”勝利”の先を得るために、彼女は剣を手に取った   作:第37番型眼鏡

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#8 貴種の凋落

 新西暦1026年──現在のアドラーは権力に腐心する派閥と、そんな上層部を良く思わない派閥が火花を散らし合っている状態だ。故にお互い牽制、逮捕、暗殺などは日常茶飯事であり、陰謀で葬られた人間の数は相当なものだ。しかし星辰奏者(エスペラント)技術の発見により、優勢となっているのはいわゆる上層部を良く思わない派閥、改革派の方となっている。実質的な指導者である英雄クリストファー・ヴァルゼライドの台頭は、軍事帝国アドラーの長い歴史でも類を見ない転換期と言えるだろう。

 さて、ツムギの所属している第三諜報部隊深謀双児(ジェミニ)は名の通りに諜報・防諜活動を主だ。こちらは現部隊長がアルバートに挿げ替えられたこともあって腐敗した貴族たちへの恐るべき監視の目として機能している。時には目を覆いたくなるような不祥事すら陽光の下へ引きずり出し、改革派の益とすべく暴き立てるのが仕事だった。

 

「それが本来の深謀双児(ジェミニ)だと聞いていましたが……まさか私の剣を暗殺剣にされるとは」

 

 ──薄暗い室内にぼうと浮かび上がったツムギの影は、やれやれと頭を振りながら剣を納めた。

 

 あくまでも諜報が主であり、粛清実行はまた別の部隊の仕事だ。しかし特務部隊裁剣天秤(ライブラ)は裁きの剣を振るい続けて絶賛大忙し、あまりにもアドラーに蔓延る膿が多すぎて手が足りないという事態すら起きている。先日、久々に見かけたゼファーの瞳が明らかに生気を欠いていたのはツムギの記憶に新しい。

 そのような事情もあり、ツムギ自身が暗殺者の如く送り出されることが何度もあった。別に人殺しは構わない、相手はそれだけの悪事を働いた人間なのだから良心は痛まない。自慢の剣が暗殺剣として扱われる、これも別に構わない。剣技はあくまで技術であり、どう使おうと曇りはしないというのが彼女の持論だ。

 

 むしろツムギにしてみれば、不謹慎かもしれないが好都合な状況だった。

 なにせこれはアドラー内部での抗争なのだ、故に暗殺対象が上位の立場であればあるほど星辰奏者(エスペラント)が護衛についている可能性は高まる。護衛の星辰奏者は多くても二人ほどが関の山だが……実戦というヤツに飢えていたツムギにすれば十分すぎる()()()となる。

 超人同士による本気の殺し合い、こればかりは練習試合や訓練では経験できないものだ。命の奪い合いともなれば『負けても次に勝てばいい』という理屈は通用しなくなるが、それも含めて己を飛躍的に成長させる糧とツムギは考えていた。

 

 故に基本的には真正面から乗り込み、戦う。暗殺者らしく忍んで目標だけ殺害、などとスマートな事はしないし、する必要もない。聞かれれば「この方が早いので」と真顔で答えるし、今のところ肝心の目標に逃げられたことは一度も無い。

 護衛にはムラサメやキリガクレが多いが、顔も知らない親戚相手に情も何も無いから躊躇わない。しいて不安なのはツムギが師と仰ぐ彼といつか遭遇しないかだが……その時はその時だろう。

 

「今日の相手は電撃使い……雷切りは初めてでしたが、まあ良い経験となりました」

 

 今回もまた護衛の星辰奏者(エスペラント)と斬り結び、そのまま目標となっていた悪徳貴族を刃の露と消えさせた。電気放出能力という非常に厄介な能力持ちではあったが、所詮使い手は人間なので対処方法は幾らでもある。無傷とはいかなかったが多少の手傷など必要経費、所々破れた軍服に恥じらいを覚える可愛げなどとうに捨てている。

 勝っては殺し、勝っては殺しの無限ループ。難易度の高い任務をこなせばこなすほど、次の難題、次の次の難題、更なる次の強敵と徒党を成してやってくるが、それこそツムギの望むところでもあった。

 

「帰りますかね、後処理の依頼と報告書を作成しないと」

 

 大儀も何もなく、ただ強敵と(しのぎ)を削れるからという一点で汚れ仕事すら喜んで引き受ける。人として大事な部分が壊れてるのかもしれないが、また一つ強くなれたという感触に比べれば些細なことだ。

 次に似たような相手と出会ったらどう対処するか、あるいは今回の自分の立ち振る舞いはどうだったか。それらを頭の中で反芻しながら、ツムギは帰路へと着くのだった。

 

