豊穣の王と黒き夜 ~あるいはヨと巫女のジムチャレンジ挑戦記~ 作:野傘
エンジンシティ。「蒸気機関を利用して近代化をとげた工業都市」の異名を持つ、ガラル中央部に位置する大都市だ。レンガ造りの街並みに無数の歯車機構が並び、それらの機構を動かすための蒸気があちこちから立ち昇る様は、この街がその異名の示す通りまさしく工業によって発展した街であることを如実に表現していた。
「……ほえぇ」
『ムムウ……』
そんな大都市の風景を言葉もなく見つめるフィオとバドレックス。その様子は正しく都会の喧騒に圧倒される
マサルはあちらこちらとキョロキョロしきりの主従にクスリと笑って声を掛ける。
「ようこそ、エンジンシティへお二方。地元と違ってて驚いた?」
「はい……。何という人の数、何という喧噪……。これが大都会……わたし、ちょっとクラクラしてきました」
『カムゥ……。何という技術、あれ程に巨大で複雑な機構を動かすとは……。それに街の大きさもかつてとは比べ物にならん。ここが本当に
フィオは自身の故郷とのあまりの発展具合の違いに、バドレックスはかつて訪れた街のあまりの変貌具合にとそれぞれ違う理由ではあったが、どちらにしろ二人は訪れた大都市に衝撃を受けた様子であった。
そんな二人の様子を微笑ましく思うマサルであったが、とはいえ流石にいつまでもその状態でいさせる訳にもいかない。マサルは二人の意識を取り戻すべく口を開く。
「はい、お二方。お取込み中のところ悪いけど、そろそろ再起動しようか。特にフィオは人を待たせてるんでしょ? いい加減、合流しないとまずいんじゃない?」
「――はっ! そうでした! こんなところで衝撃を受けている場合ではありません!」
『ムッ! そうであった。いかんいかん、つい驚いてしまったである』
「うん、意識を取り戻してくれてよかったよ。それで、フィオ。合流場所は?」
「はい、エンジンシティの駅でございますね。元々、そちらに到着する予定でしたので」
「OK。……そこまでの道筋は分かる?」
「ご安心を。こんな時に備えて地図を用意しておりますゆえ」
初めて来た街でちゃんと合流場所まで辿り着けるのか、というマサルに対しフィオは自信満々で用意した地図を見せる。
「ふむふむ、この地図によればエンジンシティ駅はあちらの方ですね。――マサルさま、ここまでのエスコートありがとうございました。ここから先は一人で大丈夫です。マサルさまから賜った御厚意の数々、フィオは決して忘れません」
そう言ってマサルに感謝の意を示すフィオ。受けた厚意はいずれ何らかの形でお返しします、とも。
元々、マサルが同行するのはエンジンシティに辿りまでの間の予定。そしてすでにエンジンシティに着いた以上、彼の同行はこれで終わりだ。聞くところによればマサルもまた、友人たちとエンジンシティで待ち合わせしているのだとか。ならばこれ以上、自分が拘束してしまうのはマズいだろう。と、そう考えたからこそ、フィオはここでマサルに別れを告げたのであるが……
「あー……」
「マサルさま?」
一方、別れを告げられたマサルはと言えば、顔に何とも言い難い表情を浮かべ、何やら言いあぐねている様子であった。
「マサルさま、どうされたのですか? 何やら言いたげなご様子ですが……? 仰りたいことが御有りなのでしたら、遠慮なく口にしていただいて結構ですよ?」
そんなマサルの態度を不思議に思ったフィオは、言いたいことがあるなら遠慮なく言って貰って構わない、と彼に発言を促す。
彼女の言葉を受けたマサルは少し考え込んだ後、ようやく意を決したように口を開いた。
「……ああ、うん。分かったよ。あんまりにも自信満々だったから言い出し辛かったんだけど、君が見てるその地図…………向き反対だよ?」
「へ? ――あ! あわわわわ……」
マサルが言いあぐねていたこと、それは彼女が自信満々で覗き込む地図の向きが完全に間違っているということだった。指摘され初めてそのことに気が付いたフィオ。赤面しながら慌てて地図を正しい向きに戻す。
そんな彼女の様子を見たマサルは、苦笑しながら再び口を開いた。
「あはは……。うん、正直僕も最初はここでお別れかなあって考えてたんだけど。ちょっと心配だから、君が待ち合わせしている人に会えるまで一緒にいるよ」
「そ、そんな! 悪いですよ! ご友人も待っておられる筈なのに……!」
「君をここで放り出す方がよっぽど後味悪いよ。――それに、駅についたとしてどうやって連絡を取るつもりなのさ」
「あ……」
彼の言う通りフィオは現在、連絡手段を持っていない。待ち合わせ場所に辿り着いたとて、どうやって待ち合わせた人物と連絡を取ると言うのか。色々あってうっかり頭からそのことが抜け落ちていたフィオは、指摘されたことで完全に固まる。
『
「王さま……」
そんな彼女の肩をポンと優しく叩き、諭したのはバドレックスであった。
