豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~ 作:野傘
「――あれ?」
何の前触れもなく唐突にフィオは意識を取り戻す。周囲を見渡せば、あるのはゴツゴツとした岩壁。どうやらフィオはどこかの洞窟の中に居るらしかった。
「何でわたし、こんなところに……? というか、ここ何処です……?」
周囲に広がる見覚えのない景色に混乱するフィオ。一体ここは何処なのか、どうして自分はこの場所に居るのか。確認のため彼女は今までの記憶を探る。
(ええっと、確か納屋で不思議な声を聞いて。何だか行かなきゃって思って、それから…………ダメです。これ以上思い出せません)
『納屋から家に帰ろうとした所で不思議な声を聞き、どうしてだか声の元へ向かわなければと思った』、彼女に思い出せたのはそれだけだ。残念ながらそこから先の記憶は途切れており、一体どういった経路でこの場所に来たのか、そもそもここは何処なのか、といった情報を得ることは出来なかった。
周囲に広がる見知らぬ光景。彼女の脳裏に『遭難』という言葉が思い浮かび……すぐにブンブンと首を振ってそれを打ち消す。
(ダメですッ! 今はそんなこと考えてはいけません! 大丈夫――きっと何とかなります!)
湧き上がる不安を掻き消すように、内心でそう自分に言い聞かせるフィオ。その時、彼女の脳裏にふと祖父の顔が思い浮かんだ。
『
「……あ!」
その言葉でとある物の存在を思い出し、フィオは急いで懐を探る。取り出したのは先日祖父より送られた通信デバイス・スマホロトムであった。祖父からの贈り物ということで、嬉しくて畑仕事の最中も持ち歩いていたのが功を奏した。
「やった! これで助けが呼べます!」
外部との連絡手段を確保したフィオ。しかし、すぐには電話を使わず、助けを呼ぶ前に今自分がどこにいるのかを確認しようとした。場所が分かればより迅速な救助が見込めるからだ。
彼女は何とか今いる場所が何処かを把握できないか、と再び周囲を見渡し――
「ヒッ……!」
――カロロロ……!
それは洞窟の中空、六枚の黒翼を羽ばたかせながら飛ぶとあるポケモン。
全身から
幸か不幸か、フィオはその名を知っていた。
(サザンドラ……!)
『きょうぼうポケモン』サザンドラ。視界に入るもの全てを敵か獲物と認識し積極的に襲い掛かる生態を持つ、その分類名に違わぬ非常に凶暴なポケモンだ。
さらに視線の先で飛ぶサザンドラは全身の生傷から血を滴らせており、明らかに尋常の様子ではなかった。
思わず悲鳴が漏れそうになるのを、口を抑えることで何とか堪える。慌てて懐を探り何かサザンドラに対処できるものは無いか探すが、残念ながら持っているのはスマホロトムだけであった。
即ち彼女には今、
急いで周囲を見渡し、背後にどうにか身を隠せそうな岩を見つけたフィオ。体勢を低くし、ゆっくりと、物音を立てないよう慎重に岩陰を目指して後退る。サザンドラがこちらを振り向かないよう祈りながら、少しずつ少しずつ。
(あと少し……あと少しで……!)
岩陰に辿り着く。これでサザンドラから身を隠すことが出来る――そうフィオは思った。
しかし彼女のその希望は――
――ピロロロロロロ!!
無惨にも打ち砕かれる。
手にしたスマホロトムから突如として鳴り響く、大音量の電子音。誰かからの電話が掛かって来たことを知らせる着信音だ。画面に表示された番号は自宅のもの。どうやら帰りが遅い彼女を心配して祖父が連絡を寄こしたらしい。
ああ、しかし常であれば安堵と頼もしさを覚えた筈のその音も、この時ばかりは死神の足音に等しかった。
(~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!)
