”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#6 老技師

「この度は深謀双児(ジェミニ)隊長に昇進されたようで、おめでとうございます」

「おう、ありがとうな」

 

 ツムギからの素直な賛辞をアルバートは照れくさそうに受け取った。二人が向き合っている部屋も以前までと違い、どことなく高級感のようなものが漂っている。

 先日の殺人鬼捕獲に際し、その功績が称えられてアルバート・ロデオンは晴れて深謀双児(ジェミニ)の隊長へと就任した。それ以前の隊長は他で良いポストに回されたらしいが、詳しいことをツムギは知らない。興味もなかった。

 ともあれ、アドラーを騒がせた凶悪な殺人犯も少しは役に立ったという訳で。眼前の男はもっと良い立場を与えられるべきとツムギも感じていたため、今回の人事は妥当なところだと頷いていた。

 

「ツムギも一緒に昇進したんだろ? やったじゃないか、ようやく万年少尉からはおさらばだ」

「ええ、今日はそのご報告にも来ました。本日付けで少尉から中尉へと昇格いたしました、ツムギ・ムラサメです。おこぼれに預かる形で恐縮ではありますが、感謝させていただきます」

「よせよ、謙遜すんな。あの状況で完璧な勝利を収めたんなら当然の評価だろ」

 

 あの後、素性の暴かれた殺人鬼──ダニエル・フォン・バレンタインは考慮の余地もなく断頭台の露と散った。他のシンパ達も同様に極刑、ないしは懲役が科されたようで一件落着である。

 彼の出身はカンタベリーであったらしいが、聖教国出身だろうと帝国内で大暴れし捕獲されたからには帝国の法で裁かねば威信に関わる。その意味で危険な男を殺さず捕らえたツムギの活躍は本人が思う以上に意味があったのだ。

 

 ともあれ、立役者となった二人はそれ以上暗い話をする気もなかった。

 

「最近は多少悪癖もマシになったと聞いてるし、このまま素行良くしてりゃすぐ少佐くらいまで行けちまうだろ」

「うーん、どうでしょうか……実は一人、気になる方が居ましてね。あなたもよく知っている方ですよ」

 

 そして不敵な笑みを浮かべてから、ツムギは言い放った。

 

「ヴァルゼ──」

「ダメだ」

「せめて最後まで言わせてくださいな」

「聞かなくても分かるっての。クリス……あー、ヴァルゼライド大佐との模擬戦闘を希望する、だろ? 気持ちは汲んでやるが俺一人の一存じゃ無理だっての」

 

 "最強"の称号を大真面目に目指すツムギにとって、始まりの星辰奏者(エスペラント)ことクリストファー・ヴァルゼライドの存在は非常に大きなものだった。東部戦線を生き抜いた叩き上げで、さらに詳細不明ながら強力な星辰光(アステリズム)を所持した文字通りの"英雄"。真に最強を目指すならば避けては通れない存在だった。

 故にどうにかして刃を交えたいと願っているものの、相手は現アドラー軍を二分する勢力の一角、改革派の事実上トップである。さしものツムギも今すぐは無理だと諦めていたものの……アルバートがヴァルゼライドの戦友にして親友と聞いてからは態度がガラッと変わった。

 

「そこを何とか……ダメですか?」

「悪いが無理だ、諦めてくれ」

 

 ツムギは結構な頻度でアプローチをかけているものの、アルバートだって今はヴァルゼライドへ一声かけるだけでも苦労するのだ。ましてツムギの個人的な我が儘を聞くなど、ハッキリ言って無謀に近い。

 そんなやり取りを何度も行っているからか、ピシャリとした言葉を向けられたツムギはすぐに引き下がった。今日はやけに聞き訳がいいな、などとアルバートは呑気に考えているくらいには珍しい。

 

「残念ですが仕方ないです、上官殿にあまり我が儘言うのもダメですし」

「おう、そうだそうだ。ちっとは俺がめっちゃ雲の上の上官だってこと思い出してくれてもいいんだぜ?」

 

 どうしても根が温厚なせいで良くも悪くも上官らしさがまるでない。うだつの上がらないおじさんと言った風貌ながら深謀双児の隊長にまでなったのだから人間分からないものだ。ツムギにしても見習いたいような、こうはなりたくないような、不思議な人物である。

 そんな和やかな空気となったところで、「そういや」とアルバートが声をあげた。

 

発動体(アダマンタイト)の調整依頼、忘れずに出しとけよ。星辰奏者(エスペラント)にとっての生命線だからな、戦闘後に放置していざって時に何かあったら遅いんだから」

「ああ、そのことですか」

 

 星辰奏者が全力を発揮するには発動体としてアダマンタイトで作成された武器が不可欠だ。これらは使用者に合わせた調整・調律が不可欠であり、特にアダマンタイトを扱う専門家のことを奏鋼調律師(ハーモナイザー)と呼称した。激しい戦闘で武器を酷使することの多い星辰奏者にとっては切っても切れない関係である。

 

「ありがたい忠告ですが、実は最近そちら方面の勉強も進めてまして。練習がてら自分でやってみました」

奏鋼調律師(ハーモナイザー)の勉強!? へぇ、そりゃ凄いじゃないか」

 

