輝夜と伽宮夜   作:Marian

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霊夢の一日、紫の焦り

 

「どこに行ったのかしら、魔理沙」  

   

 幻想郷の東端にある、周辺を森で囲まれた寂れた神社が一つ。参拝客は誰一人としておらず、古びた長く続く石の階段には、から風がヒューッと吹く。

 私は激しく暴れるような頭痛を抑えて、本殿の外縁に腰を下ろし、呟いた。

 

「頭がくらくらするぅ」

 

 脳にアルコールが回り、未だに意識が朦朧とする。

 

(どうしてあんなになるまで飲んじゃったのかしら)

 

 おかげで妖怪との対決を煽られて、酒の勢いに乗っていた私は、あろうことかさとり妖怪と麻雀勝負をしてしまった。

 

(普段なら絶対受けないはずなのに……。全部あの妖怪共のせいだわ)

 

 今まで多くの異変を解決してきたけれども、なぜか行く先で妖怪達に好かれて、気付けばこの博麗神社は夜になれば賑わいを増すようになっていた。

 妖怪退治を生業としている博麗の巫女の私が、どうして妖怪達から好意的に受け止められるのかは謎である。

 

(まぁ、異変が起こらないなら別にいいけどね)

 

 異変を解決するのは本当に面倒臭いし、できればもう起こらないでいてほしい。

 

「あぁもうっ! 色々考えてたらまた頭痛がしてきたじゃないっ! 魔理沙はどこに行ったのよ」

 

 私が腹痛やら吐き気やらで布団に包まっていた時に、魔理沙は『待ってろ霊夢。私が薬を作ってきてやるよ』と言って、すぐさま神社から飛び出して行ってしまった。

 その言葉に期待しているわけではないが、やはり気になるものは気になる。

 

(まぁ魔理沙が薬を作れるわけないし、外で待つだけ無駄ね)

 

 そう思って、私は身体に刺激を与えないように、ゆっくりと立ち上がる。立ちくらみがして少し蹌踉めいた。

 あと一晩じっくり眠れば自然と治るだろうと思い、再び寝床へ向かおうとする。

 

 その時。

 

「おーいっ! 霊夢ー!」

 

 後ろから、馴染みのある声で私を呼ぶ声が聞こえた。振り返れば、魔理沙が箒に乗ってこちらに向かってくる様子が見える。

 

「あんた、やっと戻って来たのね。一体何してたのよ」

 

 魔理沙の姿の見えたことに、無意識ではあるが心の内が安堵する。

 

「わりぃわりぃ、晩飯作ってたんだ。ほら、霊夢の分も持ってきたぜ」

「え、本当!?」

 

 てっきり何の成果もなしで戻ってくるのかと思っていたのだから、予想以上に驚く。

 魔理沙の料理が美味しいことは知っているし、昨日の宴会でも魔理沙の手料理は好評で、妖怪の間でも取り合いになる程だった。

 その様子を見て照れ笑いしていた魔理沙の姿も記憶に新しい。

 

「やっぱり持つべきものは魔理沙ね」

「調子いいこと言うぜ。さんざん人のこと『出てけ』だの『鬱陶しい』だの言ってたくせに」

「あれは体調が悪かったからよ。魔理沙も病気の時はあんな感じでしょ?」

「はぁ!? 私はそんなに機嫌悪くならねーよっ」

 

 私の意地の悪い返答に、魔理沙は声を大きくする。

 

「まったく……。ほら、薬も作ってきてもらったぞ」

 

 そして呆れたように呟きながら、私に小さな小包を手渡した。

 

「薬っ!?」

 

 中身を覗いてみれば、数ミリセンチメートル程度の錠薬が複数入っていた。

 

「一体誰から貰って来たのよ」

 

 薬を作って持ってくるとは言っていたが、まさか本当に約束を守ってくれるとは思っていなかった。

 誰から貰ったのかしら。

 

