輝夜と伽宮夜   作:Marian

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たかがキノコ、されどキノコ

 この私が、おかしいという感覚に陥いるほどに奇妙な出来事の連続だった。

 

 日本語を流暢に話す、明らかに日本人ではない金髪で黒い三角帽を被った少女。

 まるで絵本の中から飛び出してきたかのような、"いかにも魔法使い"の格好をした少女が、自生している毒キノコを片っ端から採取していた。

 

 しかしそれだけなら、まだ釈明の余地はあった。

 

 一つ、私は見知らぬ森に拉致された

 二つ、そこにはコスプレ好きの異国人の少女がいた

 三つ、さらにその少女の趣味はキノコ採集であった

 

 説得力の権化かと思われるほどの、私の完璧な推理であったが、それは一時の錯覚。

 蜂の巣のごとく、穴だらけの考察であった。

 

 箒が浮いていること、なぜか彼女が私の名前を知っていること、そして親しげに話してくること。

 

 なによりも、私が幼少期から一緒に過ごしてきた『複合型人工知能プロトA H-LEAN0』の愛称を知っていことが、この少女の異常性、そして私が奇妙な出来事に巻き込まれているという証明としている。

 

 AとLEANの文字から、私はその人工知能を『エイリーン』と呼んでいる。

 

(どうも怪しいですね、この子。箒を浮かせる技術も、人の秘密を暴く洞察力も、どうやら私よりも一枚上手な人物かも知れません)

 

 未知の森で初めて出会った人物が、ここまで優れた能力を持ち合わせたことに動揺を隠し切れなかったが、相手に悟らせることはなく、表面上は澄ませたように対応してみせた。

 

『えぇと、えいりーんですか?』

 

 自身の状況も相手の素性も分からない条件下において、こう言う時に私の容姿は役立つ。

 何も知らない、あどけない少女のフリをして相手の出方をうかがうのだ。

 

『あれ? なんか伸ばす位置がおかしいぜ。まぁ、いいか。えぇと、そう。エイリィンは一緒じゃないのか?』

 

 やはり、私のエイリーンを知っているらしい。

 発音は少々変ではあるが。

 

 自分が知らずして、相手に身の内を知られる感覚は初めてで、どうしようもなくむず痒い気分になる。

 

『えいりーんなら……』

 

 自身の右ポケットに触れてみれば、確かに立方体の形をしたエイリーンの感触があった。けれど、ここで手の内を晒すのが最適解ではないはずだ。

 もう少し相手の情報を引き出してからでも遅くはない。

 

(ここは適当に流しておきましょう)

 

『……どうやら無くしてしまったようです。気に入っていたのですが』

『えぇと、はぐれたって事でいいのか?』

『まぁ、そのような感じですね』

 

(少し苦しかったでしょうか……)

 

 目の前の少女は何か言いたげな顔をしながら、そわそわとしている。

 私のあからさま過ぎる言動に違和感を覚えているのかもしれない、まずい……。

 

(とにかく話題を変えなければなりませんね。毒キノコが好きなようですし、そこに触れながら相手の情報を引き出していきましょう)

 

 そう思って、採取されたキノコが詰められた籠へと目線を向ける。

 

 相変わらず、箒が浮いている原理を全く理解できない。何か細い糸で吊るしているのかと考えたが、それらしきものは一つもない。

 

 私の眼球は少し特殊で、視力も普通の人間よりはるかに優っている。さらに、右の眼は微小な赤外線を取り込んで、熱を感知できる機能が備わっているのだが、右目の反応も全くないことから、箒が熱源となっているわけではないらしい。

 

 つまり、熱を噴射してホバリングしているという考えも消える。

 

(では……どうやって箒を浮かばせているのでしょうか。まさか本当に未知の技術を使っていると……?)

 

 脳内で思考を巡らせれば巡らせるほど、この金髪の黒服少女がどれほどの力を秘めているのかを理解させられる。

 

(……まだ慌てるときではありません。それを含めて聞き出せば良いのです。さぁ、早く会話を………………………………………………)

 

(え?)

 

 普通なら誰も反応しなかった事かもしれない。

 それこそ、有名な菌類学者であっても、類を見ないほどのキノコ愛好家であったとしても、私と同じ感覚を抱く者はいないだろう。

 

 私は超記憶症候群。今まで見聞きしたどんな物も鮮明に覚えている。

 菌類に関わらず、図鑑という図鑑を全て覚えさせられたし、この世界で既に発見されたものに関しては全て脳に記憶している自信がある。

 というか、そもそも忘れられないのだから、自信も何もない。絶対なのだ。

 

 私が生まれてからこの日まで食べてきた料理も、クラスメイトがコソコソと喋る私の噂声も、実の母が今まで生み出してきたおびただしいほどのクローン人間の数も、ずっと一緒に過ごしてきた家族のような存在であるエイリーンが本当は人工知能であったと知った時のことも、

 

 何もかも忘れることができない。

 

 

 

 それなのに……。

 

『なんですか、このキノコ』

 

 たかがキノコ、されどキノコ。

 私にとっては存在し得ないキノコ。

 

 まるで宇宙空間に一人放り込まれたような、そんな気分だった。

 

 私は、まさに幻想に足を踏み入れていたのだ。

  

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「よし、着いたぜ!」

 

 どうやら認めるしかないようだ。ここには私の知らない技術、植生が存在していると。

 いや、もっと深く考えるなら未知の生物もいる可能性があるかもしれない。

 そもそもここは一体どこなんだ。日本語を話す金髪少女がいたことから、日本に縁がある場所であるは分かる。しかし、少なくとも日本に紫色のカサに黄色の線が渦巻いているキノコが発見されたという報告はない。

 いや、世界的に見てもこれほど異様な形と模様をしたキノコを見つけたとなれば、すぐさま報告がなされるはずだ。

 

 日本と縁があるが、地球にはないもの。

 

 ほんの僅かに頭の片隅によぎった、別の惑星に飛ばされたという突拍子もない考えも、これには当て嵌めらない。

 

 まさか……並行世界?

