豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~   作:野傘

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軽率に投稿していくスタイル。
そして今回、ジムチャレンジについて捏造設定があるのでご注意を。


『鎧袖、一たび触るれば』だヨ

 ――グママー!

 

 エンジンシティを駆けるツートンの影。それは一陣の風となって走るジグザグマ。口には拾った戦利品を咥えて、行き交う人々の間を器用にすり抜けながら、ジグザグ、ジグザグと駆けていく。

 

「お、お待ちを~~~~~~!」

 

 そんな彼の背後から懇願する声が響き渡る。続いて現れたのは、涙目となりながらジグザグマに追いすがる一人の少女。白銀の髪を靡かせる我らが豊穣の巫女(プリエステス)である。彼女は己の全財産が入った財布を取り戻すべく全速力でジグザグマを追いかけているのだ。

 

「か、返してくださ~~~~い!」

 

 フィオの必死の呼びかけに、しかしジグザグマはどこ吹く風。その足を止めることはない。果たして聞こえていないのか、あるいは聞いていないのか。追いかけっこが始まって既に十数分、未だ両者に決着はつかないでいた。

 だが、そんな膠着した状況が唐突に終わりを告げる。それまで一切変わらない速度で走っていたジグザグマが急に加速したのだ。ポケモンという種族の持つ圧倒的な身体能力による暴力的なまでの加速。先ほどまでの追いかけっこは何だったのかと、両者の距離はみるみるうちに引き離される。

 

「ああ! いけません!」

 

 このままでは見失ってしまう、と焦って必死に足を動かすフィオだったが、しかし人とポケモンという種族の差は如何ともしがたく。豆粒のようになっていくジグザグマの姿を見つめる他なかった。

 

 

 

 

 

 

 さて、なぜジグザグマが急に加速したのか。その原因は彼の視線の先に佇む、とある人物にあった。その人物は逆立てたマゼンタのモヒカンヘアーに、黒いクロスとピンクのラインのフェイスペイントを施した小太りの男――エール団のしたっぱ。マゼンタとブラックで構成されたやたらとパンクでロックな服装の身に纏う彼は、誰であろうジグザグマのトレーナーその人であった。

 

 ――グマー!

 

 信頼するトレーナーの元へと駆け寄り、嬉しそうに鳴き声を上げるジグザグマ。

 

「おお、ジグザグマ。どこにいたのですか、探しましたよ。――おや? 何を持っているのです?」

 

 その声で自身の相棒が帰って来たことに気が付いたエール団の男。彼は戻って来たジグザグマの方を振り向くと、そこでジグザグマが何か咥えていることに気が付く。彼のジグザグマの特性は『ものひろい』。時折、こうして何かを拾ってきては男の元に持ってくるのだ。

 何やら得意げな様子のジグザグマから拾い物を受け取った男。そこで彼はそれが誰かの財布であることに気が付いた。

 

「おや、おや! これは財布では無いですか! きっと誰かの落とし物でしょう。お手柄ですよジグザグマ、さっそく警察に届けてあげましょう!」

 

 彼のジグザグマはしっかりと躾けられているため、盗みなど働く筈がない。ならばこれはきっと誰かの落とし物だろう。そう結論付けると、さっそく近隣のポリスボックスへと向かう男。拾った財布をチョロネコババしたりはしない。何故なら彼は誇り高きエール団の一員。応援と妨害行為は行えど、盗みは決してしないのだ。

 

「ああ! それは――!」

 

 と、歩き出そうとした男の元へやって来る人影。白銀の髪の幼気な少女――フィオである。ジグザグマに引き離され、一時その姿を見失ったフィオであったがまさか諦める訳にもいかず、ジグザグマの走り去った方向を目指して必死に走って来たのであった。

 そうして走りながら探していたところで、消えたジグザグマを再発見。さらに近くにいた彼の手に自身の財布が握られていることに気が付いて慌てて駆け寄ってきたという訳である。

 

