豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~   作:野傘

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バドレックス様=豊穣の王
バドレックス様=神
だからバドレックス様は神で王=神王。
そして神王とは即ち"シンオウ"。

つまり! 真の"シンオウさま"とはバドレックス様のことだったんだよ!

ΩΩΩ<な、なんだってー!!


『豊穣の王』だヨ

「……ん……ぁ……」

 

 頬に当たる冷たさでフィオは目を覚ます。

 

(つめたい……)

 

 天上からハラハラと舞い落ちる雪が見える。どうやらこれが頬に当たったことで目を覚ましたらしい。

 

(わたし……生きてる……?)

 

 ぼんやりと霞がかった思考の中、フィオは自分が何処かの建物にいることを認識した。

 

(……こ……こ……は?)

 

 酷く重たい頭を無理やり起こし、周囲を見渡すフィオ。

 建物はひどく古びており、半ば以上に崩れかかっていた。天井など完全に喪失しており、曇天から降り注ぐ雪が入り込み放題。最早建物というよりは廃墟、いや古さを考えると遺跡と言うべきか。辛うじて残った外壁の細密な装飾だけが、往時の荘厳さを伺わせた。

 

(……ここ、知ってます)

 

 朽ち果てた遺跡の風景に彼女は微かに見覚えがあった。大昔、たった一度だけ祖父に連れられて来た記憶――"おうさま"の坐す高き山の社を詣でた際、確かにこの風景を見たのだ。

 ならば自らが居るのは必然的に――

 

高き山の社(カンムリ神殿)?)

 

 カンムリ神殿に他ならなかった。

 

 カンムリ神殿、それは雪原を一望する高嶺の頂に建てられた大神殿。遥か昔、豊穣の王の御座所として捧げられたもので、カンムリの地に住まう者たちにとっての聖域でもある……もっとも、豊穣の王への信仰が失われた現代にあっては、参道の過酷さも相まって訪れるものもほとんどおらず、荒れ放題となっていたが。

 ともあれ今自身の居る場所がカンムリ神殿であることを認識したフィオ。次に浮かんでくるのは何故自分が生きてここいるかという疑問だ。そこで彼女はふと、自身の頭頂に手をやってみる。

 

(血が……止まってる?)

 

 指先に感じるのは乾き、こびり付いた血のパリパリとした感触のみ。意識を無くす前に感じたドロリとした生暖かい感触はない。

 

(それに痛みもない)

 

 鈍くなっていたとはいえ、意識が途絶える寸前まで全身を襲っていた激痛が綺麗さっぱり消えている。

 

(一体どうして――?)

 

 先ほどまでまさに死の縁に居た筈なのに、目が覚めると健康そのものとなっている。あまりに不思議な現象を前にフィオは首を捻る他なかった。

 と、そこへ――

 

『おお、人の子よ! 目覚めたであるか!』

 

 声が聞こえた。

 耳ではなく頭の中……いや、心の中に直接語りかけるような、そんな不思議な声が。

 

(この声って……)

 

 フィオはこの声に聞き覚えがあった。そうだ、あれはサザンドラの"はかいこうせん"が放たれんとしていた時、意識を失うその刹那確かにこれと同じ声を聞いたのだ。

 ということは、もしかしてこの声の主が自分を助けてくれたのか。

 

「あ、あの! どなたか存じ上げませんが、助けていただきありが……と……う……」

 

 ならばキチンとお礼を言わなければ、とフィオは声のする方へ振り返り、

 

『カラカラカラ……! 何、礼など不要である。"この地(カンムリの地)を治める王"として、苦しむ民を癒すのは当然のこと故』

 

 ――その存在を認識して思わず固まった。

 

(ポケ……モン……?)

 

 彼女の目に映った存在、それは見慣れぬ姿をした一匹のポケモンであった。

 小柄ながらもどこか人間に似た胴体に、草食獣を思わせる顔立ち。背中には布のような器官が垂れ下がり、まるで外套(マント)を羽織っているかのよう。首にはさながら古の貴人が身につけたというトルクにも似た、玉を連ねたかのような器官を備える。スラリとした脚は胴体に比して非常に長く、見る者に優美な印象を与え、その蒼い瞳には全てを見通す深い叡智と万物を慈しむ大いなる慈悲の輝きが宿っていた。

 だが何より彼女の目を惹いたのは、そのポケモンの頭部であった。額より伸びた四本の角が蕾のような器官を支えるその様は、さながら頭頂に王冠を戴いているかの如く。仰ぎ見る者全てを跪かせるかのような、圧倒的な王気を放っていた。

 

(冠の……ポケモン……)

 

 ポケモンから放たれる王気に打たれ、放心したようにその姿を見つめるフィオ。

 彼女は冠のポケモンを仰ぎ見ながら、ふとその姿に既視感を覚える。

 

(あれ……? このポケモンの姿、どこかで……)

 

 

 

――『先日雪原にかんむりをたずさえたポケモンが現れた』

 

 

 

(それにさっきから聞こえるこの声、もしかしてこのポケモンが話しているの……?)

