豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~   作:野傘

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『歓談はスパイスの香りと共に』だヨ

 エンジンシティ、ポケモンセンター。

 

 フィオの衝撃発言の後、駆けつけたシャクヤの尽力により、何とかその場での騒ぎを治めた一行。とはいえ流石にあの場に留まる訳にもいかず、一行は近場のポケモンセンターに避難することとした。

 ポケモンセンターに辿り着き、ようやく一息ついたマサル。そこで彼は自身におかしなレッテルが貼られる前に騒動を鎮めてくれたシャクヤへ、心からの感謝を述べる。

 

「ありがとう……! シャクヤ、本当にありがとう……! 君がいなかったら、僕は危うく変態紳士の烙印を押されるところだった……! 君は本当に(社会的な)命の恩人だよ……!」

「うん。まあ、何と言うか……災難だったね……。同情するし……」

「気遣いが……! 心に、沁みる……!」

 

 苦渋に満ちた表情を浮かべ、全身から哀愁と疲労を漂わせるマサルの姿に、シャクヤは労うようにポンポンと彼の肩を叩いてやる。彼女のその気遣いにマサルは思わず目頭が熱くなった。

 瞼を押さえ天を仰ぐマサルを見ながら、"本当に大変だったんだな……"と心底同情するシャクヤ。とはいえ――

 

「――まあ、でも……あの子も別に悪気があった訳じゃあないみたいだし……」

 

 フィオも決して悪意があってあんな発言をした訳ではない、と同行人の少女のフォローも忘れずに入れておく。無いとは思うがこれで二人の仲が険悪になっても面倒だからだ。彼女は気遣いが出来る女だった。

 

「……それに、ねえ?」

 

 そう言ってチラリとセンターの奥を見れば、そこには涙目で正座するフィオと彼女に懇々と説教をする頭デッカイの(バドレックス)の姿。

 

『――分かったであるか巫女(プリエステス)よ。いくら恩人相手とはいえ"身体で礼をする"などという言葉は断じて、断 じ て 使ってはならんである』

「うえぇぇぇ……もうじわげありまぜんんん……」

 

 ポケモンセンターに着いてより数十分。自身の口走った発言について、バドレックスより延々と説教されているフィオ。どうやらその過程で自分の発言が世間一般でどう受け取られるのかも理解したらしく、時折オクタンの如く真っ赤になった顔を両の手で覆い隠し、いやいやと首を振っていた。

 

「あんだけ説教されてさ、本人もメッチャ反省してるみたいだし。出来れば許してやって欲しいなって」

「――うん。流石の僕もあれだけ凹んでるのを見てたら、許さない訳にはいかないかな」

 

 と、二人がそんな会話をしていると、説教が一段落したのか目を赤くしたフィオを連れてバドレックスが戻って来る。そうして戻ってきたフィオたちはマサルの傍らに立つと、徐にペコリと頭を下げた。

 

「……この度は、本当に……ホントーーに申し訳ありませんでした。知らずにとはいえ、何と言うことを口走ってしまったのか……。わたしはもう恥ずかしいやら情けないやらで……。うぅ……」

『ヨからも謝罪しよう。人の子(マサル)よ、此度はヨの巫女(プリエステス)が迷惑をかけてすまなんだ』

 

 自身の失態と迷惑を被らせたことを詫びる一人と一柱。そうやって頭を下げる彼女らに苦笑いしつつ、マサルは口を開いた。

 

「はい、その謝罪を受け入れます――と。ちゃんと反省してるみたいだし、それにそんな姿見せられたら、紳士として受け入れざるをえないよ」

「ぐす……うう、ありがとうございます……マサルさま……」

 

 フィオとバドレックスからの謝罪を受け入れたマサル。彼女らのその真摯な姿を見てしまえば、紳士たることを自負する彼にとって受け入れざるを得ないのだ。とはいえ――

 

「――ちゃんと身体で返して(行動で示して)もらえれば、だけど」

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛、ゴメンなざいいぃぃぃぃ……」

『ハア……やれやれ、である』

 

 ――ほんの少し、意趣返しを入れるのはご愛嬌だが。

 

 マサルからの返答に、再び顔を真っ赤にして悶えるフィオ。そんな彼女の姿を見て、クスリと笑うマサル。呆れたようにため息を吐くバドレックス。

 

「あー……。まあ、これで一件落着ってことで」

 

 二人と一柱の作り出す何とも言えない空気の中、シャクヤはそう締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、場所は変わって3番道路・キャンプエリア*1。その広々としたキャンプ用空間の一角に三人は居た。

 

「いやあ、何だか悪いね。夕飯をご馳走になっちゃって」

「何の何の! マサルさまには沢山お世話になりましたからね。お礼としてこれくらいはさせていただきませんと!」

 

 コトコトと、湯気を立てて煮える鍋をかき混ぜながら、フィオは遠慮するマサルにそう返す。そしてシャクヤもまた、彼女の言葉に首肯しながら――

 