「あ、あの! すみません! あなたがお持ちのその財布、実はわたしの物でして……どうか返していただけませんでしょうか!」

 

 自身の財布を持つ男へ、懇願するように頭を下げるフィオ。彼女の全身からにじみ出る必死さ具合に、男は恐らく財布を落としたのは彼女なのだろうと合点する。

 

「なるほど、これはあなたが落とした財布でしたか。いや、丁度ポリスボックスに届けようとしていたところでしたので、手間が省けました。ええ、勿論お返しいたしますよ」

「――!! 本当でございますか! ありがとうございます! ああ、親切な方が拾って下さってよかった。もし無くなってしまったら、危うく大変なことになるところでした」

 

 快く財布を返すという男の言葉にホッと胸を撫で下ろすフィオ。危うくジムチャレンジ開始早々に、全財産を無くしてしまうところであった。ジグザグマの姿を見失った時はどうしようかと思ったが、これで一安心だ、と男の差し出した財布を受け取ろうと手を伸ばす。

 

(……ん?)

 

 そんな彼女の伸ばされた腕にキラリと光るものを見つけ、ふっとそちらに目をやるエール団の男。

 

(――あれは)

 

 彼女の腕に光るもの、それは金色に輝くブレスレット。ジムチャレンジに参加する選手(チャレンジャー)であることを示す、チャレンジバンドであった。

 

「――オオッと! その腕に光るのは紛れもなくチャレンジバンド! ならばあなたはジムチャレンジャー! ――だったら話は別です! 財布を返して欲しくばオレと勝負すーる!」

「……へ?」

 

 それを認識すると同時に、差し出していた財布を引っ込める男。代わって男が取り出したのは紅白二色の掌大の球体――モンスターボール。構えたボールを突き出しながら、男はフィオに勝負を申し込む。

 エール団は応援団にして妨害団体。その目的とはあるジムチャレンジャーがチャンピオンとなれるよう応援し、それ以外のジムチャレンジャーを妨害すること。そして男の目の前にいる少女は紛れもなくジムチャレンジャーの一人。ならば妨害のため勝負を挑むのは当然であった。

 

「さあ、いきますよジグザグマ! 素人ジムチャレンジャーに勝負の厳しさを教えーる!」

 

 ――グーマ!

 

「……え、え? えっ……ええええー―――――!!」

 

 一方、突如として勝負を挑まれたフィオ。当初は状況が呑み込めずポカンとした表情で突き出されたボールを眺めるばかりであったが、目の前にやる気満々のジグザグマが飛び出してきたことで思わず驚きの声を上げてしまう。

 

(ど、どどどどどどういたしましょう!?)

 

 ようやく自らのおかれた状況を理解し、動揺するフィオ。なぜなら彼女は今ポケモンを持っていない。相棒であるドロバンコはポケモンセンターで治療中、王さま(バドレックス)とは先ほどの追いかけっこで逸れてしまっている。これではポケモン勝負など出来る筈もなかった。

 

(仕方がありません……! ここは正直に事情をお話して、何とか穏便に……!)

 

 現在、自身がポケモンを持っておらず、勝負を受けることはできない、と。フィオはそう伝えようとして――

 

「あ、あの~……」

 

「問答は無用! とっととポケモンを出すのだー!」

 

 ――グママーー!

 

「きゃあ!?」

 

 だが、男はまるで聞く耳を持たず。むしろ全くポケモンを出そうとしないフィオに焦れたのか、ジグザグマを嗾けてくる始末。

 両者から発せられた怒鳴り散らすような大声(バークアウト)にフィオは思わず縮こまってしまう。

 

「お、なんだなんだ」

「もしかしてバトル?」

「あの恰好って今年の妨害団体のじゃん。じゃ、絡まれてる子はジムチャレンジャーか?」

「てことは妨害バトルか。がんばれよ、チャレンジャー!」

 

