豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~ 作:野傘
あぁ^~今からワクワクが止まらないんじゃぁ^~
ポケモントレーナーの シャクヤが しょうぶを しかけてきた! ▼
「さあ、出番だし! チゴラス!」
「お願いします! ドロバンコさん!」
試合開始の合図と同時に開閉スイッチを押し、ボールを投げる両者。次の瞬間、光に包まれ2匹のポケモンがボールより飛び出す。
――バーン!
片や、茶色の体毛に大きな耳。脚部に泥を纏った四つ足のポケモン――『うさぎうまポケモン』ドロバンコ。
ドシン! と重量感のある音と共に着地し、高らかに嘶きを上げる。
――ゴラウ!
片や、黒色の体色に白い襟巻。巨大な顎が特徴的な古代ポケモン――『ようくんポケモン』チゴラス。
軽い身のこなしでスタリと地面に降り立ち、威嚇の鳴き声を上げる。
同時にコートへと繰り出された両者。
互いに決闘相手の姿を認めるや、本能に従いすぐさま戦闘態勢に移る。
(チゴラスさん……確か、いわ・ドラゴンタイプのポケモンだった筈です)
対峙するシャクヤのポケモンを見つつ、フィオは思考する。化石ポケモンの一種であるチゴラスのタイプはいわ・ドラゴン。単純な相性ならばじめんタイプであるドロバンコが若干有利だ。しかし……
(相手はシャクヤさま――あの
ならばこそ、単なるタイプ相性のみで有利であると決めつけることは出来ないだろう。何より、彼女のトレーナー歴は自分よりもずっと長い。当然、それだけの経験を積んでいるということで、弱点タイプである相手にも対策を練っている筈だ。少なくとも、それほどの相手であるという想定のもと立ち回らねばならない。
相手は格上。しかし、そんなことは百も承知。トレーナー初心者であるフィオにとって、自身より格下など存在しない。それに、後々対峙するであろうジムリーダーたちは目の前のシャクヤより確実に強いのだ。フィオはそんな彼らを尽く打ち倒し、王の力をガラルに知らしめなければならない――ならば、こんなところで怖気づいてなどいられない。
(それに――)
視界にチゴラスを捕らえたまま、フィオはチラリと視線を移す。視線の先、審判席には腕を組みながらこちらを見つめるバドレックスの姿。
ここは王の御前。即ち、今まさに繰り広げられんとする
◆
コートにて向かい合い、互いの出方を伺っていた両者。やがてトレーナーの掛け声とともに、
「チゴラス、『かみつく』!」
先手を打ったのはシャクヤ。指示した技は『かみつく』。指示を受けたチゴラスは自慢の大顎を振りかざし、ドロバンコへと突撃する。小柄ながらも強靭な足腰により産み出される速度は中々のもの。瞬く間に彼我の距離を詰め、その鋭牙を閃かせる。
「ドロバンコさん、『てっぺき』です!」
接近し攻撃を仕掛けるチゴラスに対し、フィオが指示したのは『てっぺき』。ドロバンコは持久力が自慢だが、速度はそれほど早くない。この距離では避けられないと判断し、守りを固めることを優先させた。
指示に応え、全身に力を込めるドロバンコ。その体が一瞬銀色に輝き、強靭な『はがね』エネルギーが彼女の体を覆う。薄く張られた『はがね』の力が彼女の外皮を強化し、その防御力をぐーんと上げる。
――ゴラア!
そして次の瞬間、チゴラスの鋭いキバがドロバンコの体に突き立てられた。
――バ、バーン……!
勢いよく噛み付かれたドロバンコは与えられた衝撃に思わずして怯んでしまう。
「ドロバンコさん!?」
衝撃でふら付くドロバンコに思わずして声を漏らすフィオ。『てっぺき』で防御力が高まっていたにも関わらず、受けたダメージが想像以上に大きい。ドロバンコの
(『がんじょうあご』……!)
特性『がんじょうあご』。顎あるいは牙を使って攻撃する技の威力を高める特性だ。先の一撃は、この『かんじょうあご』によって強化されたもの。だからこそ、『てっぺき』の防御を貫通しドロバンコへダメージを与えられたのだ。
チゴラスはポケモン界最強の
「隙あり! チゴラス! もいっちょ、『かみつく』!」
怯んだ隙を見逃さず、すかさずもう一度『かみつく』を指示するシャクヤ。チゴラスの牙が閃き、再びドロバンコへと齧りつく。果たして、先の"ひるみ"から立ち直れていなかったドロバンコはチゴラスの攻撃を許し、再度その鋭牙を突き立てられることとなった。
――バ、ン……!
