或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0079 キャリフォルニア(8)

 遠くで、青色の信号弾が二発、上がった。

 

 第一小隊の『パン屋』と『優等生』のコンビが、ミディアの進路を確保した合図だった。対空砲やモビルスーツなど、ミディアの飛行において脅威となり得るものを殲滅したということだ。

 

 つくづく、あの二人は腕がいい。第一小隊はH11でもとびきりの腕前と言われている。

 

 特に今不在のエースは、撃墜数であの『パン屋』の三倍を超えるらしい。噂では、彼が乗るとジムは空を滑るように飛ぶのだとか。推力に余裕のあるカスタムを施された結果、彼の機体はジムらしからぬ空中機動を見せるらしい……閑話休題。

 

 ゼロアワーまでおよそ30分。ミディアと合流できればあとは飛び乗るだけとはいえ、余裕のある行程ではない。

 

 移動中はホバーの音響センサーも使えない。ソナーを地中に打ち込み、地中を伝わる音で周辺の音源を探知する仕組みだからだ。ゆえに、物陰からの奇襲を警戒し、万が一にも背中のコンテナやホバーに弾が飛ばないよう、警戒しながらの進行となる。

 

 ……と、神経をすり減らしたものの、結果として。

 

「遅かったな、『ブービー』!」

 

 と、何事もなく合流地点――かつて小規模な街の公園だったらしい広場にたどり着いた自分を、外部音声の大音量による不本意な渾名が出迎えた。

 

 声を張り上げたのは、我らがH11第四小隊小隊長のジムだった。その背後には、H11のエンブレム(かわいいネズミを意匠化したもの)を横腹に刻んだミディアが二機、羽を休めている。まだジェットエンジンが熱で陽炎を纏っているので、到着してからまだ5分と経過していないようだ。

 

「荷物の梱包に手間取りまして。『首無し』は?」

「ん? ああ、デルタ2ならそこで周辺警戒中だ」

 

 『そこ』という指示語が示す場所はわからなかったが、見回すと半壊した建物の影で、頭のないジムがマシンガンを携えているのが見えた。ジムのOSがレーザー通信で識別信号を交わし、画像に重ねて『デルタ2』のコールサインを表示する。なるほど、言われてみればあいつはデルタ2だった。

 

 デルタというのは自分たち第四小隊のコールサインである。なので本来ならば自分はデルタ4と呼ばれるはずなのだが、どういうわけかH11は全体的にこのコールサインを嫌がる傾向があり、ゆえに『パン屋』(本来ならばアルファ2)のような渾名使いの跳梁を許すことになっている。

 

「とりあえずオーキー2にホバーと私以外の第四小隊が搭乗、第一小隊が合流次第オーキー3で私も離脱する。作業開始、急げ」

「了解!」

 

 小隊長の指示を受け、搬入作業を開始した。

 

 ちなみに、オーキーというのはH11が運用するミディアのことだ。二番機が第四小隊馴染みの機体、三番機はだいたい荷物係である。エースナンバーのオーキー1は、現在第一小隊のエースと共に特殊作戦の真っ最中のはずだ。

 

 H11のミディアはMS運用が始まってから改装されたC-88型で(ちなみにミディアは垂直離着陸型輸送機の総称)、いささか手狭ではあるが、降着姿勢のジムを三機、さらにホバーまでを同時を積載できる。

 

 そのオーキー2の開かれた貨物扉に背を向けて自分のジムを跪かせ、『ビルダー』の詰まったコンテナを下ろす。貨物扉の上にコンテナだけ乗せる塩梅だ。こうすることでミディアのコンベアが、荷物を機内に搬入してくれる。ことジムの搬入についても、機体を膝立ちにさせるだけで、あとは同じ要領だ。

 

 そこで、自分の降ろしたコンテナに、180ミリ滑腔砲を取り付けたままだったことに気がついた。

 

「おっと、忘れてた」

 

 手を伸ばし、滑腔砲を取り外す。残弾と取り回しの関係で折り畳んだままにしていたが、前衛に小隊長や『首無し』がいる状況であれば、持っておくに越したことはない――タイムリミットの近い今の状況で、使う羽目など勘弁して欲しいところではあるが。

 

 がちゃん、と小気味良い音を立てて伸張する180ミリの向こうで、コンテナに貨物扉のスライドレールが食いついた。鈍い音とともにコンテナが機内に吸い込まれていくのを見届けて、スピーカーのスイッチを入れた。

 

「よし、オーキー2へ。コンテナ搬入しました。次、ホバーよろしく」

「オーキー2了解。指揮車両(CCV)、自前で搬入頼む」

指揮車両(CCV)了解」

 

 背丈が貨物室より低いもので、自走できて、段差を越えられるものであれば、スライドレールを使うまでもない。オーキー2の機長の指示で、ホバーがミディアの車内に乗り込む。

 

 ホバーが指定位置で停車するやいなや、ハッチが開かれ、『若』と護衛の男が姿を見せた。

 

「手伝おう。こちらのフックを使えばいいかね?」

「それと奥側のやつで頼みます。引っ掛けたらウインチが勝手に引っ張って固定しますから」

「承知した。ガエル、奥側は任せた」

「はい、『若』」

 

