”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#2 挑戦者

「で、裁剣天秤(ライブラ)の精鋭たちとの模擬戦闘をもぎ取って来ちまった訳か……」

「ありがとうございます、そちらの口添えのおかげで上手くことを運ぶことができました」

「そんなつもりは欠片も無かったんだが……ったく、まあいい。こうなったらなるようになれだ」

 

 呆れたように頭を抱えた金髪の男、アルバート・ロデオンはこれ見よがしに肩をすくめた。一縷の望みをかけて裁剣天秤(ライブラ)へと掛け合ってみたものの、やはりツムギを引き取ってはくれないようだった。

 それに対し元凶たるツムギといえば、一切気にした様子もない。取り付けた約束に子供のようなワクワクを覗かせながらアルバートへと感謝を述べていた。

 

 第三諜報部隊深謀双児(ジェミニ)に所属するアルバート・ロデオン大佐の下にツムギ・ムラサメ少尉がやって来たのはおよそ半年前のことだった。

 実力、性格、適正、何を取っても上位に入る。ただ異様なまでに星辰奏者同士の戦いに拘り、行き過ぎた模擬戦闘の繰り返しに上官が止めても聞き入れない。そんな素行不良が災いしてか実力と反比例する階級に留まったまま、直接的な戦闘が発生し難い諜報部隊(ジェミニ)にまで流れついてしまっていた。それでも本職もかくやと言わんばかりの活躍を見せてはいたのだが……人柄を見込まれお目付け役して抱え込まされたアルバートからすれば感想は一つだけだ。

 

「なんつぅか……勿体ないぞ、そういうの。俺たちと違ってせっかく才能も家柄も、ついでに容姿だって恵まれて生まれてきたんだ。若いうちから好き勝手して顰蹙(ひんしゅく)買っても良い事ないし、死に急いだってやっぱり良い事なんざないぜ?」

「私はただ、剣と人が描く強さの果てを見てみたいというだけです。無駄に死ぬつもりなんて毛頭ありませんよ」

「いや、そういうのを死に急いでるって言うんだけどな。まず友達(ダチ)に止められないのか?」

「私、天才すぎて友達がいないので」

「おう……」

 

 その頑固さが彼の幼馴染とよく似ている気がしてアルバートは思わず天井を仰いでしまう。さすがに幼馴染ほど振り切った信念(きょうき)は感じないが、この若さでそれに近しい思想をしているのがどうも心配になってしまう。この手の人間は意思を貫くためなら平気で自身すら犠牲とし、常人には及びもつかない行動へ走り出してしまうから。

 などと真っ当に心配をしてしまう時点で、やはりアルバートは善性かつおせっかい焼きな人物だった。こんなじゃじゃ馬娘を半ば押し付けられておきながら、他の部下任せにせず親身に面倒を見ているのがその証左だ。

 

 ツムギもそこは理解しているのか、アルバートの下についてからは星辰奏者同士の戦いを吹っかける頻度も少しは減った……ように見える。単に深謀双児(ジェミニ)では直接戦闘向きの星辰奏者が少ないからかもしれないが。

 

「で、約束取り付けた天秤の相手は誰なんだよ? まさか朧部隊長本人じゃないだろうな?」

「そのまさかですよ。チトセ殿は是非手合わせ願いたいと仰ってくれましたけど」

「おいおい……そりゃお世辞じゃねぇのか?」

「そんなこと無いですよ、きっと」

 

 不服気に唇を尖らせている分には年齢相応の可愛げがあるのになぁ、と密かに嘆くアルバートだった。本当にどうしてこんな少女が"最強"などと呪いじみた称号に心囚われてしまったのか。皆目分からないからせめてマトモに戻ってくれるようにと願うばかりである。

 

「手合わせしてみて大したことがなければ、またロデオン大佐にお手合わせ願いましょうか」

「止してくれ、前に一回やって格付けは済んだろ。(ちから)を使った俺の方が、(ちから)を使わなかったおまえに負けちまったんだから世話ねぇよ」

「ご謙遜を」

 

 ツムギはそう嘯くが、本人からすれば謙遜ではなく純然な事実だった。

 確かにアルバートの星は補助系(サポート)の星で直接的な攻撃力はない。けれどまったく無価値ではなく、そもそも基準値と発動値では身体能力にも当たり前に差が出るのだ。それを剣技一つで潜り抜けられてしまってはかつて激戦区で培った自信も形無しというもので。ムラサメの研鑽(わざ)おそるべしと、内心で震えたものである。

 

