「……マジか」
プチアッガイの群れを撃退した後、ミディアに戻った自分は、いくつもの絶望的な状況に直面した。
ひとつは、ミディアが破壊されていたこと。残骸はオーキー2のもので、機首部分を手ひどく破壊されていた。オーキー3は単独で離脱したのか、姿が見えない。
ひとつは、小隊長のジムが倒されていたこと。オーキー2を庇う位置に仰向けに倒れており、襲撃者から集中攻撃を受けたのか、全身を穴だらけにして倒れていた。
ホバートラックは辛うじて健在のようだったが、銃座が吹き飛び、周囲に鮮血が飛び散っているのが見えた。おそらく隊長と共にミディアの護衛に出て、銃座で迎撃を試みたのだろう。
最後の絶望的な要素であるプチアッガイの群れは、今、最後の一機を棍棒で仕留めた。真正面から相手にすると火力が脅威となったが、装甲が脆弱極まることと、動きが俊敏だが単調であり、乱戦になると覿面にマシンガンの射撃が止まる(フレンドリーファイアを恐れたのだろうか?)という癖に気づいてしまえばどうとでもなる。
そして、先ほどの呻きは、最後に仕留めたプチアッガイの残骸から飛び出したものを目にして、喉から絞り出されたものだった。
それは、猿だった。
まるごと剥がれて飛び出したコクピットブロック。そのパイロットシートにがんじがらめに固定された、人間よりやや小型の類人猿。VRヘッドセットを被せられていたのか、ひしゃげたそれが路上に転がっている。腕にくくりつけられているのは、頑丈で有名なメーカーのゲームパッドだろうか。
そこまで見れば、何が起きていたのかは理解できる。にわかに信じられることではないが、目の前にあっては認めざるを得ない。
自分たちは、猿によって襲われ、猿によって多くの仲間を奪われたのだと。
「ふざけるなよ」
こみ上げる憤りと不快感をまとめて、吐き捨てた。
別に動物愛護の精神からではない。もっと根本の性根の問題だ。
確かに、動物を使って戦争ができるならば、人間は死ななくて済むだろう。しかし。
――たとえ人間より劣る生き物だったとして。否、そうでなくとも。その命を使い捨ててまで戦争をするという、その性根が気に入らない。
「無事だったか、デルタ4」
プチアッガイの残骸を検分していた自分に、ホバーの方から『若』が姿を見せた。ブルーカラーのスーツが血に染まり、顔や手などあちこちに軽い火傷を負っている。
自分を素通りして残骸の側に跪く『若』に「大丈夫なのか」と問いかけると、服の血は彼らを庇った車長のものであると答えた。プチアッガイ共を迎撃しようとした結果、ホバートラックに搭乗していたH11の戦闘員は全員死亡したらしい。
つまるところ、今H11火事場泥棒戦隊で生き残っているのは、進路確保に向かった第一小隊チームと、そちらに合流を試みたであろうオーキー3、そして自分だけということになる。
「なんてことだ……」
「……これは、猿か。……なるほどな、ジオンもやはりこの方向を目指したか」
天を仰ぐ自分を余所に、『若』は猿の死骸を検分しているようだった。
「ジオン”も”ってことは、あんたのところも同じこと考えてるんです?」
「この戦争で、人的資源が大きく損失しているのは間違いない。これからの産業は効率化と、個人の能力をどれだけ拡張し、その消耗を抑えるかという局面を迎えるだろう。モビルスーツを小型化し、産業そのものに寄与するものへと発展させていくのは当然だ」
「”猿”も?」
「いささか趣味ではないが、考え方は理解できる。紛争の発生は抑止できずとも、人間の損失を抑止できれば、それだけ人類の選択肢……可能性が広がるだろう。そのために、”戦争で人が死なないようにする”発想自体は理に適ったものではあるよ」
『若』はそう言うが、もし戦争を人でないものに託すようになれば、早晩戦争を行う人間を”人でないもの”に変えるようになるのではないか?