 

 

 

――『力を取り戻したは突然人語を解しそれをいさめるといった』

 

 

 

(さっき言ったあの言葉……、"この地(カンムリの地)を治める王"って……)

 

 

 

――『人々はかの者をと称えた』

 

 

 

 瞬間、彼女の脳裏に次々と浮かび上がる神話の一節。

 幼き頃より幾度も見聞きし、最早諳んじるまでに至ったその知識が、彼女に目の前のポケモンの正体を告げていた。

 

「蕾の如き冠を戴くその御姿……人語を解し、傷を癒すその御力……カンムリの地を治めし偉大なる"王"……! ……ああ、そんな……あなたは……あなた様は……まさか……!」

 

 その正体へと思い至った時、フィオは衝撃のあまり気絶してしまいそうであった。

 無理も無い。なぜなら彼女の考えが正しければ、いま目の前にいるのは自らの崇拝する"神"に他ならないのだから。

 

『待て人の子よ、それより先はヨ自ら名乗ろう』

 

 震える声でその"名"を口にしようとしたフィオ。しかし冠のポケモンは彼女を制し、敢えて自らの口でその"神名()"を告げた。

 

『ヨは「バドレックス」、『豊穣の王』と呼ばれし者。――カンムリの地を統べる……"王"である』

 

 冠のポケモンが名乗ったその"神名()"――「バドレックス」。

 それは正しくフィオの信仰する『豊穣の王』の神名であり……目の前の存在が紛れもなく彼女の奉ぜし"神"であることを示していた。

 

「ああ……ああ……」

 

 崇敬する神の姿を目の当たりにして、思わずフリーズするフィオ。

 数秒後、再起動した彼女が行ったことは自身の頬を思いきり抓ることであった。

 

(……痛っ!)

 

 抓った部分から感じる痛み。それが、いまの目の前の出来事が確かに現実であると伝えていた。

 

「本当に……本当に、おられたのですね……。おとぎ話の存在などではなく確かに……"王さま"は、ここに御座していたのですね」

『然り。例えどれほど"チカラ"を失しようとも、ヨはカンムリの地と共に在る』

 

 思わず呟いたフィオの問いに、力強く答えるバドレックス。

 その返答を聞いたフィオはフラフラと彼の"王"の元へと歩を進め――御前にて跪いた。

 両掌を胸前にて組み、跪いて頭を垂れる。それは最上級の敬意を表すフリーズ村に伝わる祈りの作法であった。

 

「……わたしの名はフィオ、フリーズ村の長が孫娘フィオ。かつてあなた様を王と称えし者たちの裔。『豊穣の王』を崇め奉ずる者。――此度は危うきところをお救いいただき、心より感謝申し上げます」

『カラ、カラ、カラ。何、先にも言った通りこの地に住まう民を王たるヨが救うのは当然のこと。礼など不要である。……しかし「フィオ」、「フィオ」か。ウム、真白き新雪を思わせる、まこと良き名であるな』

「きょ、恐縮です……。それで……その、こうしてお会い出来たのは光栄の至りなのですが……なにゆえ王さまはわたしの前に降臨なされたのでしょう?」

 

 彼女が問うたこと、それは至極当然の疑問。何故、神たるバドレックスがわざわざの彼女降臨したのか。

 しかし、バドレックスからの答えは――

 

『まあ待て、そう焦るでない。オヌシは一先ず楽にして、ヨの話に耳を傾けるが良い』

 

 というものであった。

 

 王の言葉を受けたフィオはコクリと頷くと、祈りの体勢を崩し拝聴の姿勢を取る。

 そうして彼女の準備が整うのを待った後、バドレックスは「コホン」と咳払いを一つ、滔滔と語り始めた。

 

 

『あらためて名乗ろう。ヨは『豊穣の王』バドレックス。荒ぶる"冬"と"死"を諫めこれを友とし、大地に芽吹きと実りを齎す者。国造りの巨人より大地の権能を受け継ぎし者。そして――人の子らと絆を結び、カンムリの地を統べる王と称えられし者』

