或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0079 キャリフォルニア(11)

 結局核爆弾は落ちないまま、キャリフォルニアベース奪還作戦は終了した。

 

 ジオンの兵力の多くは宇宙に脱出し、脱出艇に乗れなかったものは太平洋、あるいはミシシッピ川を超えて東に逃亡した。

 

 ジオンの地球での橋頭堡は失われ、主戦場は宇宙へと移動する。

 

 必然、自分たちH11も……と言いたいところだったが。

 

「生き残りが俺とデルタ3だけじゃな……第四小隊は解体、再編になるだろうな」

 

 制圧の完了したキャリフォルニアベースの打ち上げ施設の前。シャトルで一足先に宇宙に上がる『若』達との最後の別れで、自分は肩を竦めて見せた。

 

 報告に上がったときのハゲネズミ司令が披露した仏頂面によれば、自分たちの行く末はそんな感じらしい。

 

 ちなみに第一小隊はあのままアルファ1と合流し、さらにデルタ3も加わった四人編制で特殊任務に就くらしい。デルタ3は上昇志向の強い奴だったので、うまくやっていけるといいのだが。

 

「――感謝する」

 

 『若』が目を伏せ、それだけを口にした。謝罪をすればきりがなく、負い目を振り払えるわけでもない。だとすれば、彼に言えるのはそのくらいのことだろう。

 

 『若』の手には、『ビルダー』から回収したデータを収めたデータメディアがある。その背後にあるシャトルには、完全な状態ではないが、回収した『ビルダー』も搭載されているはずだ。

 

 ――核爆弾が炸裂しなかった結果、自分は掃討部隊に随行してミディアの残骸まで再侵入し、『ビルダー』を回収した。

 

 ミディアのコンテナに収納されていた『ビルダー』は、幸いにしてほとんど破損していなかった。プチアッガイの猿は、ミディアのコクピット部のみを破壊していたためだ。

 

 察するに、猿が味方を襲わないよう、攻撃できる条件をかなり厳しく設定していたのではないか。そうでなければ、猿どもは見境なくマシンガンを乱射して、まずジオン側に甚大な被害を引き起こしていただろうから。

 

 経緯はともかく結果として、自分は仲間の認識票を集めた後(脱出するときはそれどころではなかった)、ジムに『ビルダー』のコンテナを背負わせて帰還した……というわけだ。

 

「データだけでもある程度の成果は得られただろうが、やはりシステムの実物があるのとないのとでは大きく差が出る」

「まあ、仲間が命を張ったものですからね。どうせならいい仕事になったって伝えてやりたい」

 

 もちろん、直接報告する機会=あの世での再会が遠いに越したことはないのだが。

 

「少尉がその調子であれば、そのうち成果を見せられる機会も来るだろう」

 

 そう言って、『若』は少し表情を緩めた。彼の会社の新製品という意味だろう。あのラグビーボールの親玉からどんな代物が飛び出してくるのか、興味があるのは事実だ。おそらく今回の仕事と同じように、知らないうちにとんでもないものに乗せられていた、みたいな話になるのではないかと思うが。

 

 思わず身震いした。それが空港の木枯らしゆえか、もしくは怪しげなマシンに乗せられる未来への悪寒ゆえかは定かではなかったが。

 

「あ、『若』、それに少尉さん! そこにいたんだ」

 

 相変わらず、気分をさっと塗り替えるタイミングで、柔らかな声がした。

 

 声を先触れに手を振って駆け寄ってくるのは、案の定の『山猫』だった。その後ろにはいつもの護衛の男が控えているのが見える。

 

 ――首輪がわりだろうか、といささか失礼な感想が過った。だが、少し目を離すといろいろやらかしていた実績を鑑みれば、ご容赦願いたいところでもある。

 

「用事は終わりましたか」

「ええ、お世話になった人へのご挨拶の手配とか、だいたい」

 

 少し寂しげに笑う。彼女は、このまま『若』に連れられて宇宙に行く手はずとなっていた。

 

 何しろ、スパイをしていたことが明らかで、しかも機密情報を盗み、その勝手な公開……。ジオンはもちろん、連邦側としてもちょっと放置はできないやらかしを働いている。

 

 故の、高飛びである。『若』の伝手で戸籍を偽造し、別の人間として生きていくことになるそうだ。

 

 しかし、仮にも連邦軍人の前で、堂々と違法行為を言ってのけるのはどうなのか。その旨を問うと「うちの横車次第だ」が『若』の反応だった。密告どころか正規の報告をされても何とでもなる、といわんばかりの物言いである。もしかして自分は想像以上の怪物を相手にしているのだろうか。

 

 などと回想を弄んでいると、『山猫』の顔が自分の近くにやってきていた。

 

「あなたにも本当にお世話になったね。命懸けで守ってくれたこと、忘れないから」

 

 小柄な体で自分を見上げ、微笑む。

 

「特にモビルスーツのコクピットに閉じ込められた時ね」

「あー、あのときはすみません、とっさのことで」

 

 ばつの悪さに頭を掻いた。かっこよく自己犠牲を決めておきながら、実際には何事もない空振りだったわけで、気恥ずかしさばかりが先に立つ。

 

 せめて事前に相談すればよかったのだが、とっさの思いつきだったのだから仕方がない。

 

「あの時、『若』ったら酷かったのよ。なんてことをしてくれたのかって」

「……まずかったですかね?」

 

 くすくす笑う『山猫』の言葉に首を傾げた。確かに地位ある護衛対象を投げ飛ばしたのは問題だったかもしれないが、命のかかっていたことだし、緊急措置として見逃しては貰えないものだろうか。

 

 おそるおそる肩を縮こまらせながら見上げると、『若』はいつもの渋面ではなく、思いのほか穏やかな表情で自分を見返した。

 