……それが、人を改造するのか、それとも人を人として認めなくなるのかは定かではないが。
気に入らない。ひどく――気に入らない。
こみ上げる不快感を『若』に向けて吐き出しそうになるが、すっと視界に入り込んだ護衛の男によって押し止められた。
言葉もなく、間に割り込んだわけでもないのに、存在感だけで自分の狼藉を封じて見せた。これが本物の護衛というものなのだろうか。
「あ、良かった、生きてた……!」
そして、飛び込んできた安堵の声によって、自分の怒気はとどめを刺された。
見ると、崩壊したミディアの物陰から這い出るようにして、煤だらけの『山猫』が手を振っている。
まったく。不思議な女性だ。彼女が自然に振る舞っているだけで、こだわりや怨念が解きほぐされる……というほどではないが、後に回して考えられるようになる。
それは、『若』も同じだったのだろう。
「……今はこの場を何とかするのが優先ではないかと思うのだが」
「奇遇ですね、同感です」
視線を交わして、同意代わりに深い息を吐き出した。
――ゼロアワーまで、あと十分。
※
ミディアを失った自分たちに、脱出の手段は一つしか残されていなかった。
「ジムの手のひらのジョイントにフックを引っかけて……そう、それでいい。悪いな兄さん、さすがに四人は入れないんだ」
モビルスーツのサバイバルキットに入っているライフジャケットには、船舶などに体を固定するためのフックが備わっている。護衛の男はそれを羽織って腰を落とし、ジムの掌にフックを引っ掛けた。
「問題ない。……固定完了した」
「よし……良いですか、『若』、『山猫』さん。特に『若』は、振り落とされないように」
「問題ない、頼む」
「大丈夫。……ごめんなさい、私だけちゃんとした席で」
そう『山猫』は申し訳なさそうに言うが、彼女が腰掛けるのはパイロットシートの上に設置する簡易シートである。操縦士の視界をかなり奪う非常用のものだ。“ちゃんとした席”とは到底言い難い。
「大丈夫だ。単純に腕力の問題だからな」
ハッチの近くの手すりに捕まる『若』がフォローした。彼もまた護衛と同じくライフジャケットを纏い、ワイヤーをハッチの手すりに固定している。
何をしようとしているのかは、言うまでもないだろう。飛行機が使えないとなれば、手持ちでもっとも優れた乗り物で走るしかないではないか。
「じゃ、もし落ちても自己責任でお願いしますよ……!」
スロットルを、ゆっくりと確実に押し込んだ。
「ぐっ、ぬっ……」
走り出したジムの振動に、『若』が呻いた。ジムのコクピットは、大人三人が乗り込めるほど大きくない。三人いてはハッチを閉じることもできないので、今の『若』は時速100キロ以上で流れる地面を、高さ12メートルほどの高さから見下ろしていることになる。でんでんと断続的な縦揺れにシェイクされながら、だ。
これでもコクピットの揺れが最小限になるよう巡行時にはジャイロが調整しているはずなのだが、今は全力疾走中である。パイロットシート以外がどういう揺れの仕方をしているのかは、体験したことがないのでよくわからないが、楽なものではあるまい。
「ちょ、これ、わっ」
「口を開けるとしたをかみむっ」
立て付けの悪い簡易座席に座る『山猫』の癖の強い髪が、自分の視界を覆って踊る。喋るなと警告しようとして自分が強かに舌を噛んでしまい、口の中に血の味が広がった。
一方、サブカメラから見える『若』の護衛の方は、さすがと言うべきか鍛え方が違うようだった。がっちりとジムの手のひらに身体を固定し、激しい振動の中でも微動だにしない。
流れる景色に視線を配る傍ら、ちらりと時計を見る。ゼロアワーである正午まで、あと五分もない。
今のペースで走ったとして、あと10キロ遠ざかるのが精一杯だろう。核攻撃の正確な標的がどこなのかがわからないため、それで命が助かるかは博打だ。
あるいは、今近くに見える基地施設に飛び込んで、爆風と放射線から身を守るという選択肢もあるが――。
などという思考に、ひび割れた、しかし聞き覚えのある声が割り込んだ。
〈――連邦、ジオン両軍の兵士の皆さんにお伝えします〉
