”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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マルスおじさんはヴェンデッタでもお気に入りのキャラです


#5 殺人鬼

 新西暦においても、はみだし者というのは一定数存在する。

 価値観、言動、外見……何かしらが"一般"より外れていると"異端"のレッテルを貼られるのは世の常だ。その中でどのような選択を行うかによって異端は毒にも薬にもなってしまう。

 たとえば"最強"を目指す者が誰から構わず虐殺をして最強を名乗ろうとすれば疑いようもなく毒だろう。たとえば悪を許せぬ人間が手当たり次第に悪の芽すら摘んでしまえば、それもまた毒となる。

 一方でそんな人間が良識を持っており、誰かのために頑張れるというなら薬にもなるだろう。結局のところ以て生まれた資質はただの個人差でしかなく、それを活かす方向次第で偉大な聖者にも最悪の悪鬼にもなれるのだ。

 

 では仮に、先天的に誰かを殺したくて仕方ない人間が居たらどうだろう──?

 良識があれば抑え込むか、自殺するか、あるいは軍などに入って少しでも周囲に迷惑をかけない生き方を選ぶだろう。けれど良識を捨て去り、思うがままに振舞おうと決意してしまったとしたら。誕生するのは最低最悪の殺人鬼に他ならない。

 故に数年前から軍事帝国アドラーを騒がせている正体不明の連続殺人鬼、()もまたそのような手合いであり……折り合いを付けた異端者からすれば虫唾が走るような存在だったのだ。

 

 ◇

 

「殺しましょう、今すぐに」

「まあ待てツムギ、物事には順序ってもんがあるんだ」

 

 淡々と怒りを滲ませて絶死を望む声はツムギのもの、それを宥めて落ち着かせようとするのはアルバートであった。荒れた生垣に身を隠しながらのやり取り、冷たい風が頬を撫でた。

 

 第三諜報部隊深謀双児(ジェミニ)はスパイ、防諜活動だけでなくいわゆる警察の役目も担っている。そのため首都の治安を脅かす存在への絶対的なカウンターとなるのだが、そんな彼らであってもしばらく尻尾を掴めなかった連続殺人鬼が存在する。

 いわく、殺しの美学を持ったダークヒーロー。行く先々で義賊のように、勇者のように、詩人のように、科学者のように、誰かを殺しながら誰かを救い哲学を語る。殺す相手はいつも決まって嫌われ者や日陰者、あるいは死んでもそうと気付かれないような者ばかり。

 

 だから勘違いさせてしまうのだ。『この人は誰かのために殺しをやっているのだろう』、と。

 

「あの"ピカレスク"とか名乗る集団は?」

「もちろん抑えた。巧妙に拠点を変えてたみたいだが、既に潰してるぜ」

 

 まるで物語から抜け出してきたかのような殺人鬼を指して民衆はピカロと呼び始め、気付けばこの殺人鬼(ピカロ)を援助する集団"ピカレスク"すら現れる始末。彼らによって殺戮行脚は正当化されはじめ、深謀双児すら手を焼く厄介な地下組織へと変貌したのだ。

 とはいえ、身勝手な殺人はどれだけ理屈が通っていようが許されることではない。故にアルバートを筆頭とした深謀双児の隊員が必死に地下組織(ピカレスク)を潰して周り、点々と逃げ回る殺人鬼をやっとの思いで追い詰めたのが二時間前の話であった。

 

「で、残るはこの屋敷と……ここもアジトの一つですかね?」

 

 ツムギの見上げた先には見るも豪奢な屋敷が聳え立っている。首都より少し外れたこの屋敷は、さる有力貴族の住まう所として有名だった。けれど今は不気味なほど静まり返り、庭も屋敷も手入れされている様子が見受けられない。

 

「そうだろうぜ。厄介なことに、ここのご令嬢にあること無いこと吹き込んだらしくてな……ご令嬢が自分で家族も使用人も殺した挙句、最大のパトロンとなりやがった」

「それはまた、親不孝な話ですね」

「まったくだ。ついでに、こんな見るからに怪しい屋敷と殺人事件に今まで気付かなかった俺たちの節穴っぷりも泣けてくる」

 

