豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~   作:野傘

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再び投稿間隔が空くと思いますが、気長にお待ち下さい。


『汝、"豊穣の王"の神威を見よ』だヨ

 時はフィオたちがジムミッションを突破した翌日。

 

 ——ザワザワ

 ——ワイワイ

 ——ガヤガヤ

 

 熱狂する観客によって埋め尽くされ、騒々しい声に満ち溢れたターフスタジアム。

 見物客でごった返す観客席の中、マサルは一人スマホロトムを片手に周囲を見渡しながら歩いていた。

 

「おーい、マサル。こっちこっち」

 

 と、そこで客席の一角から彼を呼ぶ声が響く。声のする方へ振り向けばそこにあったのは彼に向かって手を振る友人・シャクヤの姿。ようやく見つけた尋ね人に手を振り返し、彼女の元へ進むマサル。そして彼はシャクヤの隣、彼女が確保しておいた席に腰を下ろした。

 

「や、ごめんごめん。ちょっと迷ってて遅くなっちゃったよ」

「この人混みじゃしょーがないし。あ、1個目のバッジゲットおめでとー。ジムリーダー相手に結構ヨユーだったじゃん」

「あはは、お褒めに預かり恐悦至極、っと。まあ、道場で一年間みっちり勝負の"いろは"を仕込まれたからね。これ(1番目のジム)くらい突破できないと師匠に顔向けできないよ。——それに、そう言うシャクヤだって割と余力残してたよね?」

「んふ、ありがと。まーアタシも勝負に関しちゃ結構恵まれた環境で育ったかんね。こんぐらいチョチョイのチョイよ」

 

 お互いの試合の感想を軽く話し合う二人。

 その会話から伺えるように、二人は既にジムリーダーとの試合(スタジアムバトル)に勝利し、無事チャレンジ突破の証たる"くさバッジ"を獲得していた。

 

「で、残るのはフィオだけ……なんだけど」

 

 そこで話題はまだ試合を行っていないもう一人の旅仲間、フィオへと移る。元ジムリーダーの娘(シャクヤ)元チャンピオンの弟子(マサル)というある程度の実力が保証されている二人とは異なり、フィオは完全な無名のトレーナー。勝負(バトル)そのものの経験も少なく、二人にとってもその実力はよく分かっていない。

 

「そういえばシャクヤはフィオと1回勝負してたんだっけ。その時はどんな感じだった?」

「んー、新人としては結構ソツがない感じ? 相性の差もあったけど、アタシのチゴラスに勝ってたし。……ただ、その時出してたのはドロバンコだったんだよね~」

 

 思い出すのはエンジンシティでの勝負。その時のフィオは少々危ういところもあったが、それなりにソツなくポケモンへと指示を出していた。聞くところによれば彼女にとってはあれが人生における初のポケモンバトルであったらしい。初めてのポケモンバトルで自分に勝てる当たり、それなりの才能はあるのだろう、とシャクヤは見積もっていた。

 

(ま、あの時はアタシも全力じゃなかったしね)

 

 と、心の中で付け加えたのはご愛嬌だろう。シャクヤもまた一人のポケモントレーナー。勝負に負けるのは悔しいのだ。

 なお彼女が全力でなかったというのは、チゴラスが彼女の手持ちの中では新参であり、まだ勝負をほとんどしたことのない個体だからである。故に本気(勝つ気)ではあっても、()()ではない。流石に新人相手で全力(ガチメンバー)を出すなど大人げない真似は出来なかった*1

 

「ドロバンコ、かあ……。じめんタイプだからここ(くさジム)とは相性悪そうだけど」

「うん。だからあの子、今回の試合でドロバンコは出さないんだって」

「……え? って、ことは——」

「"王さま(バドレックス)"だけでジム突破するんだって」

 

 シャクヤによれば、フィオは相性不利であるドロバンコを使わず、バドレックスのみでジムを突破する腹積もりらしい。

 それを聞いたマサルは顎に一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐさま何かを考えるように顎を手に添えた。

 

王さま(バドレックス)……、ねえ)

 

 思い起こすのはほとんど常にフィオの隣に浮かんでいる謎のポケモン(バドレックス)の姿。図鑑にすら情報がない、謎めいたあのポケモンはこれまでの道中にて度々不可思議な力を披露していた。

