豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~ 作:野傘
あと、書き溜めが尽きたため次回からは不定期更新となります。
カンムリ雪原を離れ、とうとうジムチャレンジへと旅立ったバドレックスとフィオ。
だが電車へと乗り込み出発した直後、突如としてフィオに異変が起こる。彼女の体にこの世のものとは思えない苦痛が襲い掛かったのだ。
「う……、うう……」
『
苦痛に呻く
「王、さま……申し訳……ありません……。フィオは、ここまで……です……」
『何を言っているであるか、
ただでさえ白い顔をさらに白くし、大量の冷や汗を流すフィオ。自分はもうここまでだ、と弱音を吐く彼女に諦めるな、と叱咤し、バドレックスは彼女の苦痛を少しでも和らげるべく、癒しの力を送り込む。だが……
『!? 癒しの力が……効かんだと!!』
いかなる傷、病をも瞬く間に治す筈の癒しの力。それがまるで効果を表さないのだ。
癒しの力は確かに
衰えたりとはいえ、生命を司る神である自身の力が通用しない。遥か長き時を生きたバドレックスをして、このような事態は初めてだった。
『ば、バカな……。ありえん……ヨの力が通用せんなど……!』
己の力が通用しないという初めての事態を前に狼狽し、己が自惚を恥じるバドレックス。
(クッ……情けなし! 何が神だ! 何が己が力を見せつけ信仰を取り戻す、だ! ヨの力は目の前で苦しむ信徒一人すら救えんではないか!)
しかし、どれだけ悔やもうとも今のバドレックスに
『
自分にはどうすることも出来ないと、血を吐くようにバドレックスは謝罪する。
「よい……の……です……。これ、は……偏に……わた、しの……弱さが……招いた……もの……王さま、は……何も……悪くありま、せん…………」
しかしフィオは、こうなったのは自分の弱さが原因、バドレックスが謝る必要はないという。
尋常でない苦痛に苛まれながらも自身を気遣うフィオに、バドレックスは無力感に苛まれつつも、せめてもと彼女を励まし続ける。
『耐えがたき苦しみに晒されながら、それでもヨを気遣うとは……! ――
「王、さま……。勿体なき……、お言葉……で………………ウッ!」
自らを気遣う王の言葉にほんの少しだけ表情を和らげるフィオ。だが、その表情はすぐさま苦痛に歪んだものへと変わる。
『プ、
「ごめ……な……さい……。王……さま……フィオは…………フィオは…………もう………………」
顔色はますます蒼褪め、額からは大量の冷や汗を流し、全身を小刻みに震わせながらとうとう一言も発しなくなるフィオ。
『しっかりするである、
言葉すら失ったフィオの体をヒシと掻き抱き、バドレックスは慟哭する。
(ああ、ああ、残酷なりし運命よ! 何ゆえ彼女はこんなにも苦しまねばならぬのか……! 短く儚き人の子の生を、一体何が苦しめているというのか……! 呪わしや! 呪わしや! 定かならぬ苦痛の主よ! ヨは貴様を恨み、永遠に呪い続けてやろう!)
己が
(一体何なのだ……!? 我が
彼女を襲う苦痛の正体とは何か。一体何が彼女をこんなにも苦しめているのか。
バドレックスが知る由もない、その正体とは……
(キモチワルイ……)
――乗り物酔いである。
フィオは乗り物に弱かった。
とてもとても、弱かった。
◆
フィオは幼き頃に祖父と一緒にガラル本土へと赴いたことがある。その時、彼女は人生で初めて電車に乗った。
――そして酔った。それはもう、盛大に酔った。
正直に言うと、彼女自身その時の記憶は曖昧でよく覚えていないのだが、そのことを話す祖父はとても遠い目をしていた。
何があったのかはお察しである。
ともかくとして、彼女は今、久方振りに乗り込んだ電車で乗り物酔いに苦しんでいるという訳である。
王さまの前で粗相をする訳にはいかないと、フィオは死力を振り絞ってハイドロポンプ(意味深)だけは何とか抑え込んでいるものの、それが逆に乗り物酔いを悪化させ更なるハイドロポンプ気(意味深)を増幅させるという悪循環に陥っている状態。彼女の『がまん』は色んな意味でもう限界寸前であった。
さて、彼女がそんな襲い来るハイドロポンプ(意味深)と内なる戦いを繰り広げていることなど知る由もないバドレックス。彼はもはや自身ではどうにもならぬと、他に助けを求めることを決意する。
(口惜しいが、ヨでは最早手の施しようがない。ここは恥を忍び、他の人間に助けを求めるである……!)