 騒ぎを聞きつけて集まってくる野次馬たち。野次馬の中にはこれからバトルが始まると判断したのか、フィオに向けて声援を送る者も出る始末。あっという間にフィオとエール団はチャレンジャーと妨害団体バトルを見物しようとする野次馬に取り囲まれてしまう。

 

「あわわ……あわわ……」

 

 今更ポケモンを持っていないなどとは言い出せない雰囲気に、どうすれば良いのか分からずあたふたするフィオ。周囲は完全に見物客によって囲まれており、逃げることも出来なかった。

 

「ええい、まだポケモンを出しませんか! ならば仕方ありません! 出さないというなら、こっちから無理やりにでも出させてやーる! ――やれい、ジグザグマ!」

 

 ――グママッ!

 

「ひっ……!」

 

 そんなフィオの態度に痺れを切らしたか、とうとうジグザグマに攻撃を仕掛けるよう指示を飛ばすエール団。命令に従い凶悪な表情で迫るジグザグマの姿に、つい最近命を落としかけた経験(トラウマ)が思い起こされ、フィオは思わず目を瞑った――その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おっと、そこまでだよ」

 

 彼女とジグザグマの間に何者かが立ちはだかる。

 

「嫌がる女の子に無理やり迫るのは、流石にいただけないなあ」

 

 上方から聞こえてくる、穏やかなテノールの声。少年と青年の中間とも言えるその声に、フィオは聞き覚えがあった。

 

「むむ! ワレワレの勝負の邪魔をすーるとは、貴様何やつ!」

「――僕かい? そうだね、敢えて名乗るなら……」

 

 目を開けた彼女の瞳に映ったもの。大きなカバンに赤いシャツ、グレーのワッチキャップを身に着けた少年の後姿。

 

「マ……」

 

 相も変わらぬ気障で紳士的なその言動。ああ、それは間違いなく――

 

「通りすがりのガラル紳士さ。……なーんてね」

「マサルさま――!?」

 

 さながら姫の危機(ピンチ)に現れる騎士(ナイト)の如く、颯爽と登場したのは昨日別れた少年・マサルであった。

 

「や、昨日ぶりだね。フィオ」

「ななな、なぜマサルさまがここに!? ご友人と一緒に出立されたのでは!?」

 

 突如現れた知り合いの少年に驚くフィオ。開会式を終えてとっくにエンジンシティから出立したものと思っていた。

 

「あはは……。うん、ちょっと色々あってね」

 

 と、そんなフィオの疑問に対して苦笑いを浮かべてはぐらかすマサル。何やら事情があるようだが、しかしそれを詳しく聞いている暇は無かった。

 

 

 

「こらー! オレたちを無視するんじゃありませーん!」

 

 ――グママーー!

 

 

 

 鳴り響くブブゼラの音。自分たちを無視するんじゃない、とエール団の男が吠えたからだ。

 あまりの騒々しさに顔を顰めつつ、マサルは再びエール団の男へと向き直る。

 

「うるさっ……! ――もう、あんまり騒音が酷いと妨害ガイドライン違反で団体資格取り消しになるよ」

「だまらっしゃい! 気障ったらしく登場しておいて無視とか、何がガラル紳士ですか腹だたしい! そういう紳士気取りが一番ムカつくんですよ、コンチクショー!」

 

 妨害団体が妨害してよいのはあくまでジムチャレンジャー関係者のみ。あまり騒々しくして近隣住民から苦情でもくれば、妨害団体としての資格が取り消されると忠告するマサルであったが、そんな彼の態度が気に喰わなかったのかエール団の男はますます顔を声を荒げるばかり。

 

 と、その時エール団の視線がマサルの手首へと移り、そこに巻かれた金色のブレスレット(チャレンジバンド)を捕らえた。

 

「むむ! その手首に輝くのはチャレンジバンド、ならば貴様もジムチャレンジャー! だったら好都合です! そこな少女ともどもコテンパンしてやーる! ――ゆけい! スコルピ!」

 

 ――スピピピ……!

