『山猫』の話をまとめると、以下のようになる。
『ビルダー』管理施設はここキャリフォルニアベースでも重要な機密区画であり、必然、管理者の階級も高くなる。そのため、管理者の端末を触ることができれば、機密情報を拝借できるだろう、というのが『山猫』の読みだった。
どういう手を使ったのかは知らないが、端末の個人認証は『山猫』が突破した。そして端末のデータを眺めていたところ、『緊急警報』の通知に気が付いたのだ。
警報の内容はレッド(最上位かつ極秘)。しかも連邦の軍勢による侵攻ではなく、核攻撃の時刻と、時間までに重要機材や人員の避難を指示する命令。
空っぽの施設。残された警報。施設外にはまったく核攻撃が通知されていない事実。やけに手薄な防衛部隊。以上のフラグメントを重ね合わせれば、起きている事象は概ね推測できる。
なお、核攻撃の時刻については、正午となっていた。あとおよそ一時間だ。
「つまりはジオンの上役連中、味方を足止めに使って、自分達はケツ捲って逃げ出してやがるのか!」
「しかも核攻撃ってことは、味方と連邦をまとめて吹き飛ばす気ですよね……」
「道理で守りが手薄なわけだ……!」
宇宙で使用できないと思われる兵器を足止めに使い、有望な資源や装備、人員は宇宙に上げて再戦に備える。合理的と言える判断ではある。――これが、卓上演習やゲームであったならば。
「情報の真偽はどう見ます?」
「ここ半日くらいのジオンの緊急連絡網はしっちゃかめっちゃかで、誤報なんじゃないかってのが山ほどあったのは確かなんだけど……」
『山猫』は指折り列挙した。白い角付きが現れて部隊が単騎で殲滅されただの(RX-78は今頃宇宙だ)。いや青い死神の襲撃でこれまた壊滅しただのが数件。味方部隊の粛清指示が数件。酷いものになると見えないモビルスーツの報告や、挙句の果てにはガルマ・ザビによる反抗作戦の檄まであったという(もちろん、彼はとっくの昔に戦死済みだ)。
混乱した戦場では妄言や虚報が入り乱れるのが常とは言うが、いくらなんでもこれは酷い。
「全部妄想ならいいんですけど、核攻撃に関しては……」
「ああ、ジオン自身の自爆についちゃ、詳細は言えねぇが冗談じゃないかもしれねぇ」
ジムを降りて会議に参加する『優等生』と『パン屋』が、思い当たるところがあるのか深刻な顔を見合わせた。あるいは彼らのエースが不在であることと何か関係があるのかもしれない。
「出ていたのが対核緊急最上位命令だとすると、敵から撃たれたものであれば、もう報復核攻撃を実行していなければいけないレベル、でしたな?」
「通常であればそうなります。さすがに誤報では出せない。それこそ北米方面軍司令や本国のギレン総帥クラスの命令がなければ」
「アレグランサやオデッサでのことを考えると、あのマ・クベあたりならやりかねない、が……」
小隊長と『若』が顰め面を突き合わせる。それにしても『若』は、現場の兵士ですら知らないことを随分と詳しいようである。オデッサはともかく、アレグランサってどこで、何があったのやら。
――などと聞き耳を立てながらジムで作業を続ける自分に、同じくジムでケーブルを取り外す『首無し』が、わざわざ有線通信ワイヤーを打ち込んで囁いてきた。
「おい、『ブービー』。隊長たち何唸ってるんだ?」
ため息ひとつ吐き出して、直接通信モードで返答する。
「分かりやすく言うと、ここがもうすぐ核ミサイルで吹っ飛ばされるんじゃないかって話だ」
「自分の陣地だろうが?」
「わざと陣地を手薄にしておいて、敵兵が入り込んだところで門を閉じて陣地に火をつけるとか、戦記ものであるだろ、アレだ。しかも軍事機密のコレもある」
ジムの指で、目の前の特大のラグビーボールを指し示す。モビルスーツにとってすら、いささか大きい。
「ベースには重要機密と生産施設がごまんとある。連邦に取られるくらいならまとめて吹き飛ばす……くらいは考える奴がいてもおかしくないだろ」
「おいおいおいおい、なら今すぐ脱出しないとやべぇじゃねえか」
「だから逃げ出す準備と並行して、本当にヤバいのかどうか確認してるんだって」
『首無し』は腕はいいが、いかんせん不勉強が過ぎる。首がないのは今がたまたまだろうに、と皮肉を言いかけてのみこんだ。
「ともあれこれは悠長に待っている時間はないな。現ポイントまで、ミディアに突入させるしかない」
「核攻撃の阻止はどうするんです?」