 

 バドレックスは語る。

 風のように軽やかに。

 

『――されど、刻を重ねること幾星霜。結びし絆はいつしか薄れ、人の子らはヨのことを忘れていった』

 

 語る語る。

 降り積もる雪のように重く。

 

『ヨの"チカラ"の源は人の子らの奉ずる祈り。祈りを捧げられなくば、ヨの力は衰えるばかりであった』

 

 語る語る。

 月無き夜のように暗く。

 

『しかし、これもまた世の流れ。もはや人の子らに必要とされておらぬと察し、ヨは現世より隠れることを決めた』

 

 語る語る。

 木枯らしのように冷たく。

 

『愛馬たちも力を失ったヨを見限り、ヨの元を離れていった。……ヨは独りになった』

 

 語る語る。

 落ち葉のように儚く。

 

『力無き身を嘆きながら、カンムリの地の営みをただ眺め続ける日々。途中、新たなる友も出来たが……それでもヨは孤独であった』

 

 語る語る。

 枯れ木のようにか細く。

 

『このまま誰に知られることもなく、ひっそりと消え去るのか……。ヨはそう、思っていた』

 

 語る語る。

 冬のように静かに。

 

『だが――そこにオヌシが現れた』

 

 語る語る。

 蕾のように微かに。

 

『ある日、ヨはほんの少しこの身に力が戻るのを感じた。久しく感じたことのなかったソレは……微かではあったが確かに、人の子より捧られた信仰であった』

 

 語る語る。

 芽吹きのように穏やかに。

 

『その日より毎日。一日たりとも欠かすことなく、ヨの元に信仰は捧げられ続けた。お蔭で少しづつではあるが、ヨは"チカラ"を取り戻していった』

 

 語る語る。

 春のように麗らかに。

 

『――そしてとうとう、こうしてオヌシを呼び寄せることが出来る程の"チカラ"を取り戻すことができたのだ』

 

 語る語る。

 花のように華やかに。

 

『ヨがオヌシを高き山の社(カンムリ神殿)に招いたのは他でもない。オヌシのその揺ぎ無き信仰を労うためよ』

 

 そしてバドレックスは語り終える。

 

『フリーズ村のフィオよ。我が愛し子よ。当代におけるヨの唯一の信仰者よ。長きに渡るその献身、その信仰――実に大儀であった』

 

 言葉にこれ以上にない程の感謝を載せて、

 

『オヌシの祈りは確かに――ヨに届いておったぞ』

 

 そう、告げた。

 

 

「ああ……ああ……」

 

 バドレックスより告げられた内容にフィオは言葉を発することが出来ないでいた。

 だがそれも当然のこと。

 

 彼女が奉ずる『豊穣の王』――それは現代において忘れ去られた古き神話、とうの昔に捨て去られた古の信仰。

 

「いまさらそんなものに祈って何になる」、と時に村人たちから白い目で見られることもあった。

 彼女を案じた祖父から祈りを捧げるのを辞めるように言われたこともあった。

 

 だけど彼女は辞めなかった。誰に何を言われようとも、『豊穣の王』に信仰を捧げ続けた。

 

「だって、わたしたちがこのカンムリ雪原で生きていけるのは王さまのおかげなのだから」

「いつだって王様はわたしたちのことを見守ってくれているのだから」

 

 その"祈り"がまさに今、確かに"王さま"へと届いていたことが証明されたのだ。

 その内心、推して知るべし。正しく感慨無量の至り。

 

「勿体なき……お言葉です……」

 

 長い長い沈黙の後、双眸より感涙を零しながら、絞り出すように出た言葉は――ただそれだけであった。

 

 

 感極まって涙を流すフィオ。

 そんな彼女を穏やかに見守るバドレックス。

 

 どれくらいそうしていたことだろう、スンスンと鼻を鳴らしながらフィオはようやっと泣き止んだ。

 

『落ち着いたであるか?』

「はい……申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしました……」

『何、抑えられぬ情動が湧きし時、肉体は自然と反応するものよ。詫びる必要などないー―むしろ詫びねばならぬのはヨの方である』

「――え? それは、どういう……」

 

 唐突に、バドレックスの声色が変わる。

 先ほどまでの朗らかなものから、嘆くような、悔やむような、そんな沈んだ口調へ。

 

『どうもこうも、そのままの意味よ。ヨはオヌシに詫びねばならぬ。――先のこと、オヌシが参道(登頂トンネル)にて命を落としかけたのは……実はヨの所為なのだ』

 