 

 目の前の紳士気取りがフィオと同じジムチャレンジャーであることを認識したエール団。ならば諸共に相手をしてやると、新たな手持ち――『さそりポケモン』スコルピを繰り出す。

 

 ――グママ!

 ――スピピ……

 

 ボールより飛び出しジグザグマの隣へと這い進むスコルピ。2匹は各々牙や爪を打ち鳴らし、相対するフィオとマサルを威嚇する。

 

「――やる気満々って感じだね。ま、端から話し合いでどうにかなるとは思ってなかったけど」

 

 戦意を漲らせるジグザグマとスコルピを見て、マサルもまた腰のボールホルダーより相棒の入ったボールを取り出し構える。

 

「フィオ、君の手持ちは?」

「……申し訳ありません。今は置いてきてしまって……」

「なるほどね。――分かった、ここは僕たちに任せて。君は少し下がっていて」

 

 同時に、マサルはフィオに手持ちの有無を確認する。彼女が現在、自身ポケモンを持っていないことを伝えれば、大体の事情を察したのかフィオへここは自分たちに任せて後ろに下がるように言う。

 その言に従いフィオが二、三歩後ろに下がったのを確認した後、マサルは手にしたボールを投げ放った(戦場へと自らの相棒を解放した)

 

「さあ、出番だよ……ダクマ!」

 

 ――べ、あーま!

 

 光に包まれ飛び出したのは小柄ながらも勇敢なる(アルトス)の戦士――『けんぽうポケモン』ダクマ。頭に真白い鉢巻が如き体毛をたなびかせ、軽やかに着地する。

 

「おやおやおや、どうしました? もう一匹ださないのですか? ――まさか、その一匹でオレたちを相手取ろうとでも?」

「生憎だけど、もう1匹は師匠に使用を禁止されていてね。悪いけどダクマだけで相手させてもらうよ」

 

 相対する2匹に対し、マサルが繰り出したのはダクマ1匹。もう1匹繰り出さなくてもよいのかと問うエール団にマサルは、もう1匹は使用禁止されていると返す。

 

「――尤も、"今の君たち"相手ならダクマだけで十分だろうけどね」

 

 まるで"ちょうはつ"するかのようにそう付け加えて。

 

「――ッ!! 言ってくれーるじゃあないですか! いいでしょう! そのスかした面を吠え面に変えてやーる! ジグザグマ、スコルピ! いけ!」

 

 ――グママーーー!!

 ――スコルルルル……!

 

「ダクマ!」

 

 ――べあ!

 

 トレーナーからの指示を受け、ポケモンたちの戦意が膨れ上がる。

 

 片や、スコルピとジグザグマ。両者、己が牙を爪を打ち鳴らし相対する敵を倒さんと気炎を上げる。

 片や、ダクマ。対峙する敵とは打って変わって静かな構え、されど秘めたる闘志は2匹のそれを凌駕するほど。彼はたなびく鉢巻を一引き、丹田より溢れる力を全身へと巡らせ、ゆらり半身の構えを取る。

 

 両者、互いに視線を交わしたならば――

 

「『ずつき』! 『あなをほる』!」

「――『きあいだめ』」

 

 ――いざ尋常に、勝負開始。

 

 

 

 

 

 

 決闘(バトル)の火蓋が切られ、まず最初に動いたのはジグザグマ。トレーナー(エール団の男)からの指示を受けるや否や、四肢に力を込めて凄まじい速度で疾駆する。彼の進化形であるマッスグマの最高速度は時速100キロ。進化前である彼では流石にそこまでの速度は出せないが、それでも四足ポケモン特有の爆発的な加速力により圧倒的な速さでもってダクマへと迫る。

 対するダクマ。彼は半身の構えを解くと息を深く吸い込み、続いて頭部を鉢巻を強く引っ張る。ダクマという種族は額の体毛を引くことで気合を高め、丹田より力を湧き上がらせる能力を持つ。溢れるエネルギーが彼の全神経を研ぎ澄まし、迫り来るジグザグマのあらゆる動きを捉え始めた。