「輝夜と……永琳?だな」

「なんで疑問形なのよ……。というか永遠亭まで行ってくれたの? ここから結構遠いけど」

「いや、永遠亭に行ったわけじゃないんだ。魔法の森で輝夜に会ってな。その場で薬を作って貰ったんだ」

「魔法の森? どうしてそんな場所にいたのよ」

 

 どうして輝夜と永琳が魔法の森にいるのか。二人は昨晩の宴会が終わってから、永遠亭へと帰っていったはずだ。それにいくら永琳と言えども、器具も材料もない場所で即座に薬を作り出せるとは思えない。

 

「んー、詳しく話すと霊夢の頭が混乱しそうだから、まあ取り敢えず薬を飲んでくれよ」

「あらそう。じゃあ頂くわ」

 

 どうやら重要な話のようで、魔理沙の周囲の温度が僅かに下がった気がする。

 私は台所に行ってコップに水を注ぎ、小包の中にある錠薬を水と共に飲み込んだ。

 

「っ!?!?」

 

(なに……これ……)

 

 一瞬。そう、まさに一瞬であった。薬を嚥下した刹那、真夏のように熱る身体の気怠さも、ガンガンと脳内を叩いているような頭痛も、全てが雲散霧消した。

 そして緩やかに現れ始めた心地良さが空恐ろしくなり、私は外へと駆け出す。

 

「魔理沙っ! どういうこと!?」

「お、元気になったか」

「『お、元気になったか』じゃないわよっ! 何が入ってるのよこの薬!」

 

 明らかに普通の薬ではなかった。なにかヤバい成分が含まれているのではないかと疑うほどに、効果がありすぎていた。

 

「あー、それに関してなんだが……」

「なによ」

 

 魔理沙が若干言い辛そうに顔を歪ませる。

 しかしなにやら覚悟を決めたようで、私に目をじっと合わせてきた。

 

「いいか、落ち着いて聞けよ」

「……うん」

 

 私は固唾を飲み、ゆっくりと頷く。

 これほど真剣な魔理沙の表情は今まで見たことがない、そう思えるほどに強張っていた。

 

「実はだな…………永琳はロボットだったんだ。それも何万体と存在する、な」

「は?」

 

 今日一番の最低音が出た気がする。

 何馬鹿なことを言っているんだこいつは。

 

「真剣に話すフリして、途轍もなくつまらないギャグを披露するとは……良い度胸じゃない。こっちは大真面目に聞いていたというのに」

「いや待て待て待て待て! 本当なんだって!」

 

 私が拳で殴りかかるような動作をすると、魔理沙は慌てて身振り手振りで否定をした。

 

「何が本当よっ! じゃあなに、昨日一緒に宴会にいた永琳もロボットだって言いたいのっ!?」

「いや、それが私にもよく分からねぇんだよ! さっき妙によそよそしい輝夜に会って、料理を作ってやったら、いきなり黒い立方体の永琳が現れたんだって!」

 

 もうダメだ。魔理沙が壊れてしまった。

 恐らく昨日の宴会の後片付けをさせられたせいで、ありもしない幻想を見ているんだわ。

 

(あぁ、全部私のせいよ。私がしっかりしなかったから、魔理沙はこんな風に狂ってしまったんだわ)

 

 タガが外れた玩具のように、あり得ない幻覚を必死に話し続ける魔理沙の姿を見て、私はとうとう諦めて目を瞑りかける。しかしその時、背後から奇跡の光の一筋が刺した。

 

 

 

 

 

 

「あら、霊夢。二日酔いはもう治ったのかしら?」

 

 普段なら頼み事すらしたくないのに、今だけは本気で泣き付きたいほどに嬉しい人物が現れた。

 

「ゆかりぃぃぃ!!」

 

 感極まって思わず涙を流しながら、その名前を叫んでしまう。

 そこには予想外なことを目撃したようで、キョトンと目を丸くする幻想郷の賢者、八雲紫の姿があった。

 背後には目玉模様がぎっしりと張り詰められたスキマが存在している。

 