 だがそうした能力を見せる一方で、肝心の戦闘能力についてはまるで分からないのが実情である。何せマサルもシャクヤも、おまけにトレーナーであるフィオでさえ、バドレックスが実際にバトルを行っている姿を見たことがない。故に、彼のみで本当にジムチャレンジを突破できるのか、まるで予想が付かないのであった。——尤も当のフィオはバドレックスが必ず勝利するものと信じているようであったが。

 

「うーん……本当に王さま(バドレックス)だけで大丈夫なのかな……?」

「どうなんだろ? でもあの子(フィオ)はマジのガチで勝つつもりみたいだし……。それに、一昨日のアレもあるし」

 

 その時シャクヤがポツリと漏らした言葉……"一昨日のアレ"。

 その言葉でマサルは一昨日彼女から受けた相談内容——"ダイマックスの攻略手段"を思い出し、何とも微妙な表情となった。

 

「実際、僕は直接聞いてないから分からないんだけど……。本当にダンスでダイマックスを突破するつもりなの?」

「——多分? 少なくともあの子は冗談のつもりじゃないようだったけど」

 

 "いや、でもねえ……"と、半信半疑の気持ちで腕を組むシャクヤ。彼女の手持ちポケモン(バドレックス)が色々と不可思議な能力を持っていることは知っているが、それでも俄かには信じがたいことである。

 だが、部外者である彼らがああだこうだと考えたところで仕方がないのも事実だ。

 

「——まあ、ジム戦は負けても期間内なら再挑戦できるし」

「うん、負けたら負けたでその時はまた別の対策を考えればいいだけだしね」

 

 少なくともフィオはこの作戦に何らかの勝機を見出したことは間違いない。それに負けたとしても期間中であればジムは何度でも挑戦できるのだ。ならばここは彼女の決断を信じ見守るべきであろう。

 

 ——さあ、本日最後の試合! 間もなく挑戦者(チャレンジャー)・フィオ選手VSジムリーダー・ヤロー選手の試合が始まります!

 

 と、そう結論付けたところで、スタジアムに試合開始を告げるアナウンスが鳴り響く。

 雑談を切り上げた二人は、視線をスタジアムの中央——バトルコートへと移したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ザワザワザワ……!

 ——ワアアアアアア……!

 

 スタジアムに騒めく観衆たちの歓声。

 バドルコートを照らすライトの強烈な光。

 

 それらが齎す熱気を浴びながら、フィオはくさタイプの象徴色たる若草と茶色に染まったバトルコートへと進み出る。

 注がれる数千人の観衆の視線。だが、それらを一身に受けているにも関わらずフィオの心は奇妙なまでに凪いでいた。

 

(——やれるべきことは既にやり尽くしました。……ならば後は王さまを信じ、そのお力が振るわれることをお助けするのみ)

 

 然もありなん。巫女(プリエステス)たる彼女の役割とは即ち、神たるバドレックスが存分にその力を振るえるよう場を整えることに他ならず。

 そして、彼女はそのための準備を既に十分やり尽くしている。ならば、後は王の力を信じ祈るのみである。

 

(然りであるぞ。我が巫女(プリエステス)よ)

(——王さま)

 

 進み出る彼女の内心へと豊穣の王(バドレックス)の言葉が響く。

 

(既に尽くすべき人事は尽した。残るは神たるヨが行うべき領分よ。オヌシは定められた手筈を定められた通りにこなせばよい。さすればヨが必ずや勝利を齎そうぞ)

(——はい!)

 

 "ただ定められた手筈をただ定められた通りにこなせばよい。さすれば必ずや勝利が齎されん"、と力強くそう言い切ったバドレックス。

 果たして信仰する王の言葉を巫女(プリエステス)たるフィオは一片の疑いもなく、確信をもって肯定するのであった。

 

(——!)

 

 その時、スタジアムを進む彼女の視界にコートの反対より中央へと歩む一人の男の姿を捉える。

 一見すれば幼げにも見える柔和な顔立ちとそれに見合わぬたくましい体躯。くさジムの象徴たる若草色のユニフォームを身に纏い、大きな農業用の帽子を被った男——名を"ヤロー"。

 この"くさジム"を預かるジムリーダーにして、これよりフィオたちが挑むジムチャレンジ最初の関門となる相手であった。

 

 バトルコート中央まで進み出で、互いに視線を交わす両者。

 "目と目が合ったらポケモンバトル"、それはポケモントレーナーに広く共有されたポケモン勝負の不文律。古くから伝わる"視線を交わすことで互いの勝負に対する意思を確認する"作法である。

