輝夜と伽宮夜   作:Marian

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複合型人工知能プロトA H-LEAN0

「ねぇ、エイリーン。この花はなんて言うの?」

『カーネーションですわ、姫様』

「ねぇ、エイリーン。この果物はなんて言うの?」

『イチジクですわ、姫様』

 

「ねぇ、エイリーン……」

『………………』

 

 エイリーンは、なんでも知っていた。

 私の知りたいことを教えてくれたし、欲しいものはどんなものでも持ってきてくれた。

 

 この無機質な白い部屋の中で、唯一エイリーンだけが私を見てくれた。

 でも一つだけ、一つだけ私に教えてくれないことがあった。どんなに良い子にしていても、どんなに本に書いてある難しい言葉を沢山覚えても、決して答えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「お母さんは…………どこにいるの?」

 

   

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「というわけで、霊夢が二日酔いになっちまったんだ」

 

 魔法少女が、帽子を脱いで顕になった艶めく後ろ髪に手を置いて、悩ましげに呟いた。

 

 彼女の名前は"霧雨魔理沙"。

 実家はこの『魔法の森』を抜けた先にある、人里の古道具屋らしい。十になるときに、経営性や価値観の違いから父親と絶縁して、ここへ籠るようになった。

 "魔法使い"だから、人の寄りつかない場所で研究がしたいとのこと。

 

「あ、そうだ! 永琳に薬を作って貰えばいいじゃないか!」

 

 魔理沙が抱えていた頭から手を離し、ポンと音を立てながらこちらを見つめる。

 

「な、輝夜! 力を貸してくれよ」

 

 私は魔理沙の輝かしい笑顔を前に、ただ俯くのみだった。

 

「…………ふふふふふ」

 

 乾いた笑い声が、二人の間に挟まれたきのこソテーの上を通り抜ける。

 私はきのこソテーを掬ったスプーンを右手に持ちながら固まり、ただ彼女の話を淡々と聞き続けていた。けれど、もう限界が来たようだ。

 

 別にきのこソテーが強烈に不味かったわけでも、それが原因で腹痛になっていたわけでもない。

 むしろ、魔理沙の料理はかなり上手な方だと思う。それなりの高級店で出されても、疑われないほどの出来だ。

 部屋の惨状や、対話をして分かったことだが、魔理沙の性格はかなり荒っぽい。

 それにも関わらず、荒々しさを感じさせない料理に対する器用さは、魔理沙が日常的に幾度となく料理を作り続けていることを裏付けている。

 

 魔理沙の作った料理のことは、素直に賞賛したい。

 だが、やはり私が未だに口の中にあるマッシュルームを噛みきれていないのは、それとは全く関係のない事だった。私の脳がまだ高速回転しているのは、その後に魔理沙が話した内容があまりに荒唐無稽だったからだ。

 

 魔法、妖怪、吸血鬼……。

 

 どれも御伽噺に出てくる言葉だった。

 しかし、それを魔理沙はあたかも平然と、当たり前のように話していた。鬼に吸血鬼、妖怪と妖怪退治人である人間が仲良く酒を交わしていたらしい。

 

 私は完全に、魔理沙が与太話をしていると思い込んでいた。私のからかっているのだと。

 しかし……。

 

 

 

『お茶のお代わりはいるか?』

『えぇ、お願いします』

『ちょっと待ってな』

『…………?』

 

 魔理沙は湯呑みに粉末茶を入れた後、すっと右手を前へ伸ばした。

 お湯を沸かすわけでもなく、湯呑みを持つわけでもなく、魔理沙はただ右手をかざしただけだった。

 私は魔理沙が何をしようとしているのかが分からず、頭に疑問符を浮かべながら呆然と見つめていた。

 

『よっと!』

 

 ほんの僅かな掛け声を魔理沙がもらす。

 しかし、それだけで魔理沙の手から水が現れた。さらにそれはただの水ではなく、熱を帯びた白湯であったのだ。

 

『え………?』

  

 再び目を向けた時には、既に熱い煎茶が出来上がり、ゆらゆらと揺れる湯気が、魔理沙の顔を覆うように私の視界を遮っていた。

 

 

 信じるとか、信じないとかそんな事を考える方が馬鹿らしくなってくるほどに、魔理沙は意図も簡単に魔法の存在を証明してみせた。

 

「頼むぜ、やっぱり私に薬は作れねぇよ」

「いい……ですよ」

 

 もはや私の自尊心はボロボロだった。

 彼女の正体を暴こうとか、謎の技術を突き止めて盗み出そうとか、初めは魔理沙に対して勝手に自分に優位性を持たせていたが、全てが偽りだった。

 

 もしかすると、私が相手にしているのは相当ヤバい人物なのかもしれない。下手をすれば、その"魔法"という得体の知れない凶器を突き付けられる可能性だってある。  

 