 車長の指示を受けたブルーカラー二人組が作業を始める。この猫の手も借りたい状況で、彼らはなかなか手際が良い。護衛の男はともかく、いかにもビジネスマンという風貌の『若』については少々意外ではある。

 

 一方、当の猫……『山猫』は、力仕事や機械仕事では肉球は使えぬとばかりに男たちから距離を置いていた。

 

「『山猫』さん、デッキに上がっていてください。貨物室は危険です」

「うん、わかってるんだけど……」

 

 自分の呼びかけに、歯切れ悪く答える。「ちょっと気になって」と呟きながらの視線は、基地中枢の方に向いているようだが……。

 

 ――その時、自分の視界の隅。崩れ落ちたビルの隙間に、何か暗い色のものが過った。

 

「――――っ!? 下がって!」

 

 とっさに『山猫』に警告を飛ばし、180ミリを抱えて機外に飛び出す。

 

 直後、ビルの向こうから、銃声が轟いた。

 

 

 

 

 『少尉』から『首無し』と呼ばれていることを露程も知らないデルタ2は、ジムのコクピットで焦っていた。

 

 当然、間近に迫る核攻撃について、である。

 

 そもそも、デルタ2はコロニー出身だった。この戦争が始まった直後、ジオンによる核攻撃で大量のコロニーが破壊され、現在も連絡が取れないままのコロニーが数多くある。

 

 デルタ2の出身地も、その消息不明のコロニーのひとつだ。

 

 もしかしたら、故郷を滅ぼしたかもしれない核兵器が、今度は自分たちを狙っている。しかも、敵を巻き込んでの自爆などという、くだらない理由で。

 

 許しがたい。こんなものに巻き込まれてたまるものか。一刻も早く、この場から逃げ出さなくてはならない。

 

 そんな焦燥感に駆り立てられるデルタ2だったが、視界内に妙な影があることに気がついた。

 

 ――濃褐色の、丸い、直立した動物のようなシルエットのもの。

 

 ジャブローで遭遇した機体(MSM-04『アッガイ』)に似ているだろうか。戦闘後、部隊内であれは熊だいやビーバーだと論争になったのを覚えている。(アルファ1がぽつりと呟いた『故郷の菓子に似ている』が大受けし、アルファ2によって『どら焼き熊』だの『どら右衛門』と渾名をつけられかけたのもよい思い出だ)

 

 ともあれ、そのアッガイは、身を隠すでもなく、ただ道路の真ん中に立ち尽くしていた。戦闘するつもりであるのは、腕に大型のマシンガンを装着していることからも窺える。しかしそれを構えるでもなく、ただ棒立ちになっているというのは、どういうつもりであろうか。

 

「おい、お前……? チッ」

 

 とりあえずジムのマシンガンの照準を合わせつつ呼びかけようとしたところで、デルタ2は自分の機体が『首無し』であることを思い出した。頭部が破損しているため、視差測距カメラ、頭部機銃、外部音声出力などの機能が一通り使えなくなっている。

 

 生きているレーザー通信で呼びかけを試みるが、反応はない。諸元から計算すると、マシンガンの有効射程外にいるようには見えるのだが。さっさと撃って仕留めてしまえばよいのだが、棒立ちになっているのが気にかかる。

 

 まったく、時間がないというのに。業を煮やし、デルタ2は機体腹部のハッチを開いた。

 

 生身を晒し、大声でモビルスーツに呼びかけたのだ。

 

「おい、そこのモビルスーツ!! こんなところでボサッとしてるだけなら余所にいけ! ていうか今すぐ逃げ……」

 

 ――一瞬だった。

 

 生身を晒し、そこに立っているのが”頭のない死体ではなく、生きた人間である”ということを認識された、その瞬間。

 

 アッガイのマシンガンをくくりつけた腕が、無造作に跳ね上がった。

 

 その銃口がまっすぐに自分に向けられていることを、デルタ2の網膜が認識し、脳に反応を促したが。

 

 肉体が反応する前に、銃口に光が閃き。

 

 デルタ2は、奇しくも渾名通りになった。




▼ミディア
 地球連邦軍が運用する垂直離着陸型輸送機の商標が一般名詞化したもの。ただし、一部には垂直離着陸機能のないモデルもあり、複雑化している。
 モビルスーツ運搬機能を獲得すべく強化されたC-88型などがよく知られ、ミディア改などと呼ばれている。
 ペイロードは極端に大きく、特にC-88に至っては完全装備状態のモビルスーツ3機とホバートラックを同時に積載が可能。ただし立ったまま搬入できるわけではなく、降着姿勢を取らせる必要がある。
 なおミデアと表記されることもあり、概ね筆者の好みで決定される。


▼モルモット中隊のエンブレム
 部隊章は部隊ごとにある程度自由にデザインできるが、部隊員に絵心がある場合を除き、部隊章ジェネレータなどによって適当に作られたものが使用される。H11モルモット中隊の場合は部隊員のデザインだが、モルモットと言いつつ描かれているのは黒丸三つで描けるドブネズミである。
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