豊穣の王として、彼女の仕える王として自身の手で
『――待っておれ、
譫言のように「ステンバーイ……ステンバーイ……」と繰り返すフィオにそう声を掛け、電車の座席から離れたバドレックス。彼は通路を浮遊しながら人がいないか探すが、残念ながら同じ
「うーん、参ったなあ……。この列車、トイレ無いのかなあ……」
と、その時、車両内の扉が開き、誰かが別車両からこの車両へと入って来る。現れたのは赤いポロシャツにデニム、グレーのワッチキャップを身に着け、大きなトランクタイプのリュックを背負った十四歳くらいの少年。少年はどうやらトイレを探してこの車両に迷い込んだようであった。
(天祐!)
とにかく人の助けを求めていたバドレックス。これ幸いとやってきた少年に向かう。
『そこな人の子よ!』
「うわっ!? ポ、ポケモン!?」
『ヨの
「え? え?」
突如目の前に現れた見知らぬポケモンに驚いた様子の少年。バドレックスはそんな少年へ
(な、何か言ってるみたいだけど、何を言ってるのか全然分からない――!)
少年にはバドレックスの言葉が通じていなかった。残念ながら今のバドレックスでは、
そのことに気が付いたバドレックス。"この際手段を選んではおれぬ"と多少強引な方法を使うことにした。
『スマヌ、人の子よ! 緊急事態ゆえ、多少強引に連れて行かせてもらうぞ!』
「な、何だ? いきなり目を合わせ……て、てょわわわぁ~ん」
突如として少年の体が光輝きながら浮きあがる。バドレックスの持つ力の一つ、対象の精神と肉体を意のままに操る『神憑り』の術であった。そのまま輝きながら浮く少年を伴い、フィオの元へと連れていくバドレックス。そして彼女が座る座席へとたどり着くと、バドレックスは少年を解放する。
「……はっ!? 何だったんだ今のは……? 何だか一瞬寝てしまっていたような……って、うわっ! だ、大丈夫かい、君!?」
『神憑り』より解放され、意識を取り戻す少年。突如寝てしまっていたような感覚を不思議に思うも、目の前の明らかに尋常でない状態の少女の存在に気が付きそれどころでは無くなる。
「ガブ……アロー……ガルットモンスター……ウッ、アタマガ……」
「こりゃひどい、魘されてる。えーと、大丈夫? 意識はある? 症状はどんな感じか答えられる?」
「……ダイジョバナイデス……キモチワルイ……チヌ……」
「意識はある、と。吐き気、冷や汗、顔色不良……乗り物酔いだね、これは。ええっと、酔い止めは持ってる?」
「……モウノミマシタ」
「飲んでこれなんだ……。うーん、吐き気はあるんだよね。だったらもう、無理せず吐いちゃった方がいいよ。ええっと、何かエチケット袋になるものは……」
一通り彼女の症状を観察した少年は、フィオの症状を乗り物酔いと結論付ける。酔い止めの有無も確認したが、どうやら既に服用したようで、その上でのこの状態であるらしい。となるともう少年にも出来ることはない。幸いにも意識はハッキリ(?)しているので大きな問題はないだろうが、何やら我慢しているようなので吐き出させてやった方がよいだろう、と少年はエチケット袋になるものが無いかカバンを探り出す。
と、その時。
「――! うわっ、とと……」
『ムイ!?』
「……グギュグバア!」
振動。そして強烈な慣性。どうやら列車が急にブレーキをかけたようだ。
突如前に押し出される感覚を感じ、慌てて座席へと捕まる少年。浮遊していたバドレックスも襲い掛かる慣性に思わず驚く。座っていたフィオは特に何ともなかったものの、先の振動により乗り物酔いが悪化したのか青白い顔色をさらに蒼くしていた。
『おお……びっくりしたである』
「止まった? まだ、エンジンシティまでは距離がある筈なのに……」
ブレーキによって、速度を落とした列車はしばらくして完全に停まる。窓の外を眺めればどうやら駅に停車したようだ。だが、この列車はエンジンシティまでの快速列車。ブラッシータウンからエンジンシティまで止まる駅はない筈……と、疑問に思う少年であったが、そのすぐ後に放送された電車内のアナウンスにてその答えが分かった。
曰く、線路上にウールーの群れが集まっているため列車の通過が不可能、群れが退避するまで列車はここ――ワイルドエリア駅で停車するということらしい、そして運転の再開はいつになるか分からない、とも。