 国の広域に信奉者が居て、しかも頭が回る犯罪者ほど厄介なものはない。時間を掛ければ必ず逃げられるという判断の下、屋敷にはアルバート渾身の包囲が敷かれた。もはや鼠一匹逃がさない態勢であるが、では何故すぐに突入しなかったかと言えば、ひとえに殺人鬼の厄介が原因だった。

 

「私のために舞台を用意してくれたのはありがたいですが、今回ばかりは待たなくても文句は言いませんでしたよ」

「馬鹿言え、おまえの為じゃねぇよ。俺の星辰光(ホシ)には見えるのさ、あの屋敷の内部がどす黒く染まってるところがな。そんなところに勝算なく部下を放り込めるかってんだ」

「そこまで?」

「ああ……星辰奏者(エスペラント)だって怪我はするし死にもする。相手は殺人一つでシンパまで作った手練れだぞ、窮鼠猫を嚙むなんて真似されたら堪ったもんじゃねぇ」

 

 アルバート・ロデオンの授かった星辰光(アステリズム)は『死線認識能力』であり、周囲の状況や第六感、知識まで含めた総合的な判断から危険な位置を察知する能力である。故に彼は今回の"ピカロ"を追いかけるのに最適な人間であると同時、部下を無駄死にさせない手腕を広く知られていた。

 そんな彼が屋敷そのものが危険だと語れば無視できるはずもない。まして深謀双児(ジェミニ)はスパイや防諜が主であり、隠密や暗殺は得意でも正面からの斬った張ったはそこまで得手としない。貴重な星辰奏者を考慮してもなお真っ向から罠を食い破る実力者には乏しかった。

 

 しかし時間を与えたことで窮鼠猫を嚙む結果になっては本末転倒。このため電撃的な制圧が望ましいが──現在たった一人だけ、各部隊をたらい回しにされた生粋の剣士が在籍している。罠を蹂躙する虎の子の牙、これを利用しない手はなかった。

 

「だから私を待ったと」

「ああ、もっとも危険なところに飛び込ませることになる……すまないな」

 

 実力を信頼している、そう言えば聞こえはいい。しかし実態は年端もいかない少女を死地に飛び込ませることであり、これにアルバートは負い目を感じていた。だから素直に謝罪をしたものの、ツムギは愉快そうに「構いませんよ」と首を振った。

 

「死地こそ人を磨き上げるものなれば、もってこいの戦場というものです」

「そうかい。なら頼むぜ双頭剣(オルトロス)、万年違反者常連入りしてるだけじゃないことを証明してくれ」

「お任せを」

 

 太々しく回答してたツムギは「それから」といたずらっぽく微笑んだ。

 

「やっぱりあなた、優しいですよね。よくそれで諜報員(エージェント)など務まりますよね」

「余計なお世話だってーの。吉報を待ってるぜ」

 

 もはや返答は不要である。ツムギは屋敷を見据えると、地を蹴り一心に駆け出した。

 

 ◇

 

 屋敷で待ち構える相手に対して正面突破を挑むなど、真っ当に考えれば愚の骨頂もいいところだ。

 怪我をする程度で済めば良い方、悪ければ命は無い上に二次被害まで起きかねない。相手に必要以上の時間を渡さないことを鑑みても短慮にすぎるのが正当な評価だろう。

 

 そして当然、アルバートはそのリスクを考慮してなおツムギは強いと判断した。彼女自身もこれら全てを余さず承知した上で真正面から堂々と乗り込むことを選択し、実行する。

 

「両手を挙げて動くな!」

 

 叫びながら屋敷の分厚い扉を勢いよく蹴り開けた。当然内部から鍵は掛かっているものの、強化人間にとっては然程問題にならない。轟音と共に扉が奥へと倒れ込み、内部の薄暗いホールへと外の光が差し込んだ。

 一瞥したところ誰も居ない。しん、と静まり返ったホールは明らかにツムギを内部へと誘っているが、これに乗るべきか乗らざるべきか。剣士は一瞬だけ考え、意識を張りつめながら勇んでに内部へと足を踏み出した。

 

「…………さて、と」 

 

 一歩目、何もない。緊張は維持したまま。

 二歩目、まだ何も起こらない。右腰に提げた刀剣の柄に手を掛けた。

 三歩目、手ぐすね引いて待っている殺人鬼はここより先に居るのだろうか。

 四歩目、ホール中央に差し掛かった──その瞬間だった。ホール中に無数の銃声が反響し氾濫した。

 