 それはこのようなスタジアムでの試合においてなお、欠かすことの出来ない神聖なものであった。

 

「ほう……これはこれは」

 

 その時、対峙する挑戦者(フィオ)を一目見たヤローが感心したように声を上げた。

 

「ぼくの"くさ"ジムはチャレンジ最初のジム。なので挑戦者(チャレンジャー)は多かれ少なかれ緊張しとるもんがほとんどなのですが……お嬢さんは全く緊張しておられんようで」

「この日のために準備して参りましたから。既にやれるべきことはやり尽くした以上、試合前に今更うろたえることはありません。——この試合、必ず勝利させていただきます」

「ハッハッハ! 何とも豪胆なお嬢さんじゃあ! こう啖呵を切られては、ぼくも全力でお相手せねばなりませんなあ!」

 

 強敵(ジムリーダー)を前に、堂々と自らが勝利することを告げるフィオ。彼女の自信満々な様子にヤローは笑みを浮かべ、ならば自らの全力で以ってお相手しようと告げるのであった。

 

 試合前の儀式を終え、バトルコートの規定位置に立った両者。

 

 視線は交わされ、合意は済んだ。

 かけるべき言葉もかけ終わった。

 

 後はただ——刃を交えるのみ。

 

 ——それでは挑戦者(チャレンジャー)・フィオ選手VSジムリーダー・ヤロー選手……

 

 両者、ボールに手を掛けたならば——

 

 ——試合……、開始!

 

 いざ、尋常に勝負開始。

 

 ジムリーダーの ヤローが 勝負を しかけてきた! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合開始を告げるホイッスルの音。

 それが消え去るのと同時にフィオとヤローは各々、バトルコートへと己が(ポケモン)を繰り出す。

 

「行くんじゃ、ヒメンカ!」

 

 ——ひーめ!

 

 片や、鮮やかな黄色の飾りを身に着けし花のポケモン——"はなかざりポケモン"ヒメンカ。

 

「王さま! ご出陣を!」

 

 ——カムル! カムウラス!

 

 片や、王冠の如き角を備えし獣のポケモン——"キングポケモン"バドレックス。

 

 モンスターボールから解き放たれ、バトルコートにて対峙する両者。

 先手を打ったのはヒメンカであった。

 

「まずは小手調べ! ヒメンカ、『りんしょう』じゃ!」

 

 ——La~♪

 

 ヤローからの指示を受け、ヒメンカの口より美しき旋律が紡がれる。スタジアムに響く鈴を転がすような歌声はしかし、その内に確かな破壊力を秘めた攻勢の一撃。

 

「王さま!」

 

 対し相対するバドレックスが選択したのは、護りの構えであった。

 

「叡智の護りを、此処に! 『ひかりのかべ』です!」

 

 ——カ カムリ!

 

 その言葉と共にバドレックスが片手を掲げ、眼前にサイコパワーを集中させる。

 展開されたのは光り輝く防御壁。"とくしゅ"技の威力を大幅に減衰させるこの結界により、攻勢を削がれた『りんしょう』はただのそよ風の如くバドレックスの頬を撫でるのみに終わった。

 

「『ひかりのかべ』で守りを固めましたか。しかし、それで軽減できるのは特殊攻撃のみ! ならば物理で攻めるだけじゃあ! ——ヒメンカ、『こうそくスピン』!」

 

 機先を制すべくはなった『りんしょう』を防がれ、逆に護りを固められたヤロー。だがそこは経験豊富なジムリーダー、すぐさま『ひかりのかべ』による減衰の利かない物理攻撃による攻めへと切り替えた。

 指示を受けるやいなや、その体を高速で回転させるヒメンカ。そのまま暴れ独楽の如き勢いでバドレックスへと攻め寄せる。

 

 一方のバドレックスは、迫るヒメンカを前になお不動であった。

 

 ——地脈接続。

 

 目を閉じ、意識を集中させ、大地を流れる地脈の力に自身を同調させる。

 感ずるのはガラルの大地を循環する莫大な力、それは惑星内核に端を発する自然のエネルギーそのもの。バドレックスの持つチカラとは即ち、このエネルギーにアクセスし、自由自在に引き出す能力に他ならない。

 とはいえ、信仰を失い零落した今のバドレックスでは引き出せる量も全盛期のそれと比べれば微々たるもの。

 だが、今はそれだけあれば十分だ。

 

(めぐ)み生い立て神依(かみよ)(いつき)——『せいちょう』です!」

 

 ——カム……ムイ!