 ◇

 

 そのようにして私欲を満たしつつも任務をこなしていたツムギの下へ、驚愕の一報が齎された。

 

(あわい)の一族を処断すると聞きましたが、本当ですか?」

「ああ、いよいよ奴らの脱税、横領、その他諸々の余罪を追及できるぐらいに証拠も基盤も固まった。ヴァルゼライド大佐率いる改革派はこれを好機とし、アマツにまで我らの牙が届くことを証明せよとのお達しだ」

 

 アルバートの執務室に呼び出されたツムギは、いつになく真面目な部隊長の発言を神妙な面持ちで聞き届けた。

 淡の一族──つまりはアマツに他ならず、アドラーを牛耳る一大貴族の一角に他ならない。どれだけ腐った所業を繰り返そうが、その立場と権力から追及を逃れて好き勝手に過ごしてきた強大な権力者である。それがまさか、雲の上とも言うべき相手を引きずり落とす準備ができていたとは驚きだった。

 ただ、ツムギにとってはもう一つ大きな意味を持つ。きっと個人的にアルバートに呼ばれた理由もそこにあるだろうと理解したから、彼女は「別にお気遣い無くとも結構です」と言い切った。

 

「確かに私は、もし今の立場にならなければ淡の家に仕えていたはずでしたし、令嬢であるカナエ……様のことも知っております。ですが、それを理由に刃の輝きを曇らせるつもりはありません」

 

 もし敷かれたレール通りに生きていれば、いずれ従者(ムラサメ)として主君(アマツ)に仕えることになっていた。その主君こそ淡の一族であり、出奔する以前に一度ツムギはご令嬢とも顔を合わせている。はっきり言ってあまり良い思い出では無いが、さりとて顔見知りなのも事実だった。

 ただ、関わりなど言ってしまえばその程度。むしろ個人としては公平さと正しさを重んじるツムギだから、今回の処断に対して庇うつもりも毛頭ない。

 

「今の私とかの一族はもはや微塵も関係はありません。むしろ断罪されるだけの事をしたというなら、善悪が奈辺(なへん)にあるかは明白でしょう。主君殺しにすら値しない、ただの任務にすぎません」

「そこまで割り切ってるなら何も言う事はねぇけどよ。悪かったな、余計な気を遣わせた」

「とんでもない、むしろ確認するのがあなたの仕事でしょうに。土壇場でこの私が裏切った、など笑い話にもなりはしませんから」

 

 情というのは時に不条理を引き起こし緻密な歯車を狂わせる。アルバートの懸念ももっともだから彼女は軽く笑うだけに留めた。実際、何一つ捨てるものが無ければ()()()()()()()()()()()殺し合いに挑んだ可能性もまったく無いとは言い切れないから。

 不穏な考えを見抜いているのかいないのか、アルバートはいつもと変わらぬ調子で「ならこの話は終わりだ」と切り上げた。

 

「忙しいところに呼び出して悪かったな、追って正式な指令も出るだろう」

「一大作戦ですね」

「ああ、俺たちの今後を占う大事な局面だ。こいつを成功させれば改革派の影響力はより大きくなり、俺も俺でクリスに──」

 

 言いかけてからコホンと咳払いして仕切り直した。

 

「まあともかく、失敗できない作戦ってわけだ。ツムギにはおそらく抵抗する奴らの捕縛および護衛の排除を頼むことになるだろう、頼んだぞ」

「ええ、承知いたしました。きっちり仕事は成しましょう」

 

 顔見知りに刃を向ける感触とは、果たしていかなるものなのか。

 物騒なことに想いを馳せながらも、一礼してツムギは部屋を辞したのだった。

 

 ◇

 

 数日後に実行された淡家の制圧だが、誰の予想にも反さず至って順調に進んだ。

 もとよりあらゆる罪状の証拠は揃っているのだが、だからといって大人しく敵対派閥の軍門に降ることも無し。巨大な屋敷の庭先では保有する全私兵を以て抵抗を重ねたが、それすら星辰奏者によって紙切れのように吹き飛ばされていく。もちろんツムギも強者の一角として奮闘したが、それ以上に目立っていたのは──

 

「悪いが寝ていろ、貴様たちの無念を背負って俺は行く」

 

 雄々しい決意を胸に抱きながら邁進する鋼の英雄、クリストファー・ヴァルゼライドその人だった。まさしく改革派の柱でもあり、最強の星辰奏者(エスペラント)の名すらほしいままとする傑物に他ならない。