 

 日本と限りなく似た世界へと飛ばされたということ……?

 

 でもそれならどうやって、どんな現象が起きて、何故私だけが……。

 

 気付けば熱感知を使わずとも分かるほどに、私の体温はほんのりと上昇して、体が熱っていた。

 

 私が……興奮している。

 

 最後に私が好奇心を覚えたのは、もう十年以上前だ。

 幼少期の時は、全てが新しかった。純粋無垢なまま、まるで砂漠の砂に水滴が零れ落ちるように、目に見えたもの、耳に聞こえたもの、手で触れたもの、舌や鼻で感じたもの、怪我した時の痛みですら、全てが新鮮だった。

 

 けれど、一度体験してしまえばもう二度とその感覚を味わうことはできない。

 成長するにつれて、何もかもが既知となり、次第に私は何に対しても興味を失っていった。

 

(でも、もしこの世界が私の知らない事で溢れていたとしたら……。あぁ、それはなんて素敵な)

 

「おーい、輝夜?」

「み゛ゃ!?」

 

 妄想に耽るあまり、少女の呼ぶ声に気づかずに断末魔を上げててしまう。

 

「えっと、お疲れ様……です?」

 

 辺りを見渡せば、森の中にポツンと立つ西洋風の一軒家があった。

 オレンジ色の薄明かりの照明が、古びた家を風情あるように感じる。

 家の前の看板には『霧雨魔法店』と辛うじて読める字で書き殴られていて、何やら不吉な商品扱っているかのようだ。

 

「ここが私の家だ。ちょっとばかし物が散らかってるけど、そこは勘弁な」

 

 そう言いながら、少女は玄関の扉を開けて、私を中へと誘導する。

 

「そういえば、お前がうちに来るのは初めてだったよな」

「……そうですね」

 

(やはり……私のことを知っている?)

 

 いや、少女の私に対する態度がまるで友人に話しかけるようで、それを考えると私を知っているのではなく、私を誰か他の人と勘違いしている可能性もある。

 

(まだ断言は出来ませんが、友好的に接してくれているようなのでそれに甘んじて、話を合わせましょう。出来るだけ墓穴を掘らないようにしたいのですが……)

 

 ふと、部屋の内装を見てみる。

 少女の言っていた通り、確かにモノが散らかっている。

 辺な形をした土偶だったり、見ただけでは分からないような鮮やかな色をした液体が瓶に入れられていたり、他にも奇妙な小道具や骨董品が無数に棚や地面に転がっている。

 

 蒐集が趣味なのだろうか。それとも全て自作……?

 

「お腹空いてないか? 何か作るぜ」

 

 居間の中央にあるテーブルに、黒い三角帽を無造作に置いて、少女は私に問いかけた。

 

「いえ、お構いなく」

「まぁ遠慮するな。そこら辺に座って待ってろって。これでも料理は得意なんだぜ」

「い、いえ、本当に」

「さーてっ、何作ろっかな♪」

 

 料理を作ることは決定事項のようで、彼女の軽やかな身の弾みから推測するに、どうやら他人に手料理を振る舞うことはあまり無いらしい。

 嬉しそうに鼻歌を歌いながら、台所へと向かっていった。

 

(しかし、困りましたね)

 

 本当にお腹は空いていないし、初対面の相手に料理をご馳走になるほど無神経でもない。

 

 しかし、あまり人の好意を無碍にするのも良くない。そう思って、添えてある木製の椅子にちょこんと座り、彼女を待つことにした。

 

 時計の針がチクタクと動きながら、緩やかな時が流れる空間の中、私は部屋の風景を眺める。

 

(そういえば、新種のキノコを見た反動でしばらく放心していましたが……。私、箒で空を飛んでいましたね)

 

 超記憶症候群の私が、その時の映像が途切れ途切れでしか映らないのは、よほど心に衝撃を受けたからだろうか。

 

(まあ、これでとりあえず一息つけそうですね。知りたいことは山程ありますが、少々心を落ち着けましょう。……ん、あれは?)

 

 なんとなく目線を移していた、端にある洒落た机の上に銀のフレーム仕立ての写真立てが置いてあることに気付く。

 

 そこには、厳つい顔をした肩幅の大きい男と、小さく可愛らしい金髪の少女の姿があった。

 少女は体操服らしきものを着ていて、至る所に泥が跳ねている。

 

 左胸にある名札には『霧雨魔理沙』と書かれていて、どうやら運動会のようなものをしていたらしい。

 

(つまり、彼女の名前は霧雨魔理沙。こちらの方はお父様でしょうか。……ですが、男性が履くような靴も道具もこの家には置かれていませんでしたし、どうも二人で暮らしているようには見えませんね)

 

「ほら、お茶だぜ」

 

 どうやら戻ってきたらしい。

 なら、少し確かめてみようか。

 

「ありがとうございます。魔理沙さん」

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