 

 地脈から引き出したエネルギーを体内に回し、自身の能力を底上げする。

 同時にバドレックスの体がほんのりと蒼い輝きを放ち始めた。

 

「大地の威容をその身に受けよ! ——王さま、『ねんりき』を!」

 

 その身に薄っすらと蒼いオーラを纏いながら、バドレックスが構えを取る。

 狙う先は迫るヒメンカ。打ち放ったのはサイコパワーの念動波であった。

 

 ——ヒ、ヒメッ!?

 

 強大なサイコパワーの重圧がヒメンカを包み込み、高速回転していた肉体が中空に縫い留められる。全身を締め付ける強烈な拘束、それはさながら見えざる巨人の手に捕らえられたかの如く。

 襲い来る圧力より逃れんと藻搔くヒメンカであったが、しかし拘束を解くことは叶わず虚しく中空にて手足をバタつかせるのみであった。

 

 そして——

 

 ——ヒーーーメーーー!?

 

 刹那、その体が凄まじい勢いで放り投げられる。

 勢いのあまり芝を抉りながらスタジアムを転がっていくヒメンカ。その体はコートの反対側、ヤローの足元まで転がり続け、そこでようやっと停止する。

 

「む、ヒメンカ! 大丈夫ですか!?」

 

 ——ヒ~メ~……

 

 足元へと転がって来たヒメンカにヤローが大丈夫かと声を掛ける。だが、ヒメンカは完全に目を回しており、彼の言葉に反応することはない。完全なる戦闘不能(ノックアウト)状態であった。

 

「……お疲れ様さんです。戻るんじゃ、ヒメンカ」

 

 検討虚しく敗れたヒメンカに労いの言葉を掛けながらボールへと戻すヤロー。

 その顔に浮かぶのは僅かな悔しさと……それ以上に大きな驚きと感心。

 

「いやあ、お強い。まさか一番手(ヒメンカ)をこうもあっさり攻略されるとは。ほんに、今年のチャレンジャーは粒ぞろいですわ」

 

 思い浮かぶのはここ数日で対峙した綺羅星の如き才を持つ、若きトレーナーたちの姿。

 彼らはその誰もが8つの関門(ジム)を踏破するだけのポテンシャルを秘めていた。そして目の前の少女とポケモンにもまた、その才能が備わっているとヤローは確信する。

 

「だが、ぼくとてそう易々と突破される訳にはいかんのだわ! ゆくぞワタシラガ! ぼくらの本気を見せてやれ!」

 

 ——ワッタア!

 

 だが、例えチャレンジ突破を確信したとて、早々に勝ちを譲ってやるなんて甘いことはしない。

 繰り出したるは最後の手持ち——"わたかざりポケモン"ワタシラガ。

 

「——これがぼくらの切り札(ダイマックス)じゃあ!」

 

 咆哮とともに繰り出したワタシラガを再びボールへと格納。同時にヤローの手首に装着されたダイマックスバンドへ、赤いガラル粒子の輝きが収束する。

 瞬時にバスケットボール大まで巨大化し、赤いグリッド形状へと変化したモンスターボール。天高く放り投げられたそれが一際強い輝きとともに開き、内に収められた災厄の残照を解放する。

 

 

 ——ワァァァタァァァ……!

 

 

 まき散らされる真紅の粒子。バトルコートを揺らす地響き。

 頭上に巨大な紅雲を伴い、現れたるは『嵐の王』の堕とし子——ダイマックスポケモン。

 

 さあ、若き挑戦者(チャレンジャー)よ。その才を以ってこの試練(ダイマックス)、超えてみせろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――オー! オー! オーオーオーオー!

 

 

 天を貫かんばかりの圧倒的な威容を以ってスタジアムに屹立するダイマックスワタシラガ。

 開帳されしジムリーダーの切り札(ダイマックス)に観客席から歓声と掛け声(チャント)が鳴り響く。

 

 眼前には大敵(ダイマックスポケモン)が立ちはだかり、周囲には敵を鼓舞する声援が満ちる。

 そんな限りなく敵地(アウェイな状況)に在りて、しかしバドレックスは萎縮するどころか逆に意気軒高とした様子であった。

 

『来たであるか、"ダイマックス"。ウム、巨獣(フォモール)を模したその有様、間近で見ればまさしく脅威的である。——だが、それでこそ打倒しがいがあるというもの。ヨの復活の狼煙としてこれほど相応しき手合いはあるまい』