「そーそー。それにキャンプのご飯はみんなで食べるのが醍醐味だしねー」

 

 と、遠慮する必要などないこと伝えた。

 

 

 ポケモンセンターでの謝罪の後、どうしても礼がしたいというフィオの願いにより、マサルが旅に同行することとなった。そうして新たな加えたフィオたち一行は最初のジムのある街、ターフタウンを目指しエンジンシティを出立。途中、日が暮れてきたために3番道路のキャンプエリアで一泊することとなったのである。

 既に夜はとっぷりと更け、時刻は夕飯時。鍋から漂う食欲をそそるスパイシーな香りに、マサルは口の中に溢れそうな慌てて唾液を呑み込む。次の瞬間、"ぎゅるるる"と鳴く腹の虫。思わず鳴ったその音を聞きつけて、シャクヤが"プッ"と吹きだす。

 

「プッ……アッハハハ! めっちゃお腹鳴ってんじゃん! やっぱ身体は正直ってかんじー?」

「たはは……」

 

 紅潮した頬を掻き掻き、曖昧に笑うマサル。幾ら紳士足ろうとも、食べ盛りの身体は食欲に忠実であった。

 

「うふふ。あと少しで完成しますので、ちょっとだけ待っていてくださいね」

 

 二人の会話を聞きながら、ニコニコとそう返すフィオ。既にかき混ぜ作業は最終段階、後は仕上げを残すだけであった。

 

 と、そこへ先ほどから興味深げに調理の様子を眺めていたバドレックスが徐に口を開く。

 

『ふむ、巫女(プリエステス)よ。オヌシが先ほどから鍋で煮込んでいるのは一体何であるか? 粥の類いかと思ったが、それにしては随分と香辛料を使っているようであるが……』

 

 湯気を立てる鍋の中身を覗き込みながらフィオにそう問うバドレックス。何故なら彼が人間と交流していた時代にまだこの料理はなく。彼がこれを見るのは始めてなのだ。

 

「はい、王さま。こちらはカレーという料理です!」

『"かれー"?』

 

 カレーライス、略してカレー。スパイスを利かせたとろみのあるきのみのスープをライスという穀物にかけて食べる、現在ガラルで大流行中の料理だ。元々はガラルと交流のあった南の地方*2から伝わったもので、調理の手軽さと誰が作っても外れの無い味からポケモンキャンプでは定番の料理であった。

 

『ほほう……、異国より伝わってきた馳走であるか。なるほど確かにこの香りは何とも"えきぞちっく"な気分になるである。一体、如何なる味なのであろうか』

「うふふ、それは召し上がってのお楽しみということで。ですが、王さまもきっと気に入られる筈ですよ?」

『カラ、カラ、カラ! なるほど、そうであるか。ならば楽しみにしておこう』

「はい! っと、それではカレー作り最後の仕上げを行いますので、少々お待ちを!」

 

 そう言うとフィオはかき混ぜる手を止め、鍋に向けて精神を集中し――

 

「美味しく……なーれ!」

 

 次の瞬間、カレーに彼女の"まごころ"が投入された。

 

 カレーを作りに欠かせない最後の仕上げ、それは"まごごろ"を込めること。これを欠いてしまうとカレーは完成しない。他地方の人間はこの工程を見る度に、「"まごごろ"って何だよ」と口を揃えて言うが"まごごろ"は"まごごろ"である。それ以上でもそれ以下でもない。ガラルにおいてカレーは"まごごろ"を込めて作るもの、それは神の定めたこの世界の摂理である。

 

「よし! 出来ました!」

 

 "まごころ"が込められたことでとうとう完成したカレー。完璧なタイミングで"まごころ"が投入されたお蔭か、先ほどと比べて鍋の中のルーが心なしか輝いて見える。この輝きこそが"まごころ"の証。これを見た他地方の人間は必ずと言っていいほど、「同じじゃん」というが全然違う。ガラルにおいてカレーとは輝きを伴うもの。ガラル人とって輝かないカレーなど、カレーに非ず(ドガース級)なのだ。

 勿論、先祖代々生粋のガラル人であるフィオはカレーの発する輝きを知覚することが可能。そして彼女の料理の腕前はダイオウドウ級*3。故に、今宵のカレーもまた素晴らしい輝きを発していた。

 

「皆さま、お待たせしました!」

 

 出来上がったカレーを皿に盛り付け、皆の前に並べていくフィオ。

 

「今宵のお夕飯は、カンムリ雪原で育ったお野菜をたっぷり使った特製カレーです!」

「「『おお~!』」」

 

 配膳されたカレーの輝きを見て、歓声を上げる三人。その出来栄えから味はまず間違いなくダイオウドウ級だろう。

 

「んじゃ!」

「早速!」

『食むとしよう』

「うふふふ。それではどうぞ、召し上がれ♪」

 