「護衛の行動としては、想定された状況を考えれば模範的とも言えるだろう。ただ……」

 

 言葉を切って、あちらもややばつが悪そうに視線を逸らした。

 

「急なことで少々こちらも取り乱してしまったようでね。彼女には様にならないところを見せてしまった」

 

 具体的にどういう風だったのかは語られず、『山猫』も忍び笑いをしているばかりで説明してくれないので想像するしかない。常に専属の護衛を引き連れているくらいだし、車長にも守られていたはずだから、自己犠牲の対象にされることへ不慣れということもないだろうが。

 

「まあ、実際には核爆発は起きなかったわけだが、君の行いによって私たちが守られたのは事実だ。改めて感謝する」

「あ、ええ……」

 

 真剣な面差しで見据えられ、面歯がゆさに表情が歪んだ。

 

 そもそも、彼らを守ろうとしたのは自分だけではない。あれは、既に逝ってしまった小隊長をはじめとする第四小隊の面々の行いを無為にしたくないとか、そんな感情の発露だ。自分だけが感謝されるのも、筋が違う気がする。

 

「ああ、まあ……なら、そうだ」

 

 だから、適当に。

 

「もしいつか同じようなことが起きたら、その時はあんたが、誰かを守ってやってください」

 

 口当たりのいい言葉で、やり過ごした。

 

 相当な地位にあるであろう『若』が、自分の体を張る機会など、そうそうあるものでもなかろうが。しかし年始の戦争序盤においては、ジオンの攻撃を受けたコロニーのシェルターでそういう命懸けのやりとりがしばしばあったとも聞いている。この時代、命に関わる危機はどこから飛び込んでくるかはわかったものではない。

 

 だから、もしも、そんな場面に出くわすことがあれば。

 

 命を張る価値があると思える瞬間に出会ってしまったならば。

 

「――覚えておこう」

 

 虚をつかれたように目を丸くしてから思案げな色、そして真摯さで眉と目元を整えて、『若』は頷いた。

 

「ふふ、大変な約束しちゃいましたね、『若』」

「全くだ。これでは改めて呪いをかけられたようなものだよ」

 

 悪戯っぽく笑って顔を覗き込む『山猫』と、『若』が軽口を交わす。

 

 気がつくとこの二人、距離感がずいぶんと縮んでいるようだった。ジムのコクピットに詰め込んで閉じ込めた時の経験が効いたのだろうか。吊り橋効果という奴かもしれない。だとしたら、自分に機会がなかったのが残念というものである。

 

 やはり余計な使命感なんぞに従わず、『若』を外に放り出すべきだったか……などと益体もないことを弄んでいると、館内放送がシャトル搭乗の時刻を知らせた。

 

「では、またいつか、どこかで」

「どうか無事で、元気でね」

 

 別れの言葉を告げ、背中を向ける『若』と『山猫』に、手を挙げて会釈を返す。

 

 二人につき従う護衛の男もまた目配せひとつを送ってきて、彼なりに別れを惜しんでいるのが感じられた。

 

「それじゃ、『山猫』……そういえば本名を聞いていなかったか」

「そういえば、そうね。でも、これから名前を変えるところだし、別にいいんじゃない?」

「それなら、早めに新しい名前を考えて欲しいところだが」

「んー、それじゃちょっと待って。……そうね。それじゃ『山猫』(リュンクス)をもじって……」

 

 まったく、見せつけてくれる。

 

 いちゃつきながらシャトルへと歩いて行く二人の背中に精一杯のやっかみを投げつけて、自分はきびすを返した。

 

 

 

 自分たちの戦争が「一年戦争」として終結するまでは、まだいくばくかの時間が必要だった。

 




▼ミシシッピ川を越える

 キャリフォルニアベースを脱出したジオン残党のいくらかは、フロリダのケープ・カナベラル基地に向かって脱出した。
 ケープ・カナベラル基地はかつてケネディ宇宙センターが存在し、HLVを打ち上げ得る発射台が存在する。ジオン残党はこれを使用して宇宙に脱出することを目的としていたと思われる。
 キャリフォルニアベースとこのケープ・カナベラル基地での防衛戦においては、ジオン屈指のエースとして知られるイアン・グレーデン中尉の活躍が知られている。しかし、圧倒的多数の連邦軍のMS部隊を迎撃したにしてはイアン・グレーデンのMS撃墜数は極端に少ない。これはジオン残党軍を正規兵としてカウントしないためだとか、様々な理由が考察されているが、現状において真相は不明である。
 ただし、一年戦争期には不正規戦により発生した大量の戦果が行き場を失っているケースがあり、幾人かの異常な撃墜数を誇るエース(ギャビー・ハザード:138機など)は、そういった非公式な戦闘の撃墜記録を押しつけられたものがあるのではないか――と推測されている。


▼デルタ3

 ちょうどこの『ビルダー』を載せたシャトルが打ち上げられた頃、クルスト・モーゼス博士の研究施設がジオン軍独立部隊によって襲撃された。
 クルスト博士はモビルスーツの襲撃により死亡。研究施設でRX-79BD-2の慣熟訓練中だったH11アルファ小隊のパイロットが殺害され、同機が強奪されたと記録が残っている。

▼第一小隊の特務作戦

 キャリフォルニアベース奪還作戦の終盤、蒼いモビルスーツを掃討する作戦に従事したというもの。
 この時のRX-79BD-1とイフリート改の対決は、月刊MSの名勝負十選の常連。
 機密兵器EXAMが関わるため詳細が開示されておらず、しかしブルー1ユウ・カジマがMSパイロット年鑑の連邦軍エース上位に名を刻む関係もあり、後年においてこれをモチーフにした莫大な数の創作が作られている。
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