一年戦争、グリプス戦役、シャアの反乱、ラプラスの箱事件、マフティーの動乱……様々な時代、様々な戦場で、男の姿は戦場にあった。
決して表舞台に立つことはなく、誰かに語られることもない。ただ彼はモビルスーツのコクピットから、宇宙世紀を見つめ続けていた。
この物語は、一人の『少尉』の視点から、宇宙世紀という時代と、モビルスーツという兵器、そしてニュータイプと呼ばれるものの神話を追ってゆく年代記である。
UC0093 フォン・ブラウン(1)
『少尉、次でラストです。HWS機動パターンD-15、検証機動お願いします』
「インディア4よりコントロール了解。マニューバD-15、検証開始する」
左腕に引っ張られるように、ジムⅢが加速した。
眼下で、フォン・ブラウンの工場地区が遠ざかっていく。このジムの加速力は、ジムキャノンⅡ以上の重装甲を纏っているにもかかわらず、おそらく歴代ジムシリーズの中でもトップクラスだ。
理由は、左腕に装着されたブースター付きシールドにある。増加装甲の重量を相殺するために導入されたそれは、巨大なバーニヤと潤沢な推進剤の暴力で、機体をスペースリフ(コロニーで盛んな無重力スポーツ)の要領で空間を滑るように加速させる。
対弾防御を担うシールドに推進剤を詰め込むなど、ジオンのギャンではあるまいしと思うのだが。しかし技術者の言うところによると「下手に機体に内蔵するより安全」とのことである。まあ実際、ビームの飛沫を食らっただけで推進剤タンクが誘爆したジムの話も聞いたことがある。本体より強靭なビームコートの施されたシールドに推進剤を隠すと言うのは、あながち的外れな話でもないのかもしれない。
ともあれ、D-15テストはただ飛ぶだけではない。ARシミュレーションで、小惑星群をすり抜けつつターゲットを撃ち抜く電撃作戦を想定したテストだ。スペースリフしながらアステロイドをいなし、ターゲットを狙い撃つ。失敗しても岩塊に激突することはないとはいえ、身体にかかるGは本物だ。
しかも、この装備は『トップエースが運用することを想定した装備』である。加速も照準も、そこらのパイロットとは比べ物にならない技量が要求される。これを運用できるパイロットは、腕利き揃いのロンド・ベルの中でもそう多くはない。
――ピピピッ
接近警報が、思考を寸断した。
進路上にARの岩塊がある。存在確率は60%。ミノフスキー粒子によって、光学測量も長距離では距離と位置が撹乱されるため、こんな表現になる。
こちらは大型ブースターで加速中。油断すれば一瞬で岩塊と一緒に火達磨でジルバを踊ることになるだろう。システムの提案する回避ルートに向けて機体をスイングさせる。
ちなみに『トップエース仕様』の場合、存在確率95%まで警報を出さないらしい。つくづく、尋常な胆力ではない。もしくは、ニュータイプと言うのは、小惑星の殺意まで感じ取ってしまうとでも言うのか。もちろんそんなはずはないのだが。以前、彼自身が無理だと断言していたことでもある。
明後日の思考を弄びながらも、マニューバの手は抜かない。三つ目の進路上の岩塊をいなし、ターゲットを射線に捉える。
誰の趣味だか知らないが、ティターンズのハイザックだ。
右腕に装備された大出力ビームライフルをアクティブにし、照準、発射。すぐさま回避機動を再開したため爆発の瞬間を見ることはできないが、CG合成された爆発音を聞く限り、ちゃんと撃墜できたようである。
……しかし最近のOSが作る爆発音は、どうしてこう破裂するような軽い音になっているのやら。ビームの発射音も、グリプス戦役時ほど妙ではないものの、軽くて気に入らない。個人的にはRX-78のライフルの音が重厚で気に入っているのだが。
そのまま二つ、三つと小惑星の隙間のターゲットを撃墜する。この調子なら、ハイスコアを更新することができるかもしれない――
そんな楽観的な思考を罰するように、左腕がエラーを発した。