 香り立つカレーの匂い。すきっ腹を抱えた三人が我慢など出来る筈がない。三人はフィオの言葉を合図としてスプーンを取り上げると、早速カレーを一掬い。そうしてひとくち口の中に入れれば、広がったのは確かな辛みと濃厚な旨味。ガラルマサルのしっかり効いたルーは刺激的ながらも、具であるカンムリの地の豊かな土壌で育てられた野菜によってまろやかな味わいとなっており、とても食べやすいものであった。

 

「何これうっま!」

「本当に美味しい……!」

『ウム! 実に美味であるな!』

 

 滋味豊かなカレーの味に、口々に美味と言う三人。食べる勢いは止まらず、あっという間に皿は空となる。

 

「えへへへ……喜んでいただけたようで何よりです。たくさん作りましたから、皆さまお好きなだけ食べてくださいね!」

「まじで!? んじゃ、アタシお代わり!」

「あ、じゃあ僕も!」

『ヨも代わりを所望しよう』

「ふふふ、かしこまりました。少々お待ちを~」

 

 フィオが代わりを沢山作ったと言えば、待ってましたばかりにと突き出される空の皿。三人からのお代わりのリクエストに、フィオは笑顔でカレーを盛り付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美味なるカレーに舌鼓を打ち、一心不乱にスプーンを動かす三人を見ながら、ニコニコと笑みを浮かべるフィオ。そんな彼女の上機嫌な様子を不思議に思ったか、バドレックスは一時食べる手を止めて彼女に問いかけた。

 

『フム、巫女(プリエステス)よ。先ほどより妙に機嫌が良いようであるが、何か良いことでもあったであるか?』

「王さま。――はい、実はわたしこうしてお友達にお料理を食べてもらうことなんて初めてで、何だか嬉しくて」

 

 曰く、彼女がこうして"同年代の友人"に手料理を振舞うのは初めてのこと。故に、皆が美味しい、美味しいと食べてくれてとても嬉しいのだとか。

 

故郷(フリーズ村)では同年代はわたし一人だけで、後は年の離れた妹のような子とご年配の方しかおりませんでしたから。中々、こういった機会は無くて」

 

 限界集落であるフリーズ村でフィオ以外の若者と言えば彼女よりだいぶ年下の子供が一人しかおらず、他の住人は年齢のいったジジババばかり。こうした同年代の友人とワイワイ過ごすことなど今回が初めてのことである。

 

『……そうであるか』

「はい。――ああ! でも、それで別に寂しい思いをした訳ではありませんよ? 村の皆さまはわたしにとって家族のようなものですから!」

 

 フィオは言う。確かに共に遊ぶ同年代の友人はいなかったが、それで寂しい思いをしたことなどない。何故ならあそこは愛する故郷、村の皆は家族のようなもの。ならばどうして寂しさなぞ感じることがあろうか、と。

 

「それに、同年代で一緒に遊ぶお友達は居なくても、文通相手(ペンパル)ならおりましたし」

 

 さらに、確かに共に遊べる友人は居なかったが、友人自体いなかったわけではない。同年代で気の合う文通仲間が居るのだ、と付け加えるフィオ。

 

「へえ、文通相手(ペンパル)とかいるんだ。……この時代で文通とか結構珍しいね」

「あー、でもフィオってば最近までスマホどころかケータイすら持ってなかったって言ってたし……」

『ふむ、我が巫女(プリエステス)に文を交わす相手が居たというのは初耳であるな……。一体いかなる人物であるか?』

「はい! 『オニオン』くんというのですが、とってもポケモンに詳しくて……」

 

 彼女らの話を聞きつけて、会話に加わるマサルとシャクヤ。

 

 美味しい食事と気の合う友人との談笑。それこそがキャンプの醍醐味。

 果たして同年代の和気あいあいとした会話は、夜遅くまで続いたのだった。

*1
各道路に設けられたキャンプ用のエリア。ポケモンキャンプが盛んなガラル地方のキャンプ需要を満たすために整備されたもので、エリア内にはテントを張るための広場や電気、ガス、上下水道などのインフラが整備されており、利用者は快適かつ安全にキャンプを楽しめる。ジムチャレンジ期間中は、チャレンジャーは無料で利用可能。

*2
ダイオウドウたちの故郷とされる地域。

*3
プロフェッショナル=リザードン級には及ばずともアマチュアとしては相当なレベル。




マサルくんが なかまに くわわった!

・カレー
 今、ガラルで大人気の料理。火加減を調整し、かき混ぜ、最後に"まごころ"を込めることで完成する。
 ガラルではカレーは"まごころ"を込めて作るもの。それは創造神が定めたる世界の摂理である。

 ???「ほら りょうりはあいじょうと いいますし」
 
・オニオンくん
 フィオの文通相手(ペンパル)である少年。ジムチャレンジ挑戦にあたり、色々とアドバイスをもらったらしい。
 とてもポケモンバトルが強く、何でも今年マイナーリーグながらジムリーダーに就任したそうだ。
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