 アルバートが驚くのも当然だ。アドラーの核心、星辰奏者にまつわる技術だけあって奏鋼調律師(ハーモナイザー)への道のりは生半可なものではない。技術習得までの難易度は極めて高く、育成およびノウハウの蓄積に力を入れてもなお少数であるのが現状だった。

 その前提で、さらに星辰奏者と奏鋼調律師を両立させるとなれば並大抵ではない。まず前者の時点で各部隊から引っ張りだこであり、そこから更に調律師として勉強を開始するのは単純に時間が足りず困難極まるこだからである。

 

「でもまた、急にどうしたよ。剣技にしか興味無いと思ってたが」

「んー……やっぱり自分の武器は自分で手入れする方が安心できますから。いずれは自力で全行程をやれるようにするつもりです」

「なるほど。ま、言われてみればそれも剣士っぽい言い分な感じはするが」

 

 理屈としてはアルバートにも理解できる。武器は自分の命を預けるもの、故に他人に任せたくないタイプの人間は一定数いるだろう。

 ただ、あくまで"最強"の称号に拘るツムギがそのような横道に逸れることをするのかと疑問に思い──結局追及はしなかった。部下が幅広い分野に手を伸ばそうとしているのなら、どうあれ応援したいのだ。

 

「裏があるかは敢えて聞かんが、大変な道でも頑張ってりゃ何とかなるさ。努力すれば大抵の事はひっくり返せる、すべては心一つだろう……なんて旧友は言ってたか」

「ありがとうございます、努力してみせますよ」

「ついでに素行不良も努力して直してくれ」

「考えさせていただきます」

 

 まったく考慮して無さそうな声音で優雅に一礼してから、「失礼します」と告げてツムギは退室していった。パタンと閉じられた扉を眺めたアルバートは、数秒経過してからから一つ大きなため息をついた。

 

「はぁ……しかしまぁ、どうしたものか。嘘言っちまったのは悪いと思うが……」

 

 頭をかき、真新しい机の引き出しを躊躇いがちに開けた。そこには封の開かれた手紙が一通、場違いなほど品よく収まっている。裏に記述されている差出人の名前はギルベルト・ハーヴェス──アルバートの知古の一人であった。

 実はツムギからアプローチをかけるまでもなく、向こうから声が掛かっているという話をまだ伏せたままにしているのは……それが一体どのような意図を持っているのか、まだアルバートが親友たちの意図を計りかねているからだった。

 

「なぁおまえたち、俺だけおいて何しようとしてるんだ……?」

 

 これ手紙自体は小さな事柄かもしれない。

 けれど結局、彼の勘がこの誘いすら『隠されている何か大きな歯車の一貫』であると囁いているものだから、見逃すわけにもいかないのだった。

 

 ◇

 

 剣士として命を預ける剣は信頼できる者の手に任せたい。そのように考える大多数は職人(プロ)に仕事を依頼するだろうが、時には自作こそ信じるに足ると豪語する人間も居る。どちらが正解の話ではなく、故に優劣も付けがたい考え方だ。

 ただ、ツムギはこの考えに拘りがある人間ではなかった。剣はあくまでも剣、信頼にさえ足るならば誰が整備したものでも構わない。なのにどうして奏鋼調律師の勉強を始め、わざわざ自分の手で剣の手入れを始めたかと言えば──居たのである。星辰奏者でなく、奏鋼調律師でありながら途方もない実力を誇る存在が。

 

 仕事を終えて陽も沈んだ頃、ツムギは政府中央棟(セントラル)の中に内設された訓練施設へ訪れていた。他国の目を完全にシャットアウトできるこの場所は星辰奏者の能力テストによく使われているが、さすがに夜ともなれば人の気配は少ない。一人だけ、黙々と拳を振るう老人が居るのみだ。

 

 寡黙で無骨で近寄りがたい雰囲気を放つその老人へ、ツムギは遠慮なく声を掛ける。

 

「こんばんは。今日はいらっしゃったのですね」

「……ふん、貴様か小娘。毎度飽きもせずやって来る」

 

 和やかに声を掛けられた老人はしかし、あまりにも嫌そうな顔と声音でツムギをあしらった。誰がどうみても拒絶の色を示しているというのに、ツムギは我関せずとばかりにマイペースに距離を詰める。この老人、ジン・ヘイゼルは誰に対しても常にこんな調子であると学んでいるから気にしない。

 無骨な老拳士といった風貌のこの男は叡智宝瓶(アクエリアス)所属の奏鋼調律師──それも凄腕の次元に身を置く存在でもある。一般的には研究職(ホワイトカラー)と呼ばれる人種なのだが、鍛え抜かれた身体と拳は星辰奏者(エスペラント)だろうと縊り殺しかねない圧力を放っていた。

 

「あなたのような存在を知って、"最強"を目指す私が捨て置く理由がどこにあるのか。手合わせしてくれるまで可能な限り、何度でも、私はここへやって来ますよ」

「難儀なことだ、その年でもう"最強"などという夢に取り憑かれるとは。つくづく救えん小娘よ」

 

