”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った 作:第37番型眼鏡
「しかし残念ですね、まさか盛り上がってきたところで中断されるとは……」
「俺としては助かったけどな。あんたみたいなヤバい奴は、遠くから眺めてるだけに限るぜ」
「女性を捕まえておいて酷いことを言う」
苦笑しながらツムギは手に持った大ジョッキをゴクゴクと喉へ流し込んだ。冷えたエールが火照った身体に染みわたり、心地よい酔いが脳裏を支配する。
そしてもう一人、対面に座るな男はゼファー・コールレインであり、模擬戦闘時のやる気の無さは何処へやらといった様子でエールを飲み干していた。『いくらなんでもそんなに飲んで大丈夫なの?』と心配するツムギの視線もなんのそのである。
「にしてもこの酒場良いじゃんか。安いし量もあって出てくるのも早いときた。また時間があったら来てみるかねぇ」
「良いですよね、分かりますよ。私も上司に連れてこられたのですが、今ではすっかり常連です」
静かに微笑むツムギの姿は育ちのいいご令嬢といった様子で、思い切り酒を飲んでいても気品があるから不思議なものだ。どうしたらあんなに育ちが良くなるのかねぇ、などと思いながらゼファーは酒の肴の方へと手を伸ばす。
──そもそも何故この二人が酒場で談笑しているかと言えば、時間を少しばかり巻き戻す必要がある。
結局、ツムギとゼファーの模擬戦闘は途中で朧隊長が乱入したことで中止となった。ツムギは文句を、ゼファーは安堵を示す中で彼女が語ったその理由は、『このまま続けば必ず殺し合いにまで発展する』とのもので。致命的な怪我を負う前に割って入ったとの事だった。
ツムギからすれば甚だ不本意な終わり方とはなったものの、続ければいずれ本気の殺意で刃を交わしたかもしれない。同時に、彼の方もまた
その後は他の
「お預けになってしまったのは残念ですが、そこはお酒で忘れましょう。あ、このウイスキー美味しいですね」
とはいえ、ゼファーもアレで栄えある副隊長なので断られるかと危惧したものの、タダ酒と聞いて飛んできたので拍子抜けしたものだ。少佐に少尉が奢るのも何だろう……などと思いながら待ち合わせをし、お気に入りの酒場に入った後は酒を呷って場も温まってきた。
「ツムギも酒飲むのは何つーか意外だったな。剣士ってのはもっとストイックなもんかと思ってたが」
「間違ってはいませんが、要は剣の腕が鈍らなければいいんです。強さを維持している限り、堕落しようが酒池肉林しようが関係は無いですよ。もっとも、そこまでする趣味も無いですが」
「へぇ……ま、俺には縁のない話だな。んなことしてたらこんな凡人はアッサリ死んじまうっての」
年齢が非常に近いからか、気楽な場で話してみれば互いにすんなり打ち解けた。ツムギは誰に対しても丁寧な調子を崩さないが、それでも幾らか素直な口調となっている。
「食い扶持稼ぐためには努力して痛い目みて奮起して──ったく、世の中厳しいねぇ。どんな事でも鼻歌交じりに解決できる天才ってヤツに産まれてれば楽できたのによ」
「どうだか、案外努力の伴わない力の方が居心地悪くて嫌になるかも。私はそういうの、好きじゃないな」
「これだから天才剣士様は」
妙に実感の籠った言葉だった。天才剣士と持て囃される故の贅沢な悩みだろうかとゼファーは思うが、それ以上茶化す気は無かった。あまり彼の柄でもない。
代わりに、茶化したのを詫びるように「努力は嫌だが、生きるために
「あなたの雰囲気からして、もっと嫌々頑張ってるものだと思ってましたけど」
「そりゃ嫌さ、知らない誰かを斬り捨てるための努力なんて誰がやりたいと思うかよ。だけどやらなきゃ食いっぱぐれるし、最悪俺の方が殺されかねない。だから殺して、殺して、殺しまわって……ああまったく、嫌になる。こんな酒の席で話すことでも無いんだけどな」
確かに酒の席で語るには血なまぐさい話ではあるが、今更そのようなことを気にする剣士でもない。だから一切気にした様子もなく、ウイスキーで舌を湿らせてから口を開いた。