 彼我の距離は瞬く間に縮まり、とうとうジグザグマがダクマへと肉薄する。彼は鉤爪を地面へと食い込ませ、跳躍。全身を覆う硬い体毛を尖らせ、渾身の『ずつき』を繰り出した。

 

「ダクマ」

 

 圧倒的な速度で以って繰り出された『ずつき』。エール団(あくタイプジムトレーナー)というある種の専門家によって鍛えられたその攻撃は、同レベル帯ポケモンでは避けることすらままならないだろう。

 それはダクマとて例外ではない。事実、彼が迫り来る『ずつき』を避けることは無かった――いや、()()()()()()()()()()

 

 ――ま!

 

 自らへと飛び掛かるジグザグマ。その跳躍に合わせてダクマが行ったのは――震脚。大地を強く踏み鳴らし、敢えてその身を前進させる。

 踏み込んだ勢いのまま拳を握る。それは彼が最も得意とする"わざ"の型。己が身体に染み込むまでに至ったそれは、正しく迫り来る敵を打ち倒す必殺の一撃である。

 

 纏うは闘気(かくとう)

 構えるは正拳。

 放たれしは――

 

「『いわくだき』」

 

 岩をも砕く、剛拳の一打。

 

 完璧なタイミングで突き出された拳の一撃。文字通り岩をも砕くそれが跳躍するジグザグマの急所を的確に穿ち、彼に極大のダメージを与える。果たして、弱点タイプによる4倍ダメージを急所に叩き込まれたジグザグマが耐えられる筈もなく。刹那の内にその意識を刈り取られ、ドウと地面に落下した。

 

 ――ジグザグマ、戦闘不能。

 

「まずは1匹」

 

 迫り来るジグザグマを沈め、残心するダクマ。敵は倒した、しかし油断はしない。なぜなら此度の決闘(バトル)、相手は2匹。まだ、勝負は着いていないのだから。

 

 ――ゴッ!!

 

 ――!

 

 瞬間、背後より地面を砕きスコルピの尾鋏が彼に迫る。獲物を捕らえんと毒爪が伸ばされ、僅かにダクマの頬を掠めた。

 しかし、彼に傷はなし。視界外からの一撃を僅かに身を逸らすことで躱す。そのまま伸ばされた尾をガシリと掴み、力の限り引っ張り上げる。小柄ながらもかくとうタイプらしいその剛力に、たまらずスコルピは地面より引きずり出されてしまう。

 隠れ潜むスコルピを地より引きずり出して、しかし、彼の攻撃は終わらない。己が肉体を軸として掴んだ尾を砲丸投げの要領で振り回し始める。さながら青紫の竜巻が如く、凄まじい速度で振り回されるスコルピ。身に降りかかる莫大な遠心力へ危機感を覚えたか、拘束を振りほどこうと藻搔くものの、ダクマには一切の攻撃が届かず、振りほどくことは叶わない。

 そうこうする内、遠心力によって頭に血が上ったのか、抵抗する素振りすら見せなくなったスコルピ。それに気が付いたダクマは足を踏ん張り、回転の勢いのまま天高くその体を放り投げる。同時に落下してくるスコルピにトドメを刺さんと必殺の構えを取った。

 

 纏うは風巻(ひこう)

 構えるは抜塞。

 放たれしは――

 

「『つばめがえし』」

 

 飛燕が如き、手刀の一閃。

 

 甲殻の隙間、急所へと抉り込まれた弱点タイプの一撃は瞬く間にスコルピの体力を消し飛ばし、須臾の内にその意識を刈り取る。果たしてべシャリと投げ出されたスコルピが再び起き上がることはなく、そのまま身体を地へと沈ませる。

 

 ――スコルピ、戦闘不能。

 

「次いで2匹――これでおしまい」

 

 エール団の手持ち、ジグザグマとスコルピ――ともに戦闘不能。

 

 妨害バトルはこれにて決着。

 勝者、ハロンタウンのマサル。

 