 ツムギもまさか彼ほどの大物が出てくるとは考えてもみなかったが、思い起こせば今回の大捕り物は派閥の未来を決定づける一大作戦だ。故に首魁であるヴァルゼライドが出て来たところで何もおかしくはないし、むしろこの局面で座して待つ方が英雄らしく無いとも言うべきか。

 

 最も危険な最前線へ飛び込むことを誰も止められない、いや止めようとすらしない。

 誰もが信じ切ってしまっているのだ、『我らの英雄がこの程度でやられるはずなどあり得ない』と。現にヴァルゼライドの剣は一切の淀みなく悪を斬り伏せ、かすり傷一つ負わないまま敵も罠も食い破っている。

 

「あれが英雄の剣技……無骨だけど美しい」

 

 火炎使いの星辰奏者(エスペラント)を事も無げに斬り捨てながらツムギはチラリとヴァルゼライドの方を見やった。そう遠くはない場所で、帝国最強と謳われる男が剣を執って戦っているのだ。今すぐにでも彼へと挑んでみたい、最強と呼ばれる男にどれだけ自らが通用するかを確かめてみたい──とめどなく溢れてくる欲求をひたすら抑えながら意識を戦いと任務へ引き戻す。

 もはや流れは決定的だった。淡の屋敷前での戦いは蹂躙とも呼べない圧倒的な速度で鎮圧され、こじ開けられた扉から玄関へと兵士たちが雪崩れ込んでいく。最低限の護衛が幾人かを除けば非戦闘員ばかり、戦いにすらならないだろう。

 

「さて、と……」

 

 後は当主を筆頭に主要人物達を余さず捕まえればそれで終わりだ。散っていく兵士たちをよそ目に、ツムギは迷わずとある部屋へと突き進む。かつて一度だけ訪れた、未来の主君となるべき相手の居室。今更情が湧くなどあり得ないが、どうせならば顔を見て自分の手で捕まえたいと思ったから。

 ノックもせずに扉を開ける。実際のところ馬鹿正直にこの部屋に留まってる保証など何も無かったが、果たして黒髪の令嬢、カナエ・淡・アマツは逃げることなく留まっていた。

 

 意外にも丹力があるなと少しだけ見直しながら、まずは口を開いた。

 

「こんにちは、そしてお久しぶりです()()()。壮健であらせられましたか?」

「おまえ……! いえ、ちょうどいい時に来たわね」

 

 果たして令嬢は自分に仕えなかったムラサメの少女へ一瞬だけ怒気を露わにしたが、すぐに平静を取り戻すと勝ち誇った顔を向けた。

 

「この機会に真の主君を思い出すとは、良い心がけね。命令よ、我らの屋敷へ土足で踏み入った逆賊共にその剣で誅罰を下しなさい」

「……はぁ」

 

 前言撤回するしかない。逃げなかったのは丹力があるからではなく、状況を理解できていないからだ。

 この期に及んで立場を分かっていない元主君へとツムギは静かに語り掛ける。

 

「カナエ・淡・アマツ、残念ですがあなたの命令には従えません。だって私は、あなた達を破滅させるためにこの場へやって来ているのだから」

「あなたまさか、アマツに仕えるムラサメ()の分際でこの私に盾突こうというの? あのような下賤な生まれの者たちに従うことを良しとすると、そう言っているの?」

「はい」

 

 即答した。これ以上、この世間知らずで我が儘な令嬢と言葉を交わす必要性がツムギには感じられなかった。これでは刃を向けてみたところで感想も何も無い。

 

「馬鹿馬鹿しい、悪いことは言わないから止めなさい。高貴な血筋である我らがまさか、あのような輩に遅れを取るとでも思っているのかしら。だとすれば滑稽ね、自ら泥船に乗ることになるなんて」

「さて、滑稽なのはどちらだか。ひとまず私と一緒に来てもらいます、然るべき罰はその後に下されることでしょう」

「おまえ──ッ!」

 

 傲然としたアマツの基準からすればあまりに横暴で、受け入れがたい言葉を前にカナエが爆発した。癇癪のまま立ち上がり傍にあったペーパーナイフを突き立てようとしてくるが、素人の自棄になった攻撃などツムギから見れば鼻歌交じりで対処できる。ナイフの握られた手を掴んで背中へ回し、そのまま床へ押し倒し制圧する。

 

「あなた方はここで終わりです。いえ、私としてもほんの少し残念ではあるのですがね。もしこちら側についていたら、あるいは英雄と本気で戦えたかもしれないので」

「何を……」

「こちらの話です」

 