思わず視線を、聞き覚えのある声の主……目の前に座る『山猫』の後頭部に注いだ。そして手元のサブモニタに視線を移して、この音声は、基地施設からのレーザー通信の、緊急公共チャンネルで放送されているものだと気づく。
〈現在、この施設は核攻撃の対象となっています。着弾予定時刻は正午ちょうどです。どうか可能な限り、基地から退避してください。繰り返します――〉
おそらく『山猫』を見る自分の目は、驚愕に丸くなっていたことだろう。ちらりと振り向いた『山猫』が、ばつが悪そうに視線を逸らす。その宙を踊る髪の向こうで、こちらも呆気に取られた表情で『山猫』を見る『若』が見えた。なるほど、前門の虎と何とやらという奴か。
そしてその振る舞いでわかった。『ビルダー』を片付けている間に『山猫』が姿を眩ましたあの時、彼女は司令室かどこかから、おそらくはキャリフォルニアベース全域向けに放送を行っていたのだろう。強制的な音声入力が行える緊急公共チャンネルで、録音した音声を延々と再生する。そうすることで、この核攻撃という脅威の存在を、敵味方両方につまびらかにしていたのだ。
「なんで、また」
「だって……」
自分の問いかけに、『山猫』は少し恥ずかしげに目線を泳がせ、そして悲しいことを思い出したように目を伏せた。
「傷に、したくなかったから」
激しく揺れるジムの中で、口にできたのは、たったそれだけ。だが、その短い言葉と表情で、耳朶に蘇る言葉があった。
『美人を置き去りにして爆死させたとか、一生モンのトラウマになる』
それは、彼女と『若』を庇って死んだという、ホバートラックの車長の言葉。冗談めかした物言いではあったが、それは素直な本音の表れでもあった。
核攻撃が実施されれば、そこにいた人間は多くが命を落とすだろう。自分達が伝えなかったから、何も知らないままの、敵も、味方も。
彼女は、彼らを見捨てることが、傷になると言った。だからせめて、救いたいと思ったのだ。手の届く誰かだけでも。声の届く誰かだけでも。それは偽善めいた、しかし生き物として自然な感情だ。
それは自然だが、戦争をする自分達が、生き延びようとする自分達が、無意識に蓋をしていた感情だ。
ああ、眩しいな――。素直に思った。偽善であっても、徒労であったとしても。それでもそれを想い、口にし、実行できる彼女が。
その感情は、『若』も同じだったのだろう。自分の前に座る『山猫』を見る目に、何かの熱が灯っているように見えた。
――そんな感情を吹き散らさんばかりの爆音が、基地の方から上がった。何か巨大なものが、空に向けて打ち上げられたのだ。
「HLV……いや、もしかしてアレが核弾頭なのか!?」
余裕がないため詳細は確認できなかったが、このタイミングからして無関係ということはあるまい。時計を見れば、ゼロアワーまで一分ほどしかない。
ジムを、咄嗟に丘の陰に飛び込ませた。そのまま膝を突き、身を屈めさせる。
シートベルトを外して席から飛び出すと、下向きの重力に引かれてこぼれ落ちそうな『若』を掴んで、『山猫』の方に投げ飛ばした。
「きゃっ」
「何をっ……」
抗議は聞かず、自分はそのままの勢いで機体の外に飛び出した。ハッチの縁を掴み、そこにある緊急閉鎖スイッチを押す。
コクピット下に添えておいた掌に飛び出し、護衛の男にキャッチされた自分の目の前で、ジムの装甲ハッチが――宇宙放射線や核攻撃を想定した隔壁が、閉じた。
護衛の男に抱き抱えられる姿勢のまま、深く息を吐き出した。あとは、爆心地ができるだけ遠いことを祈るばかりだ。兵士としてやるべき仕事はできただろう。
「悪いな、兄さん。ま、ご主人守ったんだから勘弁してくれ」
「――感謝する」
目を伏せる男の手から降りながら、自分は空を見上げた。打ち上げられた何かがミサイルであれば、そろそろ折り返し、基地のどこかで爆発するはずだ。
あと10秒。天を目指して駆け上がるそれは、さながらジャックの豆の木か。
それは空を切り裂き、天元の頂へと突き進む。折り返すことなく、振り返ることもなく。
後3秒。
2秒。
1秒。
――――。
――――――――。
ぐぐぅ。
固唾を飲んだままの、たっぷり五分ばかりのロスタイムは、自分の腹の音で破られた。