慌ててスマホロトムを操作し着信音を切るフィオ。だが、もう手遅れであった。
ギョロリ、とサザンドラの首が彼女の方を向いた。殺気の満ち溢れた眼光に射すくめられ、フィオは全身が"かなしばり"にあったかのように動かなくなる。
そしてサザンドラが鋭い牙の生えた顎を開き――
「――あっ」
瞬間、洞窟の全てを震撼させる
サザンドラの三つの口から同時に放たれた轟音は、単なる音の領域を超えた物理的衝撃波となってフィオに襲い掛かる。至近距離で爆弾が爆発したような衝撃に彼女の体はいとも容易く吹き飛ばされ、洞窟の壁面へと勢いよく叩きつけられた。
「ぎッ……!」
激突の衝撃で空気が肺の中から押し出され、カヒュッ、という不自然な音が喉から漏れる。続いて全身を襲う強い痛み。フィオはそのまま壁面をズルズルと滑り落ち、壁にもたれ掛かったまま動くことができないでいた。
(……あ、れ……?)
頭頂からドロリとした生暖かい液体が流れるのを感じる。どうやら頭をしたたかに打ち付けたらしい。ふと、フィオは全身を襲う痛みが徐々に鈍くなっていくのを感じた。同時に視界が少しづつ暗くなり、意識がぼんやりとしてくるのも。
暗くなりつつある視界の中、こちらに近づいてくるサザンドラの姿が見える。開かれた口には一目で分かる程に巨大なエネルギーが収束し、今まさに放たれんとしているところだった。全てを滅ぼす
(ああ……わたし……しぬんですか……)
朧げな意識の中、フィオは自身に死が迫っているのを感じ取る。だが、どうすることも出来なかった。全身に力が入らず、痛みすらも鈍くなりつつある体。指先一つ動かせず、徐々に薄れゆく意識。フィオの心に途轍もない恐怖が湧き上がる。
(……いやだ……しにたく……ない……だって……わたし……まだ……なんにも…………)
迫り来る死の光から逃れるため、薄れる意識の中で必死に体を動かそうとするフィオ。だが幾ら命令を下そうとも、彼女の体はピクリとも反応しない。
(いやだ……たすけて…………だれか………おじいさま……………………"おうさま")
最早ほとんど途切れる寸前のフィオの意識に、さながら走馬灯の如く様々な情景が浮かんでは消える。愛する故郷の景色、心配そうにこちらを見る祖父の顔、そして自身が信仰する
『カムクラウ バルス!』
意識が闇に落ちるその間際、フィオは不思議な鳴き声を聞いた気がした。
◆
口腔内に収束したエネルギーが臨界に達する。振り切れる寸前の朧げな理性でそれを知覚したサザンドラは、湧き上がる破壊衝動のまま眼前の憐れな獲物目掛けそのエネルギーを解き放った。
果たして全てを滅ぼす
しかし、サザンドラのその確信は――
『させぬである!』
裏切られる。
突如として獲物の前に立ち昇る蒼い障壁。それは獲物を守るように展開され、『はかいこうせん』とぶつかり合いその軌道を逸らす。
やがて放たれた光線が途切れれば、そこには先と変わらぬ獲物の姿。サザンドラは自身の攻撃が防がれたことに怒りを覚え、すぐさま障壁の出所・力の根本を探り、ぐるりとそちらに視線を向けた。
そこにいたのは王冠の如き頭部を持つ、小柄ながらも途方もない威厳に満ち溢れたポケモン。冠のポケモンから発せられる王気を前に、サザンドラは思わず怯んでしまう。
「この存在に手を出してはいけない」、サザンドラにかろうじて残った僅かな理性がそう告げる。しかし、そんな微かな理性の囁きは湧き上がる破壊衝動によってすぐさま掻き消された。
とうとう最後に残った理性すら失ったサザンドラ、衝動に命ぜられるまま
だが――その牙が届くことはなかった。
――『せいなるつるぎ』
聖剣、抜刀。
閃く三振りの剣がサザンドラの体に刀傷を刻む。衝撃と共に感じ取ったのは彼が弱点とする"かくとう"の力。
果たして、既に限界を迎えていたサザンドラに
ドウ、と