 

 巨獣(フォモール)とは災厄(ブラックナイト)の先触れにして、禍つ星の先兵。

 3000年前の"黒き夜(ブラックナイト)"においては、実に数千を超える数の巨獣(フォモール)たちがガラルの大地を蹂躙したのだ。故に、災厄を打ち払わんとするならば巨獣(フォモール)を打倒することが必須。

 よって、たかだかそれらを模しただけの存在(ダイマックス)に負ける訳にはいかないのだ。

 

 背負う外套(マント)を翻し、自らの背後にて控えし巫女(プリエステス)へと神王(バドレックス)は王命を下す。

 

『さあ、我が巫女(プリエステス)よ! 始めるぞ! ヨの再臨の祭礼を!』

「——はい! 王さま!」

 

 『豊穣の王』再臨の神祭(かみまつり)、その始まりを。

 

「すうぅぅぅ……」

 

 フィオは目を瞑り、深く息を吸い込む。

 意識を集中させ、あらゆる雑念を廃し、観想するは慈悲深くも勇ましきバドレックスの姿。

 

「——ハアアアアアアアアアアア!」

 

 刹那、彼女は眼をカッと見開き、裂帛の気合とともに大地を踏みしめた。

 

 力強く大地を叩き、ステップを踏む。それは冬の眠り微睡む生命へ、春の目覚めを告げるため。

 次いで大きく腕を開き、天高く差し伸ばす。それは冬の死せる大地へ、春の芽吹きを齎すため。

 只管に繰り返されるその動きが表すのは巡り還る命の円環。

 常しえに冷たき大地へ豊穣の恵みを齎す——大いなるバドレックスの御業を讃える神楽である。

 

 

 

 ——ザワザワザワ……?

 

 

 

 試合の只中に、突如として舞い踊り始めたフィオ。

 その前代未聞の行動に、ダイマックスに湧いていた観客たちも何事かとフィオへ視線を注ぐ。先ほどまでスタジアムに満ちていた大歓声とチャントは今、困惑した騒めきに変わっていた。

 

「――何だか分かりませんが、バトルの最中にダンスとは随分と余裕ですな! だったらその隙、遠慮なく突かせてもらうんだな! ワタシラガ、『ダイアタック』じゃあ!」

 

 試合の最中、対戦相手が突如として踊り出すという事態に思わず面食らうヤローであったが、そこは百戦錬磨のジムリーダー。すぐさま意識を切り替えて、隙だらけの対戦相手に攻撃を繰り出す。

 ヤローからの指示に応え、その身を震わせるワタシラガ。ダイマックスした巨体より膨大なエネルギーが放たれ、スタジアムに天を貫かんばかりの巨大な光の柱が顕現する。

 ダイマックスしたポケモンの放つ"ダイマックスわざ"は絶対の防御たる『まもる』すらも貫通してダメージを与える。おまけに溢れるダイマックスエネルギーにより、ダイマックスわざの攻撃範囲はバトルコートの全域に及ぶ。一度放たれれば、『ゴーストダイブ』などの特殊な方法を用いない限り避けることは不可能だ。

 そしてバドレックスに"ダイマックスわざ"を逃れるような特殊な手立てはなく。よって必然的に彼は顕現した光の柱へと呑み込まれることとなった。

 

『ぬううう……!』

 

 バドレックスへと降りかかる強大極まりない"ダイマックスわざ"のエネルギー。特殊技を半減させる『ひかりのかべ』越しにあってさえ、その身に無視できない程のダメージが与えられる。

 なるほど、いくら再現とはいえ相手は巨獣(フォモール)。振るわれる厄災の力は真っ向から相手取るには今のバドレックスにとっても厳しいもの。先の予想通り、無策で挑めば零落したバドレックスでは敗北は必須であろう。

 しかし、忘れるなかれ。バドレックスには策がある。そして今まさに、彼を奉じる巫女(プリエステス)がそれを為すべく尽力しているのだ。ならばこそ、神王たる彼が斃れる訳にはいかない。

 

『何としても、耐え忍ぶである……!』

 

 その身を削る禍つ星の暴威に、歯を食いしばって意識を保つ。

 荒れ狂うダイマックスわざの奔流に抗いながら片手を掲げ、指先に地脈の力を集中させる。

 

 ——『いのちのしずく』

 