放送された停車理由に納得する少年。と、同時にこうも思う。予想外の列車の停止であったが、この状況下ではむしろ好都合である、と。
「電車の運転再開は未定……か。うん取り敢えず、一度電車から降りよう。乗り物酔いには匂いも関係するって言うし、外の空気を浴びたらマシになるかも。えっと、立てそう……にはないか。仕方ない、僕が肩を貸すから一緒に行こう」
乗り物酔いの原因には乗り物が起こす振動の他に、乗り物内の匂いも関係しているという。ならばこのまま車内に留まるよりも、外に出て新鮮な空気を浴びた方がいいだろう。少年はとてもではないが自力で立てそうにないフィオに肩を貸し、電車の外へと連れ出そうとする。
『ム? 人の子よ、ここで降りるであるか?』
「キミはこの子のポケモンかな? この子、電車に酔っちゃったみたいだから一度に外に連れていこうと思うんだ。悪いけど一緒に付いて来てくれる?」
『ムム、分かったである』
自身にも付いて来て欲しいと言う少年の言葉に対し、了承の意を示すバドレックス。先ほどの『神憑り』の際に少年から邪なものは見えなかったため、恐らく信用出来ようと、バドレックスはフィオを彼に任せ自身もその後に続く。
「あっ、そうだ! この子の荷物も持ってかないと! ……結構大きいな」
と、そこで少年は座席に置いてあったフィオの荷物に気が付き、それも持っていこうとする。しかし、旅の荷物一式が詰められたリュックはかなり大きく*1、とてもではないが肩を貸した状態で持っていけるものでは無かった。
「だったら」
ならばと少年が取り出したのは、自身の相棒が入ったモンスターボール。
そう、自分一人では出来ないならポケモンに手伝って貰えばよいのだ。
「出ておいで、
開閉スイッチを押してカプセルを開けば、中から光に包まれてポケモンが飛び出してくる。光が晴れれば、そこにいたのは凛々しい顔立ちをした小さな熊の獣人といった見た目のポケモン。
「べあーま!」
『けんぽうポケモン』ダクマであった。
「ダクマ、悪いんだけどそこの荷物を持ってくれる?」
「べあ!」
少年からの指示に、任せろと言わんばかりに拳を突き上げて応えるダクマ。彼は自身よりも大きなフィオのリュックをヒョイと持ち上げ、少年の側へと持ってくる。
「ありがとう、ダクマ。――さ、もうちょっとだけ頑張って」
「……ハイ、ガンバリマス……」
ハイドロポンプ(意味深)寸前の少女に肩を貸し、出口へ向かって進んでいく。
出来るだけ刺激しないよう、ゆっくりと……ゆっくりと……。
◆
「で、何とか連れ出したのはいいんだけど」
青い顔で駅のベンチに座るフィオを眺めながら、少年は独り言ちる。
「そう直ぐには治らない、か」
電車から連れ出した後、フィオを駅のトイレへと案内した少年。自身も用事を済ませて戻って来てみれば、酔いが抜け切れなかったのか彼女がグッタリとした様子でベンチにへたり込んでいるのを見つけたため、しばらく様子を見ていたという訳であった。
「はい、お水。どう? 少しは良くなった?」
「……ハイ、ナントカ……オキヅカイアリガトウゴザイマス……」
自動販売機にて購入した『おいしいみず』を手渡しつつ、少年がフィオに体調を尋ねると、差し出されたペットボトルを受け取り、中身をチビチビと飲みながら弱々しい口調で何とか大丈夫だと答えが返って来る。
「うん、まあそれなら良いんだけど……」
とはいえ……
(全然大丈夫には見えないんだよねー)
顔には相変わらず血の気がなく、表情も苦し気。幸い冷や汗こそ止まったようではあるものの、残念ながら少年の目にはまったく大丈夫そうには見えなかった。
(正直、後は駅員さんに任せてもいいんだけど……)
ちらりと様子を伺えば、線路のウールーの対処に追われる駅員の姿が見える。あんな状態でさらにこの子を任せるのは気が引けた。
それに乗り物酔いとはいえ自身より年下の少女が苦しんでいるのだ、このまま放っておくのは男の子としてどうか、と少年は思う。年若くとも少年は紳士。そしてガラル紳士としてこんなところで
と、少年がそんなこと思っていた時、彼の懐から「ピロロロロロ♪」という軽快な着信音が響く。画面を見てみればそこに表示されていたのは、少年の友人の番号。
「あっ! そういえば、トイレを探しに行くって言ってそのままだった……」