暴竜牙撃。恐るべき咬合力で振るわれた牙の一撃を食らい、苦痛で顔を歪ませるドロバンコ。
しかし、今回はダメージを負いこそすれ衝撃で"ひるむ"ことはなかった。
「――ッ! 反撃です、ドロバンコさん! 『ふみつけ』!」
ならば今こそ、反撃のチャンス。フィオは齧り付いた姿勢のまま止まったチゴラスを思いきり『ふみつけ』るよう指示を送る。
ドロバンコは体を思いきり振ることで噛みつきを振りほどき、そのまま前足を高々と上げ、チゴラス目掛けて降り下ろした。ドロバンコの体重は110kg。重量の載った前足の一撃は例えタイプ相性が悪かろうと、まともに当たればただでは済まないだろう……そう、まともに当たれば。
「悪いけど、こっちもそう易々と攻撃は貰わないし! ――チゴラス! 『ドラゴンテール』でドロバンコをぶっとばして!」
――ゴラウス!
インパクトの寸前、己の尻尾を大きく振るうチゴラス。瞬間、猛る『ドラゴン』のエネルギーを纏った尻尾がドロバンコの前足と衝突し、両者を大きく弾き飛ばす。
『ドラゴンテール』は尻尾で以って敵を場外に吹き飛ばし、強制的に交代を促す技だ。しかし、今回シャクヤは相手を弾き飛ばすという性質を利用し、相手の攻撃に合わせて使用することで、『ふみつけ』の威力を大幅に減衰すると共に強制的に距離を取らせたのだ。結果、ドロバンコの一撃はチゴラスにほとんどダメージを負わせることなく、逆にダメージを与えられ大きく吹き飛ばされる羽目になった。
「ドロバンコさん……!」
吹き飛ばされ、若干ふら付きながらも何とか立ち上がる相棒を見て、フィオは歯噛みする。彼女がコートの反対側に視線をやれば、そこにはふら付く相棒とは対照的にしっかりとした足取りで立つチゴラスの姿。彼我のダメージ量の差は一目瞭然であった。
(……分かってはいましたが、やはり強い……!)
お互いの相棒のダメージの差、それは指示を出すトレーナーの技量の差。シャクヤは流石、元とはいえジムリーダーの娘なだけはある。彼女の的確な指示に、先ほどからフィオたちは押されっぱなしだ。
(――ですが……!)
初バトルとしては強すぎるほどの対戦相手に、しかしフィオは一歩も退かない。闘志の燃える瞳に陰りはなく、ただただ貪欲に勝利を求め続けている。そしてそれは
(――あの方のお言葉に曰く、『農業もバトルも粘り腰』)
その時脳裏に浮かんだのは、フィオが個人的に尊敬するとある農家にしてトレーナーの言葉。
(ならばこそ、粘って粘って粘り続けるのみ、です!)
現状追い込まれてはいるものの、フィオたちはまだ敗北した訳ではない。今は粘り続けて機を待つ。幸いにして相棒は忍耐力と持久力が自慢。日々の農作業で鍛えられた体力はそうそう簡単に尽きはしない。
「チゴラス! そろそろ決めるよ!」
――ゴラウ!
と、そこでシャクヤの掛け声がかかる。発せられた言葉から察するに、そろそろ決着を着けるつもりであろうか。彼女からの指示を受け、チゴラスは再び大顎を構えて突貫していく。
強靭な後脚で大地を蹴り上げ、彼我の距離を詰めんと疾駆するチゴラス。座して見ていては先の焼き直しだ。
「――その勢い、挫かせていただきます! ドロバンコさん、『じならし』です!」
――バン! バーーン!
自陣を上回る速度で翻弄された結果が先の攻防――ならば今度はその速度を削ぐ。
命じたのは『じならし』。放たれた指示の元、ドロバンコは前二足を振り上げ、コートへと叩きつける。
――ゴ、ゴラウ!?