「衛星レーザー通信で報告は上げておく。それ以上は……正直どうにもならんな。発射地点も暗号化されているし、ゼロアワーまでの時間もなさ過ぎる」
「では、方針としては信号弾での突入指示ののち、主力でミディアの進路を確保する。ミディア到達ポイントで『ビルダー』を搬入、そのまま撤収……ですね」
「それで行こう。……聞いていたなお前ら!」
内緒話をしている間に、小隊長達の会議も概ね方針が決まったようだった。
編成は従来通り、損傷が重い『首無し』とコンテナを背負った自分を『ビルダー』の運搬及びホバーの護衛に回し、残りの四機が先行してミディアの進路を確保するという筋となった。ここに至っても後詰めに回されるとは、このでかいリュックサックが恨めしい。
まずホバーが信号弾を上げた。後方で待機しているミディアを指定のポイントに突入させるためのものだ。本当ならばミディアの飛行速度と合流ポイントまでの距離を勘案して打ち上げるべきなのだが、今は時間が何よりも惜しい。
ミディアの連中は、おそらく一斉に青ざめたことだろう。輸送機での強行突入など、死亡リスクランキングのかなり上位であろうから。
ともあれ、ぼんやりしてはいられない。主力四機はありったけの装備を抱えてミディアの進路を確保に向かった。手筈としては、合流ポイントを小隊長達が抑え、第一小隊コンビがさらにミディアの護衛のために先行する予定だ。ミノフスキー粒子の影響下とはいえ、モビルスーツの照準性能を前に、鈍重なミディアはカモに等しい。
そしてこちらも急がねばならない。『ビルダー』のケーブルは取り外しておいたものの、これだけ大きなものをコンテナに積み込もうと思うと、すでにある中身をごっそり破棄していく必要がある。
降ろしたコンテナに『首無し』とともに『ビルダー』を積み込む。サーバを縦向きでコンテナに入れるというのは本能的に怖気が走るが、状況が状況なので仕方が無い。
そんな作業をしている傍ら、集音マイクから聞こえて来たのは、『若』の声だった。
「……どうやらあの女狐にやられたな」
見ると、『若』は『ビルダー』関連のデータを抜き取ろうとしている傍ら、護衛の男と内緒話をしているようだった。ハッチを開いて目視で作業している『首無し』をサポートするため、こちらが集音マイクを高感度モードで起動したままなのに気づいていないらしい。迂闊には違いないが、無理もない。
「彼女の仕込みだと?」
「ああ、餌に釣られてキルゾーンに誘い込まれた。さすがに核攻撃命令を出せるはずもないが、ジオンがそういう手を打っていることを知っていて、こちらに『ビルダー』の情報を回した可能性は高いな。あれらしい手ではある」
「いかが致しますか?」
「すべては脱出できてからだ。帰り道の選択肢が彼らのミディアしかない以上、今はH11の彼らをサポートしていくしかない」
何やらそら恐ろしい話に身震いする。『若』の言葉が事実なら、自分たちはどうやら、とんでもない怪物の巡らせる陰謀の最前線にいるらしい。無意識に、『ビルダー』をコンテナに詰め込む手が逸った。
――若干、大きすぎる。ただでさえ爆発ボルトを使ったせいでフレームが歪んでいる。ワイヤーか何かでくくらなければ蓋が閉まりそうにない。
「ほら、『ブービー』、牽引ワイヤーだ」
『首無し』が、MSサイズのワイヤーを投げ寄越してきた。ホバーに搭載されていた、牽引用のものだ。
「助かる。こっちはもう少しで終わりだ」
「OK、俺の方は外の警戒に回ってる」
「ハッチ全開なんだ、無理するなよ」
「そりゃ戦闘になりゃ閉めるって。しかしスピーカが頭にしかついてないのは設計不良だよなあ」
そう愚痴って、『首無し』のジムが、ない首を振るように肩を震わせながら出て行った。まあ、本来接触回線とレーザー通信で声のやりとりをするモビルスーツにとって、外部音声出力があまり重視されないのはわからなくもない。加えて、人間は基本頭がなくなった状態で声を出すことを考えない……考える必要がないので、先入観的に頭部以外に発声器官を搭載しなかったのではないだろうか。……まあ、推測である。
「しかし……」
ホバーに搭載されていた牽引用ワイヤーでコンテナをぐるぐる巻きにしている最中、思い出したように『若』が呟くのが聞こえた。
「あれの仕込みだとすると、手ぬるい。もう一押し、足止めに何かを仕込んできそうなものだが」