フィオのことに集中し過ぎてすっかり頭から抜け落ちていたが、彼は電車内でトイレを探しに行くと言って友人と別れてからそれっきりであった。すでに友人と別れてから結構な時間が経っている。幾ら何でも遅すぎたか、と少年は慌てて電話を取った。
「あー、
『
「あーははは……。ゴメン、電車の中にトイレが無くて。今、駅に居るんだ」
『駅だな。分かった、今からそっちにいくぞ。……まったく、電車から降りたんなら連絡くらいしろよな。幾ら待っても戻ってこないから
「ゴメン、ゴメン。ちょっとこっちもトラブルがあってさ」
『トラブル……? 何かあったのか?』
「んーと、まあその辺りは合流してから話すよ。駅のベンチにいるからさ」
『おう! 分かったぞ! 今からそっち行くからちょっと待ってろ!』
という言葉と共にブツリと電話が切れる。こちらの返事も待たずに切った友人に少年――マサルは、"ホップは相変わらずだなあ"と思いつつ、通話の途切れた電話を眺めて苦笑いするのであった。
◆
「おーい、マサルー!」
数分後、彼の名を呼びながら駆けてくる友人たちの姿を見つけ、マサルはベンチから立ち上がる。
「ユウリ、ホップ」
「はあー、やっと合流できた」
「まったくだぞ! 用事が出来たならちゃんと連絡しろよな!」
「あはは、ゴメンゴメン」
ようやく合流できたことに安堵の息を吐くユウリ、用事が出来たならちゃんと連絡しろと叱るホップ、そして苦笑いしながら謝罪するマサル。気心の知れた友人同士、和やかな会話が交わされる。
「で、マサル。さっき言ってたトラブルって一体なんだ?」
「合流してから話す、って言ってたみたいだけど……」
「ああ、うん。それは、まあ、見て貰った方が早いかな」
「「?」」
そういうと、マサルは目くばせするように視線を背後へとやる。釣られて二人もまた視線を彼の背後へと移すと……。
「……ヤケモン……ヤーティ……アリエナイ……」
『耐えるである
そこにあったのは、青白い顔でグッタリと座り込む少女とそんな彼女を励ますようにカムカム鳴く謎のポケモンの姿であった。
「えぇ……どういう状況」
「うわっ、あの子すっごく顔色が悪いぞ。大丈夫なのか……?」
「うん、トイレを探してる途中で偶々知り合ったんだけど、あの子電車に酔っちゃったみたいで。それで介抱してたら遅くなっちゃったんだ」
明らかに体調が悪い彼女を見て、一体どうしたのかと疑問に思う二人。そんな二人にマサルはこれまでの経緯を簡潔に説明する。
「なるほどそういうことだったのか」
「……マサルらしいね、困ってる子を放っておけないの。流石は自称"ガラル紳士"」
「あー……アハハハ」
彼の説明により二人は取り敢えず納得してくれたようだ。そんな様子を見たマサルはある二人に頼み事をする。
「それで何だけど。あの子をあんな状態で置いておくのも可哀想だから、取り敢えず体調が回復するまではあの子に付き添ってあげようと思うんだ。駅員さんもウールーの対応で忙しそうだしさ。――だから悪いんだけど、エンジンシティまでは二人で先に行っててくれないか?」
曰く、自分は少女が回復するまで付き添う、二人は自分を置いて先にエンジンシティまで向かって欲しい、と。
「ん――……分かった、お前の頼みなら仕方ないぞ」
「そんなことだろうと思ったよ。まあ、いつものことだけど」
そんな彼の頼みに対する二人の回答は、是。思うところはありそうであったが、マサルの提案を聞き入れてくれるようである。
「ありがとう、二人とも。ゴメンね、一年振りの再会だっていうのに」
「気にすんな。まあ、一緒に行けないのは残念だけど……マサルだからなあ」
「うん。マサルだからね」
一年振りの再会に水を差してしまったことを詫びるマサル。しかし二人は口を揃えて言う、マサルだから仕方がない、と。事実、マサルがこうして人助けをするのはいつものことで、一年振りに再会した二人にとっては懐かしさすら覚えることであった。
「じゃあ、俺たちは先にエンジンシティ向かってるからな。着いたらちゃんと連絡するんだぞ」
「分かってるって、ホップは相変わらずお母さんみたいだなあ」
「あと、その子に変なことしないようにね」
「しないよ!? ユウリは僕を何だと思ってるの!?」
「え……事ある毎に女の子を引っ掛けるフラグメイカー?」
「もしくはよく変なことに遭遇するトラブルメイカーだぞ」
「うーん、友人たちからのこの信頼感。泣きそう」
マサルに友人たちからの言葉のナイフが突き刺さる! 効果は抜群だ!
