豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~ 作:野傘
さて、時は過ぎてその夜。
ターフタウン内のホテルの一室にて、手に持つスマートフォンをたどたどしく操作するフィオ。慣れぬ操作に苦戦しつつも画面を数度タップし、ようやくお目当ての動画サイトにたどり着く。
『
「あ、王さま!」
と、そんな彼女の様子を不思議に思ったか、何を見ているのかとバドレックスが問うてくる。フィオは画面から顔を離すと、嬉々として王の問いに答えた。
「実はシャクヤさまより動画サイトでジムリーダーさまの試合が見られるとお聞きしまして……明後日のジム戦に備え、一度その戦い振りを見ておこうかと」
『ほほう、戦の前の敵情視察という訳であるか。ウム、戦う相手をよく知るのは勝利への常道。よき心がけであるな
「身に余るお言葉をいただき恐縮です。されどわたしは未熟の身、やれることは何でもやりませんと。――そうです! 王さまもご覧になっては如何でしょう?」
『カム? ……ふーむ、そうであるな。確かに戦うのはヨもまた同じこと、ならば相手を一目見ておくのも悪くない』
そう言って、"どれどれ"と興味深げにスマホの画面を覗き込むバドレックス。フィオはそんなバドレックスが見やすいように画面を調整すると、お目当ての動画の再生ボタンをタップした。
フィオが再生した動画、それは去年のジムチャレンジの様子を記録したバトルレコードだった。
画面に映し出されたのはターフスタジアムのバトルコート。そこでは白いユニフォームに身を包んだチャレンジャーと若草色のユニフォームに身を包む男が対峙していた。
『む、
「はい。この方がターフスタジアムを守るジムリーダー、くさタイプ使いのヤロー様です」
『そうであるか……ふーむ、中々に逞しい体付きであるな』
白と若草のユニフォームに大きな農業用の帽子とゴム長靴。がっしりとした逞しい体付きとそれに似合わぬ柔和な顔立ちをしたその男の名は"ヤロー"。ジムチャレンジに待ち受ける最初の
――それではチャレンジャー・マタハリ選手VSジムリーダー・ヤロー選手、試合開始です!
鳴り響く試合開始の合図、同時に両者はボールを手に取り各々の手持ちをコートに繰り出した。
チャレンジャーが繰り出したのは『こいぬポケモン』ガーディ、対するヤローが繰り出したのは『はなかざりポケモン』ヒメンカ。タイプ相性を考えればチャレンジャー側の有利対面である。
そして試合はチャレンジャー優位のまま進行、ガーディの放った炎によりヒメンカが戦闘不能となる。
『むむ、相性不利とはいえ妙にあっけなく倒されてしまったであるな。関門というからにはもっと手強いものかと思っていたのだが……』
「くさジムはチャレンジ最初のジムでございますから、ジムリーダーの方も手加減をされておられるのかと。それにこちらのチャレンジャーの方は昨年のセミファイナルベスト4に至ったお方。その実力も申し分ないということでございましょう」
フィオの言葉に"そういうものか"と思いつつ、バドレックスは再び視線を画面へと戻す。
ひんし状態のヒメンカをボールに戻し、ヤローが次に繰り出したのは『わたかざりポケモン』ワタシラガ。ヒメンカの進化系であるこれまたくさタイプのポケモンだ。
チャレンジ最初のジムであるくさジムにおいてジムリーダーが使用可能なポケモンは2匹まで。即ちこのワタシラガはヤローにとって最後の手持ち、この試合における彼の切り札であった。
(……これが"じむりーだー"の切り札であるか。まあ、それなり鍛えられているようであるがヨには及ばんな)
映像に映るワタシラガの姿を一目見て、内心密かにそう評価を下すバドレックス。いくらジムリーダーの切り札と言えども所詮一般のポケモン、零落したとはいえ神たる己に敵しない。これなら大した苦戦もなく突破できるだろう。むしろ自身の力をほとんど披露することもなく倒してしまわないか心配だ、と。
だが、バドレックスが抱いた、そんな超越者らしい傲慢な考えは――
――おおっと! ここでヤロー選手、ワタシラガをボールに戻した!
次の瞬間、全て吹き飛ばされることになる。
――ウオオ! 僕たちは粘る! 農業は粘り腰なんじゃあ!