 

 

 

 

 

「うげえ!?」

 

 倒れ伏し、ピクリとも動かない己が手持ちたち。どちらも完全に意識を失っており、ひんし状態であることは明らか。一方、マサルのダクマは未だに健在。大したダメージもなく、戦闘続行も容易い状態。その様子を見たマサルはエール団に向けて堂々勝利を宣言する。

 

「この勝負、僕の勝ちだね」

「ぐぬぬぬ……!」

 

 マサルの勝利宣言に歯噛みするエール団。しかしどれ程に悔しがろうとも、勝者がどちらであるかは明白。敗北を受け入れる他なかった。

 

「……ええい、負けてしまっては仕方ありません!」

 

 大急ぎで倒れた手持ちたちを回収したエール団の男。そのまま小走りでフィオへと近寄ると彼女の手にスッと財布を握らせる。

 

「約束通り、この財布はお返ししますよ」

「あ、はい。ありがとうございます?」

 

 外見の割にもの凄くあっさりと財布を返した彼に若干面喰らうフィオ。しかしそんな彼女を気にした様子もなく、エール団の男は二人を睨みながら再び口を開く。

 

「今回は負けたのでここで引き下がりますが、次会った時は必ず妨害してやりますからね!」

 

 そう捨て台詞を吐くや否や、二人にくるりと背を向けてすたこらさっさと駆けだすエール団の男。妨害団体は妨害に失敗したら速やかにその場を離れるのがルール。妨害バトルに敗北した以上、彼がこの場に留まる理由はないのだ。

 "あと、無くさないように財布にはチェーンを付けた方がいいですよー!"と、エール団の男は去り際にそんなアドバイス(?)を残して走って行く。そんな、凶悪なのか親切なのかよく分からない男の背中を茫然と見送るフィオ。

 

「あの方は一体、何だったのでしょう……?」

「妨害団体だよ」

 

 ポツリと呟いたフィオの疑問に、ダクマをボールに回収しながらマサルが答えた。

 

「"妨害団体"?」

「そ、妨害団体。自分達の応援するチャレンジャーやジムリーダーがいい成績を残せるように、他のチャレンジ参加者を妨害している人たち」

 

 曰く、あれは贔屓のチャレンジャーもしくはジムリーダーがジムチャレンジでよい成績を残せるように他のチャレンジャーを妨害して回る団体なのだという。毎年のように違う団体が現れてはあの手この手でチャレンジャーを妨害するため、最早ジムチャレンジにおける一種の名物のような扱いなのだとか。とはいえ、基本的にテレビなどのマスメディアでは報道されず、情報はもっぱらインターネット上で広まるため、ネットに疎いフィオは今の今までその存在を知らなかったのだが。

 

「ええ!? そ、そのような団体、野放しにしておいてよいのですか!?」

「一応、妨害行為が認められるのはリーグの妨害団体資格を持つ団体だけだし、それに妨害行為自体もリーグのガイドラインに従って行うように定められているしね」

 

 ちなみに認められた団体以外が妨害行為を行うと犯罪。妨害団体でもガイドラインに違反した場合は、団体資格取り消し上、支援選手の出場資格取り消しなどの重いペナルティが発生する。

 

「ほええ、そうなのですね」

「うん。……でも、こうやってルールが整備される前はかなり酷かったらしいよ」

 

 何でも窃盗、脅迫、器物損壊は当たり前、下手すれば殺人未遂に繋がりかねないような行為さえ平然と行なう団体もあったとのこと。噂によれば他地方のポケモンマフィアと繋がって、リーグ上層部に圧力を掛け、違法賭博に八百長試合まで手を出していたこともあったのだとか。

 無論、こんな状態で真面にポケモンバトルが出来る筈もなく。一時は他地方の試合でガラル出身選手が出場拒否される事態までになったらしい。

 

「ひえええ……」

「で、そんな状態を改善したのが今のローズ委員長」

 