友人たちからの評価に釈然としないものを感じつつ、ワイルドエリア駅から出発する友人を見送ったマサル。彼が踵を返してベンチに戻ると、そこには変わらず青い顔でへたり込んフィオの姿。
これはもう少しかかりそうかなあ、などと思いつつ、マサルは彼女の隣に腰掛けるのだった。
◆
それから数十分の後――
「この度は大っ変、ご迷惑をお掛けしました!」
ようやく酔いが抜け、すっかり元の調子を取り戻したフィオ。彼女はマサルへ勢いよく頭を下げた。
「見ず知らずの私を介抱してくださり、感謝の言葉もありません!」
「あはは、大げさだよそんな」
そんな彼女にマサルはヒラヒラと手を振って、気にするなと伝える。困ってる人が居れば助けるのは当然だ、と。
「それより調子はどう? 気分が悪いのは収まった?」
「はい、おかげさまですっかり!」
そう言って、万全であることをアピールするようにむん! と力を入れてみせるフィオ。顔色も元に戻り、元気そうな様子であった。
「それは良かった。ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はマサル。ハロンタウンのマサルだよ」
「マサルさま、ですね。わたしはフィオ。フリーズ村のフィオです。そしてこちらの御方が――」
『『豊穣の王』バドレックスである。人の子よ、我が
「――と、申しております!」
「……ああ、うん。どういたしまして?」
カムカムカムイとしか聞こえないポケモンの言葉と、それをさも当然の如く翻訳したフィオにマサルは困惑の表情を浮かべる。
「……ええっと、さっきから気になってたんだけど。君、そのポケモンの言葉が分かるの?」
「はい、勿論! わたしは王さまに仕える"
『ウム、その通り。我が
「――とのことです!」
「あっはい」
マサルには彼女の言ってることがよく分からなかった。
(うーん……確かに言ってることは怪しいんだけど)
しかし、同時に思う。
(でもウソを吐いているようには見えないんだよね)
"
(まあ、悪い子じゃなさそうだし)
少なくともこちらに害を与える気には見えない、必要以上に疑う必要はないだろう。言っていることが真実かどうかはさておき、マサルは取り敢えず彼女の言うことを信じることにした。
「なるほど、そうなんだ。――でも、ポケモンと会話できるなんて夢があるなあ。いつか僕も話してみたいよ」
「ふふふ、それならば朗報です! 今、王さまはわたしとしか言葉を交わすことは出来ませんが、ジムチャレンジを制し信仰を取り戻した暁には、遍く全ての人々にお言葉を届けられるようになられますから!」
『然り。チカラさえ戻れば、信徒ならざる人の子らとも言葉を交わすことが出来よう。その時にはヨの口から直接オヌシに礼を言おうぞ』
「――とのことです!」
「あはは、そっか。じゃあ、その時を楽しみにしておくよ。――ところで、さっきジムチャレンジって言ってたけど。ひょっとして、君も今年のジムチャレンジに出るの?」
「はい! あ、"君も"と仰るということはマサルさまも?」
「うん、その予定。だからエンジンシティに向かってたんだ」
「なるほど、わたしと一緒ですね! わたしも選手登録のためエンジンシティに……」
と、そこでフィオはとある重大なことを思い出す。
「ああっ!」
「――うわっ! いきなりどうしたの!?」
「たたたた、大変です! わたし、本日エンジンシティの駅で待ち合わせをしていたのでした!」
そう、フィオは今日、エンジンシティでとある人物と落ち合う約束をしていたのだ。辺境出身でガラル本土の地理に疎いフィオでは一人旅は大変だろうと、推薦状を書いてくれた人物が紹介してくれたのである。
フィオが慌てて時計を見れば、既に待ち合わせ時間を過ぎている。電車のトラブルというやむを得ない事情があったとはいえ、流石に一報入れないとマズいだろう。