「お手合わせをして感じましたが、あなたは十分すぎるほど実力者だと思いますけどね。少なくとも他の天秤と比べて頭一つ二つは抜けてました」
「そりゃ買い被りすぎだっての。他の奴らは本気でやって無かったからそう感じるだけで、俺が強い訳じゃないしな。第一チト──朧隊長の方が遥かに強いぞ」
「うーん……そうですか」
その言葉も一面では事実なものの、素直に頷いてしまうのは少々癪というか。
実力と精神性の乖離に打ちのめされた人間を知る者としてはそのような言葉を吐いて欲しくはない。けれど今日知り合ったばかりの人間が賢し気に指摘する事でもないと頭では分かっているから言い出せない。だけど結局、こうして飲みに誘ってまで話したかったのはこの話題に他ならず──
「なぁ、あんたはどうして"最強"なんて馬鹿げた称号を目指してるんだ?」
先にゼファーから切り出されたことでいったん思案を中止した。
「馬鹿げたとは失礼な。私はこれでも
「いやいや、十分馬鹿だろ。そりゃ目指してみたいって気持ちは尊重しても良いけどよ? 誰まで勝てばその称号が手に入るのか、手に入ったとしていつまで持ち続けられるのか、そもそも夢半ばで諦める羽目にならないか……不確定な要素が多すぎるだろ。マトモな奴はまず目指さない」
「そうですね、理解してますとも」
容赦のない指摘にも一切合切その通りであるとツムギは頷いた。
子供の夢想じみた稚拙な願望であることは百も承知であり、目指す過程も目指した後も辛いことだって理解している。故に指摘自体はうんざりするほど聞き飽きた内容だとしても、彼女は真摯に受け止めるしかないのだ。
「私がほんの少し夢を詳しく語ってみると、誰もがそんなことを言います。ふふ、聞き飽きてるんですよそういうのは。やってみる前から駄目だ無理だと諦めるより、まずは夢を貫いてみる方が綺麗じゃないですか」
「そういうもんかねぇ……?」
「本質的にはあなたと同じなんですよ」
一つ指を立てて左右に振る。ゼファーの驚いた顔が印象的だった。
「自分の強さを認められないゼファーさんと、自分の強さを証明したい私。どちらも余人から見れば奇妙で奇特なものだとしても、本人の内では筋が通っているから他人の言葉に頷けない」
「しれっと俺まで奇妙で奇特に混ぜんなよ」
「これは失礼いたしました」
冗談交じりに笑い、謝罪代わりにコップへウイスキーを注いでやる。琥珀色の香り高いウイスキーは南の方のものだろうか、ツムギはこの味が好きだった。
ただ、お気に入りの酒を飲んで心地よく酔いが回ってきたからだろうか。鈍った頭と反比例してよく回るようになった口は、彼女の意思すら置き去りにして秘めた本音を訥々と紡いでいく。
「想いは人の勝手です。誰が強制できるものでもないし、そも誰かの言葉で翻すほど安い想いは無いでしょう。でも──あなたのその卑屈さに関してだけは、実は少々恨んでますが」
「……恨み?」
「私の名前、思い出してもらえますか?」
「ああ……なるほど、
納得したような表情。次いでゼファーはバツの悪そうな顔をした。
困ったように頭をかき、誤魔化すように酒を一口飲んでからポツリと語る。
「別に悪意があった訳じゃねぇよ」
「でしょうね、そういう話は聞いてないですし、そういう人にも思えない」
「ただあの時は、俺も結構いっぱいいっぱいだったんだ。任務は激化して、
「なるほど……」
言葉そのものは理解できないこともない。心が弱ってるときに凄い人間を目の当たりにすればポロッと弱音が出ることもあるだろう。
「後になって悪いことを言ったとは思ったさ。でもなぁ……本当に俺の限界はそんなもんなんだよ」
それから彼は、やけに神妙な顔つきになると、
「この機会だから聞いてみたいんだけどよ、"勝利"って何だと思う?」
「"勝利"?」
唐突な質問にツムギは面食らう。
勝利。単純なその言葉の意味を咀嚼しても『何かに打ち勝つこと』、『自身の優位の証明』程度しか出てこない。深い裏があるのか、それとも哲学的な謎掛けなのか。少女剣士には判断つかず、ひとまず思ったままを口にする。