「……霊夢。やっぱり治ってないのね、早く横になった方がいいわよ?」

「違うの、紫! 魔理沙が変なのよっ!」

「変?」

「おいっ! 何が変だよ! 勝手に人のことを病気扱いするんじゃねぇ! 私は至って正常だぜ」

 

 紫は魔理沙の身体を上から下まで隈なく見つめる。しかし、これといって普段と変わりがないと確信したようで、私の方へと向き直る。

 

「残念ながら、変なのはあなたよ霊夢。私が看病してあげるから今は横になっていなさい」

「き、聞いて紫っ! 魔理沙が永琳のことを"ロボット"だのなんだの言うのよ。これが変じゃなければなんなのよ!」

 

 まずい、変なのは私じゃなくて魔理沙なのに。明らかに言動がおかしいのは魔理沙なのに。

 

「だーかーらーっ! 本当なんだって! ほんの"虫くらいの大きさの黒い立方体"がいきなり喋り出したんだって! それで輝夜がそいつを永琳だって」

「永琳が"虫くらいの大きさの黒い立方体"なわけないでしょ!?」

「その薬も永琳が作ったんだぜ!? ここにそんな凄い薬を作れる医者は永琳しかいねーよ」

「……っ!」

 

 私は言い淀む。確かにこれほど効果のある薬を作り上げることができるのは、少なくとも天才薬師である八意永琳しか思い浮かばない。

 けれど、それとこれとはまた別の話。到底、魔理沙の話を信じることなどできない。なんとかして魔理沙の目を覚まさせてあげないと。

 

「まあ二人とも、落ち着きなさい」

 

 徐々にヒートアップしてきた私と魔理沙の論争に、賢者の仲裁が入る。

 しかし、次に紫の口から飛び出した言葉は私の思いもよらぬものだった。

 

「魔理沙。その話、詳しく聞かせてくれないかしら」

「な!?」

 

 てっきり私を加勢してくれるのだと思っていたのに、どうやら紫も魔理沙の頭のおかしさが移ってしまったらしい。

 

「紫、あんたも魔理沙の幻覚を信じるわけ?」

「信じるとは言ってないわ。けれど私も今朝、奇妙な出来事が起こったのよ」

「「奇妙?」」

 

 私と魔理沙の、場にそぐわない剽軽な声が重なる

 

「えぇ。少し難しい話だから中に入って話しましょうか」

 

 いつになく神妙な表情の紫を見て、私と魔理沙は互いに顔を見合わせて、頷く。そして、そのまま私達は本殿の中へと入っていった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 あれは、私がいつもの日課を行おうとした時に起きた出来事。

 

 幻想郷の創設者として、私には博麗大結界を管理する義務がある。もちろん、幻想郷内で発生した異変については霊夢の協力を得ているが、基本的には

私が第一の責任者である。

 しかし広範囲に及ぶ博麗大結界を管理するのは、

いくら私の式神である八雲藍が優秀であれども、流石に限度がある。

 

 故に、私は結界の大部分をコンピュータの管理システムに権限を移行し、朝目覚めた時と眠りに入る時にのみ結界を確認している。

 丁度十二時間ごとの点検であるため、万が一コンピューターに異常が発生したとしても、その間に気付くことができる。

 

 もっとも、博麗大結界とは『常識と非常識の結界』。外の世界から幻想郷へと入り込むには、その世界の『非常識』に気付かなければならない。

 そして、仮に『非常識』に気付いて博麗大結界を越えようとしても、科学の発展をし続ける世界の人間が『非常識』を『常識』へと認識することは、ほぼ限りなく不可能だ。

 

 幻想郷での『常識』を『非常識』と認識した時、何人たりともこの地へ足を着けることは叶わない。

 外の世界の『非常識』を『非常識』のまま幻想郷へ持ち込めば、何処まで行っても延々と同じような景色が続くだけで境界には辿り着かず、引き返そうとすると一瞬で元の場所に戻る。

 