「――シールドのジョイント破断!?」
急激に機体が減速する。盾を腕に固定する接続端子が破損したらしい。もちろん安全装置があるため即座に脱落することはないが、耐負荷性能が大幅に低下するため、速度を落とさざるを得なくなる。
もちろん、戦闘中の急減速など、撃ってくれと言っているのと大差ない。加速させたままシールドをパージし、これを囮として敵機を狙撃する――とやりかけて、これがARシミュレーションであることを思い出した。岩塊と敵機は仮想現実だが、自分が操るジムは実機だ。ましてシールドは実験装備。迂闊に捨てるわけにはいかない。
――と、考えている間に、機動モーメントがめちゃくちゃになったジムは敢え無くARの岩塊に激突。
コクピット内に、パイロット達の間で『ブッピガン』と呼び慣らされる衝突合成音が鳴り響いた。
*
「少尉、お疲れ様でした。残念でしたね」
フォン・ブラウンの外れにあるラボに帰還するなり、担当技師が声をかけてきた。
「こちらは別にいいが、テストで破断するようじゃHWSの実戦投入は無理そうだな」
自分の機体を見上げる。そろそろ五年の付き合いになる愛機、ジムⅢ。一年戦争の傑作機ジムのアップデート版だが、ガンダムMk-Ⅱのデータを反映された結果、バックパックはMk-Ⅱのものと同等、手足もマッシブに改良されている。
それに加えて、この機体には追加装備が施されている。胴体をフルカバーする強化装甲とミサイルランチャー。手足にはエキスパンダーが噛まされ、RGM-89相当の機体サイズに調整されている。さらに、両足に追加されたブースターユニット。大型のブースターを搭載したシールド。ハンガーに置いてきたが、これに手持ちのメガビームライフルを携行することで、ヘビー・ウェポン・システムが構成される。
「十八m級の頃なら保ったんでしょうけどね。大型MSを飛ばすのに必要な出力を持たせようと思うと、なかなか」
「ニュータイプ・ガンダムの重量を、大尉のマニューバで耐えられるようにとなるとな……これはプランAでやり直しか」
プランAは、ブースターシールドのかわりに連装大口径メガ粒子砲を装備した、火力重視モデルである。かつてのフルアーマー・ガンダムのコンセプトを踏襲したものであるが、機動力と戦闘可能時間が損なわれることからセカンドプラン落ちしていたものだ。
「アムロ大尉、嫌いそうですねえ。サイコスイッチ式フルアーマー仕様」
「まだロングレンジファンネル構想の方が、邪魔にならん分好かれるかもしれないな」
企画書にあったこれまた珍妙な大砲を背負ったガンダムを想像して、自分は肩を竦めて見せた。
自分達が行っているのは、ロンド・ベルのスーパーエース、アムロ・レイ大尉専用のニュータイプ・ガンダムの武装の開発だった。
アムロ・レイ大尉が地球連邦の独立治安維持部隊ロンド・ベルに招聘されたのが一昨年。ほぼ同時期に、ここフォン・ブラウンに新設された兵器研究ラボで、ニュータイプ用モビルスーツの開発がスタートした。
一年戦争の英雄にガンダムを与えることに難色を示す上層部を誤魔化すため、多機能化を極めたゼータ計画の系譜ではなく、新鋭量産機RGM-89のピーク性能を引き出すプランが中心となった。
かつて同様にニュータイプ専用ガンダムとして開発されたという、幻のガンダム四号機のコンセプトが参考とされ、そのせいか完成機は、ゼータ計画機よりも四号機に近い外観に仕上がっている。
しかし、高い性能を活かすには、優秀な装備が不可欠となる。しかも、最強のニュータイプと言われる、アムロ・レイ大尉が使いこなすに相応しく、かつ大尉の好みにも合致した装備でなくてはならない。
いくつもの装備のプランが考案された。この新鋭ラボは、どこから持ち込んできたのか奇想天外な装備のバリエーションだけは豊富で、今回のブースターシールドにもその運用データが流用されている。(つまり誰かがかつて実用したのだ……これを?)