 言い切ったその時、背後から足音が聞こえてきた。足音は一人分、おそらく他に見逃していないか確認して周っているのだろう。

 ともかく捕らえたカナエを立たせながら振り返ってみれば、

 

「ご苦労、ツムギ・ムラサメ中尉」

 

 蒼の双眸に決意を宿した光の英雄、ヴァルゼライドがそこに居た。

 

「ヴァルゼライド大佐……」

「ヴァルゼライド……ッ!」

 

 まさかの大物の登場に漏れ出た言葉はどちらも同じ、けれどニュアンスは限りなく正反対を向いていた。

 ヴァルゼライドは激烈な憎悪を向けるカナエには目もくれず、ツムギの方へと視線をやった。先ほどの戦闘で垣間見せた苛烈さは今のところ欠片も感じられない。

 

「彼女の処遇については我々に預けてもらいたい。貴官にとってはあり得たかもしれない主人を売り渡すことになるかもしれないが、そこは容赦を願いたい」

「いえ、まったく問題ありません。事ここに至ってなお、自分の立場を理解できない人を主人などと仰ぎたくはありませんので」

「ツムギ、貴様は……! どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ!?」

 

 ジタバタと暴れてどうにか拘束を逃れようと令嬢はもがくが、当たり前に超人の束縛からは逃げられない。か弱い箱入り令嬢は逆賊へ一矢報いることすらできず、ただただ怨敵二人へと呪詛の視線を向けるだけだ。

 

 結局、直後にやってきた別の兵士へと滞りなく身柄が引き渡され、それで淡家の令嬢は終わりだった。最後の最後まで怒りの言葉を喚き散らしていたが、どうせこの後は断頭台の露と消えるのだ。そんな相手の言葉を覚えてやる義理は、少なくともツムギには無い。

 なのでツムギはいったんカナエの事を頭から追いやると、まだ眼前に立っている偉丈夫へと意識を向けた。

 

「それで、大佐殿はどうしてまだここに……?」

「貴官とは個人的に話をしたいと思っていた。ロデオン准将にも話はしていたはずだが、聞いていないか」

「隊長からはそのような話を聞いたことがありませんが……」

「アルの奴……道理で何も返答が無いわけだ」

 

 納得したように一人ごちて、ヴァルゼライドはさらに続けた。

 

「単刀直入に言おう、俺は貴官の剣技に興味がある。俺の剣はあくまで見様見真似から組み上げていった我流のもの、それ故に本物の剣術にはついぞ疎いままだ。だからこそ、ムラサメの天才と謳われたツムギ・ムラサメの剣を学ばせてもらいたい」

 

 一息に告げられた言葉は、ツムギから普段の冷静さを失わせるには十分な内容だった。

 

「えっと、お言葉ですが……大佐殿の剣技は私から見ても十全以上に完成されていたように思えます。叩き上げで磨き抜かれた七刀の抜刀剣技、決して我らムラサメにも引けは取らないことでしょう」

 

 これは世辞でも何でもない本心からの言葉だ。練達という表現すら生温いヴァルゼライドの絶技を見てしまえば、歴史ある剣技だから何だというのか。先ほどほんの少し垣間見ただけでそう思えるのだから、今更彼の剣に不足があるとは到底思えなかった。

 何より、ツムギからすればこれはヴァルゼライドと正当に剣を交わせるまたとない機会のはずなのに。真っ先に彼の技術を褒め、こちらから学ぶ必要は無いとまで言ってしまった。それ程に完成され、見事な剣技だと心が認めていたのだ。

 

 しかしヴァルゼライドはそのような言葉には満足せず、あくまで謙虚に続けた。

 

「評価には感謝しよう。だが俺はその評価に満足したまま、足を止める訳にはいかないのだ。より高みへ至り、やって来る新たな難題へ打ち勝つために、貴官の力を借りたい。どうか頼めないだろうか?」

 

 国を二分する一大勢力のトップが末端の相手に頭を下げてまで足りないところを補おうとしているのだ。その潔さ、なるほどこれが数多の人を惹きつける人徳というものか。

 こうまで真摯に乞われてしまえば、もはやツムギも断る言葉を持たなかった。

 

「はい、私で良ければ喜んで。不肖、ムラサメの剣士として全力を尽くしましょう」

「感謝する。こちらから言い出してすまないが、日時は追って連絡させてもらう。貴官の胸を借りさせてもらおう」

「いえ、こちらこそ」

 

 こうして、ツムギの念願であったヴァルゼライドとの対決は、あっさりと決まってしまったのである。




ヴァルゼライド閣下と糞眼鏡を書いてるときが一番活き活きします。
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