サザンドラが地に伏し完全に動かなくなったのを確認した冠のポケモン。一先ずの安全を確保したと判断し、急いで倒れ伏すフィオの元へと駆けつける。そして彼女が頭から血を流しているのを見るや大慌てで自らの手を翳した。するとどうだろう、フィオの体を先の障壁と同じ蒼い燐光が包み込み、その傷がみるみる内に癒えていく。やがて頭部からの出血が止まり、呼吸も穏やかなものとなったことを確認したポケモンはホッと安堵のため息を吐いた。
『フゥ……、間一髪であった。まさか人の子を呼び寄せようとして途中で力尽きてしまうとは……。危うく我が愛し子が命を落とす所であった。……あな、情けなし。己を慕う信徒一人すらも独力で守れぬとは……。王と呼ばれしこの身も随分と
己が力不足を悔やみ、勢いの失われた我が身を嘆く冠のポケモン。
そんな彼の背後より蹄の音が鳴り響く。同時に冠のポケモンはよく見知った気配を感じ取り、自嘲を込めた笑みを浮かべた。
そして冠のポケモンは背後へ振り返り、自らの
『――聖剣士たちよ、助太刀感謝である。今のヨではコヤツの攻撃を食い止めるだけで精一杯であった』
その言葉に反応するように洞窟の暗闇から三頭のポケモンが姿を現す。
一頭は背後へ伸びるねじれた角に淡い群青の体と白い髭を蓄えた沈着冷静なるポケモン――"てっしんポケモン"コバルオン。
一頭は額より前方へと伸びる双角に灰色の体とガッシリとした体格を持つ勇猛果敢なるポケモン――"がんくつポケモン"テラキオン。
そして、一頭は側頭部より伸びる湾曲した角にスラリとした若草の体を持つ秀麗皎潔なるポケモン――"そうげんポケモン"ビリジオン。
都合三頭、異国の伝説に語られる聖剣士たち。彼らこそが先のサザンドラを鎮めし
だがしかし、冠のポケモンから礼を受けた彼らはどことなく気不味げな様子。常の威風堂々たる姿とは異なるその様に、冠のポケモンはもしや先の礼で勘違いさせてしまったのでは、と慌てて釈明する。
『ああ、スマぬ。先は力無きヨを憂いていただけであり、決してオヌシらに他意があった訳では――何、違う?』
――こふおおん
『弟子の不始末? 己が実力を過信して「
そう言って冠のポケモンはカラ、カラと鷹揚に笑う。
『何、若者というものは己が力を示さんと往々にして無鉄砲となるものよ。ヨとて若い頃は似たようなものであった。無謀な挑戦、大いに結構。例え過ちを犯したとて、その経験を己が糧としさらに精進すればよいのである』
ゆえ、弟子をあまり叱ってやるな――そう冠のポケモンは聖剣士たちに告げた。
◆
『おおっと、忘れるところであった』
ふと、冠のポケモンが何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべる。そのままフワリと移動したのはひんしの傷を負ったサザンドラの元。冠のポケモンは先程フィオにしたのと同じようにその手を翳し、蒼い光でサザンドラの傷を癒していく。
『うむ、これでヨシ! コヤツに残っていた「禍つ星」の光は取り除いた。しばらくは「
このサザンドラは暴れ者であるが同時にカンムリの地に住む民でもある。"王"たる冠のポケモンに取り、傷ついたままの民を放置しておくのは忍びなかった。
"王"からの頼みとあらば、と聖剣士たちもこれを了承し、代表してコバルオンが倒れたサザンドラをその背に負う。
『了承、至極感謝。手間をかけさせるが、ソヤツのことをよろしく頼むである。……うん? その人の子はどうするつもりか、だと? カラ、カラ、カラ……。心配はいらぬ、このムスメはヨの招きし客人。この後、ヨの神殿にて直々にもてなすつもりよ』
冠のポケモンの言葉に納得するよう頷く聖剣士たち。
そして彼らは別れの挨拶をするように冠のポケモンへと恭しく一礼し、踵を返すと
――こふおおーーっ!
――ぐるるおーーっ!
――ききゅあーーっ!