もっとも、それだけの装備が考案されていながら、当の大尉によって提案の多くはキャンセルされてしまったのだが。技術班の徒労感は同情を禁じ得ないことではあるが、例えば誰の仕業か知らないが『搭載した小型MSを大量にサイコミュ制御する母艦型』だの『超巨大MSの腕を付けたやつ』だのは、自分としても御免被るというものである。
そんな怒涛のキャンセルの嵐をどうにか生き延びたプランの一つが、自分がテストしていたHWS案だった。
「プランAに戻すにしても、とりあえず増加装甲の方はこれでフィックスか。フィン・ファンネル班は?」
「とりあえずスペアを含めて二セット、再充填回路は安定しないから省略してコンデンサを増量、までは聞いてますけどね」
「じゃあ、当面の運用はそれとプランAのセットかな。シャア・アズナブルが仕上がるまで待ってくれりゃいいが」
愛機を見上げ、コン、と拳で臑先の増加装甲を叩いた。
ニュータイプ・ガンダムも、そのための専用装備も、最強のパイロットにしてネオ・ジオン総帥たるシャア・アズナブルに対抗するためのマシンだ。
当然、ネオ・ジオンが武力行使に出る前に完成していなければ意味がない。水面下で活動していたネオ・ジオンが姿を現したのはつい先日のことだが、それ以来、一日ごとに半年、一ヶ月、十日と前倒しになり続ける納期に、機体班からの呪詛は膨れ上がるばかりだ。
昨日艦隊旗艦から女性技術士官が尻を叩きにやってきたらしいが、密かに送られてきた機体班からの愚痴メールは壮絶だった。まともに読むのを諦め、頭文字のFの数を適当に数えてやり過ごしたほどである。まあ、自分も旗艦艦隊で彼女と面識はあるが、あの「アムロ・レイの女でござい」と言わんばかりの態度はいささか鼻につくものではあった。本体班の呪詛もさもあらん。
「で、納期は今はいつになってる?」
「昨日の段階で一週間でしたが、そろそろ三日になってるんじゃないですかね」
「せめて現実とタイムスケールを合わせて欲しいもんだが、相手が赤い彗星だからなァ」
「納期も通常の三倍の速度ですか? 勘弁して欲しいですねぇ」
冗談めかして担当技師が両手を上げた瞬間のことだった。
先触れに、ガリッというノイズが館内に響き渡った。
施設内放送のスピーカーからの、緊急放送特有のマイクノイズだ。施設内の空気が、それだけでピンと張り詰めたのがわかった。
『全所員に通達。全作業中断。シャアが動いた! フィフスルナが落ちる!!』
そして、放送された内容は、その場の作業員全員の危惧を実現するものだったのだ。
「……もうデッドライン超えてたかぁ!」
「三倍どころじゃなかったじゃねえか!」
「ふざけんな、地獄に堕ちろ赤い彗星!!」
悲鳴と呪詛のミックスを背景に、タブレットやスパナが宙を舞った。
はじめまして。DOHと申します。昔地の果てでスーパーロボット大戦ものの二次小説を書いておりましたが、なんか気が乗ってこんなものを書いてみました。
物語のコンセプトは「勝手に設定を盛る」「独自解釈で与太を語る」「とにかくよく機体を壊す」です。
ガッツと底力特盛りみたいな生存性全振りの『少尉』の物語、続けられるだけ続けてみたいと思います。
いささか古くさい文体ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
この作品では、あとがきパートで本編で語る様々な設定についての補足や蘊蓄などを語っていきます。
*20240131、終盤の演出に沿って表記を修正*
▼ロンド・ベル隊
ロンド・ベルはブライト・ノアとジョン・バウアーによって組織された連邦軍中枢の直轄部隊であるが、その役割はティターンズと本質的に何も変わらない。
ティターンズ解体とともに宙に浮いたTR部隊の技術班を吸収して自らの技術スタッフにしており、主にフォン・ブラウン工廠でTR部隊の技術を継承し、後の第十三独立実験部隊まで引き継いでいくこととなる。
▼ブッピガン
モビルスーツでの活動、およびそもそもの宇宙活動では、外界の音をそのまま機体に伝えることは難しい。(爆発音など音と共に伝わる衝撃が、人体を破壊しかねない)
そのため、この時代の高度な乗り物は、外界の音をコンピュータ合成の音声に変換し、機体内で再生している。
ビームライフルの発射音や衝突音、機体の爆発音などはそのメーカーと製造時期によって音の選択が様々であり、時代ごとに軽妙だったり重厚だったりとトレンドがある。
その中でも『ブッピガン』と呼び慣らされる衝突音は、意味が明瞭かつ注意喚起に過不足ない音質で、長らく使われ続けた。