 雷鳴のような轟音。硝煙と火薬を切り裂き撃ち込まれた銃弾の雨あられは人間をミンチとするには十分すぎる火力だった。

 あまりにも過剰すぎるそれは、どこまでも無慈悲なマシンガンの一斉掃射であった。下手人は五人、最初からホールの陰に隠れて待ち構えていた。星辰奏者(エスペラント)なら必ずその強さにかまけて真正面から乗り込んでくる──その予想に従ったが故の必然である。

 そして、この作戦の考案者であり深謀双児がひたすらに追いかけ続けた殺人鬼、"ピカロ"ことダニエル・フォン・バレンタインは愉快そうに銃を下ろしながら顔を覗かせた。銃撃の硝煙と、床にぶつかり舞い上がった埃と煙を満足気に眺めながらクツクツと笑い声を滲ませる。

 

「さぁて、天下の超人サマも一皮剥けばこんなもんよ。撃たれれば死ぬし、であれば殺せない道理もない。次は誰をどうやって、苦難から救ってみようかねぇ」

 

 なんの罪もない軍人を一人殺しておきながら、舌の根も乾かぬ内に次は誰を救ってみせるかと語って止まらない。注意深く聞けばそこに潜む致命的な矛盾と、巧妙に隠された最低下劣な本性に気付きそうなものなのだが、この場に集った残りの四人は気付かない。

 だって彼らはこの殺人鬼のファンであり協力者なのだから。好きな相手なら良い点だけを知っていたいと願うし、都合の悪い点からは目を逸らして憚らない。人間の心理は何処までもそのようなものであり、これを熟知しているからダニエル・フォン・バレンタインという男は最高の殺人鬼(エンターテイナー)足りうるのだ。

 

 この後はどうするか。さすがにもう待ち構えて嵌め殺す方法は使えないだろう。であれば深謀双児の包囲網を突き破るしかないが、星辰奏者と真正面から戦うのは彼としても勘弁したい。常識的に考えれば詰みに等しい状況だが、殺人鬼はあくまで殺しと生存を続けることだけを考えていた。

 

「──で、まさかこれだけ? 随分と温い歓迎なことで」

「……ほう」

 

 だから唐突に割り行ってきた()()()()()()()に、さしもの殺人鬼も瞠目せざるを得なかった。

 

 舞い上がる埃と煙を切り裂いて現れたのはツムギ・ムラサメその人だ。オーバーキルもかくやな銃撃を受けたというのに傷一つ負っていない。しいて違いがあるとすれば、右手がいつの間にか刀剣を握っていることだが……その可能性はいくら何でもあり得ない。

 

「まさか、剣一本で銃弾を全部弾いたのか……?」

 

 信奉者(ピカレスク)の誰かが茫然と呟いた。不可能だ、どれだけの剣豪だろうと剣一本で銃弾を防ぐには物理的に手が足りない。射線を見切ってすべてを躱したと言われる方がよほど常識的であり、けれど少女剣士はその場から一歩も動いてはいなかった。常識を嘲笑うかのように無傷で、不動。

 軍事帝国アドラーが生み出した新西暦における最新最強の兵器、星辰奏者(エスペラント)。まさかこれほどの不条理すら体現するのかと誰かが震えたその時に、ツムギの方がついに五歩目を踏み込んだ。

 

「あ……?」

「な──?」

 

 いわゆる"縮地"と呼ばれる歩法、なのだろうか。ゆらりと揺れながら踏み込んだツムギを誰もが一瞬見失い、気が付いた時には男二人が峰打ちにより倒れ伏していた。

 これまで余裕をもって笑っていた殺人鬼が初めて冷や汗をかいた。無意識に一歩後ろに後退し、追いかけるようにツムギが一歩前に出る。

 

「罪を裁くのは私たちでなく、命令はあくまでも捕縛。骨の数本は折れてるだろうけど、命があるだけ感謝してほしいね」

「おまえ……!」

「さて、天下の超人サマを侮っていたのはどこの誰でしたっけね?」

 