 瞬間、集った地脈の力を生命のエネルギーが詰まった滴へと変換し、自らに向けて振りまいた。

 発動した『いのちのしずく』の効果により、僅かなりとも体力を回復したバドレックス。加えて『ひかりのかべ』による威力減衰も相まり、何とか『ダイアタック』を凌ぎ切ることに成功する。

 

『フゥ―……フゥ―……! き、きつかったであるが、何とか耐え抜いたである……!』

 

 全身を煤けさせ、肩で息をしつつ、それでもしっかりとした様子でバトルコートに浮かぶバドレックス。"ダイマックスわざ"の威力に予想外のダメージを負ったものの、戦闘続行可能なだけの余力を残している。とはいえ——。

 

(先の一撃、もう一度耐えることは不可能である……!)

 

 先の『ダイアタック』で受けたダメージは相当なもの。もし、先の一撃をもう一度放たれれば耐えることは難しいだろう。

 よって勝利のためには、次の一撃が放たれるまでに策を成らせる必要がある。

 

(——頼んだであるぞ……! 我が巫女(プリエステス)よ……!)

 

 次なる一撃を放たんと力を溜めるダイマックスワタシラガを見据えながら、バドレックスは内心でそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——舞う。

 ——舞う。

 ——舞う。

 

 数多の視線を一身に集めながら、フィオはひたすらに舞い続ける。

 心中を満たすのは揺ぎ無き神王(バドレックス)への信仰、ただそれのみ。彼女にはもはやスタジアムに響く観客たちの声も、目の前で繰り広げられるダイマックスポケモンのバトルさえも届かず。茫洋とした意識の中、身体に染み付いた動きをひたすらに繰り返していた。

 

 そうして踊り続ける内に、フィオの体にある変化が現れ始める。

 舞い踊る彼女の体が、徐々に()()()()を放ち始めたのだ。

 初めは薄っすらとだった輝きは、彼女の舞踏が激しくなるにつれその強さを増していき、やがて観客席からでもハッキリと視認できる程にまでなる。

 ——否、輝きを放っているのは彼女のみ非ず。

 バドルコートの中、ダイマックスワタシラガを対峙するバドレックスの体からも、彼女と同じ蒼い輝きが立ち昇っていた。

 

 これこそがバドレックスの策。

 

 ターフスタジアムは今、信心深き巫女(フィオ)(バドレックスの)前にて舞った——儀式を執り行ったことで、一時的にバドレックスの神域と化している。

 よって今、スタジアムに集っている観客たちはいわば神域にて巫女と神事を共にする者——つまりはバドレックスの信徒であると言ってもよい。そして信徒たちが舞い踊る巫女に抱く思いは、巫女を通じてその全てが彼への信仰となるのだ。

 即ち、バドレックスには今スタジアム内の人間全ての信仰が注ぎ込まれているということに他ならず。

 

 ——その総量は権能を振るうに足りぬ、後一歩を補うのに十分であった。

 

 

 

 

 

巫女(プリエステス)! 今である!』

 

 瞬間、脳内にバドレックスの呼び声が響き、フィオの意識が覚醒する。

 眼前には屹立するダイマックスワタシラガと、それに相対するバドレックスの姿。

 バドレックスの体からは見たことが無いほどに蒼い燐光が溢れ出しており、一目でその身にこれ以上無いほど力が張っているのが分かった。

 

 ——策は、成った。

 

 数多の信仰をその身に受けて、神王の力はこれ以上ないほど高まっている。権能の行使にも支障なし。

 

 今こそ豊穣の神威を見せつける時だ。

 

 バドレックスの呼び声に応え、フィオの手にモンスターボールが掲げられる。

 照射されるリターンレーザー。バドレックスの総身が光に包まれ、ボール内に格納された。

 

「 慈悲深き 我らが主 」

 

 フィオの口より祝詞が紡がれる。

 

「 豊穣の王に 願い奉る 」

 

 手に持つボールへと光が集い、輝くグリッド状に変化する。それは紛れもなくダイマックスの前兆。

 されどボールに宿りし色は禍つ星の"赤"に非ず——地脈の象徴たる"蒼"き輝き。

 

「 大地に実りを 民に恵みを 」

 

 両の腕にボールを抱え、天高く投げ放つ。

 スタジアムの上空へ放物線を描いたボールはある一点で一際強い輝きを発し——次の瞬間、内に秘めし神威を顕現させる。

 

「――ここに、『豊穣の権能』を!」

 

 刹那、赤きガラル粒子の輝きを押しのけて、蒼き豊穣の輝きがバトルコートに迸った。

 

 

 

 ——カ! ムカンムル!