「まだ下っ端だった頃に東部戦線で必死に磨いた剣技と判断力(あたま)、捨てたもんじゃないと思っちゃいたが……上には上がいるもんだ、分かっちゃいるがままならん」

「え、あの激戦区であなたまで剣使ってたんですが? ヴァルゼライド大佐みたいに?」

「なんでそんな驚いた顔すんだよ。ツムギの方がむしろやるだろ、そういうの」

「私は剣士ですし寄って斬るしかないですけど……あなたの頃は星辰奏者なんて無い時代ではないですか。普通は銃とか使うでしょうに」

「銃だって使ったさ、当たり前だろ」

 

 常人が戦場で、剣だけで無双できる──そんなものは所詮物語の中だけに存在する幻想(ファンタジー)にすぎない。現実はそのようなこと出来っこないし、出来てしまえばもはや幻想の登場人物に足を踏み入れてしまう事となる。子供が描く絵物語は星辰奏者(エスペラント)が出てきたことでようやく現実にまで引きずり降ろされたのだ。

 だからこそ、話題に出てきたヴァルゼライド大佐は半ば幻想(ファンタジー)の英雄として語り継がれているのだが……ツムギもアルバートもそこは一度脇に置いた。片やいつか打倒すべき最強最初の星辰奏者として、片や誰よりも近くでその活躍を支えた者として、今更語るまでもなく知っている。

 

「ちょいと話は逸れちまったが、別に俺自身は大したことねぇよ。少なくとも、ツムギが"最強"とやらを目指す糧にはまったく不足だ。悪いが他を当たってくれ」

「うーん……危険(リスク)の可視化による先読みと、それを活かせるだけの防御術は学べるものがあったと思うのですが。分かりました、お楽しみもありますし素直に従います」

「おう、そうしてくれ。つーかいつもそれくらい素直になってくれ、そんなんだから今でも少尉のままなんだぞ」

「私、階級に興味はありませんので。いよいよとなったらさすがに自戒もしますけど、星辰奏者(エスペラント)を放り出すなんて真似アドラーがする訳ないでしょうから」

「おまえな……」

 

 無欲なのか欲深なのか分からない少女だ。アルバートら改革派はツムギが切って捨てた階級や権威に拘る連中とバチバチ睨み合っているというのに、一顧だにしない精神性はある種剣士の理想形なのかもしれない。

 さりとて自身の価値を正確に把握し、賢しく一線を見極めながら好き勝手やるのは若さ故の傲慢さもあるのか。そういう悪癖は今後直していければ良いのだが。

 

「さてと、そろそろ俺も行かなきゃあな」

「また例の殺人鬼関係ですか?」

「ああ、そろそろ尻尾を掴めそうなもんで今が正念場さ。いざとなればツムギにも出てもらうが、分かってるな」

「もちろんです」

 

 アルバートも決して暇ではない。ここしばらく帝都を騒がせている人物の追跡で忙しいので、そんな彼をツムギは素直に見送った。荒事になればその時は存分に己の剣を振るえばいい、むしろそうなってくれた方が都合が良いまである。

 

 それにしても、と一人になったツムギはチトセとのやり取りを思い出す。戦う相手は基本的に向こうが決める約定だったが、一人だけツムギから指名させてもらった人物がいる。すんなりと通った自らの要望は今思い出してもれ嬉しくて、けれど相反するように微かな恨みの籠った表情を覗かせた。

 それを訝しむ人間はもう居ない。故に若き少女剣士は誰に憚ることもなく、弾むようにその名を口ずさむ。

 

「楽しみですね──人狼(リュカオン)のお相手は」

 

 彼こそは知る人ぞ知る裁剣天秤随一の星辰奏者──新時代の暗殺者とも囁かれる人間兵器のコードネームこそ、人狼(リュカオン)であり。

 ツムギにとっては一方的に少々の因縁のある、いわくつきの相手でもあったのだ。

 

 ◇

 

 かつての大破壊(カタストロフ)から早千年の月日が経過し、大きく数を減らした人類は今もしぶとく生きている。しかし機械文明から唐突に大きく後退した名残であるのか、人工物や人工的に調整された土地は今や大自然の浸食を受け為されるがままとなっていた。

 アドラー帝国首都の郊外に広がる森も、そのような理由で旧文明の異物に根を張りながら勢力を伸ばしたものだった。木々の根っこに覆われるように倒壊したビルや家屋が並び、かと思えば不自然に開けた土地は今も固められた地がそのまま残っている状態。自然と人工の混然一体とした様子は大破壊からの千年を忍ばせるには十分なものだった。

 

 そんな混沌とした景色の中を歩く人影が一つ。足音を消し、気配を殺し、漂わせる雰囲気はいかにも暗殺者と言った風体であり……実際その男、人狼(リュカオン)の名を持つゼファー・コールレインは暗殺者(アサシン)としての性質に優れた星辰奏者(エスペラント)だった。

 