『若』が唸った。いったいどういう人物を想像しているのかはわからないが、ジオンの高官でもなければ、ジオンの正規部隊を動かすことは難しいだろう。
しかし、例えば『若』自身が特殊部隊であるH11を動かしているように、非正規部隊であれば話が変わる。懲罰部隊を使い捨てるなどという話は、古来から創作では散々使い古されてきたネタだ。
それでも、核攻撃が行われる予定の場所に、足止めに送り込む……そんなことができる捨て駒部隊など、そうそうにあるはずがないのだが――。
いや、考えている時間が惜しい。仮にそんな足止めが行われるとして、自分たちにできるのはそれを食い破って逃げ延びる、それだけなのだから。
『ビルダー』の固定を終えて、コンテナをジムの背中に背負った。ギシギシと不安な軋みが背中から伝わってくるが、我慢するしかない。
「コンテナ固定完了。準備終わりました」
「了解、早速出発を……あれ、『山猫』は?」
ジムを立ち上がらせながら報告すると、車長の声音が傾いだ。
ここからでは車内の様子は見えないが、そういえば作業を始めたあたりから『山猫』の声を聞いていない。
「いや、こちらでは見ていませんが」
「車内にもいない。まずいな……」
自分の回答に、車長が唸る。核攻撃のゼロアワーまで、もはや一刻の猶予もない。このままでは置いていくしかないか……と思ったところで、当の『山猫』が、施設の階段を飛び降りる勢いで下ってきた。
「ごめんなさい、今戻りました!」
「勘弁してくれよ、『山猫』さん。美人を置き去りにして爆死させたとか、一生モンのトラウマになる」
「本当、ごめんなさい。ちょっとやっておきたいことがあって」
謝罪しながら飛び乗ると、ホバーのハッチがすぐさま閉じられ、以降の会話は聞こえなくなった。
車両下部からエアブラスト音が吹き上がり、施設内に反響する。ホバーの窓から車長の腕が伸びて発進を指示し、自分はジムを施設の外に歩ませた。
そして、靄と黒煙に覆われた空の下、自分たちの脱出行が始まった。
*
結果から言えば、自分たちの認識は甘かったと言わざるを得ない。
捨て駒は、確かに存在したのだ。自分たちが想像もしなかったような、忌まわしい兵器が。
自分たちは甘さの代償として、帰るための手段と、
そして多くの仲間を、失う事となった。
▼アレグランサ島
カナリア諸島の小さな孤島。ことさら記録は残されていないが、立地的にオデッサ作戦の前哨戦として何かがあったのかも知れない。
▼白い角付きによる殲滅
この手の逸話はだいたいホワイトベース隊の仕業だが、この時点では彼らは第十三独立部隊として宇宙に上がり、宇宙要塞ソロモン攻略戦に参加しているはずである。
混乱したジオン兵が、奇襲による敗北を「白い悪魔」のせいにした可能性がもっとも高いが、もしかしたら別の「白い角付き」がいたのかもしれない。
▼見えないモビルスーツ
光学迷彩搭載機であるRX-80BRブラックライダーのことであろうと思われる。有視界戦闘が主となるMS戦でのイニシアチブを期待されたが、出力のほとんどを光学迷彩に取られて攻撃力はひどく低い。乱戦における障害とはなったが、戦術が未発達の上、サーモグラフィによるCG補正が当たり前に行われるようになり、迷彩の意味がほぼ失われてしまった。結果、戦中~戦後を通じて、コストに見合う性能を発揮できなかった。
▼ガルマ・ザビの反攻作戦の檄
ガルマ・ザビ専用ザクを駆る何者かが、キャリフォルニアベースの部隊を徹底抗戦に扇動した件。結局失敗したが、その前後に基地奪還作戦の連邦の和平交渉部隊が壊滅(一説には核爆弾による)したという記録もあり、何かがあったのは間違いなさそうである。
▼蒼い死神による殲滅
同時に複数箇所で起きている。共通するのは赤い目をした蒼い死神によって連邦、ジオンの部隊を問わず壊滅した、という結果のみで、死神の姿もジオン系だったという説とジムだったという説、青くないのもいたという説に、果てはガンダムだったという説まで入り交じっている。
▼粛正指示
戦場が混乱してくると、派閥争いの関係で「生きていてもらっては困る」部隊というものが発生する。今回の場合、キシリア派の発言力の強い部隊を積極的に抹殺するよう指示がでているようだ。
なお、その一つの標的として指示されていた「ノイジー・フェアリー」隊は、記録上はどの資料にも存在していない。
北米戦線には、このような正体不明の幽霊部隊が、連邦ジオンを問わず数多く存在している。