 本心からの罵倒と呆れと、微かな憐憫すら込めた痛烈な言葉だった。取り付く島もないといった痛罵の嵐もこの老職人にとっては挨拶代わりのようなものである。

 

「良いじゃないですか、"最強"の称号を目指してみるのも。馬鹿で結構、愚者で上等、夢とは得てしてそういうものですから」

「ふん、四半世紀も生きていない小娘が何を喚いている。若さを無為な夢に捧げるくらいなら呼吸を止めてしまえ、空気の無駄だ」

「これは手厳しい」

 

 苦笑。会う度に似たようなことを言われ、その度にツムギも頷いている理屈だ。己の無謀さを分かった上で止まれない、止めたくないというだけで。

 ともあれ、自戒もそこそこにツムギは不意打ち気味に剣を抜いた。傍から見ればいつ抜いたのかも理解できないような早業、緩急とセンスの成せる技を存分にジンへと見せつけるが、彼は剣先を向けられてなお眉一つ動かさなかった。

 

 剣を向ける側と向けられた側。まるでツムギが脅しているような雰囲気だが、実際真にこの場で主導権を握っているのは向けられた側の方である。

 

「どうでしょうか? 我が事ながらマシになってきた、と私は考えていますが」

「マシになった、だと? 馬鹿を言うなら寝てからにしろ、聞くに堪えんわ」

 

 そうして、もう何度目かも分からない老職人からの品評というなの扱き下ろしが始まった。

 

「剣の重心調整、星辰体との同調の甘さ、貴様の星辰波長の微細なズレ、一瞥しただけでも粗が多すぎる。この程度では奏鋼調律師(ハーモナイザー)などと名乗るのも烏滸がましい、影すら踏めぬわ」

「うーん……そうですか。まだ課題は山積みですね」

 

 初めてツムギが気落ちしたように呟いた。それは自らの成果を否定されたから──ではない。

 

「今日こそあなたと戦えると考えて期待に胸を躍らせていたのですが、道は遠い」

 

 『儂と戦いたいというのなら、まず奏鋼調律師(ハーモナイザー)にでもなってみせてからにしろ』、それがジン・ヘイゼルが渋々言い渡した戦闘条件だった。率直に無謀な条件だったのだが、ツムギは愚直にその言葉に従った。以降は出会うごとに自らの成果を見せびらかし、何度も酷評され、けれど折れずに次の機会を窺う我慢強さがあった。ジンの言葉を吸収して僅かでも次の成長に活かそうとする貪欲さはある種の狂気すら孕んでいる。

 あまりにもしつこく、それこそ数か月間毎日のように出くわすものだから適当な理由であしらったはずなのに、ここまで本気で粘ってくるとは偏屈な老人からしても予想外のことである。出会うごとに少しずつ技術を身に着けてくる執念だけはジンも認めるところだった。

 

「だが」とジンは先の酷評から言葉を翻した。

 

「貴様の本分が剣士であり星辰奏者(エスペラント)であること、独学での学びという事を加味すれば……大甘で見てやれば今回の出来は瀬戸際で及第点をくれてやっても良いだろう」

 

 パッとツムギの表情が明るくなった。それならばつまり、と瞳が次の言葉を急かしている。

 ジンもそれを理解してウンザリした顔をしたが、吐いた唾は飲み込めないとばかりに嫌そうに続けた。

 

「貴様の不出来な剣をこき下ろすのも、いい加減飽きた。望み通り一戦交えてやるからもう儂の前に姿を現すな、鬱陶しい」

「ふふ、それはそれは……ありがとうございます、ジン・ヘイゼルさん。やはり今日この日は記憶に残る一日となりそうです」

 

 念願叶って愉快そうに笑いながらツムギは剣を下げると数歩後ろへと下がった。有利不利に影響を与えてしまうから、近すぎる間合いから始まってしまうことを少女剣士は好まない。あくまで対等を重んじてこそ最強を示すに相応しい。

 その間にジンは使い込まれた手袋を両手に嵌めると、拳士として独特の構えを取る。それなり以上に戦闘経験を積んできたツムギにもまったく覚えのない型であり、故にこそ危機感と高揚感を同時に煽られて仕方ないのだ。

 

「噂に聞いていた(けん)の極み──あなたの誇る魔拳の粋を、どうか最強への(きざはし)とさせてくださいな」

「小娘ごときが儂の技を踏み台にしようなどと十年早いわ。むしろムラサメの磨いた歴史(わざ)の蓄積、我が拳を完全無欠とするための糧にしてくれようぞ」

 

 売り言葉に買い言葉、張り詰めた糸のような緊張が場を支配した。一触即発、瞬時に戦う者として切り替えた意識は既に互いの呼吸や視線を推し量る段階へと移行している。

 風が吹く、物が落ちる、水滴が水面へ落ちる──などといった無粋な切っ掛けなぞ必要はない。ただただ互いの呼気を感じ取り、隙を伺い、けれど最後は示し合せたかのように足を踏み出して。

 

 剣士と拳士の戦いは人知れず、ここに開幕したのだった。

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