『ヨらにとってここは右も左も分からぬ地。案内人の言うことには従うのが賢明である』
「うぐぅ……はい」
王さまからのぐうの音も出ない正論に、しおしおとしょぼくれるフィオ。頭頂のアホ毛も心なしか萎れていた。
「うう……すみません、マサルさま。引き続きのご案内、よろしくお願いいたします……」
「ハイ喜んで。さ、行こうか」
あらためて駅までの案内を頼まれたマサルは快くこれを承諾、駅へ向かって迷うことなく歩み始める。そんな彼の後ろに付いて、フィオとバドレックスもまた進むのであった。
◆
数分後、エンジンシティ駅。
人のごった返す構内に三人はいた。
マサルの案内によって無事、駅まで辿り着いたフィオ。再び彼のスマホを借りて待ち合わせの人物に到着した旨を伝えたところ、その人物は一度待ち合わせ場所から離れていたらしく、すぐにこちらへ向かうと返答があった。そうして現在、フィオたちはその到着を待っているという訳である。
「マサルさま、申し訳ありません……。お待ちしている方と合流するまでお付き合いいただいてしまって……」
「気にしないで、僕が心配だっただけだから」
本来、無関係である筈のマサルにここまで付き合わせてしまったことを申し訳なさそうな表情で詫びるフィオ。しかしマサルは笑って、自分が心配だっただけだ、と迷惑さなど欠片も感じていない顔で言った。
「……そういえば、君と待ち合わせしている人ってどんな人なの?」
ふと、マサルはこの少女と旅をする人間とはどんな人物なのか気になり、フィオにどのような人物なのかを尋ねる。
「待ち合わせしている方、ですか……? その方はわたしに推薦状を書いてくださった方の娘さまですね。ちょうど今年ジムチャレンジに挑戦するとのことでしたので、折角だから一緒に回ってはどうかとご紹介いただいたのです」
「へえ、そうなんだ」
「はい。確かお名前は……」
『む、
と、待ち人の名前を口にしようとしたフィオを遮り、バドレックスが何者かの来訪を告げる。
「あーー!! 居た居たーー!!」
と同時に、構内に響く女性の声。聞き覚えのある声にフィオが振り返ると、そこにあったのはこちらを指差すブレザーの少女の姿。
褐色の肌に、パーマをかけたプラチナブロンドを水色のヘアバンドで纏め毛先のみを桃色で染めた特徴的な髪型。耳に稲妻型のイヤリングをぶら下げ、唇には口紅、瞼にはアイシャドウ、とまさしく今時のギャルといった風体のその少女は指を刺した姿勢のままズンズンと二人の方へ歩いてくる。
「あなた"フィオ"でしょ! もー、やっっっっと会えたし!」
「その御声……もしや、あなたが"シャクヤ"さまですか!」
「そーそー、アタシがシャクヤだよ。よろしくー」
そう言って少女はフィオの手を握り、ぶんぶんと上下に振った。
そう、自らを"シャクヤ"と名乗った彼女こそフィオが待ち合わせていた人物。フィオに推薦状を書いた祖父の知り合い「はがねの大将」の娘であり、彼女と一緒にジムチャレンジを行う予定の人物であった。
「よろしくお願いいたします、シャクヤさま。では、あらためて……わたしはフィオ、フリーズ村のフィオです。そしてこちらが――」
『『豊穣の王』バドレックスである。オヌシが
「――と仰っています」
「はいはいよろしく~……って、うわっ! 頭デカッ!?!?」
ブンブンと腕を振るシャクヤにあらためての自己の、そしてバドレックスの紹介をしたフィオ。シャクヤはそんな彼女の紹介へフランクに返答し――バドレックスの姿を目の当たりにして思わず驚愕する。
「いや、ホントにデッカい頭だわ……。え、ヤバくない?」
「はい! 本当に立派ですよね!」
『ウム、これなるはヨの象徴。大地の王権を示す蕾冠である』
「はー……。てゆーか、ナチュラル過ぎてスルーしてたんだけど、あなたこの頭デッカいのと話せんの?」
「はい! わたしは王さまにお仕えする
『フィオはヨに仕えし
「ほーん。
(いや、それで納得するの!?)
女子二人(と王さま)のふわふわとした姦しい会話を聞きながら、思わず内心でツッコむマサル。
これがギャルか、とカルチャーギャップに戸惑っていたところへシャクヤから声が掛かる。
「あー、あなたが"マサル"? フィオを拾ってここまで案内してくれたんだってね。ありがとー」
「へっ? ああ、どういたしまして。――まあ、困ってる女の子を助けるのは紳士として当然だからね」
突然声を掛けられ、一瞬ポカンとした表情を浮かべたマサルであったがすぐさま表情を笑みに変え、紳士として女の子が困ってるのを見たら助けるのは当然だと返す。
彼の返事を聞いたシャクヤはその紳士的な物言いに思わずへえ、と声を漏らした。
(あらら、中々良さ気な男子じゃん。ちょっとちょっと、早速こんなの引っ掛けて来るとか。あなたも中々隅に置けないね〜)
(? はい、マサルさまはとっても良い人ですよ)
(おっと自覚なし? お子様にはそういうの早かったかー)
(???)