「何だって、それは大変だ! 直ぐに連絡した方がいいよ!」
「は、はいい! ――ああっ、でもどういたしましょう! わたし、電話を持っておりません!」
彼女のスマホロトムは壊れてしまって修理中。予備の携帯もなく、駅構内に公衆電話もない。残念ながら今の彼女には連絡する術が無かった。
「――だったら、僕のスマホを貸すからこれで連絡して!」
「ええ!? よ、よろしいのですか?」
「困った時はお互い様、気にしないで! それよりも速く連絡した方がいいよ!」
「は、はい!」
慌ててマサルからスマホを受け取り、目的の人物へと電話を掛けるフィオ。無事繋がったのか、彼女がペコペコ頭を下げつつ通話をすること数分、彼女はハアと安堵のため息を漏らしながら通話を切った。
「はああ~~。何とか連絡出来て良かったです」
「お疲れ様。どうだった?」
「はい! 無事連絡が付きまして、お待ちしていた方には遅れることを伝えられました! ――それもこれもマサルさまがスマホをお貸しくださったお蔭です、本当にありがとうございました!」
「どういたしまして。ま、
なーんて、とほんの少し気取った調子でそう返したマサル。ちょっとした冗談のつもりだったのだが、言われたフィオはいたく感動した様子で――
「おおお、何という心掛け……。これが、ガラル本土の誇る紳士……!」
『ウム。ガラル
キラキラとした視線を向けるフィオに、感心したようにウンウンと頷くバドレックス。
「えーと……ア、アハハ……」
想定とは違った彼女らの反応に、思わず苦笑いを浮かべるマサルであった。
◆
さて、待ち人にも連絡を入れたことで、取り敢えず一つ問題を片付けたフィオ。次に彼女がやるべきことは、なるべく早くエンジンシティまで辿り着くことである。
そこで彼女は駅員に電車の出発時間を尋ねたのだが……。
「申し訳ありません。線路上からウールーを退かす際に線路が一部破損してしまって……。残念ながら、再開はまだ……」
「左様でございますか……。分かりました、お忙しい中ありがとうございます」
結果は芳しくなく、残念ながら再開時間は未定であるとのことであった。
「むむむ、困りました……。これではいつまで経ってもエンジンシティに辿り着けません……」
幾ら遅れると連絡したとはいえ、いつ再開するのか分からない電車を待ち続けるのは流石に悪手だ。電車が動かない以上、何か別の方法で向かうことを模索すべきだろう。
だが、ここからエンジンシティまでこの電車の他に公共交通機関はない。となれば残された手段は空を飛ぶタクシーかまたは歩きか、となるだろう。しかし、駅のアナウンスによれば、この電車が停止した影響で現在、空を飛ぶタクシーはかなり混雑しているらしく、呼んだとしてもいつ来るのか分からない状況だという。となれば残された手段は必然的に――
「歩き、ですか」
ワイルドエリアを通り抜け、エンジンシティまで歩いて向かうということになる。
(確かにそれ以外の選択肢が無いのは事実です。ですが、見知らぬ土地で果たして目的地まで辿り着けるかどうか……)
残念ながら、フィオはガラル本土に来たことがほとんどない。必然的にこの地における土地勘はなく、果たして広大と聞くワイルドエリアを潜り抜けて無事エンジンシティまで辿り着けるのだろうか。
と、悩んでいた彼女の前に救い手が差し伸べられる。
「――なら、僕も一緒に行こうか」
マサルがエンジンシティまで同行することを申し出たのだ。
「ええっ!? よ、よろしいのですか!?」
「うん。僕も元々エンジンシティまで行くつもりだったし。それに君はこの辺りのこと詳しくないんでしょ? だったら、多少は土地勘がある僕が同行した方が安全だしね」
「……その、お申し出は非常にありがたいのですが。しかし、すでにここまでお世話なっておりますのに、これ以上ご迷惑をお掛けするのは……」