 

 

 

 スタジアムを震わせる威厳ある声。

 屹立するその威容は千の時を生きる大樹が如く。

 身に地脈の力たる蒼き粒子を纏い、顕現せしその者の名は——バドレックス。

 

 古の御代に在りて遍くガラルを統べし、"豊穣の王"である。

 

 全身を蒼く煌かせ、天井へと届かんばかりに巨大化(ダイマックス)したバドレックス。

 天をも貫かんとするその威容。溢れ出る神威に圧され、満員のスタジアムが水を打ったように静まりかえる。

 

 だがそれもいた仕方なし。高まった信仰を糧に、権能を開帳した今のバドレックスは正しく"神"そのもの。

 耐性を持たぬ只人がその姿を目の当たりにすれば、言葉を失うのも当然であった。

 

 ——故に、ここで言葉を発せられた彼は只人ではないのだろう。

 

「ハッハッハッハッ! 何という威容! なるほど、確かにこれを目の当たりにすればお嬢さんが勝つ気満々なのも納得なんだな! ……だが、しかし! そう簡単に勝利をくれてやってはジムリーダーの名が廃る! 気張れよ、ワタシラガ! ぼくらの粘り腰はここからじゃあ!」

 

 ——ワタァ!

 

 静けさ破り、スタジアムに快活な笑いが響く。

 声の主はバトルコートの反対側、仁王立ちでバドレックスと相対するヤローである。

 忘るるなかれ、彼こそはガラル最強のトレーナーの一人。たった8人しかないメジャーリーグ・ジムリーダー、その一角を担うもの。

 その胆力はまさしく、現代の英雄と呼ぶに相応しく。常人ならば跪いてもおかしくはない神王の威容を前に一切怖気づくことなく、あろうことか相棒(ワタシラガ)を激励し戦意高揚までしてみせた。

 

「もう一度『ダイアタック』じゃあ!」

 

 ——ワァー……タァ!

 

 ヤローからの掛け声に応え、ワタシラガが身を震わせる。

 ワタシラガの体からあふれ出るダイマックスエネルギーがバドレックスの足元へと集約し、再び天を貫く光の柱が顕現した。

 

 バドレックスの総身を呑み込む『ダイアタック』の奔流。バトルコート全域を埋め尽くすそれは回避不能、防御不能の必殺奥義。

 よって先の攻防ですでにかなりのダメージを負っていたバドレックスにとり、それは致命的な一撃となる——筈であった。

 

 

 ——カムル! ギガルス!

 

 

 しかし、その予想は裏切られる。

 『ダイアタック』の光を引き裂き、バドレックスが再びその姿を現す。その威容は災厄の力(ダイマックスわざ)を受けてなお健在。場に残る『ひかりのかべ』の減衰と、『豊穣の権能』(疑似ダイマックス)による体力上昇の恩恵。それらの二重の護りによって、バドレックスは見事災厄の一撃を耐え抜いてみせたのだ。

 

 そして、攻撃の手番(ターン)が移る。

 

「神秘の光をその身に受けよ——『ダイサイコ』!」

 

 バドレックスの身体から膨大なサイコパワーが迸る。

 地脈から供給される莫大なエネルギーによって増幅されたサイコパワーはやがて輝く光球へと集約され、バドレックスの頭上に掲げられた。

 

 ——カームィ!

 

 刹那、掛け声と共に光球が炸裂する。

 顕現したのはバトルコート全域を覆うサイコパワーの大波紋。それが『ダイアタック』の反動で動けぬワタシラガへ余すことなく降り注ぎ、その身に無視しえぬダメージを与える。さらに着弾の余波で周囲へと拡散したサイコエネルギーにより、バトルコートへ不思議な場(サイコフィールド)が形成された。

 

「……! いかん!」

 

 バトルコートに広がる不思議な場。展開されたそれを一目見て、瞬時にフィオの狙いを察したヤローは慌ててワタシラガに指示を飛ばした。

 

「すぐにサイコフィールドを掻き消すんじゃあ! ワタシラガ、『ダイソウゲン』!」

「させません! 王さま、『ダイウォール』です!」

 