何やら小声でささやいてくるシャクヤに、頭に「?」を浮かべて首を傾げるフィオ。残念ながら彼女に色恋沙汰はまだ早かったようである。
さて、無事待ち合わせ相手であるシャクヤと合流することが出来たフィオ。そして彼女が待ち合わせ相手と合流できた、ということは即ちマサルの役目が終わったということでもある。
一人で放り出すのが心配で付いてきたが、既に彼女には同行人がいるのだ。ならば自分はもう不必要だろう、とそう判断したマサル。彼はフィオに暇乞の言葉を掛ける。
「それじゃ、目的の人との合流も出来たみたいだし……僕はここで失礼するよ」
「あっ……そうでしたね。申し訳ありません、いつまでもお引止めしてしまって。――マサルさま、右も左も分からなかったわたしたちにここまで親切にしてくださり、本当にありがとうございました。このお礼は必ずいたしますので!」
『ウム。ヨからも礼を言おう。苦痛に喘ぐ我が
「あはは、どういたしまして。それじゃあね、フィオ。君のジムチャレンジ、健闘を祈ってるよ」
「はい! マサルさまも!」
「うん、ありがとうフィオ。じゃあ、またね!」
そう言って軽く手を振った後、マサルは踵を返して構内から歩き出す。
「本当にありがとうございました、マサルさま! あなたさまの旅路に『豊穣の王』の祝福があらんことを!」
フィオはそんな彼の旅路が良きものであることを祈りつつ、その姿が見えなくなるまで手を振り続けるのであった。
◆
「あっ、そーだ。あなた渡すものがあるんだった」
マサルと別れ三人(二人と一柱)となったフィオたち。と、シャクヤはそこでフィオに手渡すものがあるという。
「渡すもの? わたしにですか?」
「そーそー、ほいこれ」
そう言って彼女がポケットから取り出したのは一台のスマートフォン。
「スマホ壊れちゃったんでしょ? ジムチャレンジ中に連絡手段がないと不便だろうから、アタシの予備のスマホ貸したげる」
ロトムの入っていない旧式の奴だけどね、とスマホを差し出すシャクヤに、フィオは驚いた表情で恐縮する。
「ええっ!? よ、よろしいのですか!?」
「いーの、いーの。お古だし、緊急用で持ってたけど滅多に使わないしね。それにオヤジにも許可とってあるからだいじょーぶよ」
実際、そのことを話したら、
「おう、かまわねえぜ! かーっ! 困ってる子のために自分のスマホ貸してやるたあ、優しいねえシャクちゃんは! パパはこんな娘を持って鼻が高いぜ!」
と暑苦しく言っていたので大丈夫だろう。どうせ料金を払うのは
「わ、分かりました……! シャクヤさまの厚意、ありがたくお受け取りいたします……!」
そう言ってシャクヤから恐る恐るスマホを受け取ったフィオ。事実、彼女からの申し出はフィオにとって非常にありがたかった。何せ連絡手段がないと物凄く困る、今日のような不測の事態が起こった時など特にそうだ。今回は偶然、マサルと出会ったことで何とかなったものの、もし出会っていなければ一体どうなっていたことか。そのことを考えれば連絡手段の確保は必須だろう。
壊さないよう大切に使わなければ、とフィオは受け取ったスマホをポケットに仕舞い込んだ。
「うーし。じゃあ、渡すものも渡したし……そろそろ受付しに行こっか」
「あ、はい! 参りましょう、シャクヤさま」
『ウム。いざ往かん、赤煉瓦の城へ』
諸々の所用を済ませ、駅より歩きだした三人。
目指す先はエンジンシティ中央にそびえる赤煉瓦の城、エンジンスタジアムである。
・マサルくん
フィオちゃんとは一端お別れ。友人たちと合流しにエンジンスタジアムへ向かう。その後の流れは大体原作通り。受付→スボミーイン→vsエール団(ダクマ無双)。
なお、フィオちゃんとの再会は割と直ぐである
・シャクヤ
フィオが待ち合わせしていた人物。明るくノリの良いギャル少女。父親のピオニーから
手持ちポケモンはこの時点で相棒も含めて計四体。原作では一体を除いて手持ちポケモンが不明のため、それ以外は全て作者が独断と偏見で選んだものである。具体的な名前は……オイオイネー。
・ピオニー
元・はがねジムリーダーにして、元・チャンピオンのトレーナー。愛称は「はがねの大将」。シャクちゃんのオヤジ。
フィオの推薦状書いた人物(第一話の祖父の伝手とはこの人のこと)。若い頃には修行のため度々カンムリ雪原を訪れていた。フリーズ村村長と知り合いになったのもその時。現在でも時々カンムリ雪原を来訪しており、フィオとも顔見知りだったり。