。もう剣を振る気は無いとアピールするように鞘へを納めると「やることができちまった」と呟いた。

 

「やること?」

「おうよ、クリスの馬鹿が何かやらかそうとしてるのは理解した。んで、魔星の出所にも何某かの形で関わってるんだろ? それだけ分かれば十分だ、後は直接アイツに聞く、何を企んでるんだとな」

「死ぬ気ですか?」

 

 絶対にヴァルゼライドは止まらない。親友の心からの忠告も、友誼も、協力も、あの英雄はおそらく求めていないのだ。部下にすら頭を下げられる男が、親友に声を掛けない理由などそれ以外にあり得ない。

 そして、必要のない相手が自分から道を塞いで来たらどうなるか。考えるまでもなく、考えたくもない結末が待っている。

 

「……あの人は、本気ですよ。一線を越えた途端に誰でも平等に剣を向ける人です。隊長だってそれはご存じでしょう?」

「よく知ってるさ。だとしても、どうしたって退けない時がある。それが人生ってもんだろ」

「人生がどうかは知りませんけども。なら、私も連れて行ってください」

 

 本当にアルバートがヴァルゼライドへ詰問するというなら、彼の実力では話にならない。一顧だにすらされず斬り捨てられて終わりで、これを見逃すほどツムギだって薄情じゃない。たとえまだヴァルゼライドに勝てる見込みが無いとしても、逃げる理由にはならなかった。

 

「いいや、ダメだ。これはどこまでも俺の個人的な問題で、部下をこれ以上巻き込んでいい理由にはならない」

「今更じゃないですか。それに、私だって英雄閣下にリベンジする機会は欲しいのですよ?」

「なら別の機会にやってくれ。そんときゃ応援してやるさ」

 

 決意は固い。ツムギの言葉では彼を止めることは不可能だった。

 ならば剣と暴力に訴えかけるか? いいや、それこそ違う。この場で彼を負かせたところで一つも解決にはなってくれない。自分が負けると覚悟しながら、それでも決意を貫こうとする相手はある意味で無敵だ。

 結局ツムギは何も言えずに立ち尽くすしかできない。理屈の上で正しいのは彼女であり、間違っているのはアルバートの方のはず。けどどうしてだろうか、正しいはずの物事は恐ろしいほど相手の心に響かない。

 

「……理不尽ですね」

「ああ、理不尽だ。おかしなことにこの新西暦ってヤツは、頑固で真っ直ぐなヤツほど手の施しようが無くなっちまう。決意したもの勝ち、貫いたもの勝ちさ。いわゆる"普通"は簡単に押し負けちまう」

「分かっていても行くのですか?」

「"普通"だってそう捨てたもんじゃないさ。だから俺は、あいつに挑む」

 

 この人には勝てない。ツムギは静かにそう悟り、もはや一つも語れる言葉を持たなかった。

 "最強"を目指す女がなんて無様だと自嘲する。これは口論の一種であり剣技は微塵も関係ないが、それでも説得という勝利を掴めなかったのが痛快だ。そして、負けてばかりの自分を嗤える精神が嫌だった。

 

「話はこれで終わりだ。ありがとよ、おかげで後回しにしてた事柄に決心が着いた」

「褒められても嬉しくないですね」

「そいつは悪かった」

 

 賽は投げられてしまった。彼らはきっと信念に基づき、相手を大事に思うからこそ激突するのだろう。どこまで行ってもツムギは場外、何も関与することはできない。寂しくはあるが最後は彼らの問題だからと、諦めてそっと目を伏せたのだった。

 

 ◇

 

 二カ月後、深謀双児(ジェミニ)隊長アルバート・ロデオンは軍籍を離れ市井へ戻る事となった。

 表向きにはヴァルゼライド総統閣下を襲った凶刃から身を挺して守り、その後遺症で戦えない身体になったためと発表されている。これまでの改革派と血統派の戦い、それにアルバート個人の人徳からか特段疑われるようなことはなく、粛々と彼は軍から離れていった。数か月もすれば人々の話題からも消えていることだろう。

 

「もちろんそんなことは表向きの理由で、偽装背景(カバーストーリー)な訳ですが」

 

 今日も今日とて訓練用ダミーを破壊しながら、休憩がてら残骸に腰かけたツムギは呟いた。

 深謀双児(ジェミニ)隊長はアルバートからシン・ランスローへと交代し、彼の指揮下で変わらず仕事は続いている。これを機に戦闘メインの別部隊へ移ることも考慮していたが、結局そうせずに残ることを選んでいた。理由はいくつかあるが、最大の理由は()()だった。

 

「新旧隊長の橋渡し……いつの間にか私も、面倒な役割を担っているようで」

 

 退職の直前にアルバートから届いた一通の手紙。既に処分してしまったが内容は頭に叩き込んでいる。

 そこには帝都のとある住所と一緒に、今後の身の振り方を示す内容が示されていた。彼はあくまでヴァルゼライドの真意を探るべく地下に潜る腹積もりのようで、可能ならツムギにも協力してほしいとのこと。彼女は二つ返事でこの提案に乗ったのだ。

 

 何故なら、アルバートの活動の最後には確実にヴァルゼライドが待っているから。

 再び真正面から挑める機会があるなら乗らない手は無い。故にツムギは喜んで彼への協力を決め、潜伏を続けるアルバートとコンタクトを持ち続けることに決めたのだった。




おっちゃんがヴァルゼライド閣下からガンマレイを喰らったくだりはどこかで書いてみたいものですね。原作でも詳細は不明なので妄想のしがいがあります。
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