『じめん』の攻勢エネルギーが込められた震脚。踏み鳴らされた地面が震え、周囲に振動が拡がる。揺れる地面に足を取られ、思わずしてよろめくチゴラス。彼女の突貫の勢いが弱まった。
「今度はそう易々と近づけさせません! ドロバンコさん、そのまま連続で『じならし』です!」
――バン! バン! バン! バアアアアアアン!
ドシン、ドシン! と何度も前足で地面を踏みつけ、大地を震わせるドロバンコ。それは最早「振動」ではなく「震動」とすら言える規模となり、チゴラスはまともに立っていることすら難しくなる。
――ゴ、ゴラス……!
「落ち着くし、チゴラス! その場でジャンプしてドロバンコに攻撃! 地面から離れれば振動なんて関係ない!」
――! ゴラウス!
ぐらつく足元に戸惑うチゴラスへ、シャクヤからの指示が飛ぶ。地面が揺れているなら、地面から離れればいいのだ、と。そんな彼女の指示に従い、チゴラスは地面に鉤爪を食い込ませて無理やり姿勢を安定、振動の合間の一瞬を狙いドロバンコ目掛けて跳躍する。
「――ッ! ドロバンコさん!」
中空より飛び掛かるチゴラスを見て、まるでその場から逃げるようにくるりと振り向くドロバンコ。だが、逃げるにはタイミングが遅すぎた。
「もう遅いよ! これでトドメ! 『こおりのキバ』!」
――ゴウ、ラアアアアアア!
既にドロバンコは技の射程圏内。チゴラスは自慢の大牙に冷気を纏わせ、背を向けたドロバンコへ齧りつく。無防備な背中に突き立てられた冷気の牙。弱点タイプによる効果バツグンの一撃。それは先の攻防で体力を削られたドロバンコにとってトドメの一撃となる――
――ガキィン!
筈だった。
突き立てられた冷気の牙。ドロバンコにとって致命の一撃となる筈のそれが、まるで恐ろしく硬い何かにぶち当たったかの如く、けたたましい音を立てて弾かれたのだ。
「――ウソでしょ!?」
チゴラスの自慢の大顎。自動車さえ簡単に破壊する、古代世界において最強を誇ったアギトの一撃が弾かれる。ありえざる光景を目の当たりにして一瞬思考を停止させるシャクヤ。しかしそこは一端のトレーナー。すぐさま再起動し、知識と経験からその正体を弾き出す。
(――そっか! 『じきゅうりょく』!)
特性『じきゅうりょく』。攻撃を受ける度に防御力を上昇させるドロバンコ系統固有の特性*1。先の攻防にて幾度も攻撃を受け続けた結果、現在のドロバンコの防御力は通常時のそれを遥かに凌駕するものとなっていたのだ――それこそ弱点の一撃ですら文字通り「歯が立たない」ほどに。
「ッ! チゴラ――」
牙を弾く鉄壁の守りを看破し、すぐさまチゴラスに指示を飛ばそうとするシャクヤ。
「ドロバンコさん――!」
だが、それよりも速くフィオの声が発せられた。
噛み付きを弾かれ、チゴラスは無防備に隙を晒している。これ即ち、千載一遇の攻撃チャンス。粘り粘って待ち続け、ようやく掴んだこの機会。決して逃しはしまいと、フィオからの全力の指示が飛ぶ。
「――『にどげり』です!」
――バ……アーーーーーン!!