マサルからの申し出をありがたく思いつつも、すでに散々世話になっているにも拘らず、さらに助けてもらうのは……と、恐縮するフィオ。しかしそんな彼女にマサルは、
「いいの、いいの。このくらい何てことないから、気にしないで――それに
と、冗談めかしてそう言った。
「マサルさま……」
『
それでも遠慮がちなフィオに、今度はバドレックスがマサルの厚意を受け取るよう促す。
『
「王さま……」
崇敬する王さまにこう言われてしまっては仕方がない。これ以上の厚意を受けることを心苦しく思いつつ、フィオはマサルの申し出を受けることにした。
「分かりました。……正直、これ以上の御厚意を受けることは大変心苦しいのですが。マサルさま、どうぞエンジンシティまでのエスコートをよろしくお願いいたします」
「――仰せのままに」
◆
"では、こちらへ"と促されるままワイルドエリア駅を出るフィオ。そうして駅の外、光に照らされた「集いの広場」へとたどり着いたその時、彼女の視界に広がったのは――
「わあ……」
美しく、広大なワイルドエリアの風景だった。
視界一杯に広がる大自然。眼下には満々と水を湛えた二つの湖。そして遠景に見ゆるエンジンシティの城壁。その景色を目にしたフィオは、思わずため息を吐く。
「すごい、これがワイルドエリア……!」
「驚いた?」
「はい! 驚きました!」
キラキラと目を輝かせながら、感動した様子で目の前の景色に釘付けとなるフィオ。そんな彼女の姿をマサルは微笑ましく見守っていた。
「――
「うん……うん?」
が、次の瞬間、マサルは何やらおかしなことを聞いた気がした。
「え?」
「あんな近くにあれほど大きな街が存在する……やはりガラル本土は都会なのですね! わたし、今すごく感動しています!」
「ああ、うん。そうなの……」
予想外過ぎるフィオの言葉に、"まあ、どこに感動するのか何て人それぞれだし……"と自分を無理矢理納得させるマサル。
それでも何故だか彼の心には、釈然としないものが残るのであった。
そりゃ(視界に入る建造物がほぼほぼ遺跡なカンムリ雪原と比べれば)そうよ
・フィオ
実は超がつくほど乗り物に弱い。電車のみならず、船も車も空を飛ぶタクシーと乗り物全般に弱い。そのため、カンムリ雪原からほとんど出たことが無かったり。でもポケモンに乗るのは平気。何でもポケモンが自分の動きに合わせてくれるから大丈夫なのだそう。
なお、この体質のせいで彼女は後にとあるジムで地獄を見ることになるが、それはまだ先の話。
魘されていた時の言葉の意味は不明。たぶん、異世界から謎の電波を受信したのだろう。
・マサル
原作主人公の片割れ。ガラル紳士を自称する紳士的な少年。困っている人を見たら放っておけないお人よしの主人公気質。同時にその気質のせいで何かとトラブルに巻き込まれがちな面も。
同郷のホップ、ユウリとは友人の間柄。とはいえ、幼い頃は親の都合でガラルのあちこちを移動していたため、幼馴染というほどではない。
実は本編の一年ほど前に、ダンデの強さに憧れヨロイ島のマスター道場で修業をしていた。一年の修行の後、マスタードから与えられた試練をこなした彼は秘伝のヨロイ・ダクマを与えられ、最終試練までの修行としてジムチャレンジに挑むこととなった。
そのためユウリとホップに会うのは一年振り。また再会したのはブラッシータウンだったため、ダンデから御三家を受けとっていない。
なので相棒ポケモンはダクマと、修行中の相方だったもう一匹の計二匹。ちなみにもう一匹の方は戦うと強すぎてダクマの修行にならないとして、マスタードからジムチャレンジ序盤での使用を禁じられている。
・ユウリ
原作主人公の片割れ。ホップ、マサルとは友人の間柄。そして、当作における
・ホップ
原作におけるライバル。チャンピオン・ダンデの弟。ユウリ、マサルとは友人の間柄。
ネット上ではとにかく褒めてくれることで有名。