(もう、隠せない……ようですね)

 

「ほんとか! いやー、助かるぜ。永琳の腕なら確実だな!」

 

(あぁ、私のエイリーン。どうかこの場を収めて、私を助けて。連れ出して)

 

 私はブレザーの右ポケットにある、小さな立方体を取り出した。

 

「LEAN0、起動」

 

 私はその言葉を口にする。

 

 "複合型人工知能プロトA H-LEAN0"。

 最初の試作品である人工知能で、私の信頼している家族でもある。

 Hは"Housework"すなわち"家事"。

 LEANは無駄がなく、寄りかかれることから来ている。0はこの機体がプロトAタイプの初号機であることを示している。

 

 小さな立方体は徐々に浮き始め、私の横顔辺りに静止した。

 

『何か御用ですの、姫様』

 

 私は思わずハッとする。

 エイリーンを起動する前に、一言何か言葉をかけるべきだったと。森では無くしたと言っていたのだから、魔理沙が不信感を覚えるかもしれない。

 

「ええとあのですね……エイリーンは、その、さっきは見落としてたというか。えぇと、そう……こんな風に小さいので……」

 

 あぁ、自分でも頭が回っていないことだけはハッキリと分かる。

 

(もう、ダメかも……。今すぐ横になりたい気分です)

 

 魔法という未知の力を見た焦りから、墓穴という墓穴を掘りまくってしまう。

 

 恐る恐ると言うふうに顔を上げて、テーブルの先にいる魔理沙の姿を瞳に映す。

 

(ん……あれ?)

 

 今度は、魔理沙がボケーっとしている様子だった。今しがた私がした様に、呆然と宙を見つめている。

 怒っているわけでも驚いているわけでもなく、意味がわからないと言った感じで、エイリーンのことを見つめている。

 

「えぇと、輝夜。ちょっと待ってくれ」

「は、はい」

「そいつが……永琳とでも言いたいのか、お前」

「え? そうですけど」

「私には四角い物体が喋ってるようにしか見えないな。永琳は確か……人だった気がするぜ」

 

 あぁ、そういうことか。人工知能『LEAN』はエイリーンを除いて、全てがクローン人間の脳へと移植された形で存在している。つまり、首から下は人間だ。

 人の姿でしか見たことがないと言うことは、他のLEANを知っているだけということか。

 

(ではその機体に"えいりん"という名前を付けていたのですね。腑に落ちました)

 

「まあ人型にもなれますので。エイリーン、宿酔による中毒症状を和らげる薬を出して」

『酔ってないでしょ、姫様』

「この方のご友人に渡すの。いいから出してください」

『はいはい、人使いの荒い姫様だこと』

 

 渋々と言った感じだが、エイリーンは機体内で薬の調合を始めた。

 昔から一言多い性格なのだが、なんだかんだで私の言うことを聞いてくれる、大事な家族もとい親友だ。

 

「え、永琳って……」

 

 私とエイリーンのやりとりを見て、魔理沙は驚愕した顔を浮かべながら叫んだ。

 

「永琳って機械なのか!?」

「えぇ。初号機は機械なんです」

「初号機!? 他にも永琳がいるのか!?」

「はい。現在は七万八〇〇一体が稼働してます」

「し、知らなかったぜ……!」

 

 顎が外れるかという勢いで、漫画のような驚き顔を見せる魔理沙を見て、心の内側が安らいでいくのを感じる。

 

(なんだか気が動転しすぎていたようですね。魔理沙さんは良い人みたいです)

 

『出来上がりましたわ、姫様』

「ん、ありがとう」

 

 エイリーンから小さな錠薬が入った小包を受け取る。

 恐らくは肝臓の働きを促すビタミン類やタンニンが含まれているはずだ。

 

「はい、魔理沙さん。これを渡してあげてください」

「あ、あぁ。助かるぜ」

 

 魔理沙は毒気に当てられて、心あらずというように、小包を手に取って見つめる。

 

「早くご友人に飲ませてあげた方がいいですよ。それと、飲酒はほどほどにと伝えておいてください」

「判った。ところでお前はどうするんだ?」

「人里の方に行ってみようかと」

「なら博麗神社に行くついでに送っていくぜ。魔法の森は迷路みたいに入り組んでるからな」

 

 やっぱり親切な方のようだ。しかし、心配には及ばない。

 

「大丈夫ですよ。森の構造は覚えましたから」

「う、嘘だろ?」

 

 箒で空を飛んだおかげで、『魔法の森』と呼ばれる森の全容を見ることができた。さらにその時に、集落も確認できた。

 迷うことなどもう有り得ない。

 

「では、魔理沙さん。きのこソテーご馳走様でした。また会いましょう」

 

 私は右肩にエイリーンを乗せて、魔理沙の家の扉を開き、暗い森の中を脇芽も振らずにスタスタと歩いて行った。

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