()()()()()()()ねぇ……どうしてまた俺なんかをご指名なんだか」

 

 何かの間違いじゃないのか、などとぼやく姿はとても優秀な星辰奏者とは思えない。端的に言って俗人であるし、この男は確かに凄い奴だと納得させるような覇気を微塵も感じられなかった。事実として本人が一番それを理解しているのだが……さりとて改善しようとは思わない。それが己の器だと信じ切っているからだ。

 

「あーあ、まったく。さっさと終わらせて帰りたいぜ」

 

 故に間違いなく裁剣天秤でも上位に入る実力を持つクセに、ゼファー自身はそれを欠片も誇らない。自分は中途半端な特化型であり、鼻歌交じりに戦場を生きられる人間じゃないから凡庸だと本気で思い込んでいる。まだ()()()()()()を見ていないとはいえ、やはり彼の卑屈さは根っからのものだった。

 ただ、それだけに自分よりはるかに凄いと思う人間と出会う経験もそれなりに多い。たとえば自らの相棒であるチトセ・朧・アマツはその筆頭であるし、今回戦う相手と同じムラサメの名を冠した剣士も印象に残っている。特に後者は星辰奏者ではないにも関わらず、超人に匹敵する技量を持つのだから途方もない実力者だ。暗殺任務で出会って以来、他の任務でも幾度か指名している程度には賞賛と憧れの念も強かった。

 

 だからこそ、今回の模擬戦闘には気乗りがしない。相手はゼファーと同年代ながらその剣士に匹敵する才覚を持ち、しかもキッチリ星辰奏者となっている。どう考えても敗北する未来しか見えないものの「さっさと行ってこい」と相棒に蹴り出されてしまっては仕方なかった。

 それにまあ、悪い条件ばかりじゃない。正式な実力測定の一環としてちゃんと給金は弾んでくれるし、形式自体も正面切ってのよーいドンではなくゼファーの方から仕掛けられる。何せ向こうが出した条件の一つに──

 

「自分の居場所は教えるが、始めるタイミングはそちらで図って構わない……ったく、何だよそりゃ。自分の剣技に自信ありってか?」

 

 暗殺者を生業とする男に対して先制権(イニシアチブ)を明け渡すなど単純に自殺行為だ。いくらこれが模擬戦であり命のやり取りが無いにしてもふざけている。馬鹿にしていると思われても何らおかしな事ではなく、それ故にゼファーは怒りよりも先に警戒してしまうのだ、相手の誇る剣術を。条件的には譲られていて万々歳だが、その余裕が恐ろしい。

 

 そして歩くことしばらく、木々の切れ目が見つかった。ゆっくりと物陰に隠れながら先へと視線をやれば、

 

「……居た」

 

 木々に飲み込まれた小さな建物に寄りかかるように小柄な少女の姿がある。軍服を纏い帯剣していなければ良家のご令嬢にも見える儚さだが、佇まいには油断も隙も見当たらない。

 ツムギ・ムラサメ、コードネームは『双頭剣(オルトロス)』だったか。約定通りに彼女は指定した地点で待っていた。静かかつ微動だにしない姿は瞑想しているかのようであり、けれどその実あらゆる気配を肌で感じているのがゼファーには理解できた。迂闊に物音を立てるか、殺気をぶつけるか、それだけで鋭敏に反応されて居場所が割れることだろう。

 こう考えると途端にゼファーの持つ優位点が小さなものに思えてしまう。まだ彼我の距離はしばらくあり、いくら星辰奏者の脚力で駆け抜けようと数秒は必要だ。そしてそれだけの時間があれば間違いなくツムギは気付き迎撃する、後は流れるように正面戦闘へもつれ込むだけ。こうなれば勝ち目はもはや無い。

 

 ただしそれでも、やり様は幾らかある。ゼファーの星辰光(ホシ)はとても誇れるものではないと自認しているが、彼自身の研鑽と汎用性の高さは既に対応策を提案してきた。後は自らがその選択に自信を持って実行に移すだけでいい……のだが。

 ぶっちゃけてしまえばゼファーは非常に怖がっている。戦いの中で自分の選択を信用できるほど己を好きになれないし、間違っているのではといつも疑ってしまう。そういう性格だから潜り抜けられた修羅場だっていくつもある。

 

 とはいえ、繰り返すようだが今回は模擬戦であり命のやり取りは存在しない。故にいくらか気楽に構えつつ、せめて怪我はしたくないなと願いながらゼファーは銀の刃を構えた。

 

「それじゃ一つ、やってみるとしますかね」

 

 言葉と共にゆっくりと振動を開始する銀狼の刃。

 殺しをしない殺戮技巧(キリングレシピ)がムラサメの才媛を地に落とすべく、顎門(あぎと)を広げて蠢動を開始した。

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