 リーグ委員長に就任したローズは当時の乱れに乱れていたガラルリーグを圧倒的な手腕で以って改革。マクロコスモスの豊富な資金力を背景に強権すら用いて、10年以上かけてリーグの徹底的な浄化を行った。その結果、およそ10年前の大規模抗争を最後に、ガラル地方に蔓延っていた裏組織はほぼ壊滅。以降、現在に至るまで健全なリーグ運営がなされているのだという。

 

「なるほど、そのような歴史が……」

「といっても、僕も師匠やダンデさんから少し聞いただけであまり詳しくは知らないのだけどね。――さて」

 

 と、そこでマサルは四方山話を切り上げ、話題を変える。

 

「昨日振りだね、フィオ。怪我はない?」

「あ、はい。大丈夫です。 ――はっ! いけません! わたしったら助けていただいたにも関わらず、お礼もまだ――!」

 

 自身がまだマサルに礼を言っていないことに気が付き、フィオ慌てて頭を下げる。

 

「マサルさま! この度はお助けいただきありがとうございました! もう、なんとお礼を言ってよいものか……」

「あはは。いいよいいよ、気にしなくて。それに知り合いが困ってたからね。見かけたら放ってなんかおけないさ」

「うう、相も変わらぬ紳士的なお言葉……。しかし! 今度という今度はそのお言葉に甘える訳には参りません!」

 

 そう言うが早いかマサルの手をガシリと掴んだフィオ。

 

「恩を受けるだけ受けてそのままなど、豊穣の王に仕える巫女として名折れ! マサルさまが何と言われようと、お礼させていただきます!」

 

 そして衆人環視の中、こう宣言する。

 

 

「――そう、わたしのこの身体で!!」

 

 

「ブッフォオ!」

 

 飛び出した衝撃発言。

 吹きだしたマサル。

 ざわつく往来。

 

 エンジンシティの一角がとてつもなくカオスな空気に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「ぜえ……、ぜえ……。あー、もうどこ行ったし……」

『フゥ―……、フゥ―……。流石は……我が巫女(プリエステス)……見事な健脚である……』

 

 エンジンシティのとある路上、そこに荒い息を吐くバドレックスとシャクヤの姿があった。ジグザグマを追いかけて走り出したフィオを追いかけていた二人であったが、しかし彼女の足の速さに追いつけず、とうとう見失ってしまったのだ。

 

「ねえ……頭デッカイの。あなた一応神様なんでしょ? 神様パワーでフィオの場所とかチャチャっと分からないの?」

『無茶を言うな人の子よ。かつてであればいざ知らず、今のヨではそのようなことは出来んである』

「ははっ、何言ってるのか全然わかんねー」

 

 時刻は午後過ぎ。開会式を終えて人々で賑わうエンジンシティにて、逸れた少女を見つけることは非常に困難であった。

 

「――って、そういやあの子ケータイ持ってんじゃん」

 

 そこでシャクヤはフィオが携帯を持っていたことを思い出す。わざわざ走って追いかける必要もなかったな、と脱力しつつ己のスマホロトムを起動させるシャクヤ。が、しかし――

 

『む、人の子よ。何やらアチラが騒がしいであるぞ』

「おん? どしたん?」

 

 "カムル、カムリ"とバドレックスから呼びかけられ、シャクヤはスマホの操作を中断する。見ればバドレックスの指差す先に何やら人だかりが出来ている様子。一体何がそんなに気になったのかと、シャクヤがそちらに意識を遣った――その瞬間。

 

 

「――そう、わたしのこの身体で!!」

 

 

 突如雑踏に響く、高らかな宣言。

 何やら誤解を招きそうな発言に、二人はどちらともなく顔を見合わせる。何故なら響き渡ったその声に聞き覚えがあったから。

 

『この声は……』

「もしかしなくても……」

 

 往来に響き渡る鈴を転がすようなソプラノボイス、それは紛れもなく尋ね人である少女のもの。同時にそれを認識した瞬間、二人は全力で人だかりへと走り出す。

 

巫女(プリエステス)をこれ以上……!)