瞬間、跳ね上がる後ろ脚。ドロバンコの自身の体重の五十倍もの重量を支えられる剛脚から放たれた蹴撃が、チゴラスの無防備な顎へクリーンヒット。想像を絶する衝撃に、チゴラスの視界が点滅する。
そして――放たれた蹴撃は一つではない。数瞬遅れて放たれた二発目の蹴り。一撃目と寸分違わず同じ場所へ叩き込まれた衝撃により、チゴラスの脳が激しく揺さぶられる。顎下、という四足動物にとって共通の
やがて彼女は二、三度よろめいた後――ドウと地面に倒れ伏した。
「チ……チゴラス?」
倒れ伏し、ピクリとも動かない相棒へ恐る恐る声を掛けるシャクヤ。しかし、チゴラスがその声に応えることはなく。よく見れば、目を回して完全に失神しているようである。
つまり完全に戦闘不能となったということで、それが示すこととは即ち――
『――チゴラス、戦闘不能。この勝負、我が
――
バドレックスが腕を振り上げ、試合の終了を告げる。
エンジンシティ天覧試合、これにて決着。
勝者――フリーズ村のフィオ。
◆
「……勝っ、た?」
自身の勝利を告げるバドレックスの言葉。一瞬、その言葉が理解できず茫然と呟くフィオ。
「勝、った……勝った……! 勝ちました!」
だが、徐々に自身が勝利したという実感が湧き上がってくる。
「勝ちました! 王さま! フィオは――フィオは勝ちましたよ!」
喜色満面の様子で、自らの勝利を王へと報告するフィオ。危ういところは多々あれど、格上を相手にして見事勝利をもぎ取ってみせた自らの巫女へ、バドレックスは満足気な様子で称讃の言葉を送った。
『ウム。見事な戦いぶりであったぞ、我が
バドレックスから直々に称賛の言葉を賜り、ますますその笑みを深くするフィオであったが、しかし古人に曰く「森を出るまでは喜びの叫びをあげるな」。弛んだ頬をキリリと引き締め、自らを戒めるよう誓言する。
「過分なお言葉をいただき感謝いたします、王さま。なれど、フィオはまだまだ未熟の身の上。この勝利にて奢らぬよう、ますます精進してゆく所存でございます!」
『カラ、カラ、カラ……! 良き心構えであるな、我が
「はい!」
と、そんなやり取りをしていた彼女らの元へ、トコトコと駆けてくる影。
――バ~ン!
やってきたのは相棒ポケモンであるドロバンコ。自分のことも忘れるな、と言わんばかりに鳴き声を上げた勝利の立役者に、フィオは勿論忘れていないと彼女の首をわしゃわしゃ撫でてやる。
「うふふ、もちろん忘れてなどいませんよ。ドロバンコさんもお疲れ様でした。此度の勝利、あなたの尽力なくば成し得ませんでしたから」
『ウム。かの幼竜相手の大立回り、実に見事であったぞ、忍耐強き兎馬よ。オヌシの働きはまさしくヨの旗下に相応しきものであった』
フィオとバドレックスの一切混じり気なしの称賛の言葉を浴びて、誇らしげに鼻を鳴らすドロバンコ。その表情はこれ以上無いしたり顔であった。
「や~、負けちゃったし」
勝利の余韻に浸るフィオ達。そこへ声を掛けたのは対戦相手であるシャクヤ。
「シャクヤさま!」
「初勝利おめでと、フィオ。負けちゃったのは悔しいけどいい試合だったよ、楽しかった」
「はい、ありがとうございます! でも、シャクヤさまもすっごく強かったですよ!」
「ま、元とはいえ一応ジムリーダーの娘だし。それにトレーナーの先輩だしね。でも結構本気でバトってたから、まさか負けるとは思わなかったし。アンタ、結構やるじゃん。――んじゃ、はい」
そう言ってスッと掌を差し出すシャクヤ。試合後に互いの健闘をたたえ合う握手である。フィオは差し出された手を一瞬キョトンとした表情で見つめ、すぐさまその意味を察し、手を握った。
勝利の余韻も敗北の悔しさも、どちらも相手があってのもの。戦いを通じてお互いの理解を深め合うことにこそポケモンバトルの本質がある。故に、バトルに勝っても負けても最後は握手で終わるのだ。
「心躍る試合をありがとうございます。シャクヤさま!」
「こちらこそ。――でも、次は負けないから」
「――! はい、わたしもです!」
互いに手を握り、健闘をたたえ合う二人の少女。しかし、その瞳には熾火のようにくすぶる闘志。互いに笑みを向け合うその奥には、微かであるが確実に"勝利"を渇望する熱が混じる。
――次は/も、負けない。
お互いに新たなる
◆
さて、バトルを終え傷付いた手持ちたちをポケモンセンターへと預けた両者。回復には少し時間がかかるということで、その間にシャクヤのおすすめだというカフェで時間を潰すことに。
「こ、ここが……!」
『フム、噂に聞きし"かふぇ"なる店であるか』
やってきたのは実にお洒落な店構えのカフェ。ド・田舎のフリーズ村では絶対にありえない、その洗練された雰囲気に慄くフィオ。漂うお洒落な雰囲気に気圧されつつも、流されるままテラス席へと通される。
「さ~て、何にしよっかな~」
『フム、この"めにゅう"なるものから食べるものを選ぶのであるか。
「あ、はい。かしこまりました」
席に着き、早速品定めを始める一行。
フィオはバドレックスの頼みに応じてメニューを開き――
(――お、お高い!)