夜天のカンムリ雪原に勇ましき鳴き声が響いた。
『うむ! 流石は音に聞こえし剣の勇士たち、相も変わらぬ勇ましさよ。……本当に彼らがこの地に留まってくれてよかったである。力無きヨに代わり彼らがカンムリの地を治めておらねば、今ごろこの地はどうなっていたことやら……。ハァ……全く、力無き我が身が恨めしくてならんである』
去り行く聖剣士たちを見送った冠のポケモン。カンムリ雪原の秩序を維持する彼らを頼もしく思いつつも、力を失った自分と比較して思わずため息を吐いてしまう。
『――イカン、イカン。無いもの強請りをしたところで仕方なし。ヨはヨの為すべきことを為すだけよ』
落ち込んだ気分を頭を振って切り替えると、冠のポケモンはあらためて穏やかに寝息を立てるフィオを見た。
『……スマヌな愛し子よ、このようなことに巻き込んでしまい……。しかし、今のヨにはどうしてもオヌシの協力が必要なのだ。……いや、意識無き今のオヌシに言っても詮無きことか』
冠のポケモンが手を翳すと意識の無いフィオの体が光輝き、フワリと宙に浮かぶ。
『全てはオヌシが目覚めてから話すとしよう』
輝きながら浮くフィオを伴い冠のポケモンはゆっくりと進み始める。高き山の社、己を祀るために人々が捧げた古き神殿へと。
【悲報】バドレックス様、ガバる
・
ダイマックスの呼称が広がる以前の、古代ガラルにおけるダイマックスポケモンの呼び名。
荒れ狂う巨獣たちは古のガラル
「黒き渦 空を覆いし時 数多の
・
遥か古の時代、ガラルの地に落ちて来たという隕石。かつて『豊穣の王』は単身天より来る災厄に挑み、自らの神格と引き換えにその脅威から民を護ったという。
天頂より来る禍星。その正体は星の外より飛来せし『■■■』。
星から放たれし禍々しき赤い光は浴びた者の肉体を肥大化させ、その精神を狂わせた。
・聖剣士
現代からおよそ3000年程前(「ブラックナイト」の後)にカンムリ雪原に移り住んだポケモンたち。鉄心のコバルオン、剛力のテラキオン、俊足のビリジオンの三頭。
元々はある異国の地にて、人間同士の争いからポケモンたちを守っていた。始めは戦火からポケモンたちを守ることに専念していたものの、ある時人間の王がポケモンの命を使ったおぞましい「キカイ」を作りだしたことを知って大激怒。最早許してはおけぬと人間たちと争いを始める。
その後、人間の王が全てを滅ぼしたことで戦争は終わったが、生き残った人間たちにその強大な力を疎まれ、故郷の森に火を放たれる。火は何とか消し止められたものの、その過程で多くのポケモンが犠牲となってしまった結果自分たちの存在が争いの火種になりかねないと悟り、彼らはこれ以上の犠牲を増やさぬよう故郷を離れ安住の地を目指し旅に出た。
安住の地を目指す旅は長く険しいもので、彼らが海を越えてカンムリ雪原へとたどり着いた時すでに瀕死の重傷を負っていた。そこに現れたのが当時まだ辛うじて力を維持していたバドレックス。
バドレックスは傷ついた彼らを残ったなけなしの力で癒し、その命を救った。さらに彼は回復した聖剣士たちからその身の上を聞くと、彼らを同胞として迎え入れカンムリ雪原で共に暮らすことを許した。
バドレックスの慈悲に深く感じ入った聖剣士たちはバドレックスを王と認め、いつからか力を失いつつあった彼に代わりカンムリ雪原の秩序を維持する役目を担うようになる。
主な仕事は時折出現する暴走したダイマックスポケモンを鎮め、カンムリ雪原の静謐を守ること。カンムリ雪原の静謐を乱す輩には容赦せず、叩きのめして大人しくさせるか、あまりに酷い場合には追い出したりもしている――どこぞの人参大好き白黒暴れん坊たちとか。
現在でも人間たちのことは嫌いだが、大恩あるバドレックスの意思を尊重し、カンムリ雪原の秩序を乱さない限り基本的に不干渉の姿勢。
ちなみに血気盛んな弟子が一匹いるらしく、中々に手を焼いているのだとか。