掲げたモンスターボールにワタシラガが吸い込まれ、同時にヤローの右手首に巻かれたバンドへと
装填される特殊なエネルギー。そのエネルギーがバンドを通してヤローの掲げるボールへと注ぎ込まれ、瞬く間に輝く巨大なグリッド状へと変化させる。
そうしてビリリダマサイズにまで巨大化したボールをヤローは優しく撫でた後、振りかぶって天高く放り投げた。
スタジアムの中空を山なりに跳んだボール。それが一際強い輝きを発し、中に収めたポケモンを解放する。赤紫の輝きに包まれ浮かび上がったのはワタシラガのシルエット。
次の瞬間、その影が凄まじい勢いで巨大化していく。
一回り、二回り……やがては人の身の丈を超え、見上げる程の大きさに。
そして身を包む光が晴れた時、そこにあったのはスタジアムの天井に届かんばかりに巨大化したワタシラガの姿。頭上に天を覆い尽くさんばかりの大嵐を発生させ、地響きとともにスタジアムへと着地した。
――ワァァァタァァァ……!
スタジアムを震わせる重低音の咆哮。
観客席を照らす赤いガラル粒子の輝き。
これこそがガラルにおけるポケモンバトルの真骨頂。「ねがいぼし」の恩寵を受けしトレーナーが持つ切り札。
災厄たる
――さあ、ダイマックスだ! 根こそぎ刈り取ってやる!
その名も"ダイマックス"である。
「おお! きました、ダイマックス! テレビで何度も目にしましたが、やはりこの瞬間が一番盛り上が――『バカな!!』――王さま?」
開帳されたヤローの切り札、ダイマックスポケモンの登場に興奮の声を漏らすフィオ。
だが次の瞬間、その声を遮るように発されたバドレックスの叫びに驚き、振り向く。
見ればバドレックスは信じられぬとばかりに目を見開き、狼狽している様子。普段の鷹揚さとは打って変わった神王の姿に、フィオは一体どうしたのかと問うた。
「どうなされたのですか、王さま? ひどく驚かれておられるようですが……?」
だがバドレックスがそれに応えることはなく。何かを思い出すように虚空を見つめ、ブツブツと独り言を呟くばかり。
『ありえぬ! 人の手で
だが、それもまた仕方のないことだった。
なぜなら文明によって禍つ星の力の一端を引き出すダイマックスは、バドレックスにとって3000年前に
『あの時、ヤツは確かに禍つ星もろとも地の底へと墜ちていった筈……! まさか……生き延びていたというのか? 否、例え生きていたとてアレは定命の身。人の身で3000年もの年月を在り続けられる訳がない……! だが、しかし、なぜ……?』
3000年前、ある男の死とともに永遠に失われた筈だった禁忌の技術。それが衆人環視の元、堂々と使われている事実にバドレックスは衝撃を隠せなかった。
「王さま? 王さまー? ……王さま!」
『――ハッ!?』
と、そこで思考に埋没していたバドレックスに強い調子の言葉が届き、彼はハっと顔を上げる。
『おおう、驚いた。
「どうしたもこうしたも、先ほどからいくらお呼びしても反応がございませんでしたので、少々心配になってしまいまして……」
『う、ウム。そうであったか……いや、スマナんだ。"じむりーだー"がポケモンをいきなり
「――ああ、なるほど! 確かに"ダイマックス"をご存じなければ、驚かれるのも無理はありませんね」
『"だいまっくす"……?』
「はい! "ダイマックス"というのはですね……」
初めて耳にした"ダイマックス"という言葉に首を傾げるバドレックス。それを見たフィオは手にしたスマホを操作、検索画面に"ダイマックス"と打ち込み、検索結果を読み上げる。
ダイマックスとはポケモンの体内から放たれる特殊なパワーにより周りの空間が歪み、実際の大きさよりもポケモンを巨大に見せる現象だ。遥か太古よりガラルで恐れられてきた災害——
その粒子の名は「ガラル粒子」。十数年前にマグノリア博士という人物により発見されたこの謎多き粒子を、「ねがいぼし」という鉱物を組み込んだ特殊なデバイス――ダイマックスバンドで制御することにより、限られた場所で短い時間という制限がありつつも、自由にダイマックス化させることが可能となったのだ。
『カームムム……そうであったか』
「はい、なのでスタジアムのダイマックスは完全に制御されたもの。王さまがご心配なさるような――「
『フーム……(
"ダイマックス"の詳細を聞き、それが
『しかし、そうなれば……』
だがそれはそれとして、新たな問題が発生したことも事実。
衰えたりとはいえバドレックスは伝説の存在、そんじょそこらのポケモン相手など勝負にならぬ。
――しかし、相手が
故に——
『——スマヌ、
バドレックスは断言する、"このままでは勝てない"と。
「え……?」
唐突に吐露された王の言葉、フィオは一瞬間抜けな声を出し。
「ええええぇぇぇぇぇぇ!?」
次の瞬間、その意味を理解して思わず叫んだ。