 バドレックスは語る、フィオが命を落としかけたのは自分に原因があると。

 

『ヨは多少戻った"チカラ"を使い、オヌシをこのカンムリ神殿に呼び寄せようとした。オヌシの信仰と献身に報いるのは、人間たちがヨのために捧げたこの神殿でこそが相応しいと、そう思ったからだ。――だが』

 

 王は言う、そこに計算違いがあったと。

 

『ヨは自覚しておらなんだ、己の力がかつてと比べどれだけ弱まっていたのかを、な。かつてのヨであれば、人の子一人を無傷のまま神殿まで導くなど容易いことであった。事実、かつて人間たちはそのようにしてヨの元を詣でていたのだから。……しかし、今のヨではそれすらも満足に出来ぬらしい。道半ばにて力が途切れ、オヌシを危険な場所へ放り出してしまった』

 

 「自らを慕う信徒すら満足に守れぬ……このような者が"王"を名乗るなどお笑い草よ」と、自嘲するようにバドレックスは呟く。

 

『――スマヌ、愛し子よ。ヨの所為でオヌシは危うく命を落とすところであった。許してくれとは言わぬ……ただ詫びさせて欲しい』

 

 ――このとおりだ、とバドレックスは蕾冠を下げた。

 

「――ッ! 王さま、頭を上げてください! わたしに詫びる必要などありません!」

 

 慚悔し頭を下げるバドレックスに、フィオは慌てて頭を上げるように懇願する。

 

「だって……だって、王さまはわたしを救ってくださったではありませんか!」

 

 フィオは言う。バドレックスは自身の命を救ってくれた、と。

 

「例え、危機に陥った原因が王さまご自身にであったとしても、王さまがわたしを救ったという事実は変わりありません! だから頭をお上げになってください……。信徒たるわたしにとって、王さまが辛そうにしているのを見るのは何より辛い……。ましてや、その原因がわたし自身となれば……」

『――そうか……そう言われたならば、仕方ないであるな……』

 

 哀願するかのような彼女の言葉にようやく頭を上げるバドレックス。

 その姿を見てフィオは安堵するようにホッと息を吐いた。崇拝する王の頭を下げるその様が、まるで力無く項垂れているようにみえて気が気でなかったからだ。

 

『――オヌシはヨのことを未だ"王"として認めてくれるのであるな。……最早"チカラ"もほとんど残っておらず、見る影もなく零落(おちぶ)れたヨのような者のことを……』

「当たり前です! 例えどれほどお力が弱まったとしても、王さまが『豊穣の王』であることに変わりません! わたしたちの先祖がこのカンムリ雪原で生きてこられたのは王さまのおかげ、その大恩を思えばどうして王さまを認めないなどということがありましょうか! ――例え誰が何を言おうとも、わたしにとって"王さま"は王さまだけなのです!」

 

 胸を張って堂々とフィオはそう宣言する。

 己にとって"(かみ)"とは即ちバドレックス、例えどれだけ力を失っていようともそれは決して変わらない、と。

 

『……そうか……そうか……………………ウム、やはりそうだ。この()()を任せられるのはオヌシをおいて他ない』

「――え?」

 

 彼女の宣言を聞き、目を閉じて納得するようにバドレックスは幾度も頷く。

 そして閉じていた目を再び開くと、フィオと視線を合わせるように浮かび上がる。

 

『――人の子よ。オヌシをここに呼び寄せたのは、信仰を労う他もう一つ理由がある。オヌシに頼みたいことがあったからだ』

 

 バドレックスがフィオをこの神殿に呼び寄せたその二つ目の理由、それは彼女へのとある頼み事。同時にこれこそがバドレックスにとっての真の目的といえるものであった。

 

『フリーズ村のフィオ。ヨの言葉を解する唯一の信仰者よ。――どうか、ヨの巫女(プリエステス)となってはくれまいか』




・国造りの巨人
 太古の昔、ガラルの大地を造り出したという伝説の巨人。
 巨人は大地を造った創造主であったが、同時にその地に住まう全ての者にとって脅威でもあった。若き日のバドレックスは怯える民を救うため、友と共にこれを鎮め大地の奥底へと封印する。荒ぶる巨人を討ち果たし、巨人の持つ大地の支配権を受け継いだバドレックスは、やがてガラルの全てを統べる王として称えられた。
 また、眷属たる小さき巨人たちも主が封印されたことで力を失い。国造りの巨人を封じる要として遺跡の奥深くへと封印されたという。
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