 つまり私が言いたいのは、この博麗大結界を越えることができる人間はいないということだ。

 

 私は目覚めた後、いつものように管理システムへとログインしようとしたのだが、そこで奇妙な出来事が起こった。

 ほんの一瞬。そう、ほんの一瞬だけコンピュータの画面に

 

『Critical Error Encountered』

 

 と表示されたのだ。

 しかし、それはコンマ一秒程度の僅かな時間で、すぐさま通常通りのシステム画面へと移行した。

 

 コンピュータの不具合かと思って、あらゆるデータ履歴を調べ上げた。しかし、操作ログもWebログも異常はなく、さらには先ほど起きたエラーの履歴すらも残っていなかった。

 少し気味の悪い現象ではあったが、博麗大結界に異常はないし、特に深刻に考えることはなかった。しかし……。

 

 

 

 

 

「珍奇な格好をした輝夜に、ロボットの永琳……。もう少し深く調べる必要がありそうね」

 

 私の話を聞いて、目の前に正座する二人の少女はそれぞれ違った表情をしている。

 金髪の魔法使いは、興味深く身を乗り出しそうな勢いで。

 黒髪の巫女は、全てを信じられずに唖然とするように。

 

「とにかく、貴方達も気を付けなさい。何か嫌な予感がするわ」

 

 再びスキマを開き、住居へと繋ぐ。

 魔理沙の話から推測するに、彼女達が現れたのは少なくとも今日未明から日没のあたり。徹底的に調べ上げなくては。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 翌日、私は気怠い身体を起こす。久しぶりに脳をフル活用した努力の甲斐も虚しく、何一つとして手掛かりを得ることができなかった。

 

「結局、何もなかったということね」

 

 輝夜と永琳については、今日にでも永遠亭に行って聞き込みすればいいでしょう。

 いつもより睡眠時間が短かったせいで、二度寝したい気分になる。まあ、少しくらい眠ってもいいでしょう。

 改めて布団を被りなおし、睡眠を続けようとしたのだが、部屋の外から私の式神の声が聞こえた。

 

「紫様、お耳に入れたいことがあります。入っても宜しいでしょうか」

「入っていいわよ」

「失礼致します」

「どうしたの? 何か手掛かりが見つかったの?」

「はい。実は……」

 

 藍が言うには、私が熟睡している深夜の間に博麗大結界の様子を現地調査していたのだが、その時にあるものを見つけたらしい。

 

 それが穴だった。

 

 どうしてコンピュータに異常検知されないのかは定かではないが、とにかく結界に穴が開いていたようだ。

 

「ですが安心してください紫様。何者かが侵入した跡はありませんし、既に修繕は完了しています。そもそもヒトが入れるよう穴は空いていませんでしたし」

「そう……」

 

 穴が空いていたとしても、侵入した軌跡がないのなら大丈夫か。

 そう考えて、思考を中断しようとするが……。

 

「え? 今なんて言った?」

「? 何者かが侵入した跡はないと申し上げたのですが……」

「違うわ。その後よ」

「で、ですからヒトが入れるような穴は空いていなかったと……」

 

 私は違和感を覚えた。

 コンピュータが一瞬ウイルスに感染したこと。

 ヒトが通れるようなな穴ではなく、何者か、生命が入り込んだ跡もない。

 『非常識』を認識したまま幻想郷に入ることは叶わない。

 

『き、聞いて紫っ! 魔理沙が永琳のことを"ロボット"だのなんだの言うのよ。これが変じゃなければなんなのよ!』

 

『だーかーらーっ! 本当なんだって! ほんの"虫くらいの大きさの黒い立方体"がいきなり喋り出したんだって! それで輝夜がそいつを永琳だって』

 

 ロボット……虫くらいの大きさ……非常識……。

 

 複雑なピースが重なり合い、私の脳に一つの最悪の可能性が浮かぶ。

 

「ま……まさか!」

 

 私は我を忘れて、急いで輝夜の住む永遠亭へ向かった。




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