 ヤローの指示に応えてすぐさま『ダイソウゲン』を放たんとしたワタシラガ。だが、彼の攻撃が撃ち出されるよりも速く、バドレックスの前に『ダイウォール』が展開される。

 それは防御不能の『ダイマックスわざ』を唯一防ぎきる絶対の護り。展開された無敵の盾に『ダイソウゲン』が打ち消され、余波(グラスフィールド)すら残さず消滅する。

 

「凌がれましたか……! ならばワタシラガ、もう一度『ダイソウゲン』を——!?」

 

 『ダイウォール』に阻まれた『ダイソウゲン』が不発に終わり、余波も残さず消滅したことで、グラスフィールドによるサイコフィールドの掻き消しもまた失敗した。それでもヤローはめげることなく、ワタシラガに再度『ダイソウゲン』を指示する。

 だが、ワタシラガがそれに応えることはなかった。

 

 ——ワ、ワタァ……

 

(——しまった! 時間切れ(タイムオーバー)じゃ!)

 

 それはダイマックスバンドに備わった安全機構(セーフティ)。ダイマックスによる暴走を防ぐために取り付けられた、一定時間を過ぎた段階でガラル粒子を放出・強制的にダイマックスを解除する機能である。

 安全機構(セーフティ)が発動するまでの時間は凡そ3手(ターン)分。そしてワタシラガは既にダイマックスわざを三回使用(3ターン経過)していた。

 

 バンドの安全機構(セーフティ)が作動し、ワタシラガの体からガラル粒子の放出が始まった。

 集っていたダイマックスエネルギーが霧散し、放たれようとしていた『ダイソウゲン』が虚空に消える。

 災厄の恩寵が消失し、ワタシラガの体から縮小の光が漏れ出し始める。

 

「——これで、最後です! 『ダイサイコ』!」

 

 ——カンム ムカンムル

 

 そして、災厄の恩寵を失い隙を晒したワタシラガに再びサイコパワーの大波紋が降り注ぐ。

 展開されたサイコフィールドにより跳ね上がったその威力。先の一撃を上回る破壊力を伴った『ダイサイコ』がバトルコートへ着弾し、七色に輝く神秘の大爆発がワタシラガを呑み込んだ。

 

「——ワタシラガ!」

 

 果たして、コートを照らす虹の輝きが晴れた時。

 

 ——ワータ―……。

 

 そこには目を回し戦闘不能(ひんし状態)となったワタシラガの姿があった。

 

 バトルコートに倒れ伏し、ピクリとも動かぬワタシラガ。その姿を確認した審判が試合終了のホイッスルを鳴らす。

 

 ——ワタシラガ、戦闘不能! よって勝者、挑戦者(チャレンジャー)・フィオ選手!

 

 第一関門・くさの試練はこれにて決着。

 勝者、挑戦者(チャレンジャー)フィオ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアー……ハアー……! や、った……!」

 

 膝に手をつき荒い息を吐きながら、審判の勝利宣言を聞いたフィオ。

 全身汗だくの疲労困憊であったが、それも気にならないほどにその心は強い達成感に包まれていた。

 なにせジムリーダーという巨大な壁、ダイマックスという難敵……立ちはだかるそれらを打ち倒し、ジムチャレンジ緒戦を見事に勝利で飾ったのだ。バドレックスの信仰を取り戻す旅路、その号砲としてこれ以上ない成果といえよう。

 

『うむ。大儀であったぞ、我が巫女(プリエステス)よ』

「王さま……!」

 

 と、そんな彼女の元へ『豊穣の権能(ダイマックス)』を解除し元の大きさに戻ったバドレックスがやって来る。

 

『オヌシの"舞い"、実に見事であった。お蔭でヨへ信仰が集い、『豊穣の権能』を取り戻すことが出来たのである。此度の勝利、紛れもなくオヌシの手柄よ』

「ハア……もったいなき……、お言葉で……」

『ウム! ……巫女(プリエステス)よ、大丈夫であるか? 先ほどから何やら息が荒いようであるが……』

「ハア……だいじょう、ぶ……で。…………あ」

 

 その時、フィオの視界がぐらりと揺れる。全身の力が抜け、立っていることが出来ずに倒れ込んでしまう。

 

『——巫女(プリエステス)!』

 

 暗転する視界の中、彼女が最後に見たものは慌てた様子でこちらに駆け寄るリーグスタッフと、自らへ必死に呼びかけるバドレックスの姿であった。

*1
なお敗北した際、一瞬ガチメンバーのボールに手を伸ばしそうになったのは秘密である

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