爆炎も、閃光もなく。ただ昼下がりの光と、一瞬だけ止まり、そして再び遠くで飛び交い始めた戦闘の音だけの世界。
「――ふ」
「――へっ、へへへへ」
護衛の男と自分は顔を見合わせ、どちらからともなく、腹筋を痙攣させた。
空に舞い上がった何かは振り返ることもなく宇宙に消えて、その航跡すらも風が後片付けをするように吹き散らす下で。
「へへへへ――っ、ふっざけんな、フカシかよ!!」
痙攣する腹筋を吹き飛ばさんばかりの渾身の悪態が、キャリフォルニアの荒野に轟き渡った。
*
”ジェシカ・ドーウェン著『蒼き死神の真実』より引用”
第十一独立機械化混成部隊所属特務部隊『ザ・ブルー』の戦闘記録について。
UC0079年、12月5日11時53分。『ザ・ブルー』はキャリフォルニアベース外縁部で、ジオン公国軍ミサイルサイロを発見。
ミサイルが発射態勢にあることを察知した『ザ・ブルー』は、所属パイロットであるブルー1が機密兵器『EXAM』を使用し、ミサイルサイロの防衛施設と護衛モビルスーツ部隊を殲滅した。
内訳は、ザク5機、防衛施設多数、ダブデ級陸上戦艦1隻、
キャリフォルニアベース防衛部隊司令(暫定)との停戦交渉の結果、ミサイルの存在及び発射の事実すべてが存在しないものとなり、この戦闘記録は抹消された。
なお、ミサイル撃墜の手段については、信じ難いことではあるが、発射直後のビームサーベルによる切断であったという。
▼打ち上げられたもの
核攻撃のタイミングで発射された、ザンジバル級教習揚陸艦。そのまま大気圏を脱出し、ジオン本国かグラナダあたりに離脱したと思われる。
たまたま正午という丁度いい時間に発射されただけなのか、それとも核攻撃計画と何らかの関係があったのか、定かではない。
ただし、キャリフォルニアベースの発射台付近には、廃棄予定のモビルスーツの核融合炉が大量に積み上げられていたという記録が残されている。
▼核ミサイルの切断
オデッサでRX-78ガンダムが成し遂げたと言われているが、発射された弾道ミサイルを切断するなど、物理的に可能なことではない。ガンダム関係でしばしば見られる盛られすぎのフォークロアであろうと思われる。キャリフォルニアベース奪還戦でも同様の噂が流れているが、公式記録には何も残されていない。
▼E計画
とあるやんごとなきお方の主導で推進されたパイロット育成計画。本筋の研究は衛星基地で行われたが、基礎実験はキャリフォルニアベースで「動物飼育実験」の名目で行われていた。
ゲームを遊ぶ猿をベースに、まずはコントロールパッドでのVR-FPSをプレイさせるところから始まっており、猿が極めつけに簡易化された操縦系で射撃戦を行うところまでは達成している。もちろん、ニュータイプ能力の発現など兆候すらない。
MSM-04TBに搭乗させる際には、アッパー系の薬物で興奮させた上で操縦席に拘束し、VRメットで視界を覆い、MSの視界と同期させている。視界を完全に占拠されているため、一度パッドを手放したら拾い直すことができない(一応画面に表示はされているので人間ならば拾い直せるが、猿には困難)。
未完成の技術で無理矢理運用したものであるため、戦闘力は低く、信頼性も乏しい。完全に足止めのために放つ『ハンニバルの戦象』程度のものである。
キャリフォルニアベースのE計画の記録はすべて抹消されており、少なくとも『少尉』が存命の間には、これが世に再び姿を現すことはなかった。
サブコントローラーを接続する端子はどのモビルスーツにも存在するが、戦闘中にすっぽ抜けるなどの問題が多発するため実戦で使うことはまずない。ヴァル・ヴァロの隻腕制御用のスティックや、νガンダムがバズーカの遠隔射撃を行う際に使ったものが同一のインタフェースを使用していると思われる。
戦闘時の謎の屈伸運動は、一種の勝ち鬨のようなもの。コントロールパッドという制限の厳しい操作系では感情を表す方法が限られているため、簡単かつ目に見えて動きがわかるこの行為が、いつの間にか群れに広まっていた。『死体蹴り』共々、エモートの概念のなかった古いマルチプレイヤーオンラインゲームなどで、人間においてもしばしば見られた行動である。