「私にとっての"勝利"は……しいて言えば認めること、でしょうかね? 自分が"最強"であると天下に謳い上げたいなら、まずは己の強さを認めるしかない。私は"勝利"をそのように定義しています」
「俺にとっては呪いだよ、それも飛び切りのな。難題を何か一つ越えればすぐ次の難題、次の難問、次の"勝利"、次の次の次の──やってられるかってんだ」
だから必要以上の勝利なんて欲しくない、まして辛い努力をしてまで強くなりたい気持ちが皆目分からないと人狼は語った。
「勝ちすぎたって嬉しい事なんざ一つもないのに、気が付けば少佐なんて肩書貰ってさ。誰かを殺して周り、そしてまた"勝利"して次の
滔々と語りつくした人狼は自棄になったように酒を喉へと流し込む。きっと本人としてもここまで語るつもりはなく、しかし酒の勢いと語ったことの無い本音を吐露する機会が重なってしまったのだろう。何を言っているんだかと自嘲するように口を歪ませ、さらにさらにと酒を呷った。
それを聞かされたツムギの方は、同意も否定もせずにただ一言、「苦しいですね」とだけ呟いた。
「誰が何と言おうと、いわんや我々自身が何を感じていようとも──私たちは
「その口ぶり、あんたにも星辰奏者になって後悔した
「ありますよ、といってもあなたとは真逆の理由ですけれど」
ツムギにとって強者が一方的に弱者を蹂躙するような勝利に価値は無いし、そもそも掴んだ星が全てを左右するというのが好きになれない。あくまでも対等の立場で戦うからこそ意味があり、"勝利"という過程に重みが増すのだ。故に星辰奏者となったことは決して福音であったとは言い難く、どうして自分が最新の人間兵器に選ばれたのか悩んだ日もあった。
「──などとまあ、うだうだ考えてしまったのは事実な訳ですが。どう喚いたところで過去は覆せない、あるがままに存在するだけ。ならばあとは、どうあれ手札を活用しないと嘘になってしまうんですよ」
「……そんな簡単に割り切れるもんなのかね」
「割り切れなきゃダメなんですよ。そうでないと、選ばれなかった人たちへの不徳にもなりますから」
ガッカリするのも舞い上がるのも自分の勝手、それは当然だ。人の気持ちを考えてまで振舞う方がよほど大変だし、第一わりに合わないと言われればその通り。ツムギだって知らない人の気持ちまで考えようとはとても思えないし思わない。
それでも、強者の意図せぬ物言いで道を見失った人間を知る身として、この問題を避けて通る訳にはいかなかった。『大いなる責任には大いなる力が伴う』とは西暦の終わる以前より語られていた言葉であり。最後はここに終始してしまうのだ、悲しいことに。
そのような言葉を聞いたゼファーは、随分とまた露骨に嫌そうな顔をしてみせた。
「嫌だねぇ、結局あんたもそういう真面目なノリかい? 俺はそういうの合わないんだわ、すまねぇな」
「この考えを強要するつもりは無いですよ。ですが最終的にはそうなるし、いずれ自覚を持たないとあなた自身をも蝕む毒となる」
「ならどうしろってんだよ? 潔く敗け続けて最低の負け犬になるか、それとも頑張って勝ち続けて傷だらけのまま次の難題に挑むってか? どっちもごめんだね」
「おや、忘れてしまいましたか? 私はあなたに恨みを持ってるんです、あっさり頷いてはあげません」
さらに文句を重ねようとするゼファーを制してツムギは続けた。
「勝利を重ねれば重ねるほど新たな難題がやってくる? それは不幸ですね、同情しますとも。だからこそ、いずれ私があなたにとって最強最高の難題となって眼前に立ちはだかってみせましょう。完膚なきまでに叩きのめしてあげれば二度と"勝利"の呪いに怯えることも無いでしょう?」
「ハッ──言うじゃねぇか」
それは事実上の宣戦布告であり、同時にツムギなりの回答でもあった。いずれ必ず自らが"最強"になると臆面もせずに豪語するその姿が、馬鹿は馬鹿でも飛び切りのそれに見えたものだから。怒るよりも先に気付けばゼファーはくつくつと笑いさえしていたのだ。
「そんときゃ容赦なく地獄に墜としてやるか、さもなきゃ何処までだって逃げてやる」
「楽しみに待っていますよ、