記載された値段に思わず目を剥く。
(な、なんというお値段……! 都会では紅茶一杯でこんなにするのですか……!)
メニューに記された品の価格。それはフリーズ村で培ったフィオの常識に照らし合わせると、ちょっとありえない値段であった。フィオの普段のお財布事情ならば、どんなに頑張っても一番安いものを選ばざるを得なかっただろう。
そう、普段ならば。
(――しかし! 今のわたしにはボールガイさまより頂いた
現在、フィオの財布の中身は諸事情によってかなり温かい状態。お蔭で王に安いものを選ばせるなどという不名誉を避けることが出来る。
(ありがとうございます、ボールガイさま。あなたさまのお蔭で、フィオは堂々と王さまにお好きな物を選んでいただくことが出来ました)
脳裏に浮かぶボール頭へそう感謝を捧げつつ、フィオはメニューを一つ一つ読み上げていくのだった。
◆
さて、シャクヤが注文した流行のスイーツをSNSにアップロードしたり、バドレックスが初めて飲んだ紅茶の味に感動したり、緊張のしすぎでフィオが折角頼んだお茶の味が良く分からなかったり……となんやかんやありつつも楽しい時間を過ごした二人と一柱。
しかし、いい時間なのでそろそろ会計をとなった時、彼女らの間でほんの少しトラブルが起きた。
「だーかーらー、別にいいって言ってんじゃん。これくらい」
「ダーメーです! そこはちゃんとしないといけません!」
『ムムウ……』
何やら揉めている様子のシャクヤとフィオ。バドレックスは二人の様子を見ながら困り顔。はてさて、一体全体二人は何をそんなに揉めているのか。その発端は知らぬ間にシャクヤが自分持ちで会計を済ませてしまったことにある。当然、そのことを知ったフィオは自分とバドレックスの分の代金を支払おうとしたのだが、シャクヤはそれを断ったのだ。曰く、大した金額でもないから別に気にする必要はない、言うなれば先のバトルの賞金代わりだ、と。
が、それを聞いてもフィオは納得できなかった。これは彼女が祖父から、いくら親しい仲でも金銭のやり取りはちゃんとしなければならないのだ、と躾けられていたこともあるが……何より内心、王さまへ捧げものする名誉を譲る訳にはいかない、と感じていたからだった*2。
「もー頑固だなー。友達なんだからそんなの気にしなくてもいいのに」
「いけません! 「親しき中にも礼儀あり」。友達だからこそ、こうした金銭のやり取りはキッチリしなければいけないのです!」
払う、払わないの終わらない押し問答。しかしその最中、ヒートアップしたフィオの手からポロリと財布が零れてしまう。
「あっ、お財布が……」
地面に落ちた財布は衝撃でコロコロと転がり、テラスから道路の方へ向かっていく。転がっていく財布を慌てて追いかけるフィオ。財布の中には彼女の全財産が入っているのだ。万が一、下水道に墜ちたりなどでもしたら目も当てられない。
転がっていった財布はやがて道路の半ばあたりで勢いを失い停止する。フィオは誤って下水へ落下しなかったことにホッとしつつ、大急ぎで拾おうとして――
――グママー!
刹那、視界を横切る白黒の影。それが通り過ぎた時、目の前にあった筈の財布が消えていた。
「……へ?」
一体何が起きたのか。
目の前で起きたことが理解できず固まるフィオ。
数瞬後、再起動を果たしたフィオが影の走り去った方向を見ると、そこには彼女の財布を咥え雑踏の中を駆ける
「――ま、」
ジグザグマに財布を盗られた。そのことを認識した瞬間、すでにフィオは走り始めていた。
「待って下さ~~~~い!」
お財布咥えたジグザグマを追っかけて、必死で駆けてく涙目のフィオちゃん。
突然の大声にみなが何事かと見守る中、エンジンシティを股にかけ、一人と一匹の追いかけっこが始まった。
「あっ! ちょっ、フィオ待って……て、足はっや!」
『ま、待つである