 皮肉を語る剣士の顔に笑みはない。

 さらに一人、自棄になったようにツムギへとナイフで襲い掛かった。左側面からの襲撃にツムギは身体を向き直すことすらせず、右手で()()()()()()()()と刀剣を振るうだけ。不可思議な行動に襲撃者すら訝しんだ直後、彼のナイフが何故か根本から断ち斬られた。理解不能な現象に茫然としている間に蹴りを叩き込まれ、三人目も沈黙した。

 なんだこれは、斬撃がワープでもしているのか? しかしそれでは最初に銃撃を防いだことの答えになっていない。あるいは剣に連動していると見せかけて別の力が働いているのか──いくつも候補が挙がるからこそ理解できない、追いつかない。

 

「あまり悲観することは無いよ。星辰光(アステリズム)というのは不条理で、不平等で、不思議な力だから。むしろ一目見て理解できる力の方が珍しい気もするからね」

 

 殺人鬼(ダニエル)が分析をしている数秒足らずでさらに一人、ツムギに詰め寄られている。()()はこの屋敷の主であり、親を殺してまでシンパとなった筋金入りだ。絶世の美少女故に同情心を買いやすく、故に男としても非常に便利で殺しが捗る存在だったのだが……剣士はそのような事情など一切斟酌しない。親不孝の少女は邪魔とばかりに裏拳で黙らされ、血のような赤髪を散らせて床へと倒れ伏す。

 

 同性とはいえ容赦のないやり口にダニエルは「これだからお堅い軍人さんは」と大げさに嘆いた。

 

「相手は絶世の美少女で、となれば情状酌量の余地があるかもとは思わないのかい? 親がいわゆる毒だったとか、過去に性格が歪む可哀想な出来事があっただとか、考えてやってもいいと思うがねぇ」

「ハッ、自分の異常な性根に折り合い付けられなかった分際で何を偉そうに。第一、こんな女より私の方がよほど美人なのでそこを間違えないように」

 

 ふん、と薄い胸を張ってツムギは堂々と誇示する。"最強"の名に執着してても当たり前の美貌まで捨てた覚えはない。それ以前にこんな腐った女を絶世の美少女などと、同じ女として認めてなるものか。

 そんな宣言を聞いた殺人鬼は微かに苦笑を浮かべ、残念そうにため息をついた。

 

「こいつは残念だ。おまえさん、何となくだが俺たちといいお仲間に成れそうな気配がしたのだけどな……どうだい? 今からでもこっちに鞍替えして、その剣で世に蔓延る悪を斬るなんてのは──」

「うるさいな」

 

 殺人鬼は最後まで言葉を紡ぐことを許されなかった。目にも止まらぬ早業でツムギが眼前に迫り、峰打ちで腹部を思い切り振り抜かれる。男の体躯は数メートル以上も吹き飛ばされ、着地した時には既に意識は失われていたのだった。

 無様に倒れ伏した男をを見下ろし、刀剣を鞘へと納刀する。キン、と甲高い音が無音となったホールに木霊した。

 

「正義だの悪だのはやりたい人に任せればいいし、まずあなたにそれを語る資格はない。口先だけの殺人鬼め、私はあなたみたいな手合いが大嫌いなのよ。迷惑かけるにしてもやり方ってものがあるでしょうに」

 

 愚痴のようにぼやいてからツムギは殺人鬼たちからを目を逸らした。これ以上、このような憐れな存在達を直視したくはなかった。

 もはやこの場に用は無い。倒れ伏した殺人鬼どもを他の隊員たちに引き渡せば仕事は完了だ。終わってみれば傷一つ負うことなく、過不足なくアルバートの期待に応えられたと言っていい。

 

「強すぎるというのも考え物ですね、本当に……」

 

 ただ、圧倒的不利な状況に飛び込んでおきながら傷一つない有り様に、ツムギは呆れの感情を我慢できなかった。強いがしかし、圧倒的すぎる。星辰奏者の脱走兵でも出ない限り今後は全てこのような戦闘しか起きないと思うとうんざりするほどだ。

 星辰身体感応奏者(エスペラント)技術、しいては星辰体(アストラル)など、本当は世に出るべきでは無かったのではないか。

 今の軍事帝国アドラーの方針に真っ向から反することを、深く恩恵を受けている身でありながら考える我が身の卑しさにまた嗤い、ツムギは背を向けたのだった。

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