(しゃべらせちゃあ……!)

 

((いけない!))

 

 これ以上問題発言をする前に、一刻も早く彼女(フィオ)の口を閉じさせる。

 そのために二人は今、風となった。

 




・フィオ
 ナチュラルにとんでもない発言をかます少女。
 その結果、危うくマサルくんを社会的に殺しかけることに。
 勿論、彼女に他意はない。何かしらの行動で恩を返したいという意味で言っただけだ――しかし、言葉のチョイスが致命的に悪かった。

・マサル
 少女のピンチに颯爽登場、通りすがりのガラル紳士。
 エール団を鎧袖一触、フィオを危機から救った。
 が、最後の最後で助けたフィオからまさかの爆弾発言。
 危うく社会的に死ぬところであったが、駆けつけたバドレックスとシャクヤのお蔭で何とか致命傷は免れる。

・バドレックス&シャクヤ
 お財布咥えたまめだぬきを追っかけていったフィオを探し、エンジンシティを東奔西走。
 やっと見つけたと思ったら、何やら彼女はとんでもないことを口走っている始末。
 大急ぎで駆けつけて、必死の思いで誤解を解くこととなった。

・ダクマ
 マサルの手持ちの一匹。マスター道場が誇る秘伝のヨロイ。
 未だその身は幼くとも、阻めぬ進撃は(あんまり)ない。

 かつて北方の海洋民族はあらゆる進撃を阻むその武錬を讃え、彼の種族を毛皮の鎧を纏う者(ベルセルクル)と呼んだ。

 


以下、本編に入らなかった設定語り

・"妨害団体"とは?
 贔屓のチャレンジャーもしくはジムリーダーがジムチャレンジ(およびその後のファイナルトーナメント)で良い成績が残せるよう、他のジムチャレンジ参加者の妨害行為を行う団体。剣盾原作のエール団もこれに相当する。
 妨害団体はリーグが認定する妨害団体資格を取得することで、ガイドラインの範囲でリーグ関係者に対しある程度の妨害行為が認められている。ガイドラインは例として以下のような内容のものがある。
 
 ・妨害行為が認められるのはリーグ関係者のみ
 ・妨害者が被妨害者よりポケモンバトルを挑まれた場合、妨害者はこれを受けなければならない
 ・妨害者が被妨害者にポケモンバトルで敗北した場合、妨害者は速やかに妨害行為を取りやめなくてはならない
 ・妨害者が使用するポケモンは、被妨害者のジムバッジ獲得数に合わせた適正レベルの個体のみ
 ・窃盗や器物損壊、脅迫などの明確な犯罪行為とされるものについては一律禁止。違反した場合、個人は法に則り処分。所属団体は資格取り消しの上、ガラル地方での活動の無期限禁止処分となる。
 などなど
 
 ただ、これらルールが整う前の妨害団体はほとんど"妨害団体"とは名ばかりの犯罪者集団で器物損壊、窃盗、脅迫、暴行と何でもござれ。中には他地方の悪の組織(某R団とか)と結びついて違法賭博や八百長試合行うものまであった。ローズ委員長がそうした連中を一掃してリーグを浄化したのは本編で話した通り。そうした裏社会の影響を排除しても妨害行為そのものを撲滅するのは不可能だった。そこでローズ委員長は妨害団体をリーグの許可制とすることでコントロール下におくと共に、妨害者にポケモンバトルを義務付けることで妨害行為そのものをある種のエンタメとして昇華させた。
 そうした努力の結果、妨害行為はとてもバラエティー豊かなものとなり、ジムチャレンジの名物として受け入れられるようになった。例えば何年か前のジムチャレンジでは、ビビヨンマスクを着けた全身ピンクのマダムの集団が各地でジムチャレンジャーにクイズバトルを仕掛け、敗北したチャレンジャーを全身ピンクコーデにするという妨害を行っていたり。
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